『  恋人たちの湖   ― (3) ―  』
  夜が ・・・ 明ける ・・・!
東の空が白みだした。  夜の静寂 ( しじま ) が消えてゆく・・・
ざわざわと ・・・ 動物たちも木々も動き出し、そしておしゃべりを始める。
フランソワーズは 湖の畔に佇みじっと空を見つめていた。
  ― 雁の群れが ゆうゆうと羽ばたきつつ空に舞い上がってゆく。
    また・・・ 会いましょう、 ジョー!  わたし、誓いを守るから・・・!
最後尾に近く飛んでいた若い一羽が つい・・っと輪を描いてから群れに戻った。
「 ・・・ふふふ ・・・ そんなコトしてると、リーダーに叱られてよ。 
 ジョー ・・・ どうぞ気をつけて ・・・ 」
 
  ― ブルルルル ・・・・!
後ろに控える愛馬がしきりと首を振っている。
「 ん? アロー?  なあに。 ・・・え 早くお城に帰りなさい、って?
 はいはい ・・・ あ〜あ・・・ 帰ったら乳母やのお説教ねえ ・・・ 」
フランソワーズは大きく溜息をつくと 愛馬の鬣をぽんぽん・・と叩いた。
「 ちゃんと朝御飯 食べた?  どう・・・? ここの草は美味しそうね。
 帰ったらすぐに身体を拭いてあげるからね。
 さあ 城までお願いします〜 」
  ― ブルルル !
カツン!と蹄と鳴らしアロー号は一声嘶いた。
「 じゃ 出発ね。  ・・・ 夢みたいな一夜だったわ ・・・
 わたしの王子さまと こんな森の奥で出逢うなんて。 」
フランソワーズは颯爽と馬上のヒトとなった。
「  さあ ― 行きましょう!  」
栗毛の馬と共に 亜麻色の髪を靡かせ姫君は湖畔から駆け去った。
湖の水面がゆっくりと茜色に染まり始めた。 朝陽が昇ってきた。
  ― 昨夜 湖の畔では ・・・
夜の闇の中に狩人たちが熾した焚き火がぼう・・・っと浮かびあがる。
「 君は ― ジャンの妹なのか 」
リーダーはじっとフランソワーズを見つめている。
「 ・・・あ 兄の名を どうして?  」
「 俺はアイツの、ジャンの狩友達だ。  アルベルト・ハインリヒ という。 」
「 まあ ・・・ じゃあ・・・あの、兄が怪我をする前からのお友達ですか? 」
「 そうだ、彼がまだ自由に大地を駆け巡っていた頃はよく共に遠乗りにでた。
 ずっと城下町の狩人たちを束ねていたのだ。 」
「 ・・・ そうですか ・・・ 」
「 君のことも覚えているぞ 小さな姫君。  ジャンがとてもとても可愛がっていた。
 君をあの大梟から護れて 彼は満足しているよ。 」
「 で でも・・・!  そのために、わたしのせいで 兄は脚が ・・・ 」
「 君が気に病む必要はない。 ジャンは気になんかしていない。
 アイツは そんなちっぽけな男じゃないぞ。 」
「 ・・・ リーダー ・・・いえ アルベルトさん ・・・ でもわたし、どうしても! 」
「 ああ。 そのためにもどうしてもあの悪魔を退治しなければ な。 」
「 はい! わたし なんだってやります!  」
「 頼もしいな、さすがにジャンの妹だ。  それじゃ まずは夜が明けたら
 まっすぐに城に戻るんだ。  」
「 え でも ・・・ 」
「 城に戻り、 ジャンや親父さん・・・ 国王陛下の許可を得てこい。 全てはそれからだ。 」
「 ・・・ はい ・・・ 」
「 ま あとは ジョーと仲良くやるんだな。  コイツは いいヤツだ。 」
アルベルトは 脇に控えていた若者の額をぴん、と弾いた。
「 ― いって〜〜〜 ・・・  リーダー〜〜 」
「 ははは・・・ ぼ〜〜〜っとヨダレが垂れそうな顔でフランソワーズを見ているからさ。 」
「「 ・・・ え ・・・  」」
若者二人が 真っ赤になった。
いい加減で眠れよ ・・・と言い置き、リーダーは焚き火から離れた。
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 あ  あの ・・・ こ こっちにおいでよ。 夜明けまでまだ間がある。
 少しでも眠ったほうがいいよ。  」
「 え ええ ・・・ 」
ジョーはいそいで枯葉や小枝を集めて持ってきた。
「 これ・・・クッションになる。  あの ・・・ ぼくに寄りかかって・・・あの イヤじゃなかったら・・・」
「 ジョー。   わたしでは だめ? 」
「 ― へ??  な なにが。 」
「 呪を解くの。  わたしが誓うわ。 その・・・永遠の愛を。 ジョー、あなたに! 」
「 え。  だ だめだよ、そんなぼくなんかに・・・! ぼく、ただの狩人だよ。 」
「 わたしだって 」
「 ファン。  ごめん、知ってるんだ ・・・  姫君だってこと。 この国の姫様だろ。  」
