『 恋人たちの湖 ― (1) ― 』
ぴゅろろろろろ −−−−− ・・・・・
高い声をあげ、褐色の小鳥が天をめざして突き進んでゆく。
小鳥が昇ってゆく空は 濃い瑠璃色で雲ひとつない。
― ふう 〜〜 ・・・・・
窓辺の帳を大きく開け放ち、思いっきり息を吸えば つうんと清んだ空気が身体中に満ちてゆく。
「 ― いい気持ち・・・・!
ふふふ・・・ お日さまと風の力がわたしの味方になってくれるわ。 」
豊かな亜麻色の髪をゆらし、 年若い乙女が満面の笑顔を天に向けた。
いいお天気になるわね ・・・!
朝風がさわさわと薄い紗の帳をなでてゆく。
「 さあ 今日は湖の方まで行ってみようかしら。 あの栗毛に乗って・・・ 」
彼女は軽い足取りで 部屋の中に戻っていった。
白いリネンの寝間着の裾から形のいい脚が見える。
「 そうだわ! 昨日仔馬ちゃんが生まれたって聞くわ。 厩に見に行こうっと。 」
「 ― 姫さま! 」
「 きゃ・・・ あ・・・ばあや・・・ 」
勇んでもどったベッドの前には 乳母が仏頂面で待ち構えていた。
「 フランソワーズ姫さま! なんという恰好で〜〜〜 まさかお寝間着のままで外に ・・・ 」
「 え ・・・ あの。 テラスに出ただけよ。 」
「 テラス!! 召使や園丁どもに見られたらどうなさるのですか。 」
「 別にいいわ・・・ 裸なわけじゃないもの。 」
「 は はだか?! 姫さま〜〜 お嫁入り前の方がなんという・・・!
ば ばあやは頭痛がしてきみましたよ・・・ 」
「 うふふ・・・ ねえ、 ばあや。 着替えにタイツとチュニックを出して?
今日はね 馬に乗りたいのよ。 そうね・・・ 銀と青でまとめてちょうだい。 」
「 ・・・ 姫さま〜〜 なんという・・・ この国を継ぐ御方が〜 」
「 ばあや。 」
彼女は 着替えの手をとめて乳母を真正面からみつめた。
「 この国は。 父上の後を継ぐにはジャンお兄さまよ。 ずっと前から決まっています。
わたしはただの姫で王太子じゃないわ。 」
「 ・・・ 失礼を・・・ 姫さま。 お許しくださいまし。
ですが ・・・ 兄君さまはおみ脚が片方ご不自由 ・・・ やはり姫さまが王位を継がれる方が・・・ 」
「 そんなこと、関係ないわ。 それにお兄様はきっと治られます。
滅多なコト、言わないでちょうだい。 」
「 姫様 ・・・ 申し訳ありません、乳母やが間違っておりました。 」
乳母は 太った身体を屈めて許しを請うた。
「 ・・・ あ ・・・ごめんなさい、ばあや。 そんなつもりじゃないのよ・・・
ただ ・・・ わたしはまだ・・・ 結婚なんて・・・
そうよ お兄さまが王太子妃をお迎えになるまで とても考えられないわ。 」
「 ・・・ 姫様。 ・・・ あ あのお方は、紫姫様はお国にお帰りになりました。 」
「 言わないで。 お兄様から去っていったヒトのことなんか思い出したくないもの。 」
「 左様でございますよねえ ・・・ 許婚者の脚の怪我くらいで破談にするなんて。
いくら生まれながらの許婚とはいえそんな不実な方はジャンさまには相応しくありませんよ。 」
「 ばあや ・・・ もうよしましょう? あの方とはご縁がなかったの。
それより わたしの服を早く・・・! 」
「 ・・・ は はい ・・・ 姫様 ・・・こちらで宜しゅうございますか? 」
乳母は衣裳部屋から取ってこさせたチュニック一式を 姫君の前に差し出した。
「 ありがとう〜〜 ばあや♪ やっぱりわたしのばあやね。 」
姫は乳母に抱きつき そのまん丸なほほにキスをした。
半時間後、 姫君はすっきりした青年の服装でこっそり城を抜け出していった。
― カツ カツ カツ ・・・
お気に入りの栗毛の馬を駆って フランソワーズ姫は城の中庭と抜ける。
亜麻色の髪を風に靡かせ通り過ぎる姿に 園丁やら門番が慌ててアタマを下げる。
「 うふふふ ・・・ ああ いい気持ち・・・! 」
城の回廊やら石段を愛馬とともに軽やかに下りてゆく。
「 ・・・ 兄さまも この風を受けたら随分と元気になれるでしょうに ・・・
そうだわ! 今度ご気分がいい時に遠乗りにでもお誘いしましょう。
大丈夫、わたしがご一緒すれば 兄さまだって ・・・! 」
カッ ・・・・!
