『  一年生になったら♪   ― (3) ―  』

 

 

 

 

 

 

                     「 すぴか、すばる! 二人とも一緒に来てちょうだい。

 博士 ・・・ 博士〜〜 ! ちょっと出かけてきます〜〜 」

フランソワーズは 玄関で思いっきり声を張り上げた。

「 ・・・ お母さん。 そんなにキンキン言わなくても聞こえるよ。 」

母のすぐ脇ですぴかがしかめッ面をしている。

「 え? なんですって?  すぴかさん、ねえ、すばるを引っ張ってきて! 

 どうせお部屋で雑誌でも見てるか ・・・ PCに張り付いているんだから!  早く〜 」

「 はいはい・・・ わかったよ。 」

すぴかは ぷう〜〜っとほっぺを膨らませ二階に引き返していった。

「 もう〜〜 ・・・ あ ・・・ でも 元はと言えばわたしが悪いのよね・・・ごめんね、すぴか・・・ 」

「 フランソワーズ!  これからどこへ行くのじゃね。 」

ただならぬ彼女の声に 博士もあわてて書斎から駆け出してきた。

「 博士 ・・・  晩御飯の時間までには戻るつもりですけど。 

 もし遅くなってしまったら・・・ 準備はしてありますから チン! してください。 サラダは冷蔵庫です。

 ごめんなさい、こんなことお願いして・・・ ホントにごめんなさい。 」

「 いや、夕食はどうでもいいよ。  一体なにがあったのかね。 」

「 ・・・ 博士 ・・・ わたし ・・・忘れちゃったんです・・・ 」

「 忘れた?  どこかに忘れものでもしたのかい。  あ ・・・ああ ああ 泣かなくてもよいよ・・・ 」

博士ののんびりした声に少しだけほっとして。ほっとしたら ほろほろ ほろほろ涙が勝手に零れ落ちる。

「  ・・・ あ ・・・ ヤダ・・・わたしったら。  あ ・・・ ああ  と、とまらない・・・ 」

「 ほらほら。 これで拭いたらいい・・・ ほい、母さんや、どうしたというんだね。 」

「 あ ・・・ありがとうございます ・・・・ あ  あの わたし ・・・忘れてしまったのです。

 な ・・なつふく の申し込み ・・・ 」

差し出されたタオルで フランソワーズは一生懸命で涙を拭っている。

「 なつふく ・・・・?  ああ チビさん達の制服かね。  ほう、随分早くから申し込むのじゃなあ。 」

「 本当は・・・ふゆふく と一緒じゃなくちゃいけなかったんです。 

 でも ・・・でも、わたし。 制服って 一年中ずっと・・・同じだと思ってて。 すっかり忘れてて・・・

 ともかく 今から縫ってくれるところを捜してきます。 」

「 ・・・捜すって・・・ どうするのかね。  この辺りに うん・・・その類の店は・・・はて、あったかのう・・・ 」

博士も真剣な眼差しで首を捻っている。

散歩好きな博士はこの近辺の商店街にも詳しいし顔なじみも多いのだが、さすがに考え込んでいる。 

「 あの ・・・ 学校から委託店のリストを貰ってますから。  住所を見て捜してきます。」

「 そうかい。 それじゃ・・・気をつけて行っておいで。  おや・・・チビさん達も一緒かい。 」

すぴかがすばるを従えて どたばたと階段を降りてきた。

「 おじいちゃま〜  あのね、すんぽう を測ってもらわないといけないから。 

 二人でお母さんと一緒に行ってくるね。 

「 おお そうか そうか。  それじゃ 二人とも? お母さんの警護をしっかり頼むぞ。 」

「 おっけ〜♪  すばる、ほら〜〜 早くスニーカー、履きなよ。 」

「 ・・・ 僕。 ずっと長袖でもいい。 」

「 だめだよッ!  夏服はちゃんと注文、しなくちゃ。  さ、お母さん いこ。 」

「 ・・・ はいはい・・・ あ それじゃ 博士。 申し訳ありませんけれど留守をお願いします。 」

「 ああ わかったよ。  そうじゃ すぴかや。 連休の間にゴール・リングを作ってやるぞ。

 すばるにはマトを設えてみるからな、楽しみにしておいで。 」

「「 うわ〜〜〜  おじいちゃま〜〜〜 ありがとう♪ 」」

双子の膨れッ面は たちまち歓声と笑顔に変わった。

「 まあ ・・・ 博士、すみません ・・・ 」

「 いやいや・・・ 昨日、ジョーと話をしていて・・・ ちょいと閃いたのじゃ。 

 うん、ウチの裏庭なら結構使えるのではないかな。 今は物干ししかないからのう。 」

「 あ ・・・ そうですわね。 それじゃ・・・行って来ます。 」

博士に留守番をお願いして、フランソワーズは子供たちを引き連れ小走りに門を出ていった。

 

 

 

    「 お母さん。  夏服、 注文した? 」

 

すぴかのひと言で多少まったりしていた晩春の午後は  ― 豹変した・・・!

その日はGWを目前に控えた週末だった。

お休み続き ・・・ 子供たちも世の中も何となく皆ウキウキした日、だったのだが。

その午後 ― 島村夫人は二人の子供たちをつれて地元の商店街を駆け回ることになった。

 

「 お母さん。 どこのお店にゆくの。 」

「 え ・・・ あ、リスト リストは っと。  ああ、あったわ ・・・ えっと・・ウチから一番近いのは ・・・ ? 」

「 どれ・・・どこに書いてあるの。 」

「 え〜と ・・・ 委託店リスト ・・・って ここからかしら。 KQストア ・・・ 隣の駅だわ。

 ヨーカドー 衣料品部? う〜ん・・・これって駅の向こうよねえ?? 」

「 あ これか。  ふ〜ん ・・・ 住所っから見ればいいよね。 」

母の手元を両側から子供達が覗き込む。

「 ・・・ これだよ。 一番近い。 」

すぐに すばるのぷっくりした指がプリントの下の方を示した。

「 これ? えっと・・? ・・・ ひ  まわ り よう??  」

「 ひまわり洋装店。  ようそうてん ってなに、お母さん。 」

「 服屋ってことさ。 住所、ほら・・・ 商店街の方だよ、これ。 」

地図好きなすばるにはすぐにわかったらしい。

「 すばるってば詳しいじゃん。 ふ〜ん ・・・ あ、そうだね。 こっちだ こっち〜〜 行こう、すばる! 」

姉と弟は さっさと国道を渡りまったりした午後の地元商店街に入ってゆく。

「 あ・・・ 待って。 まってちょうだい〜〜 あなた達〜〜 」

 

      まあ・・・! ついこの間までわたしのスカートのはじっこ、握り締めて・・・

      おかあさ〜〜ん いっしょじゃなくちゃ やだ!

