『 Our Prima
donna ― (1) ― 』
ざわ ざわ ざわ ・・・・
緞帳をとおして客席からの騒めきが伝わってくる。
ヒーターの暖気と 人々の熱気、 そして 低い声やらせわしない足音 ・・・・
開演まではまだ少々時間があるので 客席は結構賑やかだ。
コッ ・・・・。
それに反して たった一枚の幕で隔てられたこちら ― 舞台の上は水を打ったように
静まり返っている。
板の上には本日の出演者、関係者が全員乗っており それこそ立錐の余地もないほどなのだが
咳払いひとつ、きこえない。
ダンサー達は全員メイクも終わり、衣装をつけているがほとんどが異様な静けさに包まてれていた。
― 皆 息をするのも苦しいほどテンションが上がっているのだ。
カツ カツ カツ ―
はち切れそうな静寂をやぶり ヒールの音と共に初老の女性が舞台中央に進んだ。
そして 出演者たちに向かい客席を背負って立つ。
「 ― 今日の舞台の成功を 芸術の神様に祈ります。
さあ ! みなさん。 お願いします。 」
― こくん。 全員が深く深く頷く。 女性たちは軽く膝を折り目礼する。
「 最高の舞台を ― ! 」
進み出たサキシードの銀髪の男性は はっきりと宣言すると身を屈め舞台にキスを落とす。
ざわざわ ざわ ・・・ ダンサーたちもそれに倣った。
「 10分後、二ベル入ります。 よろしく! 」
舞台監督が宣言すると それを合図にダンサーたちは静かに袖にはけ、タキシード姿の
数人の男性たちは オーケストラボックスへと移動していった。
「 ・・・ な なんとかなり ますよ ね?? マダム ・・・ 」
舞台監督は初老の女性に近づくと ぼそぼそ耳打ちした。
「 ! なんとかするの。 ええ ウチのコ達はなんかできるわ。
だって ― 素晴らしい助っ人達が来てくれたのですもの。 」
「 そ ・・・ そう ですよね ・・・ 」
おどおどした舞台監督は 必死で自分自身に言い聞かせているらしかった。
こうして フランソワーズが所属するバレエ団の特別公演
ピアノと弦楽四重奏による バレエ 『 ジゼル 』
の幕が開こうとしている。
******************************
そもそもの発端は 二月になって間もない頃のこと・・
「 うっほ〜〜〜〜〜♪ これ オレに??? 」
「 お? 吾輩にももらえるのかい? すまぬなあ〜〜 マドモアゼル〜〜 」
「 ほう? 手作りか、いいねえ。 ふっ・・・ 誰かさんがフクザツな顔、してるぜ 」
ギルモア邸のリビングは 男性陣のにこにこ顔で溢れていた。
「 うふ♪ 喜んでいただけてうれしいわあ〜〜 ちょ〜っと頑張ってみました♪
本当はちゃんと14日にって思ってたんだけど ・・・ 」
紅一点も にこにこ〜〜満面の笑みを浮かべている。
「 14日? なんだあ〜? 」
赤毛が素っ頓狂な声を上げる。
「 ちょ・・・ あんさん、ばれんたいんで〜 も知らへんのんか〜〜 」
「 ばれんたいんで〜? ・・・ あ〜〜 アレかあ〜〜
けどなんで〜 フランがオレたちみんなにちょこ、くれるんだあ? 」
「 ま それがこの国の習慣なんだとさ。 ― お前 知ってて聞いてるな? 」
「 そやそや〜〜 フランソワーズはんからチョコもらお、思てず〜〜〜っと
こっちにおるのんちゃうか? 」
「 へ ・・・ え〜〜と? あ〜 ちょっくら出かけてくら〜 」
のっぽの赤毛はチョコの包みをポケットにねじ込むと、ひょいとテラスへ出ていった。
彼はフランソワーズと博士の誕生パーティにやってきてその後もなんとな〜くごろごろと
この邸に滞在しているのだ。
「 ったくなあ〜〜 」
「 うふふ・・・ まあ いいじゃない? 賑やかになって楽しいもの。 」
