『 プリンス ・ メランコリィ ― (3) ―
』
コツ ッ ・・・! フランソワーズの靴が固い音をたてた。
「 テオ! ・・・ わたしの後ろへ! 」
「 で でも フラン ・・・ さん ・・・ 」
「 < さん > はいらないってば! しっかり後ろに居て! 」
「 い いや! こういうコトは オトコの仕事です! 」
「 そんなこと、関係ないのよ! いいから 後ろ ! 」
ぐい。 彼女はテオの手を掴むと自分の後ろに引っ張り込んだ。
「 さ〜あ。 何の用? 白昼堂々の強盗かしら!? 」
「 ・・・ ・・・・・・・ 」
黒服のオトコ達はひと言も発しない。
なにも言わず、 勿論仲間同士、声をかけることもなく ― じりじりと迫ってくる。
・・・ アンドロイド? ・・・ ちがう。 ただの生身に人間 ね。
ってことは。 パラライザーがせいぜいってこと か ・・・
ん 〜〜〜 コイツら、武器は ― あら ま。 銃、持ってないわ?
な〜んだ それならば話は簡単ね♪
「 ちょっとそこ、退いてくれない? わたし達、 < 家 > に帰りたいのよ。 ねえ!? 」
「 そ そ そうです〜〜 ウチにかえりたいです 」
いきなり話振ってしまったが テオもなんとか乗ってくれた。
「 そういうコトなの。 だから ― 通してッ! 」
「 ・・・・・・・ 」
依然として沈黙のまま、オトコ達の一人がテオにじりじりと近づいてきた。
! ・・・ この匂いは ― 麻酔 ??
ふん! そっちがその気なら こっちだって
「 テオ! ちょっとじっとしてて! 」
「 ・・・ はあ ?? 」
「 どけって言ってるでしょ! このコに手出し 無用よっ! 」
バ ・・・ッ ・・・・! グワ ッ ・・・!!
フランソワーズの右脚が頭上まで弧を描いて華麗に上がると同時に オトコがひとりぶっ飛んだ。
「 ふん。 ちゃ〜んと手加減して上げたわ。 ちょっと顎はヤバいかもしれないけど・・・
さ。 行きましょう。 」
「 は はい ! 」
路上に吹っ飛んだオトコをチラっと見てから フランソワーズはテオを後ろに
悠々と歩きだした。
「 ど い て。 それとももう一発 お見舞いしましょうか? 」
「 ・・・・・・・ !! 」
黒服の不審者どもは 一瞬顔を見合わせ ばらばらと走り去った。
「 ふん。 なあに アレ。 挨拶くらいしたらどう?? ふん!! 」
彼女は 逃げていったヤツラに一発悪態を投げつけ、清々した面持ちだ。
「 さ テオ。 本気でお家にかえりましょ。 ・・・ テオ? 」
彼は ― 彼女の顔にひたすら ひたすら ぼ〜〜〜〜〜っと見惚れていた。
「 ・・・す すごい 〜〜〜〜 すごいなあ〜〜〜 」
「 はい? 」
「 フラン さんが ですよ! 武器もなんにもないのに ・・・ 本当に素手、 いや 素脚で
やっつけちゃったじゃないですか〜〜 」
「 あは。 あのねェ テオ? わたしに限らす、 ダンサーの蹴飛ばすチカラって凄いの。
雄牛を蹴殺せるくらいなんですって。 」
( いらぬ注 : これは本当。 ダンサーに手だしたら 覚悟したほうがいいよん☆ )
「 ・・・・ ひょえ 〜〜〜 ・・・・ 」
テオは 感嘆の吐息をもらしまじまじとフランソワーズのほっそりとした脚を眺めている。
「 あら ・・・! そんなに見ないでってば〜〜 」
「 あ! し 失礼しました〜〜 つい つい・・・ 」
「 ふふふ ・・・テオって本当に正直なヒトね。 」
「 え ・・・ 僕は ・・・ 正直なんかじゃないです ・・・ 」
なぜかテオは急にしゅん、として俯いてしまった。
「 ? あ ごめんなさい なにかいけない事を言ったかしら わたし。 」
「 いえ。 悪いのは僕です。 どうぞ気にしないでください。 」
「 でも ・・・ あ ねえ お家に帰るのでしょう? こっちの道 ― え!?? 」
今度はフランソワーズの叫びが ― 押さえられ途切れた。
「 ・・・!?! 」
「 すみません フラン さん! ちょっとこのままで! 」
「 ( え ? え? ! え〜〜〜〜 !? ) 」
いきなりテオが彼女を抱きすくめそのまま 道端の塀に押し付けた。
「 ( ちょ っと!) ・・・・ え ・・・? 」
簡単に振りほどこうとしたが 彼女の動きが止まった。
タタタタ ・・・・ タタタ ・・・
耳が、いや普通の聴覚がまた別に足音が駆けてきたのを拾ったのだ。
「 おい? こっちだ! なにか 妙な音が聞こえたんだ! 」
「 おいおい〜〜 真昼間だぞ? 」
「 いや。 時間を選ぶようなヤツらでは ないよ。 ・・・ は大丈夫か・・・ 」
男性が二人、 ぶつぶつ低い声で話しつつ現れた。
「 別に変わったコトはない ・・・ 風だがなあ・・・ 」
「 油断するな。 あ ・・・ ヒトがいるから聞いてみよう。 」
「 なんて聞く気だ ああ 行っちゃったぜ。 おい 待てよ 」
「 ! ごめんなさい フラン! 」
テオはもう一回謝ると 彼女の頬をくい、と掬いあげ、そのまま ― キスをした。
「 !? ( もご〜〜〜〜〜〜〜 !!! ちょ ・・・ テオ ! ) 」
タタタ ・・・ 足音は二人のすぐ後ろを通っていった。
と 思っていたら すぐに引き返してきた。
「 あのう ・・・ 今 ここで若い男性がなんか揉めてませんでしたか?
