『 一年生になったら♪ ― (2) ― 』
rrrrrrrr ・・・・! rrrrrr ・・・・・ !
う ・・・・ん ・・・・ あと 5分 ・・・ お願い〜〜
ぱたぱたぱた ・・・・ ぱた ・・・?
白い手が毛布の下から伸びてきて 枕元をさかんに探っている。
「 ・・・ う ・・・ どこ ・・・・ 目覚まし ・・・ うるさい・・・ 」
rrrrrr ・・・! rrrrrr rrrrrr rrrrrrr ・・・!
「 ・・・ う〜ん ・・・ 」
「 あ! ジョー ・・・ 起きてしまった? 」
もぞもぞとリネンの海から亜麻色の頭がやっと起き上がった。
「 ・・・ う ・・・ ん ・・・ 」
「 ・・・ ああ 大丈夫ね ・・・ 」
そう・・・っと覗き込んだ隣のセピアのぼさぼさアタマはそのまま・・・ぱふん、と寝返りを打ってくれた。
「 よかった・・・ ごめんなさいね、ジョー。 うう ・・・お、起きなくちゃ・・・ せ〜〜のっ! 」
― バサ。
フランソワーズは意を決して! 心地よいベッドから脱出した。
「 あ〜ん ・・・ 眠い〜〜 ・・・でも ・・・ お弁当! お弁当 が 4コ 待ってる・・・ううう・・・ 」
くしゅくしゅと眼をこすり、ぼわぼわ欠伸しつつ。
「 ・・・ こういう時に言えばいいのかなあ・・・
え・・・っと。 あ〜とは〜 ゆうき〜だけだぁ〜〜 !! ふわぁ〜〜〜・・・ 」
もう一回盛大に欠伸をして ―
彼女は そうっとそうっと足音を忍ばせ キッチンへ降りていった。
島村家では この四月から毎朝 お弁当を4個、用意しなければならない。
4個・・・かあ。
でも仕方ないわよね。 これもハハの務めだわ・・!
フランソワーズはうんうん・・・と一人で頷きキッチンに入った。
さ・・・っとキッチンのカーテンを払い、窓も大きく開けて空気を入れ替える。
ちょっと冷たいけれど爽やかな風が しゃっきり目覚ましになってくれた。
伸びをして深呼吸して。 きりり・・とエプロンのリボンを結び。
「 う〜〜ん ・・・ 良い気持ち・・・! さあ〜 始めるわ! よし。 」
気合をかけて彼女は 食器棚からお弁当箱を4個! 取り出し 冷蔵庫やら冷凍庫から
食材を取り出し、途中で炊飯器の具合をちら・・・っと確認して 戦闘開始! となった。
ジョーは新婚時代からず〜っと愛妻弁当である。
賑やかなキャラ弁を毎日得々としてオフィスに持参している。
なによりも愛妻の手作りが最高である、と彼は信じて疑わず、ずっしりと量も多めな弁当ライフにご満悦だ。
フランソワーズ自身もお弁当持ちだ。 ほぼ毎朝 都心近くまでレッスンに通い、その後で
ジュニア・クラスの教えがあったりリハーサルがあったり 彼女もかなり忙しい。
こちらは ごくあっさりとパンにチーズやハムを挟み あとはプチ・トマトかリンゴでもあればO.K.
そして。
今日からは 新顔がふたつ。 ― 子供たちの分が増えるのだ。
「 幼稚園の頃とおんなじよね。 ふふふ・・・ちょびっと懐かしいわあ・・・猫ちゃんのお皿みたいな
ちっちゃなお弁当箱だったっけ。 ピンクとブルーの色違いで、先の丸いフォークを入れたわ。
でもあの頃とちがってもうなんでも食べるもの、全然楽勝よね〜〜
そうそう・・・ すばるはどうしてもお野菜がダメだったっけ・・・給食で少しは治ったかな。
えっと・・・ 昨日の晩御飯の残りの煮物と冷凍のフライと・・・ ああ ごはん、ごはん っと・・・ 」
フランソワーズはぱたぱたとキッチンを走り回り 任務 と格闘し始めた。
「「 おじいちゃま〜 お母さん いってきまぁ〜〜す!! 」」
「 うむ、気をつけてな。 」
「 はい、行ってらっしゃい。 」
元気な声を揃えて子供たちは門を出て行った。
フランソワーズは博士と並んで 見送っている。
「 おお ・・・ 二人とも制服がよう似合って・・・
すばるはなかなかりりしいのう。 うん、すぴかも可愛い・・・ 」
「 ほんと ・・・ なんでしたっけ? ああいうの・・・なんとかに衣裳?? 」
「 ああ 馬子にも衣装、じゃよ。 ははは ・・・ そうかもなあ。
うん ・・・ ついこの間真っ赤な顔で生まれてきたと思っておったのに なあ・・・ 」
「 ええ ・・・ あっと言う間に。 大きくなって ・・・」
ひらり、 ひら ひら ・・・・ 散り遅れた桜が二人の肩に舞い落ちる。
・・・ 春が ・・・ 替わりに涙を流してくれているのかしら・・・
ええ わたし。 もう泣かないって 決めたから。
だって・・・ 子供たちが大きくなるのは 嬉しいこと なんだもの ・・・
フランソワーズはそっと手を翳し 二つの愛しい姿を見つめる。
本当につい、この間自分のお腹の中でもごもご動いていた 子供たち。
彼らはこうして 一歩一歩自分達から離れて行く ― それが成長、ということなのだけれど。
・・・ いってらっしゃい ・・・! 素敵な一日を ・・・
ドタドタドタ −−−−!!
玄関用のサンダルが賑やかな音を立てつつ門口まで突進してきた。
「 ・・・ ま、待ってくれ・・・! おお〜〜い お前たち! おお〜〜い・・・! 」
「 ? あら。 ジョー。 どうしたの。 」
ジョーは どたばたと門を駆け抜け 坂道を少し駆け下り ― 叫んだ。
「 おお〜〜い!! すぴか すばる〜〜 しっかりやってこいよ〜〜 !! 」
両手をぶんぶん振り回し、 ジョーは登校してゆく我が子達に呼びかけている。
「 おと〜〜さ〜〜ん !!! いって き まぁ〜〜す!!! 」
坂の下から可愛い声がふたつ、 ちゃんとかえってきた。
「 はああ〜〜 間に合った・・・ 」
「 あらら・・・ 昨夜言ってくれたらちゃんと間に合う時間に起こしたのに・・・ 」
「 え? うん ・・・ でもな、今日くらいは自分で起きて アイツらを見送ってやりたかったのさ。
なにせ中学校 授業初日、だからなあ ・・・ 」
「 ふふふ ・・・ お父さんに送ってもらって喜んでいたじゃない?あら・・・ ジョー・・・パジャマのままよ。 」
「 へ? あ ・・・いっけね。 ははは 着替えるヒマなくてさ。 いやあ・・・・焦った焦った・・・ 」
「 焦りついでに ジョーも出勤の仕度、した方がいいかも よ?