「 ああいうのは賑やか というより 煩い というのさ。 俺が一昨日来たときに
まだいたのか! って言ってもどこふく風〜だぞ? 」
「 ふふふ ・・・ そこが彼らしいとこじゃろうよ 」
「 博士〜〜〜 甘過ぎまんがな〜〜〜 」
誕生パーティには全員が顔をみせたが、その後それぞれ帰国していた。
アルベルトとグレートは その後仕事がらみで再来日している。
「 ジェロニモ Jr. と ピュンマには送ったわ。 きっと14日には着くと思うの。
皆にも本当は14日に配りたかったんだけど今年は当日は公演だから ・・・ ちょっと早めに ね♪ 」
「 ほう ・・・ 公演? 演目はなんだ? 」
「 『 ジゼル 』 なの。 あのね 今回は特別企画で ・・・
音がね オケとかテープじゃなくて ・・・ ピアノ・ソロと弦楽四重奏なのよ! 」
「 ふうん?? ピアノは誰だ? 」
「 ○○・・・ さん。 そして 弦楽はね ・・・ 知ってる? 」
「 勿論だ。 すごいメンバーだな。 いい企画だ。 あのバアサン、なかなかやるな 」
「 ちょ・・・ マダムに聞こえたら大変よ〜〜〜 」
「 ははは ・・・ 彼女には 003の耳 はないだろ? 」
「 でもね〜〜〜 」
「 アルベルトはん? ワテらの姫君な〜 主役でっせ! 」
「 !! おい、 なんでそれを先に言わない? チケット、あるんだろうな? 」
「 あ ・・・ ごめんなさい〜〜 もう完売なの。
あ あのね 今回はそんなに大きなホールじゃないから客席数も少ないし。 それにね ・・・
バレエ団の若手中心の臨時企画で・・・ バレエ団のいつもの主役級の方々は別の舞台があって 」
「 劇場はどこだ? 」
「 ○○ホールよ。 」
「 お。 あそこは音響が抜群なんだ。 いいところを取ったな。 」
「 そうなの? でもね、そんなに広くないから ・・・ コールドの人数も減らして・・・
っていうか 若手しか残ってないからぎりぎりなのよ。 」
「 マドモアゼル? ともかく主役をもらったのだろう? そしてチケットははけたってわけさ。
堂々としていたまえよ 」
「 ・・・ グレート・・・ え ええ ・・・ 」
「 おい。 楽屋口から入れてくれ。 楽屋の用心棒、やるから! 」
「 え〜〜〜 アルベルトったら そんなこと、しなくていいわよ〜〜
アルベルトが是非観たいって言ってますって事務所にお願いしてみるわ。 」
彼は以前 フランソワーズの通うこのバレエ団で レッスン・ピアニストのピンチ・ヒッターを
務めたことがある。
主宰者のマダムや ダンサー達に モテモテ〜〜な人気モノになったのだった。
「 頼む。 なんなら俺が直接問い合わせても 」
「 え! いいわよ わたしがやります! 」
「 マドモアゼル〜〜〜 それなら吾輩も是非! ・・・ あ 二枚 頼む〜〜 」
グレートも勢いこんで割り込みをかけた。
「 え ・・・ 二枚? 」
「 左様。 一緒に来日した演劇仲間を誘いたいのさ。 面白そうな企画だしなあ 」
「 うわ〜〜〜 こわいわあ〜〜 でも 聞いてみるわね。 」
「 頼みます。 」
「 ほっほ ・・・ 皆はんで応援、しまひょなあ〜〜 」
「 勿論だ。 じゃあそろそろリハも詰めで忙しいのじゃないのか。 」
「 ええ それで ・・・ ちょっと早めにバレンタイン・チョコを用意したの。 」
「 忙しいのに悪かったなあ 」
「 ううん わたしも楽しいからいいの。 」
「 フランのチョコってめっちゃオイシイよね〜〜 」
ジョーは終始 にこにこ・・・ 皆のやりとりを聞いていたがやっと口を挟んだ。
「 おい ジョー? ちゃんと彼女のフォローしろよ? 」
「 え? あ ああ うん ちゃんと荷物運び、手伝うんだ。 」
「 それだけじゃなくて! 飯の支度とかもしっかりやれ。 いいな! 」
