『 あなたの事情 ・ きみの事情 ― (2) ― 』
§ フランソワーズ の事情 ( 承前 )
食卓用のテーブルは使いこまれ、古い木材にいい艶が出てきている。
その上に広がるテーブル・クロスは洗いざらしだけれどきっちりアイロンが掛かっていて気持ちがいい。
花瓶の花は おそらく路上の花屋の <見切り品>、 でも上手に活けてあるのでかえって豪華だ。
その花をバックに亜麻色の髪の娘がポットを手に、満面の笑顔を見せる。
「 ・・・・・・・・ 」
ジャンはテーブルの前で お茶を淹れる妹の姿をだまって眺めていた。
「 パイかタルトを作ろうかな、と思ったんだけど・・・ 時間がなくて・・・
林檎のコンポートよ。 いかが? 」
「 ・・・ ああ 美味いな。 シナモンが利いている・・・ 」
「 ふふふ〜〜 だって大人のリクエストなんですもの。 」
「 誰の、だって? 」
「 ・・・ なんでもないわ。 さあ お茶が冷めるわよ、ジャンお兄さん・・・ 」
「 あ ああ ・・・ 」
「 ねえ やっとマロン・ショーの季節ね! 久し振りだわ、すごく楽しみ♪ 」
「 マロン・ショーって お前、いつまでも子供だなあ・ 」
「 あら だって美味しいじゃない?
日本でもねえ、 アマグリ っていうのがあって。 ちょっと似てるけど・・・
わたしはマロン・ショーの方がずっと好き。 秋の香りがするわ、枯れ葉の香りかな〜
ねえ、帰りに買ってきて〜 」
「 おい ・・・ お前 ・・・ 」
「 そうだわ、晩御飯、リクエストがある? わたしねえ、牡蠣が食べたいの。
あれもちょうど美味しくなる季節でしょ? 」
「 あ ああ そうだな ・・・ 」
「 やっぱり地中海の牡蠣じゃないとね〜〜 口に合わないわ。
日本でも牡蠣はよく見かけるけど、太平洋のじゃ ちょっとねえ・・・
味が全然ちがうの。 牡蠣の繊細さを育むのは地中海じゃなくちゃ 」
「 おい。 」
「 あとで市場に寄ってみるわね、うふふふ 楽しみ〜〜〜
それでチャウダーにする? 日本じゃすぐに ナベっていって野菜とかサカナと一緒に
煮込むのね〜 もうごった煮よ。 牡蠣の味なんかわかりゃしないの。 」
「 おい、ファン。 」
兄は珍しく妹のおしゃべりを遮った。
妹が不機嫌になるは承知の上、そうしなかった彼女の饒舌はお茶の時間中、
ずっと続くだろう、と容易に推測だきたからだ。
― カチャ ・・・
わざと、に近い速度でカップがバカ丁寧にソーサーに収まった。
「 ・・・ なに。 自分の家に帰ってきちゃいけない? 」
「 そんなこと、ひと言も言ってないぞ。 」
親譲りのよく似た青いひとみどうしが がっちりとぶつかり合う。
「 じゃ。 さっさとお茶を済ませちゃったら? 午後の仕事に間に合わないわよ。 」
「 ・・・ わかっている。 ちゃんと時間はみているさ。 」
「 あら そう? それならもう一杯 オ・レ、いれるわ。 」
「 ― ああ。 」
兄はやっとテーブルにつくと静かに妹手製のスウィーツを食べ始めた。
「 ― お帰りなさい。 ただいま 」
ランチに家までもどってきたら、ドアが勝手に開いて ― 妹の笑顔があった。
「 ?! ファンション ・・・? 」
「 そうよ〜 た だ い ま。 ジャン兄さん。 ほらほらほら〜〜ドア 閉めて。 寒いでしょ。 」
「 あ ああ ・・・ 」
くいっと妹に腕をひかれ、ジャンは我が家に引っ張り込まれた。
「 ・・・ お前 ・・・? 」
「 うふふ・・・今朝ねえ、シャルル・ドゴールに着いたの〜
お兄さん、きっとお昼に戻ってくると思って・・・ お茶、いれるわ。 手を洗ってきて。 」
「 ・・・ああ ・・・ 」
数年前 正体不明のヤツラに拉致されふっつりと消息を絶ってしまった妹・・・・
気が狂うほど捜して捜して捜して ― 捜しあぐねとうとう諦めかけた頃、
彼女はひょっこり戻ってきた。
妹の身に起こったことを 到底受け入れることも納得することもできなかった。
しかし ともかく妹は兄の許に戻ってきた。
その後も 時として長い期間留守にすることもあったがちゃんと帰ってきた。
そして ― ある時セピアの髪の青年を伴ってきた。 外見はともかく、日本人だそうだ。
「 ・・・ あの ね。 ジョー、 ジョー・シマムラ よ、 お兄ちゃん。
ジョー? わたしの兄の ジャン・アルヌール。 」
「 は はじめまして こんばんは 」
セピアの前髪の間から おなじく大地色の優しい瞳がみえる。
屈託のない笑顔には 邪気など微塵も感じられない。
つまり その・・・ コレがお前のナニか ・・・
ふん ・・・ ついにこの日が来たか ・・・
ファン〜〜 しかし お前、年下趣味だったのか??