栗毛の馬は城の外れでその脚をとめた。 目の前には広い馬場と厩舎がある。
「 これは 姫様! 」
中年の馬丁が一人、厩舎から飛び出してきた。
「 ごきげんよう、カール! 昨日生まれた仔馬を見に来たの。 」
「 姫様 ・・・ どうぞ、こちらです。 おい、ヴァルドール! 厩舎の戸を開けろ。 」
馬丁は姫君に丁寧にアタマをさげると 栗毛の馬の鐙をとり弟子たちに大声で命じた。
カールは馬丁頭としてこの城の厩 ( うまや )を預かっている。
「 ありがとう ・・・ あら? あの若者たちはなあに。 なぜ集まっているの 」
「 ? ・・・ ああ アイツらは収穫祭の準備をしているんです、姫様 」
「 収穫祭? あらステキ♪ ちょっと覗いてみてくるわね。 」
姫君は 優美に馬から降りた。
「 姫様! お一人では〜〜 」
「 大丈夫よ。 皆 この国に若者たちでしょう? 」
「 そりゃ皆気のいいやつらばっかりですがね。 そうだ、 お〜〜い キャシー 」
馬丁は厩舎に向かって怒鳴り声をあげた。
「 あ いいわ。 私、先に仔馬ちゃんをみにゆくから。
キャシーさん・・・って その方も厩舎にいるのね。 」
「 その方・・・って・・・ははは あっしの娘ですさ。
馬屋で育ったみたいな娘ですからね、仔馬のことも詳しいですよ。
あいつも馬でこの辺りを乗り回していますから地元にも詳しいです。
ご一緒にお供させてやってください。 」
「 まあ そうなの・・・ 心強いわ。 ありがとう、カール! 」
「 いやあ〜 俺たちと分け隔てなく付き合ってくださる姫様のためなら
この辺りのヤツラはなんだってしますよ。 」
「 あら うれしいわ♪ じゃ ちょっと仔馬ちゃんを見てくるわね〜 」
「 真っ白な牝馬ですよ。 姫様、姫様のお名前をちょうだいしてもいいですかね。 」
「 うわあ〜〜 本当? 是非是非おねがい♪ あら・・・あなたがキャシー ? 」
厩舎の中から 金髪の三つ編みを揺らした乙女が飛び出してきた。
「 は はい ・・・ ひ 姫様ですか? 」
「 そうだけど・・・今はあなたのお友達にして? ね 仔馬さんに会わせてちょうだい。 」
「 はい! どうぞこちらへ・・・ とっても可愛いのです! 」
二人は はしゃぎつつ厩舎へ駆け込んでいった。
「 え ・・・ 大梟ですって? 」
フランソワーズ姫は馬丁の娘の言葉に驚いた。
厩舎の奥で 白い仔馬を眺めてから二人でぷらぷら・・ 馬場の方へ歩いてきた。
キャシーは馬丁の娘らしく、青年の服装をしている。
フランソワーズと並んでいると 遠目には少年が二人連れ立っているかに見えた。
「 はい、そうなんです、姫さま。 十数年前に国境の黒い森に大梟が巣を掛けたのです。
以来 ・・・時々里に出没して畑を荒らしたり子供を浚ったりしてます。 」
「 まあ ・・・ また? 狩人達はなにをしているのかしら。 」
「 大梟は悪賢くて ・・・ とても狩人の手には負えないらしいです。
でも放っておけないから、って。 村の若者たちが退治に行くことを計画してるんです。」
