『 伝説 ― (5) ― 』
これは 遠いとおい昔の そして 遠いとおい外国 (とつくに)
でのお話です。
いつの頃のことか・・・って?
どこの国のことか・・・って?
さあ ・・・・
― 貴方のお好みのままに・・・
********** 旅の途中 ・ 独逸帝国にむかって
「 だから ・・・ ごめんねってば。
ほら これ・・・鹿肉のジャーキーだよ 好きだろう? 」
先ほどから ジョーはさかんにご機嫌をとっている ―
そう ・・・ 茶色毛のワン公の側にぺったりと座って。
「 くう〜〜〜〜ん ・・・ わん。 」
わんこは なぜかソッポを向いてジョーを見てくれない。
「 ごめ〜〜ん ごめん。 でもね でもね クビクロ?
これからぼく達は長い旅になるし危険もあるんだ。
だから クビクロにはお城で待っていてほしくて・・・
ほら アルテミス様にお仕えして欲しいんだ。 」
わんっ わわんっ !!!
茶色毛のワン公は 大きく鳴くと ―
きゅう〜〜〜〜ん・・・ くんくんくん〜〜
ジョーにとびつき 彼の胸にごんごんアタマを擦りつけている。
「 ・・・ あ・・・ 」
「 ふふふ ジョー様? クビクロ君は怒ってるわね
どうしてボクを置いていったんですか!? って 」
「 フランソワーズ姫 ・・・ 」
「 そしてね ボクは一生! ジョーと一緒にいる!って決めてるのに。
ひどいよ〜〜〜 って。 」
「 姫様! ワンコの言葉、わかるんですか?? 」
「 そうね〜〜 ルイっていう鷹とは親友なの。 彼の言うコトわかるわ。 」
「 鷹の??? すごいですね〜〜 」
「 でもね クビクロ君の顔、見れば わかるわよね?
彼 ・・・ ずっとわたし達を追い掛けてきたのね・・・
よしよし・・・ 偉いね 可愛いね 」
フランソワーズは 茶色毛の犬の首をわしゃわしゃ〜 撫でる。
「 ・・・ そうなんですけど ・・・
でも 姫様。 これからはワンコには過酷な旅です。 」
「 そうかもしれません。 でも クビクロの幸せは
いつも ジョー様の側にいる ということなのよ 」
「 あ は ・・・ 」
「 ね これ、 ご覧になった? 」
姫君は 茶色毛の犬が背にしていた小さな背嚢を差し出した。
「 いえ ・・・ 」
「 毛布とビーフ・ジャーキー。 あと ほら お手紙よ
ジョー様宛よ 」
「 え ・・・ あ この毛布、クビクロのですよ
・・・ アルテミス妃様からだ ・・・ 」
「 まあ なんて? 」
「 ・・・ 彼は貴方の側に居たい と言ってきました。
お気を付けて ・・・ 」
ジョーは手紙を読みあげた。
「 ふふふ・・・ アルテミス様も クビクロの言葉がお判りのようですね。
さあ 少し休んでから一緒に出発しましょ 」
わん !!!
