『 棲み家 ( すみか ) ― (3) ― 』
バリバリバリ −−−−−
ごうっ ・・・・・・ ! パリン パリン
高い屋根が焼抜けたのだろう、夜空に紅蓮の炎が吹き上がった。
それとほぼ同時に 窓ガラスが割れる音もした。
「 下がって! 中から爆発するから 」
009が 一番炎にちかいところで 皆に声をかける。
「 中は!? 」
「 破壊した。 これでこの化け物もお終いさ 」
「 ― そう か。 」
「 さあ 戻ろう ! 皆 無事でよかったね! 」
009の声は 弾んでいる。
「 ・・・・ 」
003はくるり と踵を返すとそのまま ― 前だけを見て駆けだした。
・・・ こんなのって ・・・
こんなことって ・・・ !
涙を風に吹き飛ばし ただ前だけを見ていた。
足元が縺れた。
! 転ばない!
・・・ 見たく ない ・・・ !
ガサササ −−−− ザクザクザク。
気が付けば 彼女の隣を 004 と 007 が
やはり じっと前だけを見て 大股で草原を踏みわけていた。
ゴウ ・・・・ !
一段と 大きな音が追い掛けてきたが 三人は振り向かなかった。
**********************
春は 一日づつ 少しづつ この地域にも歩みを進めてきた。
居候をしている邸は 雑木林に囲まれているので 若緑が増えて
毎朝鳥たちの囀りが 賑やかになってきている。
10人の居候たちは それぞれ生活のペースを築き始めているらしい。
「 アルベルト? どこか行くの? 」
009は 玄関の前を掃除していた。
「 ああ ちょっと出かけてくる。 夕方には戻る 」
「 あ そ そうなんだ? 」
「 うむ。 」
独逸人は 珍しくジャケットを着こみ スタスタと
館の門を出ていった。
「 ふうん ・・・ ヨコハマにでも出るのかなあ
彼 最近 外出ばかりだね あまりここには居たくないのかなあ 」
彼は しばらく見送っていたが 掃除に戻った。
カタン。 再びドアが開く。
「 ? あれ ・・・ ギルモア博士。 おでかけですか 」
「 おお 009。 掃除かい、ありがとうよ 」
「 いやあ お世話になってるんですから・・・ 」
「 うむ うむ ・・・ コズミ君となあ ちょいと出てくる。 」
「 はい。 気をつけて 」
「 ありがとうよ。 ああ 君はこの地域の出身じゃったなあ 」
「 はい まあ一応・・・ 」
「 うむ うむ ― この辺りは暮らし易いかの? 」
「 え? ・・・あ〜 そうですねえ 気候は温暖だし
トウキョウに近いけど でも結構のんびりしてる かなあ ・・・
でも なぜです? 」
「 うん・・・ できれば この地を本拠地にしようか と
思ってなあ 」
「 え?? わ〜〜 日本で暮らすんですか ずっと?? 」
「 できれば な。 その件についてコズミ君と
相談しようと思うて・・・
ああ 勿論、故郷に帰りたいものは自由じゃよ 」
「 わ・・・ いいな いいな ぼく この地域で暮らしたいです! 」
「 そうか それは心強いぞ いろいろ頼りにしておるよ 」
「 えへ・・・ なんかウレシイなあ〜〜
博士 いってらっしゃい〜 気をつけて〜〜 」
「 ふふふ それじゃ な。 ああ 晩飯までには戻るよ 」
「 は〜い 」
009は わさわさ・・手を振って 博士を見送った。
ふんふん ふ〜〜〜ん♪
彼は 上機嫌で玄関前から門までの掃除を 続けていった。
― カタン。
料理人は 静かに厨房のドアに手をかけた。
「 ほっほ〜〜 これでええか・・・ 」
満足気に見回すその部屋は シンクは水滴もなくぴかぴか
レンジに調理台も陽の光を反射している。
「 ・・・ ほ ・・・ 漬け込んだ鶏肉も ええお味になるやろ 」
ドアを閉め リビングに入った。
日中は 仲間たちが談笑したり新聞を広げたりしていることがあるが
今は 003が掃除をしているだけだ。