今日は早番だって言ってたでしょ。 」
「 ・・・ あ! いっけねッ ああ、 ねえ 今日も弁当さあ・・・ 」
「 はいはい、ちゃんと出来てますよ。 今日からね あの子たちとお揃い。 」
「 うわ〜〜お♪ 楽しみだなあ・・・って ヤバ! うん、急げ〜〜 」
ドタドタドタ −−−−!
再び玄関用のサンダルは 騒音とともに退場していった。
「 あ〜あ・・・ あんな勢いで履いたらまた壊れちゃうわ・・・ 」
「 ははは・・・ ま、今朝はジョーを起こす手間が省けたじゃないか。 」
「 そうですわね。 さあ わたしも出かける仕度しなくちゃ。 」
「 ああ ・・・ お前も気をつけて行っておいで。 留守は任せておくれ。
ふん ・・・ いい季節になったもんじゃ。 我が家の若芽たちは元気でいいのう・・・ 」
博士は 春たけなわの庭をのんびりと眺めるのだった。
島村さんち の新しい春の朝が始まった。
「 ― こんなの、 やだ。 」
「 ― たりない。 」
からん ・・・ 。
空の弁当箱が シンクの中にちょっぴり乱暴に置かれた。
「 これ。 食器は丁寧に扱わなければだめでしょう? 」
「 ・・・ お弁当箱じゃん。 」
「 そうよ、あなた達のお弁当をいれる食器ですよ。 それにモノを投げてはいけません。 」
「 は〜いはい ・・・ 来週から アタシ、パン買うから。 お金、ちょうだい。 」
「 僕も パンも買うから。 お金ほしいな。 」
「 ・・?? パン・・・って。 だってちゃんとお弁当、作ってあげますよ?
あ・・・御飯じゃなくて パンがいいの? それじゃ御飯の替わりにトーストを持ってゆく? 」
「 違うってば。 このお弁当じゃ やなの、アタシ。 」
「 え・・・ なにが。 だって・・・ すぴかさん、嫌いなものってないでしょう?
幼稚園の頃からなんでも食べて いつだってお弁当箱はキレイにからっぽ、だったでしょ。
お母さん、 すぴかの好きなもの、ちゃ〜んと入れてあげましたよ。
卵焼きにプチ・トマトに・・・ オカズ、毎日違っているでしょ。
・・・・そりゃ晩御飯と一緒のものも入れたけど。 」
「 だ〜か〜ら。 」
すぴかは はあ・・・・っと溜息を吐きもったいぶって ― 言った。
「 ・・・ アタシ。 チューリップのゆでたまご も 顔つきのタコさんウィンナーもいらないから。
御飯に桜デンブでお花、描かなくていいから! 花形ニンジンにホウレン草の海苔巻き、じゃなくていい。 」
「 ・・・ だって ・・・ 好き、でしょ。すぴか・・・ 」
「 アタシ。 中学生だよ。 幼稚園生じゃないもん。 ― だから こんなの やだ。 」
「 ・・・ すぴか ・・・ 」
「 もっとさ。 普通のお弁当にして。 ・・・じゃなかったら アタシ ・・・いらない! 」
「 ・・・ すばる。 すばるも ・・・ あのお弁当じゃ イヤ? 」
母のオロオロした問いに すばるはムスっとしたまま静かに弁当箱をシンクに置いた。
「 僕。 ・・・ 足りない。 」
「 ・・・・ え? 」
「 足りない。 すぴかがパンにするなら 僕にもお金ちょうだい。 僕、パンも買うから。 」
「 パン も ・・・って お弁当の他にパンも食べるってこと? 」
「 ・・・ うん。 」
「「 明日から お願い、お母さん ね! 」」
「 ・・・ え ・・・・ 」
二人は母の返事なんか待つ気もなく、てんでに冷蔵庫を開けコーラやらウーロン茶を取り出している。
「 ちょ・・・ちょっと! あなた達! オヤツなら ほら ・・・テーブルに出してありますよ。
オーツ・ビスケットとミルク・ティよ。 好きでしょ、二人とも。 」
「 う〜ん ・・・ アタシ、お煎餅がいい! コズミのおじいちゃまから頂いたあのかった〜〜いの!
あれって・・・パントリーに置いてあったよね。 あ あった♪ 」
「 ・・・ このパン、食べていい? あ チーズとハムも! ・・・ 」
「 え ・・・ ええ ・・・・ 」
子供たちはさっさと勝手に食べたいモノを取り出すとリビングに行ってTVをつけている。
小さい頃大好物だったオヤツには見向きもしない。
「 ・・・せっかく焼いたのに。 それもレーズン入りなのよ ・・・ 」
母は一人で 手作りのビスケットを齧る。
ぽりり ・・・ ふんわりバニラの香りとミルクとお砂糖の優しい味が口中に広がる。
これは紛れもなく島村家の味なのだ。 子供たちはこの味で育ってきた。 それなのに ―
「 ずっとずっと大好きって言ってたじゃない。 こんなに美味しいのに ・・・ 」
溜息をつきつつ彼女はぬるくなったミルク・ティも飲んでしまった。 二杯分、はさすがに多かったけれど・・・。
「 あ〜あ ・・・ お弁当もオヤツも。 ウチの味はもうイヤなのかしら・・・
あら? あなた達!? ちゃんと宿題はやったの?? TVばっかり見てないで!! 」
彼女は伸び上がって リビングのTVにへばりついている子供たちに声をかけた。
「「 宿題 な〜いも〜ん! 」」
「 ・・・だったら! 明日の予習、しなさい。 もう中学生でしょ! 」
「「 ・・・ 今 やろうと思ってたのにィ〜〜 」」
「 なら、 すぐにやる! ほらほら ・・・TV,消しますよッ ! もう〜〜 」
母は ついにキレてつかつかとリビングに突進していった。
「 ・・・ なんだかねえ・・・ 急に一足飛びにオトナになっちゃったみたいで・・・ 」
フランソワーズはドレッサーの前でしょんぼりしている。
鏡の中には ヘア・ブラシを持ったままの素顔がぼんやり顔が映っている。
・・・ あら やだ。 こんなトコに・・・小皺?? うそぉ・・・
そうよねえ・・・ わたし、中学生のハハなんですもの
もう ・・・ おばちゃん だわ・・・
ああ ちゃんとケアしておかくなくちゃ・・・
はあ・・・ こっそり溜息をつき、彼女はクリームの瓶を手に取った。
「 なんだい、どうしたのかい。 」
「 ・・・ え? ううん・・・ わたしもオバチャンになったなあ〜って思って。 」
「 え?? なんで? 」
ジョーはベッドで雑誌を捲っていたが 顔をあげ彼の細君をじっと見つめた。
「 だって。 二人の子持ちで・・・ その子達は お子ちゃまお弁当はイヤだっていうし・・・ 」
「 あはは・・・まだ拘っているのかい。 」
「 え・・・ だって ・・・ショックだったんですもの。 」
「 気にするなよ。 別にアイツらはきみの弁当がマズイとか食べたくないとか言ったわけじゃないだろ。 」
「 それは ・・・ そうだけど。 」
すぴかとすばるの お弁当騒ぎ は。 結局ジョーが <調停> してくれた。
彼が遅くに帰宅して晩御飯を食べている時に 子供達が ≪ 明日はパンを買うからお金ちょうだい ≫
と言ってきたのだ。
「 ・・・ パン? お昼に、かい。 」
「「 うん。 」」
「 お昼は ・・・お弁当だろう? お母さんが毎朝ちゃんと作ってくれるじゃないか。 」
「「 だって ― 」」
双子は母に言ったのと同じことを繰り返し ― 父の頬が 一瞬 ぴくり、と強張った。
・・・ あ。 怒ってる・・・!
