『  恋人たちの湖   ― (4) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

「 ・・・ きみってさ ・・・・ すごく ・・・ 」

「 なあに?  すごく? 」

「 ウン。 すごく ・・・ その さ あの〜 」

「 だから なあに。 すごく ― お転婆 ?  すごく男勝り? 」

「 あ そ そんなこと 全然 ・・・ 」

「 じゃ なあに。   ふふふ ・・・こんな女、呆れはてた? 」

「 そ! そんなこと、言ってないだろ! 

 あのさ。 きみってすごく素敵だって言ったんだ! 」

「 ・・・ジ ジョー ・・・・ 」

「 ほら もうすぐ森の入り口だよ。 気をつけて・・・ ここはヤツの勢力圏だ。 」

「 はい! 」

二人は前後になって白馬に跨り ― そしてその馬は目的地へと疾走している。

星明りの下なのだが、馬もそして乗り手たちにも微塵も躊躇いはない。

 

   目指すは黒の森 ― 大梟の棲み処だ。

 

「 ファン。  あの流れを飛び越すからしっかり掴まって! 」

「 はい。  ・・・ふふふ ・・・ ジャン兄さまの背中と似てるわ・・ 」

「 え。  あの ・・・ あのぅ〜〜 そんなに す すがりつかないでくれますか〜〜 」

「 まあ。 すがり付いてなかいません! 

「 ご ごめん ・・・ さあ 跳ぶよ! 」

「 はいッ ! 」

 

    ―  きゃ〜〜〜 最高♪

 

    うわ〜お・・・ こんな女の子、初めてだ〜〜♪

 

  ― ブルルルル ・・・!

 

白馬は見事に小川を越え、得意気に嘶いた。

「 えらい えらい・・・すごいわね、いいこ いいこ。 え〜と?

 ねえ ジョー。 このコの名前はなあに。 」

「 え・・・ え〜と・・・ このコさ、 ヒルダさんから預かったんだ。

 だから・・・ 名前しらないなあ。 」

「 あら。 じゃあ ・・・う〜んと・・・プリンス にしましょ? 凛々しくていいわ。 」

「 あ いいね〜 よし。 プリンス〜 あとちょっとだ、頼むぞ。 」

  カツッ! と蹄で地をひと蹴り、 プリンスはまた疾走を始めた。

 

 

 

 ― さて こちらは国王の居城。

広間は 今度こそ蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

人々は突然の出来事に怯え、戸惑っている ― のではない。

勇敢な姫君の行動と兄王太子の凛とした態度に感銘を受け 皆興奮していた。

ざわめきの中 ジャンは静かに玉座に近づいた。

「 父上。  ご気分は  」

「 ジャンか。  大事ないぞ、いやそれどころかそなたと姫のおかげでワシは気分爽快だ。 

 姫とあの若者をしっかり応援してやれ。 」

「 は。 騎馬部隊を出動させました。  」

「 うむ。  そなたこそ、脚は大丈夫か。  よくあの剣を投げてくれたものだ。 」

「 父上。  キャシーが ・・・ この娘がすべて助けてくれました。

 ここに参りますまでのすべてを・・・私の脚となり、働きました。 」

ジャンは 後ろに控えている娘を父に紹介した。

「 おお おお ありがとう、よ。  そなたは ・・・? 」

キャシーは国王直々のご下問に ただただ恐縮して小さくなっている。

「 キャシー?  そなたからお答えしていいのだよ。 」

「 は はい・・・ジャンさま。 」

娘は改めて腰を屈めてお辞儀をするとかっきりと顔をあげた。

「 馬丁頭、カールの娘、 キャサリン にございます。 」

「 おお おお なんと聡明な瞳をした娘ごよ。 ははは カールには過ぎた娘さんじゃな。 」

「 陛下 ・・・ 」

「 これからもジャンを助けてやっておくれ。 」

「 はい、陛下。  この身に換えましても・・・ 」

キャシーはもう一度深くお辞儀をすると 静かにジャンの傍らにもどった。

「 父上。  客人方にお詫びをして寛いで頂きましょう。  酒と料理をもて ! 」

ジャンはてきぱきと采配を振るう。

「 コズミの賢人 ・・・ どうぞこちらでお休みください。 」

「 おお ありがとう、ジャン王太子。  ・・・ いい方を見つけられましたな。 

「 は ・・・? 」

「 いや なに  ふぉふぉふぉ・・・! 」

賢人は白髭を震わせ笑っている。

「 ??? 」

「 近々ご慶事がありますかな。 ふぉふぉふぉ・・・ 」

「 はぁ・・? 」

 