「 フランソワーズはん 掃除 おおきに 」
「 ・・・あ 張さん・・・ ふふ ちょこっとだけよ
片して簡単に掃除機かけただけ・・・ 」
「 ほんでも 気持ちええわなあ〜〜〜 おおきに。 」
「 どういたしまして 」
003は にっこり笑う。
あ は。 ええ笑顔や ・・・
やっと自然に笑いはるようになったなぁ
若い娘はんが 家でうじうじしてたらあかん。
料理人は こそっとため息と吐く。
「 フランソワーズはん お出かけでん してきたらどないやね 」
「 ・・・え 」
「 ウチのことはワテとジェロニモ Jr. はんでやるで。
ぴゅんまはんは コズミ先生の書庫に籠ってるしな 」
「 え でも・・・ 」
「 ええって 遊んできなはれや。 」
「 ・・・ 遊ぶ・・? 」
「 はいな。 ショッピング やら 映画 やらあるやろ。
あ〜 心細いか? 護衛にだれぞつけるかね 」
「 そんな ・・・ ああ でもちょっと散歩にでも
行ってこようかしら
」
「 そりゃええなあ。 天気もええし 行っておいで 」
「 そう? それなら ・・・ ちょっと着替えてくるわね 」
「 ハイハイ ええべべ着ておいでぇな 」
「 うふ・・・ あのね コズミ先生のお嬢さんの服 頂いたの。
着てみようかな 」
「 それ、ええなあ ・・・ はれ? 」
シュ ・・・・ッ ガタ −−−−− ン !
テラスに なにやら落ちてきたらしい。
「 ? なにかしら? 」
「 まさか ・・・ BG? 」
「 え?? 」
彼女が 咄嗟に003の眼と耳を on にしようとした時
へ〜〜い 腹へったぜぇ 〜〜〜〜
ガタン ドン。 テラスからとんでもない大声が聞こえてきた。
「「 002 だ ?? 」」
二人は 顔を見合わせ、とにかくテラスへと急いだ。
「 ふぇ〜〜〜〜 ああ 気分 い〜〜〜 」
赤毛ののっぽは テラスでぶんぶん腕を振っていた。
「 ・・・ 002 どうしたの? 」
「 へ〜い 美人ちゃん☆ ああ? 」
「 002。 わたし ちゃんと名前があるのよ! 」
「 へいへい すんません。 003さんや 」
「 よろしい。 で どうしたの?
なにか あったの?? どこか不具合とか?? 」
「 なんもねえよ〜 」
「 でも 今 ― 落ちてきたでしょう? 」
「 着地したんだ! 」
「 ・・・ なんで着地したのよ? 」
あ〜〜 ・・・ と 彼は赤毛をがりがり掻いた。
「 答えて。 ちゃんと。 」
「 へいへい・・・ アンタと あの変身オジサンが言ってたじゃん?
なんか でっかい家があるってさ 」
「 ・・・ あのお屋敷のこと? 」
「 そ。 オレ様もさ〜 ちょっち見てこ〜〜 って
行ってみたんだけど さ 」
「 ・・・ まさか 飛んでいったの? 」
「 ああ。 この辺りにゃ 人家もねえし わかりゃしねえよ 」
「 でも 」
「 まあまあ ほいで どないやったん? 」
006が 割って入った。
002は のんびりテラスのデッキに寝ころんだ。
「 ああ ・・・ ありゃあ ただの空き家でね〜のか?
あっちこっち探したけど 入れねえ〜〜〜 」
「 入れ ない?? ちゃんと玄関から訪ねてみれば?
不法侵入はダメよ 」
「 へっ こちとら 野次馬だからよ〜〜
んでもって ・・・ ちょいと < 飛んで > みたんだけどよ〜
どの窓も こう・・・びっちりドアみて〜なのが閉じてあって
全然 ヒトの気配はなかったぜ 」
「 ドアみたい? ・・・ ああ フレンチ窓ね。
それって二階の部分のことでしょう? 」
「 いや こう〜 ぐるっと回ってみたんだけどさ
あそこは 空き家だぜ 」
「 そ そんなことって・・・ ! 」
「 ふん ・・・ そやけど グレートはんも行った、言うてたで。 」
「 ええ それに 午前中に アルベルトがあちらの方に
歩いて行ったはず よ ・・・? 」
「 へ え? 誰にも会わなかったぜ?
