『 Our Prima donna ― (2) ― 』
どんどんどんッ !!!
「 博士〜〜〜〜〜 博士っ! ここを開けてくださいっ !! 」
このところずっと平和で静かなギルモア邸に 大音声が響きわたった。
「 博士〜〜〜〜 ! 昼寝してるんですか〜〜 開けていいですか〜〜 」
どんどんどん !!! ギルモア博士の書斎のドアは今にも破れそうだ。
「 ・・・ なんだね? 騒々しい・・・ 」
やれやれ・・・という顔で 部屋の主がゆっくりとドアを開けた。
ドアの前には この邸に住みついている茶髪ボーイが 例のあの!ド派手な赤い服姿で立っていた。
「 あ! 博士!!! ぼく、今から加速装置・最高レベルで でかけますから!
すいませんが 留守、お願いします! じゃ 」
「 ちょ〜〜〜っとまった 待った〜〜〜 」
きゅ。 博士の手が 彼のなが〜〜いマフラーを掴んだ。
「 ぐえ★ ・・・ は はかせ〜〜〜 は は はなしてください〜〜〜
ぼく 行かなくちゃ! フランが フランソワーズが〜〜 緊急通信で ! 」
「 わかっとる。 さきほどワシの方にも電話があった。 」
「 え!? そ それなら なんでその時すぐにぼくに教えてくれなかったんですか!?
ああ〜〜〜 間に合わなかったらどうしよう〜〜〜 フラン〜〜 」
「 これ 落ち着け。 お前 その恰好で彼女の元へ行くつもりか?? 」
「 はいっ! 加速装置全開で行けば10分以内で 」
「 ・・・ 大都会の真ん中の それもおしゃれな街にあるバレエ団の稽古場に か? 」
「 う・・・ でも! フランってばすぐに来て!って ・・・」
「 ああ そうじゃな。 なにやらお前に用事があるそうな。
だから きちんと普通の服に着替えて電車とメトロでゆけ。 」
「 え!? ぼ ぼくのクルマでぶっばせば〜〜〜 」
「 先方にパーキングはないそうだ。 あの近辺にも パーキングはない、とさ。 」
「 え〜〜〜〜 ・・・ 」
「 ほらほら・・・さっさと着替えておいで。 場所はわかっているのだろうな? 」
「 と 途中で聞きます〜〜〜 じゃ ! 」
ダダダダダ −−−−− ・・・・ !
ジョーは一目散に階段を駆け上がっていった。
「 ほ ・・・ まあ なあ。 それだけ彼女が大切 なのだろなあ〜〜
・・・ しかし ちゃんと着けるかの? これは先に連絡をしておいた方がいいなあ〜 」
博士はのんびりと 書斎の固定電話を取り上げた。
「 え〜〜と ・・・ 何番じゃったかな〜 ・・・ 彼らは便利でいいのう・・・
そうじゃ! 脳波通信対応アプリ を開発しよう! うむ 〜〜 」
・・・ 相変わらず怪しいですよ、ギルモア博士〜〜
― さて 時間は少し戻る ・・・ フランソワーズの通う稽古場で。
「 いやあ〜〜〜 諸君〜〜 お待たせして申し訳ない〜〜 」
廊下伝いにもう陽気な声が 聞こえてきた。
「 〜〜〜 で あ グレートよ〜 女優さんと一緒。 」
「 ふん。 おい〜〜 早く入ってこい。 クーランド公の出番の曲 弾くぞ! 」
「 そうそうお騒ぎめさるな。 さあ どうぞ レディ ? 」
「 ハロー ・・・? 」
ドアが開いて 我らが名優は一人の若い女性を案内してきた。
「 あ ・・・ ようこそ! わざわざありがとうございます。 」
フランソワーズはぱっと飛んでゆき 手を差し出した。
「 フランソワーズ・アルヌール です。 急なお願いをしてごめんなさい! 」
金髪の女性はちょっと目をぱちぱちさせていたが すぐににこやかに握手に応じた。
「 まあ 初めまして ・・・ ローザ・ノーマンといいます。 どうぞよろしく。 」
営業用笑顔ではあるが 爽やかな笑顔で気持ちのいい女性に感じられた。