あら 〜〜 これは ・・・ 雷警報 かもねえ・・・
フランソワーズは 彼の隣でひそかに肩をすくめ・・・心理的耳栓 を用意した。
― 結局。
父は静かなる爆弾を落とし ― お母さんのお弁当を いらない なんてとんでもない!
毎朝 早起きてして一生懸命作ってくれて 世界にたった一つしかないんだぞ!
それでも 一応子供達の<抗議>にも耳を傾け・・・
娘の言い分も 一部認めてやり ― それじゃ ごく普通のおかずを入れてもらいなさい。
息子の言い分もとりなしてくれて ― あ〜 やたら腹、減るもんな。 ドカ弁をお願いしなさい。
そして ・・・
双子の姉弟は神妙な顔で <おねがいします> を母に言ったあと ・・・
「「 お休みなさ〜い! お父さん お休み〜〜 お母さん お休み〜〜 」」
いつもの如く 賑やかにベッド・ルームに引き上げていった。
「 ・・・ジョー。 ありがとう・・・! さすがお父さんね♪ 」
「 うん? いやあ・・・ へへへ ぼくもちょっと大人気なかったかな。
せっかく作ってもらっている弁当をいらない、なんて ・・・ぼくとしては許せないから。 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 ごめん、ちょっと感情的に怒っちゃったかも・・・ な。 反省〜〜! 」
「 そんなこと・・・! わたし ・・・すごく嬉しかったもの。
あ ・・・ でも、あの。 ジョーは ・・・ あんなお弁当・・やっぱり ・・・いや? 」
「 あんなお弁当? 」
「 そう。 あの ・・・ すぴか達のお弁当はジョーのと同じなのよ、ただ量が少ないだけで・・・
だから ・・・ その つまり・・・ああいうおかずは ジョーもイヤなのかなって・・・ 」
「 ・・・ ああ ・・・ 」
ジョーはくす・・・っと笑うと ベッドから身を乗り出し、彼の細君の腕を引いた。
「 タコさんウィンナー とか チューリップのゆで卵 とか?
顔のついたプチ・トマトやら アイシテル・・・ってフリカケ文字の御飯とか? 」
「 ・・・そ そうよ・・・ 」
「 ぼくは ― なあ、こっち、おいで・・・ 」
「 あん ・・・ まだ顔のマッサージ 終ってないのよ 」
「 そんなこと、しなくていいよ。 きみはいつだってキレイじゃないか。 」
「 だから・・・もうオバサンなんだって言ったでしょう? ちゃんとお手入れしないと・・・ 」
「 じゃ ・・・ ぼくがお手入れしてあげる♪ ・・・ほら ・・・ 」
「 ・・・ あ ・・・ ん ・・・ 」
ジョーは実にたくみに するり、と彼の細君の身体をベッドに引き込んでしまった。
「 ぼくは。 きみが作ってくれたものならばなんだって最高の御馳走さ♪
ぼくだけのための弁当なんて この世で最高の料理だもの、キャラ弁、大歓迎。
それで ・・・ この美味しいデザートも もっと歓迎〜〜 」
「 ・・・ きゃ ・・・ もう ・・・ あ ・・・ 」
ジョーは手馴れた様子でにこにこしつつネグリジェの前を開くと 彼だけの果実をしっかりと味わう。
「 ・・・ んんん ・・・ 言ったろ? ここは・・・ ぼくの、ぼくだけの指定席だ、って。
アイツらにはほんのちょこっと ・・・貸してやっていただけ、さ。 ふうん ・・・♪ 」
「 ・・・ もう ・・・ 本当に ・・・ 困ったひと・・・・ あ・・・ん・・・
それじゃ明日も ・・・ クマさんのお顔のはんばーぐ とか はあとマークが付いた御飯 で
宜しいのですね? あ ・・・だめ・・・そこ ・・・ 」
「 ・・・ はい、何でも♪ とりあえず ・・・ 今はこちらをイタダキマス♪ 」
「 ・・・・ ! ・・・・ く ・・・ ぅ ・・・ 」
春の夜、夫婦の寝室はまったりと熱い空気でいっぱいになった・・・
季節の巡りと共に学校の暦もどんどん進んでゆき、子供たちもなかなか忙しい日々を送り始めた。
さすがに小学生時代とはちがって 二人とも帰りは遅くなってくる。
母の方が一足先に帰宅することも多くなり、フランソワーズはちょっとだけほっとしていた。
やっぱり おかえりなさい ってちゃんと言ってあげたいもの。
お顔を見て 元気に帰ってきたな・・・って思いたいの・・・
くたくたになって帰宅して ・・・ はあ〜〜・・・と溜息で座り込みたくても。
島村さんち のお母さんは笑顔で子供達に言うのだ ―
おかえりなさい!!
「 た〜だいま〜〜 オヤツ〜〜 お母さん、オヤツ〜〜 」
「 はい、 お帰りなさい。 まず手を洗って! ああ、ついでに洗濯もの、出しておいて! 」
どたどた元気な足音と一緒にすぴかがリビングに顔を出した。
あ・・・ あ・・・ 中学生になってもまだ寄道してるの?
