「 ・・・ すぴか。 すばる? お片付けは終わったの? 」
「 ちゃんとアルバムは仕舞ったかな? 」
「 あら・・・ 」
「 ・・・ やあ 」
そっと本部屋のドアを開けた両親は、思わず顔を見合わせてしまった。
部屋の真ん中に。 例の大きな肘掛け椅子に。
双子の姉弟は ちんまりと並んで収まり熱心に一冊のアルバムを眺めていた。
さっきまで床に散乱していた写真類やらひらきっぱなしの他のアルバムは
きちんと片寄せ、積み上げてあった。
「 まあ・・・えらいわね、二人とも。 」
「 うん、きちんと出来たね。 」
「 あ〜 お父さん〜〜 」
すばるが とん、と椅子から飛び降り ジョ−に抱きついてきた。
「 ねえねえ・・・ コレは誰? お父さんじゃないし。 いっつも来るおじさん達の
誰でもないよ? 」
「 ? なにが。 どのアルバムを見てるのかな。 」
すばるはジョ−の手を引いて肘掛け椅子にもどった。
「 ・・・あ、お父さん。 ねえ・・・ これは・・・お母さんよね? 」
椅子に埋もれ、大きなアルバムを抱え込んでいたすぴかが顔をあげじっとジョ−を見詰めた。
「 どれ・・・ ? 」
「 ほら・・・・ これ。 」
・・・・ !
ジョ−はすぴかが差し出したペ−ジを一瞥し 一瞬息を呑んだ。
その瞬間、ふわり、と隣にこの世で一番よく知っている香りを嗅いだ。
「 それは お母さんとお母さんのお兄さんよ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
ジョ−の隣からしっかりとした声が娘の問いに答えた。
「 お母さんの ・・・ お兄さん ・・・? 」
「 そうよ。 ジャンというお名前。 あなた達の伯父さまよ。 」
「 ジャン・・・ 伯父さま・・・ 」
「 僕・・・ まだ会ったこと、ない。 ねえ、すぴか。 」
「 ・・・・ うん。 」
日頃賑やかなすぴかは 黙り込んだまま、まだじっと写真を見ている。
「 あのね。 いろいろ事情があって。 伯父さまとは ・・・ 会えないの、もう・・・ 」
「 ふうん・・・ 」
ジョ−はきゅっと妻の手を握った。
その白い手はすこし冷たかったけれど、すぐにしっかりと握りかえしてきた。
そんな両親の前で すぴかは手元の写真を見つめ続けている。

古いアルバムの古い写真とはいえ、他のものとはまるでちがっている。
縁はぼろぼろになっていたし、第一カラ−ではなく全体にセピア色だ。
大きな・・・なにか扇風機の羽みたいな機械の前に二人の男女が立っている。
すぴかはそっとその人物を指でなぞった。
アタシとそっくりな顔の女の子。 ちょっとお姉さんなカンジ。
彼女の肩を抱くお兄さん。 見たことがあるような・・・ないような。
でも・・・アタシはこのヒトを知ってる・・・みたいな気がする。
なぜだか・・・ すぴかは胸がし・・・んとして 何も言えなかった。
もしも。 ・・・これっきりお父さんにもお母さんにも ・・・ すばるにも
もう二度と会えなくなったら・・・
− そんなの、イヤだ! 絶対にイヤだっ・・・
でも ・・・ お母さんは ・・・
咽喉になにかごちごちしたカタマリが詰まってる。
・・・ アタシって 泣きたいの? 怒ってるの?
どうしたの、アタシ。
悲しい・・・のかな。 ううん。 淋しい・・・のかな。 ちょっとちがう。
胸の奥がつんとする。
・・・ 寒いのかな。
お父さんやお母さんが抱っこしてくれると一番あったかいとこなのに。
いつも いちばん楽しいとこなのに。
あれ・・・あれれ・・・ なんで・・・?
