『 Our Prima donna  ― (3) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

  カチン カチン  カチャ カチャ 〜〜〜 カシャン ・・・ コン! 

 

なんとも賑やかな音が続いている。

「 ・・・ あのねえ ・・・ もう少し静かにできない? 」

メンバーの中の紅一点は 軽く眉を顰めた。

「 ・・・ んぐんぐんぐ〜〜〜  できね〜〜な〜〜 ( カチャ! )  」

赤毛アタマは一顧だにせず 相変わらず賑やかな音を発し続ける。

「 もう〜〜! 

「 ん〜〜〜 ・・・・ あ ご ごめん〜〜〜  これ おいしいよ〜〜 」

茶髪少年はちょいとばかり恐縮してみせたが 手も口も!動かし続けている。

「 それはうれしいけど?  ねえ! 少しはマナーってものを意識してください??

 アルベルトやグレートがいたら ひっぱたかれているわよ? 

「 むぐ〜〜〜 ・・・ < ウマ〜〜 > が 全てさ むぐ〜〜 ごく! 

「 そ〜〜〜 フランのご飯がオイシイから 〜〜〜 ん〜〜〜 

「 もう! もうこのマナー違反の騒音には耐えられないわ!

 さ ここに残りのパンを置いておくから!  二人でさっさとすませて頂戴。   

 そして!  食後の片づけ! お願いしますよ?! 」

「「 ふぁ〜〜〜〜 い  」」

ジロリ、と碧い瞳にみつめられ 二人は肩を竦めて頷いた。

 もう〜〜〜 っと呆れ果て非難の声をあげつつ、彼女はキッチンを出ていった。

「 お♪ うるせ〜のがいなくなった〜〜〜  ジョー そっちのパン よこせ

 最後にピーナツバター & ジャムさんど にしてやる〜〜 」

「 あ〜〜 そんなに使って・・・ それ 特製ピーナツバターでさあ ・・・

 なんか産地直送とか言ってたよ? あ〜〜 お〜こられる 怒れらる〜〜〜 ♪  

「 ふん  かまうこっちゃね〜よ〜  むぐむぐむぐ〜〜〜  ウマ〜〜〜〜〜

 オレらの懐かしいガキ時代の主食よお〜〜〜 」

「 あ〜あ・・・ ジェット〜〜〜 ピーナツバター ほとんど使っちゃったよ〜〜 

「 い〜って  い〜って♪  喰ってこそ春〜〜〜  ふんふん 〜〜〜  」

赤毛はでかいマグ・カップに どぼどぼとコ―クを注いだ。

 

  ―  ここはギルモア邸のキッチン。

 

深夜に近い時間、 煌々と照らす灯の下、茶髪と赤毛がテーブルを挟んで座っている。

テーブルの上にはいくつもの カラの皿! が散乱し床周辺にはスナック菓子の袋やら 

ポテチ や ポップコーンの かけらが転がっている。

「 ・・・ あ〜あ ・・・ うま〜〜〜〜〜 かったぁ〜〜〜 」

「 ふぃ〜〜〜〜〜 うま〜〜〜〜〜〜♪  ああ 生き返ったよ〜〜 」

「 ふん   なあ お前〜〜〜 こんな時間まで何をしてたんだ? 

 皆どこ行った??  空の散歩から帰ったらがら〜〜〜んとしててよ〜〜〜

 脳波通信 送ったのに〜〜 皆 < 拒否 > なんだよ 〜〜〜 ひどくね??  」

「 え?? あ〜〜〜 知らないの〜〜〜 ???   皆 リハーサル中だよ!

 アルベルトもグレートも ・・・ 多分今晩は徹夜してる。 」

「 え・・・ りは〜さる?? な なんだよ???  