オッサンがいたら すぐにわかるはずじゃん 」
「 あ お庭にねぇ 温室があるのよ。 多分 アルベルトは
そっちにいるのかもしれないわ 」
「 温室ぅ?? んなもん、あったかなあ〜〜〜
庭っても 草ぼうぼうでよ なんもなかったぜ 」
「 002 場所を間違えたのではなくて?
あの辺りは そんな空き家や空き地がけっこう あったから・・・
あ そうだわ、お庭に片隅には小川が流れてて 」
「 川ぁ??? ・・・ そんなモン あったかなあ? 」
「 だって グレートが見てるのよ? 」
「 そんなら オレ 違うとこ、行ったかなあ 」
「 多分 ね。 ねえ 飛行 はダメよ。
いくら人家が少ないっていっても マズイわ 」
「 へいへい ・・・ へっ な〜んかクタビレ儲けってことかあ 」
「 とにかく人目につく行動はダメよ 」
「 ほっほ〜 ジェットはん、 肉まん 食べはりますか 」
「 わお〜〜 腹減ってんだ〜〜 」
「 すぐに温めるさかい ちょいと待ってぇな 」
「 おうよ あ 003 ナンか変わったこと、あるか? 」
「 べつに ・・・ わたし、出かけてくるわ 」
「 はあん? あ 009は? 」
「 さあ・・・ 」
「 え お前 知らないの、ヤツの居所 」
「 知らないわよ。 わたし 009の番人じゃないもの。 」
「 ほっほ〜〜 ジョーはんは ぴゅんまはんと一緒やで。
コズミ先生の書庫にいてるで 」
「 書庫? ・・・ へっえ〜〜〜 変わったヤツら〜〜 」
「 変わっているのは自分の方でしょ!
張さん ちょっと出かけてきてもいいかしら 」
「 行ってきなはれ〜〜〜 ええ天気やし
あ〜〜っと 002はん? お嬢のガードマンしなはれや 」
「「 え〜〜〜 」」
「 なんやね 二人そろうて 」
「 いや オレよぉ〜〜 腹減って・・・ 」
「 わたし。 < 付き添い > は必要ありません。
知り合いを尋ねるのですし、 わたしは 003 です。
― 行ってきます! 」
パタン。 彼女は 帽子も被らずに出ていってしまった。
「 アイヤ〜〜〜 しもうたあ〜 」
「 なあ ・・・ オレ 腹減って〜〜〜
ナンか残ってねえかなあ〜〜 」
「 あんさんなあ ちゃんと朝ご飯の時間に 来なはれ。
わてら 一緒に暮らしてるのんやから な 」
「 へいへ〜〜い なあ 食うもん ある・・・? 」
「 ・・・ こっち来なはれ。 ウチには腹ペコわん公がおるなあ 」
「 へ? ワンコウ? あ 犬? 拾ったのかよ?? 」
「 はあ ・・・ ええから ちょいと来なはれ
ったく・・・ それにしても グレートはん やら
アルベルトはん、 このごろ外出 多いんやなあ 」
「 なあ〜〜 腹減ったよぉ〜〜 」
「 ハイハイ わかったで。 ちょっと来なはれや! 」
料理人は 腹ペコ・赤毛を キッチンへとずんずん引っ張っていった。
「 ・・・・ ふう ・・・ ああ お日様の光って いいわね〜
ここのお庭も わあ あの黄色い花はなにかしら 」
門には向かわずに 庭に出てみた。
「 ・・・ きれい・・・ 花壇作って お花植えて
できれば実の生る木も植えたいなあ ・・・
あ そうだわ! 裏庭に野菜 植えたって言ってたっけ 」
そのまま 裏に周った。
「 わあ ・・・ 畑ができてる!
あ この草は知ってる・・・ なんとかいうハーブよねえ 」
「 ・・・・? 」
畑の間では 005が熱心に畝を作っていた。
「 005 ・・・ これ ハーブでしょう? 」
「 そっちは ロ―ズマリー だ。 」
「 そうなんだ・・・・ ふうん 葉っぱもいい匂いねえ
あ これは ・・・ わかるわ、パセリね 」
「 ああ。 」
「 ねえ ちょっと齧ってもいい? 」
「 パセリか? かまわん 」
「 ありがと! わたし セロリ とか パセリ、好きなのね 」
「 ハーブ 勢いがいい。 たくさん摘んでくれ 」
「 まあ ありがとう! それじゃ パセリ・・・ いいかしら? 」
「 うむ 」
「 うふふ・・・ 花束とはちょっと違うけど・・・・
パセリとローズマリー を集めて ・・・ こんなかんじ?
