『 冬支度 ― (2) ― 』
ぽっちゃ〜〜ん ・・・・
湖には 大きな波紋が延々と広がってゆき ― やがて静寂となった。
「 ふ ・・・ 魚たち 留守 か ・・・ 」
ジェロニモ Jr. は 苦い笑いを浮かべ釣り糸を手繰り寄せた。
「 ・・・ 今日は諦める か。
おい ジョゼフ? 帰るぞ。 昼寝はお終いだ 」
とん ・・っと姿勢を替えると ・・・
ぐるるるる〜〜〜〜 うにゃおう〜〜
彼の大きな背中の後ろから 大きな猫、いや 豹が一匹、
うねうね〜 長い尻尾を揺らしつつ現れた。
ぐるる〜〜〜
豹はさんざん彼の背中に身体をこすりつけていたが
前に周ってきて胸にもごしごしやっている。
「 なんだ ジョゼフ。 おめえもこれ 気に入ったか 」
彼は 秋色の鮮やかなベストを ちょい、と引っ張る。
ぐるるるる〜〜〜〜 ぐふぐふぐふ〜〜〜
大きな豹は 甘ったれるみたいに彼から離れない。
「 そうか そうだろうな。 これは 温かい ・・・
なあ ジョゼフ。 俺の仲間が編んでくれたんだ
一目 一目 な ・・・ 温かい ・・・ 」
ぐるるる〜〜〜 ぱたん ぱたん
長い尻尾が ジェロニモ Jr.の足元に絡みつく。
「 おい もう帰るぞ。 ああ 獲物、なかったな・・・
うん ・・・ これ 持ってけ 」
ぽ〜〜ん 彼は腰に下げていた袋から 乾し肉の塊を取りだすと
豹の口元に 置いてやった。
うにゃ〜〜〜 !
「 おう 嫁さん、いるんだろ。 持ってかえってやれ 」
がるるるる〜〜〜 !
ぺろりん。 豹は 彼の顔を舐めてから もらった肉の塊を咥えた。
「 また な。 明日は ・・・ 釣れるだろうよ 」
ぱたん ぱたん。
長い尻尾を一振り、豹はぴょ〜〜ん と岩場から飛び降り
薮の中に消えていった。
「 ふ ん ・・・ よほど気に入ったんだな。 コレ・・・
俺も だが。 」
ジェロニモ Jr. は 海を越えて届いたベストを
その大きな掌で そう・・・っと撫でた。
「 俺も クリスマス・プレゼント を送るぞ
そうさな ・・・ 秋のうちに蓄えておいた木の実で
アクセサリ― でも作るか ・・・ 」
彼は魚籠と釣り竿を持ち ゆっくりと歩きだした。
ひゅ −−− ん ・・・ !
この地の空は いつだって突き抜けるみたいに高い。
「 ふん ・・・ 明日もいい天気だな 」
― 翌日。
ぱっしゃん ・・・ !
引き上げた釣り糸の先には 大きな魚が跳ねている。
「 お。 ― 今日は大漁だ。 もうこの辺でいいか。 」
彼は丁寧に針をはずすと 獲物を魚籠に収めた。
「 ジョゼフ ・・・ 今日は休みか ・・・ 」
ゆっくりと立ち上がった時
がさり。 彼の背後で薮が揺れた。
「 ? ジョゼフか? ・・・ おお 」
うにゃお〜〜〜 みゅう みゅう〜〜〜
ジェロニモ Jr.の後には 大きな豹と寄り添う嫋やかな雌、そして。
みにゃ〜〜〜〜 みにゃ
縫い包みみたいな仔豹が二匹 じゃれついてきた。
「 おお。 ジョゼフ。 お前の子供たちか 」
うにゃ〜〜〜 ぱたん ぱたん
豹は 長い尻尾をくるりん くるりん うねらせる。
「 そうか。 おお 可愛い子供たちだなあ ・・・
隣は 女房ドノか。 ほれ これを持って帰れ 」
とさ。 魚籠の中から一番大きな魚を取りだした。
「 子供たちの誕生祝いだ。 これなら足りるだろう 」
みゅう〜〜〜 みゅううう〜〜
仔豹達は元気いっぱい、 ジェロニモにじゃれついてきた。
「 おう 可愛いなあ ほら 上ってこい 」
みにゃ みにゃあ〜〜〜
チビたちはがしがし 細い爪をたてる。
彼のジーンズを上り 毛糸編みのベストに辿りつけば ・・
みゃあ〜〜〜 みゃあ みゃあ〜〜
優しい触り心地が気に入ったのだろう、二匹ともベストに
しっかりと < 留まって > いるのだ。
「 お ? すごいなあ 」
ほわほわの毛皮を そっと撫でてやる。
「 ジョゼフの子供たち お前達もこのベスト・・・ 気に入ったか 」
ぐるるる〜〜 みにゃ
魚を食べていた親たちも 寄ってきた。
「 はは ・・・ 皆が気に入ってくれたな。
これから ここでも気温が下がってくるし・・・