      ・・・ 僕 ・・・ おかあさんといっしょにここでまってる・・・

      なんて 言ってたのに〜〜  

      ちょっと?? なんでそんなに走るのよぉ〜〜〜

 

母はリストとバッグを握り締め ぱたぱたと子供たちの後を追っていった。

 

 

 

 

「 ・・・ ここ? 」

「 ・・・ 住所は ここだよ。  松ヶ丘3丁目 だもん。 」

「 へええ?? だってさ。 ここ・・・普通のお家じゃん?  ようそうてん じゃないよ。 」

「 ・・・  う〜ん ・・? 」

門柱の側で色違いの頭が ごっちんこしそうになってそうっと中を眺めている。

「 はァ ・・・ はァ・・・・ やっと追いついた・・・! もう〜〜 二人とも走らないでよ・・・ !

 お母さんはね! もうオバチャンなんだから・・・  あら、どうしたの。 」

かたかた靴のカカトを鳴らして やっと母が合流した。

「 お母さん。  ここ、なんだけどさ。 ここじゃないみたい・・・ 」

「 ・・・ はい? 」

「 住所は合ってるけど・・・ ひまわり洋装店 は引っ越したんじゃないかなあ。 普通の家だもの。 」

「 え?  ・・・あらら・・・なにを言ってるの、あなた達 ・・・ ここよ、ほら。 」

「「  え〜〜 ・・・・ あッ!  」」

 

後から駆けて来た母は す・・・っ! と門柱の脇を指差した。

それはごく普通の日本家屋の門柱でかなり古びた表札がかかりその脇に ―

 

      ひまわり洋装店   couturiere mari

 

小さな木のプレートがひっそりと並べて掲示してあった。

「 couturiere ってね、 仕立て屋さんのことよ。  さ、 ここにお願いしましょ。 」

「 ・・・ あ プレート!  全然気がつかなかった〜〜 」

「 お母さん、すごっく目がいいね〜  あ、待って〜 」

今度は 母が先にたってさっさとご門から中に入っていった。

 

「 え〜と?  呼び鈴は・・・ あ、ここね。 ごめんくださ〜い・・・! 」

フランソワーズは格子柄の引き戸の脇にすぐに呼び鈴を見つけた。

「 わあ〜〜 お母さんってば。  ここのお家、来たことあるの?? 」

「 え? いいえ、まさか。 」

「 じゃあ、どうしてわかるの?  その・・・チャイムの場所、とか。 」

「 あら だって。 ここのお家はコズミのおじいちゃまのお家とよく似ているわ。

 あのお家も こんなドアの横に り〜ん・・のスイッチがあったでしょ。 

 さ あなた達・・・こっちいらっしゃい。 さ、押しますよ。 ごめんくださ〜い・・? 」

 

   ・・・・ り〜ん ・・・・  

 

お家の中の遠くで 目覚まし時計みたいな音がした。

 

   ぱた ぱた  ぱた ・・・・

 

ゆっくり小さな足音が聞こえてきて ゆっくりお玄関のドアが横に開いた。

 ― なるほど、コズミのおじいちゃまんちと同じだ・・・ 双子は目をまん丸にして納得してる。

 

「  はい ・・・ ? どちら様ですか。 」

小柄な女のヒト ―  優しい感じの年配の女性が顔をだした。

「 こんにちは。 あの こちら ・・・ ひまわり洋装店さん  ですよね? 」

「 はい そうですよ。  ああ いらっしゃいませ、お客様でしたのね。 」

「 はい。 あの ・・・ なつふく・・・ 今からお願いできますか? 」

「 ・・・ なつふく ・・・? 」

「 はい! あの・・・ 本当ならもっと前に・・・ 入学式の前に一緒に、あの制服と一緒に・・・

 あ、そうじゃなくて 冬服と一緒にお願いしなくちゃいけなかったのですけど・・・

 わたし ・・・ ずっと同じ制服だと思ってて・・・すっかり忘れてて。 あ、その、なつふく を・・・!

 まだ全然 注文してなくて。  お休み明けから 着たいって娘が言いまして・・・ 」

フランソワーズは 必死の思いで その老婦人に話しかけた。

そのおばあさんは 金髪碧眼の女性の支離滅裂な話に目をぱちぱちさせていたが 

すぐに側に立つ子供たちに気がついた。

「 ああ ・・・わかりました。  Y中の夏の制服ね? 

 こちらの坊ちゃんとお嬢ちゃんがお召しになるのですね。 」

「 はい・・・・!  そうなんです! あの・・・今からでもお願いできますか・・・ 」

思わず涙が一滴 飛び散ってしまった。

「 追加注文ですかしら。  今年は御宅様からのご注文は承ってない、と思うのですけれど・・・

 あの・・・ わたくし共には初めていらっしゃいましたよね?  」

「 あの・・・! はい、わたし ・・・ 注文をすっかり忘れてしまって・・・

 さっき娘から言われて やっと気がついたのです。  こちらが家から一番近くて。

 あの ・・・ あの ・・・ 今からでも縫って頂けますか?

 もう ・・・ こんな時間なんですけど・・・  」

ほろほろほろ ― また 涙がハナの脇を転げ落ちてゆく。

 

      あ ・・・ やだ! わたしったら・・・

      どうしてこんなに泣き虫になってしまったの?

      ・・・・だって すぴかやすばるが 暑い思いするが可哀想で ・・・・

      ごめん ごめんね ・・・ お母さんがいけないの・・・・

 

「 あら まあ ・・・ 判りました。  さあ どうぞ。 お上がりください。 」

「 え ・・・ お願いできるのですか!?  」

「 なんとか頑張ってみましょう。  どうぞ・・・ こちらが一応 店 なんですよ。 」

老婦人は母子を玄関から上げ、先に立って右手に廊下に案内した。

「 どうぞ、このスリッパをお使いください。  まあ ・・・・ 」

「 はい? なにか・・・ 」

「 いえ。 ・・・ お行儀のいいお子さん達ですね。 」

彼女は すぴかとすばるがスニーカーを上り框できちんと揃えているのを見ていたのだ。

「 いえ・・・もう全然 ・・・ あ! わたし、 島村 と申します。 」

「 しまむらさん ・・・ ご主人様はこちらの方なのですね。  」

「 はい。  娘と息子です、あ、双子なんですけど・・・ Y中の一年生です。 」

「 まあまあ 可愛いこと。  さ、こちらが 【 ひまわり洋装店 】 ですの。 」

キシ ・・・っと軽く音がして木のドアが開くと ― そこは 不思議な空間だった。

いや、見た目は古い様式の所謂 日本風洋間 で、漆喰の天井は高く床は木目正しい板張りだ。

壁紙は色褪せていたけれど、一面のビアズリー柄が見てとれる。

 

     まあ ・・・ 面白いお部屋・・・・

     そうね、コズミ先生の御宅の 応接間 とよく似ているわ

     でも ・・・ ここが couturiere ?? 