一応制服は着てるけど ・・・ ブラウスはくしゃくしゃだし・・・
「 ね〜 お母さ〜〜ん アタシ、 お腹すいた〜〜 オヤツ! 」
「 もうすぐ晩御飯ですよ。 ちょっとガマンしなさい。 」
「 え〜〜 ねえねえ、なんか ない? あ! お煎餅は? ほら、コズミのおじいちゃまの。 」
「 あれはとっくにすぴかがぜ〜〜んぶ食べてしまったでしょう? しょうがないわねえ・・・
ティータイム用に マドレーヌを焼いたけど・・・ 食べる? 」
「 ・・・ まどれーぬ、かあ・・・・甘い? 」
「 一応 甘さ控え目。 」
「 ・・・じゃ それでいいや! アタシ、手、洗って着替えてくるから 出しておいてね〜〜 」
「 はいはい。 用意しておきますよ。 ・・・ もう〜〜お下げもくちゃくちゃじゃないの。
それに なんだか汗臭いわねえ・・・ もうそんなに暑いかしら・・・ 」
フランソワーズは溜息つきつつ・・・エプロンを手にキッチンに向かった。
「 え・・・かりにゅうぶ? なあに、それ。 」
「 部活だよ。 ホンチャンに決める前にね <体験参加> ってヤツ。 」
すぴかは もぐもぐマドレーヌでお口をいっぱいにしている。
「 ああ ・・・ トライアルね? ふうん・・・ それですぴかさんはどこに かりにゅうぶ したの?
説明会の時に聞いたけど。 Y中は部活が盛んなんでしょ。 」
「 うん! あ・・・ お茶、欲しい〜〜 にが〜い日本茶、淹れて お母さん。 」
「 はいはい ・・・ ねえ。 マドレーヌにマヨネーズ、塗らないでくれる? 」
「 え〜〜 いいじゃん♪ こうするとあんまし甘くないし。 あ♪ カラシも塗ってみようかな〜 」
「 カラシ?! もう 〜〜 ・・・せっかくレモンやオレンジのピールを刻んで入れたのに・・・
おじいちゃまは ロシアン・ティと一緒に美味しい美味しいって食べてくださったわ・・・ 」
「 ろしあん・てぃ〜〜〜 マジっすかぁ〜〜 」
「 これ、すぴかさん! 」
「 は〜いはいはい・・・・ アタシは苦い日本茶でいいも〜ん。 も〜〜お腹 ぺこぺこ〜
お母さん 今晩の御飯、なに?? 」
「 ・・・ あなた達の好きなハンバーグ! お肉の特売だったからいつもより大きいの作ったわ。 」
「 やったぜ♪ ね、ね! 明日のお弁当にも入れてね! 特大はんば〜ぐ♪ 」
「 はいはい。 ねえ、 それですぴかさん、部活は何にするの?
華道部 とか 茶道部 とか? そうそう 文芸部、なんてのもあったわよね。
すぴかさん、作文 好きだしお得意だからぴったりかも。 あら、それとも合唱部も素敵ね? 」
フランソワーズは ぱくぱくマドレーヌを ( ・・・ マヨネーズつき ) を頬張っている娘を
ちょっとばかりうっとり・・・眺めている。
いいわねえ ・・・ お下げに制服・・・ 青春♪ ってカンジ。
やっぱり中学生ね、 ちょっぴりオトナっぽくなってきた・・・かしら。
文芸部で 詩とか書いたり ・・・ 秋の日の ヴィオロンの・・・なんて♪
窓辺に立つ 乙女がひとり。 白い頬には青葉の陰が落ちて・・・
う〜ん 素敵♪
あ・・・! でも合唱部もいいわね!
透明なソプラノで ア〜〜ヴェ マリ〜〜〜ア〜〜〜・・・なんて♪
放課後に聞こえてくる天使の声・・・ いいわあ ・・・
ふふふ・・・上級生の男子からラブ・レターとか来たりして・・・
お母さん、 こんなの、貰っちゃった ・・・どうしたらいい?
すぴか、 この方のこと どう思うの? ・・・ 好き?
え ・・・・ そんなこと・・・わからないわ アタシ ・・・
お母さんには正直に言ってね? すぴか。
あの あのね、 お母さん、アタシ ・・・
な〜んてこっそりお喋りしてると
だめだ、許さん! そんな手紙、お父さんが焼き捨てる!
な〜〜んて ジョーが真っ赤になって怒って・・・ ふふふふ・・・
「 ・・・さん? お母さん・・・? もしも〜し・・・ 大丈夫ですかあ〜〜 」
お母さんはねえ・・・ 大丈夫 ・・? って え???
「 ・・・ あ ・・・? 」
気が付けば 目の前で彼女と同じ色の瞳が じ〜〜〜っと見つめている。
「 お母さんってば! なにが 好き・・・? なの? 焼き捨てる!ってなに。 」
「 あ・・・い、いいいえ なんでもないの。 あの・・・そう、ちょっと思い出してただけ・・・ 」
「 ふうん・・・ ならいいけど。 お母さんってばこの頃ちょっとヘンだよお? 」
「 あ・・・あら、 そう? ちょっと・・・ほら、春だから ぼんやりしちゃって・・・
ねえ、ねえそれよりも。 すぴかさんは何部に入る予定なの? 」
「 アタシ バスケ! 」
「 ・・・ ば ・・・すけ ? あ ああ もしかして ・・・ バスケット・ぼーる? 」
「 そ! アタシさ、 ソシツあるって♪ 先輩もコーチも!
それでね、アタシ! お母さんだけに教えたげるね! 固い決心なんだ、これ。 」
うんうん・・・とすぴかは大真面目で頷いている。
「 ねえ? ばすけっと・ぼーる って 男子がやるものじゃないの? 」
「 お母さん〜〜〜 イマドキなに、言ってるの??
アタシね! 4番狙ってるんだ! 断然4番なの、指令塔、狙うんだ。 」
「 ・・・ えええ??? 」
な、なんで すぴかが 4を・・・ あ、アルベルトを 狙う の???
そりゃ・・・・彼はミッションの時には 指令塔 だけど。
・・・ でも! ジョーの方がカッコいいじゃない!
フランソワーズはひたすら娘の発言に驚愕し 固まっている。
4番・・・! 4番を狙う・・・?? ですって・・??
「 あ・・・ そ、そうなの? あの ・・・ すぴか、 9 ・・・ 9番 はだめ? 」
「 え〜〜 9ぅ〜? ダメだよ、カッコ悪いもん。 アタシは断然 4!
目指せ〜〜〜 4 ♪ 憧れの 4♪♪ あとは勇気だけだァッ ! 」
「 ・・・ 憧れの ・・・ 4 ・・? 」
・・・ 9 は カッコ悪い、の ・・・ ???