「 あ〜〜 ・・・ そっか ・・・ 飛び出したまんまなのか〜〜 

 あ ジェット???  あのさあ あの〜〜〜ぉ ちょっと相談したいんだけど ・・ 」

「 お? なんで〜〜〜 フランとの熱々について とか?  あ 海外のそのテのBR、

 いくらでも貸してやるぜぇ〜〜  えっと〜 今 手元にあんのはあ〜 

「 ちょ・・・ そんなんじゃないってば〜 聞いてくれよ! 

「 あんだよ〜 」

赤毛はコ―クをナミナミ入れたマグカップをイッキに呷った。

「 ん〜〜〜 ホントはバーボンとか飲みて〜んだけどぉ ここじゃ フランが煩いし〜 

 ・・・ で なんだって? 」

「 あの な!  ジェットはさあ ・・・ コイビトをヨソのヤツにとられたこと ある? 」

「 ・・・ へ??? 」

「 だ〜から。 恋人を横取りされた経験 あるかな。 」

「 ねぇよ。  オレはそんななさけね〜ヤツじゃねえぞ。 」

「 ふ〜〜〜〜ん ・・・? 」

「 な なんだよ〜〜 その疑わしい目つきはよ〜〜〜 」

「 じゃ さ。 決まったカノジョ、いたわけ? 

「 ・・・ ふ ふん!  お前な〜〜 決まったオンナ、なんてな〜 足枷だぜ?

 イイオトコには足をひっぱるオンナはいね〜のさ! 」

「 ・・・ それって〜 モテない言い訳じゃないかな〜〜 

「 と とにかく!  おめ〜は何を悩んでるんだよ? 」

「 あ  うん ・・・  あのさあ〜 」

「 早く言え〜〜〜〜 」

「 ウン ・・・ 実はさ〜 今日の午後はず〜〜〜っとリビングでさ ・・・

 < 演技指導 > を受けてたワケ。 」

「 えんぎしどう??? フランにか??  そりゃ グレートの専門でね〜の? 」

「 グレートは別のトコでリハーサルしてるんだ。 あのさ ・・・ 

「 なんだよ〜 早く言え! 」

「 うん ・・・ あの ちょっと黙って聞いてて ? 」

ジョーは掻い摘んで  舞台に出るハメになった経緯を説明した。

「 ・・・ ってワケ 」

「 はぁ〜〜〜ん ・・・ で おめ〜はその振られオトコをやるのか〜 」

「 ウン。 で さ。 そいつの気持ち、 どんなだったのかなって さ ・・・ 」

   ・・・ ふん?   ジェットは ( 珍しく ) 少し口を噤んでいた。

「 ― あ〜〜  ジョー? 」

「 うん なに? 

「 お前よ〜 ほら、あの未来都市でさ。 フランが死んじゃったって わ〜わ〜泣いてたじゃん? 」

「 ・・・ あん時のことはもう言わないでくれよ 」

「 あん時のあの気持ちでいいんでねえの? そいつは振られたオンナの墓参りに来てるんだろ? 」

「 あ ・・・ うん。 横恋慕ヤロウのせいで死なせてしまったんだと。 」

「 ほんじゃ〜 あの時みたく わ〜わ〜 泣きたい気分でやればリアルなんじゃね? 」

「 そ ・・・ そっか な ・・・ 」

「 そうだ!  やってみろよ〜 おめ〜 フランをさ、あのコンピュータ野郎に

 取られちまって ・・・ あそこでカノジョがマジで死んじまってたら どうしたよ? 」

「 ― 未来都市を ぶっつぶす! 」

「 !? ( ・・・ コイツ〜〜 実はあっぶね〜〜〜ヤツ かも・・・ ) 」

「 って気分になると思う。 

「 あ ああ 気分 ね ・・・ 」

「 ウン。 それでもって ・・・もう一回会いたい! って泣きわめく! 

「 おいっ オトコが簡単にわ〜わ〜泣くなっ!  」

「 ・・・ ウン ・・・  で さ。  その墓参りにいってさ 夜中に 

 ・・・ 踊らなくちゃなんないんだ〜〜〜  

「 お おどる ??? おめ〜が かあ??? 」

「 ― そ そんなに驚かなくてもいいじゃないか!  