クビクロは千切れんばかりに尻尾を振った。
「 ― ありがとうございます 姫様。
クビクロ。 準備はいいかい。 疲れたらぼくの後ろに乗せてやるからな 」
わわん !! 失礼な・・・とばかりにクビクロが吠える。
「 すぐそこが国境ですわ。 ゆっくり行きましょうね
クビクロ〜〜 十分休んでね 」
きゅう〜〜〜〜ん・・・
クビクロは濡れた鼻先を 姫君の掌に押し付ける。
「 はいはい ・・・ 一緒よ ずっと。
ジョー様 この先の旅程を確認しましょうよ 」
「 あ そうですね 」
二人は側にクビクロを侍らせ 地図を拡げた。
ジョーは地図を指し示す。
「 ここが 今いる国境の森です。 ええと ・・・ ここからでしたら
< ローレライの川 > を越えてゆくのが一番近いです。 」
「 そうね。 あの川にはしっかりした橋もかかっているし。
わたし達なら楽に通れます。 」
「 はい ・・・ しかし 静かな流れのそんなに大きくない川なのに
すごい名前ですね 」
「 ああ ご存知なのね。 ローレライの川 は 独逸帝国内では
大きな滔々とした流れですものね。
この国境の川は やがて独逸帝国内に入りあの大河に合流するの。
だから わたし達の国では < ローレライの川 > と
呼んでいるのよ。 」
「 姫様 ・・・ 博識な方ですね 」
「 あら・・・ 自分の国のことはきちんと知らないと ・・・
わたし お兄様が療養なさっている間は お父様のお手伝いをして
たくさん勉強したの。 」
「 そうですか ・・・ すごいなあ ・・・ 」
「 ジョー様こそ 森の城でお育ちなのにいろいろご存知ですわ 」
「 母が ― 教えてくれました。
あの・・・内密ですが 時々母はぼくを空の旅に連れだしてくれて
周囲の国々を巡ったのです。 」
「 え ・・・ ! 飛べるのですか??? 」
「 いや ・・・ なんというか ・・・ 身体は城にあるのですが
心は 母と共に彼方まで飛んでゆきました。 」
「 すご・・・ い 」
「 母は妖精ですから。 そうやって世界中を巡ってきたのでしょう。
ぼくはあの城に居ながら多くのことを学んだのです。 」
「 そうなんのね・・・ ステキ! 頼もしいナイト様ね。
では ― 川を渡って独逸帝国へお邪魔しましょう 」
「 はい。 あ ご先方には ・・・ 」
「 近日中にお邪魔します、と城を出る前に鷹を飛ばしました。
ええ シャルルが行きましたから ちゃんと到着しているはずですわ。 」
「 シャルル?? 」
「 鷹の名前です。 ルイと並ぶ名鳥で 名人といわれている鷹匠が
大切に育ててくれました。 翼の端が白いの。 」
「 姫様のところには優秀な鷹がたくさんいますね 」
「 はい。 ふふふ そして皆 わたしの大切な友人よ♪ 」
「 すごいなあ〜 姫様は 」
「 あら ジョー様だって。 動物は皆 ジョー様に懐いてます。
クビクロだけじゃなく 城の厩では馬たちが皆 ジョー様のファンに
なっていたって 馬番の爺が言ってましたわ
」
「 あ う〜〜ん ぼくも自分ではよくわからないのですが・・・
国境の城にいるときから 動物達が寄ってきてくれました。 」
「 すてき! これからの旅できっと援けになります!
さあ 出発しましょう。 」
「 はい 」
二人は 立ち上がり ― 妖精の城にしばしの別れを告げる。
無事に 戻ってくるのですよ ・・・
いつも いつも
どこにいても なにをしていても
貴方の無事を祈っています
ジョーのこころに 懐かしい母の言葉が聞こえていた。
「 ・・・ おかあさん ・・・ いってきます 」
彼は一瞬 目を閉じなにかを念じてから ― ぱっと前を向いた。