「 ミス・ノーマン? 旅先でいきなりこんな依頼をして申し訳ないです。
ピアノ担当の アルベルト・ハインリヒ。 実は俺もピンチ・ヒッターなんでね 」
「 ええ ええ ミスタ・ブリテンからだいたいのことは伺いましたわ。
・・・うふふ 冒険だけど楽しそう♪ 」
ぱあ〜〜っと年相応な活き活きした笑顔が現れた。
「 そう思っていただければ すごく助かりますわ。 」
「 我ら演劇人にはな〜 マドモアゼル? 日々全ての出来事が演技の勉強なのさ。
いやあ〜〜 またとないチャンス! ミス・ノーマンはラッキーだよ。 」
「 ミスタ・ブリテン? わたくし、負けませんことよ? 」
「 願ってもないこと・・ バチルド姫。 お手合わせねがいましょう。 」
す ・・・っと手を差し伸べるグレート、 いや その仕草はすでに公爵閣下だ。
「 ありがとう、クーランド公 」
白い手を委ねるのは ミス・ノーマン ではなく バチルド姫なのだ。
≪ ねえ? このヒト・・・ ほら グレートの ・・・ ロンドンで観た・・・ ≫
≪ おい フランソワーズ。 ヒトのプライベートをどうこう言うために
脳波通信 使うな! ≫
≪ はあい・・・ ね ちょっと聞いてみても いい? ≫
≪ あんたはグレートの娘さんですかってか??? ≫
≪ まさか・・・! もっと上品に遠回しに聞くわ ≫
≪ ご自由に ≫
アルベルトはひょい、と肩を竦めてみせた。
俳優たちは優雅に動き回っている。
「 まあ〜〜 ステキ! ね ミス・ノーマン? わたし達・・・ わたしと
このピアニスト氏ですけど・・・ 『 倫敦の霧 』 を拝見してるんです。 」
「 え? ・・・ あの ・・・ あの時の、ですか? 」
「 はい。 素晴らしかったわ・・・! 今でも忘れられませんもの。 」
「 まあ あ ミスタ・グレートのお友達ですものねえ 」
「 うふふ・・・ あの時、グレートの名優ぶりにもびっくりしました。 」
「 彼は ― 私が今、最も尊敬し、そして遥かな目標としている俳優ですわ。 」
若い女優はまっすぐな瞳できっぱりと言い切った。
「 うぉっほ〜〜ん?? さてさておしゃべりはそのくらいして・・・
打合せをしっかりせにゃならんぞ? 演出は 通常のパリ・オペラ座版なのかな? 」
「 ええと ・・・ コールドの部分は少し違うの。 でもクーランド公とバチルド姫が
登場する一幕は同じ ・・・ なはずよ 」
「 その点は私からご説明します。 」
スタジオの入り口から 流暢な英語が聞こえた。
「 あ マダム。 あの〜〜 こちらがミスタ・グレート・ブリテン。 そして
ミス・ローザ・ノーマンです。 グレート、ミス・ローザ? このバレエ団の主宰者
であるマダム・・・わたし達の先生です。 」
フランソワーズは慌てて紹介をした。
「 初めまして。 ミスタ・グレート ミス・ローザ。 」
「 いやあ〜〜〜〜 これはこれはお美しい〜〜 グレート・ブリテンと申します。 」
グレートは大仰にお辞儀をして マダムの手を取りキスをした。
マダムは鷹揚に微笑み泰然自若としている。
「 ローザ・ノーマンです。 素晴らしい舞台に参加できてとても嬉しいです。 」
ローザも女優らしく優雅に挨拶をする。
「 お二人とも こんな急なお仕事を引き受けていただきまして本当にありがとうございます。
全て信頼してお預けしますので 一幕の芝居を引き締めてください。
コールドも若いコたちばかりなのです。」
「 確かにお引き受けいたしました、マダム。 つきましては少々打合せをお願いしたく・・・
その後は ミス・ノーマンとともに詰めて参りますので。 」
「 承知しましたわ。 一幕の演出はパリ・オペラ座版を準処しています。
ああ DVDがあります、事務所でご覧になれますわ。 」