「 けど〜〜〜  あんましおかしくて〜〜  がははは ・・・ 」

「 悪意を感じる笑いだ。 」

「 ば〜か 仲間じゃ〜んか〜 で どんな振りなんだ? 」

「 ジャンプばっかなんだけど〜  」

「 やってみ? 」

「 ― わ 笑うなよ? 」

「 笑わね〜よ!  フランに特訓されてたんだろ? 

「 ああ! もうず〜〜〜〜っと!  ジェット、君が 腹へった〜〜って来なかったら

 まだまだまだ特訓は続いたはずさ。 ・・・ ありがと〜〜〜 ジェットぉ〜〜〜 」

「 ともかく やってみ? 」

「 う  うん ・・・ 」

ジョーはイスから立つと シンクの前に行った。

そして 特訓の成果を披露し始めた。

 

 ― しばらくして ・・・・

 

「 ジョー ?  ジェット?  ちゃんと後片付け した? 」

この家の事実上の < 女主人 > がひょっこり顔を出した。

「 !?  な  なにやってるの〜〜〜 二人とも! 」

キッチンのシンクの前で ジェットが ぽんぽん跳んでいる。

一緒に ジョーも飛び跳ねているのだが  ・・・ これはどうも恰好がわるい。

赤毛の方は まあ 身が軽いので跳躍の大きさのわりにはほとんど音がしない。

 ―  しかしいずれにせよ、 ただやたらと跳んでいるだけだ。

「 ちょっと??  いくら街はずれの一軒屋でもね、バカ騒ぎはしないでよ〜〜 」

「 騒いでるんじゃね〜よ〜 」

「 ????  な  なにやってるの ???  」

「 だ〜から。  コイツを鍛えてるのさ。 」

「 鍛える?  ジョーを? 」

「 そ。 飛ぶ のはオレの専門だぜ〜〜? 」

「 飛ぶ? ・・・ ああ 二幕の振りのことね 」

「 なんかしんないけど。  ジョーのぴこぴこは気にいらね〜〜

 俺様が鍛えてやるからよ〜 フラン 見本やってくれ。 」

「 ここで ? 

「 そ。 俺様がきっちり仕込んでやる。 な〜んか フランとこのステージに立つんだって? 」

「 ええ まあ ・・・ 成り行きでね ・・ 

「 そんでもってジョーは 寝とられオトコ なんだろ? 」

「 ジェット!! 品の悪いこと 言わないで!  ヒラリオン・・・あ ジョーが

 ピンチ・ヒッターで出る役だけど、 本当にいい人なのよ! 

「 は〜ん? そのいいヒトは彼女を取られちゃうんだろ?

