おまけの小噺
** お願い **
このSSは拙作 『 邂逅 』 で書かなかった場面です。 お時間がおありでしたら
違う視点で見た<ある日の出来事@ヨコハマ>にお目をお通しくださいませ。⇒ 『 邂逅 』
『 赤い靴 』
「 え・・・っと・・・ 赤い・・・靴・・・と・・・ 」
「 ・・・へえ。 あの歌ってフランスでも有名なんだ? 」
「 歌・・・? 」
フランソワ−ズは熱心に捲っていたビデオやらDVDのカタログから 顔を上げた。
「 ・・・・え、 なあに? 」
「 きみが捜している曲。 あれは日本の童謡だと思っていたんだけどな〜。
あ、じゃあ元の歌詞ではどこの国が舞台になっているの? 」
逆に質問されて フランソワ−ズは目を見張った。
何気無くもらした独り言に ジョ−から思わぬ答えが返ってきた。
「 歌詞って・・・。 あの映画に主題歌は・・・なかったと思うけど。
題名と作品中で作っているバレエは もともとはアンデルセンの童話のはずよ。 」
「 ・・・ ? え、でも 『 赤い靴 』ってさ、・・・・ 』
そうなの?という顔を見合わせて、ジョ−は小声でちょっと物悲しいメロディ−を
数小節、口ずさんでみせた。
・・・・ 異人さんに つれられて
・・・・ 青い眼に なっちゃって
「 ・・・・初めて聞くわ。 なんか、哀しいメロディ−ね。 」
「 初めてって・・・ きみが捜していた 『 赤い靴 』 って、全然ちがうハナシなんだ? 」
「 ええ、そうね。 もともとのアンデルセンの童話は 魔法の赤い靴を履いて誰よりも
上手に踊れるようになるけれど、死ぬまで踊り続けなければならなくなった女の子の話。 」
「 ふうん・・・・ なんか、童話っていっても怖いね。 」
「 シリアスよね。 映画の 『 赤い靴 』 はね、主人公はやっぱり・・・踊り続けて・・・
死んでしまうの。 作中でアンデルセンの童話をバレエにしてゆくのよ。 」
「 ・・・ そうなんだ・・・ 」
「 覚えてる? イヴの夜・・・パリにわたしを迎えに来てくれたことがあったでしょう。 」
「 ・・・忘れるわけないよ。 」
「 そうね・・・。 あの時、たくさんの思い出を拾いに行ったけど・・・ちっちゃい時に見た
『 赤い靴 』 を思い出したわ。 ふふ・・・もう、ずうっとムカシのことなのに、ね・・・ 」
遠慮がちにもらした溜息は その大きさよりもずっと重い。
ムカシ、という言葉に 抱えきれない思いが込められている・・・
彼女のくもった瞳を ジョ−はもう一度晴らしたかった。
「 あの、さ。 その映画の監督とか、わかるかな? ぼくが捜してくるよ。 」
「 ジョ− ・・・ 」
「 ・・・あ、だって、その・・・ 子供の頃に見たものって懐かしいよね? ぼくも見たいし。 」
「 ・・・・ ありがとう。 ねえ、ジョ−の知ってる歌、もう一度聞かせて?