「 おお それでは ・・・ ミス・ローザ、ちょいとお邪魔しようではないか。」
「 そうですね ミスタ・グレート 」
それじゃ ・・と 俳優たちはマダムと共に出ていった。
〜〜〜〜〜 ♪ ♪ 〜〜〜〜
アルベルトが一幕のジゼルのソロの曲を弾き始めた。
「 ・・・ ふうん? ミス・ローザ に ミスタ・グレート ・・・ か・・・
やっぱり親子の名乗りはしてないのかしら? 」
「 さあな? そりゃあの二人の問題だぞ。 他人の前じゃ 同業者同士ってことなのかも
しれんし。 」
「 う〜〜ん ・・・? それにしても〜〜 よそよそしすぎない? 」
「 おいおい〜〜〜 フランソワーズ? お前さん、ヒトのプライバシーを詮索している暇、
あるのか?? 時間がないんだぞ〜〜 」
「 うふ そうでした! ピアニストさん? 一幕のソロ、お願いします。 」
「 よし。 まずテンポを確認してくれ 」
「 わかりました。 ― あ そうだわ。 ちょっと相談があるの。 」
「 !? なんだ!? これ以上 面倒なコトにひっぱり込むなよ〜〜 」
「 あのね ・・・ 実はね〜 」
「 ・・・ イヤな予感がする!! 」
「 ええ そうなの。 実はねえ ヒラリオン役の男性もインフルエンザでね 〜〜 」
「 おい! 冗談はやめろ! 」
「 冗談じゃあないのよ。 で 極力踊る場面は削って・・・一幕の芝居と
二幕の ほら・・・ ウィリ達に取り囲まれて 沼にどぼん! のところだけにすることに
なったの。 ― ジョーにできると思う? 」
「 ― 無理だ。 はっきり言う。 アイツは舞台芸術に関しては全くの大根だ! 」
「 でも必死で努力すれば もしかしたら・・・ 」
「 これは真実なんだ! フラン〜〜〜 お前、惚れた欲目って言葉、知ってるか??? 」
「 そんなに言わなくたってちゃんとわかっています!
けど・・・ そうよねえ ・・・ どうしましょう? 」
「 俺に聞くな〜〜 俺は ピアノだけでも大変なんだから〜〜〜 」
アルベルトは本気で悲鳴を上げたのだった。
「 とりあえず、もうすぐ来ると思うわ。 それまでリハーサルしましょ。 」
「 来る・・って ジョーのヤツが? 」
「 ええ。 さっき脳波通信 飛ばしたから。 」
「 また緊急通信、したのか 」
「 いいえ? 普通の通信よ? ジョー −−−−−! って叫んだだけ。 」
「 −−−−−− 」
アルベルトは首を振り振りふか〜〜〜いため息をついた。
「 なによ! 」
「 いや なんでもない。 ・・・ 009に神の御加護を・・・! 」
彼はさっと十字を切ると、そそくさと鍵盤に手を置き ― 奏ではじめた。
「 予定変更だ! 俺はこれから徹夜で自分自身のリハをやる。
ダンサーや俳優たちと合わせるのは その後だ。 時間が惜しい、しばらく構わないでくれ。 」
「 ― 承知しました。 どうぞよろしくお願いします。 」
フランソワーズは日本式にぺこり、とアタマを下げると静かにスタジオを出た。
― その日はずっと ・・・ バレエ団の建物の中には微かに 『 ジゼル 』 の
曲が流れていた。
主宰者のマダムも事務所の人も 時々ドアを細めに開けて、耳を傾けその調べを楽しんでいた。
結局 その日は ピアニスト氏はスタジオ泊、俳優陣は懇意にしている劇団の稽古場につめ、
そして今回のプリマ・バレリーナは崖っ淵に建つ洋館へ帰っていった。
ジョーは ―
タタタタタ −−−−− ・・・! 都心近くの瀟洒な通りを一人の青年が
必死な表情で駆け抜けてゆく。
長めの茶髪はすべて後ろへと靡き、整った顔がぜ〜〜〜んぶ見える。
行き交う人々は一様に驚いた顔で 一歩引き ランナー?を通す。
なに あれ??