「 まあああ そうなの? ねえ 私も一緒に行きたいわ! 」
「 姫さま?! 」
「 わたしの仕事だわ、これは。 」
「 姫様の? なぜ・・・ 」
「 あのね。 これは ・・・ あまり表沙汰にはしていないけれど・・・
わたしは子供の頃 大梟に浚われかけたの。 すんでのところを助けてくださったのがジャン兄様。
でも ・・・ その時に兄さまは酷い怪我をして脚がご不自由になってしまったのよ。 」
「 まあ・・・ 王太子さまのことはお身体がお弱い、としか伺っていませんでしたわ。 」
「 兄さまが望まれたの。 ・・・わたしの気持ちに負担をかけまい、とね。 」
「 ・・・ そうなんですか ・・・ 温かい、深い青の瞳がステキな方だなって思ってましたけど、
お優しい方なのですね ・・・」
「 あら ? 」
「 あ ・・・い いえ・・・ なんでもありません。 」
「 そう? キャシー、 わたし、これでも剣も弓もかなりの腕前なの。
それにこの国の姫として放っておけないわ。
ね・・・ 皆さんの計画に参加できないかしら。 」
「 そうですねえ〜 ・・・ そうだわ、今度の収穫祭にいらしてください。
そこで村の皆に紹介させて頂きます。 」
「 あ・・・あの あなたの友達・・・ってことにして欲しいの、キャシー。 」
「 本当に宜しいのですか? 私なんか・・・馬丁頭の養女ですのに ・・・ 」
「 養女? ・・・ あら、馬丁頭のカールの娘さんだと思っていたけど・・・
だってあなたのお父さま、とっても可愛がっているじゃないの。 」
「 ええ・・・ほんの赤ん坊の時から 育ててもらっていますから。 」
「 赤ん坊の時から・・・? 」
「 はい。 私はあの大梟にどこからか浚われてきたのですって。
危うくエサにされてしまうところだったのですが ・・・今の父がみつけて助けてくれたそうです。 」
「 まあ・・・ そうなの・・・キャシー、あなたも・・・ 」
「 ですから 私はどこの誰かもわかりません。 」
「 あら あなたはこの国一番の馬丁頭の 愛娘さんでしょ? 」
「 姫様 ・・・・ 」
「 うふふ・・・ ね、お友達になって? 」
「 そんな恐れ多い・・・ 」
「 そんなこと、言いっこナシよ。 ねえ 馬場なんてつまらないわ。
すこし城下の町や野原を走りたいわ。 」
「 いいのですか・・・あの・・・し 叱られません? 」
「 大丈夫よ。 今日 馬場にでてきたのは乳母やしかしらないし。
それに 乗馬の腕があがるのだったらお父様もお兄様も叱らないと思うわ。 」
「 そ そうですか? それじゃ ・・・ こちらへどうぞ 」
― やがて
二人の娘 ・・・ いや細っこい少年達はこっそり・・・城下町へと乗り出していった。
夕陽が城を茜色に染めている。
農民達は畑から引き上げ、 キノコ採りにいった娘たちはカゴをいっぱいにして戻ってきた。
カラン カラン ・・・・
放牧されていた家畜たちも のんびりと家路をたどっているのだろう、鈴の音が遠く聞こえる。
「 ・・・ 穏やかでよい一日であったな。 」
大きく開かれた窓の側に立ち、この城の主、ギルモア王はふかく溜息を吐いた。