 

フランソワーズは思わず熱心にぐるりを見回してしまった。

「 わあ ・・・ ここがお店?? お家に中にお店があるの? 」

すぴかが真っ先に 口を開いた。

「 そうなのよ、お嬢さん。  以前はね ちゃんと店を構えていたのですけれど・・・

 だんだん既製服が主流になるし私も歳をとったので ・・・ こうやって家の一間で制服やら

 お馴染みさんのお仕立てをしていますの。  それじゃ。 まず採寸しましょう。 」

「 はい! どうぞお願いします。  ・・・ あ・・・・ あのう ・・・・ お願いが・・・ 」

「 はい? なにか・・・ 」

「 ・・・ あのう。  大きめに、お願いします。 二人ともどんどん大きくなるので・・・ 」

「 はい、大丈夫ですよ、島村さんのお母様。  制服はね、み〜〜んな だぶだぶに作りますから。 」

老婦人はころころと笑い フランソワーズを安心させた。

「 さあ それじゃ・・・まずは お嬢さんからにしましょうか。 」

「 あ すみません、息子から・・・島村すばる と言います ・・・ お願いします。

 すばる、先に帰って おじいちゃまの晩御飯、お願い。 すばるのお得意のホウレン草のキッシュ、

 作っていいから。 冷凍のパイ・シート、使って。 わかった? 」

「 わかった。  ・・・ お願いします。 」

すばるは老婦人 ― いや、 ひまわり洋装店 の店主さん ― に ぺこり、とお辞儀をした。

「 まあまあ・・・本当にお行儀の良い・・・ はい、それじゃ こっちに立ってくださいね。 」

彼女はにっこり微笑むと メジャーを取り上げた。

 

   ― そして 実に素早く的確に採寸していった。

 

おっとりした老婦人は たちまちてきぱきとしたプロのお針子さんにヘンシンした!

 

     この方は ・・・ すごい・・・! 

     多分若い頃は 相当な評判の店だったのじゃないかしら。

     ・・・ そうそう  ・・・ わたしのママン も ・・・ 

     こんな風に パパやお兄ちゃんや わたしの寸法を測っていたわ・・・

     ふふふ・・・ もっとゆっくりで 何回もやり直ししてたけど。

     まあだ? なんて聞くと  ほら、じっとして! って叱られて。

 

     町内にも何軒か仕立て屋さんがあったっけ・・・

     仕上げが上手でラインがシックで・・・ 有名な店もあったわね。

     なんという名前だったかしら・・・・マリエ や 大切な服を頼むなら あの店よ・・・って 

     ママンたちがお喋りしてたわ・・・

 

懐かしい母の面影が 不意に目に前に浮かんできた。

もう半世紀以上前のことなのに 母の笑顔はこんなにも鮮やかだ。

 

     ファンション? どうしたの。 そんなお顔、おかしいわよ?

     ほら ・・・ パリジェンヌはいつだって微笑んでいなくちゃ。

 

そんな母の声が 聞こえてくる ・・・ 気がしていた。

そう ・・・ ここの部屋は。  あの頃のパリのアパルトマンの雰囲気がちょっとだけ ・・・漂っている・・・

フランソワーズは隅にあるこれもかなり古風なソファに腰掛け じっと老婦人の手つきを見ていた。

春の午後はゆったりと暮れてゆき、レースのカーテンの隙間から差し込む光は飴色になってきた。

 

「 はい ・・・ これでようございます。 お嬢さん、どうもありがとう。 

 それじゃ 早速お仕立てしますね。 ブラウスとシャツは 何枚づつになさいますか? 」

てきぱきと作業を進めていていた老婦人は ふ・・・・っと息を吐くと、フランソワーズに声をかけた。

「 ・・・え ・・・ ?  あ あ! は、はい・・・ 」

フランソワーズは思わずびくり! と背筋に緊張が走ってしまった。

彼女は片隅のソファに座り この不思議な空間にしっくりと溶け込んでいたのだ。 

気持ちまでその部屋の空気に 染まっていたのかもしれない。

あわてて彼女は枚数を告げ ぴょこり、と立ち上がると深々と頭を下げた。

「 ・・・ どうぞ よろしくお願いいたします。 本当にありがとうございました。 」

「 あらあら・・・ お客様がそんな。 大丈夫、 ちゃんと連休明けに間に合わせますよ。 」

「 すご〜い・・・!  【 ひまわり洋装店 】 さんってすごいね〜〜 」

すぴかも この不思議な空間に目を奪われているらしい。

きょろきょろと熱心に周囲を見回している。

すばるは先に採寸をしてもらい、大喜びで帰っていった。

勿論、すばるは縫い物になんか興味はなかったし、なにより <ホウレン草のキッシュ>作りに

ほくほくしつつ 飛んで帰ったのだ。  幼い頃からの 料理好き はちっとも変わっていない。

帰り際に  ありがとうございました!  と最敬礼をし、老婦人のお褒めに預かりかなりいい気分で

この不思議な  店  を後にした。

 

「 おや そんなに珍しいものばかりかしら。 最近ではお家でお裁縫なさる方、少ないですものね。 」

「 あ・・・ウチのお母さんはよく縫ってるの。 へへへ・・・アタシが服、破いたりボタンが取れたりするから。

 でも ・・・ こんなおっきな台や引き出しい〜っぱいの棚はないの。 」

「 まあ、そうなの? お母様はお家で縫い物をなさるのね。 」

「 うん。 あ・・・ はい。 ちっちゃい頃はね〜 お母さん、アタシ達の服も縫ってくれたよ。

 セーターもね、 お父さんのもアタシ達のも編んでくれたの。 」

「 もうね・・・最近は忙しくて。 それに子供ってあっという間に大きくなってしまうので・・・

 とても家で縫っていられなくなりました。 」

フランソワーズは慌てて 娘のおしゃべりに割り込んだ。

「 ここがお仕事場、なんですね。  ・・・ ステキ ・・・! 」

「 まあまあ・・・ こんな古ぼけた道具ばかりで・・・ 恥ずかしいですわ。 」

「 あら、そんな。  あ まあ ・・・ これ・・・!  懐かしいです。 

 わたしの母もこんな風な鋏、使ってましたわ。 ええ、ここのロゴ、覚えています・・・ 」

フランソワーズは 仕立て台の端に並べてあった裁ちばさみに目を留めた。

刃の長い、重厚な鋏で 握り柄は独特なふっくりした形になっている。

もちろん新品ではないが 今でもぱりぱりの現役で使い込まれた年月の輝きを静かに湛えている。

思わず 息まで詰めて フランソワーズはしげしげとその鋏を見つめてしまった。

「 奥さん お国は ・・・ フランスですか。 」

「 はい。  え ・・・ でも、どうしてお判りに? 」 

「 そうですか・・・ そうじゃないか、と思っていました。  こちらのお嬢さんを拝見して ねえ・・・ 」

「 娘を? 」

「 ええ ええ。 このお嬢さんみたいなパリジェンヌたちの服を縫ってきましたから。  」

「 まあ ・・・ じゃ・・・パリに? 」

「 はい。 こんなおばあちゃんが可笑しいでしょう? 

 ごめんなさい、お客さまに・・・ ちょっと懐かしくなってお喋りしてしまいました。 」

「 ・・・ い  いえ・・・ 」

フランソワーズは 滲んできた涙をそっと押さえた。

 

     ああ ・・・ わたしだって 本当なら。

     こんな風に 静かに年齢を重ねていた・・・でしょうに・・・

 

「 ・・・ お母さん? 