トウキョウ・マラソン??
え〜〜 うそ〜〜 あれって 今日?
さまざまな囁きが飛び交うが ランナー氏は全く意に介す様子はない。
・・ というより、そんな外野の雑音は耳に入っていないのだ。
・・・ フラン〜〜〜〜〜 !! 今! 今 行くから!!
し 死ぬなぁ 〜〜〜〜〜
眦を決し髪振り乱し ― かなりぐちゃぐちゃの恰好で彼は走るっ !
う ・・・ 脚だけで走るって! こんなに遅いのか!?
くそ〜〜〜 加速そ〜・・・ ダメだ!
着替え、もってないのだぞ〜〜 くそ〜〜〜〜!!
ジェットじゃないんだ〜〜 公衆の面前でマッパになれっか〜〜
タタタタタ −−− !! ザ ・・・ ッ !
急ブレーキをかけ 彼は急停車、いやつんのめりつつ止まった。
目の前には アイアン・レースで縁取った優美な門扉がある。
「 たしか ・・・ ココだった よ な ? 」
ジョーは おそるおそる・・・ その門をくぐった。
・・・ そこには過酷な運命が009を待ち受けていたのである。
「 だ だめだよ〜〜〜 !! 芝居なんかできないって 〜〜〜 」
「 じゃ 踊る? 」
「 そんなの もっと無理だよ〜〜〜 」
「 そうよね。 だからほとんど芝居だけにしたわ。 踊りっぽいのは
最後に憑り殺されるところだけよ。 」
「 ・・・ だから ・・ できないって ば ・・・ 」
「 できるかできないかじゃなくて やって。 教えますからしっかり記憶して。
補助脳使えば簡単でしょう? ウチのリビングで今晩徹夜すれば すぐよ。 」
「 て て 徹夜?? その〜〜〜〜 お 踊りで? 」
「 芝居 ね、ジョーの場合は。 さあ さっさと帰りましょう 」
「 ・・・・・・ 」
「 あ 帰る前にマダムにご挨拶してゆきましょ。 ヒラリオンを演じますってね。 」
「 ・・・ な なんか ・・・ ぼくの人生ってフランに ・・・ 」
「 なにか 言った? 」
「 いえ なにも言ってません。 」
「 そう? じゃ 帰るわよ 」
「 ― ハイ。 」
ジョーは心中 海よりもふか〜〜〜〜いため息を吐いたのだった。
さて それから2日間 それぞれの場所でそれぞれが奮闘努力していた。
とある劇団の稽古場では ・・・
「 ・・・ で ここで吾輩が姫の手を取って・・・ 」
「 ふん ふん ? 」
「 ― 姫君と共に楽しい野遊び・・・といった趣だ。 そして 野外で簡単な
飲食のもてなしをうける。 というかワイン だな。 我々はちょうどぶどう収穫祭の日に
領地の村へやってきたのだから。 」
「 私達は 親子? 」
「 いや 伯父と姪だ。 姫は婚約者もきまり、我が世の春なんだ。
美味いワイン、多分 ヌーヴォーだな、 ワインの饗応をうけ楽しんでいると
ふと・・・ 気が付くと姫君の裳裾に触れている娘がいる ・・・ 」
「 あら? お前はだあれ ってわけ? 」
「 左様。 その村娘が ジゼル さ。 計らずも姫の恋敵。
まあ そんなことは出会った時には二人とも知らない。
姫は恐縮する娘に鷹揚に話しかける。 いいのよ ・・・ あなた、カワイイわね。
コイビトは いる? 」
「 支配地の民衆に対して お優しいのね 」
「 支配階級は常にそうあらねばならないからな。 はい! ジゼルは頬を染めて応えるのさ。
まあ わたくしも よ? と 姫。 」
「 二股! 要するに オトコが悪いのね! 」
