『  あなたの事情 ・ きみの事情   ― (3) ―   』

 

         

 

 

 

 

 

 §  二人の事情・みんなの事情 

 

 

「 ジョー !  どういうつもりなの!? 」

フランソワーズは自分自身の指を、冷ややかな目で眺めている。

・・・ まるで気味の悪いムシか凶悪なウィルスでもくっついているかのような目付きだ。

「 お返しするわ。 」

右手がソレを摘まんで外そうと ・・・

「 あ・・! そ そんな・・・ 外さないでくれよ。 」

「 だって ジョー。  これはどなたかのお忘れ物なのじゃなくて?

 そうよねえ・・・確かにベッドでは指輪は邪魔よねえ。

 それにしても 大切なものを忘れてゆくなんて・・・どんな方なのかしら。

 この指輪の 本当に持ち主の方って ・・・  」

「 きみだよ、 きみ以外にいないよ。   その指輪、ぴったりだろ? 」

「 ・・・ え? 」

「 きみのサイズにあわせてもらった。 ぴったりなヒトはきみしかいないよ。」

「 ・・・・・・・ 

フランソワーズは あらためて指輪をながめた。

小粒だが美しいダイヤが煌いてる。 シンプルだけど品のよいデザインだ。

そして 確かにぴったりとフランソワーズの薬指に収まっている。

「 そりゃ ・・・ 同じサイズのひとだっているでしょ ・・・ 」

「 めったにいないんだよ!  きみの指のサイズで特注したんだ。 」

「 だからどうしてサイズがわかったのよ! わたし、教えたことないわよ? 」

「 それは − 」

「 おい。 」

路上で言い合いをしている二人にジャンが割って入った。

「 お兄ちゃん!  口、出さないでよ。 」

「 こら。 なんてこと、言うんだ。  それよりこんなとこで痴話げんかはよせ。

 みっともない・・・ いい見世物になるぞ 」

「 ・・・ え ・・・ 」

気が付けば 人垣こそできていないけれど、ちらちら・・・通行人たちはこちらを眺めている。

「 ヤダ・・・! 」

「 ほらみろ。 さ・・・入るぞ。  ・・・ ジョー、ともかくお前も来い。 」

「 ! お兄ちゃん! 」

「 いいんだ、俺の客だ。 俺が招待する。 それなら文句はあるまい? 」

「 ・・・ わかったわ。 」

「 ジャン・・・さん!  ありがとうございます。 」

「 いいから ほら・・・ ったく。 世話の焼けるヤツだなあ〜 」

ジャンは妹とセピアの髪の青年の背を押し 目的の店のドアをくぐった。

 

 

 

「 ―  で? 」

カチン ・・・  ジャンはワイングラスをテーブルの上に戻した。

 

膨れッ面の妹とどぎまぎしている青年を連れ、奥のテーブルに座った。

ともかく、 と届いたボジョレ・ヌーヴォー をグラスに注いで、形ばかりグラスを合わせ― 干した。

今年の新しい酒は口当たりもよく、二人ともまずまずの顔で味わっていたが、

すぐにまた険悪な雰囲気になってしまった。

 

「 だから ― この指輪! 」

「 きみのために買ったんだ。  サイズは店員さんに教わったよ。 」

「 ??? なに、それ。  」

「 ・・・・ あの さ。 ぼく、指輪にサイズがある、なんて全然知らなくて。

 宝飾店で言われて ・・・ 困ったんだ。 」

「 じゃあどうしてわかったの。 」

「・・・・店員さんの手、にぎらせてもらって・・・ 何人も・・・ うん、お店にいた全員だったかな 

 指輪のサイズはわからないけど、きみの指の握り心地は ・・・ しっかり記憶にあるもの。 」

「 ま  まあ・・・ ・・・ 」

「 それでもきみと同じ感じの手のヒトはいなかった・・・

 一番細い手だって言われたヒトもきみよりは大きいなって感じた。 」

「 ジョー ・・・  あなた それで ― 店員さん達の手、ぜんぶ その・・・握ったわけ? 」

「 うん。  なんでかなあ、店員さんたち皆 黙っちゃって赤い顔してさ ・・・ 」

「 ・・・ え  ・・・ 」

「 う〜ん・・・ そんなに強く握ったつもり、ないんだけど・・・ 痛かったのかなあ? 」

 

   あっはっは ・・・・!