 イイヒトっつ〜のは大抵モテないもんさ 」

「 まあ ね ・・・ 

「 へ! そこんトコの芝居は〜 ジョーのヤツに ばっちり教えたから! な ジョー? 」

「 ・・・あ  あ〜〜〜〜 ? 」

「 !  メソメソ〜 」

「 あ  う うん!  フラン、ちゃんと気持ちになってやれるよ。 」

ジョーはいささかフクザツな気分だったが 胸を張っていい切った。

「 そう? さすがね〜〜 頼もしいわあ〜〜 」

「 え えへへへ 〜〜〜 」

「 へん! いちゃつくんでね〜よ!  で もってさ。 問題はそのぴんこ ぴんこ

 跳ねるシーンさ。 」

「 ・・・ ぴんこ ぴんこ はねる??? 」

「 そ。 な〜んか ゾンビに取り囲まれてあっぷ あっぷ〜〜 なんだろ? 」

「 ! ゾンビじゃなくて!  ・・・ けど まあ要約すればそういうことだわね 」

「 ありゃ〜 マズイぜ? 」

「 え ・・・ なにが?   ジョーだってジャンプ力は並大抵じゃないから

 なんとかなるんじゃないかな〜〜〜 と思うんだけど ・・・ 」

「 そ〜いう問題じゃなくて〜〜〜  いちおう〜 芝居して跳ぶ んだろ? 」

「 ええ 」

「 ふん ・・・ ヤツは確かに跳んでるけど? ありゃ〜 ただの 体力測定ってか〜

 ジムで筋トレ中〜〜 ってしか見えね〜よ? 」

「 え・・・ 

「 なんかよ〜 やけくそみたいに跳んでるだけじゃん? マジ〜〜な顔でさ〜

 そんでもって 最後はぐしゃっと つぶれカエル 〜〜〜  」

「 ぷっ 〜〜〜〜〜 ぴったりね〜〜 

フランソワーズがたまらずに吹きだした。

「 フラン〜〜〜〜〜 ひどいよぉ〜〜  」 

「 うふふ ごめんなさい〜〜  でもね ジョー、ジェットの言う通りよ?

 あの場面ではね、 アナタは死ぬまで踊らされてついには沼に追い込まれて ・・・って

 設定なのよ? もっとこう・・・悲壮感がないとね ・・・ 」

「 ・・・ 無理〜〜〜〜〜〜〜  ぼく、音と一緒にジャンプするだけで精一杯〜〜 」

「 ― でしょうねぇ ・・・ 」

「 んだよ〜〜〜 そ〜いう状況なのかぁ? ほんじゃ〜 よ〜〜  

 あ フラン〜〜 そこの音、ながしてくれよ〜 あるんだろ? 

「 いいけど ・・・? 」

「 ちょっちやってみるぜ。 なあ〜〜 飛ぶのは俺様の専売特許だ! 

「 じゃ 音、出すわ。 ちょっと待っててね。  」

仕方ない・・と肩を竦めフランソワーズはMDプレイヤーをもってきた。

「 はい、出します。 〜〜〜 ここで登場ね。ウィリ達に取り囲まれて〜〜 右往左往〜〜 」

「 へ! こんなカンジか? 」

ジェットはおびえた様子で右に左に逃げ惑う。

「 あら〜〜〜 上手ねぇ〜〜  はい 今 ウィリ達に取り囲まれました。

 輪の中で ジャンプ して  」

「 おし!  ・・・ こ〜んなカンジかよ? 」

ばんばん跳び始めたが 身が軽いので音もほとんどしない。

「 ・・・ すご〜〜〜 ・・・ 」

「 ふうん? ジェットの方がウィリみたいねえ〜〜 」

「 へっへっへ・・・ こ〜んなモンさ〜〜  ジョー? いいかぁ〜 」

「 う ウン ・・・ 」

「 ほら〜〜 跳んでみ? 」

「 う うん ・・・ 」

二人は熱心にジャンプを始めた。

 

   あ〜らら 熱心だわね〜〜 

   ふふふ ・・・ もう少し夜食でも作ってきましょ♪

   やっぱり < 仲間 > ね〜〜

 

フランソワーズはそっとリビングを出てキッチンに行った。

 

  ― ジャンプの特訓は夜明けまで続いていた・・・

 

 

 

 一夜明けて ― 今回の公演に参加する人々はそれぞれの場所で それぞれの朝を迎えた。

 

「 〜〜〜 ・・・・ う〜〜ん ・・・ ? もうこんな時間か ・・・ 」

差し込んできた光に アルベルトはふと顔を上げた。

「 夜明け・・・ か。 希望の象徴の朝陽も ・・・ アルブレヒトとジゼルには

 永遠の別れ になるんだなあ ・・・ 

軽い指使いで 最後のシーンの音を彼は奏でる。

 

  〜〜〜〜 ・・・・・  〜〜〜〜 ・・・

 

夜明けを告げる鐘とともに ジゼルは死の世界へと帰らなければならないのだ。

溢れる想いを残しつつ ジゼルは恋人に暖かい眼差しを残し ― 消えてゆく。

 

   生きて ・・・ !  どうぞ 力強く生きて。

   アルブレヒト  ―  あなた自身の人生を 生きて!