「 ジョー ・・・  姫だったら 嫌い?  」
「 そ そんなこと、ない!  けど ・・・ 」
「 けど?  わたし、ジョーが好き。 狩人のジョーが好きよ。 それが全て だわ。」
「 ぼくだって お転婆で勇敢なきみが好きさ。 ごめん、実はさ ・・・ ずっと見てたんだ。  」
「 見てた?  ― え  もしかしてわたしのこと?  」
「 ウン。  ヒルダさんのお供をしてよくお城の上を飛んでた。
 その時 ・・・ いつも元気な姫君を見たよ。 姫君なのにちゃんと馬の世話とかしてて
 素敵なヒトだなあ〜って ・・・ 憧れてた。 」
「 ジョー。 ・・・ わたし、誓うわ。 天に誓います。  
 わたしが愛する人は ジョー、あなただけ。 」
「 ― ファン。  いや フランソワーズ ・・・ ありがとう! 」
ジョーはそう・・・っとフランソワーズの肩を引き寄せると薄紅色の頬に手をあてた。
「 ぼくも誓う。 ぼくが愛するヒトは フランソワーズだけ さ。 」
「 ・・・・ ジョー ・・・ !  」
熾き火の爆ぜる中 ― 二人は淡く唇を合わせた。
 
「 はいはいはい〜〜〜 さあさ こちらへ 姫様〜〜 」
「 ・・・ もう ・・・ 湯浴みくらい一人でできるのに ・・・  」
「 はいはい、もちろん、存じておりますよ。 でも今日は特別ですからね〜〜〜 」
「 ・・・・・・ 」
乳母の君は上機嫌で 姫君の手をひき化粧室に入ってきた。
湯上りの衣を着せられたフランソワーズは 乳母とは正反対の仏頂面だ。
「 まあま、 湯浴みで一段とお綺麗になりましたね〜〜 」
「 水浴びなら毎日、馬を洗うついでにやってるわ。 」
「 姫様〜〜〜 そんなこと、おっしゃらないで下さいまし。
 さあさ、 このパウダーをお身体に擦りこんで・・・ 御髪を結って♪ 
 ふんふんふん〜〜♪  なにしろ今晩の舞踏会の主役ですからね〜〜 」
「 ・・・・  (  ・・・ あ〜あ ・・・ 遠乗りに行きたいなあ・・・ ) 」
乳母やに身体を預けつつ、フランソワーズは盛大に溜息をついた。
朝帰りの姫君が こっそり寝室に入ってきたのを乳母の君は有無を言わさず <拉致>。
湯殿に軟禁すると 腰元と一緒に姫を磨き上げた。
「 ・・・ ねえ 乳母や。  昨夜 わたし ね・・・ 湖の 」
「 し。 姫さま。  今はそれどころじゃございません。 
 ともかく!  今晩の舞踏会までに間に合わせなければ。 宜しいですね、姫様! 」
「 は はい ・・・・ 」
乳母やの剣幕に押し捲られ フランソワーズは大人しく口を閉じた。
   ―  仕方ないわ   あとでお父様にお話しましょう・・・
磨きたてられ、髪を高く結い化粧をし。  きついパニエで締め上げられながく裳裾を引くドレスを纏い。
   ・・・ う わぁ・・・・ わたし、身体だけじゃなくて心が窒息しそう〜〜〜
次第に大人しくなった姫に 乳母の君は大いに満足したらしい。
「 ・・・ほ〜ら・・・  これでようございます。  」
最後に乳母の君は姫君の唇に 濃く紅を注した。
「 ・・・ はあああ〜〜〜〜  ・・・・ 」
「 姫様! なんて声を・・・ さ、 まずは陛下に御挨拶を。 」
「 ・・・ わかったわ。 」
乳母の君に手を取られ フランソワーズは溜息つきつき立ち上がった。
「 ・・・ 昨夜のことは。 きちんとお詫びなさいませ。 」
「 ・・・ はい。 」
そろそろ灯が点りだした廊下を 乳母の君は大得意な様子で姫君の手を引いていった。
「 姫 ・・・  そなたの母にそっくりじゃな・・・ 」
「 お父様 ・・・ 」
居室に挨拶に来たわが娘の盛装を見て、老王は感慨深けだった。
やがておおらかな笑顔になると、国王は愛娘を長椅子へとさそった。
「 一日、 乳母やに弄くられていたのであろう? すこし休むといい。 」
「 ・・・ お父様〜〜 ありがとうございます。  ふぅ・・・  」
「 その姿も素晴しいが はやりそなたは 少年の形 ( なり ) で飛び回っているのが似会うな。 」
「 お父様・・・ 今度乳母やに言ってやってくださいな。 」
「 ははは ・・・ しかしアヤツはお前を磨き上げることに命を懸けておるからなあ。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 まあ そんな顔をするな。 今宵のそなたは本当に美しいぞ。 」
「 お父様 ・・・  あの。  昨夜のことですけれど 」
「 ああ ・・・ 聞いたぞ。  なかなか活躍したそうだな。 湖は素晴しかったじゃろう? 」
「 !? お父様! どうして ・・・ それを? 
