『 わたしの手 あなたの手 ― (2) ― 』

 

 

 

       ふんふん ふ〜〜〜ん ♪

 

大きな籠を抱え フランソワーズはご機嫌ちゃんで

裏庭を横切ってゆく。

「 う〜〜ん いい気持ち♪  気持ちいい風ね〜〜〜

 お蔭で洗濯モノはぱりっぱり。  

 きれ〜〜に乾いて ・・・ ああ お日様の香〜〜 」

 

瓦礫と草ぼうぼうだった荒地は かなり庭らしくなってきている。

洗濯モノ干し場 と 温室 がメインになっているが

裏山にも続いているので 大きな樫の木があったりして

なかなか楽しい。

 

「 ふんふんふ〜〜ん♪ あ ここにも花壇、作りたいなあ

 今度 ジェロニモに相談してみよっと 」

 

 トントン トン  −−− カタン。

 

軽い足取りで勝手口まで戻り キッチンに入った。

「 ふ〜〜ん・・・ さあ みなさ〜〜ん 

 洗濯物 乾いたわよ〜〜  リビングに置いておくから 

 どうぞ自己責任で引き取ってね〜〜 」

 

  で で〜〜ん。  リビングのテーブルに籠を置いた。

 

「 これ以上は個人の問題ですので ―  あ イワンの分は

 お部屋に持ってゆかないとね 」

ゴソゴソ ―  スタイやら小さなシャツ、ロンパースなんかを

引っ張り出した。

「 え ・・・っと? あ お気に入りのクマちゃん・タオル どこ〜〜

 ・・・ あった あった。 よいしょっと ・・・

 お部屋に届けるわ。  ・・・ あら?  」

 

     う ぇ −−− う ぇ〜〜〜〜

 

二階から 微かに泣き声が聞こえてきた。

「 イワン ・・・?  まだ目覚める日 じゃないと思うけど・・・

 はいはい 今 行きまあす 」

 

この邸では二階に 仲間たちの私室が並ぶ。

フランソワーズも南側の角部屋で寝起きしている。

 

「 はいはい ・・ あらあら 」

階段あがってすぐの部屋のドアを開ければ ―

ベビー・ベッドの中では 赤ん坊が反り返って泣いている。

「 あ〜〜 なあに どうしたの??

 ねえ そんなに泣いてばかりいないで ・・・ ほら 

 理由 ( わけ ) を 教えてよ〜〜〜 」

そうっと抱き上げてみたが 目をしっかり瞑ったまま泣いている。

泣きすぎて 大汗かいて怒っているみたいに顔は真っ赤だ。

「 え〜〜〜 どうしたの??  具合 悪いのかなあ・・・

 ねえ ねえ イワン? 」

 

001の世話は 彼が目覚めて起きている間はわりと楽なのだ。 

このスーパー・ベビーはちゃんとやってほしいこと 現在の要求を

的確に伝えてくれるから。

 

    お腹減ったヨ  ミルク〜〜

    あ メーカーは ○○ミルク だからね〜

 

    ・・・ オムツ替えて。

    次は む〜○〜君 がいい。

 

    暑いよ シャツ脱がせて

 

はいはい と 指定通りのことをすればそれでオッケ〜

指示に従えば 赤ん坊はご機嫌になり 

< 001 >は 博士とラボに籠り研究だの開発に没入するのだ。

 

だけど。 眠っている間 ( 一か月の半分は寝ている ) は

 ― 普通の・ただの・どこにでもいる・赤ん坊。

泣いたりぐずったりして ・・・ その理由はなにも告げてはくれない。

 

「 う〜〜ん ・・・ ねえ なんとか言ってよぉ〜〜 

 ミルク・・・ なわけ ないわよね。 あ  オムツ? 

 さっき替えたんだけどなあ 」

ぎゃあぎゃあ泣く赤ん坊を前に 完全にお手上げである。

「 おねがい〜〜  ちょっと黙ってよぉ〜〜

 わたし! 子育て なんてしたことないの。

 女性なら誰でも赤ん坊が好き なんて決めつけないでよぉ〜 

 わたし 弟とかいないから 赤ん坊と付き合ったこと ないの! 