「 ― ああ。 ボンソワール。 フランソワーズの兄の ジャンだ。 」
「 ジ ジョーです、ジョー・シマムラ といいます! 」
「 ・・・・ うむ。 」
― がっち・・・!
一応は差し伸べられた手と握手してやった。
かなり力を籠めたので セピアの瞳が一瞬まん丸になったが ・・・
「 お兄ちゃん・・! 」
「 ・・・てッ ! 」
妹の足が兄の足を景気よく踏んづけた。
その時から 妹は口を開けば < ジョーがねぇ? > を繰り返すようになり・・・
次第に彼女は極東の島国で暮す日々がふえ、最近はめったに故郷に戻ってこない。
そんな妹が 何の連絡もなく突然戻ってきた。
ふん ・・・ なかなか美人になったじゃないか ・・・
ま ・・・ 一応は笑って暮しているらしいな。
・・・ しかし なんだっていきなり・・・?
「 ふんふんふ〜ん♪ ああ やっぱりパリのバゲットは美味しいわあ〜
日本のパンってねえ、なんだか重くて。 それにね バターが 」
「 おい。 」
再び 兄は妹のおしゃべりを遮った。
「 ― お兄さん 」
むっとした妹の機嫌なんぞまったく 歯牙にもかけず、兄ははっきりという。
「 急に帰ってきて。 ― なにがあった。 」
「 なにもないわ。 」
「 なら アイツにはちゃんと言ってきたのか。 アイツは了解しているんだろうな。 」
「 ・・・・・・ 」
今までかっきりこちらを見つめていた瞳が にわかにうろうろと迷子になった。
セピア色の髪をした、優しい瞳の青年 ― 島村 ジョー。
ジャンは一応彼と会っているし、ジョー自身にはなかなか好感をもっていた。
ふうん・・・・ アイツはどうしたっていうんだ?
アイツはなかなかいいヤツだ ―
だがな。 俺はまだファンの彼氏として認めたわけじゃないからな。
しかしなあ・・・ファン。
なんだっていちいち < 日本では > が出てくるんだよ
お前、気になっていることがミエミエだぞ?
カフェ・オ・レの湯気ごしにしげしげと妹をみつめる。
なんでもない風な顔だけど、お茶をいれる手が震えているじゃないか・・・!
「 おい。 アイツを放っておいていいのか。 」
「 いいの。 」
「 ― よくないぞ。 誰かに盗られてもしらないぞ。 」
「 いいのよ。 」
「 おい ファン。 意地っぱりもいい加減にしろよ。
どうせくだらないケンカでもしてきたんだろう? 」
「 ― ちがうわ。 そんな・・・くだらない、だなんて。
ね お兄さん。 わたし またここに住むから。 」
「 おい!? 本気で言っているのか。 」
「 もちろんよ。 ほらほらあんまりのんびりできる時間じゃないでしょう? 」
「 ・・・ 続きは夜だ。 今晩、きっちり話すんだ。 」
「 今晩はね、美味しいポトフよ。 楽しみにしていてね。 」
「 戸締り、気をつけろ。 いいな。 」
「 はいはい ほら時間でしょ。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジャンはじろっと妹を睨んだがフランソワーズは兄の仏頂面なんか何とも思っていない。
じゃあね・・・とほほにキスして送りだした。
「 ― いってらっしゃ〜い・・・・! 」
あの頃と同じに 窓から大きく手を振って兄を見送った。
「 ・・・ さて と。 お夕食の買い物に行ってこようかな。
そうそう、あのお店で美味しいバゲット、買って・・・・ ふんふんふん♪
ああ やっぱりパリはいいわァ〜〜 空気の味も全然ちがうし・・・ 」
― ぽと。
不意に足下に 涙が一粒ころげ落ちる。
「 ・・・ ふ ふん! わたしのお家は ここなの!
日本なんて ・・・ あのお家なんて。 ・・・全然 気になんてしてませんからね。 」
残りの涙をむりやり目に押し込んだ。
「 ― ちょっとお出掛けよ。 そうだわ、オープン・クラスのスタジオとか
捜してみましょ。 」
フランソワーズは 一生懸命、誰もいない空間に笑顔を向けていた。
ヒュ −−−−− ・・・・!