 わたし、まだ誰にも話していませんのに。  」
「 ふふん、 ワシにはいろいろと奥の手があっての。 
 コズミの賢人に命じて ドルフィン を飛ばせてな、
 そなたが湖の畔で一晩過した、と報告をもらったぞ。 」
「 ― ドルフィン? 」
「 そうじゃ。  コズミの賢人が支配しておる鷹の名じゃ。
 空もゆけば水の中も潜り、陸を窺うこともできる、賢い猛禽だよ。
 その鷹にそなたを捜させた。  そうしたら湖の畔に生える葦を一枝咥えて帰った。 」
「 まあ ・・・ 」
「 申してみよ、なにがあったのかね。 」
「 ・・・ はい。  そこで ― 」
フランソワーズは 父王に昨夜の出来事を掻い摘んで話した。
「 ― ほう ・・・  ああ ジャンの友人の狩人ならワシも覚えておるぞ。
 腕のいい ・・・ 立派な狩人じゃったが。 」
「 彼のほかにも大勢のヒト達が魔法にかけられていました。 
 やはりどうしても あの大梟を退治しなければ!  
 ねえ お父様! わたし、これからでも討伐隊を指揮して森に 」
フランソワーズはドレスの裾を持ち上げ、すっくと立ち上がった。
「 姫。  今宵はそなたの誕生日を祝う舞踏会。
 そしてそなたは 婚約者を選ぶのだ。 」
「 ― お父様 ・・・!  」
「 そなたは この王国の姫としての役割をしっかりと果たすのじゃ。  いいな。 」
「 ・・・・ はい ・・・  」
フランソワーズは 唇を噛みしめたが素直に父王に腰を屈めて会釈をした。
「 そしていずれ ジャンを助けてやっておくれ。 」
「 はい ・・・ お父様。 」
「 うむ。  大梟のことは、コズミの賢人とよく相談してみよ。
 必ず力になってくれるぞ。  王国に邪悪なものが棲んでいるのは許せん。 」
「 お父様・・・!  ありがとうございます! 」
「 ははは ・・・ そなたも、協力できるな。 」
「 はい! はい、必ずあの悪魔を退治してみせますわ。 」
「 おお おお ・・・ 頼んだぞ 姫や。 」
「 ・・・・・・・ 」
今度こそ最上の笑みを浮かべ、フランソワーズ姫はお辞儀をし、退出した。
「 〜〜〜 姫様   どんな殿方がお好みですか? 」
「 ・・・え? 」
私室に戻ると乳母の君が 大にこにこで飛んできた。
「 ですから〜〜 今晩 姫様が舞踏会で ・・・ 」
「 ああ  ・・・ 
 そうねえ、腕のいい狩人で長い距離を飛べて・・・火を守ることができるヒト。 」
「 はあ? 」
「 え ・・・だからね、 そういうヒトが理想なの。 
 そうだわ、乳母や。  お願いがあるの。 」
「 はいはい、姫様。 なんでございますか。  もっとお花をお望みですか? 」
「 違うわ。  この・・・手紙をコズミの賢人さまに届けて。
 あ ・・・ 一緒に栗の実も ね。 お好きなはずよ。 」
「 はあ ・・・ あの東の塔に住んでいる変人・・・いえ ご老体ですね。 」
「 そうよ。 お願いね。 私はお兄さまとお話してきます。 」
「 姫様 もうすぐ舞踏会が始まります。  お化粧直しをなさって広間へお出ましを。 」
「 あら もうそんな時間なの? 