「 ― 大変恐縮なのですが ・・・ 」

「 ? おお これは西の国の大使どの・・・ お騒がせして申し訳ない・・・ 」

国王とジャンたちの前に立派な身形の夫妻が慌てた様子でやってきた。

初老の、温厚そうな夫妻なのだが、なにやらとても興奮した面持ちだ。 

「 いえ そんなことは・・・ それより あの ・・・ こちらは? 」

大使は ジャンの後ろに控えるキャシーをじっと見つめている。

「 は? ・・・ ああ キャシーですか。 私の脚を援けてくれています。 

 私付きの侍女です。 」

「 はい、そうお見受けしました。  あのそれで・・・大変失礼なのですがご出自は 」

「 わたくしはこの城の厩の・・・・馬丁頭の娘でございます。 」

キャシーが ごく控えめに返答した。

「 そうなんです、 彼女はこの城一の騎手です。

 馬丁長がじっくり仕込みましたよ。 なにしろ赤ん坊の頃から手塩にかけた育て子ですから。 」

「 育て子! ・・・ おお やはり ・・・ やはり〜〜 」

「 あなた・・・ ほんとうに本当に・・・ お妃さまそっくり・・・ 」

西の国の大使夫妻は 抱き合ってなにやら涙にくれている。

「 ??? あの ・・・・ ? 」

こちらは老王やジャン王太子は皆首をひねっているばかり。

「 ふぉふぉふぉ ・・・ 年寄りの昔語りになるがの・・・

 黒の森の外れで拾った赤ん坊の産着には キャサリン と縫い取りがしてござった。

 馬丁頭の死んだかみさんが懐に入れて大事に大事に育てておったですじゃ。 」

コズミの賢人が穏やかに口を挟んだ。

「 そうですか・・・ よかった・・・本当に・・・ 」

「 ええ ええ あなた。  民たちも皆も喜びますわ・・・ 」

大使夫人はもう人目も憚らずぼろぼろ泣いている。

「 西の大使どの? いかがなされました。 」

「 ・・・ おお おお これは失礼いたしました。 」

大使は居住まいを正すと、まずは国王に頭を下げたのち、馬丁の娘の前に跪いた。

「 あなた様は ・・・ その昔 あの大梟に浚われたわが国の姫様 キャサリン様です。 」

「 えええ?? ・・・まさか そんな。 」

「 いえ!  あなた様のお顔 ・・・ 私どもの王妃様のお若いころに生きうつし・・! 」

脇から大使夫人も跪きそっとキャシーの手をとった。

「 キャサリン姫さま。 お迎えにあがりました。 」

キャシーは身を固くし、今にも泣き出しそうだ。  ジャンがそっと促がした。

「 キャシー・・・ いや、キャサリン殿 ・・・ 」

「 い いいえ いいえ!  私はキャシーです! 父は馬丁頭のカールですわ!

 母は父を助けながら私を育ててくれました。  私、厩でそだった馬丁頭の娘です。

 そして私は ・・・ ジャン様の馬丁と侍女としてお仕えするんです! ・・・一生! 」

それだけ言うと キャシーは広間から走りさってしまった。

「 おい  キャシー ・・・! 」

「 ジャンよ?  追うてやれ。 そして ・・・ まあ、あとはお前にまかせよう。 」

「 父上! 」

「 ふぉふぉふぉ・・・・ 若様、 この杖をお使いなされ。

 ま、柔らかな娘さんの手には遠く及びませんがの。 若様の脚代わりにはなりましょうよ。 」

賢人は国王と微笑みあいつつ、杖を差し出した。

「 賢人! 忝い ・・! 」

ジャンは その杖を小脇に挟むと衛兵に命じた。

「 ― 馬 引け。  供は要らぬ。 いいな。 」

一同に会釈をすると ジャンは杖を頼りに広間を出ていった。

 

「 ― さあて ・・・ どうなることやら。 」

「 ふぉふぉふぉ ・・・ 王よ? 結末はご存知じゃろうが。 」

「 はっはっは・・・ この悪人めが。 」

「 ふぉふぉふぉ ・・・ 恋のチカラには敵いませぬよ。 」

「 そういうことじゃな。 若いモノは羨ましいわい。 」

老人達は にんまりと会心の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

   カッカッカッ ・・・・・ !

