『 パ−トナ− 』
*** おことわり ***
この作品は一応原作設定ですが一部my設定を含んでいます。
現在フランソワ−ズは都心のバレエ団にレッスンに通っています。
この経緯につきましては 拙作『 プレパラシオン 』等
<F嬢の職業復帰談>シリ−ズをご参照くださいませ。
「 ・・・ そうじゃない。 何回言ったらわかるんだ。 」
「 間違えてないと思いますけれど・・・ 」
突如サポ−トの手を放し、ぼそりとぶっきらぼうに言葉を吐いたパ−トナ−に
フランソワ−ズも少々不機嫌に答えた。
・・・ なんなの。 どうしてそんなに不愉快そうな顔をするのよ。
スタジオの中に音楽を流したまま、二人のダンサ−は荒い息をおさえつつ
向き合い ・・・ そして睨みあっていた。
「 俺は頼まれた仕事をこなすだけだ。 君のレベルに落とせばそれで済む。
だが・・・ ダンサ−としてどうしても目を瞑れないコトもあるんだ。 」
「 ・・・ わたし。 そんなに下手ですか。 」
「 ・・・ まあ、次回までによく考えておいて欲しい。 それじゃ、時間だから。
お疲れさん。 」
「 ァ・・・ 森山さん ・・・ 」
振り返りもせずにその男性ダンサ−はさっさとスタジオを出て行った。
流れる汗のまま、タオルを握りしめ・・・ フランソワ−ズは呆然と立ち尽くしていた。
「 あ〜 お疲れさま〜 」
「 ・・・ お疲れサマ ・・・ 」
気持ちも足取りも重くのろのろと戻った更衣室には まだ団員たちが数人残っていた。
ちょうど着替えおわっていた同年輩の一人が明るく問いかけてきた。
「 終わったの? 凄いね、時間ぴったり。 優等生には文句なしってこと? 」
「 ・・・みちよ・・・。 文句なしどころか・・・ 何にも言ってくれないのよ。 」
「 ・・・ フランソワ−ズ、苦戦? 」
「 ええ・・・ もうどうしたらいいか・・・ わからないわ、わたし。 」
ふう〜っと溜息を吐き フランソワ−ズはぱさり、とタオルを荷物の上に放った。
みちよ、と呼ばれた少女は大きな眼をさらに大きく瞠った。
「 へええ? だって・・・ 森山サンでしょう? 」
「 そ。 さすがにね、サポ−ト・テクは抜群よ。 でもね・・・ 」
「 でも・・・? あのヒトだったら安心して踊れるんじゃない?
森山サンだったらゲネだけでも大丈夫かもね〜なんて言う先輩もいるわよ。 」
「 うん・・・ わたしもそう思ってたけど。
なに考えているのかさっぱりわからないし・・・。 わたしが下手だから・・・ 」
「 え〜 そんなことないよぉ。 フランソワ−ズ、だってマダムの推薦でのゲスト出演でしょう? 」
「 そうなんだけど・・・ 」
ふう・・・ っとフランソワ−ズはまたまた大きく溜息をついた。
汗びっしょりの稽古着を剥がすように脱ぐ。
・・・もう、今日はシャワ−浴びて・・・まっすぐ帰ろう・・・
自習をして行くつもりだったがとてもそんな気持ちにはなれない。
肌に張り付くタイツも鬱陶しかった。
「 あ〜あ・・・ やれやれ。 やっとなんとか・・・ 」
「 あ〜 えり先生、お疲れ様です〜 」
陽気な声を上げて、またひとり更衣室に飛び込んできた。
フランソワ−ズたちよりも少し年上のその女性は口調とは裏腹に元気な様子である。
「 お疲れ様・・・ あら、みちよちゃんたち、まだいたの。 」
「 もう帰りますよ〜 えり先生は? 」
「 うん・・・ ジュニアクラスのね、発表会の打ち合わせ。