その歌にも やっぱりお話があるのでしょう? 」
「 ああ、これね、日本の古い童謡なんだけど、今はY市のシンボルみたいになってて・・・・
ブロンズ像もあるみたいだよ。 そうだ、今度見に行こうか? 」
「 え、ほんとう? わあ、嬉しいわ! ヨコハマって行ってみたかったの。 」
「 よぉし♪ じゃあ、ねえ、今度のきみのオフはいつ? 」
「 え・・・っと・・・ 」
「 よかったら駅で待ち合わせない? 石〇町がいいかな〜 」
「 まあ、そうなの? 初めてよ、なんかわくわくして・・ちょっとどきどきするわ。 」
まだ浅い春の陽射しが ごく自然に寄り添っている色ちがいの頭をやわらかく包んだ。
「 ・・・まあ・・・ まだ小さな女の子なのねぇ ・・・・ 」
「 そうだね。 この像はあの歌のイメ−ジから造られたらしいよ。 」
「 ・・・ そうなの。 」
古い港街で、これは新しく整備されたクラシカルな舗道に立ち二人は
可憐なブロンズ像と向き合っていた。
童女の像に見入っていたフランソワ−ズは 覚えたてのメロディ−をひくく口ずさむ。
「 さすがだね、もう覚えちゃったんだ? 」
「 ふふふ・・・ ああ、この歌は・・・ やっぱり思い出の歌なのね。 」
「 思い出の? ああ、女の子の? 」
「 ・・・ううん。 この女の子を見ていた男の子の。 もしかしたら・・・初恋の思い出・・? 」
「 ・・・ああ、そうだね・・・・ <〜今では・・・>って言ってるし。 」
「 きっとね。 波止場に立って あの子 が渡って行った海を見ているんじゃないかしら・・・
とおいどこかの国へ行ってしまった赤い靴を履いてたあの子の面影を追ってね。 」
「 うん、きっとそうだよ。 」
「 大事なものって・・・ 本当に失くしてしまってから 初めて気付くのよね・・・
あんまり身近かにあり過ぎて 気が付かなかったのよ、その大切さに。 」
「 ・・・・ ごめん・・・ 」
「 ・・・え? やあだ、ジョ−ったら。 どうして謝るの? 」
「 ・・・ うん ・・・・ 」
俯いてしまったジョ−に フランソワ−ズは明るく微笑みかけた。
・・・その笑みは どんな時にもたおやかな春の風を連れてくる・・・
「 ごめんなさい、わたしがヘンなこと、言ったから・・・ 気にしないで? 」
「 ・・・あ、うん。 べつに、その・・・ 」
長めの前髪の影で ジョ−はひそかに自分自身に悪態をつく。
− ちぇ! もう、なんてヤツなんだよぉ・・・ぼくは!
「 素敵な街ねえ・・・ なんだかね、不思議な雰囲気よ。
そう・・・ 日本じゃないみたい。 ちょっとだけ マルセイユやカレ−に似てるかな・・・ 」
バツが悪そうに俯いているジョ−の腕に 白い手が軽やかに触れた。
「 あっちのお店の方も見たいわ? 」
「 う、うん・・・ そうだね、きっと気に入るよ。 」
フランソワ−ズには懐かしい石畳の道を ジョ−は少々ぎくしゃくと歩く。
・・・腕が・・・熱くて・・・軽くて・・・重い。
さり気無く絡んできた細い腕の感触に ジョ−は全神経を奪われていた。
フランソワ−ズがひくく口ずさむメロディ−が 西洋風を模した街に流れてゆく。
それは どこかちぐはぐな印象の街並みに 不思議とマッチしていた。
「 ・・・・ わたしも・・・・<赤い靴>をはいてた女の子なのね・・・。」
「 ・・・え? 」
だってね、とフランソワ−ズは前を向いたまま、小さく笑い声を上げた。
「 わたし・・・ 異人さんに連れられて・・・この地まで来てしまったわ? 」
「 ・・・・・・ 」
「 もう、ジョ−ったら・・・ そんな顔、しないでちょうだい。 」
相槌も打てずに言葉を呑みこんでしまったジョ−を くすくす笑いが包み込む。
「 あの歌の続きを 教えてあげましょうか? 」
「 え、続きなんてあるの? 」
「 ええ。 あのね・・・ 赤い靴を履いていた女の子は シアワセになったの。 」
とん、と足許を小さく踏み鳴らし フランソワ−ズはくるり、とジョ−に向き直った。
「 異人さんの国で。 異人さんの言葉をしゃべるようになって。
もしかしたら 本当に青い眼になっちゃったかもしれない・・・
でも・・・ 少女は 幸せになるの、きっとよ。 」
「 そうだね・・・・ 」
空を映す淡い色の瞳が 零れる笑みを湛えてジョ−を見詰めている。
「 そうよ。 そうしてね ・・・ 女の子は素敵な異人さんと巡り会うの。 」
「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
青い眼で異人さんの言葉をしゃべる乙女は 亜麻色の髪を楽しげに揺らす。
「 ね! 海が見たいわ。 少女が旅立って行った港が・・・
・・・ずうっと、わたしの故郷まで繋がっている 海が ! 」
「 うん! じゃあ・・・ ちょっと登りが続けど、あの石段から行ってみようよ。 」
「 ええ。 ああ・・・ 本当に気持ちのいい日ね。 」
「 そうだね・・・ <晴れた日には 未来がみえる>なんて言葉がなにかの小説にあったよ。 」
「 あら、素敵。 じゃあ、未来を眺めに行きましょう? 」
「 ・・・・ うん! 」
手を繋ぎ駆け出す二人を 少女のブロンズ像は静かに見送っていた。
***** Fin. *****
Last
updated: 02,25,2005.
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