石畳の舗道に冷たい風が吹きぬける。
「 うわ・・・寒・・・ ああ やっぱりパリはずっと寒いのねえ・・ 」
フランソワーズはコートの襟をしっかりと掻き合わせる。
うっかり薄手のコートをひっかけただけで出てきてしまった。
道の端に残った枯葉が 時折カサコソ音をたてる・・・
「 ・・・ もうとっくに秋なんて終っているのよねえ ・・・この街は もう冬 ・・・ 」
身を竦め 故郷の風を受け止める。
「 季節のことも忘れていたなんて ・・・ ここはもうわたしの故郷じゃないのかしら・・・ 」
今朝はやくにこの街に 戻ってきた。
懐かしいはずの街が 家が ― どこかよそよそしい、と感じたのはなぜだろう。
「 ・・・ 波の音がきこえない から・・・・? ううん、そんなわけ ないわよね・・・ 」
ふうう ・・・・
いつしかセーヌ沿いの道に出ていた。
冷たい風の季節、さすがに熱い囁きを交わす恋人たちの姿はどこに見えていない。
「 そうよねえ・・・ 皆 あったかいカフェとかお部屋でデートだわよねえ・・・ 」
またまた溜息がこぼれてしまう。
「 なんだってこんなトコ、一人で歩いていなくちゃならないの?
ホントだったら・・・ ミッションも無事に終ってお家に帰って ・・・
そろそろ紅葉も終わりだから 見にゆこうね・・・って言ってたのに ・・・ ジョーが。 」
すん ・・・ 今度は派手に涙が鼻の横を転がり落ちてゆく。
「 ・・・ そうよ そうなのよ。 珍しくジョーが誘ってくれてたのに ・・・
驚かすことがあるんだ〜 なんて言って、楽しそうだったわ・・・ 」
「 なのに なのに ・・・ なんで わたし・・・ こんなトコ ・・! 」
むらむら怒りが燃え上がってきた ・・!
「 最近 ・・・ ジョーってばすごく楽しそうで ・・・ とっても優しくて。
好きな壁紙の色は? とか 森の模様のカーテン、好きかな・・・とか。
ジョーらしくないコト、聞いてくれてたのよね。なにか楽しいこと、準備しているのかしらって思ってた。 」
カサカサカサ ・・・!!! ザザザザ ―
彼女の足の下で枯葉が踏み拉かれてゆく。
「 だから ・・・ お夕食、作って持っていったのよ、一緒に食べて ・・・ と 泊まってもいいな・・って。」
けど。 ― あの 指輪 ・・・!
ジョーのベッドの上に ・・・ 転がっていた指輪。 ダイヤが輝く素敵な指輪だった。
「 ・・・ いろいろ期待していたわたしが お馬鹿さんだったわ・・・
きっと ・・・ さぞかし可笑しかったでしょうね ・・・ 」
ミッションの後 ずっと膨らんでいた気持ちがいっぺんにぺちゃんこになった。
フランソワーズは もうなにもかも一緒くたになり、滅茶苦茶な気分になり
― パリに帰ります
メモ一枚残して、あの海辺の邸を飛び出してきたのだ。
「 ・・・ ふん ・・・ そうよ、コレもアレも ・・・ なんでもかんでも
あのヒトのせいだわ! あのヒトがあんなコトを ― 皆の前で大声で言うから 」
ふん!!! ・・・・ったく デリカシーの欠片もないんだから・・・!
フランソワーズは怒りに燃える瞳を 灰色の空に向け、虚空の彼方に去った連中を睨みつけた。
「 未来人? 子孫、ですって? ええ ええ そうでしょうね!
あのデリカシーのなさはほっんとうに ジョーそっくり !!!! 」
八つ当たりのこじつけだ・・・と、彼女は自分自身でもよくわかっていた、しかし
ふつふつと湧き上がってくる怒りをどこかにぶつけないと気がすまない。
― ふん!!!
亜麻色の髪の乙女は怒りに頬を紅潮させ、ベージュのコートを翻して去っていった。
・・・ コツコツコツ コツコツコツ ッ !!
高い足音だけが 冷え込む夕暮れの街に遠ざかってゆく ・・・
「 そりゃ・・・嬉しくないわけ、ないわ。 いつかはこの人と・・・って願っていた彼氏と
いつかは ・・・ 子供が授かるって そんな運命だって 教えてもらったんですもの。 」
「 だけど ね!!! 」
カツン ・・・!!!
ブーツのカカトがおもいっきり石畳を蹴っ飛ばす。
「 あのヒト ・・・ ! 乙女心ってものを全く理解していないのよねッ !!
