「 お−い。 島村〜 こっちこっち。」
「 あ・・・ わりィ、待たせたな、渡辺 ・・・ 」
枯れ草の中の日溜りで、学生服がひとり手を振っている。
島村すばるはがしがしと大股で小道を登ると 彼の隣にどさりと荷物を放り投げた。
「 マックとかって思ったけど。 オレ荷物多いからさ。 ・・・ほい、これ。 」
「 ・・・あ、サンキュ。 」
ぽん、と放られて缶コ−ヒ−を 渡辺とよばれた少年は笑顔でキャッチした。
「 部活、もうとっくに引退だろ。 島村・元主将 」
「 そうなんだけど。 やっぱ時々無性に弓をひきたくなるんだ。
ってか・・・あの緊張感かな。 ちょっと気分をクリアにしたくて・・・
練習試合だっていうから 5射だけやらしてもらった。」
しずかに自分の脇においた長細い包みに すばるはそっと手を当てた。
「 そんなもんだろうな。 オレもカメラは・・・手放せない。 」
ふふ・・・と二人の少年は淡く笑いあった。
二人して空き地の枯れ草の上にひっくりかえる。
冬場のうすい太陽が それでも少しはぽかぽかと照っている。
ぴかぴかのランドセルに背負われるみたいな頃から、
肩をならべて学校にかよった二人は、文字通りの幼馴染の付き合いとなった。
高二の三学期を迎えた今、
わたなべクン、しまむらクンと呼び合って遊んでいた少年たちは
いまや青年期への入り口に立っていた。
「 渡辺 ・・・ お前さ。 進路どうする? やっぱ国立か。 」
「 うん・・・ オレ、写真もやりたいんだけど。 最終的にはジャ−ナリストとか
目指したいから。 法科か政治・経済、国立がダメならW大ってとこかな。
島村は? 工学部志望だったろ、ずっと。 T工大あたりか? 」
「 う〜ん ・・・ 実はさ。 今更なんだけど・・・
今日、お袋の誕生日だろ、姉貴も昨日、帰国したんだ。 」
「 あ? ああ、お前のおっかないあの姉さんな〜 あっちの大学、目指してるんだろ? 」
「 らしい。 まあ、姉貴は姉貴だけど。
オレな、工学部行って祖父( じい )さまの後、継ごうって思ってんだ。 ずっと・・・チビの頃から。 」
「 そう言ってたよな。 」
「 自分で思い込んでて・・・。 それが祖父さまや親父やお袋が・・・その、喜んでくれるって。 」
「 ふうん? 」
すばるは何度も口篭った。
いかに幼馴染の親友であっても 両親の秘密を明かすことはできない。
すばるは 全ての人々に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「 気がかわったってか? 」
「 う・・・ ちょっと違うかな。 祖父さまがさ、死ぬ前にぽつっとオレに言ったんだ。
その・・・ オレの好きにしろって。 」
- すばる。 お前は お前の望みどおりにいきなさい。
ギルモア博士の深い声音が しっかりとすばるの心の中に蘇る。
いつも暖かく自分達を見守っていていくれた、博士。
最後の最後まで、彼は9人の<こどもたち>を、そして孫たちの行く末を案じていた。
「 島村。 おまえ、じゃあ本当はなにがやりたいんだ? 」
寝転んでいた少年は 身を起こして正面から彼の親友を見つめた。
「 ・・・ 渡辺。 オレは。 ・・・・ 」
つぴ・・・・っと鋭い声を上げて、百舌鳥が草むらから一直線に飛び立った。
ざわり、と風が吹きぬけ枯れ草が日向臭いにおいをはなつ。
「 ・・・ そうか。 いいんでないの。 頑張れよ! 」
「 ・・・ん。 」
二人の少年は す・・・っと視線を空に飛ばした。
青い、どこまでも青く澄み切った空は、はるかな高みから彼らを見守っていた。
「 え〜と。 こっちは配達お願いできますか? 」
「 はいはい。 お所は え・・と・・・ 」
レジの前で すぴかは買い物かごから嵩張るものをより分けた。
彼女が差し出した伝票をその店のオヤジはじっとみつめた。
「 あれ・・・島村って・・・ え!すぴかちゃんか??うわ〜 大きくなったねえ。 」
「 おじさん。 こんにちは〜。 」
「 いや・・・ お〜い、かあさん? すぴかちゃんだよ〜〜 」
バ−コ−ド頭を振り振り、オヤジは店の奥に向かって怒鳴っている。
「 なに、あんた・・・ あら〜・・・・ 岬の家の あのすぴかちゃん?? 」
「 わあ、おばさん、こんにちは。 」
「 や〜 どこの美人かと思ったら・・・あのお転婆・すぴかちゃんだなんてな〜 」
「 本当にね・・・ まあまあ、お母さんそっくりになって・・・ 」
「 い〜や、お母さんの方がまだまだ美人だな。
島村さんちの奥さんに勝てる美人はいないよ。 」
「 もう・・・あんたったら。 ごめんねぇ、すぴかちゃん。 」
「 いいえぇ。 おじさんもおばさんも元気でよかった・・・ このお店も大きくなって。
しばらくこっちにいますから。 また来ますね〜 」
にぎやかに遣り合っている夫婦に軽く会釈をして すぴかは店を出た。
久し振りの祖国はなんでもやたらに楽しくてすぴかは低く口笛を吹きつつ駅に向かった。
「 お父さ〜ん ・・・ こっち〜〜〜 」
「 ・・・ ああ。 」
声をあげてわさわさと手を振る美少女に
目を惹かれたヒトは
やがて現れた<お父さん>に、
またもや目を見張ることになっただろう
・・・ このムスメで あのオヤジかよ??