「 お母さん、これって。 ナイショだからね! お父さんにも言わないでね! 」
「 え ええ ・・・ ( 言えないわ・・・ 9 がカッコ悪いなんて・・・ ) 」
フランソワーズはしばし呆然と 娘の張り切り顔を眺めていた。
今時の若いコには ・・・ アルベルトみたいなヒトが理想なのかしら・・・
そりゃ ・・。 彼のかっこよさは認めるわ。
わたしだって その・・・あの時とか ・・・ この時には ステキだなあ〜って・・・
い いえ! それはね、昔のハナシ。
そりゃ ・・・ 心の傷を隠したニヒルな三十路って魅力的よね ・・・
え !? で でも ・・・ でも〜〜 ヒーローはジョーだと思うのよね!
やっぱり 9! が ヒーローなのよ・・・!
・・・ ちがうのかしら・・・・
子供たちが 彼らサイボーグ達のコード・ナンバーを知るわけはないのだが・・・・
彼女の頭からは そんなことはキレイさっぱり抜け落ちている。
4 ねえ・・・ わたしの娘の理想は あの彼、なのかしら・・・
母のフクザツな眼差しなどてんで気にせず すぴかはマヨネーズつきのマドレーヌを全部平らげた!
「 あ〜〜〜美味しかった。 あれ それ、なに? お手紙? 」
オヤツを食べ終えご満悦のすぴかは 母の手元に目をやった。
ダイニング・テーブルの上に なにやら手書きの原稿らしきものが散らばっている。
「 え? ああ ・・・これ? ううん、お手紙じゃないわ。 保護者会で使うの。
きちんとした日本語を書くって難しいなあ〜って思って。 」
「 え〜〜 お母さん、ちゃんとお話してるじゃん? 保護者会だってもナントカ委員なんでしょ。 」
「 そう ・・・ そうなんだけどね 〜〜 それで困っているのよ。 」
ふは〜〜 ・・・・・
珍しく 母は娘の前で弱音を吐いた。
「 へえ? お母さんでも 困るなんてこと あるんだ? 」
「 ありますよ! 本当にどうしようかしら・・・
あ! そうだわ。 すぴかに頼んじゃおうかな・・・ お父さんは遅いし・・・ 」
「 え・・・ もしかしてお使い? アタシ ・・・ 今日はさ〜もう足がさ〜 くたくたでさ〜
一年は まだ走りこみとダッシュの練習ばっかなんだ。 やっとパスの練習、始まったけどさあ
だから〜 アタシ、お家の前のあの坂 ・・・ もう登りたくないんだけどなア〜〜 」
「 あら、お使いじゃないわよ。 あの、ね・・・ 」
母はテーブルから紙を拾い集め、ちろ・・・っと娘の顔を見た。
「 ねえ、すぴか。 お願いがあるの。 これ・・・ お母さんが書いたのだけど。
読んでみて? 日本語のチェック、して欲しいのよ。 」
「 いいけど。 これ・・・・ なに? 」
「 あの・・・保護者会で配る <こうほう> の原稿なの。 」
「 へえ?? お母さんってば広報委員なの?? すご〜いね〜 勇気あるね〜 」
「 すごくなんかないわよ。 だ〜〜れも引き受けるヒトがいなくて。
し〜〜んとしててね。 もうしょうもなくて やります! って言っちゃったの。 」
「 ・・・ あちゃ〜 お母さんってば・・・ 広報ってなにするかわかってる? 」
「 ・・・なにか お知らせ とか作るのでしょう? 」
「 う ・・・ ま、まあ それもあるけど・・・ 他のお母様方は? 」
「 ええ、 お母さんが手を挙げたらね、・・・ 他のお母さま方が 急ににこにこして・・・
外国の方からの視点も 面白くていいのじゃありません? なんて言って・・・ 即、決まり。 」
「 ・・・ ふうん ・・・ 墓穴、掘ったねえ、お母さんってば・・・ 」
「 ??? バケツ?? どうして バケツを掘るの?? 」
「 あ・・・こっちのこと。 それで これが原稿? ふうん・・・ 手書きなの?
へえ・・・ うん、いいよ。 貸して。 ・・・ うん??? 」
すぴかは母から原稿を受け取り う〜ん?? とかなり真剣な顔で読み進み始めた。
実はこの原稿 ― かなりの苦心の作なのだ。
書きたいな、と思うことはあるのだが ・・・ フランソワーズは日本語の表記に自信がなかった。
この地に暮らし始めて もう15年近く ・・・ とっくに自動翻訳機はお蔵入り、だ。
なにせ 彼女の夫も 子供たちも。 見かけはどうあれ中身はぱりぱりの<日本人>。
一応 英仏両国の新聞は取っているけれど、日常会話は当然 日本語で読み書きも日本語。
いちいち自動翻訳機を稼働させているヒマなんかない。
そして ― 習うより慣れろ、だった・・・
読むことにもかなり慣れたけれど、 それでも 書く のは今だに苦手だった。
・・・ こっそり自動翻訳機、使ったのよね。
ちゃんと稼働するかどうか 確かめたかったし・・・ 大丈夫 よね??
ちょっと時間が掛かったけど、ちゃんと稼働したし。
ああ でも今度博士にちょっと油でも注しておいて頂こうかしら・・・
いざって時に もたもたするわけには行かないもの。
00ナンバー達の 公用語 は英語だ。
もっとも重大なミッションの時にはほとんど脳波通信を使う。 そのほうが誤謬が少ないからだ。
しかし ごく普通の日常で この崖っぷちのギルモア邸では当然全員が 日本語 である。
彼女は じ〜〜っと娘の顔を窺っている。
なんだか眉間にシワを寄せ ― 可愛いお口を真一文字に結んでとても集中してる ・・・らしい。
あら。 このコの こんな顔 ・・・・ ちょっとジョーに似てるわよね?