 

白馬のプリンスの足並みは乱れない。  暗い森もなんの障害にはならないのだ。

やがて ― 湖が見えてきた。

 

「 ファン ・・・ 湖だ。  水面が光った・・・ 」

「 そうね!  ・・・ あら? 変だわ・・・ 」

「 なにが。 」

「 だって あっち・・・ 灯がみえない。 焚き火も松明も夜通し焚いているはずでしょ。 」

フランソワーズはジョーの後ろから前方を指した。

「 うん  おかしいね。 ・・・ そこの椎の樹の側でとめよう。 」

「 そうね。 」

ジョーは手綱をさばき、プリンスを椎の大木の陰に誘導し、止めた。

「 先に降りるよ。  ・・・ さ どうぞ。 」

「 ええ。   あら。 一人で降りられます! 」

差し出された手なんぞ軽く無視して、姫君は ひらり、と白馬の背から降りた。

 

「 ― 行くぞ。 」

「 ええ。  ・・・ 誰も いない・・・? 」

二人は慎重な足取りで森の奥へと入っていった。

 ・・・ やがて 二人の足はぎくり・・・と止まる。

「 ― ジョー。  やっぱり・・・・!? 」

「 うん ・・・  」

昨夜、 皆で囲んだ焚き火、そしてジョーと二人肩を寄せ合って眠った場所は ―

蹴散らされ黒い燃え止しの木片が散っていた。

暗闇の中には蛍火のごとく、 残った熾き火がちかり、ちかりと散っている。 

なにかがこの地を荒らしていったのだ。

「 み 皆は? 皆 この焚き火を中心に休んでいるのでしょう? 」

「 うん ・・・ 火の不寝番を交代でする他は皆だいたいこの近くにいるはずなんだけど ・・・ 」

「 捜しましょう! ね、 リーダーのお休みのなる場所どこ。 」

「 こっちさ。 この地を見張れる木の上なんだけど。 

二人は周囲に気を配りつつ進んでゆく。

   ― バサ ・・・ッ ! 

なにか大きなものが落ちてきた。

「 わ! 危ないッ フラン! 」

ジョーは咄嗟にフランソワーズを突き飛ばし庇おうとした。

「 わたしは大丈夫よ、ジョー。  」

フランソワーズは自分から地に転げて跳び退き身構えた。

「 何者?! ・・・ ああ!? 」

落ちてきたものは ― 

「 ・・・ う ・・・ うう ・・・ な 何者だッ !  」

「 リーダー!? 」

ジョーはあわてて地上に投げ出されたカタマリのもとへ飛んでいった。

「 リーダー! 大丈夫ですか! 

「 ・・・ じ ジョー ・・・か。  だ いじょうぶ だ・・・ 」

リーダーはぼろぼろになりあちこち怪我をしていたがともかく生きていた。

「 くそ・・・ いきなりアイツが戻ってきた・・・!

 俺も油断していた・・・ 湖に出ていた仲間が狙われた。 」

「 それで みんなは!?  ヒルダさんは? 」

「 ― 私も ・・・ 大丈夫。 」

湖の畔から ヒルダが脚を引き摺りつつ戻ってきた。

「 ヒルダさん!  あ 危ない ・・・! 」

「 アルベルト ・・・ こっちはなんとか無事よ。  ヘレンたち姉妹や若い子達も・・・ 」

「 そうか ・・・よし、よくやった。 」

「 ヒルダさん ・・・ 少しですけど薬草を持ってきています。 今 手当てを・・・ 」

フランソワーズは ヒルダの前に身を屈めた。

「 ― 姫君 ・・・ 」

「 ?  姫君 ・・・? 」

アルベルトはゆっくり身を起こすと フランソワーズを真正面から睨んだ。 

「 ・・・ あんたは ・・・ 誓いを 破ったの か!? 」

「 ち 誓い ? 

「 そうだ。  昨夜 あんたがここで ・・・ 誓った! 

 この・・・ジョーに永遠の愛を誓ったな。 その誓いを破ったのか。 」

「 え!? い いいえ いいえ そんなこと していません! 」

「 それじゃ ・・・ 他のオトコに誓いを立てたのだろう?!

 そうでなければ ・・・ 大梟があんな力を発揮できる ・・・はずが ない ・・! 」

「 そんなこと ! わたしにはジョーしか ・・・ あ! 」

フランソワーズは必死で否定していたが 一瞬息が詰まった。

ある光景が まざまざと脳裏に浮かんだのだ。

 ― そう ・・・ ほんの数時間前、城の大広間の舞踏会で  わたしは・・・!

そのヒトは  ・・・ セピアの瞳はとても優しい光を湛えていた。

流れる栗色の髪の間から温かい微笑みがみえた。

 

     ユージ・・・と言った。 

     ・・・ でも  

     わたしは てっきりジョーだと思って・・・

       ―  あんまり そっくりだったから 

 

「 わたしは ・・・ 新たな誓いを ・・・ たててしまいました・・・ 」

 

 

 

   ザワザワザワ −−−−

 