 ・・・少しくらいいいじゃない。  皆 先に楽しく踊っていれば・・・ 」
「 姫様!  今宵は姫様が皆様をお迎えになる立場なのですよ。
 姫様がいらっしゃらなければどうにもなりません。  さ ・・・ おでましを。  」
乳母の君はしっかりと姫君の手を握ったままだ。
「  ふう ・・・ わかりました。  もう〜〜 乳母やには敵わないわ。 」
「 恐れ入ります。  ・・・ あ ちょっと鏡の前におかけくださいまし。 」
「 ― はいはい・・・ 」
姫君は 豪華な化粧台の前に座り乳母の君に任せた。
   ―  こんなの、わたしじゃない ・・・ 
亜麻色の髪を高く結い上げ 煌くティアラを頂き、耳元、胸元にもキラ星にも似た輝きが散る。
唇に濃く注した紅が 彼女をまるで違った人に見せていた。
   やがて。  城の大広間は国王の姫君を向かえ感歎の吐息とどよめきに溢れた。
「 ようこそいらっしゃいました 」 「 はい、兄も元気にしておりますわ。 」 「 ごきげんよう 」
「 お元気でした? どうぞごゆっくり 」 「 ありがとうございます。 」
フランソワーズは同じ挨拶を順番に繰り返しつつ にこやかに来賓たちを迎えていた。
     ふう ・・・ 顔にヒビが入りそう〜〜〜★
ほんの少し、 来客の列が途切れたとき、姫君はふか〜〜〜い溜息を漏らせた。
「 姫様 ・・・! 」
「 ―  は〜い わかってまぁ〜す・・・ 」
つんつん・・・と背をつつかれ フランソワーズは背筋を伸ばしなおした。
  ― 姫君の誕生日祝いの舞踏会は盛大に幕をあけた。
隣国諸国はもとより 東西の遠国からも客人たちはやってきた。
それぞれ自推・他推の若い貴公子を伴っている。
「 ・・・・・ ?  ・・・ ・・・ ・・・ な御方ですって。 」
「 ・・・・・・・・・・ 」
「 ( ひめさま! )  えっへん 」
「 ?!  あ ああ ・・・ すみません ・・・ もう一回聞かせてくださいますか? 」
「 喜んで。 フランソワーズ姫様。   ・・・ 様は 〜〜〜 〜〜〜〜 」
「 まあ そうなのですか。 素敵ですね。 」
「 姫様!  〜〜〜王子殿下をご紹介させていただきます! 殿下は 〜〜〜〜 」
「 まあ 素晴しいわ。 」
「 フランソワーズ様?  こちらの殿方、きっとお好みに合う方と思いまして♪ 」
「 まあ そうなのですか。 素敵ですね。 」
「 姫君。 東の遠国よりまいりました。 我が国の第二王子殿下をご紹介いたしたく。 」
「 まあ 素晴しいわ。 」
「 ( ひめさま! )  おっほん! 」
「 え? なあに ・・・ あ いえ失礼・・・ 少しだけ座を外しますが
 どうぞ皆様 楽しんでください。  」
姫君は 乳母の君に手をひっぱられ帳の陰に入った。
「 ひめさま! なにをぼ〜〜っと考えていらっしゃるのですか! 」
「 え ・・・ あ あら乳母や、 わたしちゃんとお返事していたでしょう? 」
「 え〜え。 同じお返事を交互にね。 」
「 ・・・あら わかって? 」
「 誰だってわかりますよ。  姫様〜〜 そんなことでは誰も結婚してくれませんよ! 」
「 ・・・ いいわ べつに。  ジョーがいるもの。 」
「 はあ?  今 なんとおっしゃいました? 」
「 な なんでもないわ。   あら? ほら 音楽が変わったわ。
 そろそろダンスが始まるのではなくて? 」
乳母やはぶつくさ言いつつも 姫君の髪を整え、化粧を直し。 裳裾を捌いていたが
手を止めて耳を澄ませた。
「 ・・・・ あ 左様でございますね。  これは〜〜急がなければ! 」
「 なあに。 なにか ・・・あるの。 」
急に にこにこ・・・笑顔になった乳母の君に フランソワーズは不思議そうに尋ねた。
「 今宵の一番の催しでございますよ。 
 姫様に求婚の申し込みをなさった諸国の王子さま方がお出ましになります。 」