そうそう、 そういえば小学生の時、ジョーの編集部に <見学> にいって
面白かった〜〜 って喜んでいたっけ。
将来は・・・そうねえ〜〜 小説家 とか エッセイスト なんてのも素敵♪
亜麻色の髪のエッセイスト♪ とか言われて・・・ ファッション誌に連載コラムなんて♪
きゃ ・・・ いいわねえ〜〜
< 私がこの道に入ったのは 父の影響が大きいのです。
父は 娘の目から見てもとても素敵なヒトでした。 母も弟も父が大好きで・・・
父は いつだって家族のヒーローでした >
な〜〜んて <家族の肖像> とか 言って 〜〜人気連載で♪♪
< そんな父は 母をなによりも大切にしていました。
父の微笑みは 家族全員を幸せな気分にさせる不思議なパワーがあったのです。 >
ふふふ〜〜 そうよ、素敵なイラスト ・・・とか付いてるのね〜〜
by Supica Shimamura ・・・ なんて 〜〜♪♪
・・・ いいわねえ ・・・・ うん、素敵 ・・・
本になったりして。 シンプルなデザインで ・・・ そうね、ボルドー色の表紙がいいかな・・・
後書き にはね ・・・ いつもいつも素敵なお父さんへ ・・・ とか♪
「 ・・・ お母さん? どうしたの? また具合、悪いの? お顔、真っ赤だよ? 」
「 ― 今でも セピアの瞳が私を見守ってくれていると ・・・ え? あ ・・・ 」
「 お母さんってば〜〜 ねえ、このごろほっんと〜にヘンだよ?? 大丈夫? 」
「 あ・・・え、ええ 大丈夫・・・ ちょっと考え事、してただけよ。
ねえ それで ・・・ どう? これで ちゃんと日本語? 」
フランソワーズは どきどきしつつ娘の顔を見つめた。
「 お母さん。 これ・・・ 翻訳した? 」
「 え ? ええ。 お母さん、自信がないからまずね、フランス語で書くこと、考えて。
それから・・・ 日本語に翻訳したのよ。 ・・・ いけなかったかしら・・・ 」
「 それはいいよ。 で、さ。 なに、使ったの? 」
「 なに って。 え、え〜と ・・・ あ ・・・あのぅ・・・で、電子辞書・・・ かな。
( そうよね! 自動翻訳機って つまりは超小型電子辞書、よね! ) 」
「 へええ?? それ、どこの?? ひっで〜〜バージョンが古くない?
イマドキ こ〜んな日本語、誰も使わないよ? 」
「 ・・・ え。 」
「 コズミのおじいちゃまだってさ、こんな風にお話、しないじゃん。
うちのおじいちゃまも 普通にテレビなんかと同じ風にお話してるし。 」
「 あ ・・・ ああ そうねえ・・・
でもね、紙に書くときはちがうのかなあ、って思ったの。 」
「 お母さん! 紙に書く言葉と おしゃべりのと、あんましかわんないって。
フランス語だってそうでしょ? 」
「 ・・・そう かも・・・しれないわ。 ( ・・・ 今は そうなの?? ) 」
「 だからさ、普通にお話するみたく、書けば? 多分お父さんだってそう言うよ。 」
「 ・・・ はい。 わかりました。 」
「 もっかい 書き直したほうがいいと思うな〜〜 アタシ的には。 」
「 はい そうします・・・ 」
フランソワーズは 娘の忠告を素直に聞き入れこっくり 頷いた。
・・・ やっぱり・・・! 自動翻訳機のバージョンアップ、 必須だわ!
そう ・・・ 40年、いやもう50年以上前の BG版最新言語モジュール は。
現在では時代遅れも甚だしい、過去の遺物になっていたのだ・・・!
「 ありがとう、すぴか。 ・・・あら? すばる・・・・まだよねえ。 遅いわね。 」
「 ああ すばるのとこ、今日、練習日だから。 」
「 練習日? あら、すばるはどの部に かりにゅうぶ したの? 」
「 ・・・ 直接 聞いたら。 もうすぐ、帰ってくるし。 」
「 教えてよ、すぴかさん。 この頃、すばるってばムス・・・っとしてることが多いんですもの。
あんまりお母さんにお話、してくれないのよ。 」
「 そう? アイツ、いつもと同じだよ あ ・・・ 帰ってきたよ〜 」
「 えええ?? そう?? ご門の開く音、聞こえた?? 」
「 ううん まだ。 でもなんかそんな気がする。 ・・・あ、ほら。 」
ばった〜・・・ん ! 玄関のドアが勢いよく開いた。
「 ただいまア〜〜 お腹すいた ! 」
フランソワーズの息子・すばる君がご帰還になった。
「 部活? 僕、 弓道部 」
「 きゅうどうぶ? 」
母の問いに 息子はごく簡潔に答え、すぐに目の前の食事に熱中した。
母の おかえりなさい!! の愛のこもった声にも
< んん。 なんかない? 腹減った〜〜 > がムスコのお返事だった。
ダンダン ドタドタ階段を登って部屋に鞄を放り込み ・・・ バスルーム経由でリビングに飛び込んで・・・
「 なんかない? 」
「 ・・・ もうすぐ晩御飯よ。 ちょっとガマンしたら。 」
「 え〜〜 ねえねえ なんか喰うもん、ない〜〜?? あ、この前のオーツ・ビスケットでもいいや。 」
「 ・・・ 喰う じゃなくて、 食べる でしょ。
あのビスケットはお父さんが全部食べてくれました。 すぴかやすばるは嫌いなのかな、って。 」
「 ちぇ〜〜 じゃあ早く晩御飯!! 今晩のおかず、なに。 」
「 ハンバーグ。 特大版。 それじゃ 手伝って頂戴。 すぴかさん?あなたもお手伝いして。 」
「「 は〜い ・・・ 」」
腹ペコ姉弟は珍しくすぐに返事をしてキッチンに飛んできた。
「 大きなお皿、出して。 すぴか、サラダを分けてサラダ・ボウルに盛り付けて頂戴。
すばる、おじいちゃまをお呼びして。 ちゃんとお部屋から出ていらっしゃるまで呼ぶのよ?
・・・ こら! つまみ食いしない〜〜 ああ ダメダメ! それはお父さんの! 」
母の小言の合間にも あっという間に晩御飯は仕上がり、皆でテーブルに着いた。
「「「「 いただきます! 」」」」
あとは ― もくもくと箸が動くのみ ・・・!
「 ほう・・・ このサラダは美味しいのう。 この葉はなにかな。 」
「 あの・・・ ニンジンの葉っぱなんです、 ウチの温室のベビー・キャロットの・・・・
あんまり瑞々しいので捨てちゃうの勿体無いな・・・って思って。 お口に合いました? 」
「 うんうん ・・・ 柔らかいが歯応えも適度にあるな、青春の味、かな。 」
「 まあ 博士っていつでもロマンチックなんですね。 ああ ・・・ウチの青春たちは・・・ 」
「 んん? ははは・・・まあ、こんなものさ。 ワカモノは食い気100%じゃな。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
はあ〜〜 ・・・っとこの家の主婦は溜息をつく。
工夫したサラダや 味付けにも心を配ったハンバーグは なんの感想ももらえないまま あっという間に
二つの旺盛な胃袋の中に消えてしまった。
いいけど。 皆食欲もあって 結構なことだけど・・・
・・・ これ 美味しい〜〜 お母さん、 またつくって〜〜 くらい言ってよ!