 育児未経験、 初心者 なのよぉ〜〜〜 」

もう知らない〜〜〜と 部屋から逃げ出すわ!  と本気で

決心しかけた時 ― 

 

   トン。   ドアが開き、ジョーが顔を覗かせた。

 

「 イワン〜〜 オムツかなあ? 」

「 ・・・ あ ジョー  ねえ 泣き止まないのよ〜〜

 オムツはさっき替えたはずよ 

「 そう?  あ〜 でもこの顔は やっちまったあ〜〜 だよ 」

「 ・・・ やっちまった・・・? 」

「 そ。 あ ぼくやるよ〜  替えのオムツは どこ? 」

「 ・・・ジョー?  あの できるの? オムツ替え・・・ 」

「 うん 慣れてるから・・・ 任せてくれる?

 あ これ使っていいんだよね ? 」

「 そうよ。  いつもこれなの ・・・ 

 ほら あの・・・ 起きてる時に本人が指定したの 」

「 あは そうかあ〜 便利だねえ 」

クスクス笑いつつ ジョーはさっさか赤ん坊のオムツを替えた。

フランソワーズは 一歩引いた場所からひたすら感心して眺めていた。

 

    うわあ ・・・ 手際 いいのねえ

        ・・・ まさか シングル・ファーザー ??

    ・・・なワケ ないか。

 

    あ。 歳の離れた兄弟がいたのかしら

    そうよ きっと。

    ふふふ いいお兄ちゃんなのね

    ジョーんちのママンは大助かりね 

 

「 〜〜〜 はい 終わりっと。 

 さあ さっぱりしただろ〜〜  って 寝てるけどさ 」

ジョーは ちょん・・・と 赤ん坊のぷっくりした頬を撫でた。

「 あの ・・・ すごく上手ね  保育士さんみたい 」

「 あは  こういうの、慣れ だよ。 」

「 ― 慣れてるの? 」

「 ウン。 ず〜〜っとやってから さ。

 あ そうだ ミルクもそろそろ買ってきたほうがいいんじゃない? 

「 あら そう? 」

「 ウン。 確か・・・駅前のドラッグ・ストアでセールやってるから

 オムツと一緒に買ってくるね 」

「 あ お願いします 」

「 任せて〜〜  あ なにか他に必要なもの ある? 

 洗剤とか トイレット・ペーパーとか 

「 ちょ ちょっと待ってね 確認してくるわ 」

「 たのむ〜〜 」

彼女は ぱたぱた納戸をチェックしに行く。

 

     009って。

     なんか・・・家政婦さん みたい?

     めちゃくちゃ細かいこと、気が回るのね

 

     オトコノコなのに すごいなあ・・・

     普通 ― この年頃って ・・・

     自分のことにしか関心ない よね?

 

     ず〜〜っとオウチの手伝い してたのかなあ

     家族が多かったのかしら  弟妹がたくさん とか。

     最近 珍しいわね ・・・?

 

     ― なんか変わったコ ねえ 

 

いつもにこにこ・・・ 黙って皆の後ろにいる・ジョー。

逃走時のミーティングでも 普通の雑談でも 彼はいつもにこにこ・・・・

聞き手に徹している。

意見を求められても 穏やかに賛意を示すだけだ。

 「 ― あ ・・・ うん 同じです 」

時に 丁々発止と交わされる、仲間たちの議論には加わらない。

でもちゃんと聞いているし理解もしている様子だが 発言はしない。

彼自身の意見を 述べないのだ。

 

     なぜ?? 発言しないの?

 

     ― あ。 闘っている時も 無口だったっけ・・・

     でも 強いのよねえ 彼。

     スーパーガンとか 持つのも初めてだらしいけど

     一回 教えると ―  完璧に近いわ

 

     ・・・ 敵に回さなくてよかった ・・・

 

009 から しまむら・じょー になった彼は

まだまだ か〜〜なりミステリアスな存在だったのである。

ともあれ 穏やかで気のきく彼と、一つ屋根の下での暮らしは

快適だった。

フランソワーズも 少しづつ周囲の環境やら仲間たちについて

観察し、理解し始めていた。

     

 

極東の島国での穏やかな生活を送り 仲間達もすこしづつ本来の自分自身を

取り戻していった。

 