ハーブの花束ね 」
「 春の香 贈るか? 」
「 え? あら そうね。 美味しいお茶の御礼にお持ちするわ 」
「 ― グレートもでかけた 彼 外出増えた。」
「 あら そうなの? ん〜〜〜 いいわ。
彼なら話題も豊富だし一緒にお茶したら楽しいと思うわ 」
「 気をつけろ。 」
「 え? あら べつに危険なことはないの。
素敵なお屋敷でね お茶に招待してくださっただけよ 」
「 知り合い か 」
「 ええ 知り合いになったの。 あ じゃあ ちょっと行ってきます 」
「 ・・・・ 」
珍しく 005はじっと彼女を見つめていた ― 裏庭をでてゆくまで。
ツ −−−− ツピツピツピ ・・・
野の鳥たちが 元気よく囀っている。
「 あら 鳥の声 ・・・ ひばり ってどんな声なのかなあ
そうね あの方に伺ってみよう きっとご存知よ 」
フランソワ―ズは 田舎道をのんびりと歩いてゆく。
ふうん ・・・ 若い緑の香り?
・・・ あ ら
時折立ち止まって景色を眺めていたが ― 後方に足音が近づいてくる。
「 ・・・ だれ 」
彼女は 敢えて降り返ったりせず ペースを変えず歩き続けた。
う〜〜〜ん ・・・
後ろはねえ ・・・ 見えない のよ!
そう いかに003の超視覚でも 自分の背中と後ろは見えない。
彼女は最大限に後方に注意を払いつつ < 耳 > を
最大限にパワー・アップした。
ヒト ・・・ いえ この音は機械 ・・・?
! あ この音。 知ってるわ!
「 ・・・・ 」
003は 突然足を止めると ぱっと振り返った。
「 あらあ アルベルト。 散歩? 」
「 ? おう。 上天気につられてな 」
果たして 後ろの人物は 眉を引き上げごく自然に応えてくれた。
「 まあ 偶然。 わたしもなの。
ご一緒しません? 」
「 残念だが。 俺は訪問の約束がある。 」
「 まあ それは残念ですこと。
ねえ わたしよりずっと早く出かけたわよね? 」
「 ああ。 」
「 ここでわたしの後ろを歩いているって 不思議ねえ
ワープしていらしたの? 」
「 ふん ・・・ ちょいとな ヨコハマまで行っていた。 」
「 ヨコハマ?? ショッピング? 」
「 ああ 楽譜を選びに行った。 専門店がある。 」
「 楽譜?? 」
「 そうだ。 上級者用のを頼まれたのさ 」
「 聞いても いい? ― どなたに? 」
「 知り合いの息子さんに頼まれた。 」
「 ・・・その方 どこにお住まいなの。 もしかして ・・・
この先 隣町にも近いところの お屋敷 ・・・? 」
「 どうして知っている? 」
004の声音が す・・・っと低くなる。
「 この先の町外れに 大きなお屋敷があって・・・って
話をしたのは わたし よ? 覚えていない? 」
「 ・・・ そう だった。 お前がちらっと話していて
散歩がてら 行ってみたのさ。 」
「 それで・・・? あの婦人に逢った の ・・? 」
「 いや 直接会ったのは 使用人と思われる年配の女性と
執事らしき男性。 そして ・・・ 少年だ 」
「 少年 ・・・? 」
「 そうだ。 この楽譜の依頼者さ 」
「 ・・・ 誰かがピアノ 弾いてたわ・・・
温室の中でって あのお屋敷の奥様が仰っていたけど。
わたしもピアノの音を聞いたわ。 でもね その弾き手には
会っていないのよ・・・ 」
「 俺は その女主人には ― 会っていない。 」
「 なにか ・・・ ヘンね? 」
「 ふん ・・・ 確かに な。
温室の中には グランド ピアノが二台あってな。
俺も弾かせてもらったが
・・・ この手でも 弾くことができた ・・・ 」
アルベルトは革手袋の右手に 視線を落とす。
「 そう ・・・ それは よかったわ ・・・
その少年は あの邸のご子息なのかしら 」
「 そんなことを言っていた。
こちらで生まれ育って 音楽学校を目指しているそうだ。
温室はうまく改良してあって ピアノ室になっている。 」
「 わたしは薔薇園になっている温室を 案内してもらったの。
その少年は ― 上手? 」
「 ああ かなりいいセンいってるな。
