『 恋人たちの湖 ― (2) ― 』
その湖は ひっそりと森の奥に眠っていた。
宵の薄明かりの中、姫は愛馬を進めていたがいつの間にかとっぷりと暮れていた。
「 ・・・ もっと奥なのかしら。 引き返した方がいいかも ・・・ ねえ、アロー? 」
フランソワーズは愛馬に話しかける。
初めての地だがアロー号は主人の杞憂を他所に悠々と進んでゆく。
― カッ ・・・!
その愛馬が一瞬足を止め、蹄で地を叩いた。
「 え? なあに・・・ 水? この先にあるというの? 」
フランソワーズは愛馬の首を軽く叩くとにっこりと笑った。
「 わかったわ。 あなたにお任せするわ。 水を目指して、お願い。 」
プルン・・・と鬣を揺らせ、栗毛の馬は女主人を背に森の奥に分け入って進んで行った。
ギャア ・・ ギャア ・・・ ギャア ・・・・
「 な なに? ・・・ ああ 鳥ね、驚いた・・・ 雁 かしら。 」
鳥達の姿はフランソワーズの頭上を越え森の木々の間に隠れてしまった。
「 もう夜になるのに・・・ どうやって飛んでゆくのかしらね。 」
アロー号は また脚を速めだした。
バサ ・・・・! バサ バサ バサ ・・・!
鋭い羽音が多数、空から降ってきた。
ゆっくりと昇ってきた月が投げかける明りの中を 雁達がその編隊を解き次々と湖に下りてくる。
彼らの姿は木々の間に隠れ ― 次の瞬間 ・・・
「 ・・・ ふう〜〜 やっと二本脚で立てるぜ。 」
「 丁度タイミングよく夜になったね。 皆は大丈夫かな。 」
羽毛のベストを纏った狩人たちが湖の畔に現れた。
「 全員 揃っているか。 」
一際りっぱな羽毛の男が仲間たちを見回している。
きらり、 と見事な銀髪が月光を跳ね返す。
彼は背負ってい矢筒を下ろすとゆっくりと歩きだした。
「 どうだ、ペール。 傷めた羽の具合は ? 」
「 はい! 大丈夫です、アルベル隊長! 」
腕に布を巻いたまだ若い狩人が元気に応えた。
「 そうか。 今晩はゆっくりと休め。 ああ そうだ、この薬草の葉を当てておけよ。 」
「 あ ・・・ ありがとうございます、隊長! 」
「 しっかり養生しておけばすぐに治る。 ・・・ なんだ ピュンマ? 」
「 隊長! まだ全員到着していないようだよ。 」
「 なんだって? ― あ。 ヤツか? 」
「 そう ジョーがまだなんだ。
おかしいな、昼過ぎに西の干潟に行った時には一緒だったんだけど ・・・ 」
「 あぁん? ジョーのヤツかあ? 」
派手な色合いの羽毛を纏った長身の男が ずかずかと二人の会話に割り込んできた。
「 ジェット。 君、 ジョーのこと、見たかい? 」
「 いんや。 あ 待てよ? ん〜〜 あ あの五人姉妹と一緒にいたぜ。 」
「 五人姉妹? 確か末っこはまだやっと雛の羽が生え変わった子供だろう?
じゃ・・・アイツ・・・ 一緒に飛んでいるのかなあ。 」
「 ― ピュンマ ジェット。 ここの見張りを頼む。 俺が見て来る 」
「 よ〜 ちょっくら俺が行くからよ〜 待ってろ。 」
のっぽの派手な羽毛のヤツが湖へ向かって走り出そうとした。
「 あ ジェット、 待てよ。 ― 帰ってきたみたいだぜ? 」
「 ― あん?? 」
バチャ ・・・!!