また大騒ぎの日々だわ・・・。 あら、フランソワ−ズ、そっちも終わったの?」
「 はい・・・ 」
「 あ、そうだ。 ねえ、えり先生なら知ってるかも? 」
着替え終わっていた少女は目をくりくりとさせ、手を叩いた。
「 ・・・なにを? 」
「 森山サンのこと。 えり先生、前に組んだことありますよねえ? 森山サンと。 」
「 公一さんね。 うん、何回か・・・。 ドン・キとかパキ−タとか。 どうして? 」
みちよはつんつんとフランソワ−ズをつついた。
「 ・・・ あのゥ・・・ ずっとああいうカンジなんですか? あの方・・・・ 」
タオルを握り締め、おずおずと聞いてきたフランソワ−ズにえり先生は驚いた風に
向き直った。
この亜麻色の髪の娘はいつも稽古場ではにこにこと元気なので、
彼女の沈んだ様子は初めて見る思いだった。
「 ああいう・・・? 彼は厳しいけど優しいヒトよ。 テクは抜群だしね。
どうしたの、何か言われたの。 フランソワ−ズならきっと上手くやるわ、って
マダムもおっしゃっていたわよ。 」
「 ・・・ わたし。 嫌われたみたいなんです・・・ 」
「 嫌うって ・・・ 白鳥サンとこの公演でしょう? 『 赤い靴 』 だっけ?
仕事にそんな私情を持ち込むヒトじゃないはずよ。 」
このバレエ団の先輩が主宰する稽古場の公演に <特別出演>として
フランソワ−ズは森山氏とパ・ド・ドゥを踊ることになっているのだ。
「 ええ・・・ でも ・・・ 」
「 ・・・ああ、そうか。 もしかして ・・・ 」
相変わらず浮かない顔のフランソワ−ズを眺めていたえり先生は
突然、大きく頷いた。
「 ・・・ なにか ・・・ ? 」
「 うん、なんとなく見当がついたわ。 ・・・ねえ、時間ある?
ちょっとお茶してかない。 」
「 はい。 」
「 アタシ・・・じゃ、先に帰るね? 」
みちよが脇から遠慮がちに口を挟んだ。
「 あら、みちよちゃんも来ない? あなたにも聞いておいてほしいわ。 」
「 いいですか。 じゃあ ・・・ えへへ・・・美味しいケ−キのお店、見つけたんです〜 」
「 へえ? 嬉しいわ〜 お腹ぺこぺこなのよ〜
さ、フランソワ−ズ? そんな・・・裸ん坊で突っ立ってないで。
さっさとシャワ−浴びてみちよちゃんのご推薦のケ−キを食べにゆきましょ。 」
「 はあい。 」
どんなに疲れていても。落ち込んでいても。
<ケ−キ>は 女性達にとって魔法の呪文。 元気の源になるらしかった。
三人はあっという間に支度を終えると、仲良く肩を並べて稽古場を出た。
「 ・・・それでね ・・・ あら。 フランソワ−ズ・・・ そんなに食べて大丈夫? 」
「 平気です! 今日は ・・・ なんだか滅茶苦茶にケ−キ食べたい気分! 」
フランソワ−ズのお皿では二個目のケ−キがすでに半分以下になっていた。
普段から小食な彼女には珍しい眺めだ。
話に夢中になり、自分の分にはまだほとんど手を付けていなかったえり先生は
くすくすと笑いだした。
「 ふふふ・・・ あなたでも・・・ やけ食いってするの。 」
「 え・・・ あ。 そう・・・かも。 」
「 ここのは美味しいもの。 あ〜・・・ 幸せ♪ 」
みちよも同じく二個目にとりかかっている。
「 まあ、みちよちゃんも・・・ ま、たまにはいいわよね。 」
「 たまに、じゃないですけどネ、私の場合。 」
みちよの幸せそうな笑顔に あとの二人も思わずひきこまれ笑いあった。