「 そうだ しかしアルブレヒトにその意識はないんだ。 ジゼルはただの遊び相手・・・
と 当初は思っていたのだろうな。 」
「 ― そう思っていた? 」
女優の、いやローザの緑がかった瞳が まっすぐにグレートに向けられた。
「 ! とんでもない。 アルブレヒトとは ちがう。 」
「 真剣だった? 」
「 勿論。 」
「 それならば なぜ 」
「 アルブレヒトは戯れに手をとった純情・村娘に本心からの恋をした。
だから 彼は ― 夜中に墓場を訪れ懺悔をする。 」
「 遅すぎる ・・・ ! 」
「 ああ。 その罪科 ( つみとが ) を背負ってゆく ― 一生 ・・・
おそらくこの王子さんにとって ジゼル は生涯でたった一人だけの恋人になるだろう。 」
「 ・・・ そうなるかしら。 」
「 なる。 断言する。 」
「 ありがとう。 」
グレートの濃い灰色の瞳は ローザの真っ直ぐな視線をしっかりと真正面から受け止めた。
ほんのしばらくの沈黙で 二人の間では全ての蟠りが凍解した。
わかったわ。 ― 信じるわ。
ありがとう。 心から感謝する。
「 で ― 我々はその支配階級の男女の無邪気で鷹揚な残酷さを 演じるわけさ。 」
「 はい。 頑張ります! ミスタ・グレート。 」
「 ミス・ローザ。 頑張りたまえ。 君の女優としての実力に大いにプラスになるぞ。 」
「 はい。 ・・・ 負けませんわよ、 クーランド公爵のおじさま♪ 」
「 おじ・・って〜〜〜 」
「 だって姫君は 姪 なのでしょう? ねえ 伯父様♪ 」
「 ・・・ そりゃ ま そうだが ・・・
ともかく 我々は野遊びに寄った村で饗応をうけ、ちょいと一騒ぎが起きて
人死がでるが 知らん顔して立ち去る・・って非情な貴族 である。 」
「 がんばります。 ご指導、お願いいたします。 」
ローザは 膝を少し折って丁寧に挨拶をした。
「 よし。 では まず 〜〜〜 DVDを回しつつ ・・・ 」
俳優たちの立稽古は 延々と続いた。
とあるバレエ団のスタジオでは ・・・
ずっとピアノの音が鳴り響いている。
「 〜〜〜〜〜 ・・・ っと ここで弦楽チーム か ・・・ 」
ピアニストはふっと手を止めた。
「 う〜〜〜 なんてこった ・・・ いくら補助脳を使うにしても いやそんなことは
できんな。 これはピアノ弾きのプライドに駆けて! この手と生身の脳を使うぞ! 」
彼は低い声でぶつぶつ言っているだけなので もし側に誰かいたとしても、その内容は
聞き取れなかったっだろう。
「 ・・・ っと 一幕は 〜〜 ジゼルのヴァリエーションと ・・・あとは芝居の部分だな。
ま 俳優陣はプロだからなんとかしてもらおう! 問題は ・・・ あの芸術オンチな
< ヒラリオン役 > だが・・・ 」
何気に彼はどんどんスコアをめくり進めてゆく。 ほんの時たま 手をとめてページの隅に
なにか書きこんでいるだけだ。
やがて ― 物悲しい調べが基調の二幕となった。
「 ふ〜〜ん 弦楽四重奏の腕の見せ所 だな ・・・
ジゼルとアルブレヒトのパ・ド・ドウ か。 ・・・・ 」
ぽろん ぽろん ・・・ 指の動きは次第にゆっくりとなり旋律のひとつひとつの音を
惜しむかのように 彼は奏でてゆく。
終幕、 死んでウィリとなったジゼルは 自分を裏切ったオトコを許し変わらぬ愛を
注ぎ ・・・ 墓場へと消えてゆく。
愛する女を死なせてしまったオトコの心は ― ああ これは俺にしか弾けない!