大きな水音が響き、小柄な雁が5〜6羽、湖に浮かんだ。
「 ふううう ・・・・ さあ着いたよ〜〜 ヘレン? 」
「 あ ・・・ え ええ ・・・ 」
「 ほうら・・・ いつもの湖だ。 皆 ・・・ 大丈夫だよね? 」
「 ダイナ、 アフロ ・・・ ダフネ ・・・ ええ 皆なんとか・・・ 」
「 よかったぁ〜〜 ほら 皆待っているよ。 」
「 え ええ ・・・ 」
ばしゃばしゃと水を掻き分ける音がして渚に若者と少女たちが立っていた。
「 ― ジョー。 」
「 あ ピュンマ ジェットも〜〜 」
「 んだよ〜 ジョー、 おまえ〜 娘っこたちに付き合ってたのかよ〜 」
「 うん。 ヘレンがさ、疲れちゃって遅れてたから・・・一緒に飛んできたんだ。 」
「 ― 群れから遅れるのは一番危険だ。
ヘレン、 疲れているのなら始めにそう言ってくれ。 」
アルベルトが 渚まで降りてきた。
「 ・・・ リーダー ・・・ すみません ・・・ 」
「 あ でもさ、今晩ゆっくり休めば ・・・ ね、大丈夫だよ。 」
「 そうよ 姉様。 明日は私が先に飛びますから。 妹たちも大丈夫よ。 」
「 ビーナ ・・・ ありがとう 」
「 ふん。 あとで薬草を持ってこさせる。 ・・・ ゆっくり休め。 」
「 ありがとうございます。 アルベルト・・・ 」
「 礼など いい。 はやく岸にあがれ。 ジョー、お前もだ。 」
「 あ は〜い。 うひゃあ〜〜 お腹すいたなあ〜〜 」
少女たちと一緒に年若い青年が岸に上がってきた。 茶色の髪と同じ色の瞳がくるり、と回った。
「 ジョー。 こっちだよ、もう火も熾きているさ。 」
「 うわ〜い・・・ あ ヘレン、 君もこっちで温まらなくちゃ。 」
「 ・・・ ええ ありがとう ・・・ジョー 」
青年たちは 森の中へと入っていった。
「 ― ・・・ びっくり〜〜〜〜 ねえ アロー? 」
樟の大木の陰で 青年の服装をした乙女が目をまん丸にしていた。
思わず愛馬に話しかけてしまった。
「 こんなにキレイな湖があるのにもびっくりしたけど ・・・・
まさか ・・・ あの雁の群れが ・・・ ヒト だったなんて・・・! 」
腕のいい狩人たちが何人も行方不明 ・・・
そう、そんな話を村の若者たちから聞いていた。
「 じゃ・・・ あのヒトたちは皆 ・・・ 大梟に魔法をかけられた というの?
そんなことって ・・・ でも本当なんだわ・・・! 」
フランソワーズは きゅ・・・っと拳を握る。
「 大梟! 絶対に ― わたしたが退治してみせる! お兄さまの、そして皆の敵!! 」
彼女は木の間伝いにすこしづつ 雁だったひとたちの群れへと近づいていった。
彼らは森の空き地に集まり 火を囲んで寛いでいた。
よく見ると ・・・ さまざまな人々の集合のようだ。
だいたいが狩人の恰好をしているが 中には年若い乙女は少年も混じっていた。
「 もしかしたら。 わたしと同じに あの大梟に浚われたヒト達なのかもしれないわ。 」
― ぱき ・・・ ッ!
「 ( ・・・あ し しまった〜〜 ) 」 」
用心に用心を重ねていたが ついに木の枝を踏み、かなり大きな音を立ててしまった。
咄嗟に 木の陰に身を隠した が。
「 ・・・ 誰だッ !? 」
リーダーの鋭い声が飛んできた。 彼の研ぎ澄まされた耳から逃れることはできなかった。
隠れていてもやり過ごせるわけはない。
フランソワーズは一応弓矢を携えてはいるが相手は腕利きの狩人たち・・・
もちろん戦うつもりなどないが 安全策をとるにこしたことはない。
彼女は覚悟を決めて木の陰から出ていった。
「 ― 怪しいものではありません。 」
木々の間から現れた若者の形 ( なり ) をした乙女に、さすがの狩人たちも驚いている。
「 どこから来た?! なんの用だ? 」
銀髪のリーダ―格の狩人が ずい、と前にでた。
彼の後ろには同じく鋭い眼差しをした狩人が二人、油断なく弓を構えている。
「 城下の村から・・・ 来ました。 大梟を狩るために。 」
フランソワーズは 敵意がないことを示すために足下に弓矢を放った。
「 大梟を? ・・・ って お前〜〜〜 娘っこじゃねェか〜
んなこた、野郎どもに任せときな! 」
「 ジェット。 このヒトは ― 僕たちと同じ志なんだ、そんなこと言うもんじゃないよ。
娘さん、 こんな夜に森の奥へ来ては危ないよ。 」
「 ・・・ あ あの・・・ 今夜は収穫祭で ・・・ 皆で大梟の討伐を相談していました。