「 そうそう・・・ 続きね。 だからね・・・ それ以来、仕事はきちんとこなすけれど
それ以上はノ−タッチ、っていうカンジになったらしいわ。 」
「 ・・・ そうなんですか・・・ 」
「 う〜ん・・・ 私は以前の彼しか知らないけれど。
ともかく 特に貴女がキライとかいうんじゃないと思うわ。 」
「 ・・・・・ 」
フランソワ−ズは最後の一欠を口に押し込んだ。
・・・ 美味しいはずのケ−キは妙ににがっぽく咽喉をごちごちと通過していった。
「 ただいま帰りました・・・ ああ、遅くなっちゃった・・・ 」
「 お帰り〜。 そんなことないよ? 友達とかとゆっくりしておいでよ。」
「 ありがと、ジョ−。 はい、おみやげ。 」
お茶の時間ぎりぎりに帰ってきたフランソワ−ズを ジョ−がにこにこ顔で迎えた。
「 わぉ♪ ケ−キだね〜 じゃあ、お茶を淹れるよ。 」
「 あ、いいわ。 わたしがやるから・・・ 博士をお呼びしてくれる、ジョ−。 」
「 うん、いいよ。 あ、ぼく、ミルク・ティ−がいいな。 」
「 はいはい。 ふふふ・・・ ジョ−のはミルクの紅茶割り、でしょ。 」
「 そうかも。 あ、砂糖も、ね。 」
「 了解〜♪・・・ たっぷり、でしょ。 」
後姿にまで笑顔がみえるみたいに、ジョ−ははずんだ足取りで博士の書斎に向かった。
− ふふふ・・・。 本当に子供みたい。
自然に浮かんでくる笑みはフランソワ−ズのちょっぴり曇っていた気分をさっぱりと晴らしたようだ。
・・・ やっぱり、ウチはいいな。
いつの間にか当たり前に側にいてくれるジョ−に彼女はほっとする思いだった。
「 ほう・・・ これは美味しいな。 抹茶の味が効いている。 」
「 まあ、お気に召しまして? お友達のご推薦なんです。 」
「 うん・・・ 甘過ぎず、それでいて・・・これはリキュ−ルかの。 」
「 いい香りですよね。 ジョ−、あなたのはいかが。 」
「 ・・・ うん。 凄いよ! うん・・・ 」
ジョ−はひたすら目の前のチョコレ−ト・ケ−キに集中していて
感想を述べる余裕もないようだ。
「 ははは・・・ 言う必要もない、ということか。 」
「 そうですね〜 ジョ−ってこんなに甘党だったのね。 」
「 砂糖はな、心身ともに疲労回復に役立つんじゃ。 ・・・お前の顔色も良くなったよ。 」
「 え・・・ あら、そうですか。 」
「 なにやら・・・ 冴えない表情をしてお
「 ・・・ええ、 ちょっと・・・ 疲れてました。 」
博士のジョ−とはまたちがった愛情のこもった眼差しがとても暖かい・・・。
滲んできた涙をかくしたくて、フランソワ−ズはティ−カップに俯いた。
「 ・・・ わっ! 」
ジョ−が妙な声を上げ、ガチャンとティ−カップをテ−ブルにもどした。
「 なに・・・ どうしたの? 」
熱すぎたかしら・・・ いえ、そんなはずは・・・
ハデに咳き込んでジョ−は手近にあった台布巾に顔を埋めてしまった。
「 ちょっと・・・ ジョ−、それ・・・ 台布巾よ? 」
「 ごめ・・・ あの・・・さ ・・・これ・・・ しょっぱい・・・んだけど・・・ 」
「 ・・・えっ?! 」
むせながらジョ−はミルク・ティ−のカップを指差した。
さっき・・・キッチンで。
・・・淹れたての紅茶にミルクパンから熱々のミルクを注いだ。
それで・・・ グラニュ−糖よりもまったりするから、と
調理台の上の調味料入れから ・・・・ ひとさじ・ふたさじ。
− わたし。 ぼんやりしてたから・・・ !