「 ・・・ まあ そうなの?  」
「 そうなの、じゃありませんよ!  で、 その王子さま方と踊って頂きます。 」
「 ・・・ いいけど ・・・? 」
「 それで ですね。 姫様! お聞きですか! 」
「 あ ・・・ え〜と?  踊るのでしょ。 」
「 左様でございます。  6人の王子さま方とお踊りくださいまし。
 そして その中からお心に叶った方をお選びくださいな。 」
「 ― わかった ・・・  ええ??? な なんですって ?! 」
「 ですから 王子さま方と どうぞ!  ささ・・・ 姫様、どうぞ。 」
「 え  ええ。  ねえ 乳母や、 王子サマって ・・・ 」
「 はいはい、どなた様もね、男前の立派な方々ですよ。
 姫さまのお相手として申し分のないご身分とご器量の方ばかり。
 姫さま〜〜 こころしてお選びくださいまし。 」
「 ・・・ そんな ・・・ 」
「 さあ  どうぞ。 」
「 ・・・・・・・・・ 」
フランソワーズは 乳母の君に促がされ、重い足取りで大広間の正面へと帳の陰を出ていった。
「 おい ジョー。 どこへゆく。 」
夕闇の中から声を掛けられ ジョーはぎくっとして振り返った。
「 ?! ・・・ リーダー ・・・ 」
「 ― 城 か。 今宵は姫君の婿選びの大舞踏会 だそうだぞ。 」
「 ・・・ 知ってます。 だ だから・・・ 」
ジョーは背を向けたまま俯き 唇を噛んでいる。
「 ほう? あのじゃじゃ馬姫が他のオトコに気を移さないか 気になるのか。 
 あの誓いを破るかもしれないな。 」
「 そ そんなこと! ぼくは か 彼女を信じています! ただ ― 」
「 ただ −  ? 」
「 か 彼女を護らなくちゃ。  もちろん城には護衛兵が沢山いるけど。
 もし万一 ・・・ あの大梟が現れたら ぼくが ・・・ ヤル。 」
ジョーは 淡々と言うと顔をあげ、アルベルトの視線を正面から受け止めた。
「 ぼくしか 出来ない。  ぼくが護る ― 彼女を! 」
「 よし。  これを持って行け。 」
リーダーは 愛用の弓矢をジョーに押し付けた。
「 リーダー ・・・・ 」
「 お前の弓の腕前は ちゃんと知っているぞ。  コレなら普通のものより長距離で狙える。 」
「 ありがとうございます!   ― 行ってきます。 」
「 ジョー?  この馬を使いなさい。 」
ヒルダが 真っ白な駿馬を引いてきた。
「 ヒルダさん!? 」
「 うふふふ・・・ お城までは遠いわ。  ほら、急がないと舞踏会は始まってしまうわよ。 」
「 はい!  ありがとうございます。 」
ジョーは馬上の人となると、 リーダー夫妻に頭をさげ ― たちまち白い炎となり駆け出していった。
   ―  フランソワーズ!  ぼくが 護るから・・・!
目指すは ― 山腹にある王城、いや 亜麻色の髪の乙女の元!
「 ごきげんよう ・・・ 」
「 ようこそいらっしゃいました。  」
「 ・・・ ごきげんよう、王子さま 」
「 どうぞお寛ぎくださいませ  」
「 いらっしゃいませ、王子さま 」
フランソワーズ姫は満面の笑みを浮かべ 諸国の王子たちの相手をしている。
いずれの王子たちも自信満々、我こそは姫の婿がねに、と押しの一手・・・らしい。
しかし当の姫君はといえば ―
  
    ふう・・・ もう 誰が誰だか ごちゃまぜになっちゃった・・・
すらりとした肢体に ペイル・ブルーの湖色の素晴しいドレスを揺らし ・・・
実はその陰でこっそり欠伸を噛み殺していた。
短い間ではあるが王子一人一人と踊ったあとも 姫君は<同じ笑顔>をしていた。
「 ・・・ 姫様、 どうぞ。  」
玉座ちかくの席に戻った姫に 乳母の君がワインを満たしたグラスを捧げた。
「 まあ ありがとう。  ・・・・ 美味しいわ。 」
「 で?  姫様? どの王子様がお気にめしましたか?