あ そうだわ、すばるの部活・・・
母の問いかけに < きゅうどうぶ >
それだけ言って、彼女の息子はまた黙々と食事に没頭している。
「 きゅうどう ・・・ ってなあに。 」
「 ゆみ だよ。 」
「 ゆみ? 」
「 ゆみ。 」
語尾が下がった母の発音を すばるはぼそ・・・っと語尾上がりに訂正し、すぐにまた食事に熱中した。
「 ・・・ ゆみ ・・・? 博士 ・・・ なんでしょう? 」
「 うん? ・・・ ああ 弓か。 アーチェリー・・・とは違うが日本の古来からある武道の一つではないか。
きゅうどう ・・・ とはこう書くのじゃろうよ。 」
博士はテーブルの上に 指で漢字を書いてくれた。
「 武道!? まあ・・・ そんなことをすばるが ねえ・・・ ふうん・・・ 」
母は 少々感心して黙々とお皿を空っぽにしている息子を眺めていた。
およそ暴れまわる・・・ということからは縁遠い彼なのだが やはり母としては男の子らしく
サッカー とか 野球 に熱中してほしい。
へえ ・・・ ? 運動系は キライなのかと思ってたけど・・・
ゆみ・・・ って。 ああ あの! キューピッドが持っているみたいヤツね。
え・・・ でも男の子が キューピッド???
あんな 短い服とか・・・着るのかしら???
<ゆみ> についての母の認識は ― ごく ごく 表面的なことだけ、だった・・・
( 注 : フランお母さんは 『 ドン・キホーテ 』 の<夢の場>に出てくる キューピッドの踊り を
連想! くるくる金髪で短いベビードールみたいな衣裳で小弓を持って踊る )
「 ・・・ ふうん ・・・? 」
ジョーは微かに眉根を寄せて 読んでいる。
「 あの ・・・ 」
フランソワーズはじ〜〜っと夫の顔を見つめ、声をかけようとしたがすぐにやめた。
遅くに帰宅したジョーに 彼女は書き直した広報用の原稿を差し出した。
「 ジョー。 ううん、島村さん。 編集者としてチェックしてください。 」
「 なんだい? 保護者会の広報? ふうん どれどれ ・・・? 」
彼は ネクタイを緩めるとソファに腰を落ち着け早速目を通し始めた。
・・・ 恐い ・・・ ジョーのこんな顔って もしかして初めて見るかも・・・
厳しい けど。 けど・・・ 素敵 ・・・♪
そうよ、これが仕事に生きるオトコの顔、 なんだわ〜〜
ああ〜〜 子供たちに見せてやりたい!
すぴか すばる! あなた達のお父さんはこんなに素敵なのよ♪
・・・ はああ ・・・ す て き ・・・ ♪
ふふふ・・・・ アルヌール君! 書き直し! とか原稿が飛んできたりして・・・
え ・・・ 島村編集長 〜〜 どこがいけないのでしょうか・・・・
それは 自分で考えるんだな。 締め切りは明日朝一番だ。 厳守だぞ。
・・・ はい ・・・ なんて わたし、一人で残業してるのよ 泣いてるかも ・・・・すると
おやおや・・・まだ苦心しているのかい?
??? へ、編集長 ・・・ もうとっくに帰宅なさったのじゃ・・・
部員を ― いや ・・・ 君を置いて帰れるかよ。
・・・ え ・・・あ あら・・・
きゃあ〜〜〜 おふぃす・らぶ っていうのよね♪ きゃ・・・♪
・・・ ああ このプロフィール・・・たまんない・・・♪
島村夫人はひたすら ・・・ ほれぼれと夫君の顔を眺めていた。
― ぱさり。 原稿用の草稿がテーブルに置かれた。
「 ・・・ あ ・・・ あの? 」
おずおずと見上げた碧い瞳に セピアの目がほんのり笑ってくれた。
「 ・・・ うん、きみの書きたいことはわかった。 なかなかユニークな視点で面白いよ。 」
「 まあ そう?? 嬉しいわ〜〜 苦心したのよ、わたし。 」
「 うん。 でも。 これは広報委員の原稿としては使えない。 」
「 え・・・ どうして? わたし ・・・ 字、間違えてる? 」
「 いや。 そういうことじゃなくて。 これじゃ さ、中学生の、すぴか達のメールのノリだよ。 」
「 ・・・ メール・・・ 」
「 そうだ。 大人の、いや、普通の社会ではやっぱり書き言葉と話し言葉は違うんだ。
これの前に書いたのは? ・・・ ああ こっちか。 え ・・・ 」
「 ・・・ あのう。 すぴかが ひっで〜古いバージョン! って ・・・ 」
「 もしかして 使ったのかい? ・・・自動翻訳機。 」
「 ええ そうなの。 わたしに搭載されているのは ・・・ ジョーのよりもずっと旧型だから・・・
こんな風な日本語は使わないって・・・すぴかが・・・ 」
「 あは・・・ そうだなあ。 でも全然間違いってわけじゃないんだ。
ほら ・・・ こうやって言い換えてみればいいのさ、 たとえばね・・・」
ジョーは 彼女の最初の草稿にさらさらと朱書きを入れ始めた。
・・・・ やっぱり♪ ジョーって ・・・素敵♪♪
防護服じゃなくても。 スーパーガンを構えてなくても。
ジョーは 009は♪ やっぱりわたしのヒーローだわ♪
わたしって。 もしかして 最高〜〜にシアワセなオンナかも♪
日頃 リビングでぼ〜〜っとTVを眺めている夫とは別人 ・・・ にみえる。
今の彼は フランソワーズがよ〜く知っている ジョー でもなく 009 でもなく。
社会でしっかりと仕事をしている 島村氏 の顔をしていた。
「 ・・・ な? こんな風に考えてごらんよ。 きみ、いい発想しているもの。 」
「 え ・・・ そ、そう? わたしの原稿、使えるかしら。 」
「 ま、これから修行するんだな。 いくらいい発想でも文章がまずければ誰も読まないし、
たとえ読んでくれても そのよさは伝わらない。 」
「 ・・・ はい わかりました ・・・ 」
「 あは、なんか ・・・ 仕事っぽいこと言っちゃったけど・・・。
でも、 これ・・・ すぴかも読んだのか。 あいつ、わかったのかな? 」
「 さあ ・・・ でも真剣な顔して読んでくれたわよ? ・・・ ちょっとジョーに似てた♪ 」
「 え、そうかあ?? へへへ ・・・ やっぱぼくのムスメだもんな〜
お。 そうだそうだ・・・アイツら 部活はどうした? 」
ばさ・・・っとジョーは上着を脱いでついでにネクタイも外し、 <いつものジョー> に戻った。
「 そう! それがね・・・ すぴかってば。 ばすけっと・ぼーる部 なんですって!
