『 ひみつ  − (2) −』   




外は ・・・ 雪。
おおきなカタマリがふわり・ふわりと舞い落ちてくる。
春の淡雪であるが それでも気温は下がっているらしく部屋の窓ガラスが曇ってきた。
この冬の最後のパフォ−マンス・・・なのかもしれない。

「 あ・・・ すばる! 雪だよ〜〜 」
「 わあ! キレイだね、ふわふわ〜って羽みたい・・・ 」
「 積もるかな。 雪合戦、できるかな〜〜 」

たった今まで熱心に眺めていた古いアルバムを放り出し、
双子は仲良くガラス窓に張り付いている。
普段は暖房を入れないこの本部屋もだんだんと冷え込んできた。

・・・ そんな部屋の真ん中で。
ジョ−は。  
ひとり上気した頬のまま俯き・・・ たらたらと汗を流していた!

 − ・・・まったく。 いっつも肝心な時に<出そびれる>んだから・・・!

この<戦場>で彼の唯一の戦友・003は呆れ顔、脳波通信もチャンネルを閉じてしまった。

 − あ〜ぁ・・・ 人生ってこんなもの? 所詮は孤独な戦場、なのかしら・・・


「 ・・・あ、あ〜・・・。 サンタさん・・・じゃなくて〜 ・・・え〜 て、天使・・・そう!
 天使たちのトコにいたんだよ、二人とも・・・ 」
・・・ はぁ??
「 お父さんとお母さんが ・・・ か、神様に<お願い>する前だったから・・・その〜
可愛い子供たちをくださいって。 すばるもすぴかも ・・・ この時は・・・え〜と、その・・・
 ・・・まだ天使のトコにいたんだ。 」
・・・ ジョ− ・・・。 今時の子供たちにそのテの話を信じてもらえるって本気で思ってる・・・?
「 ・・・だ、だから。 そのゥ・あのゥ・・・ お父さん達の結婚式のときは・・・ まだ 
 ふたりは天使のトコでお昼寝してたのさ。 」
天使、ねえ・・・・
「 わ、わかったかな・・・ ふたりとも。 」

ジョ−がやっと顔を上げると。
窓辺から我子達が ・・・ そう、まさに 微妙な 視線をじ〜っと父親に注いでいた。


「 ・・・ 天使だって・・・。 」
「 お父さん、本気で信じてるんだ〜 」
「 カワイイね? お父さんって 」
「 う〜ん・・・ ってゆうか〜 ・・・ お母さんも大変だわ。 」
「 僕達って お父さんとお母さんが<つくって>くれたのにね。 」
「 お父さん、『 わたしたちのからだ 』 でお勉強してないのよ。 」

ぼしょぼしょぼしょ・・・
くっつきあって、姉弟は耳打ちを繰り返している。
肝心の父親は ・・・ 自分自身の発言にまたまた赤くなっていて
わが子たちの様子も 側に立つ妻の様子も ・・・ まったく見えていなかった。

・・・ ぷっ・・・!!

ジョ−の大切は奥さんは 突如吹き出すと身を折って・・・笑いだした。
平素から耳のよい母親には 子供達のナイショ話は筒抜けだったのだ。

「 ・・・な、なに? なんか・・・ぼく、可笑しなコト、言った? 」
「 ううん・・・ううん、ジョ−・・・ そうね〜 天使、ねえ・・・ぷぷぷ・・・ 」
「 そんなにヘンかな。 だって・・・ 本当に・・・ 」
「 はいはい、そうですね。 ウチの子供たちは天使です。 」
涙を払って、母親はその天使たちに言いつけた。

「 さ、ココをちゃんと片付けましょう。 宿題はやったの? 」
「 今日、宿題ないもん。 ね〜 お母さん、もうすこし〜
 お嫁さんのお母さんの写真、見てもいいでしょう? 」
「 お母さん・・・ キレイだね〜〜  白いお花がとっても似合うね・・・ 」
「 あ、あら・・・そう・・・? 」
以前にさんざんジョ−がぼ〜〜っと眺めていた結婚式の写真であるが、
わが子たちにほれぼれと見られると・・・ なんだか違った照れくささである。
フランソワ−ズも寒い部屋なのに頬が上気する思いだった。