夜明け前の森は怪しくざわめいている。 陽が昇るまでにはまだ間がある。

「 本当に 本当に 大丈夫かい、ファン〜〜  」

ジョーが怒ったみたいな顔で馬の周りをうろうろしている。

「 ジョー。 落ち着いてよ。  ・・・ 大丈夫、任せてよ。 」

「 し しかし ・・・ 」

「 ふふ・・・ 女になにができるって思っているのでしょ。 」

「 そ そんなこと! そんなこと 思ったこともないよ! 」

「 いいのよ。 でもね わたしは ― 負けない。 

 わたしの弓矢の腕を知っているでしょ。  コズミの賢人から頂いた矢もあるわ。 」

「 けど! 相手は あの悪魔みたいな大梟だ! 」

「 ええ。 わかっているわ。  ― でも 一人で行かなくちゃならないのよ。 」

「 そうだけど ・・ でも ・・・! 」

「 ジョー。  わたしの責任なのよ。

 リーダー  ヒルダさん。  必ずこの敵は討ち取ってきます。 」

「 ―  頼む。 」

「 ・・・  フランソワーズ姫 ・・・ 」

「 ジョー。  ファン でいいって言ったでしょう?

 あ ひとつだけお願い、  プリンスを貸してくださいな。 

「 わかった。  プリンス ・・・ 頼んだぞ!  ぼくの大切な人を! 」

「 ありがとう ジョー。 」

「 ファン。 一つだけ約束してくれる。 」

「 なあに。 」

「 無茶するな。 そして 絶対に帰ってこい ― ぼ ぼくの処に。 」

「 ― ジョー ・・・! 」

「 返事は。 」

「 ・・・ まあ ・・・ 」

フランソワーズが思わずクス・・・っと笑ってしまった。

「 な なんだよ。 」

「 だって。 ジョーったら ・・・ ジョーがそんな風に言うなんて。 

 返事は? なんて・・・ ジャンお兄さまだって仰らないわ。 」

「 ご ごめん ・・・  いや! だってすごく大切なことだもの。

 ファン。 ぼくは真面目な話をしているんだ。 」

ジョーはちょっとだけドギマギしたが すぐに姿勢を正した。

「 ぼくのところに帰ってこい、 絶対に だ。 

「 ― はい。 」

「 よ〜し ・・・ じゃ 行ってこい。 」

ジョーは つい、とフランソワーズの頤をもちあげると さくら色の唇に軽くキスをした。

「 ・・・ ぁ ・・・  は はい・・・ 」

頬を淡く染めると フランソワーズはそのまま馬上のヒトとなった。

さっとリーダー夫妻に会釈をし、愛する人に微笑みをのこし ― 

 

    はい ・・・!     ブルルルルル ・・・!

 

姫のひと声に プリンスも勢いよく応えると 森の奥へと木々を分け入って行った。

 

「 行ったな。  俺たちも応援の準備を急ごう。  」

「 はい。  ・・・ いつでも出発できますわ。 」

「 は・・・ いつもながら ヒルダ、お前はさすがだな。  ―   うん? ジョー どうした? 」

姫の姿を見送っていたアルベルトとヒルダは 足下に視線を落とした。

そこには  セピアの髪をした青年がぺたん・・・と座り込んでいた。

「 ・・・ あ 脚が 急に力が抜けて ・・・  はぁ・・・ 」

「 なんだあ? やけにカッコつけた事を言ってやがる、と思ったら・・・ 」

「 ふふふ・・・ ジョーってば一世一代の場面だったのね。  ほら 大丈夫? 」

ヒルダはジョーに手を差し伸べた。

「 は はい ・・・  あは・・・ 慣れないコトはするもんじゃないってことですね・・・ 」

「 あら 素敵だったわよ?  姫君はアナタしか見えてなかったもの。 」

「 そ ・・・ そうかな・・・ 」

「 ジョー。  あのじゃじゃ馬姫に相応しいオトコになれ。 」

「 はい。  ・・・ よし、それじゃ。   」

「 ― え? 」

ジョーは 弓矢をまとめた包み背負うと羽毛の雁衣をきっちりと着直した。

「 リーダー。  行ってきます。 」

「 いいのか ジョー。 」

「 はい。 」

ジョーはリーダーに向かってしっかりと頷いた。

「 今ならヤツも油断しているでしょう。  まさか夜に雁が飛んで来るとは予想しない。 」

「 え・・・ ジョー?  あなた ・・・まさか ・・・ 飛んでゆくつもり? 」

ヒルダは慌てて二人の間に割って入った。

「 ジョー!? 判っているのでしょうね?

 勝手に姿を変えたことがアイツに知れたら 二度と元の姿には戻れないのよ! 」

「 わかってます。  ぼくは彼女を、ファンを 護りたいだけです。 」

「 ジョー ・・・・ 」

「 やだなあ そんな顔しないでくださいよ。 

 ぼくがしっかり援護して ファンと二人して大梟を斃してきます! 」

「 ・・・ ジョー ・・・  私はもう ・・・ なにも言えないわ。 」

「 すいません ヒルダさん。 」

「 俺の弓矢 ・・・ まだもっているか。 」

それまで黙って聞いていたリーダーが ぼそり、と口を挟んだ。

「 は はい! 」

「 よし。  ―  行け。 」

「 はい。 」

ジョーはに・・・っと笑うと 軽やかに地を蹴った。

 

   ―  バサ ・・・・ッ !!!!