 お父上がおでましになる前に乳母やにだけこっそりお教えくださいまし。 」
「 ・・・・・・・・ 」
姫君の髪を直しつつ、乳母やはこそ・・・っと囁く。
「 ・・・ う〜ん ・・・ 皆さん 同じだわ。 」
「 は?  」
「 どの方も皆同じ、って言ったの。  ― 退屈なヒトたち・・・ 」
「 しっ ・・・ 姫様・・・!   ああ 陛下のご出座です。 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズは黙って立ち上がると 父王に向かって腰を屈めてお辞儀をした。
「 父上さま ・・・ ご機嫌麗しゅう・・・ 」
「 うむ。 姫、どうじゃ。 楽しんでおるか。 」
「 ・・・・・・ 」
「 陛下 ・・・ ただいまですね・・・ 」
横から乳母やがこそこそ・・・耳打ちをしている。
「 ほう?  ふむふむ ・・・ そうか そうか。 よしよし・・・ 
 姫や、 こちらへ掛けるがよい。 」
父王は姫君を自分のすぐ脇に呼んだ。
「 はい、父上さま。 」
「 乳母やが教えてくれたぞ。  で ・・・ どの王子がよいのじゃ? 」
「 あ ・・・ あの ・・・・ 」
「 うむ? あの長身の王子か? 」
「 いえ ・・・ お父様。 申し訳ありませんが 」
「 なに、気に入った御仁はいない、というのか。 」
「 ・・・・・・・・ 」
姫は黙って頭を下げた。
「 う〜む ・・・ しかしそれでは 」
「 お父様! あ あの! わたし ・・・わたし、天に誓いをたてたヒトが 」
「 なんじゃと?   うん? 新しい客人かの。 」
フランソワーズが一大決心をして 誓いを立てた相手のことを打ち明けようとしたのだが
来賓を告げるファンファーレが鳴った。
「 乳母や ・・・ まだお客様がいらしたの? 」
「 さあ・・・乳母やは存じておりませんよ? いったいどこの御方でしょうねえ・・・ 」
   ざわざわざわ ・・・・
大広間の客たちや城の人々がざわめきつつ ― 新参者を見つめている。
来客は 黒づくめの衣裳にマントを羽織った貴族とその子息だった。
王子は 黒と銀の素晴しいチュニックを見に付けなぜか目深く羽のついた帽子を被っていた。
「 ・・・・ 姫君  ・・・ 」
「 まあ ・・・! 」
黒と銀の王子はフランソワーズの前に低く身を屈めて挨拶をした。
長い前髪の間から ちらり、とセピアの瞳がみえた。
     え ・・・?  この髪 この瞳 ・・・
     も もしかしたら ・・・ ジ ジョー ・・・?
「 踊って頂けますか?  ユージ と申します、姫君。 」
王子は帽子を脱ぎ捨てると礼儀正しく、そして 情熱的な眼差しをもって申し込んできた。
ふぁさり、とセピアの髪が優しく揺れる。
     この髪 ・・・ これは ・・・ ジョー   ジョーだわ!
「 は はい ・・・ 」
フランソワーズの瞳は王子に釘付けとなり、震える足取りで彼の腕に身を任せた。
楽師たちが奏ではじめ 広間は再び音で満ちはじめた。
中央は姫君にゆずり人々は隅のほうで踊っている。
「 ・・・ あの。 あなたは ・・・ ジ ジョー ? 」
「 ・・・・・ 」
足捌きも優雅にリードしてくれる王子は 微笑むばかりでなにも言わない。
「 そうなのね?  こうして正式に申し込みに来てくださったのね。 」
「 ・・・・・ 」
この上なく優しい瞳が彼女に注がれる。  フランソワーズは頬を紅潮させ彼しかみえない。
「 ジョー。  こんなにダンスがお上手だったなんて・・・ 」
「 ― 姫君。 」
「 は はい ・・・! 」
「 誓ってくださいますか。 」
「 ・・・ え? 」
「 永遠の愛を天に 誓ってくださいますか。 」
王子の腕が 優しく彼女を抱き二人は滑る様に踊る ― 姫の裳裾は優雅に舞いひろがり
人々は感嘆の溜息でこのカップルを眺めている。
「 誓い? ・・・ それなら この前 湖の畔で ・・・ 」
「 今宵 もう一度。  皆の、父君や忠臣たちの前で誓ってください。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
楽の音はしだいにゆっくりになってゆき、やがて終った。
「 姫君 ― ありがとうございました。 」
黒と銀の王子は 片膝をつくと姫君の手に恭しく口付けをした。
「 え・・・い いえ  わたしこそ ・・・ ありがとう ・・・ 」
フランソワーズは もう王子のことしか目に入らない。
二人は手を携え 国王の前で挨拶をした。
国王の隣には 王子を伴ってきた黒尽くめの貴族が控えている。
「 おお ・・・ 姫や。  そなたの気持ちを聞かせておくれ。 」
「 はい お父様。  わたくしは ― 」
  ― カツ ・・・ッ!