わたしは 一足先に偵察に来たのですけど・・・ 」
「 ふん、それで我々の姿を見たわけか。 」
「 ― はい。 」
フランソワーズは言葉少なく口を閉じたが 狩人のリーダーはかえって好感を持ったらしい。
彼は ほんの少し表情を和らげた。
「 見ての通り だ。 我々は皆 人間なのだが、あの大梟と対決して失敗・・・
呪をかけられてしまったのだ。 」
「 ・・・ やっぱり ・・・! 」
「 あ〜 中には浚われてきたチビ達もいるけどね。
エサになる寸前のところを何人も助けたよ。 」
つやつやした漆黒の皮膚をした狩人が 弓を下げつつ教えてくれた。
「 まあ ・・! それで・・・あなた方はずっとこの湖にいらっしゃるのですか。 」
「 そうだ。 我々は夜の間だけ、本来の、人間の姿に戻れる。
弓矢を扱えるのは人間である間だけなのだが、 夜は ― ヤツの天下・・・
闇夜にヤツを襲うのは不可能なのだ。 」
「 ・・・ そんな ・・・ なんとか大梟の呪を解くことはできないのですか。 」
「 ない。 ヤツを仕留めないかぎり ― 呪は解けない。 」
「 でも 夜はとても無理なら ・・・ 昼間 ・・・? 」
「 陽のある間、ヤツはどこかに潜んでいるのだが、誰も発見はできないのだ。 」
「 よしんば見つけてもね、 昼間僕達はこの姿ではないからどうにもならないのさ。 」
「 ・・・ そうなんですか。 」
フランソワーズは がっかりしてその場に蹲ってしまった。
「 娘さん? よかったら火に当たらないかい。 城下の様子とか話して欲しいな。 」
「 ・・・ ありがとうございます。 あ ・・・ ちょっと待ってください。
わたしの馬を・・・草地のそばに繋いできますから。 」
「 ああ それがいい。 馬もゆっくり休めるだろうしな。 」
「 はい。 」
彼女はすぐに戻ってきて雁たちの輪に加わり焚き火を囲んだ。
「 ― ふうん ・・・ 城下の村からきたの〜 あ はい、薬草茶。 温まるよ。 」
茶色の髪をした青年が 湯気の立つカップを差し出してくれた。
「 あ ・・・ ありがとう。 えっと・・? 」
「 ジョー、さ。 そういうきみは ? 」
「 フランソワーズ ・・・ いえ、 ファンって呼んでください。 」
「 ファン? 可愛いね〜 きみにぴったりだよ。 」
「 そ そう? あ・・・ ジョー、さっき一緒にいたのは あなたの姉妹? 」
「 さっき? ・・・ ああ 湖に降りた時かあ〜
ううん、彼女たちは五つ子の姉妹でさ、 一番上の姉さんの具合が悪いみたいだったから
一緒にいたんだ。 」
「 まあ そうなの? ― 優しいのね。 」
「 え〜〜・・・ そ そんなことないって〜 ぼく、兄弟とか家族がいないから彼女たちが
ちょっと羨ましいかったんだ ・・・ 」
「 家族 ― いないの? 」
「 うん。 ぼくは捨て子だったんだって。 それを・・・あの大梟に浚われて・・・
でもここにいる皆が護ってくれたのさ。 」
「 よかったわね。 あなたにはちゃんと家族、いるじゃない。 」
「 え? 」
「 お仲間たちよ。 皆 ・・・ ジョーの家族だわ。 」
「 あ ・・・ う うん・・ そうだね〜 うん。 」
「 そうよ ― 」
セピアの瞳が笑みを含んで とても温かい。
・・・ うわ〜〜・・・ わたし、この瞳がたまんない〜〜
ヤダ、 そんな風に微笑しないで〜〜
フランソワーズは真っ赤になってあわててジョーの顔から目をそらせた。
「 あの ・・・ よかったら どうぞ? 」
短い巻き毛を揺らして 少女が胡桃の実を差し出した。
彼女の側によく似た顔が四つ、並んでいる。
「 今・・・ ちょうと焼けましたわ。 」
「 まあ ありがとう! ・・・・ 美味しい ・・・! 」
少女は少しモジモジしていたがやがて思い切ったふうに話かけてきた。
「 ・・・ あの・・・ これも伝説なのですが。
大梟の呪は ― 真実の愛だけが解くことができる・・・そうです。 」
「 真実の愛? 」
「 お姉さま ・・・! 」
「 これは 誰も本気にしないのですが。 私は信じています。
あの呪を解くには呪にかかった者を心から愛する人が天に誓いを立てなくてはなりません。 」
5人姉妹の長女は真剣な顔で話す。
「 そ それは・・・どなたか決まった人、たとえば・・・リーダーの方に誓わなければダメなの? 」
「 さあ それは・・・ あの でも・・・私たちのリーダーには奥様がいらっしゃいますし・・・ 」