白いものを混ぜたのは覚えているが<sugar>の方だったかどうかは・・・
「 ごめんなさい〜! ジョ−・・・ わたし、ぼ〜っとしてて・・・
大丈夫 ・・・? 」
「 う・・・ うん ・・・ ちょっとってか・・・激しくびっくりしただけ・・・
命に別状はない・・・と 思う・・・ 」
まだげほげほと咳き込んでいるジョ−に 博士はぷっと吹き出してしまった。
「 はっはっは・・・ そうじゃの、塩いりミルク・ティ−で死んだモノはおらんわい。
ふふふ・・・少しは気が引き締まったかの、ジョ−? 」
服にこぼしたお茶をとんとんと拭いてもらっていたジョ−は ちょっと赤くなった。
「 あ・・えへへへ・・・。 あの・・・フランソワ−ズゥ・・・ あとは僕、自分で・・・ 」
「 あら、急がないとシミになっちゃうわ。 本当にごめんなさいね。 」
「 ・・・ねえ? どうかしたの。 なにか・・・ 気になるコトでもある? 」
「 ・・・え ・・・ 」
真顔でジョ−にも尋ねられ、フランソワ−ズは思わず布巾を取り落とした。
「 気になるっていうか・・・ どうしたらいいかわからなくて。 」
ちょっと微笑もうと思ったのに涙が一粒、ぽろんと落ちてしまった。
「 ・・・ なにが ・・・ どうしたの。 」
「 よければ話してごらん。 口に出すだけでも・・・幾分かは楽になることもあるでの。 」
「 ・・・ あ・・・ あらら・・・ えへへ・・・わたしって・・・ ヘン? 」
ぽろぽろぽろぽろ、自分の意志に反して零れ散る雫にフランソワ−ズ自身が一番驚いている。
ひろい上げた布巾は たちまち涙でびしょびしょになってしまった。
「 あ〜あ・・・ あ、それって・・・布巾・・・ 」
今度はジョ−がびっくり顔である。
「 ・・・ほう。 それでそれ以来その・・・ミスタ−・憂鬱は気難しいヤツになったというわけか。 」
「 はい。 その元のパ−トナ−だった加奈理恵子というヒトとはとても良いカップル
だったのですって。 踊りも・・・ 私生活も。 」
「 ふうん・・・。 でもソレは彼らの問題で・・・きみは何にも関係ないだろ。 」
「 それが・・・ 今度わたし達が踊る作品はね、一種の創作で・・・ 『 赤い靴 』という映画の中で
踊られていたパ・ド・ドゥなのよ。 」
「 『 赤い靴 』? ・・・ふむ・・・それは・・・古いイギリス映画じゃあないかの。
アンデルセンの童話を下敷きにした・・・? 」
博士が意外そうな顔をしてパイプを口から放した。
「 ええ、そうです、ご存知ですか。 魔法の赤い靴を履いたために永遠に踊り続ける
ことになった少女の物語です。 」
「 へえ・・・ なんだかコワイ童話だね。 」
「 そうね・・・。 童話も映画も・・・ 最後に少女は死ぬことによってやっと赤い靴を
脱ぐことができるの。 つまり、踊りから解放されるのね。 」
「 う〜〜む。 そりゃ・・・その憂鬱氏の傷口に塩をすり込むようなものじゃな。 」
「 だから・・・ その先輩も森山サンはフランソワ−ズを嫌ってるわけじゃないわよ、って
言ってくれたのですけど・・・ 」
「 そうだよ! きみを・・・ う、いや ・・・ あ、あの・・・きみの踊りをキライなヤツなんか
いるわけないよ! 自信を持って踊ってごらんよ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
「 そうじゃよ、フランソワ−ズ。 笑ってごらん。 お前の微笑みは皆を幸せにするよ。 」
「 うんうん・・・。 それで、この美味しいケ−キを食べて元気をつけようよ。 」
「 博士も・・・ ええ、ええ。そうですね。 ふふふ・・・頂きます。 」
そうね。 わたしには ・・・ こんなに素敵な家族の応援があるんですもの。
ベストを尽くすわ・・・!