「 姫様 さあ 出発です ご用意はよろしいですか 」
「 ええ いつでも。 あ ・・・ クビクロは? 」
「 はい。 ― おい クビクロ。 ぼくの後ろに乗れよ 」
わん? 茶色毛の犬は首を傾げ見上げている。
「 鞍の後ろに毛布を敷くよ。 ここに座ってぼくの背中に
くっついていろ。 国境を超えるまでの辛抱だよ 」
わん。 聞き分けよく、犬は彼の主の後ろに座った。
「 お待たせしました フランソワーズ姫 」
「 ふふふ ・・・ では 皆で出発です。
独逸帝国との国境は もう目の前ね 」
二騎 ( と 一匹 ) は 軽快な足取りで進み
ローレライの川 にかかる橋へ向かった。
― 川を越えれば 独逸帝国である。
コツ コツ コツ −−−
二騎は ゆっくりと橋詰めにやってきた。
国境の橋なので さすがに石造りの立派なものだ。
二人が駒を進めてゆくと ― タモトから橋守りとおぼしき老人が
転がり出てきた。
「 あいすみません〜〜 ダンナさま方〜〜〜 一旦 お止まりくだせえ 」
「 あら。 ああ ここは国境ですものねえ 」
「 それにしては 随分と緩やかですね 橋守しかいない・・・? 」
「 それはね 仏蘭西王国と独逸帝国は 仲良し なのよ。
お父様と 独逸の先のコズミ皇帝陛下とは長年のご友人で・・・
お二人とも 研究だの実験がお好きなのね。
だから双方の国の行き来は 民や商いのヒト達も ほぼ自由なの。 」
「 へ え・・・ すごいですねえ 」
「 そう? あの二人はね チェス仲間でもあって・・・
そうそう コズミ陛下は 気楽に研究に打ち込みたい って
先年 皇位を皇太子殿下に強引に譲位なさったの。
普通はそんなことは ないのだけど ― どうしても って。 」
「 へ え ・・・ 」
「 だから 今 独逸帝国の皇帝陛下はコズミ陛下じゃないんだけど・・・
わたし 小さい頃からよく遊びにいらしていたので つい・・・
陛下ってお呼びしてしまうのよ。
あ 兄の脚の治療にも コズミ陛下の秘薬がとても効果的なの。 」
「 へ え ・・・ 」
ジョーは ひたすら馬上で目を丸くしている。
フランソワーズ姫は 近寄ってきた老人に声をかけた。
「 ああ お前は橋守なの? 」
「 あ〜〜 いちおう 国境の守もやっとりますだ・・・
ダンナ方 ・・・ あ これは。 姫様でしたか!
ふらんそわーず姫様〜〜〜 へへ〜〜〜 」
老人は あわててその場に畏まった。
「 そうですけど ・・・ いいのよ 気楽にしてね。
ほら これが紋章。 わたし フランソワーズ・ド・フランス。
仏蘭西王国の第一王女。 こちらは ナイトの ジョー・シマムラ。
わたしの友人兼護衛です。
独逸帝国の お若い皇帝陛下にお目にかかりたくて参りましたの。 」
フランソワーズは ごく普通の声で淀みなく話す。
しかし その話し方には自然に威厳が備わっていて
老人は ますます畏まっている。
「 へ へい ・・・・ ふらんそわーず姫様〜
伺っておりやす ・・・ あの もう そろそろお着きかと・・・ 」
「 ?? 何方か おいでになるの? 」
「 へい。 ・・・ ああ いらっしゃいましたようで 」
「 え 」
ぱっと顔を上げた老人とともに耳を澄ますと ―
カツ カッ カッ カッ −−−− !
軽快で闊達な蹄の音が近づいてきた。
「 まあ どなたの馬かしら。 軽い足取りね、いい音・・・ 」
「 ! 姫〜〜〜 」
にっこりと笑みを浮かべている姫の腕に ジョーはちょん、と触れた。
「 騎馬が ・・・・ あ 供もいるな〜〜
騎馬の小隊がやってきます!
先頭は ― わあ すごい すごい!