すぴかが つんつん・・・と母の腕を引いた。

「 あ・・・あら。 さあ それじゃお暇しましょう。  本当にどうもありがとうございました。 」

「 奥様。  あの ・・・ もしお宜しかったら。 お時間を30分だけ 頂けませんか? 」

老婦人は メジャーを首からはずし静かに微笑んでいる。

「 は ・・・ はあ ・・・? 」

「 坊やには申し訳ないのですが。  ― Une tasse de cafe?  ( コーヒーでもいかが? ) 」

「 ・・・・ ! Merci,  avec plaisir !  ( 喜んで ) 」

 

 

いい匂いと一緒に 小振りな茶器が一式運ばれてきた。

銀盆の上のカップやソーサーの縁には 小さい薔薇模様が描かれ金の縁取りがしてある。

「 お口に合うかどうか・・・ オーツ・ビスケットなんですが。 」

「 まあ ・・・ ! 」

やはり揃いのケーキ皿には 島村家ではお馴染みのクッキーが並んでいた。

「 ・・・これ。  お母さんのと 同じ・・・!  」

「 あら。 そうですの? きっとお家のママンの味、なのでしょうかしら。 

「 はい・・・ わたしの母から教わったとおりに作っています。 」

「 まあまあ 懐かしいこと。 お嬢さん、いつもと同じ味でつまらないかしら? さあ どうぞ。 」

「 いただきます。 」

いつもなら甘いものはイヤだの 砂糖は入れないでくれ、だのすぴかは注文が多いのだが

今日はお行儀よく クッキーを頂き、カフェ・オ・レに口をつけている。

フランソワーズはそんな娘にちら・・・っと目をやり、懐かしい味をゆっくりと楽しんだ。

「 もともとはね、 クチュリエ・マリ と言っていましたよ。

 でもね・・・この辺りの人々には <洋装店>の方が親しみやすいみたいで。

 大好きなひまわりの名前をもらいましたの。 」

「 そうなんですか。 あの ・・・ お若いときにパリへ? 」

「 はい。 でももうすっかり・・・ 貴女のお国の言葉も忘れてしまいました。 」

そんなことを言いつつも、彼女はいつしか流暢なフランス語になっている。

フランソワーズもごく自然に母国語で話し始めた。

「 ええ、 嫁入り道具もなにもいらないから、と親にせがんで。

 旅費だけ出してもらってパリにお針子の修行に行きました。 もう50年も前のことですのよ。 」

「 ・・・ すごい勇気ですね。 」

「 不思議にね、ちっとも恐くなんかなかったのです。 夢と希望ではち切れそうで・・・

 恐い、なんて思っている余裕はありませんでした。 」

しずかに語る老婦人の瞳の奥には やっぱり・・・熱い炎があった。

それは もう轟々と燃え盛ってはいないのだけれど、決して ― 生涯消えるものではないのだ。

 

      そう ・・・ そうね。 

      夢と希望に燃えて 突き進んでいるときって 

      恐いものなんて 何も ないのよ  見えないのよ

      見えるのは  明日 だけ・・・

      ・・・ わたしも  そんな風に  踊ってたっけ ・・・ 

 

しずかにカップを口に運びつつ フランソワーズは湯気の陰に涙を隠した。

「 ・・・ おばあちゃん ・・・・ すごい ・・・! 

ぽつり、とすぴかが呟いた。  彼女には勿論母たちの会話は判らない。

それでもすぴかはビスケットを手に持ったまま じっとその心地よい響きの言葉に耳を澄ませていたのだ。

 

      アタシは。   お母さんの子供なのに・・・

      半分は フランス人なのに。

      ・・・・ お母さんの国のことば  全然わからない・・・!

      お母さんは 日本語でちゃんとお話、できるのに。

 

      アタシ。  なんにも 知らないんだ・・・!

 

すぴかはきゅ・・・っとお口をへの字に結び、一生懸命にお母さん達の話を聞いていた。

「 あら ・・・ ごめんなさいね、 お嬢さん。 夢中になってしまってつい・・・

 あの鋏は勤めていた店のオーナーから帰国するときに記念に、と頂きましたの。

 普通は鋏を贈るっていい意味ではないのですが 私達の間では大切な記念品なのですよ。

 帰朝してから モトマチに店を持って。 小さな店でしたけどパリ仕込みって結構流行っていました。

 まあ・・・ ご時世ですわね、今はこの小さな部屋が私の店です。 」

「 ・・・ あの ・・・ わたしの母も自分で縫ったり町内の仕立て屋さんに頼んだりしていました。

 まあ・・・ こんな風なミシン、ありましたわ・・・ 」

フランソワーズは仕立て台の脇にある古風な足踏みミシンに目を留めた。

「 そう・・・皆こんなミシンでした。 私にはいまだにこの方が使い易いのですよ。 

 大丈夫、 腕はまだ確かですから。  お嬢さんと坊やの夏服、しっかり縫い上げます。 」

「 ・・・ ありがとうございます・・・! あ・・・ あら ・・・わたしったら・・・ 

 イヤですわ・・・ ご ごめんなさい・・・ 」

フランソワーズはまたしても ほろほろ ほろほろ 涙を零し続けてた。

「 ・・・ お母さん これ・・・ ほら。 」

「 ? ・・・あ  ありがとう、すぴか・・・ 」

すぴかはそうっとポケットからハンカチを出すと お母さんの手に押し付けた。

そんな母娘の様子を ひまわり洋装店 のおばあちゃんはにこにこ・・・眺めていた。

 

 

 

ご門から出ると 西の空が茜色になっていた。

ひゅるる・・・と足元を吹き抜ける風は 昼間とは全然違っている。

「 さ  急いで帰りましょう。  ・・・ ごめんね、すぴか。 退屈したでしょう? 」

フランソワーズは そっと娘の手を握った。

「 ・・・ お母さん。 お母さんって。 すごいね。 」

「 え? 」

「 あのおばあちゃんもすごい。 けど、お母さんも ・・・ もっとすごい。 すごく勇気あるんだね! 」

「 ・・・勇気?? 」

「 うん。 」

すぴかは それしか言わないで ― でも ぴと・・・・っと母の腕に身体を押し付けてきた。

「 あらあら・・・ 甘えん坊さん。 」

「 ・・・ うん。 」

「 すぴかさん、 あのおばあちゃま、ステキだったわね。 」

「 うん。 すごく。  」

「 夏服、 きっととってもステキに仕上がってくるわね。 楽しみねえ・・・ 」

「 うん。   ねえ、 お母さん。 あの・・・

 お母さん さ。 子供のころから日本のこととか・・・知ってたの。 」

「 ?  いいえ、全然。 お父さんと会うまで日本のヒトとお話ししたこともなかったわ。 」

「 ・・・ ふうん ・・・ 」

「 でも ・・・ どうして? 」

「 ううん ・・・ なんでもない。 ただ、さ。  お母さんもステキだなって思ってさ。 」

「 えええ? どういうこと? 」

「 えへへへ・・・・何でもなァ〜いっと♪ さ、大急ぎで帰ろう、お母さん。

 すばるのホウレン草のキッシュ が待ってるよ。 アイツ、上手いもんね〜 」

「 そうねえ。  すぴかさんはお料理は きらい? 」

「 アタシ? ・・・ う〜〜ん ・・・キライじゃない、けど。 

 でもさ、すばるみたく上手にできないんだもん。  アタシは チン・・・! でいいよ。 」

「 あらら・・・ 困ったわねえ。  将来お嫁さんになって苦労するわよ。 」

「 いいもん、お料理好きなヒト、探すも〜ん。  お父さんやすばるみたくにさ ・・・ 」

「 まあ ・・・ さ 急ぎましょ。 明日っから連休ねえ。 」

「 うん♪  ・・・ お母さん。 」

「 はあい?  ・・・あら。 」

すぴかは きゅ・・・っとお母さんの手を握り。 お母さんもきゅう〜っと握り返してくれた。

母娘は ほんとうに久し振りに ― 幼稚園の頃みたいに ― しっかり手を繋いで帰り道を急いだ。

 

      お母さん  お母さん  すぴかのお母さん・・・!