ふう ・・・ アルベルトは 手を止め、深呼吸をした。
「 どうか聴いていてくれ・・・ ! これが君への我が想い だ 」
― ヒルダ。
彼は天に向かって愛する人の名を呼んでいた
「 ・・・ なんだか泣けてきたわ ・・・ 」
「 すご ・・・ いですねえ〜〜 こりゃ一流のピアニストですよ〜 」
スタジオ内で 主宰者のマダムも事務所の人々もドアを開けて流れ続けるピアノの音を
堪能していた。
「 コンサート・ホールによくよりずっと感動的ですよねえ 」
「 そうね。 ミスタ・ピアニスト の感情がそのまま聞こえてくるみたい・・・
彼には辛い恋の想い出がおありのようね 」
「 はあ 〜〜〜 ・・・ こりゃすごい舞台になるかも、ですねえ 」
「 なるわ。 いいえ 皆が必死で作り上げるのよ。 うふふふ・・・ なんだかぞくぞくしてきたわ 」
「 え!? ま まさか インフルエンザとか〜〜〜??? 」
「 いやあねえ そうじゃないわよ。 期待と楽しみで鳥肌がたちそうってこと。
どんな風にウチの若いコ達は踊ってくれるかしらねえ? 」
「 はあ ・・・ ( なんでもいいよ〜 ともか無事に終わってくれ〜〜〜 ) 」
Cスタジオのドアを閉め切り、アルベルトはほぼ夜通しピアノを弾き続けた。
とある ― いや 崖っぷちの洋館では ・・・・
リビングでは ソファやらテ―ブルを片寄せ、広々とした空間に恋人たちは二人きりで向き合っていた。
― 甘いムードなど微塵もない。
活力溢れ頬を紅潮させた女性と 困惑しきった男性が見つめあっている。
「 で だいたいのあらすじはわかったと思うの。
それでね〜 ジョーにやって欲しいのは、ヒラリオンっていうジゼルの友達。
というか ジゼルの想いを寄せている青年よ。 演技が主だから安心して。 」
「 あの ・・・ バレエの舞台で芝居、するの? 」
「 あら 踊りたい? 」
「 う ううん ううん ううん!! 」
ジョーは ぶんぶん首を横に振って全力で否定した。
「 そう。 それなら芝居してね。 セリフないんですもの、簡単よ。 」
「 ・・・ ぼく 俳優じゃないんだ ・・・ 」
「 なあに? 」
「 ・・・ いえ なんでもありません ・・・ 」
「 じゃ やってみましょう。 最初は わたしに 『 アイツはお前を誑かす悪い男だ! 』
って詰め寄るの。 目をさませよっ て。 」
「 あ・・・ う〜〜〜 あの ・・・ アイツは〜 きみを騙しているよ? 」
「 セリフ いりません。 パントマイムでやってみて。 」
「 〜〜〜 う ? あ〜〜〜 ??? 」
ジョーはぎくしゃく ・・・ 油の切れたロボットみたいに動いた。
そして床ばかり見つめている。
「 ― もう一回。 ほら わたしを見て。 」
「 ・・・だから〜〜〜 ぼくは芝居なんてできないって 」
「 もう一回やって。 」
「 フラン〜〜〜〜〜 」
「 ジョー。 グレート達みたいな玄人の芝居をして欲しいのじゃないの。
ただ 恋する青年としての当たり前の行動をやってってお願いしているのよ? 」
「 う ・・・? 」
「 ね! アナタはわたしに恋しているの。 でも わたしは遊び人の王子様に夢中
さあ どうする? 」