目じりに涙を残しながらも、笑顔を取り戻したフランソワ−ズは・・・
この日、3個目のケ−キを制覇しにかかった!
・・・あと・・・ 16小節・・・
最後のピルエットから・・・ リフトが綺麗に決まれば・・・
フランソワ−ズは祈るような気持ちでステップを踏んでゆく。
森山氏の正確なサポ−トは彼女を的確にとらえ、まさに絶妙のタイミングで
高々と持ち上げてくれた。
音はアンダンテにはいり・・・ ゆっくりと彼女は降ろされ
二人のダンサ−は手を離し・・・ 上手と下手に分かれてゆく。
はあ・・・ 荒い息使いに、今日は安堵の雰囲気がまじる。
「 ・・・・ あの。 森山さん・・・ 」
「 このタイミングを忘れないように。 じゃ、今日はこれで。 」
「 あの・・・あの。 今日はどうでしたか。 この前、言われたこと・・・
よく考えてみて・・・ あの、わたし。 」
だまって背を向けた森山に フランソワ−ズは懸命に話しかけた。
・・・ わたしの方から歩みよれば。
今日は朝からそう決心し、ずっと笑みも絶やさずがんばったのだが。
スタジオのドアの手前で森山はゆっくりと振り返った。
「 きみは 特に抜擢されたのだろう?
だったらそれだけの踊りを見せてくれ。 それで十分さ。 」
「 ・・・ あの ・・・ 」
「 まだ、なにか。 」
「 あのゥ・・・ 帰りにお茶でも ・・・・その・・・ 」
「 そういう誘いをするのは ・・・ フランスの習慣かい。
僕は踊りのパ−トナ−として契約しただけだ。 プライベ−トまで面倒はみられない。
失敬。 」
特に乱暴でもなく。 ごく自然に。 だから余計に素っ気なく。
森山氏は表情ひとつ変えずに スタジオを出ていった。
「 ・・・あ ・・・ 」
・・・ やっぱり。 わたし、嫌われているんだわ。
こんな時はどうしたらいいのだろう。
フランソワ−ズは 何もない<重さ>を持て余していた。
涙の一粒も浮かんでこないのがなおさら辛かった。
もう明日は いよいよ本番である。
− 本当に。 どうしたら・・・いいの。
見つめた鏡の中には 途方にくれた女の子が一人ぼうっと突っ立っていた。
「 ・・・ ただいま ・・・ 」
ちいさく独り言みたいに呟いて、フランソワ−ズはどさりと荷物をリビングのソファに放った。
もう・・・みんな自室に引き上げている時間である。
フランソワ−ズは 今日何度目、いや何十回目かわからない溜息をついた。
・・・ともかく。 明日はベストを尽くすしか・・・ないわね。
もう、バスル−ムに直行して早めに寝てしまおう、と彼女は重い頭を振った。
「 ・・・ おかえり、フランソワ−ズ ・・・ 」
「 ジョ− ・・・? 」
かたん、と小さな音と一緒にリビングのドアが開き、ジョ−が顔を覗かせた。
「 ごめんなさい・・・ 起こしてしまった? 」
「 ううん・・・ まだ起きてた・・・ってか、きみを待ってたから。 」
「 え・・・。 」
「 あの、さ。 あの・・・ コレ。 」
ジョ−はぼんやりと突っ立っているフランソワ−ズに近づくと
ちょっと笑って ・・・ おずおずと小さな包みを差し出した。
「 ・・・え・・・ なあに。 」
「 うん・・・ あの・・・ 」
薄物の布がリボンで結ばれ、その先が花びらのように開いている。
ピンクと萌黄色がまじった春らしい布の花である。
「 ・・・あの。 これ。 きみ・・・ 好きだよね、これ・・・・ 」