お前たちに これ・・・ 明け渡すか。 暖かいぞ。
フランソワ―ズ、 怒らない きっと。
ま 一応 報告しておこう。 さあ これももってゆけ 」
ぽん。 彼はもう一匹、 魚籠から魚を投げてやった。
ぐるるる〜〜〜 にゃお〜〜〜ん みゅう みゅう〜〜
ジョゼフががっしり魚をくわえ 優しい表情の母豹が子供たちをよぶ。
「 おう 気を付けて帰れよ ・・・ 」
ザ ・・・ みゅう みゅう〜〜〜
豹一家は 足取りも軽く 巣穴に戻っていった。
「 ・・・ 冬が来る。 森の見回りをしておこう。
ああ このベストは 本当に暖かい。 ありがとう ・・・ 」
彼は はるか東の島国へ 感謝の念を送った。
― 数日後 日本にて。
「 ん? あら〜〜〜 珍しい〜〜 ジェロニモ Jr.から 」
フランソワーズは にこにこ・・・メールを開く。
「 ありがとう ・・・ って ああ ベスト、届いたのね・・・
サイズは大丈夫だと思うけど 気に入ってくれたかな〜
え? ・・・ あら写真? わあ 可愛い〜〜〜
・・・ はいはい じゃ チビちゃん達用に 毛糸の毛布、編むわ 」
メールには彼女の編んだベストに ぶら下がっているチビ豹達の写真が
添付されていた。
「 ふふふ〜〜ん♪ あのベスト ほっんとうにばっちり似合ってる〜
そうよね このチビちゃん達も よく似合うよ〜 って
言ってるんだわ。
うふふ チビちゃん達にもプレゼントします。
う〜〜ん どの毛糸にしようかなあ 」
彼女は 毛糸を入れた大きな籠を持ち出した。
「 なにかいい色 残っているかしら??
そうねえ ・・・ あの豹さん達が棲んでいるのはどんな所なのかな 」
もう一度 送られてきた写真を しげしげと眺める。
背後には 抜けるように青い空、 そして 鬱蒼とした緑。
「 ふうん ・・・ 緑が案外豊かなのね?
それじゃ やっぱり ・・・ これ ! 」
フランソワーズは 毛糸玉を掴みだす。
「 これがいいわ。 チビ豹ちゃん達〜〜〜
あなた達のベッドに似た色で編むわね 楽しみに待ってて 」
カチ カチカチ ・・・・
すぐに編み棒がリズミカルに動き始め、暗緑色を基調にした
毛糸地が 徐々に現れてきたのだった。
どうやら ジェロニモ Jr.からのメールは
彼女の 編み物魂? を ますます煽ったのだった。
次の荷は なんと速達で届き、 ジェロニモ Jr.は さっさと、その密林色
の毛糸のブラッケットをジョゼフ一家に届けたのだった。
「 クリスマス ・・・ 皆が 温かくなければ いけない 」
みゃうう〜〜〜 みゃう! ( めり〜くりすます )
チビ豹たちの声が 世界中を祝福しているのだった。
さて 欧州では ―
コトリ。 アパートのドアの前に 茶色の包が置いてある。
「 ? なんだ? 通販なんぞ注文してないぞ 」
アルベルトは 一応警戒しつつ、その包みを眺めた。
ちらり、とラベルを読む。
「 ・・・ 日本から? フランソワーズか 」
彼は 包を無造作に掴むとドアを開けて部屋に入った。
は ・・・ 冷えるな ・・・
昼間 誰もいない部屋は 深々と冷え込んでいる。
出がけに 流しに置きっぱなしにしておいたマグ・カップには
薄い氷が張っていた。
「 ふ ん ・・・ 人間の棲む部屋じゃねえな
は。 もっともこちとら、人間じゃねえか ・・・ 」
ボッ。 それでも一応はヒーターのスイッチを入れた。
「 コーヒーでも淹れる か。 え〜と・・・豆を挽いたヤツが
まだ残っていた はず 」
ゴソゴソ ・・・ しばらくガス台の前をうろうろしていたが
やがて 香たかい液体がトポトポ ・・・ カップの中に落ち始めた。
「 ふん ・・・ ああ チーズとクラッカーがあったな ・・・
お。 なんだ ビール、まだ残っていたか! 」
たちまち ごく簡単な食事ができあがった。
― もっとも ・・・ 彼の仲間達によれば ・・
「 アルベルトはん! それは食事 やあらへんで。
ちゃ〜〜んと主食やら オカズやら 汁物やら 作らなあきまへん。
ニンゲン 食事が基本やで ! 」
「 アルベルト ・・・ そんな食生活じゃ 心配だわ。
そうだわ! レトルト食品とカップ麺を送るわ!