・・・ あ すいません! お邪魔しました〜〜 」
「 なんだ どうした? そのヒト達に聞いてみれば ― あちゃ 〜〜〜 」
「 おい あっち行こう。 」
「 う ん ・・・ でも気になる ・・・ あ〜〜 すいませんが〜〜? 」
一人の男性が 抱き合っているテオとフランの背後に立った。 連れもすぐに追いついてきた。
「 あの〜〜 あ ・・・ こりゃまたシツレイしっましたあ〜〜 あのう・・・ 殿下 ? 」
「 ちょっとなに言ってるんだ? ・・・ ! おい 人違いだ!
アレは ・・・ は こんな珍奇な形 ( なり ) はしていない。 」
「 そっか ・・・ チッ ! 」
テオのぎんぎんの服装にちらり、と視線を走らせ忌々し気に囁きあっている。
「 〜〜〜! ( テオ〜〜 どいてよォ〜〜 ) 」
「 シッ・・・! もうちょっと待ちましょう。 僕たちは < イマドキ > の < あけすけ >
な < 場所も時間も弁えない > カップル っていう設定なのでした。 」
「 だって 今 後ろでうろうろしているヒト達って さっきのヤツらとは違うわよ? 」
「 でも ・・・ ほんのしばらく お願い! 」
「 ・・・ わかったわ ・・・・ 」
一見 情熱的 に抱き合っている二人の後ろでは ― さきほどの二人が困惑の極み!
と行った風情だ。
「 ・・・ しかし 困った! ・・・は どこへ ・・・」
「 うむ ・・・ とりあえずもう少し待ってみよう。 今日は ・・・をに伝えなければ 」
「 ・・・ 仕方ないな ・・・ ふん! まったくこの国は平和で結構なこった! 」
「 おい 放っておけってば! ・・・ 戻るぞ。 」
「 へいへい ・・・ ふん! 」
タタタ ・・・ タタ ・・・ 足音は次第に遠ざかっていった。
「 ・・・ ちょっと! テオ〜〜〜 もういいでしょう?? 」
「 あ は♪ ごめんなさい フラン ・・・ 」
テオはやっと < 彼女 > を壁際から解放した。
「 いいけど ・・・ 顎にキス なんて手法、どこで覚えたの? あれって映画や舞台で
使うキス・シーンよね? 貴方 ・・・ もしかして俳優さん? 」
「 あはは 違いますよ。 こ〜んな大根役者、どこにも使ってもらえません。
友人にね、 演劇畑のヤツがいて、教わったんです。 」
「 へえ〜〜 」
「 あの ・・・ 本当に不愉快な思いをさせて 申し訳ありません。 」
「 ヤダ そんな風に言わないで? うまく誤魔化せて痛快だったわ。 」
「 そうですねえ 」
「 やたら腕力に訴えるのは好きじゃないわ。 敵が武器を持っていたら仕方ないけど・・・
でも できれば ・・・ ハックション ! 」
「 あれ〜 フラン、 寒いんじゃないですか? どこか ・・・ 暖かい飲み物でも・・・ 」
「 ・・・ 平気よ、大丈夫。 でも ・・・ お腹、空いたわね〜〜 昨日はまっくだったし。
あ テオ? なにか食べたものある? ほら 日本食、憧れなのでしょう? 」
「 え? い いいのですか? 」
「 もちろん。 うふふ・・・高級懐石料理 とかは無理だけど。 」
「 かいせき?? あ〜〜 僕が食べたいのは ― ら〜めん! 」
「 え ・・・ ラーメン? 」
「 そうです! カップ入りのとか袋に入ったのは 国・・・いえ ウチでも作ってもらいましたけど
あの〜〜 なんかぬるくなってて そのう〜 あんまり美味しくなくて。
できれば アツアツ〜〜なヤケドしそうな ら〜めん が食べたいです。 」
「 なあんだ。 それならね、最高のお店を知っているわ、わたし。 」
「 え!! 本当ですか? ・・・ あ でも すごく高額なのでは・・・? 」
「 い〜いえ。 お値段 リーズナブル、 味は最高級〜〜ってね♪
この国一番 ・・・ いえ 世界一なお食事処、紹介するわ。 さ 行きましょ。
そうだわ、 テオ、日本の電車に乗りたいって言ってたわよね? 」
「 あ はい! 」
「 よ〜し それじゃ。 ヨコハマまで〜 電車でGO! 」
「 うわ うわ うわ♪ 」
・・・ ということになり、 ぎんぎんファッションの兄ちゃんと金髪美女は
電車を乗り継いで港・ヨコハマの 張々湖飯店 へ!
「 ハイハイハイ 〜〜 フランソワーズはんのお友達ネ?
ほんなら えろう気張ってサービスさしてもらいまっせ〜〜 」
張大人は ど〜〜んと胸を叩いて引き受けてくれた。
「 まあ ありがとう、大人。 ねえ テオ? なにを食べる? 回鍋肉? 北京ダック?