 

ジャンが声を上げて笑い、テーブルに突っ伏した。

「 ― お兄ちゃん ・・・ ! 」

「 あ  あの  あの〜〜 なんか、可笑しいこと、言いました? ぼく・・・ 」

「 い いや ・・・ はははは ・・・ジョー〜〜 おまえってヤツは〜 あははは・・・・ 」

「 あの?   フラン、ぼくの言ったこと、ヘンかな? 」

「 ジョー。  ・・・ いいのよ、とてもあなたらしいわ。  お兄ちゃん! 」

「 はっはっは・・・  いや、 うん、すまん。

 いやぁ〜〜  うん、お前はいいやつだよ、ジョー ・・・くくくくく ・・・ 」

「 お兄ちゃん!  ・・・ ジョー。 でも ・・・ わたし、この指輪を見たのは二度目よ。

 これ・・・あなたのお部屋の大きなダブル・ベッドに落ちていました。 」

「 だから!  これを見てて・・・ぼく、フテ寝しちゃったんだ・・・ 」

「 ・・・ え ・・・? 」

「 だってさ。  あんまり腹立って。  あ、 あの アイツだよ、ほら、あの指令官。

 アイツ ・・・ お節介なこと、いいやがって・・・それも皆の前でさ。 」

「 ジョー ・・・ ジョーは イヤだったの? あのこと・・・ あの・・・先祖って発言 ・・・ 」

「 え そ そんなイヤだなんて。  すごく・・・すごく嬉しかったよ!

 けど ・・・ ぼくは自分で言いたかったんだ。  きみに直接さ。

 あんな風に言われたから とかじゃなくてぼく自身の意思で ね。 」

「 ファン。  口を挟んで悪いが。  ― そもそも何があったんだ? 

「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 」

「 ジャンさん・・・ あ あのう。 そうですね、ご存知ないのでしたよね。 あの ・・・ 」

「 ジョー。 わたしが言うわ。  お兄ちゃんへの報告でもあるから。 」

「 フラン。 ぼくに言わせてくれ。 ぼくもお兄さんにお願いしたいことがある。 」

「 わかったわ、ジョー。  それじゃ ・・・ お願いね。 」

「 ありがとう、フラン。    ― ジャンさん。 」

「 おう なんだ。 」

「 こんな事件、とても信じてもらえないと思います。 

 ぼく達だって 今でも時々 あれは夢だったのかも・・・って思うときもあるから。 」

「 ともかく話せ。  その後で信じるかどうか 決める。 」

「 はい。  ―  ぼく達の仲間が 全くの偶然からある集団と関わりあいになり ・・・ 」

 

新酒のワインが 2〜3本空いてしまったころ  やっと長い話が終った。

 

「 ・・・・ ふうむ ・・・ 未来人 か。 」

「 出まかせの与太話と思われても当然です。 

 実際に 過去と未来を見せられたぼくでさえ信じがたい気分でしたから。 」

「 それで・・・・ ソイツがお前たちについて何か言ったってわけか。  」

「 お兄ちゃん!  そうなのよ。  それもね、無神経に大きな声で・・・

 もうみんなに宣伝しているみたい。  デリカシーの欠片も 」

「 ファン、口を挟むな。 俺はジョーと話をしているんだ。 」

「 ・・・・ わかったわよ 」

「 ごめんね、フランソワーズ。  あの それでソイツが ― 」

 

 

 

 

「 御馳走さん。 美味かったよ、オヤジさん 」

「 おう〜〜 また来てくれ、ジャン。 妹さんと え〜と? 」

「 あは ・・・ こっちはファンの彼氏。 コイツもよろしく! 」

「 お。 いいねえ〜 これからちょくちょく会えるといいな、坊主。 」

「 ・・・ あ  あは ・・・ ど〜もぉ〜 」

ジョーはちょっとばかり複雑な笑顔をブラセリーのオヤジに向けた。

 

   チリン ・・・

 

ドアを出れば 外はもうとっぷりと暮れ夜の帳が降りて来ていた。

「 ・・・わ ・・・寒・・・ あ ジャンさん、代わりますよ。 」

「 いや いい。 これはアニキの役目さ。 」

「 え ・・・ そ そうですかあ〜 」

「 ま、いずれは全面的にお前に押し付けるんだから。 今くらいは ・・・ 俺に任せろよ。 」

「 はい。 」

ジョーは大人しくジャンの後についていった。 

ジャンは背中に妹をしょっている。  ― 彼女はぐっすり眠りこんでいた。

「 ・・・ おっとぉ〜〜 」

ずり落ちそうになるフランのコートをジョーがそっと押さえる。

冷たい夜気は ワインに火照った頬にかえって心地好かった。

 

    カツ カツ カツ カツ ・・・・   コツコツコツコツ ・・・・

 