「 御意 陛下。 」
控える侍従長は禿げアタマを垂れたが すぐに言葉を続けた。
「 陛下? なにかお心を悩ますことがございましたか。 」
「 ・・・ いや。 ・・・ 苦木の茶をもってきてくれぬか。 姫の乳母に頼んでおくれ。 」
「 は ただいますぐに。 」
侍従長はつるりとした頭をふりふり出て行った。
「 ほ・・・ どうせまたどこかに羽を伸ばしておるのじゃろうて・・・
あの跳ねっ返りが・・・ ふふふ・・・あれの母によう似ておるわ。 」
老王は 懐かし気なまなざしで眼下にひろがる村々をながめていた。
「 ・・・ふう ふう ・・・ 陛下〜〜 遅くなりました。 」
ほどなくして まるまっちい身体で転がるみたいに乳母やが姿を現した。
「 ふう ふう 〜〜 陛下〜〜 お茶をお持ちしました。 」
「 ・・・ おお ありがとう。 で? ・・・まだ戻らんのか。 」
「 陛下 ・・・ も 申し訳ございません〜〜 」
「 ・・・・ よい。 そなたの責任ではないからの。 戻り次第、呼べ。 」
「 畏まりました 陛下〜〜 」
乳母は太った身体を小さくし大汗を掻いていた・・・・
おなじ頃 ― 城の裏手・・・厨 ( くりや ) では ・・・
女中頭が呆れた顔で立っていた。
「 イヤですよ、姫さま〜〜〜 また 裸足! それになんて恰好〜〜 」
「 お願い、マーサ〜 なにか食べさせて〜 もうお腹ぺこぺこ ・・・ それと着替えも・・・ 」
「 仕方ありませねェ・・・ 今、乳母の君にお願いしてきます。
さ ・・・ とりあえずこれをどうぞ。 えんどう豆のスープですよ。 」
「 きゃ♪ 大好きなのよ〜〜〜 」
汚れた牧童みたいな恰好の少年が豊かな亜麻色の髪を背に投げ、
厨の隅で美味しそうにスープを食べている。
「 たんと召し上がれ、姫様。 あ〜あ・・・ブラウスがあちこち裂けてますよ?
どこでお転婆していらしたのです? 」
「 え? ・・・・ ・・・ ・・・ ああ 美味しい♪
村の若い人達と一緒に ちょっと遠乗りしてきただけよ。
途中でサンザシの茂みがあってね、こんな恰好になっただけ。 」
「 村の? ああ そろそろ村は収穫祭ですからねえ、賑わっていることでしょう。 」
「 ええ 皆すごく元気ね! そして気のいい人たち・・・
わたし、仲間にいれてもらえたわ。 オンナにしては馬の扱いが巧みだ・・・って。 」
「 おやおや ・・・ ま この村の若者は皆気のいい元気な青年たちですからね。 」
「 そうね ― 」
「 ひ 姫さまッ ! 」
乳母やのまるまっちい身体が厨に飛び込んできた。
「 あ・・・・ 乳母や ・・・ 」
「 まあまあ〜〜 なんて恰好で〜〜 ああ ああ 金の御髪がくしゃくしゃ・・・ 」
婆やは 姫君にへばりついて髪を直したり服の泥を叩き落としたり大わらわである。
「 乳母や ・・・ いいのよ、放っておいて。 」
「 そうは参りません、姫様。 お帰りになったらすぐに参れ、と陛下のご命令です。 」
「 え ・・・ だってわたし、こんな服装 ( なり ) なのよ?