あ それともコースにしましょうか。 」
「 あ ・・・ あの。 で 出来れば・・・ その ・・・ ら〜めん が ・・・ 」
テオは満面の笑顔で でも遠慮しつつもじもじしている。
「 よっしゃ〜〜 坊! おいちゃんが 世界一、美味いラーメン、作ったるで。
ウチのラーメンはな、 ほんまに世界一や。 た〜んと味わってってや。 」
「 は はい〜〜〜〜 」
「 よかったわね、 テオ。 日本に来た目的が叶えられて ・・・ 」
「 えへ ・・・ 美味しいら〜めん だけが目的じゃないですけど。
あ〜〜 でも嬉しいなあ〜 こうやって皆さんと一緒に食べるのも楽しいし 」
「 あら そう? 煩くない? 」
張々湖飯店 は 調度夕食時となり、個室は勿論、普通のテーブル席もほぼ満席に近く
賑わっている。
「 楽しいです! 皆さんが 美味しい! って食べてるのを見てると 僕まで
幸せ気分になります。 」
テオは心底嬉しい ・・・ といった笑みを浮かべている。
へえ ・・・? この坊や、 オオモノ ねえ ・・・
フランソワーズはこっそりその笑顔に見惚れているのだった。
― 結局。 テオは 大人スペシャル・ラーメン を二種類、ぺろり、と平らげた。
「 ・・・ あ ・・・・ 美味しかった ・・・・! う〜〜ん ・・・ 幸せ〜〜〜 」
彼は満足の呻きとともに箸を置き、 静かにアタマをさげた。
「 ・・・大変大変大変 美味しかったです。 ゴチソウサマでした。 」
ぺこり。 もう一回、彼はお辞儀をした。
「 うふふ ・・・ 満足した? 」
「 ・・・ はい ・・・ ああ これで ・・・ これからも生きてゆける ・・・ 」
「 まあ そんな ・・・ ねえ お家に帰ってもまた食べてにいらっしゃいよ?
大人はちゃ〜んとテオのこと、覚えていてくれるわ。 」
「 あ ・・・ そうですか? でも その ・・・ 僕のウチは ・・・ ちょっと遠いんです。 」
「 それじゃ ・・・ あの麺を送ってもらうといいわ。 そしてレシピもね。
お家でお母様に作って頂いたら? 特別な素材は一切使っていないそうよ。 」
「 え ・・・ あ うん。 あの ― 僕には母はいなくて ・・・ 」
「 あら ごめんなさい。 じゃあ テオ! 自分で作ってみたら?
ラーメンはそんなに難しくないわ。 ジョーだって作れるもの。 」
「 ― じょー ? 」
「 ええ。 あ 昨日 ちらっと会ったでしょう? ほら 上野で・・・ 」
「 ・・・ ああ あの御仁ですか。 ふ〜〜〜〜ん ・・・・ 彼は らーめん、作る? 」
「 こんなに美味しいのじゃないけど。 カップ麺 はジョーの十八番。 」
「 ! そ それじゃ! 僕も! 最高のラーメン、 作れるようになります!
それで ・・・ フラン さん 貴女に食べて欲しい ・・・ 」
「 まあ〜〜 御馳走してくださるの? うふふ 〜〜 楽しみに待っているわね? 」
「 はい! いつか ・・・ 僕の国 いや 僕のウチにご招待できればいいなあ ・・・ 」
「 きゃ ステキね。 あら もしかして テオって 普通のヒトじゃないみたい。 もしかして 」
「 ― え? 」
テオは一瞬 どきん、とした顔をし俯いてしまった。
「 ?? あのね ・・・ テオの将来の夢はシェフとかなのかなあって思ったんだけど。 」
「 ・・・ あ は? それは ― いいですねえ 」
「 違った? ごめんなさい 勝手なこと、言って ・・・ 」
「 いえ いいです。 僕 ・・・ そういう風に考えたことって その ・・・ ないから。 」
「 あ なにかもうしっかり決めているコトがあるのね。 すごいわあ〜 」
「 ・・・ そんな こと ないです。 フラン さん こそ ・・・ すごいです。
バレリーナは小さな頃からの 夢 でしょう? 」
「 ええ そうなの。 わたし ず〜〜っと ・・・ いつかは大きな作品の主役を踊りたい・・・って
ふふふ ・・・ やっと新人公演で一回だけチャンスが回ってきただけ よ。 」
「 いや! オデット姫は特別 そうでしょう? 」
「 まあ テオ ・・・ バレエに詳しいのね。 お好き? 」
「 あ は ・・・ 正直言うとその ・・・ それほど好きじゃなかったですけど ・・・
昨日 フラン さんの舞台を見て考えを変えました! ステキだった〜〜〜 ホントです!
僕、 二幕でオデット姫が登場してから ず〜〜〜っと目を離せませんでした。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 へへへ それでね、 二幕の王子との踊りでは ヤキモチ妬けたなあ〜〜
で もって ・・・ 悪魔と王子が闘うシーンありますよね? なんだか僕自身が
闘っている気分になっちゃって ・・・ 興奮しちゃったですよ。 」
「 嬉しい〜〜 ちゃんと見ててくださったのね! 」
「 当たり前でしょう〜〜 もう 最後は感激で涙 出てきました! 」
「 嬉しいわ 嬉しいわ〜〜〜 もうね、 ジョーったら いつだって よかったよ しか
言ってくれないの。 本当に見てたの?って思うときもあるわ。 」
「 そうなんですか? それは勿体無いですよね。 」
「 もったいない? 」
「 ええ。 あの感動を受け止めないのは もったいない! 」
「 ・・・ テオ ・・・ あなた、すごい感受性ね。 芸術家ね! 」
「 あ は? なんか ・・・ ジークフリードさん に共感しちゃった かな? 」
「 あら 面白い感想ね。 ああ でも本当に嬉しいわあ〜〜 」
「 ほい な〜にがそないに感激なんやね? ほい、 デザートでっせ〜〜〜 」
「 まあ 大人 ? 」
不意に現れた料理人に 若者たちの笑顔がまたはじけた。
「 あのね すご〜〜く美味しかった・・・・ってテオが。 感動モノですって。 」
「 御馳走さまでした! ものすごく美味しかったです! 僕、 ず〜〜〜っと
本場のら〜めん に憧れていました。 今日 その憧れは感動に変わりました! 」
テオはうっすら頬を紅潮させ、熱弁をふるっている。
「 ほっほ〜〜 そないに言うてもろうて うれしなあ〜〜 そんならコレも食べてや。
ワテとこの店の特製 ・ 杏仁豆腐 やで〜〜 」
「「 わあ〜〜〜 」」
二人から歓声があがった。
若い二人は 実に礼儀正しくお礼をいい、帰っていった。
「 ほっほ ・・・ ほな、楽しんでなあ〜 気ィつけてお帰り。 」
ふんふんふん ・・・と 大人は上機嫌で見送り、店内に戻った。
「 さ〜て。 あとひと頑張りやな。 ラスト・オーダー・サービスの 胡麻団子、見とかんとな ・・・
あん?