フランソワーズを背負ったジャンとゆっくり後をついてゆくジョーの靴音が追いかけっこしている。

「 ・・・まあ しかしよく飲んだもんだな。 」

「 あは・・・ しゃべりながらだったから・・・どんどん飲めちゃったし。 美味しかったです。 」

「 ふふん ・・・ いっぱしな口利いてやがる・・・ お前が飲めるクチでよかったよ。 」

「 へへへ ・・・ 仲間には呑み助が多いですからね・・・自然と・・・

 フランもいつもはこんな風には酔わないですよ。 」

「 ふん ・・・ 家族だけだからな、気が緩んだんだろ。 」

ジャンはよいせ・・・と背中に眠る妹を揺すりあげる。

ミッションの打ち明け話から始まって 食事の最中もフランソワーズはしゃべり続け・・・そして

グラスを干す速度も増してゆき ― コーヒーの前に沈没してしまった。

酔いつぶれた妹を ジャンは当たり前の顔で背負って家路についた。

ジョーは そんな二人が羨ましい。  無防備甘える相手がいるフランソワーズが ・・・

そして当たり前の顔で面倒をみるジャンが  ジョーはたまらなく羨ましかった。

「 それにしても ・・・ あんなに飲むなんて。 フランらしくないです。 」

「 ・・・ 例の未来人とやらの件がよほど気になっているんだろ。 」

「 やっぱり ・・・ ぼくなんかと ・・・じゃ イヤなのかな ・・・  」

ジョーの足取りが またまた遅れ気味になる。

「 おいおい ・・・ いい加減で慣れろよ?

 ありゃ・・・アイツの照れ隠しさ。  いや、ヘソを曲げてるだけだ。 」

「 え ・・・ へ ヘソを?? 」

「 ああ。  さんざん言ってだろ? 皆の前で とか 大声で ・・・とかさ。 」

「 ええ ・・・ フランはあの指令官のやり方が気に入らなかったみたいですけど。 

 彼はわざわざぼく達を呼び出して  例の話をしたんですよ。 」

「 ふふん ・・・ 」

ジャンは含み笑いをしている。  ううう〜〜ん ・・・ 背中で妹がもぞもぞ動く。

「 フラン〜〜 ほら、暴れちゃだめだよ〜〜  」

ジョーはあわてて彼女を支える。

「 お前なあ ・・・ オンナ心ってわからんのか?

 ファンはさ、すごく嬉しかったんだ。 めちゃくちゃに、な。 だけど 」

「 ・・・ ぼ ぼくも 嬉しかったです! 」

「 だ〜から! ファンは一番先に直接お前に言って欲しかったんだろ。

 その未来人氏の発言如何によらず、な。

 <そういう運命だそうだから・一緒になってくれ >  なんて冗談じゃない、ってことさ。 」

「 ・・・ あ ・・・ そ そうか ・・・ 」

「 ジョー。  お前 ・・・ ほっとにニブいなあ。 

「 す すいません。  ぼくも ・・・ あんなのはイヤです。

 ちゃんと  ぷ プロポーズするつもりで・・・ 部屋とか家具とか あの指輪も・・・準備してました。

 サプライズで 喜んでもらおう、と思ったんだ。 」

 

    あはははは ・・・・  ジャンが急に笑いだした。 背負った妹を揺すりあげつつ大笑いだ。

 

「 ?! ジャンさん? 」

「 あはは ・・・ お前たち〜〜 そっくりじゃないか。 似たもの同士ってことだな。 」

「 ・・・・え  そ そうかな ・・・ 」

「 そうだよ。 要するにファンもお前も余計なお節介は真っ平・・・ってわけさ。

 ま ・・・ 仲良くやれ。 」

「 ジャンさん ― 」

「 ああ くれてやる。  コイツ、お前にやるよ。

 ― いや。  ジョー。  妹を頼む。  コイツにはお前じゃなくちゃダメなんだ。 」

ジャンは相変わらず妹を背負ったまま・・・まっすぐ前を見つめている。

後ろのジョーことなど、振り向きもしない。 しかしジャンは確実にジョーの位置を把握している。

「 ジャンさん。  あ ありがとうございます ・・・・!

 きっと ・・・ううん、必ずフランソワーズを幸せにします! 」

「 ・・・ ま がんばれ な。  

 さっき一発お見舞いしてやったし。 ちょっとは気も済んだ。

 よ〜し。  うん、晴れて許してやるぞ〜〜  ジョー !  くっそォ〜〜〜!! 」

 

   うううう〜〜〜ん??  もう飲めないのぉ〜〜〜

 

兄の叫びに呼応するみたいに背中で妹が寝言を言って暴れている。

「 おっとぉ〜〜 フラン〜〜 危ないったら〜〜 」

ジョーはあわてて彼女を押さえ、ずり落ちてしまったマフラーをひろう。

「 ― なあ ジョー。  ・・・ いい夜だよ な 」

「 ・・・ はい、 ジャン ・・・お兄さん ・・・ 」

しっかり寝入ってしまったフランソワーズを真ん中に、兄と義弟はぽくぽく歩いて家路についた。

 