髪だって埃だらけだし ・・・ 」
「 それでもいい、と仰せです。 ともかく召し上がり次第、参りましょう。 」
「 ・・・ はい はい ・・・ ああ またお説教かあ〜 」
「 姫さま。 お行儀がお悪うございますよ。 」
「 ・・・ は〜い ・・・ 」
お転婆姫は こちらも大きく溜息をつき、それでも美味しそうにスープの皿を空にした。
「 ― お父様。 フランソワーズです ・・・ 」
帳の外で 鈴の音をころがす声がした
「 おお ・・ 姫。 遠乗りはどうじゃった。 城下の秋を楽しんできたか。 」
「 はい お父様。 ふふふ・・・ 馬が随分と上達いたしました。
今度 ・・・ 村の若者たちといろいろやってみます。 」
「 ほう? 」
「 お父様 ご心配はかけませんから・・・ 」
「 姫。 もうすぐお前の誕生日じゃなあ。 」
「 ・・・ は はい。 あの・・・? 」
「 誕生日には城をあげて舞踏会を催すぞ。 近隣の領主たちも招待しよう。 」
「 はあ・・・ でもお父様 そんな派手なことは・・・ 」
「 いやいや。 最後までよく聞きなさい。
お前はその舞踏会で将来の伴侶を決めなさい。 申し込みいただいた方々をお招きしたからの。 」
「 ・・・?? お父様 ・・・! そ そんな ・・・ 」
「 姫。 そなたはこの王国の第一王女。 王国の安泰のために早く身を固めておくれ。 」
「 お父様! だってお父様の跡継ぎはジャンお兄さまですわ。 」
「 もちろん そうじゃ。 だがな、ジャンは脚が・・・ あれでは一国を統べるのには不安じゃ。
姫が伴侶となる王子と共に援けてやっておくれ。 」
「 ・・・ お父様 ・・・・ 」
「 素晴しく美しい姿で舞踏会に臨むがよい。 楽しみにしておるぞ。 」
「 ・・・ ・・・・ ・・・ 」
「 そうじゃ ジャンが呼んでおったぞ。 城下の様子など聞きいたから、とな。 」
「 ・・・ 畏まりました。 失礼いたします、お父様。 」
フランソワーズ姫は 腰を屈めて優美なおじぎをすると父王の御膳を辞した。
カツン カツン カツン ・・・・
城の廊下を 姫は重い足取りで歩いてゆく。 締め上げたコルセットが鬱陶しい。
普段、着慣れないドレスの長いスカートが 脚に纏わる。
「 ・・・ 身を固める? 結婚しろ、ということ? 」
ふうう ― 重い吐息がそろそろ迫ってきた夕闇に解けてゆく。
「 まだまだ・・・ 身軽に飛び回っていたいのに。
それに・・・ あのこと。 わたしにだってなにかできるはずよ? いえ しなければ!
・・・ あら? 鳥の声・・・? 」
姫は窓から遠くの空を見上げた。 空を切り裂く鋭い鳴き声が聞こえたのだ。
あ ・・・ あの鳥たち ああ 雁ね。 北国に帰ってゆくのかしら ・・・
西の空を 幾つもの影がきっかりとした形の列を作り 飛び去ってゆく。
「 ・・・ 鳥は いいなあ・・・ 自由にどこへでも行けて・・・
わたしも ・・・ 鳥に生まれていたら。 兄さまとだって ・・・ 」
「 姫様 ・・・・? お兄さまがお待ちかねですよ。 」
「 ああ ・・・ごめんなさい、乳母や 」
乳母やに促がされ、姫はやっと窓を離れた。
「 お兄さま・・・ お具合はどうなの? 」
「 ジャン様はいつも穏やかでお元気でいらっしゃいますよ。 辛抱強いお方です・・・
おみ脚の方は ・・・ その どうも・・・ 」
「 そう ・・・ どこかによく効くお薬はないのかしら・・・ 」
「 姫様。 侍医たちも懸命に努力しておりますから、きっと ・・・ 」
「 そうね。 わたし、お兄さまの脚を治すためならなんだってやるわ!