「 あのね、すごくステキな奥様で・・・ ず〜っとアツアツなんです〜 」
横から末っ子が口を挟む。
「 まあ そうなの? ステキね! 」
「 弓の腕も確かな方で、リーダーと一緒に狩に出ていてあの大梟に― 」
「 おしゃべりが弾んでいるわね 。 ダフネ、 ヘレン姉さんの具合はいかが? 」
娘たちの後ろから 清んだ声がきこえた。
「 ・・・ ヒルダさん ! 」
「 え ? 」
振り向けば褐色の瞳をした若い女性が立っていた。
勿論、彼女も狩人の姿をして、なにやら草の葉らしいものを持っている。
「 ・・・ あら こんばんは。 えっと・・? 」
「 あの、フランソワーズさん、です。 村の狩人さんなのですって。
ヒルダさんです、リーダーの奥さま。 」
「 は 初めまして。 フランソワーズといいます。 ・・・村 に住んでいます。 」
フランソワーズはどぎまぎしつつ挨拶をした。
「 ・・・ 村に? まあ・・・? 」
背の高いヒルダ夫人は 目をぱちぱちさせていたが、フランソワーズを見て楽しそうに笑った。
「 ― あの・・・ ? 」
「 あら ごめんなさい。 よろしく、フランソワーズさん。
私 昼間はよくお城の方まで飛んでいったりしますのよ。 ― 素敵なお城ですものね。
住んでいらっしゃる方々も。 」
「 え ・・・ 」
「 いえ なんでもないわ。 ようこそ 私たちの湖へ。
ねえ、もう遅いわ、 今晩はここにお泊りなさいな。
ダフネ これ・・・ ヘレン姉さんと一緒に皆で使ってちょうだい。 疲れが取れるわ。 」
「 わあ・・・ 薬草ですね。 ありがとうございます、ヒルダお姉さま・・・ 」
「 あの ・・・ ヒルダさん? 」
「 はい? 」
「 さっき・・・ ヘレンさんが教えてくれたのですけど。
あの大梟の呪を解くには ― 真実の愛 が必要ってどういうことですか」
ヒルダはじっとフランソワーズを見つめていたが、ほんのり笑みを浮かべた。
「 フランソワーズさん ほらこちらへ・・・ 枯葉がクッションになってます。
本来なら・・・ こんな席にはご一緒できないはずですのに。 姫さま ・・・ 」
「 それはナシよ? わたしはただの フランソワーズ ・・・・ あ。
あの ・・・ な なんでもないです・・・わたしは あの・・・ 」
「 ― 大丈夫、誰にも言いませんから。 ともかくこちらへ 」
「 ・・・ はい 」
ヒルダは大きな焚き火から少し離れた大木の根方に姫君を案内した。
「 あの・・・ 」
「 ふふふ ・・・ 私、雁の姿でいる時にお城の上をよく旋回していましたの。
窓から城下を眺めていらっしゃる姫様を何回も拝見しましたわ。
中庭で愛馬のお世話をなさっているお姿も、 兄上様のご介護をなさるご様子も・・・ 」
「 まあ ・・・ わたし ・・・ 鳥になれたらなあ・・・なんて思って
アタマの上を飛んでゆく姿を眺めていたのですけれど・・・ あ ごめんなさい・・・ 」
「 お気になさらないで、姫様。 いえ フランソワーズさん。
それで さっきのご質問ですけれど 」
「 はい。 ― 真実の愛 が あの呪を解く鍵 とか・・・ 」
「 ええ。 これは本当かどうか わかりません。
でも ずっと伝えられて来ました。 」
「 ずっと? ・・・ あなた方はもう長い間、アイツの呪に? 」
「 はい。 この呪がかけられている間、私たちは歳をとりません。
この群れの人々は 何年経ってもずっと同じ姿をしているのです。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 そしてあの呪は ― 群れの中の一人に 外の世界のものが真実の愛を誓ったときに解ける。
そう伝えられてきました。 」
「 ・・・ 群れの中の ・・・ 誰でもいいのですか? 」
「 ええ あら ジョー? 」
「 これ ・・・・ どうぞ? 熱いです、身体が温まりますよ。 夕食になるかな。 シチューなんだ。 」
先ほどの茶髪の青年が 湯気のたつ鉢をもってきた。
「 ありがとう ジョー。 さあ 姫様・・・ こちらを。 ごゆっくりお休みになれますよ。 」
「 はい、ありがとうございます。 それで ・・・? 」
「 決まってはいないようです。 ただ ― 」
「 ただ ? 」
「 ええ。 ただ・・・ 今までに成功した例はありません。
誓いをたてても、それを守れなければ意味がありませんから・・・