」
厨房に戻ろうとし、足が止まった。
「 ふん? あの坊 ( ぼん ) ・・・ どっかで見た顔やね? どこやったろか・・・
それも最近やなあ〜 ・・・ どこかで会うたんやったかネ? ま ・・・ そのうち思い出すやろ。
あかん あかん それより 胡麻団子や! 」
大人は少し考え込んでいたが すぐに厨房にもどった。
その頃 ― 飯店の一階客席では多くの客が舌鼓を打つ中 TVが一人でニュースを喋っていた。
「 ・・・ の 王太子殿下が ・・・ 日本の晩秋を満喫なさり明後日、ご帰国の予定 」
― 誰も見ていないので < 王太子殿下 > の顔に目を止めたヒトもいなかった。
ババババババ −−−−− ・・・・!
バイクが一直線に驀進してゆく。 車線をきちっと守り、速度も非常に速いレベルで安定している。
乗り手のかなりの技量が伺え、普通車たちはなんとなく引き気味になっていた。
「 ・・・・ く ・・・! 加速装置を使えばもっと楽なんだけどなあ〜〜 」
ジョーはぐ・・・っとハンドルを握りなおした。
「 大人〜〜 もうちょっと細かい情報、頼むよ〜〜 」
≪ ジョーはん? すぐにフランソワーズはんのこと、迎えにゆくネ
ちゃう ちゃう〜〜 ちゃうで! 事件やら事故やらとちゃう!
あの坊 ( ぼん ) とおデートしはってワテとこの店でら〜めん食べてな。
ほいで また送って行きはったさかい ― あんさんの出番やで〜 ≫
大人からの脳波通信は 一方的に送りつけられ、そしてジョーがひと言も口を挟む合間も与えず
またしても一方的に切れた。
「 ??? な なんなんだ ?? し しかし! ともかく ・・・ フラン〜〜〜 !! 」
ジョーは革ジャンをひっかけると バイクで崖っ端のギルモア研究所を飛び出していった。
「 と とにかく! 今晩こそちゃんと彼女をエスコートするぞ〜〜〜 」
・・・ 誰もいない空中に < 叫ぶ > ことは実に 実に 簡単なのだ が。
「 ねえ 本当にここでいいの? また妙なヤツラが・・・ 」
フランソワーズは油断なく周囲を見回しつつ テオと向き合っていた。
ヨコハマから私鉄とメトロを使って あの麻布の住宅街まで戻ってきた。
すっかり夜になってしまったので 今晩も人通りはほとんどない。
二人は 道の端で話込んでいた。
テオは ― 例のぎんぎんファッションのまま、とても穏やかに微笑んでいる。
「 フランソワーズさん 今日は本当にありがとう! 最高に楽しかった・・・!
僕、ず〜〜〜っとやりたい! って願っていたこと、皆できました。 」
「 ・・・テオ ? 」
「 本当に 僕、嬉しいです。 あの ・・・ もう一つだけお願いが ・・・ 」
「 あら なあに。 」
「 あのう〜〜〜 僕の < 仲間 > が ・・・ そのう、 パーティを開くって言うんです。
それで その ・・・ パートナーになって頂けますか。 」
「 あら わたしなんかでいいの? テオなら同じ年頃のかわいい女の子がいっぱい・・・ 」
「 いえ。 フラン さん、貴女がいいんです。 パーティってもほんの内輪の集まりで・・・
ウチの名産とか食べて飲んで ・・・ってものなんですが。 」
「 うふふ・・・ 家族と親しいお友達での ホーム・パーティね?