艶々な毛並の精悍な黒馬だあ〜〜 誰だ??? 」
「 ふふふ ・・・ そうね。 あの方だわ。 」
「 姫様? 知っているのですか まだはっきりとは見えない距離ですよ? 」
「 うふふ わたし あの馬の蹄の音を知っているの。
あの見事な黒馬さんとも 友達なのよ。
― さあ ご挨拶しましょう ブランシュ? 大丈夫よ。
ほら アナタも知っている方よ 」
フランソワーズは 愛馬の首をそっと撫で 馬首を巡らす。
「 あ お待ちください 姫様〜〜 」
ジョーも慌てて彼女に続き 二騎は橋を渡り大街道に出た。
カッ カッ カッ ・・・
滑らかに騎馬の小隊がやってきた その先頭には ―
「 フランソワーズ王女殿下。 ようこそ! 」
真っ黒な駿馬を駆って長身の青年が手綱を握っている。
銀色の髪を揺らし 黒革縅の狩猟服が実によく似合っていた。
彼の背後には獅子の文様の旗が 翻っている。
「 アルベルト様〜〜〜 」
フランソワーズ姫は 愛馬の上で大きく手を振った。
「 え。 彼が ・・・ そのう 独逸帝国の? 」
隣から ジョーが小声で訊いてきた。
彼は 迎えに来てくれた騎士の えも言えぬ迫力に
気圧され気味なのだ。
「 そうです。 独逸帝国の若き皇帝 アルベルト・ハインリヒ陛下よ 」
「 うわ ・・・ すっげ〜〜〜 」
「 素敵でしょう? 陛下のお父上とわたしのお父様は とても仲良しだから
アルベルト様は少年のころ 仏蘭西に留学していらしたのよ 」
「 へえ ・・・ 」
「 わたし 小さかったから いっつも後をくっつき回っていたの。
ジャン兄様がまだ自由に歩き回れなかったから ・・・ 」
「 そうですか。 お兄さん代わり だったんだ? 」
「 そ♪ 二人してね〜〜 勝手に城を抜けだして小川で遊んだり
遠乗りに行って道に迷ったり・・・
ふふふ 年中 乳母や侍従長に叱られていましたわ 」
「 あ いいなあ〜〜 そういう子供時代の思い出って 最高ですよね
姫様のお父上は ・・・? 」
「 お父様? お叱りにはならなかったわね。
アルベルト君は 必ず姫を護ってくれるって断言していたわ 」
「 う〜〜ん 素晴らしいですねえ 」
「 あ の ね♪ これはナイショなんだけど ・・・ 」
「 はい? 」
「 わたし ・・・ 小さい頃は ジャン兄様のお妃になりたくて・・・
でもダメってわかってからは アルベルト様の皇妃になる!って
決心していた時もあったの 」
「 え〜〜〜 ・・・・ うはあ・・・ 初恋の思い出 ですか 」
「 そ ・・・ でも兄様には生まれながらの許婚の方がいたし・・・
あ 勿論 アルテミス様は大好きよ?
そして アルベルト様にも 」
カツカツッ ! 黒馬が脚を止めた。
「 久し振りだな! フランソワーズ姫!!
お国のシャルルがもうさっそく書状を届けてくれているよ 」
「 アルベルト兄さまあ〜〜〜 お邪魔しまあす。
あ 彼はわたしの友人兼護衛の 騎士 ジョー・シマムラ よ 」
「 ようこそ ヘル・ジョー。 変わった姓だな 」
「 アルベルト陛下。 ・・・ はい どうやら東洋の血が
混じっているらしいのです 」
ジョーはこの若き皇帝に 丁寧に頭を垂れて挨拶をした。
「 ほう ・・・ それは頼もしいな 」
「 は? 」
「 ふん。 俺は東洋の大国の皇帝と 親交があってな。
彼、張大帝はなかなかの人物だ。
東洋には優れた人材が多いようだぞ 」
「 ― そうなりたいと願っております。 」
「 そなたの精進に期待しよう ― このジャジャウマ姫を
しっかり護れるように。 」
「 は ! 」
「 もう〜〜〜 アルベルト兄様まで〜〜〜 」
「 ははは さあ 王城の門まで並足で行こうか。
父もヒルダも待っているよ。 」
「 はい! あ ヒルダ妃殿下、お元気ですの?
おめでた と伺っていますけれど 」
「 ああ 元気だ! さあ そのワン君もしっかり
主に掴まっていろよ〜〜 」
若き皇帝は ジョーの背後にいるクビクロにも声を掛けてくれた。
わ わん〜〜〜〜 !