「 ・・・え ・・・? ・・・開けていい。 」
「 うん! 」
彼女の白い指先が布の花を開けてゆく。
春の花に戯れる白い蝶みたいだな・・・
ジョ−は目を細めうっとりと見つめている。
「 ・・・あら。 わあ・・・嬉しい! 大好きよ。 」
春色の薄物の中からチョコレ−ト・マシュマロが可愛い顔を覗かせた。
「 ・・・ よかった〜! 」
マシュマロをひとつ、摘み上げフランソワ−ズはふと思い出した。
・・・そうよ、今日は3月14日。
街でも駅前でも・・・ なんだかケ−キ屋さんの出店が沢山あったわ。
「 ありがとう、ジョ−♪ あ・・・ もしかして ホワイト・デ−??? 」
「 ・・・ うん ・・・ 」
ジョ−ったら・・・。
真っ赤になって俯いて。
でも なんだか嬉しそうなジョ−がたまらなく愛しくて。
フランソワ−ズは ぱくんと一つ、マシュマロを口に含んだ。
ぽろり、とマシュマロみたいな涙が零れた。
「 ・・・ ありがと・・・ ジョ− ・・・ 」
「 ・・・あ、やだ、どうしたの。 泣かないでくれよ・・・ 」
「 ・・・ごめ・・・・ だってコレ・・・美味しい・・・ 」
「 美味しいって・・・泣くの。 ヘンな・・・フランソワ−ズ・・・・ 」
「 ・・・ だって・・・ 」
ジョ−はそっとフランソワ−ズの肩を抱き寄せた。
・・・ あったかい。 ジョ−の胸は ・・・いつも温かいわ・・・
「 ね? ぼくも出来るだけ協力するから。
明日・・・ きみはきみの踊りを精一杯頑張りなよ。 」
「 うん。 ジョ−に言われると ・・・ なんだか・・・なんとかなるって気がしてきたわ。 」
「 ・・・ 今はキスだけで・・・ガマンしとくから、さ。 」
「 ・・・ ま。 ・・・ お行儀がいいこと、ジョ−さん。 」
「 ・・・・・・・ 」
常夜灯だけのほの暗いリビングで。
恋人たちは 明日の成功を祈り熱い口付けを交わしていた。
「 ・・・ よかった・・・ 」
「 ・・・ え ・・・? 」
耳元に独り言のようなジョ−の呟きを聞き、フランソワ−ズは浅いまどろみから
引き戻された。
「 ・・・ なあに ・・・ 」
ゆっくりと身体の向きを変え、恋人の胸に顔を押し当てる。
彼の広い胸はいつも通りに暖かくすべすべと気持ちがいい。
ジョ−の腕が伸びてきて、くしゃりと彼女の髪を愛撫する。
「 ・・・ どこにも・・・怪我はないね。 あんな至近距離で爆発したから心配したけど。 」
「 あなたが ・・・ 庇って抱いてくれたもの。 なんともないわ。 」
「 ・・・ うん ・・・ でも確かめるまでちょっと気になってた。 」
「 ・・・・・・ 」
白い腕がするり、とジョ−の首に絡みついた。
「 ・・・ ありがとう・・・ ジョ− ・・・ 」
「 とんだ舞台になってしまったね。 せっかくの主役だったのに・・・。
あれは・・・ 森山の計画だったんだ。 一種の・・・無理心中かな。 」
「 どうして・・・ 知っているの。 」
「 うん ・・・ どうも気になってさ。 今朝舞台の前にちょっと・・・
例の加奈理恵子サンの事故について調べてきたんだ。 加害者とかね。 」
「 ・・・まあ。 あの・・・ 今は彼女と結婚したっていう? 」
「 ああ。 はっきりは判らなかったけど・・・どうも胡散臭いんだよね、
その青年社長とやらが・・・ 」
「 胡散臭い? 」