 

瞬間、 若い雁が力強い羽ばたきで舞い上がった。

雁は ― 振り返ることなく夜空に消えていった。

 

「 ・・・・・・・・ 」

「 アルベルト・・・!  ジョーは ジョーは・・・ 」

「 ふふん ・・・ 大丈夫さ。 俺とお前で育てたヤツだ。 

 信じてやれ ヤツのことを。 」

「 ・・・ ええ。 そうね。  きっとあの姫様と一緒に還るわね。 」

「 ああ。  きっと  な。 」

「 ・・・・ ん。 」

ヒルダは大きく頷きアルベルトの胸に顔を寄せた。

「 ちょっとだけ ・・・・ こうしていて。 」

「 ・・・ 可笑しなヤツだな・・・ 」

残り散らばっていた熾火が一瞬燃え上がり辺りを照らし すぐに真っ暗になった。

 

 

 

 

   ― ここ  ね ・・・    カツ ・・・。

 

フランソワーズは静かに馬を止め、前方を仰いだ。

  ― 黒の森の奥には そのまた奥には。   おどろおどろしい闇が沈んでいた。

中に 太い幹がうねうねと絡みあった茂みがみえた。

「 あの中に ・・・ 巣があるのかしら。 」

  ― ブルルルル・・・!

「 あ お前はここで待っていてね、プリンス。 」

  ― ブ? ブルルル!!  ヒ ヒーーン・・・!

「 し・・・・!  静かに。  わたしなら一人で大丈夫。 

 お前には帰り道をお願いするわ。  

 それとね・・・ 城に戻ったらわたしの馬のお婿さんになってくれない? 

 栗毛の美人よ、 アローは。 」

  ― ブ  ブルル ・・・・

「 いいこね、 ありがとう! 」

ぽん、と鬣を軽く叩くと フランソワーズはすたすたと歩き出した。

 

    ―  よォし。  やってやる・・・!

 

 

 

茂みの中は し・・・んとしていた。

「 ・・・?  空気が動いていないわ。  でも ・・・ 誰か なにかが見てる! 

ぞくぞくっと背筋をイヤな寒気が這い上がる。

フランソワーズは木から木へと濃い闇を選び慎重に進んで行く。

頭上、木々の間から射し込む月の光だけが頼りなのだ。

弓矢での攻撃の自信はある。 しかし近距離の闘いでは不利だ。

「 剣の使い方も習ったけれど。  なるたけ接近戦は避けなければ・・・ 」

 

   ―  パキ ・・・・!

 

・・・ しまった ・・・!  小枝を踏み拉いてしまった。

フランソワーズは唇を噛み、矢をつがえじっと辺りを窺う。

 

    ふっふっふ・・・・・ わははは〜〜〜〜〜 そこに居たか!!

 

闇の底から不気味な声が響いてきた。

「 く・・・!  どこにいる!? 出て来い、大梟! 」

≪ ふっふっふ ・・・ 相変わらず気の強い姫だな。  ≫

「 出て来い!  そして正々堂々と勝負せよ! 」

≪ ふふん ・・・ 随分と美しくなったのだ。 10年前に喰わないでよかったな 

「 な なんですって!? 」

≪ ふふふふ・・・ 安心せよ、今のお前を食ったりはせぬ。

 その美しい姿を白鳥にでも変えて 我が傍らに侍らせてやろう・・・ 

「 くそ〜〜!  出て来い! 」

≪ お呼びとあらば。  ふふふふ  ははははは  −−−−−! ≫

 

   バサバサバサ −−−−−−!!!

 

嗤い声とともに黒い大きな影が フランソワーズめがけて飛んできた。

「 く ・・・! 

  ひゅん ・・・ ひゅん ッ ・・・!!

射た矢は巧みにかわされた後、 大きな翼で叩き落とされる。

「 ・・・ 無駄に射てもだめね。  ・・・ 急所 ・・・ そう、あの額の真ん中を

 この、賢人から頂いた矢で打ち抜くわ! 」

フランソワーズは慎重に狙いを定める。

≪ おお そこに居るな。  ふふふふ ・・・ その柔らかな咽喉を切り裂くのも楽しいぞ ≫

 

   バサバサバサ −−−!  

 

闇の中から大梟が急降下してきた。

「 ・・・・! 」

咄嗟に転げてさけたが 矢を射るタイミングを逃してしまった。

「 ・・・ これは 距離をとることは出来ないわ。 よォし・・・ 接近戦だわ!