      今日はちょっとだけ 泣き虫さんだったけど。 

      お母さんって  ・・・ すごい !

      な〜んにも知らない国へ お父さんトコに 来たんだよね

      ・・・ 家族も友達も ・・・ いない場所に、さ・・・

      お母さん ・・・ すごい よ!

 

すぴかはいつもと同じにキレイなお母さんの横顔を うっとり盗み見していた。

 

 

 

晩御飯は ホウレン草とベーコンのキッシュと 母が用意しておいた具沢山のお味噌汁とサラダ・・・ 

というかなり滅茶苦茶な取り合わせだった。

でも 子供たちはご機嫌でいつも通りにお腹いっぱい詰め込み 博士もすばるの料理に舌鼓を打った。

「 本当に ・・・ ごめんなさい、博士。  あの ・・・お口に合いました? 」

「 ああ、とても美味かったぞ。  ・・・それで 夏服は無事に注文できたのかね? 」

「 ええ なんとか。  昔風な couturiere で ・・・ パリで修行した方でした。 」

「 ほう〜〜 そんな御人がこの近所におったのかね。 」

「 はい。 懐かしくて ・・・ ちょっとお喋りしてしまいました。 」

「 ・・・ それは よかった・・・ よかったな、フランソワーズ・・・ 」

「 はい ・・・ 

博士は大きく頷き フランソワーズも淡い笑みを返した。

 

       ・・・ なんだろ? おじいちゃまとお母さん・・・

       なんか ・・・ 不思議なお顔だね・・・二人とも ・・・

 

すぴかはせっせとキッシュを口に運びつつ・・・しっかり大人達の様子を見ていた。

      

 

その夜 すぴかは本棚の隅っこから古い絵本を引っ張り出した。

   ― 『 カエルとお姫さま 』  

チビの頃の彼女のお気に入りで あんまり何回も広げたので手擦れがして本の隅は丸くなっている。

母にも父にも さんざん読んでもらい ・・・ すっかり暗記していた。

「 うっひゃあ〜・・・ こんなにぼろぼろになってたっけなあ・・・ 」

彼女は そう・・・っと その子供向けの絵本を開いた。

「 あ・・・は。 そうだよ、これ これ・・・。

 こんなカエルのお供が欲しくて。  裏山の池から・・・ ホンモノのカエル、とってきて・・・

 お母さんってば 真っ青になってたっけ・・・ 

くすくすくす ・・・  すぴかは低く笑いつつページを繰ってゆく。

どのページの文章も全部覚えていて、空で言えた。

それでも 何回も 何回も 繰り返し繰り返し父や母に読んで! とせがんだ。

そして ある時。

日本語のその絵本を開きつつ・・・ 母は美しく流れる母の国の言葉でそのお伽話を読んでくれた。

 

「 ・・・ Il etait une fois une princesse ・・・・ 」 ( 昔々 あるところにお姫様がおりました )

 

すっかり忘れていたと思っていた言葉が すぴかの口からするすると零れでた。

一番 驚いたのはすぴか本人だっただろう。

 

      アタシ。  ・・・ お母さんの生まれた国に 行きたい!

      いつか 行くよ。  

      ・・・ クリスマスに見た夢、確かめたいし。

      いつか ・・・ ううん、 きっと 行く ・・・!

 

すぴかはぺたり、と床に座り込み手垢のついた絵本を抱え ― こっくりと頷いていた。

 

 

 

その夜 ジョーは結局日付が変わるぎりぎりな時間に帰宅した。

連休前、どうしても終らせなければならない仕事が山積みだったらしい。

「 ・・・ただいま。 いや〜〜 参った まいった〜〜 」

「 お帰りなさい・・・ 大丈夫? 」

< お帰りなさい のキス > を終え ジョーはううう〜〜ん!と伸びをした。

そんな夫に フランソワーズは心配顔で訊ねた。

「 お風呂先にする?  お食事は済ませた? 」

「 ・・・ 食いっぱぐれてさ。 もう ・・・ ぺこぺこ・・・!  これで風呂に入ったら浮いちゃうな〜 」

「 あらら・・・ じゃ すぐに暖めなおすわね。 ふふふ・・・ 今日はね〜すばる作!

 お得意の ホウレン草のキッシュ なの。 」

「 へええ??  そりゃ楽しみだ♪ 」

結局、ジョーは すばるのキッシュと 昨日のハンバーグの残りも温めてもらってご満悦だった。。

どの皿もきれいに空っぽにし、やっと人心地ついた様子だ。

フランソワーズは お茶で付き合いつつ ぽつぽつと今日の <冒険> を話していた。

 

「 へえ・・・ そんなヒトが この辺りにいるんだ? 」

「 ええ。 なんか びっくりして懐かしくて・・・ ふふふ 涙ばっかり零れちゃって。

 帰りにすぴかが はい、ってハンカチ、貸してくれたわ。 」

「 ふうん あいつ、案外女らしいとこあるだな。 」

 

「 あら、ジョー。 すぴかはね、と〜〜っても優しい女の子よ?  ただ ・・・うまく現せないだけみたい。

 あの子は 感受性がとても鋭いのだと思うわ。 」

「 ふうん ・・・ やっぱオンナ同士だねえ。  」

「 う〜ん・・・・? ま、 難しい点もあるけど。 でも今日、すぴかのこと、見直したわ。

 そうそう すばるね! なんだか急に礼儀正しくなって。 びし・・!っと決めちゃって・・・

 そのおばあちゃまにも褒めて頂いたの。 」

「 へえ・・・   あ、そうか〜〜  部活の影響だよ。 」

「 ・・・部活の? 」

「 うん。 アイツ、 弓道部だろ?  武道ってさ こう・・・礼儀作法がきちっと決まってて・・・

 新入生はまずはじめに叩き込まれるのさ。  」

「 ・・・ しごかれたりするの? 

「 どうだろうねえ・・・ でも最近はあんまりヒドイことはないと思うけど? 