ま ・・・ 仕方ないかもしれないわよねえ、 あのジョーの子孫なら。
ええ しっかり別のいいヒトがいるジョーの ね! 」
ふん ・・・ 怒りのあまり、彼女は寒さなどすっかり忘れてしまった。
そのまま彼女はセーヌ河畔から逸れ 街中に戻ってゆく。
街の家々には橙色の灯がともり始め、人々は足早に家路をたどっている。
「 ・・・ いっけない・・・ 早く買い物、すませなくちゃ。 」
やっと本来に目的を思い出し フランソワーズはあわてて商店街へ向かった。
トン ・・・
すれ違い様にバッグがぶつかってしまった。
「 あ・・・・ パルドン、ムッシュウ・・・ 」
「 や・・・ いや。 マドモアゼル ・・・ え?? 」
「 ? 」
軽く手をあげて行き違っていった青年が 足をとめた。
「 ・・・ フ フランソワーズ !? まさか・・・!? 」
「 え ・・? 」
フランソワーズも立ち止まり、青年の方を振り向いた。
「 フランソワーズ!! ああ フランソワーズだッ! 僕だよ、 僕!
ほら〜〜 スクールのクラスで一緒だった ミシェル さ。 」
「 ・・・ ミシェル? うそ・・・あの ミシェルなの? 」
「 そうだよ! ミシェルだ。 いっつもパ・ド・ドゥのクラスでは君と組んでいた あのミシェルだ。 」
「 まあ・・・・ ええ ええ 本当に。 あの・ミシェルなのね! 」
「 ブラボ〜〜〜 !!! 僕のパートナー♪♪ 」
青年は ひらり、と彼女を抱えると宙に高々と持ち上げた。
「 きゃ ・・・ うふふふ ・・・相変わらずねえ、ミシェル〜〜 」
二人はそのまま、懐かし気にしっかりと抱き合った。
「 フランソワーズ 〜〜 !!! ああ 君だ、確かに君だよ !
この軽やかさは全然変わっていないよ! 」
「 ミシェル ・・・ リフトのタイミングはいつだって抜群ね。 」
「 メルシ♪ 僕のベスト・パートナー 〜〜 なあ 時間あるか? カフェにでも
あの・・・ よかったら ・・・ いろいろ話したいんだ。 」
「 あ ・・・ごめんなさい! わたし、夕食のお買い物に来たのよ。 」
「 ・・・ あ ・・・ そっか、彼氏の帰りを家で待っているのかな? 」
「 ふふ・・・確かにね、帰りを待ってます ― 兄の、ね。 」
「 あは・・・ それならせめてマルシェ ( 市場 ) へ一緒に行こうよ。
荷物持ちくらい、やらせてくれ。 」
「 メルシ、ムッシュウ? それじゃ ・・・」
「 おお マドモアゼル・・・ シル ヴ プレ? 」
長身細身な金髪の青年は 流れる亜麻色の髪の乙女を巧みにエスコートして人混みを抜けてゆく。
小粋なパリの恋人たちに 行き交う人々も寒さを忘れ微笑むのだった。
バン ・・・ばたん がさがさ ・・・ どん!
「 ・・・いってぇ〜〜〜 くそ〜〜〜 」
ジョーはスーツ・ケースに悪態をつき、一発お見舞いしてやろうとしたが思い留まった。
今、 鞄を壊してしまったら ― ますますパリ行きが遅くなるだけ、なのだ。
「 う・・・ う〜〜〜〜 えい! 閉れよ、 このぉ!! 」
無理矢理閉めれば鍵が壊れるだろうし、でもそれじゃどうやって詰めたらいいのか解らない。
着替えだのソックスだの下着だのを前に ジョーはほとほと困り果てていた。
「 ええ〜〜〜い ! 荷物なんかいらない! ・・・ってワケにもいかないしなあ・・・
フラン 〜〜〜 今まで いっつもきみが手伝ってくれていたのに・・・」
溜息つきつつ、ジョーは再びスーツ・ケースとの格闘を始めた。
[ パリに帰ります F ]
あの夜の翌日。 ギルモア邸を訪れたジョーを待っていたものは・・・・
不機嫌な恋人 ではなく ― 一枚のメモだった。
「 ええええ −−−−?? そ そんな ・・・?? 」
「 なんだ、ジョー。 お前は知らんかったのかね。 」
「 博士〜〜 そんな なんにも ・・・ 」
「 ふむ? ― ケンカしたのか。 」
「 ・・・え? あ あのう 〜〜 その・・・ 」
「 ふん、道理でなあ。 えらく無口でむすっとして ・・・ 一旦外出したようじゃったがすぐに
戻ってきてな。 今朝 一番で ― 」
「 このメモ ・・・ 本当なんですか!? 」
「 本当もなにも ・・・ジョー。 お前、彼女を怒らせたのじゃろうが! 」