ええ ジョーだって上手に作れるから ・・・ 安心して ! 」
・・・ ということになるのだが。
彼は 現状を別に不満や不便を感じることもなかった。
満足 − とは違うが 別に何の感情ももっていない、という
ところだろうか。
ウマい珈琲と 気に入りのビールがあれば ・・・
生きてゆけるさ。
それでも 気に入りの椅子でゆっくり珈琲を飲み
新聞を広げる時間は 確かにほっとするひと時では ある。
「 お そうだ ・・・ フランソワ―ズの包 ・・・ 」
やっと思い出し、置きっぱなしにしていた包を取りにゆき
ばりばり・・開けてみた。 ぱさり、とカードが一枚。
「 は ん? ・・・ 少し早いけど冬支度です ・・・
こりゃ・・・ なんだ?? 」
がさり、と取り上げたのは もふもふした黒い毛糸作品。
「 あ? ・・・あ〜〜〜 マフラーかあ ・・・
お。 こりゃ彼女の手編みだな。 ほう〜〜
お。 手袋も ― ほ。 頑張ったなあ〜〜 おい? 」
ぱさり ぱさ。
革のジャンパ―の下に巻きつけてみた。
「 ふん。 これだけで出歩けるほど ここは温かくはねえんだ。 」
手編み か。 すまんな ・・・
・・・ お ・・・?
もこもこしたマフラーは 少々嵩張ったけれど ― その分
空気も含み 温かい。
「 ・・・ なかなか上手く編んでるな。 ふうん・・・ 」
くるり と首の周りに二重に回すと 残りが胸の前に垂れる。
「 これも 温かいな。 ! ・・・ ああ 」
アルベルトは やっと気が付いた。
星 ・・・ が。 銀の星、 か。
胸の前になる部分に 銀色の星が毛糸で刺繍してある。
「 ・・・ ふふん ・・・ 凝ったな。
ここは ・・・ そうさな、 お前の指定席にするか 」
アルベルトは 胸に下げる指輪にそっと触れた。
今年のクリスマスも ― お前と一緒さ
「 ・・・ 毛糸の手袋 か。 う〜〜ん ・・・ ここじゃ
毛糸じゃ寒くてダメなんだぞ? おい 温かい土地になれて
故郷の大陸の寒さを忘れたか ・・・ 」
ほわん。 機械の手だが それでももふもふの手袋は 温かい。
「 そう だな ・・・ 昔 ピアノ弾きを目指していたころは。
いつも手を温めていた な ・・・ 」
機械の手となった今でも 生身の手の感触は そして
鍵盤で縦横無尽に動き 煌めくメロディを 紡いでいた感覚は
忘れることなど できない。
― 再び 音楽の側に戻ることは ・・・・
わからん な。 それは 俺自身にも。
「 ・・・ ふふん ・・・ これは ギルモア邸を訪ねる時に
とっておくことにするさ。
ふふ ・・・ あの国の冬は いや あの地域の冬は
ほんわか穏やかだから な 」
たまには 訪ねてみるか ・・・ アイツらの顔を見に
アルベルトは 黒いマフラーと手袋に こそ・・・っと
話しかけるのだった。
― 凍てつくはずの一室は 少しだけ温かくなっていた。
ガサガサガサ ばさり。
「 ほう? 早めのクリスマス・プレゼントかい 」
きっちり片付いた室内には かなり相応しくないが
グレートは 乱雑にパッケージの包を破り、開けた。
コンパクトだが 瀟洒なアパートメントの一室で
まだ宵の口ではあったが 俳優氏は少々赤い顔をしていた。
ふん ・・・
「 なんだあ? 毛糸?? 」
中身を覗いてから 彼は改めてレベルを確かめた。
「 おう ・・・ 日本から? はあん マドモアゼルからか
・・・ なんだ これは 」
カサコソ。 中身を包んだ薄紙を取り除けば ―
ぱあ〜〜〜っと 柔らかい光のカタマリ が現れた。
ベビー・ピンクの毛糸が ほわほわ・・・広がる。
「 お〜〜っと ? マドモアゼル さすがの選球眼。
この色を着こなせるのは 吾輩しかおらんな 」
ベビー・ピンクの 大判のマフラーを取り上げ、
まだ脱ぎ捨ててはいなかったタキシードの上に 巻きつけてみた。
仕事の付き合いで ソワレの舞台を観てきた帰り なのだ。
「 ふふ〜〜ん♪ いいじゃないか 」
俳優氏は 玄関の鏡の前であれこれ・・・ ポーズを取る。
「 いいぞ いいぞ。
うん ・・・ イヴの夜には 旧い友人とゆっくり過ごそう。
― この素晴らしき作品を纏って な ・・・ 」
Last updated : 12,10,2019
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********** 途中ですが
中途半端なところで すみません〜〜〜 <m(__)m>
PC いよいよ ご臨終間近で 急いでいます。
次回は 新しいPC から、なので もたもた・・・
きっとまた 短いでしょう ・・・ ( 泣き )