 でもまあ ピシっ!とした行儀作法、知ってて損はないだろ。 」

「 それは そうね。 お行儀がいいですね、って言われてわたしも嬉しかったわ。 」

「 うんうん 親として当然だよ。 

 あ そうだ。 明日ってすばるはウチに居るのかい? 部活とかで出かけるのかな? 」

「 さあ・・・ すぴかは練習あるからお弁当つくって! って言ってたけど。

 すばるは何にも言わなかったから 部活はないみたいよ。 」

「 そうか。  それじゃ・・・すばるの相手をしてやるか〜 ・・・ 」

「 あら〜 喜ぶわよ〜 そうそう 博士が裏庭にマトとかゴール・リング とか作ってくださるのですって? 」

「 うん、博士、すごく乗り気でさ。 楽しみだなあ。 

ジョーはのんびり食後のお茶を啜りつつ・・・ ちょいとアイツを鍛えてやろうかな と思っていた。

そんな彼の ほっとした表情を眺めるだけで フランソワーズはシアワセな気持ちになるのだった。

 

 

 

 

    rrrrrr ・・・・!   rrrrrr・・・・!

 

「 う・・・ん ・・・ ああ いけない ・・・起きなくちゃ・・・ ううう 

白い手はいつまでたっても 見当違いな場所をぱたぱたと探っている。

「 ・・・ あ・・・れ・・・ どこ? 目覚まし時計・・・  えい! 」

ぱた・・・っと時計は倒れ やっとアラームは止まった。

「 ・・・ ああ ・・・ よかった。  ジョー・・・せっかくのお休みですものね・・・ ゆっくりどうぞ♪

 ううう ・・・ すぴかのお弁当 ・・・ 作らなくちゃ ・・・ 」

フランソワーズはそう・・・っと起き上がり  ―  隣が空いていることに気がついた。

「 ・・・あら??  もう起きたの、ジョー・・・? まさか・・・きっと そうね、トイレかな。

 ともかくわたしは お弁当〜〜 ・・・ えい! 」

彼女はぽん!とベッドから出ると 手早く着替え寝室を出ていった。

 

 

GWの真っ只中、すぴかはお弁当持ちで朝から部活の練習に出かけるのだ。

「 ・・・さて、 これでよしっと。  今日はすぴかの分だけだから早いわよね。 

 あら・・・ 今日は部活だけだから 早く出るって言ってたのに。  しょうがないわねえ・・・

 すぴか !  すぴかさん、時間よ〜〜 」

「 おはよ〜 お母さん。  お弁当は〜 」

声を張り上げた途端に 本人がぼわぼわ欠伸しつつキッチンに入ってきた。

「 あら 起きてたの? おはよう、すぴか。 はい お弁当。 」

「 あ〜 アリガト ・・・ふぁ〜〜 ねむ・・・ 」

「 すぴか ・・・ 髪、ぐしゃぐしゃよ? ちゃんお下げに編まなくちゃ・・・ 」

「 ・・・ん〜?  ああ、いいんだ〜 部活だけだから・・・ テキトーに縛っとけば。 

 ゴハン ・・・ あ、これか。  イタダキマス〜〜 」

「 はい どうぞ。 ・・・ もう〜 女の子なのに・・・。  あら、ねえ すばるは? まだ寝てる? 」

「 ・・・ え〜 アイツ、いなかったよ? あ、トイレかなあ・・・ 」

「 すばるのトコは今日は部活じゃないのでしょ? 」

「 うん、 剣道とか柔道とかと換わりばんこに場所、使うらしいよ。 ・・・ ごっちそ〜さま! 

 そんじゃ ・・・ イッテキマス〜〜 」

「 はい 気をつけてね。  4番、 狙うのでしょ!  キャプテン! 」

「 ・・・うん♪ じゃ ね 」

すぴかは に・・・っと笑って 大きなお弁当箱を持って出て行った。

「 ・・・ やれやれ。  さあて・・・そろそろ男性陣を起こさないと・・・   あら? 」

 

   バターン・・・!  玄関のドアが勢いよく開いた。

 

「 ?? すぴかがなにか 忘れモノかしら。  どうしたの、すぴか・・? 」

フランソワーズはあわてて玄関に飛んでいった。

「 すぴか! 忘れもの?  ・・・ あ  あらあ?? 」

「 ただいま。  ァ  お早う、 がまだだったよね。 」

「 ・・・ お早う お母さん ・・・はァ〜〜 」

「 ジョー!  すばる・・・!」

玄関には ジョーとすばるがトレーニング・ウェア姿で立っていた。

お揃いのクセッ毛が あっちこっちを向き ― すばるは へ〜へ〜にヘバっていた・・・!

「 ど ・・・どうしたの?? いつ 起きたの? 」

「 うん ・・・ ちょっとね、コイツと一緒にロード・ワークさ。  いつものコースを軽く流してきたんだ。 」

ジョーはタオルで軽く汗を拭いつつ 爽やかな面持ちだ。

「 まあ・・・ 昨夜も遅かったのに・・・お疲れじゃないの? 大丈夫・・・ 

「 平気平気。 ごろごろ寝てるより 身体動かした方が疲れもとれるからさ。

 それで ついでだからすばるもつれて行ったんだ。 」

以前から ジョーはヒマを見つけては近くの松林から海岸へと ロード・ワークを続けている。

 

    やっぱりさ ― そんなこと、あって欲しくはないけど。

    なにかあった時にも 万全の状態でないと困るからな。

    身体的な訓練は 欠かせないよ  カンも鈍るし

 

最近の忙しい勤めの合間を縫って 彼はトレーニングを欠かさない。

 

「 そうなの・・・ お疲れさま。  じゃ 朝御飯にしましょうか? 」

「 ああ  さっとシャワー浴びてくる。 おい〜〜 すばる? お前 だらしないぞ! 

 基礎体力が全然 足りない。  今のうちに鍛え直しだ。

 先にシャワー 使うからな。 フラン〜〜 朝飯 頼むね。 」

「 はい。 あらら ・・・ すばるったら。 」

「 ・・・ う うん ・・・  はァ ・・・ 」 

すばるはのろのろとスニーカーを脱いでいる。 どたん・・・!と玄関に座り込んでしまった。

「 すばる・・・? 大丈夫。  お水、持ってきましょうか。 」

「 ・・・ いい   自分で飲む ・・・  はァ〜〜〜 」

「 ねえ ・・・ ずっと・・・ジョー、いえ お父さんと一緒に走ったの? 」

「 ウン。 も・・・さ ・・・・ お父さん ・・・ すげ・・・ 」

「 そりゃ・・・ お父さんは走るの速いもの。  」

「 ううん ・・・速さじゃなくて。  ジョギングだよって言うからさァ・・・付いていったんだけど。

 もう ・・・ ず〜〜〜っとペース、落ちないんだ。 」

すばるは のろくさ立ち上がりのろくさ二階への階段を上がってゆく。

「 そんなに速くないな〜って始めは思ったんだけど さ。 ず〜っと ず〜っと・・・

 同じペースなんだ。 僕 ・・・ も ・・・最後は全然 ・・・ 追いつけなくて・・・  」

「 あらあら ・・・ お父さんね、 ず〜〜っとトレーニングしてるのよ? 知ってた? 」

「 ・・・ え。 そうなんだ? 」

「 そうよ。  お仕事で忙しくても夜遅く走ったりしてたわ。

 あなた達が寝てしまった後とか 朝もね、出勤前に。  あそこの松林を抜けてずっと海岸の方に

 降りて行ったのしょ。 」

「 うん・・・ ふは〜〜 ・・・ お父さんって運動系の部活やってたのかなァ ・・・ 」

「 え ・・・さあね? 自分で聞いてごらんなさい。  ああ 急いでシャワーしてきてね。

 皆で一緒に朝御飯にしましょ。 」

「 ・・・ んん 〜〜 」

のろくさ階段を登る息子の背を見つめ フランソワーズはちょびっと得意だった。

 

       ふふふ・・・ あなたのお父さんはね。 

       ほら こ〜〜んなにカッコいいのよ?