 

 

「 ― もっときちっと。 最初からしっかり押さえる。 」

「 は はい・・・・! え・・・っと・・・ 」

「 そうじゃないって。 何回言ったらわかるんだ! 」

「 す すいません〜〜 」

「 ・・・っとにブキッチョなヤツだなあ〜 ほら貸してみろ。 」

「 ・・・ は はい ・・・ すみません 」

「 謝ってもシャツは畳めんぞ。 」

「 す すいませ・・・いや、 はい! 」

「 お前なあ〜 日本人 なんだろ? 日本人の手先の器用さは世界一だって聞いてるぞ。 」

「 ・・・ す すいません〜〜  あ そのあの 〜 」

「 ったく〜  ほら、もう一回やるからよ〜〜く見てろ! 」

「 はいッ! 」

ジョーは直立不動で返事をし、ジャンの手元をじっと見つめた。

「 いいか。 まず最初に、だな ― 」

 

 

酔っ払ったフランソワーズと兄がおんぶして ジョーはそのお供をし兄妹のアパルトマンに行った。

ジャンに 認めてもらい、ジョーは晴れて<カノジョの家>に上がったのだ。

「 ファンを寝かせてくるから。  お前は奥にある客用の寝室をつかえ。 」

「 ありがとうございます! 」

ジョーはぺこり、とお辞儀してフランソワーズを抱いていったジャンを見送った。

「 ・・・ ふ〜ん ・・・ お兄さん、かあ。 いいなあ〜〜 兄弟っていいな・・・

 うん、やっぱりコドモは二人以上ほしい な!  ふふふ〜ん ・・・

 ともかくコレを部屋に置いてこよう・・・っと 」

ジョーはず〜〜っと引き摺っていたスーツ・ケースをえいや!っと引っ張った。

 

   ―  かっぱ〜〜ん ・・・・!

 

道々の酷使に耐えかねて、ジョーのスーツ・ケースは突如 ぱっくり口を開けた・・そして 

「 !?  う うわあ〜〜〜〜  うわ うわ ううう〜〜 」

アルヌール家の居間に ジョーのシャツやらパンツやら靴下やらが ― ぶちまけられた!

「 ヤバ〜〜〜 ヒトんちで〜〜 うわ うわあ〜〜 」

ジョーは大慌てでかき集め むやみにスーツ・ケースに放り込み無理矢理フタを閉めた が ・・・

「 くっそ〜〜〜 閉らないよ〜〜 えい えい えい!! 」

かっぱん・・・!  

「 うわあ〜〜 ウソだろう〜〜〜 !! 」

スーツ・ケースはジョーを嘲笑うがごとく、再び大口を開け中のものをぶち撒けたのだ。

「 ヤバッ !! 」

ぶぅわさ!!  ごん・・!  ジョーは再び自分自身の衣類と格闘を始めた。

 

「 なにやってんだ ジョー。 」

 

「 へ?? あ あああ ジャンさん〜〜  あの その あの〜〜 」

「 お前のスーツ・ケース か? 」

「 は はい。 あのう ・・・ もう古くてそのう〜 すぐに口が開いてしまって・・・ 」

「 ふん? ・・・ おい、開けてみろよ。 」

「 え。 いえ その〜〜〜 」

「 ちゃんと詰めてやる。 中身、見せてみろ。 」

「 ・・・・・・ 」

   ―  カチャ ・・・  ばさ ・・・

「 おい。 なんだ なんだ このシャツの畳み方は〜〜〜 」

 

   ― で。 翌日の朝から ジョーはジャンのレクチュアを受けることになったのだ。

 

なんの・・・って  ―  シャツやらパンツ・・・衣類の畳み方について!

「 いいか。 日常の基本がしっかりしてこそ、非常時に実力が発揮できるのだ。

 身の回りの整理整頓は基本事項だぞ。 」

「 ・・・ は はい ・・・ 」

「 まずは基本から教える。 しっかり覚えろよ。 

 いいか これはな、軍隊では基本のキ、新兵の必修だぞ。 」

「 はい・・・! 」

男二人のやりとりを フランソワーズは背後からちらちら眺めている。

兄の日常の習慣はよ〜〜く知っていたので、口を挟むつもりはない。

 

    ふ〜ん・・・ ま、ジョーにはいいクスリかも ね・・・

    これで彼も自分で洗濯物を畳んでくれるようになるかしら

 

    ふふふ・・・ この二人、案外気が合っているのかしら・・・

 