「 え え〜と ・・・ 」
「 ともかく、追いかけろ。 ― 女性を怒らせるものじゃない。
いいか、ジョー。 人生の先輩として忠告するがな、女性の怒りは ― 怖いぞ!」
「 は はい! 」
博士に発破をかけられ ジョーはギルモア邸を飛び出した、例の書置きをしっかり握り締めて。
衣類を滅茶苦茶につっこみ満腹のスーツ・ケースを引っ張って ジョーはともかく一番早い便で
彼女を追った。 ― 仏蘭西は華の都 巴里 へ ・・・・
「 それでねェ お兄ちゃん、 ミシェルったらねえ ・・・ 」
「 ・・・・・・・ 」
「 最近ね、オープン・クラスのバレエ・スタジオって増えてきているのですって。
行ってみないか?ってミシェルが誘ってくれたの。 すごく楽しみ〜 」
「 ふうん ・・・ 」
「 マルシェ ( 市場 ) でね、新しいお店とかも教えてくれて そこで見つけたのよ これ。
ねえ この牡蠣、美味しいでしょう? 」
「 ああ ・・・ ウマイな。 」
「 うふふふ〜〜 やっぱり地中海の水で育った牡蠣は違うわア〜〜 」
「 ・・・・・・ 」
晩御飯の間中 フランソワーズはうきうきと喋り通しだった。
ジャンは黙々とオイスター・チャウダーを口に運び ほんのときたま返事をした。
今晩、きっちりさせなくてはな。
どうせつまらんケンカでもしたんだろうが ・・・
アイツに迎えにこさせる ・・・か
じっくり妹と話合おうと思っていたのに、妹はご機嫌でやたらと饒舌なのだ。
どうやら買い物に行って昔の友人と出会ったらしいが ―
おいおい ・・・? 誰のことだよ、偶然出会った?
ほう ・・・・ モトカレ ってヤツか?
ふうん ・・・ ま、俺としてはファンが幸せならそれでいいんだが
「 それでねえ。 明日会う約束、したのよ♪ 昔のスタジオにも行ってみようかな〜 」
「 おい。 」
「 ねえ お兄ちゃん どう思う? レッスンに通ってもいい? 」
「 おい。 ファンション 」
「 だからねえ〜 ミシェルが 」
「 フランソワーズ。 」
「 ・・・ なあに? もう・・・いちいち口を挟まないでよ、お兄ちゃんったら。 」
「 お前がず〜〜っとしゃベリ通しなんだぞ。
そのミシェルとやらは別に、だな。 アイツのことはどうするつもりなんだ。 」
「 アイツ? 」
「 そうだ、アイツだ。 セピアの髪のアイツ、 ジョー・シマムラ。 」
「 ・・・ そ そんなの、知らないわ。 」
「 ファンション! 」
「 お兄ちゃん。 わたし、これからもここで暮すから。
レッスンにもまた通うわ。 できればバレエの世界で生きてゆきたいの。 いけない? 」
「 それでいいのか お前。 」
・・・・ カチン ・・・・
フランソワーズの手から フォークが落ちた。
「 ・・・ それで いいのよ。 」
「 そうか。 それなら俺は何も言わない。 好きなだけここにいろ。 ここはお前の家だ。 」
「 メルシ ・・・!! お兄ちゃん! 」
「 それからな、 今後もその・・・いろいろあるんだろう?
お前はお前の信念に従って行動するがいい。 ただ ひと言でいい、言ってゆけ。 」
「 ― お兄ちゃん ・・・ でもお兄ちゃんに危害 ・・・ 」
「 これでも一応軍人だぞ? 自分の身くらい自分で護れる。
だから ― もう黙っていなくなるのは ナシだ。 いいな。 」
「 ・・・・ わかったわ。 ・・・いったァ〜〜 」
兄は妹の額を ぴん、と突き、妹は大袈裟にしかめっ面をしてみせた。
それで兄妹間では全てが 了解されていた。
ヒュルルル −−−−− ・・・・ カタカタカタ ・・・・
外は木枯らし、 古いアパルトマンの窓が小さく音をたてていた。
翌朝、 フランソワーズは兄と一緒に家を出た。
「 一緒にメトロの駅まで行くわ。 」
「 へえ? 随分と早出なんだな、ファン。 レッスンは 」
「 うん、レッスンの前にね、ちょっとミシェルと話があって。」
「 ふうん ・・・・ 行くぞ 」
「 あ ちょっと待って 」
「 俺は遅刻したくない。 置いてゆくぞ 」
「 あ〜ん 待ってよ、待って・・・ もう〜〜 せっかち! 」
ぱたぱた・・・妹が階段を駆け下りてくる。
おいおい・・・朝っぱらからモトカレとデートか?
