『  邂逅  ( かいこう )  』

 

 

よいしょ・・・・・

最後の一段に重い脚をかけると。

 

 − ・・・ ああ ・・・・ これは ・・・・

 

老人は ほう・・・っと吐息をつき 目の前に広がる風景にしばし目を奪われいていた。

 

「 おじいさま ・・・ 大丈夫? ほら、あそこにベンチがあるわ。 」

「 ・・・あ、ああ。 ありがとう、マリ−。 胸が透くような景色だな・・・みとれてしまったよ。 」

「 ほんとう・・・! 綺麗ねえ・・・。 海って何度みてもすてきだわ。 」

「 そうだなあ・・・。 ああ・・・この国に来るのも久しぶりだ。 お前は初めてかい、マリ− 」

「 ええ、トランジットで何回か通ったけど 滞在するのははじめてよ。 」

「 ・・・・そうか 。 」

「 さあ、 座りましょ、 おじいさま。 」

「 うむ・・・ 。 」

老人の銀髪の脇に孫娘の 陽にきらめく髪がやさしく揺れて寄り添った。

 

 

 

ジョ−はあせっていた。

 

「 石〇町の駅で、待っていてくれる? ・・・遅れるかもしれないんだ・・・・ 」

「 いいわ。 ちょっと先に行って近くのお店とか見てるから、大丈夫。 」

「 うん、 ごめんね。 なるべく早く行くから、さ。 」

「 お願いね・・・ 気を付けて、ジョ−。 」

 

そんな約束をした時間には もう15分以上も遅れている。

大丈夫、ときみはいってたけど僕は大丈夫じゃないんだ・・・ジョ−は唇をかむ。

今日は彼女にとって初めての場所だし、人出も多いし・・・

迷う心配はないにしても、よからぬ輩にちょっかいを出されはしていないか・・・

ジョ−は本気で加速装置を使いたい気分になりかけていた。

 

案の定、改札口に彼女の姿はなかった。

駅を降りてからずっと小走りを続け、道の両側に軒をつらねる小洒落た店々に

視線を走らせる。

 

 − 見つけた!

 

わざと古びた店構えの雑貨屋の店先で亜麻色の頭を見つけ、ジョ−は心底ほっとした。

 

「 ごめん! ずいぶん待たせちゃったよね。 ・・・・ あ・・れ・・? 」

「 ・・・・・ ?? 」

ぽん・・っと肩をたたけば、 びっくりした顔で振り返ったその姿は。

「 す、すみませんっ! ひと違いでした ・・・・ あの ・・・? 」

驚いて見詰めるエメラルド・グリ−ンの瞳に ジョ−は慌てて同じ事を彼女の母国語と

おぼしき言葉で 繰り返した。

 

「 いいえ・・。 あのぅ ・・・ 展望台はこの先ですか? 」

「 そうです。 真っ直ぐいって石段を登れば すぐですよ。 」

「 ありがとう。 ふふふ・・・わたし、あなたのカノジョに似てます? 」

「 あ・・ か、カノジョって・・・あの、その。 か、髪がそっくりだったんで・・・ すいません! 」

「 あら、そんなに謝らないでくださいな?  お祖父さま、こっちですって・・ 」

 

連れとおぼしき老人に声をかける彼女に軽く頭を下げて、 ジョ−は退散した。

 

 