   ゼロゼロナンバー・サイボーグ から 市井のニンゲン へ。

 

それぞれが それぞれのやり方で復帰を模索、探求し ―

やがて 彼らは思い思いに散って行く。

故郷に戻るもの 新天地で生きるもの そして この島国に残るもの

 ― それぞれが 自分の道を見つけだした。 ニンゲンとして。

 

彼らは お互いのそれぞれの選択に心からのエールを送り ― 

次の一歩を踏み出したのだった。

 

004は 新しい手で縦横無尽に鍵盤を鳴らし 手袋のピアニストとして名を馳せ

003は 天に向かって舞うためにレッスンを再開した。

001は 彼の希望で005とアメリカで生活を始め

006は ヨコハマに念願の店を開いた。

007は 母国で劇団を主宰 時々ふら〜〜っと006の店で店員になる。

002は 生まれ育った街に戻ったが行方不明になることが多い。

008は 母国の屋台骨を背負う活動に 邁進している。

 

009は  博士と003とともにこの屋敷に住んでいる ― ずっと。

 

フランソワーズは 屋敷に残った。

この国は案外住み易く 少し慣れればかなり快適に暮らせる。

屋敷のある地域は温暖で開放的 ― 古くからの港・ヨコハマに近いので 

外からのヒト に慣れていて適度に無関心だ。

再び レッスンに通いはじめたバレエ団が なかなか性に合っていた。

普通のトモダチも出来て 日々の暮らしは軌道に乗り始めた。

 

      うふふ ・・・ なんか楽しいわ

      レッスンは厳しいけど 踊れるのよ!

 

      ごはんも美味しいし・・・

      このお家の周りは 気候も優しいし

      ― 海が見える〜〜

 

      わたし  ここが気に入ったわ!

 

博士と茶髪のジャパニーズ・ボーイ と パリジェンヌと。

三人は 穏やかな日々を送っていった。

 

時々は 戦闘などに出てゆくこともあったけれど

ドルフィン号に護られ  彼らは無事に再びこの地に戻ってきていた。

 

 

「 ・・・・ さあ これで いいかな 」

フランソワーズは 洗濯もの干し場で伸び〜〜〜をした。

やっとこさ あの特殊な服、9着を乾し終えた。

 

その朝 ― からり、と晴れ上がった青空の誘惑に

彼女は むずむずしてきていた。

「 ・・・ うん! 決めたわ 」

ぴかぴかの青空を見上げ フランソワ―ズは独りで頷き

書斎に向かって駆けだした。

 

「 博士〜〜〜 」

「 !? なにごとかね?? 」

博士は 朝食後すでに研究に没頭していたが 驚いた顔をした。

「 あの! ですね〜〜〜 

フランソワ―ズは息せき切って! 喋り始めた。

「 ― 洗う?  ああ 特殊洗剤使ってラボで洗うぞ 」

博士は事も無げに言うのだが ―

「 あのう ・・・ その後、普通に洗ってもいいですか? 」

「 かまわんが ? 」

「 じゃ 洗います!  やっぱり・・・ そのう 汚れてるし 」

「 そうかい? では頼むよ 」

「 はい! 」

 

 それで 彼女は例の服を ( 全員分 ) 洗濯機を二回まわし 洗いあげた!

籠に盛り上げ干し場で 満艦飾 にした。

 

「 あは  や〜〜〜っと キレイになったわあ〜〜 

 うふふ ・・・ この爽快感 オトコ共にはわからないわよねえ〜〜 」

 

フランソワーズは満足気に干し場を見上げている。

特殊洗浄で この特殊な服 の特殊な汚れ は除去されるだろう。

 しかし!  直に肌に付けて着るモノは やはり洗濯機でがらがら洗い

お日様の下で 乾かしたい。

 

     う〜〜ん ・・・ いい気持ち!

     二ホンの空って ステキねえ〜〜

 

     晴れ って大好きよ♪

 

     うわ〜〜〜〜い・・・ !