はい、喜んでご一緒させていただきます。 ご招待 ありがとう テオ〜〜〜 」
「 え えへへへ それじゃ 招待状 ってか その・・・詳しい日時とかは お家の方に
連絡しますね。 いいですか? 」
「 ええ ありがとう。 あ 場所は 」
「 うん。 この近くの ・・・例の 友達の勤め先。 そこのホールを使えるんだ その・・・ 安く。 」
「 ああ それはいいわねえ〜 」
「 堅苦しいかもしれないけど 始めだけです。 楽しんでいただけるとうれしいな。
あ・・・ フラン さんは ダンス、出来ますか? そのう ・・・バレエ以外の。 」
「 ええ ごく普通のダンスなら。 」
「 よかった〜〜 あの ウチに好きなヤツがいて ・・・ 踊る〜〜って主張してますので。 」
「 あら いいわね。 この国ではねえ あまりダンス・パーティ とかないのね。
男性でちゃんと リードできるヒトってほんの僅かなの。 」
「 へえ ・・・ まあ 国にはそれぞれの文化がありますからね〜〜 仕方ないですよ。
あ ・・・・ そ それじゃ アイツ ・・ いえ ムッシュウ・ジョーも・・・? 」
「 ええ。 ダンスとか全然無理。 ダンスには興味ないみたい。 わたしの舞台だって
多分 すご〜〜〜く忍耐して見ているのよ。 あ それか 居眠り ・・・ 」
「 そんな! あんなに素晴しい芸術を理解できないのでしょうか!? 」
「 う〜ん? そうねえ この国では馴染みが薄い、ってことなのかもしれないわ。 」
「 しかし しかし ですね! 」
「 いいの いいの。 ちゃ〜んと詳しく見ててくれて褒めてくれたヒトもいるもの。 」
「 そ それは・・・ 誰ですか!? ( 誰だ、ソイツ? け 決闘だ! ) 」
「 ふふふ ・・・ いや〜ねぇ テオ自身 じゃない? 」
「 ・・・ あ ・・・・ は ははは ・・・ 」
「 ああ 遅くなってしまったわ。 え〜と ・・ こっち? 」
「 あ ・・・ 僕、 裏口から帰りますから。 それじゃ ・・・ マドモアゼル ・ フランソワーズ ・・・
じゃなくて フラン さん。 本当にありがとう〜〜〜 ! 」
「 テオ。 わたしもとっても楽しかったわ! 」
「 僕 ― 昨日と今日と この二日間のこと ・・・ 一生忘れません。 僕のタカタモノです。
・・・ じゃあ お休みなさい。 」
テオは す・・・っと顔を寄せてくると フランソワーズの頬にキスを落とした。
「 ふふ ・・・ お休みなさい テオ 」
「 ・・・・・・・ 」
彼は 微笑んだままじっと彼女を見つめ ― 路地の奥に見える狭い入り口から
塀の中へと 消えた。
フランソワーズは古い映画の映像でも見ているみたいな気分で ず〜っと彼が消えた辺りを見ていた。
「 ― 失礼、 お嬢さん? 」
突然 後ろから声がかかり ぽん、と肩を叩かれた。
「 ・・・!? ( また ヤツラの残党? ふん! わたし、今日は機嫌 悪いのよね〜〜 ) 」
フランソワーズは振り向きざまに 肩に置かれた手を掴んだ。
そして ― 背負い投げで投げ飛ばす ・・・つもり だった。
「 えい 〜〜〜〜 っ!!! 」
「 !? うわわ?? おい〜〜〜 いくらなんでもそれは〜〜〜 」
随分と重い、と思いつつも渾身の力で降り飛ばした。
ぽ 〜〜〜〜〜 ん ・・・・ ソイツは綺麗に弧を描き宙を飛び スタッ!と着地した。
「 随分 腕を上げたね、さすが 003だな。 」
数メートル先に 大好きな顔が 愛しいヒトが 穏やかに微笑んでいた。
「 ・・・ え えええ? ジョー ・・・?? 」
「 あたり。 迎えにきて、まさか投げ飛ばされるとはなあ〜 想定外もいいとこ さ。 」
「 ご ごめんなさい〜〜 だってね 昨日もここで不審者が ・・・ 」
「 ふうん? この辺りはセレブだの外国の大使館とか多いからね。
それで 例の坊やは? 」
「 テオのこと? 彼 ・・・ 坊やじゃないわよ。 ちゃんとした紳士だわ。 」
「 ふ〜ん? 女の子に送ってもらって先に帰って 紳士 かい。 」
「 彼、 トウキョウは初めてなのよ? そのくらい、わたしがやって当然でしょう? 」
「 はいはい わかりました。 で 御用はもう終ったんだろ? 帰ろう。 」
「 え ええ ・・・ あの なんか ね? この邸の中がざわざわしてて ・・・ 」
「 この邸 ? 」
フランソワーズはテオが消えた塀の中を指した。
「 用心のために < 耳 > をオンにしていたら ・・・ 偶然 声とか拾ってしまって ・・・
気になるのよね。 ・・・ あんまりいいことじゃないらしいし。 」
「 ・・・ ここ ・・・ 確か 大使館だろ? 」
「 ええ ・・・ < 見る > のは失礼でしょ。 いくらなんでも ・・・ 」
「 まあな、事件ってワケでもないし。 いっそ表から堂々訪ねてみるかい? 」
「 だってこんな時間よ? ・・・ いいわ 帰ります、今日は。 」
フランソワーズは もう一度、延々続く塀の辺りを見詰めていたが つい、と踵を返した。
「 お〜〜っと ・・・ 迎えに来た、って言ったぜ? さあ どうぞ、姫君? 」
ジョーは 大仰なお辞儀をしてバイクの後ろを示した。
「 ・・・ 後ろに乗ってけっていうの? ココからあの崖っ端のウチまで? この服装で? 」
彼女は くるり、と回ってみせた。 フレア・スカートがゆるゆる翻り、夜目にもなかなか華麗だ。
「 ・・・ あ そ それは ・・・ 」
「 これ わたしのお気に入りなのよ? 今日はテオとデートだから・・・って思って。 」
「 う ・・・ じゃあ きみは電車で帰るっていうのかい。 」
「 それ以外 方法がありますか? まだこの時間なら余裕で帰宅できるわ。
わたし、明日の朝 早いの。 ジョーも早番でしょう? ― じゃあ ね。 」
「 ― ま 待てよ! あの ・・・ ちょっとだけ付き合ってくれ。 頼むよ。 」
「 ジョー? 」
ぱっと腕を掴んだ彼に フランソワーズは怪訝な顔をした。
「 ちょっとだけ! このバイク、パーキングに入れてくるから。
それで〜〜 ・・・ どこか着替えるところ、あるかな? 」
「 着替え? 」
「 ウン。 あの ― これ・・・ 持ってきたんだ。 万が一 ・・・って思ってさ。 」
ジョーは座席の下を開けて中を指した。 そこには赤い特殊な服がきっちり入っていた。
「 ・・・? あら。 わたしの分も? 」
「 ウン。 ごめん ・・・勝手に持ってきて ・・・ 」
「 別にそれはいいけど ・・・ どうするつもり? 」
「 コレに着替えて さ。 きみと一緒に帰る! あっという間だろ? ― 加速するから。 」
「 え ・・・ 」
「 耐燃性の袋、博士に作ってもらったから ・・・ きみの服、入れておけば 大丈夫。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 早く帰って ウチでのんびりしようよ? 」
「 ・・・ ジョーったら ・・・ 」
― シュ ッ ・・・・!