 

ラスト・シーンは 朝陽の中、もう誰もいない墓場に、打ちひしがれるアルブレヒトの姿が

照らされている。

 

「 ・・・ ふん ・・・ なんとも皮肉な演目を選んでくれたもんだ 」

ぽろぽろとメロディを追いつつ 銀髪のピアニストは深いため息を吐く。

 

   ―  俺は。   最後の別れさえ告げることができなかった ・・・

   きみは きみは   俺のようなオトコと愛し合って シアワセだったか?

   俺と一緒に あんなことになって  シアワセだったか?

 

   なあ ・・・ シアワセだったかい    ―  ヒルダ ・・・!

   俺は ― すまん、としか言えない ・・・ 

 

「 本番でここを弾き終わった時に ・・・ きみからの応えが聞こえる かもしれないな。

 ふん ・・・ ともかく今はウチのお姫様の< お願い > に応えてやらにゃ〜なあ 」

一旦、手を止めると、 今度は明るい弾むテンポの曲を弾き始めた。

「 一幕 ジゼルのヴァリエーション ・・・ ふふん、今のフランソワーズには

 この曲の方が相応しいだろうなあ。  相手があ〜の茶髪ボーイだからなあ 」

いつものシニカルな微笑を取り戻し アルベルトは軽快なタッチで弾き続けるのだった。

 

 

 

  トン ・・・ シュッ  トン ・・・

 

誰かが床を踏み鳴らしている。

「 ・・・・? 

ローザは眠い目をこすりつつ そうっとドアを開けた。

 

昨夜はとうとうこの劇団に泊まってしまった。

ホテルに戻る余裕はあったけれど、盛り上がったテンションをそのまま感じていたかった。

そして ほぼ夜を徹して演劇論を交わす・・・というよりも耳を傾けていた。

最初は勿論、すぐ目の前に迫った本番のリハーサルだった。

 

「 まあ もう説明の必要もないと思うが。 聡明な貴女は万事了解したと思うぞ。 」

「 はい、 ミスタ・グレート。  無邪気で冷酷で。 お優しくて気位の高い貴族の

 姫君を演じますわ。  

「 オーライ〜〜〜  我々は下々の者に慈善を施すが ほどほどであり・・・

 彼らが死のうが生きようが ほとんど関心はないのさ。 」

「 ええ ・・・ 」

「 だから いたいけな村娘が頓死しようが 面倒事はゴメン、とそそくさと席を立つ。」

「 ええ。 」

「 そこを抑えてさえいてくれれば  あとは存分に高貴で優しい姫君になってくれたまえ。 」

「 了解です。 」

緊張の面持ちでローザはしっかりとうなずいた。

年配のベテラン俳優も頷き返すと ― ふっと息をぬいた。

「 ・・・すまんね  いきなりこんな仕事を押し付けて ・・・ 」

「 え!?  いいえ〜〜 こんな面白い体験ってすごいチャンスですもの、光栄ですわ。 」

「 そう  かい? そう思ってくれればうれしいよ。 

 さ ・・・ 遅くなってしまったな。  どこかで美味い飯でも食ってホテルに戻ろうか。

 この街は不夜城だから不自由はしないよ。 

グレートは上着をとると ローザを促した。

「 ・・・ あの! ちょっとだけ ・・・ お時間をいただけます? 」

「 ? なにかな。 」

「 あの! なんか蒸し返しになりますが ・・・ 『 倫敦の霧 』 について 」

「 ほう? 君はなかなかよい演技をしていたと記憶しているが? 