また 大梟はとても悪賢いですからあの手この手で妨害してきます。 」
「 それは ・・・ 」
「 ぼく達のリーダーなら出来ると思うけど、アルベルトにはもう誓った相手がいるもんね。 」
「 こら・・・ジョー 」
側で話を聞いていた茶髪の少年がにこにこ・・・口を挟んだ。
ヒルダも 緩い拳骨を食らわせつつも笑っている。 すこし頬を染めた様子が可憐だ。
「 えへへ・・・ごめんなさ〜い♪ でも〜 ぼく達の憧れだよ、リーダーとヒルダさん♪ 」
「 そうね。 わたしが見ていてもそう思うわ。 素敵なカップル・・・ 」
「 あらあら フランソワーズさんまで〜
でもね。 そんなわけで 真実の愛 の誓いは未だに実行されていないの。 」
「 ・・・ それは ・・・大変ですわね。 」
「 さあさ ・・・ もう湿っぽいハナシはお終いにしましょ。
ジョーが持ってきたシチューを食べてあたたまってくださいな。 」
「 ありがとうございます。 ジョーさん、ありがとう! 」
「 はい、こっちはお茶。 これぼくの自信のブレンドなんだ。 」
「 ・・・ うわあ・・・温か〜い ・・・ 」
「 ジョー? それじゃ姫君のお相手をよろしくね。 」
「 はい、ヒルダさん。 ・・・・ ん? 姫君 ってなんだい? 」
ジョーは彼自身のお茶を持ったまま、フランソワーズの隣に腰を降ろした。
「 あ〜・・・なんでもないわ。 それよりこのシチュー、本当に美味しいわ。 」
「 気に入ってくれた? ありがとう〜〜
ぼく、こういうこと、得意なんだ。 皆の役にたちたいなあ。 」
「 素敵ね ジョー。 素敵な夢だわ。 」
「 フランソワーズの夢はなに。 」
「 ― わたし? わたしは ・・・・ あ お兄さまがよくなれるように・・・って。
あ ファン って呼んでね。 」
「 わあ〜 お兄さんがいるんだ? いいなあ〜〜 」
「 ええ とってもいいお兄さまなの。 脚がご不自由だからわたしがその分、頑張るの。 」
「 脚が? そうか・・・ それは大変だね。」
「 ええ でも・・・ わたしのせいだから。 わたしを助けようとして・・・ お兄様は・・・
あの大梟に・・・ だからわたしはなんとしてもアイツを退治したいの。 」
「 そうか ― 凄いね、フランソワーズは・・・ 」
「 ・・・ ジョーの家族の方は? 」
「 ぼく? ぼくは ・・・ この群れのリーダーに拾われたのさ。
だからぼくにとってはこの群れの皆が家族みたいなもんなんだ。 」
「 そうだったわね、何回も聞いてごめんなさい。
ね、 リーダーとヒルダさん、素敵なカップルね。 」
「 うん♪ ぼくもさ、あんなパートナーと出会えたらいいなあって思ってる。
群れの皆もさ、いい人達だよ。 」
「 そう・・・ それじゃどうしても! あの大梟をやっつけないと! 」
「 うん。 だけどね、きみも聞いただろ?
アイツはさ、狩人の弓矢だけでは斃せない・・・ 」
「 あ ・・・ 永遠の誓い、のこと? 」
「 うん。 でも ・・・どうしたらいいのか ・・・ 」
「 ・・・ そう ね。 」
「 さあ もう休もう。 あ ・・・ こっちへおいでよ、木の洞があるから ここに落ち葉を敷き詰めて・・・
大丈夫、ぼくが外で番をしてるから。 安心して眠っていいよ。 」
「 ありがとう ・・・ 優しいのね。 」
「 えへ・・・ だってきみはさ、お兄さんのために頑張るだろ。
ゆっくり休まないと 活躍できないよ。 ほら群れの皆も交代で休んでいるだろ? 」
「 そう ね。 あ ・・・ ちょっとアローの、馬の様子を見て来るわ。
大切な相棒なの。 」
「 うん、そうだね。 あ・・・湖の岸辺に美味しそうな草がいっぱい生えてるから
それを持っていってあげたら。 」
「 ありがとう! そうするわね。 」
フランソワーズは立ち上がると 焚き火の前を離れていった。
・・・ ジョー 温かい心をもっているのね・・・
優しい ・・・ ひと ・・・
素朴だけれど とても 温かい ・・・
湖を抱いた黒の森を 夜の帳がすっぽりと覆い始めていた。
「 ・・・ 姫様は? 姫様はまだお帰りでないの?? 」
乳母の君はもう気が気ではない。
さきほどから 城の回廊をいったり来たり ・・・ 数え切れないほど繰り返している。
「 ジェロニモ! ジェロニモはどこ? 姫様の馬はどうしているの? 」
乳母の君はついに金切り声を上げ姫君付きの従者を呼んだ。
― ギギ ・・・
城壁の通用門が開く音がした。