「 あらあら・・・ どうしたの、すぴか? 」
「 ・・・・ わかんない。 勝手に ・・・ なみだが ・・・ 」
アルバムを抱えたまま、ぽろぽろ涙を流す娘を フランソワ−ズはよいしょっと抱き上げた。
「 泣くこと、ないのよ? 」
「 ・・・ だって ・・・
アタシ・・・ そんなのイヤだ。 もう二度とお母さんが伯父さまと会えないなんて・・・
そんなの・・・ ねえ、どうして。 」
「 ・・・ いつか ・・・そうね、中学生になったらお話してあげる。 ね? 」
「 ・・・ うん。 」
「 あ〜〜 お姉ちゃんだけ〜〜 ずるい〜 僕も〜抱っこして♪ 」
ほっぺに母のキスを貰った姉を見て、すばるが抱きついてきた。
「 あらら・・・ もう・・・ 二人ともいつまでも赤ちゃんねえ。 」
「 あ〜 いいなぁ すばるもすぴかも。 お父さんも〜 お母さんのキスが欲しいな♪ 」
「 ま・・・ ジョ−ったら・・・ 」
隣からジョ−がおどけて、彼の方からフランソワ−ズの頬にキスを落とした。
「 お父さ〜ん ぼくにも! 」
お父さん子のすばるが 父親に腕を伸ばした。
「 さあさ、二人とも。 お片付け、ありがとう。 今度は晩御飯の用意、手伝ってちょうだい。 」
「 はあい。 晩御飯、なあに? 」
「 晩御飯〜♪ お母さん、ジャガイモ、使う? 僕、上手に剥けるようになったよ! 」
「 まあ、そうなの? じゃ・・・今晩さっそくお願いね。 」
「 わ〜〜い 」
ぽん、と母の腕から飛び降りると姉弟はばたばたとキッチンに向かった。
「 二人とも〜〜 まず、お手々を洗ってね〜 」
「「 はあい♪ 」」
「 ・・・・・ 」
ジョ−の腕がすっと伸びてきた。
「 ・・・ きみは ・・・ 素敵だ。 」
「 ・・・ あ ・・・ んんん ・・・ 」
甘いキスがたちまちのうちに身体中を温め、頭の芯がくらくらとした。
「 ありがとう・・・ ジョ− ・・・ 」
「 ・・・え? 」
「 うふふ・・・・ なんでもなあい。 」
「 もう・・・ いっつも秘密主義なんだから・・・・ 」
笑いあい、しっかりと抱き合って。
雪の舞い落ちる夕方、ジョ−とフランソワ−ズはお互いの温もりに
ゆったりと身を預けていた。
「 お父さ〜ん ・・・ これ〜 おはぎ? 」
「 アタシたち、触ってないよ? つまみ食いなんかしてないから〜 」
両親がリビングへ戻って来るのを待ちかねて、姉弟が口々に言い立てる。
「 そうだよ、おはぎだよ。 もうオヤツ食べたんだろ?
じゃあ、これは・・・明日みんなで食べようね。 」
「 わ〜い♪ おはぎ〜おっはっぎぃ〜〜♪♪ 」
すばるがまたまた即興の<おはぎ・ソング>を披露する。
「 ねえ? お父さんともご相談したんだけど。
次のお休みには みんなでお墓参りにいきましょ。 」
フランソワ−ズは笑って息子のクセっ毛をくしゃり、と撫ぜた。
「 うんっ! おばあちゃまのお墓だね〜 夏休みの後に行ったよね。 」
「 そうね。 また・・・ みんな元気ですよ〜ってお話しに行きましょう。 」
「 おはぎ、おはぎ。 おばあちゃまにもおはぎ、持って行こうよ。
僕、このおはぎ、仕舞ってくるね 」
すばるは包みを大事そうに捧げると ぱたぱたとキッチンに出て行った。
すぴかはご機嫌な弟を目で追ってから、やがてぽつりと口を開いた。
「 ・・・ お母さん。 お母さんは ・・・ 行きたい? 」
「 え? 勿論よ。 お父さんのお母様は、お母さんにとっても<お母様>なのよ。 」
「 あ・・・ ううん、そうじゃなくて。
その・・・ お母さんのお父さんやお母さんや・・・お兄さんの ・・ お墓参り。
お母さんは ・・・ 生まれたところに帰りたくないの? 」
「 ・・・ すぴか ・・・ 」
同じ色の瞳が じっとフランソワ−ズを見つめている。
− まあ・・・ まだまだお転婆なだけのコだと思っていたのに・・・
この娘はいつのまにこんな大人びた目をするようになったのだろう。
母はお転婆姉娘の深い眼差しに ちょっぴり感動していた。
「 そうね。 ・・・ いつか、ね。
あなた達が大きくなったら。 お父さんのお仕事がひと段落ついたら。
行って見る・・・かもしれないわ。 」
「 その時はね、すぴか。 お父さんもちゃんと一緒に行くよ。 」
「 ・・・ うん ・・・ そうだね。 」
− ・・・ああ。 この微笑・・・! フランソワ−ズそっくり・・・・
ジョ−は思わず、小さな自分の娘の笑顔に見とれてしまった。
「 お姉ちゃ〜ん じゃがいも! 一緒に剥こうよ〜う 」
「 あ、うん! 今、いく〜〜 」
キッチンからの弟の声にすぴかはぱっと駆け出していった。
「 さて。 今晩の献立は? ジャガイモは必須のようだよ? 」
「 ふふふ・・・ そうねえ・・・・ 無難なトコで・・・ビ−フ・シチュウにでもしましょうか。 」
「 お。 いいね♪ 」
「 ねえねえ!