・・・ ねえ 4番って。 かっこいいの? 」
「 はああ ?? 」
「 そりゃ ・・・ アルベルトは 素敵よね。 なが〜い付き合いだけど本当にそう思うわ。
でも どうして すぴかが・・・ 4番を狙うんだ! なんて言うのかしら。
あ・・・ ジョー! 怒らないで・・・! あのこの選択を祝福してやってちょうだい、お願い! 」
「 ・・・ ??? ・・・あ! そっか、わかったよ。
へえ〜 そっか。 すぴかのヤツ、すごいなあ。 そうそう アイツ、足、速いんだよな。
うん さすがぼくの娘だけあるよ。 すげ〜な。 」
ジョーは うんうん・・・と大きく頷き相好を崩している。
「 ・・・ ジョー ・・・ 平気、なの・・・? 」
「 え なにが。 」
「 なにが・・・って。 だからそのぅ〜 すぴかが ・・・ あなたの娘が 四番の そのぅ〜
あ、アルベルトを ・・・ 」
「 フラン〜〜 きみ、なにかものすご〜い誤解、してないかな?
すぴかの 4番 ってのは背番号のことさ。 」
「 背 ・・・ 番号? 」
「 うん。 試合なんかの時のユニフォームの背番号さ。 バスケで4はキャプテンの番号なんだ。
つまりアイツは キャプテンになる気だってこと。 」
「 へ・・・・へええ〜〜〜 そうなの?? へええ〜〜〜 」
・・・ なんだ ・・・心配して損しちゃった・・・
意外な事実にびっくり仰天しつつも フランソワーズはちょっぴり気が抜けていた。
なぁんだ ・・・ そっちの問題ですぴかがジョーをイライラさせるのは
もっと先のこと、よね ・・・
( 注 : バスケで4番云々 >>> すみません、このルールは現在では廃止されています。 )
「 すぴかはバスケか。 それですばるは? ・・・ え 弓道??
へええ・・・ アイツ 面白いものを選んだなあ。 」
ジョーはすっかりソファで寛いでいる。
フランソワーズはあわてて夫の手からスーツの上着とネクタイを取り上げた。
「 ジョー ・・・ シワになっちゃうでしょ。 ねえ、 きゅうどう って知ってるの? 」
「 いや、ちょろっと見たことがあるだけだよ。 でもなあ・・・ うん、アイツさすがにきみの息子だよね。 」
「 え・・・どういうこと? 」
「 一点を狙って撃つ って 多分弓も射撃とおなじだろう。 ふふふ・・・003は的中率 ピカ一だもんな。
すばるは こう・・・ じっくり派なんだろうね。 」
「 射撃は ジョーのお得意じゃない? 」
「 おや、忘れたのかい。 新参者のぼくに射撃のコツを叩き込んでくれたのは 003先輩だっただろ。
しっかりスタンスを取って。 自分自身のクセを知らなくちゃだめ・・・ってさ。
手取り足取り ・・・ 特訓されたもの。 」
「 ・・・ や・・・だ・・・! もうそんなコト 忘れて〜〜 」
「 ふふふ〜ん 忘れることはできません〜 身体で覚えましたから。
もうひとつ。 教わったこともあるんだ。 ・・・ 覚えてる? 」
するり、と彼は彼女を隣に引き寄せる。
「 え・・・ な なに ・・・? 」
「 そ れ は ♪ きみが一番よ〜く知っていると思うけど? 」
・・・ あ ・・・ この笑顔 〜〜
あは もう 胸キュンだわ ・・・
やっぱり ジョーはわたしのヒーローよ! ええ ・・・誰がなんと言っても・・・
ジョーはもう 完全に <おうちタイム>、フランソワーズはくしゃくしゃになりつつあるパンツについては
目と瞑ることにした・・・。
― この夜。 夫婦の寝室で。
島村氏は彼の細君の <熱病的愛情> をたっぷりと享受する僥倖に恵まれた・・・!
サワサワサワ −−−−−
門の脇で若木が浅緑の葉をいっぱいに揺すっている。
花びらのコンフェッチが新・中学生 を祝ってくれたのはついこの間だったのに
季節はあっと言う間に過ぎてゆく。
「 わあ ・・・ いい風・・・! この景色 本当に好きよ・・・ ! 」
フランソワーズは箒を手に ギルモア邸の門前にひろがる景色にゆっくりと目を向ける。
だらだら坂の左手には 遠く大海原が見え、右手は新緑鮮やかな裏山に繋がっている。
そろそろ次の季節が 顔をみせ始めているようだ・・・
「 いいわねえ・・・ 海も山も見えて・・・・ いい気持ち。
あら すぴかだわ。 今日は早いのねえ。 す〜ぴか 〜〜 !! すぴかさん ! 」
彼女の娘が亜麻色のお下げ髪を振り回しつつ 坂道を駆け上がってきた。
「 ただいま〜〜〜 !! ねえねえ お母さん!
GW明けから夏服 着てもいいんだって〜〜 もう暑くってさあ〜 」
すぴかはオデコにびっしょり汗を浮かべ 制服のブラウスをきりきりと腕まくりしている。
「 ふは〜〜 この坂! 冬服にはキツい〜〜 」
「 お帰りなさい、 すぴか。 あらあら そんなに着崩して・・・ 」
「 だって〜 暑くてさあ。 あのね、ブラウスだけ夏服、着てもいいだって!
ねえ、 半袖のブラウス、出して。 」
「 ・・・ え? だって 制服のシャツ・ブラウスは男子も女子も長袖 が校則でしょう? 」
「 それは冬服! 夏服のはさ、半袖なんだ。 」
「 そ そうなの? ふゆふく って。 制服とは違うの? 」
フランソワーズは ぽかん・・・として娘の顔を見つめている。
「 お母さん。 夏服 ・・・ これと一緒に注文した? 」
「 ・・・ え? なつ・・・ふく? 」
なつふく ? ふゆふく・・・?
ユニフォームに季節用があるの? だって・・・防護服はいつだって同じなのに・・・
「 お母さん ! もしかして。 注文、してない・・?? 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワーズは娘の問いに眼を大きく見開いたまま かくかくと頷いた。
ど ・・・どうしたら いいの ・・・!?
Last
updated : 04,27,2010.
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************ 途中ですが・・・
す、すみません〜〜〜 またまた終りませんでした ( 平謝り〜〜 )
もう企画相方さまとお喋りしているうちにどんどん妄想は広がりまして・・・
申し訳ありません、もう一回!あと一回〜〜 お付き合いくださいませ <(_
_)>
はい、今回も めぼうき様 との合作ネタ でございます♪
えっと・・・作中にも 注釈をいれましたけれど。
バスケの背番号の話、現在では廃止されているそうです。
管理人が中坊のころは バスケ部の4番♪ は憧れ・ヒーロー♪だったんだぜ?
ご感想のひと言でも頂戴できましたら 狂喜乱舞〜〜♪