 

「 あの フラン ・・これも ・・・ 」

「 あら  ジョー 」

振り向けば ジョーがやはり洗濯カゴを抱えている。

中には ― 黄色い布が溢れている。

 

「 ?  あ マフラ〜〜〜〜 」

「 うん ・・・ ほら これもさ〜 洗わないと 

 結構汚れるんだよ〜 」

「 ! そうね  洗ってくれたのね 」

「 ウン。  まあ 洗濯機に放り込んだだけ だけどさ 

「 うふふ 皆 そうよ〜〜  さあ 乾しましょう 」

「 うん!   あはは 9本もあると大変だね 

ジョーは 笑いつつ洗濯ヒモを 新しく引っ張り始めた。

長い洗濯ロープを ひょいひょいとひっかけてしっかりと結ぶ。

その姿は なんというか ― かなり慣れた、というかとても自然なのだ。

「 へえ ・・・ いつもこうやってるのかしら  」

「 え なに? 」

「 あ なんでもない・・・ けど・・・

 ねえ お洗濯とか 好き? 」

「 え ・・・ キライじゃないけど?

 わぁ これ 誰のかなあ 端っこがボロボロだよ? 」

「 あらあ ・・・ 縫っておかないとダメだわね 」

「 ウン ジェットのかなあ 」

「 さ あ・・・ ジョーのではないの 」

「 ぶ〜〜。 ちがいまあす。 ぼくのは   これ! 」

彼は さっと一本のマフラーを取り上げた。

「 え  どうしてわかるの?? 

 イワンとジェロニモの以外は 皆 同じ長さよねえ 」

「 そうなんだけどさ〜  へへへ ほら ぼくのはあ 」

「 ?? 」

「 ここ 見て。 う〜んと端っこ・・・ 」

彼が得意気に差し出した、ソレには ―

「 え ・・・ クマ? 」

「 あったり〜〜〜♪ へへ こっそり刺繍したんだ〜 ぼく 」

「 え〜〜〜〜 」

 小さなクマちゃんの顔が 黄色いマフラーの端っこで笑っていた !

「 ・・・ すご・・・  器用なのねえ 

「 ううん〜〜 できるの、これっきりなんだ〜〜

 博士にね 耐加速の糸、作ってもらって刺繍したよ 

「 へえ へえ〜〜 かわいい〜〜〜〜  

 あ ねえ ねえ わたしのマフラーにも なにか刺繍して? 」

「 ・・・ クマちゃん しかできないんだってばさ ・・・ 」

「 あ  う〜〜ん   ( お揃いって イヤかなあ ・・・ ) 」

「 フランも自分でやってみれば? おはな とか にゃんこ とか 」

「 ・・・ う〜〜〜ん 」

「 博士に糸、もらってさ。 ぼくが頼んで茶色と白と黒、赤があるから

 茶白猫 なんかできるよ〜  可愛いじゃん 

「 ・・・ 苦手なのぉ 」

「 あれ にゃんこ ダメ? アレルギーとか? 」

「 そうじゃなくて。 ・・・ そのう 刺繍 とか 

「 え  そうなの? 器用そうだと思ったけどなあ

 あ でも簡単だよ〜 ぼく このクマちゃん 中坊の時におぼえたし 」

「 わたし ホント、ダメなの・・・ 

「 それじゃさ イニシャルとか どう?  F ってかっこよく♪ 」

「 ・・・ か 考えておくわね  ( 無理なのよ〜〜〜 )

 あ ねえ ねえ 晩ご飯のお野菜、温室に摘みにゆかない? 」

「 わあ いいね いいね〜〜

 ウチの野菜は採れたてでマジウマだよ〜〜 」

「 じゃ 行きましょ 」

フランソワーズは 話題を変えられてほっとしていた。

 

     わたし ・・・ 本当にブキッチョなのぉ

     ジョーって 意外だわあ〜〜

 

     指とか太い感じなのに・・・

     あら。 よく見れば 器用そう〜〜

 

     そっか 日本人 って皆 滅茶苦茶器用よね

     < オハシ > なんていう二本の棒で

     なんでも掴めるし ・・・

     ゴハンもあの粒粒 もちあげて食べるのよね〜

     らーめん とかパスタ類もよ!