「 お兄さん? すこし休憩したらいかが。  お茶、いれるわ。 」

「 まだだ。  ともかくコイツに基本を叩き込まんとな。 

 おい! ほら袖の畳み方がちがうぞ!  」

「 ・・・あ は はい  すみません〜〜 」

「 ったく ・・・ 最終的にはな、 こう・・重ねればぴたっと同じ大きさになるように。 」

ジャンは畳んだジョーのシャツ類をきっちりと重ねた。

ぐしゃぐしゃのシワシワな布達のカタマリは わずかな嵩となりスーツ・ケースの底に

ちんまりと収まった。

「 ・・・ ひえ〜〜〜 ・・・ 」

「 何を今さら驚いているんだ? スペースの節約にもなり、スクランブルの時には

 素早く対応できる。 」

「 ・・・ は はい。 」

「 ふん、その分じゃ、お前の引き出しの中は悲惨なんだろうな。

 いいか。  きっちり覚えて ― お前の生活環境を一新しろ。 」

「 はい!  ( ひえ〜〜〜〜 ) 」

ジョーは大汗流しつつ、シャツだのパンツだのソックスだのを畳んでいる。

「 ふふふ・・・ お兄ちゃんのレクチュアが終ったら お茶にしましょう。

 栗のペーストがあったからビスキュイに乗せて焼いてみたの。 」

「 ファン、もうちょっと待て。 コイツがシャツを全部たたみ終えるまで な。」

「 はあい。 ・・・ あら それじゃお茶を淹れなおしたほうがいいかしら。 」

「 さあ な ? 」

 

    えっと。 まずは ここと ここを合わせて ・・・っと。

    その次に ・・・ あ、間違えた! こっちが先だった!

 

カノジョとその兄さんの会話など まったく耳に入っていないらしい。

彼はひたすら・・・自分自身の衣類と格闘をしていた。

 

     ・・・ふん。  こんなのも いいか な。

 

     ふふ ・・・  ちょっと楽しいかも♪

 

やがてジョーのスーツ・ケースが静かにそのフタを閉じた後、 < 家族 > でお茶タイムを

楽しむのだろう。  初冬の淡い陽射しがぼんやりと見えてきた。

古いアパルトマンの一室で 穏やかな時間が過ぎてゆく  ―  皆が微笑んでいる 冬の日・・・

 

 

 

その日から ジョーはしばらくアルヌール兄妹の家に泊めてもらうことになった。

もちろん ジョーは済し崩しにずるずるとアルヌール家に滞在したわけではない。

 

衣類畳みのレクチュアを受け、 お茶を楽しんだ後にジョーは二人に挨拶をした。

「 え ホテルに行く・・・・ってどうして? 」

「 どうして・・・ってもともとそのつもりだったし。 うん できるだけ近いトコ、捜すよ。

 よかったら・・・ パリの観光案内とかしてくれる、フラン。 」

「 もちろんだけど・・・ でもジョー! どうして?? 」

「 え ・・・ だってぼく、パリは初めてだし ・・・ 」

「 そのことじゃなくて!  なんでホテルなんかに行っちゃうの?

 ウチ ・・・ 居心地が悪かった・・・? 」

大きな青い瞳にたちまち涙がもりあがってくる。

 

     う ・・・わ ?! な なんだよ??

 