       あなた達には ぜ〜んぜん敵わないんだから♪ 

       いつだってね、 009は トレーニングを欠かさないのよ

 

「 さあ〜て♪ それじゃ 皆で朝御飯にしましょう。 そろそろ博士もお散歩から戻られるし。

 う〜ん ・・・ 気持ちのいい朝だわね♪ 」

ふんふんふん・・・ ハナウタ混じりに 島村さんちのお母さんはキッチンに戻った。

 

サイボーグ達は生身の常人より遥かに身体的機能はアップされている。

しかし それだけに、改造されたメカニックな部分だけに頼っているのではない。

戦闘時、自らの身を護りそして敵に対峙するために決定的となるのは やはり生身のカンなのだ。

メカニックは認識した瞬間に稼働するが それよりほんの一瞬早く鋭いカンを備えた生身は

反応することができる。

その本来の身に付いた判断力が その後の身構えや的確な行動を左右する。

そのために ジョーは常にトレーニングを続けている。

生身とメカニック ― その双方の融合性をも鍛えているのだ。

  どんな時だって 身体が資本だからね。

ジョーは何気なく子供たちの前で言い、双子たちも ふうん・・・? と聞いている。

もちろん ・・・ その真の理由を子供たちが知るわけはないのだけれど・・・

 

フランソワーズは その日の朝食時、ず〜っと最高にご機嫌ちゃんだった。

「 さあさ  皆沢山食べてちょうだい。 お腹、空いたでしょう?  

 すばる? もっとパン、食べる?  ジョー、御飯のお代わりは? 」

「 ・・・ もう いい。 」

「 なんじゃ、すばる。 もうへばったのか? 」

「 ・・・ ち、ちがうよ!  お母さん、パン、もう一枚 焼いて。 」

「 はいはい。 博士、オレンジが冷えてますわ、如何? 」

「 そうさな・・・ 頂こうかな。  そうそう すばるや。 お前のマトの件だが。

 材質とか距離とかを教えておくれ。  ワシも調べてみたのだが判然とせんのじゃ。

 どうせならきちんとしたものを作ってやりたいのでな。 」

「 博士、 ありがとうございます。  でもまだまだ・・・ 実際に射る段階じゃあないですから。

 な、すばる? 」

「 うん。  おじいちゃま・・・ 僕たち新入部員は まず体力づくりなんだ。

 弓もね〜 まだ引くだけ。 それでも 大変なんだ〜 」

「 ほう・・・ そうなのかい。 それじゃあ すばるが一人前になるまでにワシも弓道のことを

 勉強しておくからな。  競争だ、がんばれよ。」

「 は〜い・・・ 」

「 すばる、 今日は部活、ないんだろ?  あとでちょっとお父さんに付き合え。 」

「 ・・・ え ・・・ また ロード・ワークぅ?? ・・・僕 もう いい・・・ 」

「 違うよ。 裏庭で マトの相談をしよう。  おじいちゃまにきちんとお願いする前にな。 」

「 ァ うん! 」

少々げんなりしていたすばるは にっこり笑顔になった。

「 いいわねえ〜 すばる。 おじいちゃまやお父さんに応援してもらって・・・

 ジョー?  でも ・・・ウチの裏庭でお馬さんを飼うの? 」

「 ・・・ は? 」

「 博士、 やっぱり広さが足りないのじゃありません?  お馬さんが駆け抜けるでしょう? 」

「 ・・・う、馬 かい?? 」

「 そうですよ。  あ! 練習の時も ヨロイ 着るの? すごいわね〜〜 すばる、 

 ほら、 愛 って字がついた カブト!  あれ、お母さん、作ったげる! 」

「 ・・・ はあ?? 

フランソワーズは一人 にこにこご機嫌である。

   ・・・ どうやら 彼女の頭の中では 弓道 とぼんやり眺めていた大河ドラマと

鎌倉で見た 流鏑馬 がごっちゃになっているらしい・・・

「 ・・・ おとうさ〜ん ・・・ 」

「 あ ・・・ ああ・・・ うん、お父さんがあとでよ〜〜く話しておくから、 さ。 」

「 うん、 頼むね。 」

「 あらあら 仲良しでいいわね。 ふんふんふん・・・ さ〜て 今晩は何にしようかな〜♪ 」

朝御飯の食器を重ね、母はご機嫌で ― ハナウタなんぞ歌いつつキッチンに戻っていった。

「 ・・・ お母さん さ。 相変わらず 」

「 ああ。  想像力過多、 は女性の専売特許だよ。 」

「 ・・・ そうじゃなあ。  あの発想には ・・・ 負けるわい。 」

男性陣は うんうん・・・と頷きあっていた。

 

 

 

 

ギルモア邸の裏庭は 裏山にも繋がっていてかなり広い。

建物を海風避けにして ジェロニモ Jr.の温室と 張大人の野菜畑が広がり、あとは物干しが立ってる。

すばるは 弓道部から借りてきた練習用の弓を持ってきた。

「 ふうん これが和弓か。  まずは ・・・  習ったとおりに引いてみろよ。 」

「 うん ・・・ えっと・・・ まず、こうやって立って・・・ 」

ジョーの前ですばるは 顔を真っ赤して弓をひいた。

中学生、といってもまだ一年坊主、コドモの筋肉にはなかなか大変のようだ。

支える手が震え、弓自体がふらふら揺れてしまう。

ジョーは ふらついている弓を握った。

「 いいか。 一点を狙う時にはな ・・・ まず 気持ち集中させる。 そして 見る。 」

ジョーはすばるの弓を手に取ると きりきりと引き絞り ― ぱ ・・・!と引き手を放した。

 

   ひゅん ・・・!

 

弓弦が 空気を切って音をたてるが、 弓を支える手は揺るがない。

「 お父さん すごい ・・・!  ねえ  ・・・ 弓、 やってたの? 」

「 いいや。   今が初めてさ。 」

「 でも ・・・ すごいや! 先輩たちと同じだよ! 」

「 そうかい。  こうやって <狙う> んだって、お母さんから教わったのさ。 」

「 ・・・ お母さん?? 」

「 ああ。  しっかり目標を見て。  自分の身体のクセをよく知らなければだめだってね。 」

「 しっかり 見る ・・・? 」

「 そうだ。  多分弓道も同じじゃないのか? 