「 ・・・ はい 」
「 ジョーはんの料理やと 例のインスタント料理ばっかで博士はんが音ぇをあげはるで。
ワテがちゃ〜〜とフォローしまっせ〜〜 」
料理人は にこにこと助っ人を申し出た。
「 お。 そうじゃった! 」
「 博士。 なにか? 」
「 うむ。 今年は巷ではインフルエンザがなにやら猛威を揮っておるようじゃ・・・
お前たちも用心した方がいい。 予防薬を開発したのでな、処方しておくぞ。 」
「 あ 俺は大丈夫ですよ。 ウィルスの入り込む余地はありません。 」
「 いやいや わからんぞ。 いいか お前たちはロボットじゃないんだ。
簡単な服用タイプじゃて、全員に処方する。
特にフランソワーズ? お前は気をつけなさい。 大切な舞台を前に罹患したら大変じゃろ 」
「 はい ありがとうございます。 」
ギルモア邸でのティー・タイムは こうして和気藹々〜〜 皆が紅一点の成功を祈り、
楽しい期待に胸を膨らませたのだった。
もぞもぞ ・・・ ごそごそ ・・・
ふわ〜〜ん とした甘い熱気もだいぶ落ち着いてきた。
ついさっきまで一つに燃え揚がっていた身体は 今 別々に名残の熱さを楽しんでいた。
「 ・・・ ジョー ・・・ なに ・・・? 」
側らに寄り添っていた金色の髪が波打った。
「 ・・・ う? ううん ・・・なんでも ・・・ 」
「 う そ。 なにか 気に してる ・・・ 」
白い手がす・・・っとセピアの髪を撫でたる。
「 気になんか してない! 」
「 ・・・ほうら 気にしてる ・・・ なに? 」
「 あ ・・・ うん ・・・ 」
ジョーは身体の向きを変え、天井を眺めた。
「 あの さ。 ・・・ < 王子さま > と踊るんだろ? 」
「 ・・・ え ・・・ ? 」
「 今度の! きみのジゼルの相手役は さ ! 」
「 ああ ・・・ そうね < 王子サマ > だわね〜〜〜 日本人だけど
ずっとモナコのバレエ学校で勉強していたヒトで ・・・ 向こうのバレエ団で
踊っているの。 その彼の日本でびゅー かしら ・・・ 」
「 ・・・写真 みたよ。 あのパンフレットの ・・・ 」
「 うふふ ・・・ すご〜〜〜い 王子様 でしょう? ちょっとジョーに似てる 」
「 似てない!
」
「 彼、 里帰り中に特別出演なの。 昔ね、ジュニアのころ、マダムのクラスで
さ〜んざん怒鳴られてたんですって 」
「 ふ〜〜〜〜ん ・・・・ 」
「 あら ・・・ 機嫌 わるい? 」
「 べ〜〜つに ・・・ これは きみの大切な < 仕事 > だものな〜〜〜 」
「 そうよ、 < 仕事 > なの。 彼もわたしも必死だから ・・・
あのね、相手のことをどうこう・・・ 考える余裕なんてないの。 」
「 ・・・ わかってる ・・さ。 でもな〜〜〜〜 」
「 もう〜〜〜 ジョーのヤキモチやき ! 」
「 ヤキモチ・・・じゃないさ ・・・ 」
「 そう? 」
「 そう。 あ 荷物運びとか手伝うから。 車で送るよ。 」
「 う〜〜ん それじゃね 帰りが遅くなると駅からの最終バスが出ちゃうでしょ?
その時は 悪いんだけど迎えに来てくださらない? 」
「 もっちろ〜〜〜ん♪ あ 稽古場まで迎えにゆくよ! 」
「 あ それはいいわ。 電車の方が早く帰れるから・・・ 」
「 ・・・ う〜〜〜〜 」
「 ねえねえ さっきの博士の話。 」
「 ?? なんだっけ?? 」
「 いやねえ〜〜 ほら インフルエンザ! ホントにものすご〜〜〜く流行っているのよ?
抗ウィルス処置、うけた? 」
「 あ〜〜 ぼくは 関係ないさ。 」
「 油断はダメよ? 」
「 油断じゃない。 サイボーグが風邪って聞いたこと、ないぜ? 」
「 普通の風邪じゃないわ。 ウィルスはどこに侵入するかわからないでしょう?