だってわたしのせいですもの ・・・ お兄さま・・・! 」
「 ・・・ 姫様 ・・・ 姫様のせいではありません! 姫様は 」
「 いいのよ、乳母や。 さ ・・・ 笑顔でお見舞いしなくては ね。 」
フランソワーズ姫は さ・・・っと裳裾を直すと笑みを浮かべた。
「 ― お兄さま。 入っても宜しいですか フランソワーズです・・・ 」
お付の小姓が慇懃にアタマをさげつつ ドアを開けた。
「 お兄さま。 お加減はいかが? 」
フランソワーズは部屋の奥の帳の前で改めて、声をかけた。
「 フランソワーズ。 お入り 遠慮はいらないよ。 」
「 はい ・・・ 失礼します。 ・・・ まあ 兄さま !? 」
少し腰を屈めて帳を分け入り、 彼女は目を見張った。
兄のジャン王太子は 窓辺に寄りかかってはいるがともかく自力で立っていたのだ。
「 兄さま! あ 脚は ・・・ 」
「 ふふふ・・・ なんとかここまでは出来る。 しかし歩行はまだまだ だな。 」
「 ・・・ 兄様・・・ 」
「 だがな、姫。 私はきっと回復してみせる。 そなたの結婚式には独りで歩いて参列するぞ。 」
「 兄様! 結婚式、だなんて・・・わたしはまだ・・・ 」
「 父上のお言葉を聞いたのだろう? 今度の誕生日の舞踏会でお前は婚姻相手を選べ。 」
「 兄様までそんな ・・・ 」
「 お前が不満なのはわかっているさ、姫。
しかし な。 この兄の頼み、とも思って欲しいのだ。
フランソワーズ、 将来お前は婿君とともに兄の治世を援けてほしい。 」
「 ・・・ 兄様 ・・・ かしこまりました。
フランソワーズは ・・・ 夫となるヒトと共にジャン殿下の右腕となります。 」
フランソワーズは 腰を折って深く頭をさげた。
「 それが ― 大梟に浚われかけたわたしを 助けるために大怪我をなさった兄様へ
わたしが出来る唯一の償いですから・・・ 」
「 姫 ・・・ 兄は償いなどを求めているのではないぞ。
私はただひとえに姫の幸せを願っているのだよ。 」
ジャンは 窓辺を離れるとゆっくりと姫君の方にやってきた。
歩み毎に肩が前後に大きくゆれる。
「 あ・・・ ! 危ない、 兄様! 」
フランソワーズは慌てて手を差し伸べた。
「 ・・・ 大丈夫だ。 このくらい、自力でなんとか ・・ できる。 」
「 兄さま・・・ お願いがあります。 」
「 ほう フランソワーズの お願い とは・・・ 珍しいことだなあ。
なにかね。 兄ができることであればなんでも協力するぞ。 」
「 ― ありがとうございます。 兄さま。
わたしは城下の人々の収穫祭に招いてもらいました。 招きに応じることをお許しください。 」
「 ・・・ フランソワーズ。 そなた なにを企んでいるのかな。 」
ジャンは にや、っと笑い妹姫の髪を撫でた。
「 ふふふ・・・ お兄様には敵いませんわね。
ええ ― 大梟が また ・・・姿を現しているそうなのです。 」
「 なに? あの 大梟か? 」
「 はい。 城下の村でも被害が出始めていて・・・ 若者たちが討伐隊を組織しています。 」
「 まさか そこの加わるつもりではあるまいな? 」
「 あら・・・ 兄さま? わたしの騎馬の腕、ご存知ありませんの?
ふふん、 今度こそ大梟をしとめ、兄様のカタキをうってやりますわ。 」
「 おい! 無茶をするな。 」
「 無茶ではありませんわ。 里にも被害が出ているそうですし・・・
ねえ 馬屋の馬丁頭の娘さんもね、あの悪魔に浚われてきたそうですわ。 」
「 ほう ・・・? それは気の毒な身の上だなあ。
・・・ん? もしかしてキレイな金髪の娘かい。 勿忘草みたいな瞳をした・・・ 」
「 あら。 兄さま、ご存知でしたの。 」
「 ああ。 何回か馬屋に行ったとき、いつも熱心に馬の世話や厩舎の掃除をしたりしていた。
はじめは男の子かと思ったしな。
部屋の置くと気分がよくなるから、と 香りたかい野の花を沢山摘んでくれた・・・ 」