「 え そ そんなこと!  きみの家ってすご〜〜く居心地いいなあって思ってた。 」

「 なら ・・・ どうして ・・・ 」

「 だって。  いきなりやってきて滞在するなんてできないよ。 そりゃ・・・昨夜は別だけど 」

「 いいじゃないの、ウチには部屋もあるんだし。 」

「 だめだよ、それは。  大丈夫、ちゃんと毎日会いにくるから。 」

「 ・・・ ジョー ・・・ そんなのってないわ。

 日本では ・・・ あの研究所にジョーはいつでも泊まってゆくでしょう? 」

「 しかし ― 」

「 ジョー。  ウチに居ろ。 」

「 ジャンさん ・・?! 」

二人がごちゃごちゃ言っていると、ジャンが静かに立ち上がった。

「 ジョー。  お前はウチの家族だ。  パリでのお前の家はここだ。 」

「 ― ジャンさん ! 」

「 お兄ちゃん! 」

「 ふふふ・・・・ファン、お前はな〜 酔い潰れていたから知らなかっただろうが ・・・

 ジョーはちゃんと俺に許しを請うた。  俺は ・・・ 」

「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 」

「 俺はいつだって何処でだってお前たちの幸せを願っているさ。 」

「 ・・・・・! 」

フランソワーズは言葉がでなくてそのまま兄の首ったまにかじりついた。

「 ・・・こ〜らあ〜〜 ファン、そんなことしてると、ほら・・・ジョーが複雑な顔 してるぞ? 」

そんなことを言いつつ ジャン自身がちょっとばかり意地悪い笑顔でジョーを見る。

「 フラン ・・・い いいさ。  お兄さんはトクベツだ・・・ 」

「 うふふふふ・・・ ジョーってば。 痩せ我慢しないでよ。 

 ね? ウチに居てくれるでしょ?  」

「 ・・・ うん。  ジャンさん、 ありがとうございます。 」

ジョーは律儀にぺこり、とお辞儀をした。

「 よかった♪  あのね、また楽しいことが起きそうなの。 

「 え なんなんだい。 」

「 さっき電話が来たのよ。  グレートがね、イギリスに行く途中で寄ってもいいかって。 」

「 え グレートが? 」

「 そうなの。  古いお友達の主宰する劇団の公演があるのですって。 

 それで・・・ロンドンに行く前にね、 お兄ちゃんに会いたいそうよ。 」

「 ふうん? 」

「 お兄ちゃん、いいでしょう? 」

「 お前の仲間かい。  ああ 勿論だよ。 」

「 ありがとう〜〜  うふふふ・・・それじゃ腕にヨリをかけて美味しいゴハン、作らなくっちゃ♪ 

 う〜ん ・・・ なにがいいかしらね? 」

「 客人はイギリスさんか。 」

「 そうよ。 」

「 ・・・ なら ブイヤベースでもどうだ? 美味くて目を回すぞ〜 

 アチラさんのメシは貧相だからなあ。 」

「 そうね!  美味しいお魚とか貝とか・・・マルシェで選んでくるわ〜 」

「 ブイ ・・??  」

ジョーが怪訝な顔をしている。

「 あ、魚介類のね、煮込みみたいなもの。  日本のナベ・・・・とはちょっと違うけど・・・ 」

「 そうなんだ? うわ〜〜楽しみだなあ・・・ 

 あ、買い物、手伝うよ。 いろんなモノ買ってくるんだろ? 」

「 ありがと♪ お魚と海老と。 ムール貝があると嬉しいわ。 」

「 へ〜え・・・?  クラム・チャウダーみたいなの? 」

「 う〜ん・・・? ちょっと違うわねえ。 でもジョー、きっと気に入るわ。 グレートも。 」

「 そっか〜〜 うふふふ・・・ぼくに手伝えるコトがあればなんでも言って? 」

「 ええ。 それじゃ。 ・・・ お魚とか・・・触ってくれる? 」

「 え。 いいけど・・・ きみ、日本じゃ普通に調理してただろ。 」

「 ・・・わたしが触れるのは <切り身> だけ。  まるごとのお魚は苦手なの。 」

「 ぼ ぼくだってそんなにやったことは・・・ 」

「 お・ね・が・い・・・! 」

大きな青い瞳にじっと見上げられれば ― ジョーは断ることなど出来るわけはない。

「 ・・よ よし!  やってやる〜〜! 」

「 きゃあ 素敵よ、ジョー♪ 」

「 ― 俺は食わないからな。 」

「 お兄ちゃん! 」

「 あ あの。  ちゃんと調理しますから ・・・ なるべく・・・ 」

「 やっぱり食わない。  客人のためにもなにか買ってくる。 」

「 も〜〜〜 ひどいわ〜〜 お兄ちゃんってば 

明るい笑いがリビングに満ちる ・・・

 

    あ  そっか。  コレが家族、ホームなんだよなあ・・・・

 

ジョーは楽し気に兄妹の口げんかを眺めていた。

 

 

週末になって予告のとおり、グレートがパリのアパルトマンを訪ねてきた。

「 お兄ちゃん。  グレートが来たわ。 」

フランソワーズが中年の紳士をリビングに案内してきた。

グレートはりゅうとした背広に山高帽、 細く巻いたアンブレラを携えている。

ジャンは満面の笑みで立ち上がり、手を差し伸べた。

「 やあ いらっしゃい。 ミスタ・ブリテン。  ようこそ! 」

「 ボンジュール、 ムッシュ・アルヌール。  おや。  我輩をご存知かな。 」

「 勿論。  ミスタ・ブリテンの 『 独り芝居 』 を見ないヤツはパリっ子じゃないってウワサです。

 それほどファンが多いですよ。 」

「 いやあ それはありがたいですな、ムッシュ。 」

グレートは帽子を取って 芝居がかった会釈をした。

『 独り芝居 』 は 今季の新作で欧州の演劇通の間で大評判なのだ。

タイトルどおりに ― グレート・ブリテンの主演・独演である。

「 さあさあ どうぞ。  妹とお待ちしていました。 」

「 これはこれは・・・ 時にムッシュ・アルヌール?  

 こちらに我らが仲間の・・・ 茶色目の仔犬がお邪魔していると思うのですが? 