「 お母さん、きれいだろ? この日・・・お父さんはお母さんって
 こんなにキレイだったっけ・・・ってぼうっとしてしまったんだよ。 」
「 ふ〜ん ・・・ それで、この写真・・・ お父さんってイマイチなんだ? 」
「 うん、そうだね〜 お父さん、夢、みてるみたいなお顔だよ?」
「 ・・・え ・・・ そ、そんなに ・・・ ぼけっとしてるかなぁ・・・ 」
「 してる! ・・・ほら、これも、これも。 お父さんってばお母さんの顔ばっかみてる。 」
「 だってね。 本当にお母さん、きれいだったんだもの。 」
「 お母さんはいつだってキレイだよ、お父さん。」
「 ・・・お〜 ・・・ コイツゥ・・・ それはお父さんのセリフだぞ・・・ 」
「 あ・・・ コレってアタシ達? 」
どぎまぎしている父親など見向きもせず、すぴかはどんどんアルバムを繰ってゆく。
少し重い台紙が軋って開くたびに、懐かしい日々が顔をだし零れ落ちる。

 ・・・ ああ。 こんな時もあったわね・・・

日頃はすっかり忘れている思い出が 鮮やかに蘇る。
生まれたばかりの我が子達の写真は とりわけ胸に染み透る思いだった。

そう、ね。 さむい冬の朝だったわ。
朝日が射したころ、ようやっと産声を聞いたのよ・・・
ふふふ・・・ あの時からすぴかは高い声で すばるはちょっと低めで・・・









「 お母さん! どっちがアタシ?? 同じお寝間着だからわかんないなあ。 」
すぴかがつんつんと母のセ−タ−を引っ張った。
「 え? ああ、これはあなた達が生まれた日の写真ね。
 お父さんが一番初めに撮ってくださったのよ。 
 こっちがすぴか。 左のがすばるよ。 」
フランソワ−ズはにこにこと、無心に眠る新生児の顔を指差した。
「 すご−い ・・・ お母さん、どうしてわかるの??
 ねえねえ お父さんはわかる? これ・・・この写真はどっちがすばるだ? 」
目をまん丸にしたすぴかは 今度は父親の手をくいくいと引いた。
「 なんだい? ・・・ああ、懐かしいなあ、この写真・・・ 」
「 だ〜か〜ら。 これってどっちがアタシでどっちがすばるかわかる? 」
「 ・・・ え ・・・・ え〜 ・・・・ 」
「 あれぇ〜 お父さん、わかんないの? 」
「 う・・・いや・・・え〜と ・・・ 」

言葉を詰まらせて、またもやジョ−は冷や汗を流している。

 − それは ・・・ 上にいるのがすぴかよ!

 − りょ、了解! サンクス・・・ 003

 − ・・・ 貸し、いち!ね、009?

 − すまん・・・・

自分の側で澄まし顔をしている妻から脳波通信が飛んできた。
・・・ジョ−はこの時、サイボ−グのわが身をこころから感謝したのだった。

「 えっと。 これはね。 こっちがすぴか。 お手々を握っているのがすばるだよ。 」
えへん、と咳払いしてからジョ−は悠々と娘に説明をした。
「 わ〜〜 すごい〜〜 お父さんとお母さんってすごいな〜〜 」
今度は息子が目をまん丸にして父親を見上げた。
「 僕・・・ どっちが自分か全然わかんないや。
 こんな風に眠ってたのかなぁ・・・ ちっとも覚えてない・・・ 」
「 さあさ、あなた達〜〜 今度こそちゃんとお片付けして頂戴。
 お父さんとお母さんはお茶の途中なのよ。 お願いできるわね? 」
「「 は〜い。」」
可愛いお返事に送られてジョ−とフランソワ−ズはリビングに戻った。