     そうそう この前 薄切りのハム 摘まんでたっけ

     感心して じ〜〜〜っと見てしまうの。

 

     ― あのクマちゃん ・・・

     わたしも お揃い したいなぁ・・・

     だって可愛いじゃん?

 

     ねえ わたしとお揃いは イヤですか?

     ・・・ ジョーって。

     なんか ちょっとイイ感じじゃない?

 

なんだか 久々に甘酸っぱい気分を味わえて ― 嬉しかった。

 

「 ジョーって。  ・・・ 奥がふか〜〜〜い のかも?

 でもなんか ・・・ 不思議ちゃん だわぁ 」

 

この最後に知り合った・茶髪ボーイに パリジェンヌは興味深々・・・

 

      ― 決めた!

      このコ、よ〜〜く観察するわ。

 

      だって 仲間 なのよ

      だって 同じ家に住んでいるのよ?

 

      しまむら じょー さん

      貴方は いったいどんなヒト なの?

      大きな 温かい手 の ヒト・・・

  

 

 ― とにかく かなり器用な少年 らしい。

ごく普通の日常的な家事は ほとんどこなせる。

難なく のレベルは越えていて かなり円滑で手早い。

 

      ちょっとぉ〜〜

      ・・・ ハウス・キーパー とか

      家政婦さん になれるんじゃないの??

 

      やだあ〜〜〜 なんでもできるのね

      ! こんなヒトと結婚したら

      すご〜〜〜く 楽 かも ・・・

 

      ― これは新しい発見 ね!

 

 

そう言えば ・・・

 

  バサ −−−

 

ソファの上に パリッと乾いた洗濯モノを広げる。

フランソワーズは 眉間に縦じわ だ。

「 ・・・ う〜〜ん  なんでこんな風に破くの?? 

 やだ〜〜 ボタンもないじゃないのぉ

 似たようなの、 あったかなあ ・・・ 」

 

  ぶつぶつ ぶつ ・・・ 仕方なく針箱を持ちだした。

 

カチャ カチャ ― 針箱の中身をひっくり返しいろいろ探していると。

 

「 あ?  ボタンつけ?  やるやる〜〜〜 やらせて〜

 ぼく なかなか得意なんだぜ 」

 

この針 借りていい? と 茶髪の彼は 大きな手で実に器用に糸針をあやつり

さささ〜〜と ボタンをつける。

 

「 〜〜っと。 いっちょ上がり〜〜〜♪ ほい。」

「 ― すごい わねえ ・・・ 」

「 え  なにが 」

「 だから その。  針しごと 」

「 え〜〜〜??  こんなんみ〜んな出来るじゃん?

 義務教育で 家庭科で学習したよぉ〜〜 」

「 ― わたしは 学習してないの 」

「 あ そっか〜〜  フランスなんかは違うんだ? 」

「 学校では 習ってないわ ・・・ 母から教わったけど 

「 あ〜 そうだよねえ 普通 そうだよ。 」

「 あら。 アナタは違うの ?  」

「 あ うん。 ぼくさ、施設で育ったんだ。 」

「 ― え あ  あの ・・・ ご ごめんなさい あの・・

 なんか無神経なこと、聞いてしまったわ 」

「 いいよう 本当のことだもの。 

 それでさ 自分のことは自分で が鉄則だったわけ。

「 ・・・ そうなの ・・・・ 」

 

自分の服のボタン付け 繕い は当然 自分で。

年嵩になってからは 寮母さんを手伝い、アイロンかけもやった。

小さい子達の破れたシャツやらズボンの 直しもやった。

それは順繰りに周ってくる仕事なのだった。

 

「 ま しょうがなくてするようになったってことかな〜〜 」

「 ・・・ そうなの ・・・ 」

「 あれえ 気にしないでくれよ? 」

「 え あ   ええ ・・・ 」

フランソワーズは どぎまぎしつつ手元の針仕事に目を落とした。

彼のあまりに屈託のない笑顔が なんだか眩しすぎて・・・

 

      どうして そんな風に明るく笑えるわけ?