「 ははは ・・・ さあ 出発だ。 」
「「 はい 」」
王城へと 皇帝旗を揺らめかせ 一行はのんびりと駒を進めるのだった。
「 ようこそいらっしゃいました〜〜 フランソワーズ様〜〜 」
二人 は堅牢な王城、 その中心、明るい広間に通される。
彫刻を施した大きな扉が開かれると ・・・
艶々した褐色の髪を結いあげ ゆったりとしたドレス姿の女性が
一行を待ち焦がれていた。
「 ヒルダ妃殿下! ご機嫌よう〜〜〜
まあ お元気そうでいらっしゃいますのね 」
フランソワーズは彼女に親し気に歩み寄ると 軽く抱きあい頬にキスを交わす。
「 はい ふふふ こんなお見苦し姿でごめんなさいね 」
微笑つつ妃は 膨らんだ腹部にそっと手を当てている。
「 素敵! 赤ちゃんはもうすぐ? 」
「 はい 緑の夏が来るころには ・・・ 」
「 独逸帝国中のお楽しみ ですわね 」
「 ありがとう フランソワーズ姫 」
アルベルトも愛妃に寄り添い、微笑を交わす。
「 きゃ〜〜〜〜 もう・・・ いつまでたってもお熱いわあ〜〜
あ ヒルダ様。 ご紹介します。 彼は ― ナイトのジョー・シマムラ 」
「
あら ステキな方 ヒルダといいます。
」
「 ヒルダ皇妃陛下 ― 」
ジョーは 慇懃に腰を屈めこの美しき皇妃に目通りの挨拶をした。
カチャン カチャン カチン ・・
湯気の立つポットがいくつも運ばれてきて お茶時間となった。
「 わあ ・・・ ショコラ! わたし お国のショコラ・タルトが
大好き〜〜 」
「 これはフランソワーズ姫の宮廷に留学していた時に味わった
アントルメがヒントになっているよ。 」
「 まあ そうなの?? 」
「 うん あの味が忘れられなくてな
城下の菓子職人たちに工夫してもらったのさ。 」
「 それが仏蘭西王国にも伝えられていますわ。
ん〜〜〜〜 やっぱり本場の味は 最高〜! 」
「 姫様 たくさん召し上がってくださいね。
これからの旅は とても困難と伺っています・・・ 」
ヒルダ妃は少し表情を曇らせている。
「 ヒルダ様 ご心配なさらないで。
わたしには最高の協力者がいますし、 わたし達は伝説のコンピなのですもの。」
― ね? と 彼女はジョーに笑顔を向ける。
「 ・・・ 姫様 ・・・
ああ そうだわ。 アレを準備していたのでした。
乳母の君、わたくしの部屋からもってきてくださる? 」
「 はい 皇妃陛下 」
側に控えていた小柄な老女は静かに部屋を出ていったが
すぐに戻ってきた。
「 ― これを・・・ ヒルダ様 」
「 あ ありがとう!
さあ フランソワ―ズ姫様 そして ジョー様。
どうぞ この鎖帷子を御召しになって 」
ヒルダ妃は 固く編まれた帷子を差し出した。
「 まあ ・・・ あら いい香り・・・ 干し草?? 」
「 イラクサです。 イラクサを乾燥させ固くして 編みましたの。 」
「 え ・・・ これ ・・・ ヒルダ様が?? 」
「 はい。 これは 剣も矢も通しません。
どうぞ 姫様 ジョー様 御召しください。」
「 ありがとうございます・・・ 」
「 お気使い ありがとうございます 」
二人はその香りのよい軽い帷子を羽織った。
「 まあ 軽くて ・・・ほんのり温かですね 」
「 ふう〜〜ん ・・・ いい香です、ぼくはこの香りがとても好きです。
なんかこう ・・・懐かしい感覚があります 」
ジョーは 微笑しつつ帷子の香を楽しんでいる。
「 ふうん やっぱりなあ ナイト・ジョー 」
見守っていたアルベルト陛下は 深く頷いている。
「 ? アルベルト兄さま? 」
フランソワーズが すぐい気付き訊ねた。
「 ― いや。 彼は東洋系と言っていたな?