お母さんは〜 どうしてお父さんと けっこんしたの。 」
ぱたぱたとパジャマを着たすばるがリビングに駆け込んできた。
「 まあ、すばる・・・ まだ髪がぬれてるわよ。 よく拭かないと・・・ 」
「 ・・・ うん。 ・・・ねえ、どうして? 」
母にバスタオルでごしゃごしゃと拭いてもらっている髪の間から
すばるはまん丸な目をのぞかせている。
「 おい〜〜 すばる、待てったら・・・ 」
同じくパジャマをひっかけ髪を拭き拭き ・・・ ジョ−がやってきた。
「 お父さん! ちゃんとお風呂のふた、閉めなくちゃだめ。 」
最後にすぴかがスリッパを鳴らしてリビングに現れた。
「 ねえ、お母さん。 どうして〜 」
どうも父子でのお風呂の話題の続きらしかった。
フランソワ−ズは ・・・ にっこりと極上の笑みを浮かべ話始めた。
「 それはね〜
うふふ・・・ ひみつだったんだけど〜 特別に教えてあげるわね? 」
「 うん! なになに? 」
えっへん。 咳払いのひとつもして、母は息子と娘に語りだした。
その後ろから父が好奇心満々の顔を覗かせている。
「 ・・・ むかしむかし。 」
・・・え? とジョ−が目をぱちくりさせている。
「 お父さんとお母さんが結婚する前のことです。
そのころ、ここのお家にはおじさん達がよく、遊びにきていました。
み〜んなが集まることもありました。 」
「 みんないると・・・何人だ? 」
ジョ−が 今度は笑いつつ子供たちに聞いた。
「 え〜と・・・ え〜と・・・ アルベルトおじさんに〜ピュンマおじさんに〜 」
すぴかが指を折って数えている。
「 う〜んと。 グレ−トおじさんに・・・ あ、ちょっと待って! 」
すばるは いきなり駆け出すと・・・ そろばんを手に戻ってきた。
「 ぼく、そろばんで計算するから。
えっと・・・ <ごはさんでねがいましては〜 > って言って始めるんだよ。」
すばるのぷっくりした指が案外器用にそろばんを弾いて行く。
「 パチ・・・ パチ・・・ パチ。 わかった!
イワンちゃんと〜おじいちゃまも入れると〜 10人だ! 」
「 はい〜 ご明算。 よくできました。 」
目を丸くしてみている母と姉の前で 父は息子の頭をくるりと撫ぜた。
− ジョ−? ごめいさん、ってなに?
− あはは・・・ そろばんの答えが合っていた時の合図さ。
− ふうん・・・
・・・ 島村さんちでは本日はどうも脳波通信多用の日であるらしかった。
「 はい、そうですね。 10人です。 沢山でしょう?