数分後 小さな圧縮音が聞こえ ― 誰もいなくなった。
カチ ・・・。 ジョーは加速装置を解除した。
「 ふう ・・・ お疲れさん。 フラン ・・・? 」
彼は腕の中の愛しいひとに声をかけた。
「 ・・・ え ・・・ ああ もう着いたの? 」
フランソワーズは すこしぼんやりした瞳で彼を見上げた。
「 ウン。 加速すれば麻布から湘南地域までは すぐだから。 」
「 ・・・ なんだか転寝して夢を見ていたみたいなカンジ・・・ 不思議ねえ ・・・ 」
「 へえ? 加速中ってそんな感じなのかな。 」
「 久し振りだからかもしれないわ ・・・ もう平気よ。 あら? 」
彼女は彼の腕の中から降り立ったが ― 目を見張った。
「 ジョー。 ここ ・・・ ウチじゃないわよ? まだ途中だったの? 」
「 いいえ マドモアゼル。 ここはウチです、 いや正確にはウチよりもう少し上です。 」
「 ・・・ 上? 」
フランソワーズは 驚いて周囲を見回した。
「 ・・・ わ ・・・ ここ ・・・岩場なの? 」
足下にはごつごつとした岩がむき出しになっていた。
マフラーを揺らす風は 海の上を吹きぬける風で もうかなり冷たく頬をなぶってゆく。
「 あ ・・・ 寒いかな。 」
「 ううん ・・・ マフラーもあるし、 ジョーがそばにいてくれるから・・・ 」
「 あは それじゃ ― 」
彼はふんわりと彼女を両腕に抱き込んだ。
先ほどまでの < 荷物運びます > 風な抱き上げ方とは雲泥の差だ。
「 どうかな これで。 風、防げる? 」
「 きゃ ・・・ ふふふ ・・・ ばっちり暖かいわ〜〜 う〜ん ・・・ 」
「 早く帰宅して オヤスミナサイ じゃ つまらないだろ? 折角だから崖っ端での
デート・・・って思って 」
「 まあ ・・・ ステキ♪ ・・・うふ ・・・ 二人っきり、なんて久し振りね 」
「 フラン? 二人っきり、 じゃないみたいだよ? 」
「 え?? だ だれか来たの?? 」
彼女はあわてて その身を彼から引き離した。
「 うん。 ほうら ・・・ どこにいてもお見通しですって ・・・ 」
「 ??? 」
ジョーが指した方向には ― 中天に昇ってきた 白銀のハーフ・ムーン ・・・!
「 まあ ・・・ なんてキレイな お月様 ・・・! 」
「 ぼくは ― 上手く言えないけど。 きみの舞台 ・・・ 本当に感動したよ。
ず〜〜〜っと ず〜〜〜っとね、客席で緊張で固まってた。
それで 早く終われ 早く終われ〜〜〜 でも もっともっと踊っているフランが見たい!
って 真逆のことを熱心に祈っていたんだ。 」
「 ??? 早く終われ? 」
「 うん。 どうか何事もなく 終ってほしい〜〜って。 でも もっと見ていたい〜〜って
両方のことを真剣に願っていたよ。 ・・・ ヘンなヤツだろ。 」
「 ううん ううん ジョー ・・・! わたしも わたしもね、 踊りながら願うことは一緒なの!
ああ 早く終われ〜〜 ミスらないで終わって! って思いつつも
ああ 永遠に踊っていたい ・・・ っても願っているの いつも いつも ね 」
「 フラン ・・・ ぼくの白鳥姫 ・・・ 」
「 ジョー ・・・ ジョー ・・・! 」
中天には煌々と照る ハーフ・ムーン
その光のシャワーの中には恋人たち
己の半身である愛しい人と抱き合い熱く口付けを交わす二人を 半分の月は優しく照らしていた。
「 え ― 招待状 ??? 」
翌朝 速達で届いた良質紙の封書を手に、 フランソワーズは目をまん丸にした。
「 ・・・ 〇〇大使館? なんで??? 」
玄関に突っ立ったまま、 彼女はそう・・・っと紋章が浮き彫りになった封筒を開けた。
中には上質のレター・ペーバーに 手書きの文字が美しく記されている。
「 ・・・ ステージを拝見し大変感動し ・・・ って ・・・
ああ! どなたかが 『 白鳥〜 』 を観にいらしてたのね?