 わたし自身を囮にすれば 一番効果的ね。 」

地に伏して 彼女はじっと暗闇を見つめる。  

 どこに居る・・・? 次はどの方角から襲ってくるのだ? 

 

     く ・・・ 闇夜で目が利けば ・・・!

 

矢をつがえる手がじっとり汗ばんできた。

 

  フランソワーズ。 落ち着くんだ。  目がダメなら耳をつかえ。

 

不意に 懐かしい兄の声が耳の奥で聞こえた。

「 ? ジャン兄さま?  ・・・ そう か。 アイツの羽音を狙えばいいのね! 

 よォし ・・・ それにしても目視よりも近くなるってことね。 」

きゅ・・・っと一文字に唇を引き結び、フランソワーズは少し身を起こした。

「 わたしはいい標的?  ええ そうね。 だけど、その時がお前の最後でもあるのよッ 」

 

     −−−−−  バサ ッ ・・・!

 

「 ―   きたッ ! 」

  ・・・ ヒュン ッ ・・・!    ガ −−−−−!!

フランソワーズの弦が音を立て矢を放ったのとほぼ同時に 鋭い爪が彼女を襲った。

「 ・・・ キャ ァ −−−−− ・・・・!  く  く ぅ ・・・・! 」

右肩に激痛が走る。 

 ぼたぼたぼた ・・・  熱くねばっこい血が姫の雁衣から滴り落ちる。

「 し しまった・・・ でもこれくらい・・・な なんでも・・・ない わ! 」

ビリっと袖を裂き傷口にきつく当てた。

 

     バッサ ・・・バサ バサバサ ・・・!

 

「 ん?   ふ・・・ わたしの弓の腕もたいしたものね。 

 ここでトドメを射せれば ・・・・ くぅ〜〜〜 ! 」

目の前で転げまわっている悪魔を仕留めるべく、 弓を引こうとするのだが ・・・

「 だ だめだわ・・・ 肩に力が入らない ・・・  」

 

     ガ ・・・・ ガガガ ・・・

 

≪ この ・・・ 小娘〜〜〜 油断したわ・・・!

 ふん! しかしこんな矢一本でこのワシを斃せると思うなよ! 

 ・・・ バサ ・・・・!

大梟は再び地を蹴って宙に舞い上がる。

「 く・・・・!  上から襲ってくるつもりね! 

 ・・・ いいわ。  今度は コレで切り裂いてやる!  」

フランソワーズは弓矢を捨てると懐から小剣を取り出し すらり、と鞘を払った。

「 さあ ・・・ 来い!  囮はこのわたし自身よッ !  」

 

     バサ ・・・!   

 

大きな羽音と共に大梟がその爪と嘴を武器にトドメだ! とばかりに降下してきた。

「 ―  そこね!  行くわよッ ! 」

フランソワーズが剣を構えた その時 ―

 

    ザザザザ  −−−−−− !!!!

 

さらに上空から急降下してきたモノが 大梟に襲いかかった。

 

        ギャ ッ ??

 

不意を突かれて 大梟は背中にしたたか傷を負った。

急降下してきた若い雁が 鋭い嘴で切り裂いたのだ。

「 な なに?   ・・・ え!? その姿・・・・ は ・・・? 」

≪ ガガ ?? な なんだ??  ― お前は ・・・ あの若い狩人だな!

 お 愚かものめ !  二度と元の姿にはもどれんぞ! 

「 そんなこと、わかってる。   ― 覚悟しろ ッ  !! 

 ファン、 行くぞ!  」

「 ジョー −−−−−!!! 」

地上のフランソワーズ、そして降下してきた大梟に若い雁、すべてが激突した。

 

     ガガガ ガァ −−−−−−−!!!

 

暗闇の中で縺れ合い転げ回り ― 羽毛が 血が 飛び散った。

「 ―  く 喰らえェ 〜〜〜 !! 

「 ・・・ く ッ !! 」

ジョーの叫びを頼りに フランソワーズは思い切り剣を使った。

 

        ぎゃあ〜〜〜・・・・っ !!!!