それにね 本人の症状は軽くても感染の恐れがあるから 罹患したらお医者さんからOKがでるまで
外出禁止になるのよ。 ねえ ・・・ ! 」
「 〜〜〜〜 わ〜〜かりました。 ぼくのお姫サマには敵いませ〜ん 」
「 お願いします。 他の皆もちゃんと受けていたわ。 」
「 え アルベルトも? 」
「 ええ。 ・・・ あ ジェット! 忘れてたわ!! 」
「 アイツは 平気だろ? 空 飛んでるんだし ・・・ ははは 鳥インフルになるかも 」
「 ・・・ ジョーォ 」
「 はい スイマセン。 ・・・ ともかく 頑張れな〜〜 フラン 」
「 うふ♪ メルシ・・・ ・・あ! 見えるトコに 跡 ・・・ 残さないで 」
「 へいへい ・・・ そんじゃ 正当手段で〜〜♪ 」
「 きゃ ・・・ もう ・・・・ 」
ジョーは がばっと上半身を起こすと たおやかな肢体を抱きすくめた。
「 ・・・・! そう。 それは仕方がないわね。 そう お大事に。 」
ふう 〜〜〜〜 ・・・・。
かたん。 受話器を置くと その初老の女性は大きくため息をついた。
「 なんとも ・・・ 仕方ないとはいえ ・・・ 」
いつもいつも活力に溢れているこの女性も 珍しく額に手を当ててまたため息だ。
「 ・・・ あの マダム? 失礼します 」
軽いノックがして 中年の女性がドアを細めに開けた。
「 ? はい なあに、ナカジマさん? 」
さすがにぱっと姿勢をただし、彼女は微笑を浮かべてみせた。
「 はい・・・ あのう〜〜〜 今 ハシモトさんから連絡がきまして ・・・ 」
「 ハシモト? ・・・ ああ トモコね。 なにか 」
「 それが あの。 インフルエンザで一週間お休みですって 」
「 え・・・! だってあのコ ドゥ・ウィリ と バチルド姫 なのよ! 」
「 ええ でもドクター・ストップですから 」
「 ・・・ そうね。 ・・・ う〜〜〜ん??? あ ヒロミを呼んで!
ああ それからね ピアニストのトオル氏がね ・・・ 」
「 ・・・ ま さか ・・・? 」
「 その まさか なの! 彼もインフルエンザなんですって。 さっき連絡がきたのよ。」
「 どうするんです〜〜〜〜 マダム〜〜〜 今度の公演は ピアノ・ソロ もウリなんですよ〜
チケット、 完売なんですよ〜〜〜 」
ナカジマ女史はもう半泣き状態だ。
「 ・・・ 最悪は録音を流す・・・ しかないわね。 弦楽四重奏組はなんとか無事みたい
だからね。 あとは ・・・ ウチのコ達に頑張ってもらうしかないわ。 」
「 ! フランソワーズさん! 彼女は大丈夫でしょうか??? 」
「 ちょっと〜〜 縁起でもないこと、言わないでよ?? 少なくとも今朝のレッスンと
その後のリハでは 元気だったわ。 ちょいと怒鳴ったけど 泣かなかったし? 」
「 マダム〜〜〜 」
「 ふふふ 冗談よ〜 まあ 少しは怒ったけどね。
ともかく今のところ
< ジゼル > は無事よ。 」
「 はあ〜〜〜 ・・・ よかった ・・・ とりあえず、ピアニストを探してみます。」
「 ちょっと無理かもね〜〜 だってあと3日しかないのよ?
アナタは音響のサキちゃんに連絡して 録音でやることを考えて。 」
「 はい す すぐに連絡します! 」
女史は ばたばたと出て行った。
ふう 〜〜〜〜 ・・・・ またまたふか〜〜〜いため息だ。
「 まいったわね ・・・ 天気と病気だけには敵わないわ ・・・ 」
マダムは手元のノートを開く。
「 クーランド公 バチルド姫 ドゥ・ウィリの片方 ヒラリオン ・・・
そしてピアニスト ・・・ この代役をどうしろっていうの??