「 ええ ・・・ ははは・・・確かに。  妹がお預かりしています。 」

「 ― ほう? それはそれは。  ・・・ うまく行ったのですな。 」

「 なんとか。 」

男たちはにんまり・・・笑い合うのだった。

 

 

「 グレート!  待っていたのよ〜〜 嬉しいわ 」

「 おお マドモアゼル〜〜  また一段を美人におなりだな。 」

とびついてキスをしてくれた仲間に グレートは余裕の笑みで応える。

「 や やあ・・・ グレート・・・ 」

「 おう boy〜〜  元気か。 」  ばちん・・・とウィンクして ― さすがにジョーもピンと着た。

「 あ は ・・・。 な なんとか ・・・ 」

「 そりゃよかった!  よかったなあ〜〜 」

バンバン ・・・!  大きな手がジョーの背中を叩く。

「 いて・・・! へへへ ・・・ありがとう! 」

「 ねえ グレート。  ジョーったらね、お兄ちゃんにちゃんと申し込んでくれたの。

 それでね、 この指輪 ・・・ 」

「 はいはい わかったよ、マドモアゼル。  ノロケはもう十分だ。 

 あ・・・ いや、 これは謹んで拝聴せねばならんな。 」

「 ミスタ・ブリテン? コイツのお喋りに付き合う必要はありませんよ。 」

「 お兄ちゃん! 」

「 いや そうも行くまいて。 マドモアゼルとboyは役者・ブリテンの偉大なる師匠だから。 」

「 ??? 」

皆の後ろでにこにこしていたジョーが 思いっきり首をひねっている。

「 なあに。 なんなの、グレート? 」

「 ふふ ・・・ そなた達のころころ変わる痴話ケンカの様子をな、参考にさせてもらったよ。 」

「 !  ああ  あの 『 独り芝居 』 の ・・・ ですか。 」

ジャンが なるほど、と納得した顔になる。

「 左様 ・・・  人生、すべて独り芝居 ・・・  

 ヒトの表情は そして こころは かくも華麗に変化するものよ・・・ 」

「 さすが・・・ ミスタ・ブリテン ですねえ。 」

「 お兄ちゃん  どういうことなの。 」

「 なんだ、ファン。  お前 ミスタ・ブリテンの 『 独り芝居 』  を観てないのか 」

「 だって・・・ 日本じゃまだ上演していないもの。 」

「 お〜〜 文化・芸術への理解が貧しい国だな 

 いいか 『 独り芝居 』 はな ・・・ 」

ジャンが説明する中 グレートは心地良さそうな顔で熱い紅茶を煤っていた。

 

その芝居は タイトルのままで、グレートが唯独りの出演者なのだ。

衣裳も背景もなにも換えることなく 彼は素顔のままで何人もの人物を演じる。

 ― そう、あたかも ・・・ ヘソのスイッチを押したかのように ・・・

彼・ グレート・ブリテンはその演技のみで七変化を演じるのだ。

 

「 まあ そうなの・・・ 是非 是非 観たいわ〜〜  」

「 ほっほ。 我輩の演技など マドモアゼルの笑顔には及びもせんよ。

 いやあ・・・ 諸君らのくるくる変わる表情を見ていて、学ばせてもらった。 」

「 え ・・・ そ そうなんだ? グレート・・・ 」

「 いや〜〜しかしね、 boy?  

 今も言っただろう?  恋人たちの笑顔に勝るものなどない。 」

「 やだ・・・ もう〜〜 グレートったら 」

「 ねえ、フラン。  是非 ・・・ その芝居を観にゆこうよ。 」

「 そうね!  ねえ お兄ちゃんも一緒にどう? 」

「 は!  俺はそんなにヤボじゃないぞ。 」

「 兄上には 特別招待席をご用意しますぞ。 リピーター、大歓迎です。 」

「 ありがとうございます。  いやあ〜〜ファン、お前はいい仲間をもっているなあ 」

「 わたし、 お兄ちゃんがグレートのファンだ、なんてちっとも知らなかったわ。

 だいたい演劇に興味があるなんて ちっとも・・・」

「 ふん。 大人の教養のひとつ、さ。 」

ジョーはのにこにこ・・・皆の話を聞いている。

 

   ふむ・・・ boy? オヌシはやっと・・・欲しかったモノを手に入れたらしいなあ・・・

   ふふふ ・・・ すべて世はこともなし、か ・・・・

 

グレートは紅茶の湯気の間からにんまり・・・ 茶髪の青年を眺めていた。

 

 

 

   ―  パシャ ・・・!