「 ・・・ た ただいま戻りました。 」
のそり、と巨躯をひっさげ姫君付きの従者が姿を現した。
埃にまみれ、疲れた様子で畏まっている。
「 ジェロニモ! フランソワーズさまは・・・ 姫君はどこ!? 」
「 ・・・ も 申し訳ありません ・・・ 城下中どこをお探ししても 見当たりません・・・ 」
「 な なんですってェ〜〜〜〜 」
「 村は収穫祭の準備で ・・・ 姫様はしばらく若者たちとご一緒だったらしいのですが・・・
馬に水をやる・・・と言われて。 それきり ・・・ 」
「 そ そんな! 馬・・・ですって? それじゃ厩の 馬丁頭は何か知ってるかも・・
ちょっと! 厩までつれていっておくれ。 」
「 はい、 乳母どの。 ― ご無礼いたします。 」
従者は太っちょの乳母やを軽々と背負いあげた。
「 姫さま〜〜〜 乳母やの姫様 〜〜〜 ううう・・・な 泣いている場合ではないわ! 」
従者の背で乳母やは、エプロンで一生懸命涙をぬぐっていた。
「 付きました、どうぞ 乳母の君 ・・・ 」
「 ありがとう、ジェロニモ。 ・・・ そなたは休んでおくれ。 」
「 いえ。 姫様がお帰りになるまでは。 」
「 そなたにはいつ何時動いてもらうかわかりません、そのために休息してちょうだい。 。
「 ・・・ はい、乳母の君 ・・・ 」
「 馬丁頭 ! カールはどこなの?! 」
乳母の君は再び金切り声を上げた。
「 こちらに控えております、乳母の君 」
す・・・っと黒い影が大小二つ近づいてきて、乳母の君の側に膝を突いた。
「 あ ああ ・・・・ 驚いた・・・ その声はカールね? 」
「 はい、乳母の君。 娘も一緒です。 」
「 ・・・・・・ 」
馬丁頭の脇で 小柄な影が控えている。
「 ありがとう〜〜 それで 姫さまの馬はどうしました? 」
「 ・・・ 戻っていません。 ですが 」
「 なに? 」
「 娘が ― キャシーが言いますに ・・・ 姫君のご愛馬は、そして姫君はご無事だ、と。 」
「 なんですって?! 」
「 乳母の君。 私はあの馬、アロー号とほとんど一緒に育ちました。
ですから・・・アローの気持ちを感じることができます。
馬も姫君も ご無事です。 」
「 そ ・・・ それなら・・・・いいのだけれど ・・・ 」
「 大丈夫です。 世が明け次第、すぐに私が ― 黒の森に参ります。 」
「 く 黒の森?? なんですって? 姫君はあの魔の森に? 」
「 乳母の君。 姫君をお信じくださいませ。 」
「 でも でも〜〜 」
「 姫様は お強いです。 」
ぽつり、と普段無口な従者までが言い添える。
「 ・・・ 皆が そう思うのなら・・・ 乳母も騒ぎたてません。
陛下にだけは ・・・ こっそり申し上げますが・・・ 」
「「「 お願いいたします、乳母の君 」」」
皆に頼まれ乳母の君はしぶしぶ・・・ 厩から引き上げた。
コツ コツ ・・・・・
乳母の君は重い重い足取りで控えの間を通りすぎた。
「 どうぞ、乳母の君。 陛下はまだお休みになっていらっしゃいません。 」
「 ・・・・・・・ 」
案内の小姓に軽く頷いて乳母の君は奥のドアの前に進んだ。
コン コン コン ・・・
乳母の君は堅牢な樫のドアをノックした。
「 ― 陛下。 姫君の乳母めでございます ・・・ 」
重いドアは音もなくあき、禿頭の侍従長が彼女を招じ入れた。
「 陛下がお待ちです、乳母の君 」
「 は はい・・・ 」
身を竦め、乳母の君は国王の私室に入っていった。
「 陛下。 遅くに申し訳ございません。 」
「 おお ・・・ よくきてくれたな。 遠慮せずにこちらへ来ておくれ。 」
「 はい では失礼いたします。 まあ 陛下 ・・・ 」
私室の奥で この城の主は蜀台を引き寄せ分厚い書物を開いていた。
「 まだお休みではなかったのですか。 」
「 ははは・・・ ワシにはまだまだ宵の口 じゃよ。
時に ― あのじゃじゃ馬がまたなにかしでかしたのかの。 」
「 は・・・ はあ ・・・・ 申し訳ございません ・・・ 」
「 遠慮せずともよい、ありのままに申してみよ。
ワシは何を聞いても驚かんよ。 ・・・ 姫の所業には慣れておるよ。 」
国王はおおらかに笑うと 書物を閉じて乳母の君の方に向いた。
「 はあ ・・・ あのう〜〜 そのぅ〜〜 」
「 申してみよ。 ・・・ どこぞの馬の骨とカケオチでもしたのか? 」
「 い いえいえ めっそうもない!