ジョーは馬を進め城の中庭に降り立った。
「 ・・・ふう ・・・ ここだな。 大広間は・・・・ ああ あの一際明るい窓のところか。 」
城門を抜けるときも 中庭に入るときも門番に誰何されることはなかった。
確かに彼らは見張りの任についているのだが、 どうもジョーの姿は見えていないのかもしれない。
「 やっぱり魔法の馬なのかな、お前は・・・ さ ここで待っていておくれね。 」
ジョーは馬の鼻面を撫ぜると刈り込みの側に繋いだ。
「 ここからは ・・・ う〜ん、一気に飛べないのは不便だな。 」
弓矢を背負いなおすと ジョーは夕闇に紛れて城の回廊に駆け込んでいった。
「 ・・・ よし、 あの窓なら広間全体が見通せるな。 うわ ・・・ すごいな・・・ 」
大きな張り出しのある石造りの窓に辿りつくと 彼は窓枠の陰に身を潜めた。
目の下には 大広間で華やかな舞踏会が繰り広げられている。
「 ・・・ うん?  皆黙って眺めているけど・・・ あ ファンだ!  
 うわあ〜〜〜 ・・・ き きれいだなあ・・・ 」
ジョーは思わず、使命も忘れ呆然と見とれていた  ― 彼の恋人の盛装に。
「 少年みたいな恰好で馬を飛ばしているのも素敵だけど・・・
 ドレス姿が ・・・ うわ ぁ ・・・・・ 」
ジョーの吐息が天井を突き破りそうだ。
見つめる彼の目の前で踊る彼女 ― しかしその視線はパートナーに張り付いている。
「 ・・・ うん? 誰だ、コイツ。  なんか ・・・ぼくに似てる? 」
ジョーの関心は彼女のパートナーの王子、黒と銀の衣裳をつけた青年に集中した。
「 ・・・ コイツ ・・・ なんかヘンだぞ? 黒い陰が纏わりついている・・・!
 ファンに悪さする気ならぼくが許さない!  よ よォし ・・・ 」
ジョーはじりじりと窓の中央に寄ってゆく。
「 踊りは ― 終ったな。   うん? なんだ・・・ あのパートナー、なにか持ってる?
 なんだ?  よし ・・・ 」
ジョーはじっと気持ちを集中し一点を見つめた。
    ・・・ ?!  あのパートナー ・・・ 人間じゃない ・・ぞ!?
彼の視覚にはフランソワーズと踊る相手は ただの黒い靄のカタマリに映る。
「 これは ― 魔法で作られた人形 ( ひとがた ) か・・!? 」
    ファン ・・・ ファン、 気をつけて・・・!!  ソイツは人間じゃない!
ジョーは一心に彼女の心へと念を送るのだが ・・・・
    だ ・・・ダメだ・・・ 心の扉を閉じてしまっているのか?
    いや ちがう、  アイツだ アイツが 閉ざしている・・・!
   ファン! 聞いて、ぼくの声を!  フランソワーズ ・・・・・!!
一瞬、ぴくり、と姫君の脚が止まりかけたがすぐにパートナーに引っぱられてしまう。
しかしその瞬間に ジョーの目に飛び込んできたものは ―
「 ! アイツ ・・・ あの手の内にあるものは ・・・ 光の刃!? 
 くそう〜〜〜 あれだけ大勢の人間がいて、誰も気がつかないんだ!?
 アイツは手に刃を隠しているじゃないか!  」
ジョーはぐっと身を乗り出した。 背中の弓矢を取りひそかに矢を弓につがえた。
 ・・・ 楽の音が 止まった。
二人のダンスは終わり、姫君は手をとられたまま国王の前に進み出た。
彼女が一歩前に でた、その時。
パートナーの王子が 光るものを突き出そうとした。
「 !!  危ないッ !  ファン !! 」
ジョーは天井に近い窓の外に立ち、咄嗟に弓を引き  ―  射た。
         ―     シュッ ・・・・!!!
「 お父様。  わたくしはこの御方と   え!? 」
「  ― うぎゃあ  −−−−−−・・・・・! 」
  白い一閃の炎が飛び込んできた。  そして 黒と銀の王子を射抜いた。
しかし その瞬間に彼の姿は雨散霧消し四方に飛び散った。
「 な ・・・ なんなの? 」
「 な! なにごとか?!  衛兵! 」
「 ?? きゃあ〜〜〜 灯が? 灯が消えたわ〜〜 」
 
    わぁ〜〜っはっはっは・・・! 巧く欺いたと思ったのだがな! 