しかし ― ミシェル? そんなヤツ、いたか?
あの頃・・・ 俺は会ったおぼえはないぞ
「 ハアハア・・・もう ・・・ 意地悪〜 お兄ちゃんってば 」
「 ふふん。 俺は時間厳守なだけさ。 誰かさんとは違ってな。 」
「 だって戸締りとか ・・・ ほら、鍵。 今日は持っていって。 」
「 へ。 お前は? 」
「 わたし、今日は遅くなるとおもうの。 ミシェルといろいろ・・・あるから。 」
「 ほえ〜〜〜 」
ピュ・・・と珍しく兄が口笛を吹いた。
「 もう〜〜 そんなんじゃないわよ、わたし達。 仕事よ し ご と! 」
「 結構なオシゴトですな。 」
「 お兄ちゃんったら。 なに、かんぐってるの? いいわ、それじゃ帰りに待ち合わせましょ?
今日は早いのでしょう。 ミシェルを紹介するわ。 」
「 一応土曜日ですので。 当直も免れましたし。 」
ジャンはもったいぶって会釈をした。
「 やだ、もう〜 はい、それじゃ・・・えっと ジャックの店 は・・・まだある? 」
「 ああ。 ジャック親父は健在だ。 」
「 じゃ そこで落ち合いましょ。 時間は ・・・ 」
フランソワーズはちょっと考えてから兄と約束の時間をきめた。
・・・ ったくなあ。
ま、 ファンが幸せなら ・・・ いいか・・・
一瞬 セピアの瞳の青年を思い浮かべたが ―
「 知らせてなんかやらない。 すまんがな〜 俺はそこまで親切じゃないんだ。
こういうことは本人同士にまかせる のさ。 」
「 ? お兄ちゃん なに一人でぶつぶつ言ってるのよ? 」
「 あ ・・・ いや なんでもない。 おっと時間だ、じゃあな〜 」
「 あ ・・・ もう〜〜 」
ジャンは片手を上げほんの少し挨拶をして メトロの駅へと駆け下りていった。
「 もう〜〜 お兄ちゃんってばあ〜 あ! ミシェル〜〜〜 」
「 フラソソワーズ ! 」
朝っぱらから駆け寄って抱き合いキスを交わす若い二人・・・
でも誰も気にしない、ここは ― Paris, 恋の都
― ガラガラガラ ・・・
キャスター付きのスーツ・ケースは どうも苦手だ。
ジョーは溜息をつきつき この厄介なパートナーを引っ張っている。
「 ・・・いて! ううう〜〜 ほら こっち、曲がれよ〜〜 ほら〜 」
キャリーは決して持ち主の意思になんか従ってやるものか! と固く固く決心しているらしい。
持ち主も不器用にやたらと引っ張るだけなので、すぐにバトルになってしまうのだ。
「 くぅ〜〜 そぉ〜〜 !!! ・・・ ああ もっと先、だったっけか・・・ 」
舗道の真ん中に立ち止まり、 パリの地図に首をつっこんでいる <オノボリサン> を
パリジャンやパリジェンヌはまったく無視して 足早に行過ぎてゆく。
「 え〜と?? この住所だと ・・・・ 」
早朝に空港に着いた。 ジョーはスーツ・ケースを引っ張って勇んで街に出たけれど。
「 ・・・・あれ?? この駅でよかったんだっけか?? フランのアパルトマン ・・・ 」
メトロ路線図と首っぴきでやっと目標の駅まで辿りついた。
「 ・・・ フラン! やっと来たよ。 さあ待っててくれ。 今日こそはっきり、言うから。
そうさ、 お兄さんの前でかっこよく、申し込むんだ! 」
しかし。 ジョーの意気込みとはうらはらに、パリの石畳の道は意地悪だった。
「 ・・・ いて! ・・・う〜くそ〜 こっち、ついて来いってば。 うわ!? 」
ガタピシ ゴトゴト・・・ スーツ・ケース本体までぼこぼこぶつけつつ、彼は悪戦苦闘していた。
「 な なだってこんなに言う事を聞かないんだよっ! ・・・ うん? 」
ジョーがやっとこ舗道の端に寄った時、道の反対側で華やかな声があがっていた。
え ・・?? こ この声 ・・・フラン ・・?