 

      ・・・ このヒト ・・・

      めちゃくちゃに 強い のかも・・・

 

「 ・・・ いいな〜〜〜 」

「 ?? なにが 

ジョーは 彼女の向かい側から ぽつり、と言うのだ。

フランソワーズはソファの上で脚を組み ちょいと眉根を寄せ

< お裁縫 > をしていた。  

シャツの破れの繕いと ボタン付けのついでに 自分自身の仕事も

持ち出したのだ。

「 なにが いいな  なの 」

「 ・・・ え  あの 〜〜 さ。

 そのう ・・・ 女のヒトが縫い物してるって いいなって。 」

「 ??? なんで?? 」

「 なんで ・・・って ・・・・ う〜〜ん??

 自分でもよくわかんないけど ― なんか すごく好きなんだ 」

「 好き?? お裁縫が? 」

「 あ ううん。 そのう・・・ きみがチクチクやってるの、

 見てるが ・・・ 好き 」

「 へ え???  興味があるってこと? 」

「 う〜〜ん ?? そういうのともちょっち違うかなあ

 ず〜っと見てたいなあ って気分 

「 ?? なんだか可笑しなジョーねえ 」

「 ごめん ・・・ 迷惑じゃなければ 見てても いいかな 」

「 いいけど〜〜  面白くないわよ? 

 わたし 針仕事、ヘタだし 遅いし 」

「 そうかなあ   ね それ なにを縫ってるの 

「 これ?  ポアントに  あ  トウ・シューズにリボンを

 縫い付けてるの 

「 リボン ?  飾り・・・? 」

「 あ〜 そっか 知らないわよね ・・・

 あのね このリボンで縛ってこの靴を履くの 

「 へ  え 〜〜〜〜  それで しばる の?? 

 蝶々結び とか・・・? 」

「 あ 違うの。 あのね ほら こうやってね〜〜 」

「 ・・・ う  わ ・・・  」

フランソワーズは ぽい、とソックスを脱ぐと

縫いあげたばかりのポアントに 足を入れた。

さささ・・・っとリボンを重ねポアントをしっかり履き

結び目はきゅっと縛って内側に押し込む。

 

     ふふふ ・・・

     チビの頃に教わったまんま だわねえ

 

     うん これはまあまあ かな〜〜

 

きゅ ・・・ 甲を出してストレッチをしてみた。

 

「 それ ・・・ 靴 ? 

「 そうよ。 これを履いて踊るの 」

「 そっちの ― 触っても いい ? 」

「 どうぞ〜〜 はい 」

履いてない方を 彼に渡す。

「 ・・・ うわ ・・・ かちかちじゃん 

「 そうなのよ トクベツなノリで固めてあるの 」

「 これ 履いて ・・・ 痛くない? 」

「 痛いけど ― もう慣れちゃった 」

「 ひえ〜〜〜〜  うわ 〜〜〜 」

 

ポアントで立ち 軽く回ったり脚を上げる彼女を

彼は口を開けて見ている。

 