ドゥ・ウィリはヒロミにやってもらうことにして ・・・あとは ・・・? 」
珍しく彼女は弱音を吐いて 天井を見上げ呆然としていた。
トントン ・・・ トン ひそやかなノックが聞こえた。
「 ? ナカジマさん? どうなった? 」
「 いえ あの ・・・ フランソワーズです ・・・ あの ちょっと今 ・・・
事務所で聞いて ・・・ いいですか? 」
「 ??? なあに? ・・・ まさかアナタまで具合悪いとかじゃ 」
「 いえ。 あのう〜〜〜 ピアニストさんのことなんですけど 」
「 ― はい?? 」
― その30分ほど後のこと。 003 は 004 へ緊急の脳波通信を送った。
≪ アルベルト? すぐ 来て! できるだけ 早くきて!! ≫
彼が所用で首都の同じ方面に出かけていたのも幸いだったのだが ・・・
「 でも 急にお呼び出しして大丈夫なの? お仕事がおありでしょう? 」
さすがのマダムも心配顔である。
「 ええ 仕事で銀座方面に来ているはずなんです。 」
「 ものすごく嬉しいけど ご迷惑ではないかしら。 だってあと3日しかないのよ? 」
「 ― お引き受けしますわ。 きっと。 」
「 そう・・・? ええ あの方ならクラスの時にとても素晴らしく弾いてくださったから
信頼はしているわ。 でも なにしろあまりに急なことでしょ・・・ 」
「 あとは本人に決めてもらいますわ。 あ ・・・ もうすぐ来ます 」
「 ??? どうしてわかるの?? 」
「 ・・・ あ〜〜 えっと ・・・ そんな気がしました。
あ ちょっともう一度連絡してみますね。 」
フランソワーズは マダムの部屋を出、バッグから携帯を取り出し窓辺に寄った。
・・ 携帯は勿論カモフラージュだ。
≪ アルベルト。 今 どこ?? 大至急おねがい! ≫
度重なる緊急連絡に004はたった一言 返信してきた ― ≪ 了解 ≫
そしてまたまたその一時間後。
「 本当に引き受けていただけるのですか? 」
駆け付けた銀髪のピアニスト氏に バレエ団の主宰者のマダムはまだ半信半疑だった。
「 ・・・ フランソワーズが半ベソで通信 ・・・ いや 連絡してきましたからね。
引き受けなくちゃならんですよ。 」
「 でもね あの ― ミスタ アルベルト? 勿論貴方の腕を信頼していますけど
何分にも時間がありません。 そして曲も多いし ・・・ 」
「 お引き受けしたからには最善を尽くします。 すみませんが 今回のスコア全部と
あと・・・空いているレッスン場を拝借したいです。 」
「 ええ ええ 勿論。 スコアはすぐに用意させますわ。
場所は ・・・ え〜と あ Cスタがずっと空きです。 フランソワーズ ご案内して 」
「 はい。 」
フランソワーズは アルベルトと一緒に部屋を出た。
「 ・・・ コイツ〜〜〜 もう えらい無茶を振ってくれたな! 」
廊下にでるなり、アルベルトはこつん、と彼女のアタマを小突いた。
「 えへへ・・・ だって引き受けてくれるってわかってたから。
それにね〜〜 こんなこと、できるのはアナタしかいないもの。 」
「 おいおい ・・・ できるかどうかわからんぞ? 」
「 大丈夫。 アルベルト・ハインリヒ に弾けない曲はないわ。 」
「 ・・・ そういう問題じゃなくて だな! たった3日で全スコアを だな〜〜 」
「 だから アナタに頼んだの。 あ Cスタはここよ。 」
フランソワーズは にこにこしつつ、彼を案内した。
「 ・・・ は! ・・・ もうお前には負けたぜ。
ジョーのヤツは ほっんと寛容と忍耐に長けてるんだな! 」
「 あら なにか言った? 」
「 いや。 ・・・ お前さんとジョーはお似合いだって言ったのさ。 」
「 まあ メルシ〜〜〜 ヘル・ハインリヒ♪ 」
「 ど〜いたしまして。 ・・・ と ピアノは これか。 」
「 張律はしてあるけど ・・・ 酷使されてるわね。 」
「 ま 当然だろ。 」
彼はピアノの蓋を開けると ぱらぱらとスケールの指慣らしを始めた。
「 少し付き合え。 二幕のソロは ・・・ これだったな? 」
馴染みの旋律が滑らかに流れ始めた。
「 あ! ちょっと待って〜〜〜 わたし、準備してくるから! 」
「 まあ まずは聞けよ? だいたいのテンポとか指示してくれ。 」
「 わかったわ。 」
「 ・・・ あのう〜〜〜 」
ナカジマ女史が おどおどとレッスン場の入口に立った。 両腕に大荷物を抱えている。