まさか、と彼は眼を凝らす。 はたして大通りの向こう側の舗道には ―
一組のカップルと 彼女が いた。
「 ・・・・・! ・・・・〜〜〜 ? 」
「 ・・・ ・・・・〜〜〜 ・・・? 」
カップルがアツアツなのは ジョーにもすぐにわかった。
大通りを隔てているので 会話はよく聞き取れないが、小柄なブルネットの女性が
蕩ける笑顔を隣に立つ金髪の青年にむけている。
青年もさりげなく彼女の肩をだき、引き寄せる。
カップルの前では ジョーのよ〜〜く知っている亜麻色の髪が感歎の声を上げているのだ。
「 ・・・ え・・・? ・・・ ああ あのカップルとは知り合いなのかな。
フランの昔の友達かもなあ ・・・ 」
やがて青年はフランソワーズと頬にキスを交わすと、寄り添っていた彼女と肩を寄せあい行ってしまった。
どうやら 青年とは仲の良かった友人、というところらしい。
「 ・・・ふは −−−− よかった・・・ 」
ジョーはほっとした思いだ。
「 そうだよね 久し振りに会った友達カプだったのかなあ・・・・
あ でもフランに会えたよ! お〜〜い フラ ・・・? 」
ジョーは伸び上がり道路の反対側手を振ろうとし ― その手は宙でとまった。
カツカツカツ ・・・・ !
やはり金髪の男性が大股で歩いてきた ― すると ・・・ ジョーの想い人は
満面の笑顔で彼に抱きつきキスをしている。
― ふ フランソワーズ ・・・・? だ 誰だ! ソイツは?!
寒風のなか、固まってしまったジョーのことなど 知るはずもなく・・・
フランソワーズは件の男性と寄り添い、こしょこしょ内緒話している感じだ。
やがて 男性は彼女の肩を引き寄せるとそのまま角をまがって行った。
「 ・・・・・ ・・・・・・ 」
ジョーは舗道の端に立ち尽くしてしまった。
誰だ?? あの男!? 馴れ馴れしい〜〜!
フランもなんだよ? べったりくっついて!
だいたいぼくってものが ・・・ 指輪を!
― あ。 そ そうだよな・・・
ぼくはまだひと言も言ってなかったんだ・・・
だから 彼女が他の ・・・ 他のヤツを選んだって
そんな ・・・・ いや、 そんなことだってあるよ な・・・
彼女は 彼女は 素敵だもの・・・
例のごとく堂々巡りの思考が始まってしまった。
ず〜〜んと落ち込んで、彼はそのまま群集に紛れてしまいたかった。
「 ・・・! い いや! いやだ、そんなの。
おい ジョー! しっかりするんだ。 お前、決心したはずだろ?
そうさ。 ぼくは決めたんだ。
そうさ。 あのお節介な未来人が来るず〜〜っと前から・・・
フランソワーズ以外に ぼくの妻になるヒトはいない
って! ああ そうさ、もうずっと前から! 」
ぐ、っとジョーは脚を踏みしめる。 ここで逃げることはオトコとして自分自身が許せない。
「 ― フランソワーズ。 ぼくはソイツと勝負するぞ! 」
きゅ。 ジョーはスーツ・ケースのキャリッジを握り締めた。
がし。 内ポケットに仕舞ってきた指輪を ジャケットの上からしっかりと押さえた。
― 行くぞ・・・・!
防護服を着ていないくても。 マフラーが風に靡いていなくても。
サイボーグ戦士は愛のために闘うのだ・・・!!
ジョーは出撃もーどに突入していた。
ミシェルはシモーヌと仲睦まじく 帰っていった。
「 ・・・ ・・・・ 」
フランソワーズは二人を見送り、佇んでいると
― ぽん、と後ろから肩を叩かれた。
「 おい アイツか、ミシェルって。 」
「 あ お兄ちゃん。 お帰り。 ええ そうよ。 ふふふ 相変わらず時間厳守ね。 」
「 当たり前だろ。 おい ・・・ あの二人?」
「 結婚したのですって。 よかったわあ〜 」
「 ・・・ よかった・・・? 」
「 ええ。 あの二人、長い春だったのよ〜 彼女のことも知ってるわ。
彼女はダンサーではないけれど、学校時代からミシェルと付き合っていたのよ。 」
「 なんだ ― お前たちが付き合っていたのじゃないのか。 」
「 え 〜〜 ? やあだ、お兄ちゃんってば・・・ 」
妹はクスクス笑いだしてしまった。
「 あのねえ。 わたしとミシェルはねえ、パ・ド・ドゥ・クラスでのパートナー同士だったの。
ふふふ・・・一緒に転んだり叱られたりケンカしたりした、戦友 だったわけ。 」
「 ・・・ そうか ・・・ 」
「 その頃からねえ、 シモーヌとのことはいろいろ相談にも乗っていたの。 」
「 そうなのか。 ま、それじゃよかったな。 あのカップル、幸せそうだったじゃないか。 」
「 ええ 本当に ・・・ 」
「 お前もさ、 あんな風な笑顔、見せろよ。 」
