『 プレゼント - (2) - 』



「 すばる〜。 お弁当、ここに置くからね。 」
「 あ・・・ さんきゅ。 」
ばたばたと出入りしている息子にフランソワ−ズは大声で呼びかけた。
「 ・・・なんだ、試合か? 去年の秋で引退だっだんじゃないのか。 」
食卓で新聞を読んでいたジョ−が 顔を上げた。
「 らしいんだけど。 でも、今日弁当頼むって言うから。 」
「 ふうん・・・。 あ、いいなあ〜 ・・・ねえ、フラン? 」
「 わかってますって。 はい、こっちがジョ−の分。 ちょっと量を減らしておいたわ。 」
「 わォ、嬉しいな。 きみのお弁当は最高さ。 」
タ−タン・チェックの<お弁当カバ−>の包みに、ジョ−は大にこにこである。
「 うふふ。 そんなこと言ってくれるの、ジョ−だけよ。 」
朝っぱらから食卓越しに熱い視線を交わしている両親に 息子は遠慮なく水を差す。
「 ・・・父さん、それってワカモノ向けだよ? 全部食ったらヤバいんでないの。 」
「 お・・・言ってくれるな〜 」
「 いくら父さんでも 腹でるぞ。 」
「 ・・・ こいつぅ〜〜 ! 」
ジョ−は本気でちょっと悔しそうな顔をした。
ぴかぴかの<ホンモノ>の17歳。
自然にあふれ出てくる元気のオ−ラに 勝てるものなどありはしない。
制服のネクタイを結びながら、息子の方が余裕たっぷりである。

  - ふふふ・・・。 父子ってよりも兄弟だわね〜・・

フランソワ−ズは最近、息子と夫のやりとりを見ていると兄・ジャンとジョ−が話しをしているような
錯覚におちいることがある。
自分などは疾うに追い超しジョ−とほとんど変らない背丈となった、すばる。
子供の頃の茶色のクセっ毛は いつしか母とおなじ亜麻色に変ったが
すばるはそれを短く刈り込んでいる。
中学から始めた弓道のためか、この国ではやはり目立つ髪色のせなのか
・・・彼は両親にもその訳を話してはいない。
 
  - 邪魔だから。

中学生になったある日、突然別人のようなアタマで帰宅したすばるに
フランソワ−ズは絶句してしまった。
そんな母の代わりにか、わいわいと聞きたてる姉に、
すばるはぼそり、とひと言いっただけだった。
ちっちゃな頃の泣き虫・すばるは いつの間にか寡黙な少年になっていた。
そんな息子をフランソワ−ズは時々ぼんやりと見つめてしまう。

  - ねえ。 ・・・なにを考えているの・・・?

「 ほら〜 遅れるわよ! いつもより1本早いバスなんでしょ。 」
「 あ、うん。 じゃ・・・・。 あ、母さん、来るなよ? 絶対に来ちゃダメだぜ。 」
「 ・・・わかってるわよ、はいはい。 早く行きなさい。 」
「 うん。 行って来ます〜 」
「 はい、いってらっしゃい。 」
大きな荷物とお弁当を大事そうに抱えて すばるはまたもやばたばたと走っていった。