「 ああ・・・ やれやれ。 大汗かいたよ・・・ 」
「 うふふふ・・・ 天使、ねえ? どういう発想なの。 」
「 え・・・ 雪を見てて・・・羽とか空とか・・・苦し紛れさ。 」
「 ま、ともかく。 ウチは<出来ちゃった婚>じゃありませんから。 」
「 ・・・ 清い仲・・・じゃなかったケド、さ・・・ 」
「 あなたが強引だったから・・・ 昔ニンゲンのわたしとしては式の時に
 教会のヴァ−ジン・ロ−ドを歩くのは気が引けたのよ。 」
「 ・・・ すみません ・・・ 」
「 ふふふ・・・ 天使様のところからあの子達をつれてきてくれたから・・・
 大目に見てあげるわ? 」
「 ・・・ ごめん ・・・ 」
口先とは裏腹に ジョ−の手がすっと伸び・・・あっという間に
ちいさなキスを盗んでいった。
「 ・・・ あ ・・・もう・・・。 本当に手が早いんだから・・・! 」
「 ゴチソウサマ。 あ〜 お茶、お茶。 なんだか冷えてしまったよ。 」
「 そうねえ。 とんだ邪魔がはいったけど。 熱いのを淹れなおしましょ。 」
「 うん。 ・・・あ! 」
「 なに・・・ どうしたのよ? 」
「 そうだそうだ、忘れてたよ〜。 おはぎ、買ってきたんだった! 」
「 ・・・ お は ぎ ? 」
「 うん。 あ〜 ちょっと取ってくる。 車の中に置いてきちゃった。 」
「 じゃあ・・・ お茶をいれかえておくわね。 」
「 頼むよ。 ・・・ああ、日本茶がいいな。 」
「 了解〜 」
ジョ−はばたばたと玄関を出ていった。


外は ・・・ 雪。
リビングのカ−テンを引きに窓辺にたったまま、
フランソワ−ズはしばらく自然の饗宴にじっと見入っていた。

灰色の空からどうしてこんなに白い綺麗なカタマリが生まれてくるのだろう。
無垢のカタマリは ふわり・ふわりと宙を舞いやがて大海原に消えてゆく・・・
この頃は ぐんと明るさを増していた海なのだが、また鈍色( にびいろ )に戻ってしまった。

・・・ 天使、ねえ・・・

フランソワ−ズはほっと吐息をもらす。

あの子達は ・・・ わたし達の許に舞い降りてきてくれた天使・・・・
そうね、この雪みたいに。
ふわふわ・・・って降ってきて でもいつか・・・ すっと ・・・

ぶるっと身体が震えた。
すばるとすぴかを手離す ・・・ そんなコトは今、到底考えられない。
それはわが身の一部を削ぎ落とすのと同じことだ。

 − でも。

かならず、その日はやってくる。
平凡で穏やかで・・・ そして賑やかな<普通の日々>に追われているけれど
自分たちの<事情>をいつの間にか忘れたフリをしているけれど。

子供たちは やがて ・・・ 自分達に追いつき・追い越し ・・・ 先にいってしまう。
つ・・・っと熱い涙がフランソワ−ズの頬を伝った。

神様 ・・・
お願いです。 わたしの宝物をもうしばらく手元においてください。
お願いです。 わたしから愛するものを ・・・ 取り上げないでください。

こつんどおでこをつけたガラス窓から つ〜んと冷気が染み透ってくる。
火照った頬と咽喉を塞ぐ熱いカタマリに その冷たさはかえって心地よかった。

  ぴ-・・・・

・・・あ、いけない。 お茶・・・。 そう、あんまり煮立ったお湯ではダメだったわね・・・

ケトルの音で フランソワ−ズはあわてて窓辺を離れた。
玄関の戸が開く音を耳の端でとらえ、フランソワ−ズはひっそりと微笑んだ。

今は。 今だけは。 この小さな幸せを大事にしよう。

ジョ−の足音にほっとして、彼女は食器戸棚の湯飲み茶碗に手を伸ばした。


「 はい、これ。 ああ、あの子たちはもうオヤツは食べちゃったのかな。 」
「 ええ・・・。 これが・・・ お は ぎ ? 」
フランス人の妻は 一音づつ言い難そうに区切って発音した。
かさり、と開いた紙包みの中から黒やベ−ジュの丸いものが顔をだした。
「 うん。 じつはさ、すばるのリクエストなんだ。 この前コズミ博士のとこで
 ご馳走になって味を占めたらしいよ。 」
「 え・・・ あら、いやだわ。 そんなコト、ひと言も言ってないわよ、あの子。
 もう・・・ 他所( よそ )でなにか頂いたらちゃんとお話して、って言ってあるのに・・・ 」
「 ふふふ・・・ アイツにとってコズミ博士の家は<他所>じゃないんだろ? 」
「 それにしても・・・。 あとでもう一回ちゃんと言っておかなくちゃ。 」