「 ありがとうございます。  脚本をお書きになった方に伺いたいことがあります。

 質問してもよろしいですか?  ・・・ 今までずっと考えてきました。」

「 願ってもないこと・・・ 吾輩があの芝居で伝えたかったこと、 俳優たちに

 舞台から伝えて欲しと思っていたことを ― 知って欲しい。 」

「 ― それでは ・・・ 私が演じた役の ・・・ 

ローザは熱心に質問を始めた。

 

 ・・・討論に近いセッション・トークは深夜をとうに過ぎるまで続いた。

グレートは俳優として、そして脚本家としての全てを 後輩の女優に伝えようとしていたし、

ローザは全身で貪欲に吸収しようと努力した。

「 ・・・ ふう ・・・ ははは さすがの吾輩も少々疲れた、かな。 トシだな〜  」

話が一区切りついた時に グレートは少し苦く笑った。

「 あ! す すみません・・・ なんか夢中になってしまって ! 」

「 いやいや ・・・ 大変有意義であったよ。 

 しかし本番は明日だからな。  吾輩のような老人には 少し休息が必要だ。 」

わざとよろけつつ、彼は立ち上がった。

「 あら ・・・ ミスタ・グレート? その演技はちょっと・・・? 」

「 お?  いやあ〜〜 演技じゃないですぞ  あ 腰が〜〜〜 」

「 うふふふ ・・・ でもごめんなさい、 もう休みましょう。 」

「 そうだな。  この劇団には簡易宿泊用に部屋があるんだ。

 まあ ・・ ホテル並とはいえんが ・・・ それで構わんかな? 」

「 ええ ええ 勿論。  あ ・・・ ミスタ・グレートは ・・・? 」

「 ははは 吾輩は屋根さえあればそれでいい。 稽古場の床で寝ても大丈夫さ。 」

「 ハイスクールのころみたい!  」

「 しかしレディに失礼ではないか?  シャワーは使えると思うが・・・ 」

「 構いませんわ。 ほんの仮眠するだけですから。 」

「 そうか ・・・ ではご案内いたそう。 」

「 ありがとうございます。 

結局二人はその劇団の建物に宿泊した。

 

  ― そして短い眠りの後 ローザは ・・・

 

早朝の稽古場では 老俳優がゆっくりと身体を動かしていた。

「 ・・・ うそ ・・・? 眠って・・・ いない の ? 」

ドアの隙間から彼女は信じられない面持ちで見つめた。

俳優はストレッチにも似た動きを終えると 鏡に向き合って立つ。

そして ・・・ 動き始めた。

「 ・・・?  なにを ・・・    あ。 クーランド公・・・! 」

彼は同じ動きを何回も何回もやり直している。

ほんの少し 動作を、そしてテンポや表情を変えつつ 繰り返す。

 

    !  自分で納得のゆく演技をみつけるまで続けている・・・!

    す すごい ・・・!

 

プロの俳優である彼らにとって 今回の< 仕事 > は 急ではあるが そんなに困難な

ことではない。 演じる時間は短いし、難しい解釈もない。 なによりセリフはない。

昨日の打合せで 方向性もしっかり決まっていた。

 

    あれでいいって思っていたわ ・・・

    あとはドレス・リハで 雰囲気を掴めば・・・って。

 

    でも 彼は。 名優・グレート・ブリテンは満足なんかしていないんだ!

    いいえ どんな小さな役でも決して手を抜かないの ね

 

ローザは息を詰め 彼の動きを追っていた。

 

  トン。  老俳優は動きを止めた。 そして  ふ・・・っと笑みを漏らす。

それは クーランド公 としての笑みではない。

「 おい?  丸見えだぞ?  」

「 ・・・ あ ・・・ 」

「 鏡ってものがあるんだよ?  ほら 入っておいで・・・ そこは冷える。 」

「 ハイ ・・・ 」

彼女は素直に 稽古場に足を踏み入れた。

「 グッドモーニング  ミス・ローザ 」

「 お早うございます ミスタ・グレート 」

「 ご機嫌は如何かな?  さあ ホテルに戻って朝飯でもいただこうか。 」

彼は剽軽な表情で向き直った。

「 あの ! 」

「 ・・・ うん? なにかな。 」

「 ― 尊敬しています。  演劇人として  そして ・・・ 人間として。 」

「 ―  ありがとう 

老俳優は 心を込めて丁寧にレヴェランスをした。 

「 ミス・ローザ。  君は君の母上に似ている。 」

「 !  わ 私は! 母のようにはなりませんっ! 」

ローザは睨み返した。 そんな彼女の視線を老俳優は穏やかに受け止めた。

「 君の母上は 素晴らしい女性だった。 」

「 ・・・・・・ 」

「 彼女と煌めくような愛の日々を過ごせたことに 心から感謝しているよ。 」

「 ・・・! 」

「 悪いのは全て 」

「 ―  ありがとう。 」

女優は膝を深く折り 優雅にレヴェランスを返した。

 