「 ・・・なんだ、あいつ・・・ 来るなって。 」
「 高校生になってから、ずっとああだもの。 試合はもちろん、道場にも来ちゃダメって言うのよ。
 <女人禁制>だって。 ・・・そうなの? 」
「 いやぁ? だって女子の弓道部もあるはずだよ。 」
「 まあ! わたし、ずっと騙されていたのね〜 」
「 ・・・・ 」
かなり本気になって怒っているフランソワ−ズをジョ−は笑いをかみ殺して見つめてた。
「 ・・・なによ。 なんでジョ−まで笑うの。 」
「 いや・・・ごめん。 でもな、アイツの気持ちもわかるからさ。 」
「 気持ちって・・・ ねえ、どうしてわたしだけが行ったらいけいないの?
 気が散るから・・・? 」
「 う〜ん・・・そんなコトないと思うよ。 ギャラリ−に気が散るようでは
 射手としては失格だろう? 」
「 ・・・じゃあ、どうして。  一度ね、中学の時にこっそり見に行ったの。
 絶対に気がつかなかったと思ったんだけど、後ですご〜〜く怒ったわ。 
 来るなって言ったじゃないか!ってね・・・ 」
「 だろうね・・・、やっぱり。 」
「 なんで、どうしてなの? あの子ったら参観日とか文化祭とかも
 わたしに来るなって言うし・・・ なにが可笑しいの、ジョ−? 」
「 だって・・・きみ、全然わかってないんだもの。
 原因はね、きみ、さ。 」
「 ・・・ わたし?? 」
「 そ。 きみ。 」
「 ・・・ ガイジンだから・・・? 」
「 まさか。 あのな、コレは内緒だったんだけど。 もう時効かな・・・
 中学に入った時、アイツ、ぼくに言ったんだ。 」
「 なにを? そういえば・・・中学くらいからすばるの学校行事は・・・
 ほとんどジョ−が<担当>だったわね・・・ 授業参観も三者面談も。
 ウチは二人同時だからって思ってたけど・・・ 」
「 まあ、それもあるけどさ。 
 いや・・・母さんが来ると他のオトコ共がそわそわするから・・・イヤなんだと。 」
「 ・・・ え・・・ 」
「 アイツ、いっちょまえにヤキモチ焼いてるんだよ。
 ま、美人の母親を持って複雑な心境・・・ってとこだろ。 」
「 そんな・・・ わたし、もうオバサンよ? 出かける時には・・・ちゃんと
 <それらしい>格好してるし。 お化粧も・・・これでもいろいろと気を使ってるのよ。 」
「 ふふふ・・・ どんなに隠しても美人は美人ってことさ。 ぼくは嬉しいけど? 」
「 ・・・ま、ジョ−ったら・・・ 」

外見上は ・・・ 永遠に年をとらない、いや、取れない二人。
以前は<ヤン・パパ&ママとその子供たち>で、微笑ましい視線を集めていたものだ。
しかし子供達が10代も後半になってくると、<いつまでもお若い>ではすまされなくなる。
ジョ-は眼鏡をかけたり、服装に気を配り、フランソワ−ズは必要最小限にしか<人前>に
出ないようにしていた。

そんな両親を 子供達は ・・・ どう思っているのだろう。
自分たちの両親が<ふつう>と違うことは 気づいているはずだ。
だが。
父や母の<過去>を知ったとき、彼らがどう思ったか。
ジョ−もフランソワ−ズも ・・・ まだ正面切って彼らに訊いてはいない。
訊く勇気がなかったのかもしれない。


「 オトコなんてそんなもんさ。 
 ま、ただなんとなく・・・気恥ずかしいってとこもあるだろうけどな。」
「 ・・・あら、じゃあね。 すぴかがあなたのこと、なんて言ってたか知ってる? 」
「 え・・・ すぴかが? さあ・・・? 」
「 ふふふ〜〜ん、だ。 」
「 な、なんだよ〜 ・・・ 教えてくれよ。 
 アイツはすばるとは逆に 文化祭とか『お父さん、絶対にアタシのクラスに来てね!』
 って言ってたよなぁ・・・ 」
「 でしょ? ふふふ・・・ 」
「 なんだよ〜 おい? 」
「 ・・・ きゃ♪ 」
ジョ−はつい、と腕を伸ばしフランソワ−ズを抱き寄せた。
「 秘密主義は相変わらずだね? ぼくの奥さんは・・・ 」
「 あら・・・ そう? 」
白い手がジョ−の首に絡まった。
「 あの子達が生まれるのがわかった時も、きみは一週間もぼくに秘密にしてた。 」
「 ・・・ やだ、そんなムカシのこと・・・ 」
「 い〜や、ぼくにとって人生の一大事だったのに。
 ぼくがラストだったじゃないか。 教えてもらったの・・・ 」
「 あれは・・・ ちゃんと病院に行ってからって思ったから・・・ 」
「 言い訳はナシ。 それで、すぴかはなんて? 」
「 ・・・あん、もう・・・ ジョ−ったら・・・ 」
亜麻色の豊かな巻き毛を掻きのけ、ジョ−はちょっと強引に唇を奪う。
フランソワ−ズの指がジョ−のセピアの髪を愛撫する。
「 ・・・ ふふふ。 お父さんよりカッコいい男子はクラスにも先輩にもいないわ、って。
 一緒に歩いていると女のコたちの凄い視線を感じるんですってさ。 」
「 ・・・え  そ、そんなこと? 」
「 相変わらずモテるわねぇ? ジョー? 」
「 そ、そんな、その・・・ 」