 構える前  矢をつがえ弓をひいている時  矢を放つ時  射った後 ― 

 ずっと しっかり <見る> んだろ? 」

「 ・・・ うん!  先輩も おなじこと、言ってた! 」

「 そうか。  あとは 自分自身のことをよ〜く知らなくちゃな。 

 いつもどっち側に曲がりやすい、とか。 疲れてくるとどうなるか、とかさ。 」

「 それも お母さんから教わったの? 」

「 ああ そうだ。  ・・・ もう 恐くってね。 さんざんしごかれたよ。

 いったいどこを見ているの!? 目を瞑るのは 意気地なしよ!ってさ・・・ 」

「 ・・・ 目を瞑るのは 意気地なし ・・・ 」

「 お母さんは 勇敢だよ。 どんな時だってかっきり ・・・ あの碧い瞳を開いてしっかり 見てる。

 どんなに辛い時だって目を逸らせたりはしないんだ。 

 これは 本当に勇気がいることだ、と思うよ。 」

「 ・・・ 勇気 ・・・ そうだね。 お父さん ・・・ お母さんって ・・・すごい! 」

「 ああ。 すごいさ。  そしてね、あんなステキな女性、他には 世界中さがしたっていないよ。 」

「 うん ・・・!  うん! 」

すばるはお父さんと見つめあい ― に・・・っとウィンクし合ったのだった。

 

 

 

 

 

「 楽しそうだったわね〜〜 ちょっと羨ましかったな・・・ 」

「 え? なにが。 」

ジョーはがしがしバスタオルで髪を拭いている。

連休の一日も穏やかに終わり、夫婦は寝室でゆったりと寝仕度をしていた。

「 すばると 裏庭で、よ。 二人で弓のレッスン、していたのでしょう?

 オトコ同士って カッコいいなあ〜 って 眺めていたの。 」

「 ・・・レッスン ・・・とはちょっと語感的ニュアンスが違うけど・・・ 

 あは、カッコよかったかい。 」

「 ええ! とっても♪ すばるも熱心にジョーの真似、してたし。

 なんか・・・すばるもカッコよくなってきたな〜って♪ 

 さすが中学生だな〜・・って うふふ・・・ ちょっとドキドキしちゃった♪  」

「 ・・・ アイツなんかまだひよっこさ。 一年坊主だろ。  クチバシの青いひよっこだ! 」

 

      あらら・・・ ご機嫌ナナメねえ・・・

      ふふふ ・・・またジョーのヤキモチ妬きが始まった・・・

 

フランソワーズはこっそり笑いを飲み込むと、ジョーの隣に腰を降ろした。

「 ね・・・ あの子達が一年坊主なら わたし達も 中学生の親・一年生 よね。 

 これから・・・ いろ〜んなことがあるわね、きっと。 」

「 ああ  ― ごたごた がたがた ・・・いろいろあるさ。 

 でも な。 きみと一緒なら 乗越えてゆける。 なんとかやって行ける。 」

「 ふふふ ・・・そうね。  わたしも、よ。 すぴか が怒っても すばる がむ・・・っとしていても。

 平気よ、わたしだって親・一年生なんだもの。 ジョーと一緒だもの。 」

「 そうだなあ ・・・ お互いに一年坊主、だよな。 」

「 ねえ? ごたごたな 普通の日 って。 なんてステキなの! 

 なんてステキな 一年生 なのかしらね、 わたし達・・・・ 」

「 きみってひとは・・・!  ああ ・・・ 本当にきみってヒトは! 」

「 うふふふ・・・わたしはね、世界で一番幸せなオンナよ。  ジョー・・・あなたがいるから。 」

「 ・・・・・・・・・ 

ジョーとフランソワーズは どちらからともなく腕を絡め合い唇を重ね ― 

 

   一年生になったら・・・ 一年生になったら♪ 

 

 

 ― さあ 一緒に 新しい日々へ ・・・! 

 

 

 

   

      *****  おまけ  *****

 

「 大変大変 ・・・ お弁当、急がなくちゃ。  ・・・あら? 」

「 ・・・ お母さん おはよ〜 」

「 すぴか? どうしたの?? 」

早朝、フランソワーズは大急ぎでキッチンに降りてきて ― 目を見張ってしまった。

まだ薄暗い中で すぴかがせっせとお握りを握っているのだ。

目の前のお皿の上には イビツだけど海苔でしっかり包んだお握りがごろごろ転がっている。

「 どうもしないよ。  あのね、 アタシ、自分でお握り作る! 部活でお腹すくもん。 」

「 え・・・ お弁当の他に、ってこと? 」

「 そ。 あ  いいよね、お母さん。   そ〜だ 梅干とカツオ昆布の佃煮、もらったね〜 」

「 あ ああ ・・・ いいわ。  御飯、 ちゃんと炊けていたでしょう? 」

「 うん!  あ、今日はね〜 アタシが当番なんだ。 」

「 ・・・ とうばん?? 」

「 そ。 部活用 お弁当の当番。 明日はすばるが作るんだ。 ぎゅ・・・ぎゅ・・・ぎゅ・・・っと。

 よ〜し・・・ これでおっけ〜♪ お母さん、ありがと〜〜 」

「 あ ・・・ い・・・いえ・・・ 

すぴかは お皿の上のお握りをぱぱぱぱっと二つの保存容器に分けると さっさとキッチンを出ていった。

「 ・・・ まあ ・・・ 一体どういう風の吹き回し? 

 まあ ・・・ いいけど。  じゃ ・・・ わたしもお弁当、作らなくちゃ。 

フランソワーズは それじゃ・・・と気を取り直して改めてお弁当を作り始め ・・・ 炊飯器を開けて。

 

     あ。   御飯が  ・・・・   ない・・・!

 

 

その日。  出勤前に 島村夫人は島村氏にいつもの通り、お弁当を渡し、にっこりと微笑んだ。

そして ―

「 ジョー? だってわたしたちはサイボーグですものね。

 すこしばかりの空腹なんて全然平気でしょう?  

 今日のお弁当ね。 御飯の替わりにオーツ・ビスケット、持っていって! 」

「 ・・・ は・・・? 」

「 あなたの娘と息子がね。 あなたの分の御飯もぜ〜〜んぶ。 持っていってしまったの! 

 それじゃ・・・ 行ってらっしゃ〜い♪ 」

島村夫人は 満面の笑顔でキスをしてくれた ・・・。

 

    「 ・・・ く く く  ・・・父親は ・・・哀しいなあ・・・ 」

 

ジョーはいつもより遥かに軽い弁当箱を恨めしげに抱いて とぼとぼ出勤していった。

 

 

 

**************************      Fin.     ******************************

 

Last updated : 05,04,2010.                         back         /        index

 

 

 

****************     ひと言   ***************

あは・・・ や〜〜っと終りました・・・

なんてことない日常話に だらだらお付き合いくださいましてありがとうございました<(_ _)>

え〜 今回は すぴかちゃんにスポット、 かな??

なお、 【 ひまわり洋装店 】  の おばあちゃんが持っていた鋏は 

Nogent といってフランスでは有名な鋏なのだそうです。 ロゴは この文字が入っています。

( めぼうき様 情報〜〜♪ )

そして すぴかが読み返していた絵本 の話につきましては・・・

拙作 『 カエルとお姫様 』 を もしお時間がおありでしたらご参照くださいませ。

今回も完全に めぼうき様との合作です、ありがとうございました<(_ _)>

ご感想のひと言でも頂戴できましたら 狂喜乱舞〜〜〜♪