「 ね? この布の靴を履くためにリボンを縫い付けるの 

「 ・・・ へえ〜〜〜〜〜 」

「 両方で四か所 ちょこっとだけ縫うんだけど ・・・

 面倒くさい のよね  

「 この靴 ・・・ ずっと履くの? 」

「 ううん〜〜 ほら 布の靴でしょう? すぐにダメになるわ。

 レッスンなら 一週間くらい かなあ  」

「 え!  たった?? 」

「 そ。 このカチカチの部分がね〜 柔らかくなりすぎたら

 もうダメなのよ。 爪先のとこも破けるし 

 あ 本番用の靴、当日のリハでヤワになっちゃったこともあるの 」

「 ひえ〜〜〜〜〜  」

ジョーは もうひたすら 目がテン 状態だ。

「 ・・・ それで 跳んだり まわったり ・・・ すご ・・・

 マジックだあ 」

「 うふふ そのためにはやっぱりね 子供の頃からの訓練が

 必要なのよ。 どうしても ね  」

「 へ え〜〜〜〜〜   なんか 感動モン ・・・ 」

「 ありがと。 ポアントは好きだけど ここ 縫うのがねえ・・・

 面倒くさい 

「 ミシンとかは 」

「 手縫いの方がしっかり縫えるの。 取れちゃったら大変でしょ 」

「 ふうん ・・・ あ 〜〜 ぼく なんかカルチャーショック かも 」

「 そう?  あ わたしもね〜 ジョーのボタン付けとか

 カルチャーショックだったわ〜〜 上手すぎ〜〜 

「 だからさ〜〜〜 あれは必要に迫られ仕方なく ってこと。

 嫌いじゃないけど 特に好きなわけでもないよ 」

「 そっか ・・・

 ジョーの手は 大きくて温かくて ・・・ 器用な手 ね 」

「 ― そうかなあ ・・・ 」

彼は改めて 自分自身の手の平を眺めている。

「 そうよ。 わたし 大好き!  あ その あの 手が ね 」

「 ありがと。  

 ぼく さ。 この手が なにかを作りだす手 でいて欲しいなあ 

 なにかを壊す手  じゃなく ね 

「 ―  ん ! 」

大きな手に 白い細い指がちょん、と触れてきた。

 

      ― ああ このヒトは。

      温かくて 大きな ヒト なんだわ

 

      好き。  わたし この手 好きだわ。

 

      ・・・ 手の持ち主も  す  き。

 

      きゃ♪ 言っちゃったぁ ♪ でも ホントよ

 

 

フランソワーズは 自分の想いを仕舞いこんだままにしていた。

気持ちのよい同居人 として一つ屋根の下で暮らしてゆくためには

それがベストな方法だと思われたから ・・・

 

ジョーは ・・・ はたしてなにを考えているのか皆目わからなかった。

いつも穏やかに 微笑んでいるだけなのだから。

「 ふうん そっかあ〜〜  

 へえ ・・・ もう知らないコトばっかだなあ 

ジョーはまことに屈託なく 新しい生活を楽しんでいる らしい。

 

 

 

  ガサ ガサガサ −−− バサ。

 

「 え〜っと? 洗濯物 ぱりっと乾きました♪

 ここに置いておくから 自分のもの、もっていってね 」

フランソワーズは いつもの通り洗濯カゴを逆さまにした。

ソファの上には 衣類の山ができている。

「 あ ありがと〜〜〜  うわあ いい匂いだあ〜〜 」

わんこみたいにハナを鳴らし ジョーがとんできた。

「 ね? これはお日様の匂いよね 」

「 ん〜〜〜〜♪  シアワセの匂いだ〜 

  ・・・ くん くん くん ・・・

 洗濯していた匂いでしょ♪ たまごやき〜 の匂いでしょ(^^♪ 」

「 あら 子供むけの歌 ? 」

「 へへ お気に入りなんだ〜〜 

 えっと これとこれと  これ かなあ 」

彼は ひょいひょいと衣類を取り上げる。

「 あ シャツはアイロン、かけましょうか 」

「 え??  ああ 大丈夫だよ ぼく 形状記憶のヤツしか

 買わないから 」

「 け けいじょう・・? 

「 そ。 いっつも新品のカタチに戻ります ってヤツ。 」

「 へ え・・・ そんなの あるんだ 」

「 うん。 便利だよ〜〜   ほら ・・・ 

 

   パサ −−−  

 

洗い上げた洗濯モノを振ると きっちりした形のシャツになった。

「 わあ すごい 〜〜 」

「 へへ いいよね?  アイロンかけ 面倒じゃん? 」

「 そうよね そうよね〜〜 わたしもそういうシャツ 探すわ 」

「 あ 今 たくさんあるよ 

「 いいわね〜〜  あ ・・・ これ 破れてるわ〜

 あらら  ブラウスのボタン とれかけ ・・・ 

 しょうがない〜〜  糸針、もってくるわ 

「 縫うの ? 」

「 破れたまま じゃね 」

「 うん ! 」

なぜか ジョーは嬉しそうだ。

 

「 ー 見てて  いい? 」

「 え?  いいけど ・・・ この前も言ったけど わたし お裁縫、ヘタよ?

 知ってるでしょう   」

「 ん〜〜  ・・・ チクチクやってるとこ、見たいだけだよ 」

「 そうなの?  じゃあ ・・・ いいけど。 」

「 ありがと。  あ ぼく リネン類のアイロンとか やるよ 」

「 まあ なんでも出来るのね  じゃ お願いします。

 アイロンは玄関の納戸にあるわ。 」

「 サンキュ〜〜 」

ジョーは ハナウタ混じりに出ていった。

 

       ふうん ・・・?