「 ・・・ おはよ〜  お邪魔します〜 お熱いお二人さん♪ 」
ばたんとドアが勢い良く開いて、すぴかが顔を出した。
すばるのお下がりとおぼしきスウェットの上下を着込み、髪は寝起きのまま、くしゃくしゃである。
「 ・・あ、ああ・・・ おはよう、すぴか。 」
「 あ、あら。 おはよう・・・ 時差ボケは大丈夫 ? 」

姉娘のすぴかは昨日遅くにこの家に帰ってきた。
彼女は高校生になると、一人で決めてさっさとフランスに留学してしまった。
今では立派なリセエンヌである。
そのリセエンヌは大あくびをして 食卓についた。

「 あ〜あ・・・ せっかく日本に戻ってきたのにな〜 ココは相変わらず
 愛の巣だわさ・・・ 独身者( ひとりもの )の身にもなってよね〜 」
「 ・・・あの、あ・・・朝御飯、食べる? オ・レでいい? 」
慌てて夫の腕から身をはがし、フランソワ−ズは襟元を手で確認する。

 ・・・ 大丈夫。 ボタンはちゃんとはまってる・・・ も〜 ジョ−ったら・・・!

「 う 〜 ・・・ ほうじ茶、頂戴。 あとね〜梅干ある? 」
「 ・・・あるけど?  あ!すぴか・・・飲んだの? 」
「 あは♪ 昨夜ね・・・ すばると久し振りにね。 アイツ、強くなったわね〜 」
「 ・・・へえ ・・・? 」
「 ・・・まあ ・・・! 」
涼しい顔をして登校していった息子を思い出し、両親は呆れ顔を見合わせた。
「 日本では、ウチのなかでだけよ。 いい? 」
湯気の立つ湯のみと梅干の小皿を並べ、フランソワ−ズは娘に釘をさした。
「 はいはい・・・ わかってますって・・・ 未成年ですからね。 
 ああ・・・・ おいし〜〜〜 」
ずず・・・っと派手に音をたてている娘にフランソワ−ズは思いっきり眉をしかめた。
「 全く・・・ すこしはおしとやかになったかなって思ったのに・・・ 」
「 ヤマトナデシコじゃなくてすみませんね。 あ〜 お父さん、今日ずっと仕事? 」
湯のみを持ったまま、すぴかはジョ−に向き直った。
「 いや・・・ 午後からなら空くよ。 」
「 わい♪ じゃ、買い物付き合って〜。 
 ねえ、お母さん。 今晩食べたいものがあるの。 」
「 なあに。」
「 お母さんのシチュ−とおからのクロケット! 」
「 いいわよ。 でも・・・お寿司とかじゃなくていいの? 」
「 う〜ん・・・・ お寿司は明日!  さ〜て。 シャワ−でも浴びてくるわ〜 」
言いたいことだけを言うと、すぴかはさっさと席を立った。

「 ・・・ 相変わらずだな〜 」
「 本当にねぇ ・・・ 」

「 あ、お父さん? 」
やれやれ、と見送っている両親にすぴかは戸口で振り返った。
「 出かける前にね、もう一回鏡を見たほうがいいわよ。
 く・ち・び・る。  ・・・ ついてるわよ〜 」

 ・・・ えっ!!!

あわててごしごし唇を擦るジョ−をそのままに、すぴかは
軽い足取りで階段を登っていった。


                       
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