「 はい? あ スコアですね? 」
「 はい。 これで全部だと思いますけど ・・・ 」
「 ありがとうございます〜〜〜 アルベルト はい。 」
フランソワーズは受け取ったスコアを どさ・・・っとピアニスト氏に渡した。
「 ・・・ ど〜も。 ( くっそ〜〜〜〜 )
あ すみませんが。 今夜 ここに泊まっても大丈夫ですかね? 」
「 はい??? あ ああ〜〜〜 ちょっとお待ちを〜〜〜 」
女史は再びばたばたと事務室に駆け戻っていった。
「 ・・・ 泊まるの? 近くにビジネス・ホテル あるわよ? 」
「 あの田舎まで戻る時間が勿体ない。 それにホテルにピアノ、ないからな。
・・・ くっそ〜〜〜 こんなにあるのか! ・・・徹夜だ。 」
ぱらら・・・と 手袋の指がスコアをめくる。
「 お願いしま〜す♪ あ 食事は差し入れします。 ご注文は? 」
「 ・・・ ドイツ・ソーセージとチーズ。 あとは ・・・ 美味いパン! 」
「 了解! あ ビール、いる? 」
「 おい。 仕事だぞ? アルコールなんぞ味わっている余裕ないな。
う〜ん コーヒーも頼む。 ・・・ ス○バはごめんだ。 ジョーじゃないんだ! 」
「 あら ジョーはね 本当は缶コーヒーかインスタントが好きなの。 」
「 へ・・・ ま ともかく頼む。 」
アルベルトはジャケットを脱ぐと、ピアノの椅子の高さを調節し、座りなおした。
「 よし ・・・ 」
〜〜〜〜〜〜 ・・・
二幕のジゼルのソロの音が静かに流れはじめた。
手袋をしたマシンガンの指が 信じられないほど繊細に鍵盤の上を動いてゆく。
「 ・・・ ! 」
フランソワーズはとうとう我慢できなくなったのか、着込んでいたパーカーを脱ぐと
さっとセンターに進み出て軽く動き始めた。
「 フランソワーズ。 今は止めて置けって。 俺は試し弾きしているんだから。
それに ウォーミング・アップもしていないだろ? 足も靴下裸足じゃないか 」
スコアから目を離さず、アルベルトは相変わらずぶっきらぼうに言う。
「 ・・・ わかったわ。 ちゃんと準備してポアント、履くわ。
だから その時はしっかりお願いします。 」
「 当然だ。 相手役もできたら連れてこい。 できるだけリハやりたいだろ? 」
「 − ありがとう! わたし、ともかく一回ウチに帰るわね。
あの ね・・ グレートにもお願いしているの。 」
! ピアノの音が止まった。
「 グレートにも だと?? 」
「 ええ。 他にもインフルエンザの人がいてね〜〜
ほら 一幕のクーランド公 ・・・ あの役の方もダウンなのよ。 」
「 ・・・ あ ああ あの役なら踊りより芝居達者が必要だな。 ・・・ まあ 奴さんなら
適任ってとこか。 」
「 でしょ? バチルド姫もね〜〜 お願いしたの。
そしたら ほら・・・ 一緒に来日しているロンドンの演劇仲間の女優さんね、その方が
やってくださるそうよ。 」
「 フランソワーズ? お前 ・・・ 脳波通信 使いまくりだな! 」
「 ふふふ・・・ いいじゃない? こんな時には最高に便利よね〜〜〜 」
「 ・・・ オンナってヤツは・・・ 」
「 だからともかく一回 家に帰って打合せしてきます。 それと〜〜 ほら ジョーと
ジェットのご飯、作ってこないと ・・・ 」
「 はん! アイツらは 荷物運びとかに動員しろ。 」
「 うふふ そうね〜〜 力持ちですものね♪ 」
「 そして 今回のプリマ!! きっちりしっかり・・・いい踊りしろよ! 」
「 ― わかってる。 これは大切な < 仕事 > ですもの。
わたし ・・・ 最高に緊張しているわ。 」
「 おおいに結構。 緊張して揚がるだけ揚がれ。 恐ろしく高揚すれば ―
また別のモノが見えてくる。
」
「 ・・・・ 」
フランソワーズは だまってしっかりと頷いた。
コン コン コン ♪
なにやえらく陽気なノックが聞こえた。
「 ? はい〜〜 ? 」
「 いやあ〜〜〜 マドモアゼル〜〜〜〜 ♪ 」
ひょい、とおどけたスキン・ヘッドがドア口から現れた。
「 きゃあ〜〜 グレート〜〜〜 こっちに来てくださったの〜〜〜 」
「 うむうむ 丁度なあ、吾輩も仕事がらみで日比谷の劇場の方にいたのさ。
そこでマドモアゼルからの < 緊急通信 > を傍受したってわけ。 」
「 まあ それで直接ここに? 」
「 そうさ、一回あの海辺の崖っぷちに戻るより早いだろ?