このイラクサは 東洋では敷き物などによく使われているそうだ。
東洋の友人が教えてくれたのさ。 」
「 まあ〜〜 そうなの? この香のする敷き物って
きっと素敵ね〜〜 長椅子に敷いたら気持ちいいでしょうね 」
「 ふむ ― ああ 二人ともぴったりだな。 」
「 はい! とても着心地がいいですわ。
ヒルダ様〜〜 ありがとうございます。 」
「 ヒルダが編む帷子は 不思議なのだ。
俺もずっと愛用しているのだが 何回助けられたかわからない。
実際に この帷子は剣や矢から護ってくれる。 」
「 特別なことはしておりませんの。
この国のイラクサがとても強靭だから だからでしょうね 」
「 まあ ・・・ ありがとうございます ヒルダ様〜〜 」
「 フランソワーズ様 貴女の討伐の旅、少しでも御助けできれば・・・
ああ 本当なら私もご一緒したいの! 」
ヒルダ妃は ちょっとばかりくやしそうな顔をした。
「 え・・・ ああ そうでしたわね。
ヒルダ様は 弓矢ではアルベルト兄様に勝つ御方でしたっけ 」
「 ふふふ そうですわ。 娘時代、まだ陛下のところに参ります前に
お義父上の御前試合で ― 」
「 ははは 俺は見事に こてんぱんにやっつけられたよ 」
「 そのお話 父から聞かされていました。
フランソワ―ズ、お前もしっかり武術の修業に励め と。 」
「 さすが仏蘭西王国の国王様ですわ
どうぞ道中 ずっと御召しくださいね 」
「 ありがとうございます〜〜 ヒルダ様とご一緒だと思えて
心強いです! 」
「 ふふふ ・・・ さあ ちょっと失礼して・・
急いでもう一枚 編みますね 」
ヒルダ妃は ゆっくりとソファに座ると藤で編んだ籠を引き寄せた。
「 ? 」
「 ほら ・・・ 鳴き声 聞こえましてよ?
ジョー様 貴方の忠実な家来のためにも 帷子が必要ね 」
「 え ・・・ あ クビクロ! 」
ジョーは びっくりして耳を澄ませた。
わん わんわんわん〜〜〜〜〜〜
城の中庭から 聞き覚えのある声が響いてくる。
「 ・・・ あ〜〜〜 アイツってば 騒いで・・・ 」
「 ナイト・ジョー。 彼を連れてきなさい。
愛犬は 主の側に控えることが絶対任務 と信じているはず 」
「 ・・・ ありがとうございます! お言葉に甘えまして! 」
アルベルトが笑って口添えしてくれたので
ジョーは 一礼してから厩へと降りていった。
「 フランソワーズ姫。 ジャン兄上の具合は如何かな 」
アルベルトはジャンとも 幼い頃から親しんだ仲なのだ。
「 ありがとうございます。 騎乗でしたら ほぼ不自由はありません。
徒歩 ( かち ) でもかなりの距離も歩けるように ・・・ 」
「 そうか それはよかった ・・・
黒い悪魔は ― 手強い。 そして実に狡猾で巧妙だ。
姫 気をつけろ。 そなたの武術の腕前はよく知っているが
決して油断するなよ 」
「 はい アルベルト兄様。 」
「 うむ。そして ― そなたの兄上のことや 俺のこの傷を忘れるな。 」
アルベルト陛下は ず・・・っとチュニックの袖を捲り上げた。
「 ― 陛下 ! 」
ヒルダ妃が さっと裳裾で隠そうとしたが 彼はそれを止めた。
「 いいのだよ、ヒルダ。 フランソワーズ、 これをしっかりとご覧。 」
「 ・・・・ 」
フランソワーズは 息を呑み、その腕を見つめた。
酷い傷痕もあるが それだけではない。 腕の一部分が金属なのだ。
「 アルベルト兄様 ・・・ お腕が ・・! 」
「 そうだ。 俺の右腕は ― 半分は造りモノだ。 」
「 そ そんな ・・・! 」
「 よいか しっかりとこれを見て・・・ 聞いてくれ。
俺は 北の国境近くで 黒い悪魔を追っていた。
当時 アイツは我が国でさんざん悪事を働き 民を拉致したりして