ひぇ〜〜
「 お帰り、お父さん。
今日は打ち合わせとかだけなの? 」
「 ただいま。 ふ〜ん、判ったようなコト言うようになったな〜。
今日はお母さんの誕生日だからね、
もともと仕事は入れてなかったのさ。 」
「 はいはい、ゴチソウサマ。 いつもまでもお熱いこって。 」
「 こいつぅ〜 ♪ 」
あはは・・・と声を上げて、次の瞬間すぴかはすっと真面目な顔になった。
「 お父さん、<報告>があるの。 ・・・あのこと。 」
「 そうか。じゃあ・・・ どこか・・・ああ、【日溜り】に行こうか。 」
「 わお♪ なつかし〜〜〜 」
− カフェ・日溜り
駅前の繁華街から一筋奥まった通りにある小さなこのカフェは
すばるの<しんゆう>、渡辺君の両親が経営していた。
マスタ−自慢の美味しいコ−ヒ- ( アルベルトのご贔屓である )と
奥さん手作りのケ−キが評判で、小さな店なのだが固定客が多い。
「 いらっしゃいませ、島村さん、すぴかちゃん。 お帰りなさい。 」
「 ただ今です。 渡辺くんのお母さん ・・・ 」
父と連れ立ってカフェのドアを開けるとケ−キのカウンタ−越しに
店のマダムがにこにこと笑顔で迎えてくれた。
「 今日は何を・・・? 」
「 あのね。 カフェ・日溜り名物のシフォン・ケ−キをお願いします。 」
「 あらら・・・ あれはあなたのお母様から教わったのよ?
お母様の手作りの方がずっと美味しいはずよ。 」
「 ふふふ・・・ ウチの親は二人だけでいちゃいちゃしてて
久し振りに帰国した娘にケ−キを焼いてくれるヒマはないらしいです。 」
「 ・・・ すぴか! 」
「 まあま。 相変わらず仲がお宜しいのね♪ じゃあ・・・ 」
慌ててこつんとすぴかに拳骨を当てたジョ−に、渡辺君のお母さんは大笑いである。
「 ・・・ ここのケ−キ、本当にウチのお母さんの味ね。 」
「 うん。 それにね、もうしっかりこの街の、<地元の味>になってるんだ。 」
「 ・・・ ふうん・・・ 」
すぴかはかつん、とフォ−クを置くと、じっと父親を見つめた。
「 お父さん。
このお母さんのケ−キね。 パリで食べたのと同じ味だったわ。
・・・昔、お母さんが住んでいた地区に 古いカフェがあって
そこの古くからの名物だったの。 一口食べてびっくりした・・・ 」
「 ・・・ フランソワ−ズの故郷の味だったんだね。 」
ジョ−もコ−ヒ−カップを置き、娘ときちんと向き合った。
「 そうね。 それで・・・ 報告します。
お母さんが、ううん、お母さんとジャン伯父さまが住んでいたアパルトマン、
まだ・・・あったわ。 ピュンマおじ様が調べてくれた住所の通りだった。
古びていたけど ・・・ まだちゃんと人が住んでた。 」
「 ・・・そうか。 」
「 それでね。 ・・・墓地もわかった。 伯父様と・・・ お母さんの名前も ・・・ あったわ。」
「 ・・・ うん。 」
ぽとり、と涙が一滴すぴかの手に落ちた。
目を瞑れば・・・ すぐに浮かんでくる。
小振りな白い墓標。 伯父の名に並んで刻まれていた母の名前。
・・・ そして。
「 お父さん。 わたし。 ちゃんと報告してきた。
ジャン伯父さまに。 あなたの妹さんは ・・・ 幸せですって。
すごく素敵な男性と知り合って結婚して 可愛い子供達にも恵まれて・・・
幸せな人生を送ってきました、これからも・・・ずっとそうです・・・・ って。 」
涙が頬をつたっているけれど、すぴかの声は瞳は明るく微笑んでいる。
ジョ−はそっと目じりを払い、娘の手に自分の掌を重ねた。
「 ・・・ありがとう・・・ すぴか。 」
「 だから・・・どうぞ安心してください。 お母さんのことは私のお父さんに任せてくださいって。
そう、伯父様に報告して来ました。 」
「 そうか・・・。 本当にありがとう。 お母さんには・・? 」
「 うん、今晩話します。 もう一つ報告もあるし。 ・・・お父さんはお母さんから聞いて。
その方がまたまたお熱い夜になって二人にはいいんじゃない? 」
「 ・・・ こいつぅ〜 もう親をからかってばっかり〜〜 」
「 たまにだもの、いいじゃん? さ〜 ねえ? 買い物付き合って。
久し振りにお父さんとデ−トしたいの〜〜 」
「 ・・・ どうしようかな。 フランソワ−ズに怒られるな〜〜 」
「 もう〜〜〜 すぐにコレだもんな〜〜〜 」
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