フランソワーズの親戚です、と言ったら事務所の女性はすぐにここへ案内してくれたぞ。」
「 きゃ♪ グレートおじさま〜〜〜〜♪ 」
「 おいおい ・・・ で 音はアルベルト、 主演はフランソワーズってことなんだな?
吾輩は〜〜〜 クーランド公爵♪ ふっふっふ〜〜〜 任せておきたまえ。
ああ ピアニスト君、一幕の音を聞かせてくれたまえ。 」
「 ち。 偉そうな役者だな ! 」
「 ふっふっふ〜〜〜 クーランド公とバチルド姫は 『 ジゼル 』 第一幕では
メイン役者ですぞ? あの二人が大根だと舞台の魅力は半減する。 」
「 そうよねえ〜〜 あ ・・・ バチルド姫をやってくださる方は ? 」
「 あ〜〜 ちょっとまだ他に用事があってね。 後からくる。 」
「 なんだか申し訳ないわね。 」
「 いやいや・・・我らにもいい勉強さ。 プロのダンサー達の舞台に立てるなんてな〜
そうそうあるもんじゃない。 それもこのトウキョウで な。 」
「 うふふ? 伴奏は かの名ピアニストさんですから〜〜 」
「 おう 大根役者? 一幕はしっかり締めてくれよ? 」
「 ふん。 任せろと申したであろう? 吾輩は公爵様だぞ。 」
「 どうせわたしは農村の娘ですからね〜〜 」
ふふふ ははは ・・・ スタジオは ギルモア邸のリビングとはまた少し違った和気藹々な
いい雰囲気でいっぱいだ。
「 それでは ・・・ お? ちょいと失礼〜〜 」
グレートは窓際に退くと 内ポケットからスマホを取り出した。
「 はい? ・・・ ああ うん、今から行くから。 そこで待っててくれ。
ああ ・・・ その改札口でいい。 うん じゃ 」
「 グレート? 」
「 バチルド姫役を連れてくる。 そこの・・・メトロの駅まで来たとさ。 」
「 まあ! もう来てくださったの? 」
「 本人もな、かなり乗り気なんだ。 ま 吾輩がしっかり監督するから安心してくれたまえ。」
それじゃあ ・・・ と グレートは帽子をかぶるとそそくさと出ていった。
「 ・・・ ねえ 一緒に来日した女優さんって だれ? 」
「 しらん。 まあ 俳優陣は奴さんに任せよう。 」
「 そうね。 あら ・・・ マダム? 」
「 お疲れ様〜〜 ミスタ・ブリテンがいらした、と聞いたのだけど ・・・ 」
主宰者のマダムが 入口できょろきょろしている。
「 あ あの! 今 バチルド姫をやってくださる女優さんを迎えにゆきました。
△△駅まで来ていらっしゃるのですって。 」
「 まあ 〜〜 そうなの?? ・・・ フランソワーズ、あなた素晴らしいお友達を
もっているのねえ 」
「 うふふ わたしもちょっと自慢です。 」
「 ・・・ それで ね。 ちょっと相談が 」
「 ???? 」
後ろで聞いていたアルベルトは いや〜〜〜〜〜な予感で背筋がゾクゾクし始めていた。
う ・・・? まさか この俺がインフルエンザ ???
いや 違うな。 これは ― 悪い予感 か??
― その数分後。 ジョーはとんでもない脳波通信を受信していた。
「 ジョー −−−−−−−−− !!!! すぐに 来てっ !! 」
Last updated : 02,17,2015.
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*********** 途中ですが
そんなの不可能 >> ピアノと弦楽四重奏による バレエ 〜 は
言いっこなし! だって〜 004っば 初見で交響曲を弾ける人だもんね?
え〜 『 ジゼル 』 について詳しく知りたい方は 拙宅 あひるこらむ で
ゼロナイ変換した話が置いてありますので ど〜〜ぞ♪ ・・・ 続きます!