放ってはおけん、と 北の地域まで討伐に行ったのだが 」
「 陛下 ・・・ 」
ヒルダ妃は そっと夫君の引き攣れた傷痕に白い手を置いた。
― それは 今から十年以上前のこと・・・
当時 独逸帝国皇太子であったアルベルトは
北の国境地帯に 討伐隊を率いてやってきていた。
黒い悪魔は この地帯を荒しまわり田畑を壊滅させ収穫を奪い
働き手のワカモノや家畜を浚たり 抵抗するものを殺めたりしていた。
「 おのれ・・・ 成敗してくれるっ 」
血気盛んなアルベルト皇太子は 先頭にたって討伐隊を進めた。
一行の中には 国一番の弓の名手・ヒルダ侯爵令嬢も控えている。
ぐはははは・・・ 猪口才な若造があ〜〜
一撃で引き裂いてくれるワ〜〜〜
ぐはははは この国も我のものだあ
黒い悪魔は無数の手下をつれて 討伐隊に襲い掛かってきた。
乱戦になり 敵を引きつけさんざんに討ち抜いていたヒルダ姫が
一瞬 足を取られ姿勢を崩すと ― 黒い悪魔が襲いかかる。
きゃあああ〜〜〜〜〜
ぐわはははは〜〜〜〜〜
これは極上の獲物だあ〜〜〜 ふははは〜〜〜
くぅ ・・・ きゃ あ ・・・・
ヒルダ姫の鎧が引き裂かれ 黒い悪魔の爪がさんざんに
彼女を傷めつけ始めた。 血飛沫がとぶ・・・
「 ! ヒルダっ !! 」
アルベルトは単身 その中に飛び込んでゆき 剣で黒い悪魔に挑んだ。
ヤツは異常なほどに強く 悪辣で ヒルダ嬢を切り裂き
アルベルトの腕をもぎ取ろうとした が ―
「 ぐ ゥ ・・・・! く くらえ っ 」
皇太子は懐から 小さなものを取りだし黒い悪魔に投げつけた。
ぼっ ・・・ ご〜〜〜〜〜〜〜
それはたちまち大きな焔となり 黒い悪魔を包みこむ。
うぎゃああああああ〜〜〜〜〜
火だるまになり 流石の悪魔も獲物を手放すと 這う這うの体で
去っていった。
闘いの跡は 凄惨な現場になっていた ・・・
「 ・・・ ひ ヒルダ・・・? ヒルダ〜〜〜〜〜 」
アルベルトは 必死でにじり寄ったが勇敢な侯爵令嬢は もう虫の息だった。
「 く くそぅ〜〜〜〜〜 」
彼の腕もぼろぼろになっていたが アルベルトは自分の
衣を引き裂き彼女を包み 歯を食いしばり馬上のヒトとなった。
「 み 皆のもの・・・ 後を頼む・・・
俺は 彼女をつれて城に戻る ・・・! 」
「 殿下〜〜〜〜 お気をつけて ・・・ 」
「 後は我らにお任せを 」
常に行動を共にしていた部下達が 傷つきながらも
応えてくれた。
「 ― あ りがとう 皆! 」
バッ ・・・!
漆黒の愛馬を単身飛ばし 必死に王城に戻りついた。
彼はボロボロのまま 彼女を抱き父皇帝に懇願した。
「 父上 !!! 彼女を ヒルダ姫の命を取り留めてください! 」
「 ! アルベルト !! そなた 腕が 」
「 俺よりも 彼女を!! 」
「 ― うむ。 来るがよい。 」
当時のコズミ皇帝は 深くうなずくと瀕死の姫君をひし、と抱いた子息を
彼の研究室へと連れていった。
― そして
「 父の秘蔵の薬と 医師としての熟練した技のお蔭で
ヒルダはなんとか一命をとりとめた 」
「 陛下 ・・・ 」
「 そ うなんですか ・・・
酷いお怪我をなさった・・とだけ伺っていたのですが 」
「 フランソワーズ姫。 幼い方には酷い話だから ね
父上も兄上も 詳しくはお話にならなかったのだろうよ。
俺のこの腕は ほぼツクリモノだ。 父の作品だ。」
「 ― コズミ陛下が ・・・ ? 」
「 そうだ。 父は この俺に二度めの 身体 をくださったのさ 」
「 すご・・・い ・・・
コズミ陛下の研究って 素晴らしいのですね 」
「 うむ 今でも事故や病で身体を損ねた民に 救いの手を差し伸べているよ 」
「 すばらしい方ですのね 」
「 わが父ながら誇らしく思っている。