コズミ博士の邸はギルモア邸からふたつ先の駅で降りる。
双子たちは生まれた時から 親しく行き来しているので
半分自分の家みたいな感覚なのだろう。

特に すばるはコズミ博士と <仲良し> だった。
姉がコズミ邸の広い庭で跳ね回り木登りなどに熱中している一方、
弟は・・・ 大きなかび臭い<蔵>の探検に嵌っていた。

「 ほっほっほ・・・・ ガラクタばかりじゃがの。 坊主には面白いかもしれんのう。 」
「 わーーー すごい♪ コズミのおじいちゃま、コレはなに? 植木鉢? 」
「 うん? ああ・・・ これは火鉢といってな。 昔のヒ−タ−じゃよ。 」
「 ヒ−タ−? なんにも入ってないよ〜う・・・ 」

静かな隠遁生活を送っているコズミ博士だが、時折おとずれる小さな旋風たちを
とても可愛がってくれていた。

・・・そういえば。 初めてこの地を訪れた時も博士は温かく迎えてくれたわ。

フランソワ−ズはふと、あの不安定な時代を思い出した。
悪夢の日々から命からがら逃れては来たが、先の見通しはまるで立たず
それどころか 明日の安全すらも確信はできなかった。
ジョ−はまだ、<なんだか頼りない少年>にすぎなかったし、ギルモア博士にも
一抹の疑惑は拭いきれず、彼女は心の休まるヒマなどありはしなかった。

そんな中で、見知らぬ島国で自分たちを受け入れてくれたコズミ博士の
飄々とした穏やかな笑顔には本当に救われる思いだった。

それが、ねえ・・・。

いつの間にか<頼りない少年>は 逞しい腕で自分を支え二人の子供達の
父親となった。
自分は ・・・ 見知らぬ異国の地に根をおろし<島村さんの奥さん>になり
<すばるちゃんとすぴかちゃんのお母さん>に なった。


「 ・・・和菓子、だめだっけ? そんなに眺めてないで・・・一口どう。 」
「 ・・・ あ ・・・ ああ、ごめんなさい、ジョ−。 」
じ・・・っとおはぎを睨んで黙り込んでいる奥さんにジョ−はためらい勝ちに声をかけた。
「 ねえ? これって・・・ 秋に、<おひがん>の時にも買ってこなかった? 」
「 うん。 おはぎはお彼岸の時に食べるものだからね。 」
「 でも、どうして? 今は秋じゃないわよ。 」
「 え?? ・・・・ああ!お彼岸はね、春と秋と両方にあるんだ。
 日本の休日で秋分の日、と春分の日、があるだろ。 あの日が中日っていって
 まんなかの日なのさ。 」
「 え・・・ そうなの!? お彼岸って秋だけだと思ってたわ。
 あ! そしたら ・・・ 大変よ! 」
「 な、なに・・・??? 」
真剣な顔をして、がばっと立ち上がった奥さんに、島村サンはびっくり仰天である。
「 大変よ、大変〜〜 わたし・・・ 秋だけだって思ってたから・・・
 お墓参り、春には行ったことがないわ。 ねえ、どうしよう・・・ 」
「 ・・・ お墓参り?? 誰の? 」
「 やだ、お母様の。 あなたのお母様のお墓よ! 」
「 ・・・ ああ 」
フランソワ−ズは結婚した年の秋から、お彼岸にジョ−の母親のお墓参りをしていた。
ジョ−は ・・・ 最近、仕事に取り紛れ彼女に任せっきりにしている。
「 大丈夫だよ。 母さんは・・・ちゃんとわかっていてくれるさ。 」
「 ・・・ そう? そうかしら。 困ったわ・・・ これじゃお嫁さん失格ね。」
「 う〜ん・・・?  あ、それじゃ・・・ 今度の休みに皆で行こうか。
 桜もそろそろ咲き始めるかもしれないし。 」
「 ええ、そうね。 子供たちも ・・・ あら。 ・・・ねえ? なんだか静か過ぎない? 」
「 え?? ・・・・ああ、あいつら。 ちょっと見てこようか・・・ 」
妙にしん・・・とした邸内に、二人はかえって心配になってしまった。




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