「 ええ ええ キャシーは馬もとても上手に乗りますわ。 ・・・ いい娘です。 」
「 ・・・ そうか ・・・ あの娘、キャシー というのか・・・
綺麗な名前だな。 いや ・・・ 本人の方がもっと ・・・ 」
「 え ? 」
「 い いや。 なんでもない。 それじゃフランソワーズ? あまりお転婆を過すなよ? 」
「 はい。 お約束いたします。 必ずやよいお知らせを持ち帰りますわ。 」
「 ま・・・ 怪我だけはないように。 村の者たちにも気を配ってやるのだぞ。 」
「 はい お兄さま。 では ・・・ こっそり抜け出しますので お父様には 」
「 ああ ああ わかったよ。 上手く申し上げておくよ。 」
「 きゃ♪ それでこそジャン兄さま〜〜 」
姫はぱ・・・っと兄君に抱きつき その頬にキスをした。
「 ― やれやれ・・・ フランソワーズのお転婆にも困ったものだな・・・
ああ こんな時 ・・・ アイツがいてくれれば・・・護衛を頼めるのに・・・
本当に大梟の餌食になってしまったのだろうか。 アルベルト・・・ 」
ジャン王太子は 深い深い溜息とともに夜空を見上げた。
濃紺から すでに漆黒になった空には糸より細い三日月がかかっていた。
数日後、村は収穫祭に沸きあがっていた。
一年の労をねぎらい 明日への活力を蓄え ― 村人達は飲み、歌い 踊り・・・
広場の一角では 若者たちが松明の用意をしている。
「 キャシーの友達? ああ いいぞ〜 こっち来いよ。 あれ この前遠乗りにきた子だな。 」
「 おう 飲め 飲め〜〜 どうせキャシーと同じにじゃじゃ馬なんだろ? 」
青年たちは屈託なくフランソワーズを仲間に入れてくれた。
― ほら! と 大きなカップに入った酒が手渡される。
「 ん・・・ いただくよ。 」
フランソワーズはジョッキを上げると くい・・・と傾けてみせた。
「 おお〜〜 なかなかの飲みっぷりな娘っこだな。 馬の腕もなかなかだが・・・ 」
「 ・・・ だ 大丈夫? フランソ・・・じゃなくて ファン? 」
「 ― んんん 〜〜〜 ・・・ なんのこれしき・・・! ぷはァ〜〜 」
大きなジョッキを空けた <新しい仲間> に 若者たちはやんやの喝采を送った。
少し離れてみていた娘たちも 感心しているらしい。
「 そ それで ― 例の大梟のこと だけど ・・・ 」
「 ああ〜 アレはなあ〜〜 どうにも厄介でな。
しかし! 俺たちの手でなんとか討伐しなければならん! 」
「 おうよ。 畑の被害だけでもバカにならんし。 それに人攫いも・・・ 」
「 人攫い? キャシーの他にも被害があるの? 」
松明作りを手伝いつつ フランソワーズは若者たちの会話に耳を澄ます。
「 なんでもな、以前に西の国でも生まれたばかりの姫様が浚われちまったんだと。 」
「 そりゃ・・・ 御労しいなあ・・・ 」
「 それが さ。 女子供ばかりじゃないんだぜ。
あれを退治に行った腕のいい狩人たちが何人も帰ってこないんだ。 」
「 え・・・ や やられてしまったの? 」
「 いや〜〜 仲間がさんざん捜すだけど、死体は見つからない。
中には王太子さんの親友もいたらしいぜ。
どうやら ・・・ 魔術で誑かされてしまったらしいんだ。 」
「 ま 魔術、 ですって?? 」
「 そうそう。 ・・・ 大きな声じゃ言えないが 王太子殿下も同じらしいぜ? 」
「 ええ!? お ・・・ 王太子殿下も?? 」
「 ウワサじゃ脚が動かないとか。 侍医どもの秘薬も効かない・・・
そりゃ当たり前さ、 あの大梟の呪がかかってんだから。 」
「 そんなことひっくるめて! 俺たちは アイツをやっつける! いいな〜 皆! 」
「 おう〜〜〜〜 !! 」
若者たちは大声で呼応し 娘たちも力強く頷く。
「 ・・・ それでアイツは黒の森が棲み処なの? 」
「 ああ。 おい、一人では行くなよ! たちまちアイツの餌食になっちまう。
この松明を灯して大勢で狩に行くんだ。 」