「 ・・・ 今は お兄ちゃんがいるからいいの。 さ ジャックの店に行きましょ 」
「 おうよ。 ちょっと遅いボジョレ・ヌーヴォー でも頼むか。 」
「 わお♪ 」
妹はしっかり兄の腕に細い腕をからめた。
「 うふふふ・・・ デートで洒落たブラセリー・・・なんて久し振りだわ。 」
「 なんだ? アイツといっつもいちゃいちゃ・べたべたしてるんじゃないのか。 」
「 ・・・ ジョーは ・・・ そういうこと、好きじゃないみたい。
彼は ・・・ 家ですごすのが好きなの。 」
「 ほえ〜〜 ジジイみたいなヤツだな。 」
「 そんなコト ないわ! あの ね 彼は。 その、施設で育ったのですって。
だから <普通の家庭> とか <家族> とかにすごく憧れているのよ。 」
「 は〜ん? 理想はマイホーム・パパってわけか。 」
「 パ パパって ・・・ そ そんな ・・・ 」
一瞬 例のお節介な < 直系のご先祖さま > 発言が蘇り、フランソワーズは一人、赤面する。
「 ? ま、いいさ。 今はジャック親父の料理を楽しもう。 」
「 賛成! あ、 ねえねえ まだキッシュとかあるかしら。 」
「 あるといいがな。 俺も久し振りなんだ。 」
ジャンは妹をエスコートして、 ジャックの店 のある裏通りへと大通りから曲がった。
コッ コッ コッ コッ −−−−−!!!
背後から高い靴音が聞こえてくる。
「 ― うん? なんだ・・・ えらく景気のいい足音だな 」
「 え なに? お兄ちゃん 」
「 いや ・・・ 気のせいだろうさ。 」
ジャンが妹の背に腕をまわし、 小さなブラセリーのドアの前に立った時 ―
「 おい ・・・! その手を離せ! 」
二人の後ろから 怒りに燃えた声が ― フランソワーズがよ〜〜〜く知っている声が聞こえた。
「 ― ? 」
ジャンは 肩を強く捕まれるのを感じ不快な顔で振り返った。
「 !!! ジョー!?? あなた、なにやってるの? 」
「 フラン〜〜 え? なに ・・・って。 その コイツがきみと馴れなれしく・・・・ 」
「 コイツ・・・って ジョー、 お兄ちゃん・・・いえ、兄よ? 兄のジャン。 」
「 ― へ?? お お兄さん ・・・・? 」
「 そうだ。 これで思い出すか? 」
「 ― お兄ちゃん! 」
フランソワーズの声と同時に シュ・・・・っとジャンの拳が空を切り
― ジョーは見事にジャンの右ストレートを喰らった。
「 う ・・・ わあ〜〜〜〜〜 !!! 」
いかにサイボーグとはいえ ・・・ 完全に油断していたので吹っ飛んでしまった。
「 ・・・ いってェ〜〜〜 」
「 ジョー! 大丈夫?? 」
フランソワーズは舗道にシリモチをついているジョーに駆け寄った。
「 ・・・ う うん ・・・・ な なんとか・・・ 」
「 そう? も〜〜〜 お兄ちゃんったら〜〜 」
「 ふん。 いきなり因縁をつけてきた方が悪い。 」
「 ・・・ それは そうだけど。 ジョー ・・・ いったいどうしたの? 」
よいしょ・・・っとフランソワーズはジョーを引っ張り立たせた。
「 ・・・ うん ・・・その ・・・ きみと仲良くしてるから・・・
いや。 言い訳はしない。 とにかくきみに受け取ってもらいたいと思って追いかけてきたんだ。 」
「 ・・・ 受け取って・・・って・・・? 」
「 うん ― 」
ジョーはジャケットの内ポケットをさぐる。
「 お兄さん ・・・ 失礼しました。 お兄さんも聞いてください。 」
「 ・・・・・・ 」
「 ジョー? 」
怪訝な面持ちの兄妹の前に立つと ジョーはく・・っとなにかを飲み下してから口を開いた。
「 フランソワーズ。 ぼくと結婚してください。 」
ジョーはフランソワーズの手を取った。
「 ・・・ジョー ・・・ い いきなり そんな ・・・ 」
「 フランソワーズ・・・ 」
きゅ。
ジョーは黙って彼女の白い手、左手の薬指に指輪をはめた。
「 ― ぼくのこころです。 」
「 ? え ・・・ こ この指輪 ― この前の! 」
フランソワーズの顔が さっと強張った。
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updated : 11,29,2011.
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******** 途中ですが
すみません、まだ続きます・・・ <(_ _)>
このお騒がせカプの周囲の人々は どう思っているのでしょうね〜
原作設定ですから フランちゃんは強気で小粋なパリジェンヌ♪