それでご招待くださったのかしら ・・・ う〜ん?? どうしたらいいのかなあ〜〜
博士に読んでいただかないとわからないわ。 」
彼女は首を捻りつつ、他の郵便物を抱えてリビングに戻ってきた。
「 ・・・ ほう? これは正式の招待状じゃな。 舞踏会、と言ってなさる。 」
博士は眼鏡をずらしつつ、うむうむ・・・と頷いている。
「 やっぱり ・・・ 」
「 よかったのう ・・・ 折角のご招待じゃて、歓んで伺うとよいよ。 」
「 はい。 こんな正式の舞踏会なんて初めて ・・・ きゃ♪ 」
「 ふふふ ・・・ それでは ドレスを選ばんとなあ。 明日にでも一緒にヨコハマに出ようか。
ああ それとも銀座がよいかのう ? 」
「 え 博士 ・・・ そんな 」
「 まあまあ ワシにも父親役をやらせておくれ。 うむ、やはり銀座にしよう。
オーダーするにはちょいと時間がないのが残念じゃが ・・・ 」
「 ― 当日はぼくがエスコートするから。 」
ずっと黙っていたジョーが ぽつり、と口を挟んだ。
「 ジョー ・・・ あの。 いいの? 」
「 いいもなにも。 ダンス・パーティには必要だろ? ぼくだって礼服くらい持ってるし。 」
「 ・・・ ありがとう ジョー! 本当は心細かったの。 」
「 その代わり ― そのぅ ・・・ ぼくはダンスは ・・・ 」
「 はいはい わかってますってば。 ジョーは壁の花になっていてちょうだい。 」
「 壁の??? 」
「 ははは ・・・ まあな、壁のガードマン、といったところかの。 ジョー、頼むぞ。 」
「 はい。 」
「 なんだかドキドキしてきたわ? ・・・・ でもこのテオドール王太子って ・・・
ああ ニュースでちょっと流れていたわねえ ・・・ はっきり見ていないけど 」
「 来日してしばらく留学の予定だったらしいね。 でも なんか急遽 帰国するんだって。 」
「 まあ ・・・ お国でなにかあったのかしら。 」
「 さあねえ ま ぼく達 庶民には無縁のことだろ。 」
「 そうね。 うふふ ・・・ ダンス・パーティ 〜〜 楽しみ 〜〜♪ 」
フランソワーズはうきうきしつつ招待状を 丁寧に封筒に収めた。
キ・・・。 車は寸分の狂いもなく、車寄せの指定の場所に停まった。
「 へえ ・・・ 巧いな。 」
「 し ・・・ ジョー、聞こえるわよ。 」
「 ごめん ・・・ 」
二人は後部座席でぼそぼそ小声でしゃべっていた。
― ご招待の当日 指定のホテルで待機しているとリムジンが<お迎え>に来たのだ。
「 では ・・・ 先に降りるよ。 」
「 ええ ・・・ 」
ジョーは颯爽と降り立つと 少し身を屈めフランソワーズに手を貸した。
「 はい どうぞ。 」
「 ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 いえいえ どういたしまして、マドモアゼル? 」
「 あら お上手。 ・・・ グレートに教わったの? 」
「 当たり。 では 」
「 はい。 」
ジョーはタキシードにピタっと決め、アイボリー・ホワイトのドレス姿のフランソワーズを
堂々とエスコートした。
何組もの招待客が列を作っていたが 視線が一斉にこの二人に注がれる。
フランソワーズは実に優雅な足取りとキュートな微笑 そして結い上げた亜麻色の髪には
真珠のティアラが煌き、ほっそりとした首にも一粒大粒の真珠がチョーカーで揺れている。
「 ・・・ きれいだ ・・・! 」
ジョーがつくづくと眺め 溜息と一緒に呟いた。
「 綺麗でしょう? これ ・・・ 博士がね、ちょっと早いけど誕生日祝いだよって ・・・ 」
「 うん? あは ・・・ ぼくが見ていたのは真珠じゃないよ き ・ み ♪ 」
「 ・・・ ま まあ ・・・ イヤな ・・・ ジョー ・・・ 」
フランソワーズは 真っ赤になって俯いてしまった。
「 ふふふ ほらほら ・・・ ちゃんと前を見てください、お嬢さん? 」
「 ・・・ もう ・・・ 」
ジョーは実に巧みに彼女をエスコートし、大使館の中に入ってゆく。
「 ・・・ ジョー。 上手ねえ 」
「 ふふん ・・・ これってさ、車をうまく転がしてゆくのと同じなんだなあ ・・・
ぼくのペースで強引に引き摺っても全然ダメなのさ。 車のご機嫌を見て 」
「 ! ・・・ わたし、車ですか!? 」
「 あ ・・・ ごめ ・・・ あの その〜〜 」
「 いいわよ。 ジョーにね、優雅なマナーを求めても無駄だもの。 ええ 最高級のクルマだと
思って 丁寧に引き回してくださいな。 」
「 了解しました。 ・・・ F1レーサーとしての腕を存分に生かしたいと思いますです。 」
「 期待しています。 あ ・・・ ご挨拶ね。 まあ 随分お若い王太子殿下なのね。 」
「 ウン。 さあ ・・・ フラン 」
「 ええ 」
二人はすこし緊張した面持ちで 招待主の前に進み出た。
「 ・・・ マドモアゼル ・ フランソワーズ ・ アルヌール エスコートは ミスター ・ ジョー
シマムラ ・・・ 」
名前を紹介され 軽く礼をするジョーと共にフランソワーズは腰を屈めて優雅にレヴェランスをした。
「 本日はお招きにあずかり ・・・ 」
「 やあ ・・・ いらっしゃい。 お待ちしていました。 フラン さん。 」
え??? 耳に飛び込んできたのは ― もう聞きなれた声 だった。
「 ? ・・・・ テオ !? 」
「 はい 僕です! よく来てくださいました フラン さん〜〜〜 」
「 え だってご招待してくださったのは テオドール王太子殿下 って ・・・ 」
「 ごめんなさい 黙ってて ・・・ それ 僕なんです。 」