「 ・・・ ジョ−? 」

聞きなれたはずの声に 今度は彼の方が飛びあがった。

「 あ! ・・・あ、ああ・・。 フランソワ−ズ ・・・・かぁ ・・・・ 」

「 なあに、わたしじゃがっかり、なのかしら? 」

拗ねて見せた口ぶりに ちっとも似合わない瞳がくすくすと笑っている。

「 い、いや! ちがうんだ、あの・・・、その、たった今、きみと人違いしちゃって・・・ 

 あ、あの、さ。 髪がそっくりだったから つい・・・ 」

「 そうなの? ぼ〜っと歩いてるから、可愛いコにでも見とれてたのかな〜って

 思ってたんですけど? 」

「 ち、ちがうよぉ! ・・・あ、ごめんね・・・ ずいぶん待たせちゃったよね。 」

「 ふ〜んだ・・・」

「 あの、さ・・ほんとに ごめん。 ねえ、機嫌なおして・・・ 」

目をあわせてくれない彼女の 右から、左から覗きこむその姿に、

ついにフランソワ−ズは 笑いを堪えきれなくなってしまった。

「 ・・・・くすっ・・! わかったわ、じゃあ、あそこでソフトクリ−ム買ってくれるなら♪ 」

「 うん・・!」

 

栗色のと亜麻色のと。

色違いの頭が笑いさざめいて、仲良く駆け出した。

 

 

 

「 ・・・ああ、いい気持ち! うふふ・・・何だか世界のむこう側まで見えそう! 」

展望台の柵にから ぐっと身を乗り出して目を凝らす。

「 晴れた日には未来がみえる・・・そんな題の本があったぞ。 」

「 へえ? 未来? ・・・ 見えたらいいのに! 」

「 お前たち若者には、そうだろうな。 わしら老人は ・・・そうさな、 過去をもう一度見たい ・・・ 」

「 おじいさま・・・ 」

目を水平線から戻した娘は 静かに祖父の傍らに座った。

 

「 二回、いや。三回か・・・。 この国に来たのは。 じゃが、この港町に脚を伸ばしたのは

 今度がはじめてだよ。 」

「 そうなの? わたしは リセに通うようになってから初めて海を見たから、どの国でも

 海の見える景色が大好きなの。 それでね、 この国のここ、ヨコハマにはこんなお話が

 あるんですって。 よくシフトが一緒になる日本人のコが教えてくれたの。 」

「 ・・・ ほう・・? 」

「 とても有名な童謡になっていてね、多分、このあたりにそのブロンズ像もあるはずなの。

 『 赤い靴 はいてた女の子 』 といってね・・・・ 」

 

ちょっとまだ冷たさを捨てきれない早春の風が ベンチの二人のまわりを舞ってゆく。

その風に時々髪を流し夢中になって話す孫娘、老人はその横顔を優しく見守っている。

 

 − ・・・・ああ。 アイツもよくこんな風に おしゃべりをしたっけなあ・・・

 

「 ・・・ メロディ−はよく覚えられなかったんだけど。 ちょっと素適な歌詞でしょう?

 その赤い靴の女の子は ・・・・ きっとシアワセになったのよね。 」

「 今では 青い眼になって、か・・・・。 」

「 異人さんの言葉をしゃべるようになっても。 どこへ、世界のどの地へ行ってしまったとしても、

 その子は・・・・ 幸せに生きたのよ。 幸せな人生を送るの。 」

「 ・・・・マリ−。 ・・・ 」

 

じっと水平線を見詰めたまま 珍しく強い口調の彼女の頬に煌きながら髪が纏わる。

 

「 おじいさま。 わたしが かわるから。 」

「 ・・・ なんじゃと・・? 」

「 わたしが、おじいさまの代わりに捜すから。 

 世界中を回って、捜すから。 ・・・・大叔母さまのこと。 

 大叔母さまの・・・・足取りを。  大叔母さまの ・・・人生を。」

「 マリ−。 お前は・・・・ そのために ・・? 」

 

孫娘は 祖父を振り返りちょっとくすぐったそうに笑った。

それは・・・

祖父には たいそう懐かしい、そして久振りに目にした乙女の微笑みだった。

 

「 うん。 ちっちゃい頃、おじいさまが 大叔母さまを捜していろいろな国に行かれた

 お話をしてくださったでしょう。  そのころから、外国に憧れてたの。 」

「 それで 客室乗務員になったのか・・・ 」

「 ほんとうはね、大叔母さまみたいに バレリ−ナになりたかったけど、

 才能なかったし。 でもね、 どうしても、大叔母さまのこと気になって・・・・ 」

「 ・・・・ ありがとうよ、マリ−・・・・ 」

 