 

小さな音と共にしずかな湖面に 波紋が広がってゆく・・・

「 ・・・ お〜っとぉ・・・  ふぇ〜〜 ま〜た逃げよったワ ・・・ 」

ぽっちゃん ― 大人は引き上げた釣り糸を忌々しげに眺めている。

「 お〜〜や・・・ 大人、そっちも逃げられたかの。 」

「 博士〜〜〜  博士もあかん? 」

「 ああ。 さっきからまったく ・・・ 」

ぱっちゃ〜〜ん ・・・  博士は大きく釣り糸を手繰ったがその先にはなにも ない。

「 むむむ〜〜 えろう嫌われましたなァ・・・ 」

大人は恨めしそうに湖面を見つめている。

「 ほっほ・・・どうやらそのようじゃな。  どれ・・・ぼちぼちもどるとするか。 」

「 さいでんな。  せっかく博士をお誘いしたのんになあ〜 」

「 ま、なるようにしかならんさ。  ・・・ なにごとも な。 」

「 へえ。 なにごとも でんな。 」

博士と大人は に・・・っと笑顔を見合わせる。

「 皆からの報告によると 例のミッション先でなにやらあったらしいが。 

 そんなことに左右されるあの子達でもあるまい。 」

「 そやそや・・・ 博士、面妖な御人がなにやら言いよりましたが・・・

 ジョーはんらァは ― ダイジョブや。 」

「 そういうことさ。  ・・・ 大人? 帰りにどこぞで一杯・・? 」

「 ひょ〜〜 ええですなァ〜  ほな。 帰りまひょ。 」

「 ああ ・・・ そうしよう。 」

  ・・・ ギイ ・・・   大人が旧式なオールを繰り始めた。

   

  ― ツピ ―ーーー― ・・・・!   百舌鳥か鳶か 冬鳥の声が湖面に消えていった・・・

 

 

 

 

  コツコツコツ  ・・・   カツカツカツ ・・・

ところどころに枯葉が残る石畳を 二人はゆっくりと歩いてゆく。

「 ・・・ 寒くない? フラン ・・・ 」

「 ううん ・・・ ちっとも。  ジョーと一緒だもの。 」

「 あは ・・・ そっか。  うん、ぼくも さ。  きみと一緒だから・・・ 」

うふふふ ・・・ あは ・・・

初冬の空のもと、色違いの瞳が見つめあい、笑いあう。

パリの空はどんより・・灰色だけどこころも身体も ぽっかぽか。 

 

  そう・・・ いつだって 二人の事情 は 二人だけの秘密、だってさ・・・

 

 

 

   *******  あのヒトたちの事情  ******

 

 

   ヴィ −−−−−− ・・・・・・

 

微かな唸りを上げてタイム・マシンは時間 ( とき ) を遡ってゆく。

未来人たちは 静かにその航行を見守っていた。

 

「 ・・・ お兄さん 」

「 リナ。  なんだ。 」

少女が足音を忍ばせ、兄の指令官の側にやってきた。

「 恐がることはない。  航行は順調だ。 」

「 ええ  怖くはないわ。  そうじゃなくてね ・・・・ ねえ 教えて。 」

「 なにかな。 」

「 あの二人 ・・・ 本当に私達の <ご先祖様> なの? 」

「 うん?  あの二人 ・・・?   ああ あの青年とマドモアゼル・フランソワーズか・・・ 」

「 そうよ。  フランソワーズさん・・・ 優しい方だったわ・・・

 本当にあの方達が 遠い・遠い お父さんとお母さん なの? 」

「 ・・・ あ 〜 ・・・ う〜ん・・・・? 」

「 う〜ん・・・って。 どうなのよ、お兄さん! 」

「 うん ・・・ あの青年のDNAは俺達の父方のもので マドモアゼルのは母方のものだ。

 例のタイム・テレビをつかって解析した。 」

「 え ・・・ それって。 あの二人がカップルだった、って特定できないじゃない! 」

「 う〜ん ・・・そうかあ?  そう・・・かもしれないなあ・・・

 ま いいじゃないか、どうだって。 俺たちにはもう起きてしまったことなんだ ・・・ 」

「 それは ・・・そうだけど ・・・ 」

「 ふぁ〜〜・・・俺はちょっと仮眠するから。  ― 到着したら起こせ。 」

「 あ ・・・ お兄さん ・・・  もう・・・ 」

リナは呆れ顔で 兄を見送った。

「 そうねえ ・・・ まあ なるようにしかならないわね・・・ 」

 

   ヴィ ・・・・・    タイム・マシンは新天地に向かってお気楽に進んでいった。

 

 

 

*************************      Fin.     *****************************

 

Last updated : 12,06,2011.                   back       /      index

 

 

 

************   ひと言  ************

オチもない話ですみません〜〜〜 <(_ _)>

ひとつ お断りが・・・  ラストの <未来人>たち、原作設定ではなく

旧ゼロ設定 ( 指令官とリナは兄妹 ) になっています。

シャツの畳み方の件 ・・・ 本当ですって〜〜 (^.^)

最後までお付き合いくださった方、いらっしゃいましたらありがとうございます〜