「 ! そ そいつをぶん殴って〜〜 」
「 ジョーォ! 」
「 ・・・う ・・・ き きみを諄々と説得します。 」
「 でも わたしは聞く耳をもたず・・・結局はその王子サマに裏切られて死んでしまうの。 」
「 ゆ 許さないっ!!! 」
「 ジョー。 」
「 ごめ ・・・ 」
「 夜中に アナタはわたしのお墓に来てくれるんだけど ウィリ達にみつかって
死ぬまで踊るのだ! って 憑りつかれて沼に追い込まれ どぼん★ 」
「 ひどい!! そんな あんまりだよ〜〜〜 可哀想すぎる! 」
「 だから その役をやって。 ほら ちゃんと感情移入できたでしょう? 」
「 う? ・・・ あ うん ・・・ 」
「 踊りの部分は極力減らして。 最後の 沼にどぼん のところだけだから。
それも ジャンプ ジャンプ だけにしたわ。 ジョー、ジャンプ力あるから得意でしょ? 」
「 ジャンプ ? 」
「 そうよ。 助けてくれ〜〜〜って。 あとは芝居。
心変わりしたわたしを一生懸命諭してください。 」
「 ・・・ なんか ものすご〜〜くフクザツな気分・・・ 」
「 いい? それじゃ 音を出すわ。 これはオケの音だけど ・・・ 」
「 うそ ・・・ ! BGM がつくのか〜〜 」
「 ええ そうよ。 本番ではアルベルトのピアノよ。 」
「 〜〜〜〜 やだよ〜〜〜 よけいに緊張しちゃう 〜〜〜 」
「 やってみなくちゃわかりません。 はい 音 出すわよ 〜〜 」
オケの音が低く聞こえ始めた。
ジョーは音と一緒に 手を出し 足をだし ・・・ もぞもぞ動く。
「 そう そう。 ほら ちゃんと動けたでしょう? 」
「 そ そっかな ・・・ 」
「 そうよ。 じゃ 今度はジョーが思っていることが見ている人にもわかるように動いてみて。 」
「 思っていること?? 」
「 あなた、怒っているのでしょう? そういう時、床ばっか見る? 」
「 ・・・ あ いや 」
ふうう ・・・ ああ ここまで芝居心のないヒトだとは ・・・
こんなふうなヒトもいるのねえ・・・
フランソワーズは心中、呆れかえっていたが決して表情には出さず、根気よ〜く指導を続けた。
結果 ― 深夜にはなんとか芝居の部分は 形になってきた。
「 ふうん ? さあ あとは〜〜〜 沼へどぼん! のシーンよ〜〜 」
「 フラン〜〜〜 ぼく ヘロヘロだよ〜〜 お腹空いたし。
もう夜中じゃないか〜〜 今日はこのへんで ・・・ 」
「 だめ。 時間がないのよ! アルベルトもグレートも徹夜しているはずよ。 」
「 ・・・ 徹夜は効率が悪いっていうよ? 」
「 あなた サイボーグでしょう?? 009? 」
「 ・・・ ハイ。 」
「 不眠不休 そして 飲まず食わずで敵と闘ったこともありましたね? 」
「 ・・・ ハイ 」
「 宇宙から落っこちてきて燃え尽きそうにもなりましたね? 」
「 ・・・ ハイ 」
「 砂漠や深海や地底や異次元や遠くの星でも 闘いましたね? 」
「 ・・・ ハイ 」
「 じゃ 一晩くらいの徹夜なんて朝飯前、でしょ。 さあ 二幕、行くわよ! 」
「 朝飯前 って まだ晩飯も喰ってないよ〜〜う ・・・ 」
「 はい? 」