ジャンは 孫娘の亜麻色の髪を そっとなぜた。

顔かたちは全然似ていないのだが この髪だけは。

彼の子供・孫たちのなかで マリ−だけがこの髪を受けついだのも なにかの縁だろう。

 

「 さっきね、日本人の男の子に人違いされちゃった。 

  その子の彼女と 髪が似てるんですって・・・。 この街にはいろいろな国のヒトがいるのね 」

「 ああ、特にこの港町はふるくから <異人さん> たちを迎えいれていたというからの。 」

「 歴史のある街なのね。  いろいろな国のカップルがいるんでしょうね。 」

「 ・・・・ どうだ、マリ−、お前もこの国の青年を選ぶかい? 」

「 うふふ・・・どうしましょう?  そうねえ・・・ さっきの男の子なんかちょっと素適だったわ。 」

「 ほう? 」

 

白い頬をちょっと染めて。 濃いまつ毛に縁取られた瞳がきらきらと輝く。

ジャンは ふと隣りに妹が座っているのを感じた。

 

 − いや。 気のせいじゃないな? お前は。 ここに居るんだね ・・・  

 

「 柔らかいやさしそうな瞳をした子だったわ。 綺麗なセピア色・・・・。

 きっとね。 あの子の彼女は、この<異人さんの国>でも 幸せなのよ。 」

「 ・・・ そうじゃな。 ・・・ みんな しあわせに。 」

「 そうね。  しあわせに。 」

 

祖父と孫娘は だまって微笑みあった。

それで ・・・ 十分だった。

 

 − きっと。 きっと 幸せに生きたに違いない、いや そう信じたい。 

 

 

 

今まで珍しく人影がまばらだったその展望台に 楽しげな声が聞こえてきた。

仲の良さそうなカップルが あの石段を登りきってくるのももうすぐだろう。

 

「 さあて・・・・。 そろそろ行くとするか・・・ この場所は恋人たちに譲ろうな? 」

「 そうね、 おじいさま。 」

マリ−も その声を耳にして クス・・ッと笑った。

「 せっかくのランデヴ−を 邪魔したくないわ。  ああ、あそこが降り口みたい。 」

祖父に手を貸して、 二人はゆっくりと立ち上がった。

 

笑いさざめく恋人たちの異国の言葉は 意味はわからなくとも楽しげな音楽にも聞こえる。

 

「 楽しいひとときを・・・ しあわせな人生を・・・  」

 

 

祖父と孫が ゆっくりとその姿を石段の下り道に消したころ、

栗色と亜麻色の色違いの頭が 展望台に現れた。

 

「 わあ・・・・ きれいねえ・・・! 」

「 だろ? 昇ってきてよかったよね。 」

「 ほんとう! 」

 

フランソワ−ズは おおきくひと息吸い込んで ゆっくりとあたりを見回した。

 

「 ・・・あ・・・? 」

 

「 なに? 急に・・・ 」

「 ・・・ううん・・・ なんでもないの。 

 ただ・・・・ なんか とっても懐かしい空気が ・・・・ たった今まで ・・・ ?

 うふ、気のせいね、きっと・・・・。 」 

 

例によって、ちょっとはにかみながらジョ−は黙って手を伸ばす。

寄り添ってきた白い手を しっかりと握り締めて

恋人たちの 交わす微笑みは 春の陽射しにも似て

 

 

 − しあわせに ・・・ みんな しあわせに。

 

 

一陣の海風が 早春のかおりを振りまいて 通りすぎていった。

 

 

*****  Fin.  *****

Last updated: 04022004.         index

 

 

*****  後書き by  ばちるど *****

鉄道会社の廻しモノじゃありませんが・・・あの街へ直通で行けるようになったのは嬉しいです。

早春の、まだちょっと冷たさを感じるこの季節に、みんなのしあわせを祈って・・・・