 

 ―  バサッ ・・・  断末魔の叫びと共に大梟が動きを止めた。

 

「 ・・・ ジョー・・・・  やった? 仕留めた・・・のね? 」

「 ・・・ふう ・・・どうやらそのようだよ。 きみの矢で随分弱っていたからな。 」

「 あの矢はコズミの賢人から頂いたの。 特別な力があったのね。 

 でもジョーがトドメを刺してくれたから なんとか・・・斃せたのよ。 」 

「 よかった ・・・   これでぼくも安心して ・・・森に帰れる。 」

「 ― 帰る? 」

「 うん。  聞いただろ? ぼくは もう・・・もとの姿には戻れないんだ。 」

「 そ そんな ・・・ 」

フランソワーズは思わず側にいる雁を抱き締めた。

「 ジョー ・・・ ジョー・・・!  あなたがこのままなら ―  わたし、ついてゆくわ! 」

「 ファン、馬鹿なこと言っちゃいけないよ。  ぼくは ・・・ 一生雁なんだ。 」

「 構わないわ。 わたし、ジョーと一緒に暮せるのなら・・・

 ああ わたしも雁になれたら そしたら そしたら・・・つ 番いになれたのに・・・ 」

「 ・・・ファン ・・・ 」

雁を腕に抱いてフランソワーズは本気で泣き出してしまった。

「 ファン、馬鹿なこと、言うもんじゃない。

 きみは この王国の姫君なんだよ。 城に帰って立派な騎士と ・・・ 」

「 いやッ!  そ そんなの 嫌。  

 ジョー、言ったでしょう!?  必ずぼくのところに帰ってこい、って! 」

「 ファン ・・・ ほら そんなに動くと傷が。 ああ また血が ・・・ 」

雁の羽が優しく彼女の肩の傷に当てられた。

「 傷なんて・・・!  なにもかもわたしのせいだわ・・・

 わたしが ・・・ あの王子に誓いを立ててしまったから。 」

「 ・・・ファン ・・・ 」

「 だから だから わたし ・・・ う  ううう ・・・ 」

フランソワーズの涙と血を 若い雁はその羽で受け止めた。

「 ぼくのためにきみが涙と血を流してくれたんだ ・・・ これで十分さ。 」

「 ジョー ・・・ ジョー ・・・!  」

 

      ・・・・ あ ・・・!??  ああ ・・・・ 

 

突然辺りは白い霧につつまれ、その中にジョーの戸惑った声が飲み込まれていった。

「 ?? ど どうしたの? ジョー ?? え ・・・? どこ? どこへ行ったの? 」

 

    くぅ 〜〜〜〜 くそ 〜〜〜〜  ・・・・!

    不幸の涙、 悲しみの呻き  嘆きの声をコヤシに

    復活を企んでいたのに ・・・!

 

    な なんという ・・・ こと だ・・・!

 

    処女 ( おとめ ) の 血潮で全て ・・・ 全て 潔められて しまった・・・!

 

暗闇の中に あの大梟の声が切れ切れに聞こえてきた。・

「 な!? なに!  まだ 生きていたというの!? 」

フランソワーズは がば!っと跳ね起きると 大梟の死骸の側に駆け寄った。

「 トドメを刺した はず・・・  」 

 ― ぼとり ・・・  傷口から彼女の血が滴り落ちた。

 

    ぎゃあ〜〜〜ッ !!!!

突然 死骸がもがき苦しみだした。

「 え?? うわ・・・ 」

 

   う〜〜〜む ・・・・ バカな ・・・ こんな バカ な ァ ・・・・・・・・ ァ ・・・・・

 

      ―  ヒュウウウウウウ ・・・・・・・・・・

 

一陣の夜風が吹きぬけ ― 大梟の死骸はたちまち灰塵に帰し、飛び散っていった。

「 う ・・・うっぷ ・・・! 

「 ―  ・・・・ う ・・・ うん?   フ ・・・ ファン ・・・? 

「 え?   !!! あああ  ジョー −−−−−−−− !!!! 

フランソワーズの目に前に、 彼女の恋人が羽毛の雁衣を着けた青年の姿で立っていた。

 

 

         ―  呪が、 大梟の全ての呪が 解けた。

 

 

 

 

   

 

    ―   ギ ギギギギィ −−−−−−−−!

 

大広間への大扉が ゆっくりと開いた。

中には 居流れる貴族、将軍たちの中央の玉座に父王の姿が あった。

「 ―  お父様 ・・・! 

フランソワーズは 脇目もふらず、駆け寄った。

「  おお おお 姫や・・・ ようもどった・・・ようもどった・・・ 」

老王は玉座から立ち上がり、進み出て愛娘を抱き締めた。

 

    おお ・・・・・

 

見守る家臣たちから安堵と労わりの吐息があがった。

「 お父様 ・・・ 」

「 ファン 〜〜 そなた、相変わらずの姿だなあ〜 」

玉座の横から すらり、とした青年が現れた。

濃紺と白銀のチュニックをつけ、剣を佩いている。

彼はしっかりとした足取りで二人の側までやってきた。

「 まず、 挨拶と報告が先だろう?  そなたもこの国の守備隊の一員のはずだが。 」

「  ・・・ ま あ ・・・・ ジャンお兄さま・・・!! 