あのまま練習を積んでゆけば 音大も夢じゃない。 」
「 ・・・ わたし 息子さんには会っていないわ 」
「 俺は ― その女主人を見ていない。 」
「 004。 いえ アルベルト。
そのお屋敷の方に行ってみたのは 偶然? 」
「 ― いや。 最初は散歩がてらにぷらぷら行ったが ・・・
そもそもは フランソワーズ、お前の話だ。 」
「 わたしの ・・・ 」
「 そうだ。 薔薇を持って帰ってきた時
ちらりと話していただろう 」
「 薔薇を? ・・・ ああ あの時 ・・・
わたし お花を頂いて嬉しくて 嬉しくて 」
「 ふん 声が弾んでいた。 顔色も よかった。
それで 俺も興味を持ったのさ。 」
「 ・・・ そう ・・・
それで 貴方もあのお屋敷で楽しい時間を過ごした、のね? 」
「 ・・・・ 」
004は 黙って頷いた。 彼はじっと彼自身の手を凝視している。
「 ― あの日 明るい日差しに誘われ散歩に出たんだ。 」
彼は ぼそぼそと話し始めた。
ふうん ・・・? なにか あったの・・・?
常に端的にそして冷静・論理的に話す彼には 珍しいことだ。
フランソワ―ズは 気付かない風で彼の話に耳を傾けた。
ザク ザク ザク −−−
田舎道が舗装のない土の道路に変わり始めていた。
「 ふん これじゃこの先は 雑木林か薮だけ だな 」
004は 足を止めた。
ちょいとばかり興味半分で出てきた散歩なのだが
さすがに すこし後悔していた。
「 こっちの方向ではない か ・・・
ふん まあな 春の光を楽しめただけ いいか 」
足元には 水仙の花が香をはなっている。
「 春が早い。 なんとまあ 穏やかな季節だな ・・・
ここは大人しく戻る か 」
♪ 〜〜〜 ♪♪
ユーターンしようとした刹那 風が音を運んできた。
「 ・・・ ? 」
反射的に 彼は彼自身の聴覚能力を最大限に上げていた。
「 ふん ふ〜〜んふんふん♪ おっと ミス・タッチしたぞ?
・・・ かなりの弾き手だなあ 」
彼の足はごく自然に 音を求めて進み始めていた。
ガサ ゴソ −−−
道を外れ どんどん草地と薮が見える土地に入り込んでいた。
「 ここは ― ただの荒地 か?
いや。 あの音は確実にこちらから聞こえるな おっと・・・」
比較的 大きな薮を潜り抜ける。
「 ふう ・・・ お ・・? 」
前方に きらり、となにかに陽が反射してみえた。
「 あれは ガラス か? 家がある・・・? 」
彼は どんどん 進んでゆく。 ピアノの音は次第 次第にはっきりしてきた。
キ ィ −−−
「 ― どうぞ お入りくださいませ 」
きっちりと黒のお仕着せ姿の老人が ドアを開け彼を招きいれてくれた。
「 あ いや ・・・ 俺は不法侵入で・・・
ピアノの音に誘われてしまったです。 すみません。 」
004は きっちりとアタマを下げると 引き返そうとした。
「 あ どうぞ どうぞ お入りください。
若様のピアノの音をお聴きになったのでしたら ― それが
当家への招待状でございます。 」
「 それは ・・・ 」
「 どうぞ。 こちらは 若様の音楽室です 」
カタン ― 簡単なドアが開かれ そこには ・・・・
春の陽がいっぱいに注ぎ そこかしこにグリーンの鉢が並んでいる。
「 ここは ― サン・ルーム ですか 」
「 はい。 もともとは。 そこを改築いたしまして ・・・
奥をピアノ室にいたしました。 どうぞ 」
「 ありがとう 」
案内され進んでゆくと 和服の老女が現れた。
「 いらっしゃいませ。 どうぞこちらへ 」
「 あ ・・・ 申し訳ない 」
「 どうぞ 若様の演奏をお聴きになってくださいまし。 」
「 は あ 」
カタン ― 奥のドアを開けると・・・
「 ピアノがあったの? 」
「 ああ。 広い空間で 音響効果も素晴らかった。
そこにグランド・ピアノが置いてあった 二台。 」
「 二台 ? 」
「 ふむ。 一台の前に 少年が座っていた。
金色の髪の ・・・ おそらくヨーロピアンだろう。 」
「 それが < 若様 > ?