ああ あの時 瀕死のヒルダ姫が何とか助かったのは
しっかり着ていた帷子のおかげだ、と父は言っているよ 」
「 え ・・・ このイラクサの帷子ですか 」
フランソワーズは 身に着けている帷子を撫でた。
「 そうだ。 その帷子は力強い味方だぞ。 そして ― 」
アルベルトは 腕の内側から小さな箱を取りだした。
「 これも 我々を救ってくれたのだ。
俺がアイツに投げた < 常火の種 > さ。 」
「 え これも コズミ陛下がお造りになったのですか? 」
「 そうだ。 そしてその火をこのツクリモノの腕の内側に入れておくと
白兵戦の際には 最高な武器となる。 」
「 ・・・・ 」
フランソワーズはただ ただ 目を丸くしている。
「 姫様 ・・・ 陛下 ・・・ 」
ヒルダ妃は 温かい飲み物を二人の前に置いた。
「 暗いお話でごめんなさいね ・・・ 」
「 いえ。 伺えてよかったですわ。
アルベルト兄さま。 兄様はやっぱりフランソワーズの
大切なお兄様ですわ 」
「 ふふ ・・・
さあ これが俺が父上から譲って頂いた < 常火の種 > だ。
これがあれば どんな寒さにも凍えることはない 」
「 ・・・ 不思議な火 ・・・ 」
「 これを討伐の旅に持ってゆきなさい。
ああ あのナイト君に持ってもらったらいい。 」
「 え そんな ― 」
トントン トン −−−
軽快なノックが響き 大扉が開いた。
「 やあやあ ― フランソワーズ嬢や・・・
元気そうじゃなあ 〜〜 」
艶々とした顔色の老人が スタスタと入ってきた。
「 ! コズミのおじ様〜〜〜〜〜〜
ごきげんよう〜〜 お久し振りでございます 」
フランソワ―ズは 飛んでいって老人に丁寧に挨拶をした。
「 父上 ・・・ ご研究は一段落しましたか?
御出座しくださりありがとうございます。 」
アルベルトは老父の手を取り 肘掛椅子に案内した。
「 お ありがとう アルベルト。
ああ ヒルダや 休んでおいで・・・ 」
老コズミ陛下は のんびりとお茶を啜る。
そして にこやかな顔を訪問者の姫に向けた。
「 嬢や ・・・ 」
「 はい コズミにおじ様? 」
「 どんなに研究してもな 生命を造りだすことは できん。 」
「 はい ・・・ 」
「 生命はな ― 愛だけが造れるのだよ なあ ・・・ 」
老研究者は 子息夫妻にそれはそれは温かい眼差しを送っている。
「 はい。 」
「 嬢やもな 愛する御人を見つけるのだよ いいな
それが この世でなによりも大切なことじゃよ 」
「 はい おじ様! 」
♪♪〜〜〜〜 ♪♪♪〜〜〜
優雅な音が聞こえてきた。
「 あら? この音・・・?? 」
フランソワーズが気付き 広い部屋中を眺めたが ―
「 え ・・・ アルベルト兄様 ? 」
部屋の一隅にある チェンバロの前には若き皇帝が座している。
「 わあ〜〜〜 兄様〜〜 」
「 俺の大切な妹姫のはなむけに ― 一曲 ・・・ 」
♪♪♪ 〜〜〜〜 ♪♪
誰もがその優美な旋律に うっとりと聞きほれている。
「 わたくしは 陛下に生き返らせて頂きました。
わたくしは 今もそしてこらからも いつまでも アルベルトと
共に 生きてまいります。 」
ヒルダ皇妃が そ・・・っと フランソワーズ姫に囁いた。
わたしも ― そんな方に 巡りあいたい ・・・!
甘い 時に 繊細な音は 皆の心を 癒してくれるのだった。
Last updated : 11.09.2021.
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********** 途中ですが
ご贔屓キャラの登場で ついつい筆がノリノリ〜♪
次回は 激短 か スキップ かも ・・・ <m(__)m>