    ふふん、 しかし これを見よ!  国王の命は  ―
暗闇の中から禍々しい声が大広間に響き渡った。
優雅な舞踏会は たちまち蜂の巣を突いような騒ぎになりかけたが・・・
「 衛兵! お父様を護れ!  皆様 どうかお静かに! 」
フランソワーズ姫の りんとした声が闇の中から聞こえた。
「 衛兵! 灯を持て! 」
別の声が 冷静な声が姫君の声に重なった。
「 ?  お兄さま?   あ ・・・灯が点いたわ。   え!? 」
再び広間が明るくなったとき、 人々は息を呑んだ。
    ―  国王陛下 !!!
例の黒い貴族が 玉座の後ろに立ち老王に大きな刃を突きつけている。
「 わはははは・・・・・ 娘の方は失敗したがこれをみよ!
 これで この王国は我が物だ。  わはははは ! 」
「 く ・・・・ 卑怯な! 」
フランソワーズは黒い貴族に体当たりしようとじりじりと体勢を伺っている。
   く〜〜〜 なんて邪魔なの、このドレス!!!
「 フランソワーズ。  伏せろ! 」
「 え?  ジャンお兄さま?? 」
鋭い声が響き 同時に細い剣が姫の頭上をかすめて飛んでいった。
   ぎゃあ 〜〜〜 ・・・!
 
 ― バサバサバサ ・・・・!!
悲鳴とともに大きな羽音が広間を通り過ぎていった。
大きな黒い梟が人々の間を突っ切って窓から飛び出していったのだ。
「 !? お父様 !! ご無事ですか! 」
フランソワーズは急いで玉座に駆け寄ろうとした。
「 姫。 父上は私に任せろ。 そなたは アヤツを追え! やはりあの大梟だったか! 」
「 ― ジャンお兄さま! 」
玉座の横には兄が父を庇って立っていた。 その横には金髪の少女がしっかりと兄を支えている。
「 兄様! さっきの剣は兄様が ? 」
「 ああ。 キャシーが援けてくれて な。 」
「 まあ ・・・ ありがとう キャシー! 」
「 いえ ・・・ すべて王太子様のお力です、姫様。 」
馬丁頭の娘は 低く身を屈めお辞儀をした。
「 姫。 アヤツを追え。 」
「 は はい!   ・・・ もう〜〜 邪魔なドレスねえ・・・ 
 そうだわ 兄様。 剣をお貸しくださいな。 」
「 ?  いいが ・・・ 」
ジャンは怪訝な顔をしつつも、腰の剣を抜いて妹姫に渡した。
「 ありがとう存じます。   ― えい!  」
  
   スラリ ・・・ !!    ドレスの大仰なスカートが切り落とされた。
「 ひ 姫様〜〜〜 」
「 うん、これでいいわ。  では! 」
フランソワーズは乳母やの悲鳴をよそに 兄の前で会釈をした。
「  ―  ファン 〜〜〜〜 !!  ここから 行こう! 」
天井に近い窓から セピアの髪の青年がすっくとたち、彼女を招く。
「 え?  ・・・ まあ ジョー!? ジョーなのね?!  」
「 ウン!  ほら これに掴まれ〜〜〜! 」
ジョーは 一声叫ぶとするするとツタで編んだ長い綱を降ろしてきた。
「 きゃあ 素敵♪  それじゃ お父様、 お兄さま! 参ります! 」
「 うむ 頼む。  すぐに応援の兵を差し向けるからな。 」
「 はい、ありがとうございます。 」
「 姫さま ・・・ 」
老王の玉座の後ろから 一人の老人がひょろり、と現れた。 コズミの賢人だ。
賢人は一本の矢を渡した。
「 姫様。  この矢を この矢をお使いなされ。
 この矢には あの大梟の魔力を封じる香が焚きこめてありますぞ。 」
「 ありがとう! 賢人! 」
数分後 フランソワーズはジョーの白馬に共に乗り、黒の森へと疾走していった。
Last updated
: 10,11,2011.                back     /    index    /    next
********  途中ですが
え〜〜 あと一回続きます。
三幕終了。  はい、皆さんの大好きな 黒鳥の 32回のグラン・フェッテ が
ある場面ですよ。  
いつか ちゃんとフランちゃんオデットで 書きたいなあ・・・
次回で めでたし・めでたし  ・・・ の予定です。