姫さまは ・・・ く 黒の森に ・・・ 騎馬でいらっしゃった・・・と ・・・ 」
「 ・・・・・・・・ 」
さすがの国王も 一瞬言葉を途切らせた。
しかし顔色を変えたり、乳母を責める雰囲気など微塵もみせずにゆっくりと口を開いた。
「 またえらく遠出をしたものだな。 」
「 陛下 ・・・ も 申し訳ございません! 乳母めの責任 」
「 よい。 あれを止めることなど、誰にもできはせぬよ。
騎馬で、ということはまた男の形 ( なり ) なのだな。 」
「 はあ ・・・ も 申し訳 ・・・ 」
「 ならば ― あれの腕を信じよう。 」
「 陛下〜〜 で ですが ・・・ 姫さまのおん身に ! 」
「 落ち着くのだ、乳母の君。 あの姫が普通の姫君とは違うことをわかっておるであろう? 」
「 はあ ・・・ 」
「 夜が明けたら ― ジェロニモと 馬丁頭のカールを森へ行かせておくれ。 」
「 は はい! 陛下。 」
「 今夜は 皆、もう休むがよい。 ここで気を使っていてもどうにもならん。
乳母の君、そなたも休め。 」
「 陛下〜〜〜 」
乳母の君は平身低頭して下がっていった。
― やれやれ・・・・ まったくなんというじゃじゃ馬娘だ・・・・
しかし やはり ・・・ うむ ・・・?
国王はしばらく沈思していたが やがて手を打って侍従長を呼んだ。
「 ― 陛下? 」
「 うむ ・・・ 遅くに悪いが。 コズミの賢人に使いをやれ。
夜が明けたらドルフィンを飛ばせ、とな。 」
「 御意 ・・・ 」
侍従長は 禿頭を下げると静かに退出した。
まったく ・・・ 可愛い姫なのだが あれではなあ
貰い手があるかな。 そちらのほうが心配じゃのう・・・
国王は父親の顔になり深々と溜息をついていた。
ゴソゴソゴソ ・・・
フランソワーズは 温かい木の洞で輾転反側していた。
そこは心地好い場所で ふかふかに敷き詰めた木の葉が香ばしい。
「 ― だめだわ。 眠れない・・・ こんな素敵なベッドなのに・・・ 」
まだまだ夜明けまでには程遠いが、姫君は眠るのを諦め外に出ることにした。
「 ・・・ふうう・・・・ 外は冷えるわね・・・ 」
闇の中にも 狩人たちの焚き火が見えるのですこし安心だ。
毛皮の狩衣の前を掻き合わせつつ木の洞を離れた。
「 ― あれ? ファン? 眠れないの? 」
数歩も行かないうちに 闇の中から声が飛んできた。
「 !? ・・・ あ ああ ・・・ ジョー ね。 あなた、ずっとここにいたの? 」
「 うん。 きみを守るって約束しただろ? 」
「 まあ ・・・ あ ありがとう・・・ でも寒くなかったの? 」
「 大丈夫。 ほら・・・ぼくには相棒がいるのさ。 」
「 相棒? 」
「 うん。 ― な〜 クビクロ? 」
「 ワン!!! 」
ジョーの足下から元気な吠え声が聞こえてきた。
「 え ・・・ 犬?? 」
「 ぼくの相棒。 昼間はコイツもこの森に隠れているんだ・・・
夜になってぼく達がもどってきたときだけ一緒にいられるんだ。 」
「 そうなの。 こんにちは、クビクロ。 どうぞよろしくね? 」
「 クゥ 〜〜〜〜ン ・・・・ 」
「 きゃ・・・うふふふ・・・ そんなに舐めないでよ〜〜 うふふ もう〜〜 」
フランソワーズはさっそく茶色毛の犬と遊んでいる。
「 へえ ・・・ ? 」
「 うふふふ ・・・ あら なあに、 ジョー。 」
「 いや ・・・ コイツがさ、クビクロが 初対面の人にこんなに懐くなんてさ ・・・って思って。 」
「 あらあ〜 わたしって動物にはとってもモテるの〜〜
こんなお転婆だから殿方にはモテないけど ・・・ ふふふ こんな男勝りは
お嫁の貰い手がないっていっつも乳母やや兄が言うの 」
「 え! そ そんなことないよ! ぼくは 好きだよ!! 」
「 ― え ・・・ 」
「 あ あ〜〜〜 そ そのゥ〜〜〜 ぼくは あのそのきみのそんな姿が ・・・ 」
「 ・・・・ありがと、ジョー。 嬉しいわ・・・ 」
「 え あ ・・・ う うん ・・・ 」
ジョーは真っ赤になってわたわたしているが そんな様子がかえって初々しい。