「 故意に理恵子嬢を狙った・・・フシもあるんだ。
それで脚を治すというコトをエサに彼女を<釣った>ようだよ。」
「 ・・・ まさか ・・・ NBG・・・ ? 」
「 そこまでは判らなかった。 でも・・・森山氏は真相を知っていたんじゃないかな。 」
「 ・・・ それで ・・・ アレは・・・逃れるための最終手段だったの? 」
「 うん・・・ 逃れるというか・・・ 利用され
「 それであの靴を理恵子さんに贈ったのね。」
「 ああ。 彼女があれを履くかどうかは、賭けだったろうけれど。 」
「 ・・・・・・・ 」
「 どうした・・・? 」
言葉を途切らせたフランソワ−ズの頬にジョ−は指を滑らせる。
ひんやりしていた白磁の肌が再びゆるやかに潤びてくる・・・・
「 あの、ね。 そう ・・・ 初めはそうだったかもしれないけど。
でも・・・ 理恵子さんもやっぱり森山サンが好きで・・・ だからあんな・・・。
他に・・・どうしようもなかったんだ、と思うわ。 だから・・・ 」
「 じゃあ・・・ あの二人は ・・・ ああなるってわかってて・・・ 」
「 ええ。 二人は・・・やっぱり一緒に踊っていたかったのね。 」
「 ・・・・ そうか ・・・ きみがそう思うのなら・・・ そうなんだろう。 」
ジョ−はほっと吐息をつくと、恋人の身体をぐっと引き寄せた。
「 ・・・ぼくには ・・・ きみがいれば ・・・ いい。 」
熱い口付けが瞼に頬に唇に。
頤に首筋に白い胸に。
ジョ−は念入りに 点々と赤い花びらを散らしてゆく・・・
耐え切れずに甘い吐息をこぼし・・・
彼のセピアの髪の感触を楽しみ・・・
それでもフランソワ−ズの耳の奥には 今日流れて来たメッセ−ジが聞こえていた。
そう・・・
舞台で手をとりあったまま・・・・その肉体を四散させていった恋人たち。
彼らはジョ−に抱かれ消え去るフランソワ−ズに語りかけた。
− ・・・ ありがとう ・・・! 彼をあんなに素敵に躍らせたのは アナタが一番だわ・・・
− ありがとう! ・・・久々に燃えたよ。 きみは素晴らしいダンサ−だ。
どうして。
どうしてあんなことになってしまったのだろう。
みんな 愛していたのに。
彼を 彼女を ・・・ そして 踊りを。
みんな 踊りたかったのに。
死ぬまで いや、 肉体が朽ち果ててもその魂は・・・
「 ・・・ やっぱり、ベストのパ−トナ−は ・・・ あの二人だったのよ。
深く愛し合っていたから・・・ そう思うわ。 」
「 ・・・ きみは ぼくの最高のパ−トナ−さ・・・ 」
ジョ−・・・ わたしにはあなたがいてくれて本当に よかった・・・
フランソワ−ズの呟きは宙に消え・・・
やがて彼女はジョ−と共に二人だけの昂みへと駆け上っていった。
・・・ そう、愛のパ・ド・ドゥを踊るために。
****** Fin. *****
Last
updated: 03,14,2006.
index
*** ひと言 by ばちるど ***
結局確定的な謎解きはされていないのですよね〜 原作 『 赤い靴 』 編。
ですから余計なチャチャ入れは慎み?まして、フランちゃんの気持ちを
追ってみました。 ゲスト出演を願ったお二方、ありがとうございました〜(#^.^#)
映画 『 赤い靴 』 につきましては拙宅の <あひる・こらむ> 内、
<赤い靴>をご参照くださいませ。