その10人分のお皿をお母さんが一人で一生懸命洗っていた時のことです。
ひとりの茶色い髪の男の子が すっと寄って来てなんと黙って
お皿洗いを手伝ってくれたのでした。
こんな優しいヒトはほかにいません。 お母さんはとても嬉しかったのです。
それで・・・ お母さんはその男の子のお嫁さんになってあげたのでした。 」
「「 そうなんだ〜〜 」」
双子たちはそろって感嘆の声をあげた。
「 はい。 そうして・・・やがて可愛い二人の子供たちが生まれました。
それから島村さんちの家族はみんな いつまでも幸せに暮らしました。 おしまい。 」
「 ふうん・・・ ぼくは 初めてきいたよ。 」
「 わ〜〜 お父さんも? 」
「 うん。 さあ、お母さんにお休みなさい、して・・・ 二人ともベッドへ直行! 」
「「 はぁい。 」」
母にお休みなさいのキスをもらい、双子は父に連れられ出て行った。
「 お母さん。 」
リビングの戸口で ふと足を止めたすぴかは振り返りじっと母をみつめた。
「 すぴか? なあに。 」
「 ・・ お母さん。
お母さんは ・・・ しあわせ・・・・? このオウチで しあわせ? 」
「 ・・・ お母さんは ・・・ みんなの側がいちばんいいのよ。
すばるやすぴかや ・・・ お父さんの側にいるのが一番幸せなの。
ええ。 お母さんは 幸せよ。 」
「 ・・・・・・・・ 」
すぴかは にっこりと笑っただけで黙って父と弟の後を続いた。
− ええ。 幸せよ。 わたしは ・・・ しあわせだわ。
フランソワ−ズは ひとり、心の中で繰り返していた。
夜半になって雪はどうやらやんだらしかった。
いかに早春の気紛れ雪とはいえ、空気はし・・んと冷えてきている。
カ−テンを下ろした広いリビングで、ジョ−とフランソワ−ズは暖炉の側に椅子を進めた。
ぱちぱちと燃え上がる火が やさしい明かりとなり部屋を照らす。
灯りを落としたなか、二人は自然に肩を寄せ合っていた。
「 なあ。 あの写真。 ジャン兄さんときみの・・・ ? 」
「 ああ・・・あれはね。 あなたに預けたあの時計・・・ 」
「 うん。 ちゃんと大事に持ってるよ ・・・ ほら。 」
ジョ−はポケットから年代モノの懐中時計を手繰りだした。
ぱちんと蓋をあければ、古風な針が時を刻んでいる。
「 いつも一緒にいられるようにってきみが預けてくれたろ?
もうずっと・・・これ、ぼくの御守だもの。 」
ジョ−はそっと掌で その古い時計をなぜた。
彼にとってもその感触は懐かしいものになっていた。
「 ありがと・・・ その時計の内蓋に入れてあったの。 あの写真・・・
・・・長い年月をわたしと一緒に越えてきた、たった一枚きりの思い出よ。 」
火影がフランソワ−ズの頬を明るく、そして暗く照らしだす。
濃い睫毛を伏せた横顔に 哀しみの色はない。
ジョ−はふわり、と彼女の肩に腕を回した。
「 そうか・・・。
これからは、ううん、これからも ・・・ ずっとぼくがいるよ。
ずっと。ずっと・・・ 一緒に歩いて行こう。 」
「 そうね。 今のわたしには ・・・ あなたがいるわね。 」
ずっと暖炉を見つめていたジョ−は くるりと身体の向きをかえた。
彼は じっと彼の最愛の女性の瞳を見た。
彼女がその瞳で見てきたモノを知ることは出来ないけれど、
これから出会う沢山のコトは 一緒に見つめてゆける。
・・・ そう、 楽しいことも 哀しいことも。
そのために 自分は彼女と出逢ったのだ・・・・
ジョ−はすう・・・っと一息、大きく吸い込んだ。
「 きみは ・・・ いま、しあわせ? 」
セピアの瞳が 炎よりも熱く問いかける。
「 ええ。 ・・・ あなたは、ジョ−? 」
どこまでも澄んだ碧い眼が 優しく応えた。
「 ぼくは いつもしあわせさ、きみが側にいてくれるから。 」
「 わたしも ・・・・・・・ 」
炎が壁に映し出す影は いつの間にかひとつに重なりあっていた。
*** おまけ ***
あのゥ・・・ ちょっとどうしても気になるんだけど。
・・・はい?
すばるに言ってたこと、本当?
・・・え?
そのう・・・ ぼくが。 お皿洗いを手伝ったから・・・
・・・あのう・・・ きみは結婚してくれたの???
熱々ム−ドもそっちのけ、耳元でぼそぼそと真剣に呟かれ、
島村さんの奥さんは とうとう吹き出してしまった。
・・・・・ さあ、ねえ?
ねえねえ・・・フランソワ−ズゥ〜〜
くすくすくす・・・
薪が爆ぜる音に混じって 明るいちいさな笑い声がいつまでも聞こえていた。
ずっとずっと後になるまで ジョ−はなにかと機会をとらえては
質問し続けるのだったが・・・
答えはいつも ・・・・ 彼の奥さんの美しい微笑だけだった。
それはね。 ひ み つ ♪ ひみつ、です。
****** おしまい ******
Last updated: :03,28,2006. back / index /
後書き
*** ひと言 ***
ながいお話になってしまいました。
このあと・・・ず〜〜っと先の後日談が【フランちゃんBD話】の 『 プレゼント 』 に
なります。 とにかく! ↑の<セピア色の写真>をご堪能くださいませ。(*^_^*)