 兄さま ・・・ あ 脚 ・・? 」

「 ああ そなたとコズミの賢人のおかげで ここまで回復したよ。 」

「 あら? わたし じゃなくて 誰かさんの献身的な介護のおかげ、でしょう? 」

 ねえ キャシー? と フランソワーズは兄の横に控える娘に微笑みかけた。

「 ・・・ 姫様  そんなことは・・・ 」

「 ファン。  ― そなたの義姉君となる キャサリン姫 だ。  」

「 ―  え えええ ・・・??? お兄さま・・・? 」

 

それから続いた城を上げてのお茶会では ― 皆が陽気に踊り歌い。 お喋りをした。

国王の気さくな人柄の影響で 身分などに固執する人はあまりいない。

フランソワーズの 大梟討伐話に そして キャサリン姫の境遇に 皆が沸いた。

ひとしきり報告が終ると、姫は立ち上がり一緒にいる青年の手をとった。

「 お父様 お兄さま   ―  ご紹介いたします。 」

フランソワーズは父王と兄王太子に 会釈をした。

「 わたくしの婚約者 ―  ジョー・シマムラ です。 」

 

     ざわ ・・・・!!!

 

さすがに全員の視線が集まり 一瞬広間はしん・・・とした。

「 国王陛下。 王太子殿下。 ジョー・シマムラ といいます。 」

セピア色の髪の青年は真っ赤になり挨拶をする。

「 ぼ ぼくは・・・ただの狩人ですが。  ファンを・・・いえ 姫君を ・・・

 あ 愛し、護ります!  い 一生!! 」

「 ― ほう ・・・ 凛々しい青年じゃ。 いや まず礼を言わねばな。

 ジョー殿 わが姫をお助けくださったとのこと・・・ 心から感謝しておるぞ。

 ありがとう  ・・・ 勇敢なる狩人どの。 」

国王は軽くうなずき、ジョーの肩の手を当てた。

「 い いえ ・・・ そんな。 すべてはファン・・・じゃなくて姫様が・・・ 」

「 いやいや わかっておる、このじゃじゃ馬姫のことは な。

 そして ― ジョー殿。 姫を頼みますぞ、 一生。 」

「 は  はい!!! 命に換えても〜〜! 」

真っ赤っ赤になりつつも ジョーはしっかりと答えた。

フランソワーズは そんな彼の横顔をほれぼれ・・・見つめている。

 

     うわ ・・・ 素敵・・・・!

     ジョー〜〜〜  もう素敵すぎるぅ〜〜

 

「 ふぉふぉふぉ・・・・ 国王陛下よ、二重の御慶事でござりますなァ 

 こりゃ めでたい めでたい ・・・ 」

「 賢人 ・・・ まことに。  黒の森に巣食う悪魔も滅びた・・・

 これでわが王国は安泰じゃよ。 」

「 まことに ・・・  すべてはめでたし めでたし ・・・ということですな。 」

 

 

悪魔の去った黒の森は やがて陽の光さす明るい森となった。

人々は安心して 木の実やきのこを採り 狩人たちは獲物を追った。

雁の姿に変えられていた腕利きの狩人たちは 国王直属の部隊となる。

 

  そして  あの湖の畔には いつでも恋人たちが寄り添っているのだという・・・

 

そうそう、忘れてはいけません。 もう一組のカップル 〜〜 プリンス と アロー♪ 

アローが生んだプリンスの初めての息子は ジャン王太子夫妻の世継ぎの君を乗せ ―

 

「 きゃ〜〜〜 きゃ〜〜〜 アタシ、このおうまさんがすき〜〜〜♪ 」

「 ・・・ うわぁ〜〜〜 こわい〜〜〜こわい〜〜〜 すぴかァ〜〜 」

「 ふん! 泣き虫〜〜泣き虫〜〜すばる! 」

「 だって だってェ〜〜  うわ〜〜〜ん 」

「 もう!  こっち、きて。  ・・・アタシによ〜く掴まってて! 」

「 ・・・う うん・・・! 」

 

その次の次の春に生まれた仔馬は ― ジョーとフランソワーズの双子たちの愛馬となった。

 

はい、これはお伽話ですから。 お終いは いつだって決まっています。  

 

        王国はいつまでも富み栄え  皆 幸せに暮しましたとさ。

 

 

 

 

****************************     Fin.   *****************************

 

Last updated : 10,18,2011.                   back        /       index

 

 

 

*************   ひと言  **************

やっと終りました ・・・・

こりゃ〜 どう見ても平フランちゃんと平ジョー ですね〜

3Dカプとはかけ離れているかも・・・

ま、いずれにせよ、『 白鳥の湖 』  はっぴ〜えんど版のパロでした。

最後までお付き合いくださった方がいらっしゃいましたら、

ありがとうございました <(_ _)>