   ・・・ ぽとり。   床に涙が落ちた。

 

朝の光が 劇団の稽古場にも差し込み始めていた。

 

 

 

「 ・・・ ふう〜〜〜ん ・・・ 」

ジョーは膝を抱えたまま 溜息とも吐息ともつかない呻き声を上げた。

ギルモア邸のリビングに ようよう朝陽が差し込んでこようか・・・という時間、

彼はまんじりともせずに DVD を眺めている。

昨夜は夜食もソコソコに ず〜〜っと < 潰れカエルではないジャンプ > の特訓に

励んでいた。

ど〜〜しても芝居ココロが欠如する彼に 気の短い赤毛の仲間はキレそうになった。

「 〜〜〜〜〜 !!!!  お前なあ〜〜  

「 ・・・だ だから ・・・ ぼくには芝居なんてできないんだってば〜〜〜 」

「 知ってる! けど やんなきゃなんないんだ!  フランのためだろ!? 」

「 う  うん ・・・ でも ・・・ 

「 ち!  ったくぅ〜〜〜  おい! もいっかい、そのDVDをしっかり見ろって〜 」

「 最初に見たよぉ 」

「 そりゃ順番を覚えるため だろ?  映画でも見るつもりで気を入れて見てみろ 」

「 う うん ・・・ 

ジョーは 渋々、何回も見たDVD,フランソワーズが < お手本 > として

渡してくれたDVDを 見始めた。

「 ・・・ 何回も見たんだよ〜〜〜 ・・・ 」

最初はぶつくさ言っていたが ― 彼は次第に画面に釘づけになってゆく。

 

    ・・・!  そうだよ〜〜 ソイツはチャラい遊び人だぞ!

    フラン〜  じゃなくて ジゼル!  目を覚ませよっ

 

純朴な村の青年にすっかり肩入れし、引きこまれた。

「 !  ひど・・・! 貴族のヤツら〜〜〜 村の人たちのこと、なんとも思ってないんだな〜

 ああ フラン〜〜〜 そんなのあんまりだよ〜〜 」

展開する場面に一喜一憂し、完全に 『 ジゼル 』 の世界に填まり込んでいた。

・・・ < コーチ > を引き受けた赤毛はソファでコーラのペット・ボトルを枕に

とっくに沈没だ。

「 〜〜〜〜  あ 〜〜〜  そんなぁ〜〜〜  死霊たちに捕まって ・・・

 ああ ああ〜〜 沼にどぼん なんてなあ〜〜 」

二幕になって自分の出番が終わったのだが なんとなくそのまま先を見始めた。

今までは 途中でオフにしていたのだが ・・・ 今は目が離せない。

ジョーの役・ヒラリオンが憑り殺された後、 遊び人王子? アルブレヒトが悲嘆にくれて

登場する。

「 ふん! い〜〜まさら〜〜〜 辛い顔してみせてもなあ 」

完全に 村人サイド呟きをするジョーだったのだが ― 次第に気持ちが 遊び人王子 に

移ってゆく。

 

    ・・・ 諦めきれない よなあ ・・・

    愛する女を亡くして しかも自分のせいだよね?