「 ・・・ な なんでもありません、せんせい。 」
「 よろしい。 ほら 真ん中に出て? 今から ヒラリオンの < 超簡単バージョン >
を踊るから。 よ〜〜〜〜く 見て覚えてね。 」
「 ・・・・・・・・ 」
呆然としている彼の目の前で フランソワーズは実に軽々とアラベスクでジャンプをしてみせた。
「 ほら ・・・ こういう感じ。 右 左 右 ・・・! っていうふうに 」
「 ・・・ そんな風に 足、あげて飛ぶの? 」
「 え? そんなに上げてなくていいの。 90度でいいのよ。 」
「 脚、うしろに90度あげて跳べっての〜〜〜〜 」
「 そうよ。 簡単でしょ? ほら ・・・ こんな感じ 〜〜 」
トン トン ・・・ トン 〜〜
まるで宙に浮くがごとく、フランソワーズはひょいひょい跳んでいる。
「 フラン ・・・ きみって秘密の能力があったんだ ・・・! 」
「 はい?? こんなの、ジュニア・クラスのチビちゃんだってできるわ。
ほら 跳んでみて〜〜〜
」
「 え ・・・ 」
彼女に手を引っぱられ ジョーは仕方なくジャンプした。
「 ― えいっ !! 」
「 それじゃ びっくりしたカエルだわよ 」
「 ! か カエルぅ〜〜〜 ?? 」
「 脚も腕もしっかり伸ばして! 空中で静止するのよ! 」
「 ・・・ ぼくにそんな能力はないよぉ〜〜〜 」
「 できるわ! 009でしょ! 」
「 う〜〜〜 ( 関係ないよぉ〜〜〜 )
」
「 ほら 続けて! 右 ! 左! あ 今のちょっといい感じかも? 」
「 えいっ えいっ 〜〜〜 」
「 あ〜〜 ほら また びっくりカエルになった〜〜 」
「 う〜〜〜 」
コンコン ・・・ コン ・・・
リビングの窓がとて〜〜〜も遠慮がちに叩かれた。
あまりに大人しい音だったので 中で熱演している二人は全く気がつかなかった。
コンコン コンコン ・・・ コンコン ・・・
「 ほら がんばって!! もう一回! 」
「 はぁ ・・・ はぁ 〜〜〜 ふぅ 〜〜〜 」
「 そう ちょっといいかも ・・・ あら? 風が強くなってきたのかしら・・・? 」
「 ・・・ へ ・・・? 」
「 窓ガラスが鳴ってる ・・・? 」
「 ・・・ そう ・・・ かな ・・・ はぁ〜〜〜 」
「 いやねえ ・・・ 雨にでもなるのかしら。 ちょっとカーテン閉めるわね。 」
「 あ ・・・ そ ・・? 」
「 雨はイヤねえ 〜〜 荷物が多いのに ・・・ 」
フランソワーズは窓に近寄った。
「 ・・・! やだ〜〜〜 ジェット〜〜〜 」
カタン。 ― ドサ。
窓を開けたとたんに 赤毛の鳥・・・じゃなくて 赤毛ののっぽが倒れ込んできた。
「 !? ど どうしたの〜〜〜〜 」
「 ジェット!?? 」
「 ・・・ は 腹減ったぁ 〜〜〜〜 ・・・・ 」
Last updated : 02,24,2015.
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*********** 途中ですが
う〜〜〜〜 あと少しなんですが ・・・ 続きます〜〜
ワタクシ的には ローザさんはグレートの娘だと確信してます♪