       やっぱり ちょっと変わってるわねえ

 

       ま 特に困ることはないけど・・・

       家事がこなせるって ポイント高いわあ〜〜

 

フランソワーズは 彼の背中をながめつつ また針仕事に戻った。

 

   チクチク ・・・ チク。  ! いった〜〜〜!

 

「 あ〜ん また ・・・  あ? 」

気が付けば 向かい側で彼がアイロンを扱っていた。

「 あ ありがとう ジョー 」

「 これ 案外得意だよ〜〜  あ 邪魔してごめん 」

「 いいの  あ〜〜 面倒くさ〜〜 でも 縫わなきゃ ・・・ 」

ため息つきつき 彼女はまた手元の作業に没頭した。

 

        ・・・と 返し縫い、っと。

        はあ〜〜   終わったぁ

        

う〜〜ん ・・・ 針を置いて伸び〜〜をした。

 

「 女のヒトがさ 縫いものしてるの いいなあ〜って 」

向かい側から 遠慮がちな声が聞こえた。

「 あら この前も そんなこと、言ってたけど

 あ〜〜〜  初恋の人は お裁縫が上手なコだった とか? 」

「 あ  いや う〜ん ・・・ 

 おかあさん って そんな感じかなあって 」

「 ―  え 

「 ぼく 母親の記憶、ないんだ。 顔とか覚えてないわけ 」

「 ・・・ え。 

「 だから勝手なイメージなんだけど さ

 ほんわかした気分になれるんだ 」

「 ・・・ そう   なの ・・・ ごめんなさい 」

「 あ またまた〜〜〜 気にしないでよ? 

 ぼくこそごめん  勝手なイメージ作ってて 」

「 ううん。  あの ね ・・・ 多分 なんだけど 」

「 ? 」

「 ジョーの おかあさん って とってもお裁縫とか

 上手だったと思います。  わたしのママンも なんでも手作りとか

 してくれたし 服も縫ってくれたの。

 だから きっと ― ジョーのおかあさんも。 」

「 そ ・・そっかな〜〜 」

「 うん。  それでね 赤ちゃんの服とか縫ってくれてたと思う。 」

「 ・・・・ そっかな 」

「 そうよ。 わたしなんかのレベルじゃないわよ 」

「 えへ ・・・ 」

「 やさしいすてきなお母さん よ。 絶対に 」

「 ・・・ わかるの 」

「 わかるわ。 だってね お母さん って そうなの。

 どこ国の どんなお母さんも。 み〜〜んなそうなのよ 」

「 ・・・ え  そ  そう?? 」

「 そう デス。 

 わたしもね  いつか ・・・ そういう お母さん に

 なりたいなって思ってるわ 」

「 !  うん!  きっとなれるよ!  」

「 うふふ ありがと。 

 あのね ・・・こんなハナシ、したのは初めてよ 」

「 え ・・・ 」

「 ジョーならわかってくれるだろうな って思ったから。

 ナイショよ?? 」

「 あは  うん! 約束するよ 」

「 メルシ〜〜  ♪ ああ 話してよかった ・・・

 ― だから。  ジョーもいろいろ ・・・ 言ってね? 

 感想とか 思ったコト とか。  不満も! 」

「 ・・・ う  うん 

「 そうして  キモチよ〜く 暮らしましょ? 

「 あ  うん そうだね 」

「 じゃ。 改めてよろしく〜〜  ジョーさん 」

「   ん。 ぼくのほうこそ。  フ  フランソワーズさん 」

 

            ぎゅ。  

 

大きな手と細い手が しっかりと握り合った。

 

 

 

  ふわふわ  かち。

 

藍色がいい艶をだしている。

新しい毛糸玉は いつだって幸せな気分になる。

「 ― 編んでみる。  ・・・ 編みたいから。 」

フランソワーズは 最高に厳しい表情できっちりと頷いた。

 

      やる。  そう決めたから。

 

Last updated : 04.19.2022.           back     /     index    /    next

 

**********   途中ですが

だらだらと 続きます (+_+)

ポアントのリボン付け は ほっんとめんど〜★