    ・・・ ぼくだって 彼と同じこと するかも ・・・

 

始めは仕方なく義務感から見ていたのだが どんどん引きこまれてゆく。

ラスト・シーンで ジゼルとアルブレヒトは今生の別れ、と知りつつ愛しい相手をみつめ

愛の舞をおどってゆく。

 

    ・・・ ぼくとフランだ よ ・・・ これ ・・・

    そうだよ。 サイボーグっても永遠に生きられるわけじゃない

    いつかは ―   いつかは 手を離すんだもの

 

    その時 ・・・ ぼくは ・・・・!

 

DVDを見終わった時 ジョーはしっかりと脚を踏みしめ立ち上がった。

 

    そりゃぼくには舞台の経験も 踊りの経験もなんにもない。

    けど ―  愛する人がいる って最高のポイントがあるんだ!

 

「 ―  フラン ・・・  できる限り頑張るから! 

 フラン フラン〜〜〜   ぼく やるぞ! 」

 

 

 

       ***************************************

 

 

さて そんなワケで。 さまざまな人々のさまざまな想いを抱えて

『 ピアノと弦楽四重奏による バレエ 『 ジゼル 』  の幕が上がろうとしている。

すでに一ベルも入り 一幕出演のダンサーたちは袖にスタンバイ、 音楽担当チームも

オケ・ピットで調弦も済ませている。

 

 ― アナウンスが入った。   ガコ〜ン −−−−−   幕が 上がる。

 

 

 そして  ― 

 

最後のシーン、朝陽の射す墓標の前で悄然と項垂れるアルブレヒトを残し

幕は静かに降りた。

 

 

ピアニストは最後の鍵盤から静かに指を離した。

「 ・・・ 聞こえるよ ・・・ ああ 今 君の声が聞こえる ・・・ 」

 

   アルベルト ・・・ 生きて!  力強く生きて!

   そして もう 謝らないで。

 

   私 シアワセでした。 今も幸せです。

 

         ありがとう ・・・・!

 

 「 ああ ・・・ 俺も。     ありがとう ・・・ ヒルダ。 」

大喝采の中 彼は静かに余韻を味わっていた。

 

 

老俳優と女優は 舞台袖に佇んでいた。

「 ママはウソをついていたわ。 知ってたの。   私の父親は 」

「 それ以上言わなくていい。  ローザ。 お前は俺の 」

「 ・・・ ありがとう ・・・! 」

「 ありがとう。 」

二人は 静かに手を取り合っていた。

 

 

主役のバレリーナは何回も何回もパートナーと満面の笑みでレヴェランスをした。

「 フランソワーズ〜〜〜 君も君の友達も 最高だ!! 」

「 うふふ・・・アナタもよ、< 王子様 >♪ 

こそ・・・っと二人はホンモノの笑顔で囁きあった。

 

    皆に迷惑かけて ・・・ ごめんなさい! でも でもね ・・・

    皆にもっと 思うように生きてほしい ってたの。

 

    アルベルト  グレート   そして   ジョー。

   

        自分の道を ― 堂々と生きて! 

 

    ジョー  !     こころから  ありがとう  !

 

 

ピンチ・ヒッターで参加した素人の青年は舞台袖で 感動に震えていた。

「 いや〜〜〜 君〜〜 なかなかよかったよ〜〜〜 お疲れサン〜〜  」

「 あ ・・・ 皆さんのおかげで ・・・ 」

舞台監督がお世辞で慰労してくれた。 

 

    えへ ・・・ お世辞でもなんかうれしいな〜 

    ぼく 今 ものすごく感動してるんだ ・・・!

    アイシテル〜〜〜〜  フラン !

 

    ああ いつかぼくは。    あんな風に墓碑の前で

    もういないきみに こころから言うよ。

 

        フランソワーズ   ありがとう!  ってね

 

 

 

                      ―  みんな  ありがとう !!  ―  

 

 

 

*******************************       Fin.       ********************************

 

Last updated : 03,03,2015.                    back       /      index

 

 

*****************    ひと言    ****************

激しくヲタなハナシでした 〜〜〜  <m(__)m>

ワタクシ的には あの女性はグレート氏の娘さんだと

確信しておりますので・・・  <m(__)m>