「 そのためにこうして集まっているだからな。 えっと・・ファン だっけ? 」
「 あ・・・ は はい・・・。 それで あの・・・黒の森のどの辺りに? 」
フランソワーズは 出来上がった松明を集めつつ訊ねた。
「 あの森の奥には それは美しい湖があるのですって。 」
娘たちの一人が 籠いっぱいの林檎を持ってきて配り始めた。
「 湖が? 」
「 ええ そうです。 夜になるとそこには魔法にかけられた雁や白鳥たちが舞い降りてくるそうです。
夜の間は大梟の魔法も解けるとか・・・ 夜だけヒトの姿に戻れるのですって。 」
「 だから! 俺たちがそいつらも助けるのさ。 」
「 お〜う!! 明日は全員で朝から狩だぞ! 」
「 ようし・・・! その前に今晩は盛大に〜〜〜 」
「 ああ 飲んで食って〜〜 ! 」
「 おう〜〜!! 」
「 さあ どうぞ、皆さん〜 いっぱい食べてくださいな。 」
娘たちが酒壷やら収穫した秋の実りなど 山ほど運んできた。
「 わあ 美味しそう〜〜 わたしもお手伝いしますね。 」
フランソワーズは先にたって手伝いだした。
「 こりゃ〜旨そうだな〜 おいファン? お前も座れよ。 」
「 はい。 皆さんに杯を配ってから ・・・ 」
若者と娘たちは 焚き火を囲んで飲み食いを始めた。
「 ・・・ フランソワーズ様・・・ どうぞ、お座りください。 私がやりますから・・・ 」
忙しく立ち働くフランソワーズに キャシーがこっそり声をかけた。
「 大丈夫・・・ このくらい、なんでもないわ。
キャシー、あなたこそ皆さんと楽しんで?
ねえ あの人達の中に想い人はいないのかしら? 」
「 え・・・ 私、 馬の世話をしているほうがいいです。 」
「 あら そうなの? ね・・・後で弓を貸してくださる? 」
「 弓? ― あ! まさか ・・・ 姫様 ! 」
「 し・・・! その呼び方はダメよ。 」
「 えっと・・・ファン! 一人で行ってはダメです、危険すぎます! 」
「 大丈夫よ。 こっそり様子を偵察してくるだけ・・・
その森の奥にある湖とやらを見てくるわ。 」
「 でも でも ・・・ もし大梟が ・・・ 」
「 だから護身用に弓を持ってゆくの。 わたし、弓の腕もかなりなのよ?
戦が起きたら 先頭にたって領民を守るのですもの。 」
「 姫さま・・・いえ ファン ・・・ 」
「 夕方に見たの。 雁たちが列を作って飛んでいたわ。
もしかしたら ・・・ あの雁たちは呪をかけられたヒトたちかもしれないわね。 」
「 そうですね。 でも 姫様! 決して 決して深追いなさらないでください!
ああ 私がお供した方が ・・・ 」
「 ううん、一人で大丈夫。 キャシー、あなたは皆の計画の手助けをしていてちょうだい。 」
「 はい、姫さま。 ちょっとお待ちください。 」
キャシーは身を翻し 焚き火の前を離れた。
フランソワーズは 前方にひろがる茫漠とした森を見上げた。
この中に 本当に湖があるのだろうか。 そしてもっと奥には ・・・
・・・ やるわ! これがわたしの役目ですもの!
「 姫様 ・・・! こ これを! 」
「 キャシー。 まあ ありがとう! 」
馬丁長の娘が差し出した弓矢を受け取ると、 フランソワーズは静かに愛馬のもとへ歩み寄る。
「 ― さ。 行くわよ。 お願いね・・・ 」
― カッ ! ・・・・
柔らかい草地を蹴って 栗毛の馬が夕闇迫る中駆け出していった。
Last
updated : 09,27,2011.
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********* 途中ですが
短くてすみませぬ・・・で 続きます!
ここで切らないとね〜 パロディ、というより パラレルです。
はい、 BGM はもうお判りですね (^.^)v
ふつ〜は この辺りから始まります。
はい 袖で並んで緊張しているところ ですよ〜 (#^.^#)
・・・ あ やっぱこのフランちゃんは 平ゼロ・フランちゃん かな〜