礼服に身を包み勲章やら肩章を着用した 王太子殿下 は たちまち <テオ> に戻り、
人懐っこい笑みを浮かべた。
「 ・・・ やだ ・・・ どうしましょう〜〜 わたし ・・・失礼なこと、ばっかり ・・・ 」
フランソワーズは赤くなって俯いてしまった。
「 あ あの! 殿下 ・・・ そのぅ〜〜 失礼の数々を深くお詫びいたします 」
ジョーもしどろもどろになってアタマを下げている。
「 え・・・ いやだなあ〜〜 < 失礼 > だなんて。
僕、 最高に楽しくて幸せな二日間を過させてもらえました。 もう〜 大感謝です! 」
「 ・・・ テオ ・・・ いえ 殿下 ・・・ 」
「 < テオ > ですってば。 今日はね、一応 答礼舞踏会 ってことで ・・・ こんな形 ( なり ) してますけど。
本当なら、あの服、着たかったんです。 」
「 あの服? 」
「 ほら ウエノで買ったあの服! もう〜〜 僕の最上級お気に入りの宝モノです。
ウチのものたちも 褒めてくれましたよ。 」
「 ・・・ ウエノ・・って。 もしかしてアメ横で? 」
「 そうなの。 ちょっと・・・急遽着替えが必要になってね。 」
ジョーとフランはぼそぼそ囁きあった。
「 え〜〜 それで ― ミスタ ・ ジョー ・ シマムラ? 」
テオは笑顔のまま、 しかしちょっと威厳を持ってジョーに向き直った。
「 はい 殿下? 」
「 お願いがあります。 」
「 なんなりと ・・・ 」
「 それはうれしいな。 では 今宵、君のパートナーと踊ることを許してください。 」
「 ・・・ どうぞ。 フランソワーズ? 殿下のお相手を。 ぼくは 控えているから。 」
「 はい。 殿下? わたくしでお宜しければ ― 」
フランソワーズは 膝を折ってお辞儀をした。
所謂 < 公式 > の挨拶等々が終ると、 楽師たちが優美な旋律を奏で始めた。
それを合図に テオは フランソワーズの前に立つ。
「 マドモアゼル ・ フランソワーズ。 踊っていただけますか? 」
「 はい 殿下。 歓んで ・・・ 」
二人は 手を取り合いホールの中央に進み出ると ― ゆるゆると踊り始めた。
出席者たちも 三々五々、曲に身を委ねだす。 舞踏会が始まった。
「 ・・・殿下 ? 」
「 踊っている間は テオ です。 フラン さん 」
「 うふ? それじゃ テオ。 ちょっとは < 説明 > してくださる?
その・・・アナタのこと。 」
「 え ・・・ うん いいですよ。 僕は ・・・ 」
テオは簡潔に自分の < ポジション > と現状を話した。
「 それで ・・・ 祖父の大公様にお願いしていたのです。 何年もかけて ・・・・
一月でいいから日本で 普通の学生として暮したい ・・・・って 」
「 ・・・ テオ ・・・ 」
「 やっと ・・・ やっと願いが叶って ・・・ 日本に来たのに・・・・ 」
「 ・・・ あの? 」
「 大公様はずっとご健康状態がすぐれなかったのですが ― 昨日 急遽国から呼ばれました。
とりあえず帰らなければなりません。 留学は 中止です。 」
「 テオ。 お祖父様がご回復なさったら また来ればいいわ。 ね? 」
王太子殿下、 いや テオ は 淋しい微笑みで首を振った。
「 帰国したら 僕は。 もう二度とこんな自由は日々はないでしょう。
ああ ・・・ ジークフリード王子は 白鳥姫と結ばれたのに ・・・! 」
「 テオ ・・・ 」
「 お願いがあります。 僕と一緒に ― 来てくださいませんか。 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 一生のお願いです。 僕は あなたが側に居てくれたら ― なんだって出来る!
そうなんだ! ジークフリード王子みたいにロットバルトとだって闘える!
どうぞ お願いします。 僕と 」
「 ストップ。 テオ ・・・ それ以上言ってはだめ。 」
「 フラン さん ! 」
「 貴方にはもっと相応しい女性 ( かた ) が現れるわ。 」
「 フラン さんがいいんです 僕。 あ ・・・ でも 僕のこと、こんな子供は嫌いですよね・・・ 」
「 そんなこと! ・・・ あのね、 正直に言います。 わたし ・・・テオのこと、好きよ。 」
「 え ・・・ ! そ それじゃ 」
「 ううん。 わたしは ― テオには相応しい女性じゃないわ。 」
「 そんなことは ! 」
「 いいえ。 ・・・・ !? 」
「 フラン さん? 」
ほんの一瞬、 彼女の顔から一切の表情が失せた。
アタマの中に 馴染んだ声が飛び込んできた。
≪ ちょっとキナ臭いヤツらがいるんだ。 退治してくる ≫
≪ 了解。 こちらはわたしに任せて。 ≫
≪ 頼む。 ぼくもダンス、練習するよ! ≫
≪ ?? ちょっと? ≫
≪ じゃ ! ≫
直後 なにかが焦げるみたいな匂いがして ― 壁際から一人の青年の姿が 消えた。
「 あ ・・・ いえ ごめんなさい。 ちょっと ・・・ 靴のカカトがひっかかったの。 」
「 おや それでは少し休みましょうか。 あと一曲、踊ってくださいね! 」
「 ええ わかったわ。 」
二人はゆっくりと休憩スペースに退いていった。
Last
updated : 26,11,2013.
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******** 途中ですが
いやあ〜〜 どんどん話が広がってしまいまして・・・
すみません、あと一回! 続きます〜〜 <(_ _)>
ジョー君、 ダンスくらい習っておきたまえよ!
『ローマの休日』 から 『アルト・ハイデルベルグ』 ??