あの御宅のご子息なのかしら 」
「 恐らく。 彼は少々シャイだったが いい弾き手だった。 」
「 なにか 弾いてくれたの? 」
「 うむ。 モーツァルトとショパンをいくつか ・・・
俺は その技量があれば ベートーベンかリストが弾ける、と
進めたのさ 」
「 ― ああ それで ・・・ 楽譜を? 」
「 そうだ。 彼の家には置いてない、というから 」
「 そうなの ・・・ 」
「 フランソワーズ、 お前も彼の演奏を聞いたのだろう? 」
「 ええ ・・・ でもね そのピアノ室は 知らないの。
お邸の客間でお茶を頂いて ・・・ ずっとどこでも
ピアノの音が聞こえていたけれど ・・・ 」
「 その、お前を招待してくれた女性 ( ひと ) は
自分の息子が弾いている、と言ったのだな? 」
「 ええ ・・・ 温室を音楽室にして・・・って。
でもね わたしが案内してもらったのは
薔薇やらアネモネがいっぱいの花園みたいな温室よ 」
「 ふ・・む・・・? 温室が二棟あるのか 」
「 わからないけど・・・ とても広い庭園のようだったわ
全部を見たわけじゃないけど 」
「 ふむ ・・・? 」
「 吾輩は ピアノの音を聞いておらんのだよ。 」
二人の後ろから 沈んだ声が聞こえた。
「「 ?? グレート ! 」」
春の陽射しの中 りゅうとした背広に身をつつんだ紳士が 立っていた。
― 明るい光のなか 彼の顔色は冴えない。
「 グレート。 貴方、あのお家へ行ったって聞いたけど 」
「 俺より先に出た、と料理人が言ってたぞ 」
ああ ― 二人の問いに彼は黙って頷いた。
「 マドモアゼル。 お主はあの邸を足繁く訪ねておったな 」
「 え ええ・・・ なんかとても居心地がよくて
いつでも来てほしい、と言われて 甘えてしまって 」
「 アルベルト。 ピアノのあるサン・ルームは心地よかったか 」
「 いつまでも弾いていたくなる ずっと音楽に浸っていたい と
思わされてしまう場所だ あの少年の熱意も快いよ 」
そうか。 ― 俳優氏は呻くように返事をした。
「 吾輩もなあ あのご婦人との演劇論が楽しくてなあ ・・・
香たかいお茶を楽しい いつまでも議論していたかった。
また 訪問してほしい、と招待をうけた。 」
そう なのね・・・ そうか ・・・
フランス娘 も 独逸オトコ も 深く深く納得した。
ずっと あの屋敷に心が向いていて
あの場所に 通いたくなって
ずっと 過ごしたくて ― 戻りたく ない。
帰りたくなる場所 いつまでも居たい場所
ここにはもう戻りたくない
現実には ・・・ 戻りたく ない
一番 心地よい空間に 身を置いていたい
ずっと そう いつまでも・・・
それが 彼らの本心、こころからの望みなのだ。
「 ― ねえ? 同じ家 なのかしら ・・・ あのお屋敷 」
「 俺は サン・ルーム しかしらない
ニンゲンも 使用人とあの家の息子 だけだ。 」
「 小川の流れる庭園 ・・・ 見ていないか?
吾輩は ピアノの音を聞いておらんのだ。 」
「 わたし 客間と温室 だけ ・・・
お庭もすこし歩いたけど 小川は ・・・ 見えなかったわ
あ そういえば。 002は 入れなかった・・・って。 」
「 ! ヤツも来たのか 」
「 飛んできたみたい。 でもね どこの窓も閉じていて
中を窺うこともできなかった って 」
「 それ は 」
あの邸は ― いったい・・・?
昼の日中、春の陽射しの中 三人はイヤな冷たさを感じていた。
Last updated : 05,26,2020.
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********** 途中ですが
うわあ〜〜 またまた 終わりませんでした (ノД`)・゜・。
すみません すみません 〜〜〜 <m(__)m>
どうやら あのお話 とは全然ちがう着地点?に
なりそうです〜〜 (*_*;