「 それに ・・・ 警護をしてくれてありがとう! 」
フランソワーズは伸び上がりジョーの頬にキスを、そしてすぐに屈むとクビクロにもキスをした。
「 え ・・・ うひゃ〜〜あ♪ 」
「 クゥ〜〜〜ン♪♪ 」
「 ね? 焚き火の番のお手伝いをしない? わたしも薪をくべるわ。 」
「 ・・・あ ああ ・・・ そ そうだねえ〜 」
二人と一匹は なかよく火の側に座った。
「 ぼくは まだ狩の腕も全然未熟だし・・・ 雁の姿になっても遠くまで飛べないけど。
皆を護る・・・ 護りたいんだ。 」
「 ジョー ・・・ 」
「 そのためなら ぼくはあの大梟とだって闘う。 」
「 ・・・ ジョー・・・ 」
「 笑っていいよ? こんな下っぱが・・・って。 でも ぼくは本気さ。 」
「 笑わない。 笑ったりなんかしないわ。 」
「 ありがとう! ・・・ でも なんで? 」
「 ・・・わたしも ・・・ オンナのくせにっていつも言われてるから・・・
オンナが弓矢を取ってなにができる、 足手纏いなだけだ・・・とか。
姫君のお遊びだ・・・とか ね。 」
「 そんなの、ヘンだよ! ヒルダさんね、すご〜く狩上手いんだ。
オンナのヒトだからどうの・・・ってヘンだと思うよ。 」
「 ジョー・・・ あなた、素敵ね。
でも わたしの周りは ・・・ 馬なんか乗り回すより早く嫁に行けって。 」
「 え。 オンナのヒトだって馬に乗れる方がいいよ。
きみ、上手なんだろ? 暗い中、こんなところまで来れるんだもの。 」
「 アローはとても優秀な馬なの。
でも ・・・ わたし、今度の誕生日に。 結婚相手を決めなくちゃならないのよ・・・ 」
「 え〜〜〜〜 ファン! け けっこんするのかい!?
あの ・・・ す 好きなヒトとか・・・いるの? 」
「 ううん いないわ。 でも・・・ これはお父様とお兄様の命令なの。
誰かわたしを貰ってくれるヒトがいれば ・・・ 別だけど。 」
「 ぼ ぼくが!! ぼくがきみを! 」
「 ― ええ?? 」
「 ・・・ じょ 冗談なんかじゃないよ! ぼく 本気できみのこと・・・!
だってずっと 」
「 し −−−− 皆眠っているのよ? そんなコト大きな声で ・・・ 」
「 ご ごめん・・・ でも でもね! これは本気だから。 ぼく、きみを ・・・
あ〜 ・・・ き きみを護る よ! 」
年若い狩人は 真っ赤になって俯いてしまった。
なにかまだもぞもぞ口の中で言っていたけれど フランソワーズは嬉しかった。
「 ・・・・ ワン! 」
二人の側に伏せていたクビクロが彼の主人に向かって吠えた。
「 う うん・・・ あの。 きみが す すきです! 」
「 ・・・・ あ ありがとう ・・・ ジョー ・・・ 」
「 あ! ぼ ぼく! 薪の追加、もってくるね! こい、クビクロ! 」
ジョーは真っ赤な顔を前髪に隠して焚き火の前を離れた。
「 くぅ〜〜〜ん ・・・! 」
クビクロはペロ・・・っとフランソワーズの手を舐めると、ジョーの後を追っていった。
・・・ こんな率直なヒト・・・ 初めてだわ ・・・
「 ・・・ みつけた! わたしの王子さま〜〜 」
「 ヤツは・・・一番の下っ端だぞ? 文字通りのヒヨっこだ。 」
後ろからアルトの声が聞こえた。 彼女の脇に銀髪の狩人がどっかと座った。
「 !? リーダー・・・ 」
「 火の番、ご苦労。 で・・・ どうなんだ? 」
「 でも いいの! ・・・ジョーが いいの! 」
「 もしかして。 きみは ― ジャンの妹か? 」
― ・・・・ え ・・・
Last
updated : 10,04,2011.
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********* 途中ですが
続きます!
え〜〜〜 なんのこっちゃ?? の方も多いかと・・・
これは一応 『 白鳥の湖 』 のパロなんです〜〜( わかって・・・ )
今回は第二幕。 ほんらいなら あの! 白鳥たちの名場面?
でも 無骨な狩人たちなので 焚き火の回りでどんじゃらほい??? うそうそ・・・
やっぱこのキャラは 平ゼロ93ですね (^.^)