『  プレパラシオン! − フランソワ−ズ嬢の新しい日々 − 』

 

             

 

                                   *** 平ゼロ・フランソワ−ズの <職業復帰談 その一>です。 ***

                                  『 日々是好日 』 の前編としてお読みくださいませ。

   

 

 

 

 − ダメだ・・・・

 

 

そう思った瞬間に 身体が、手足がす・・・っと冷えていった。

動きがますますギクシャクして 音にまるで乗れなくなってしまった。

オ−ディション会場の賑やかな周囲から 自分だけがまったく別の空間に取り残された気分だ。

 

 − わたし、 落ちるわ ・・・!

 

 

「 ・・・ねえ? フランソワ−ズ。 あの、どうしたの・・・? 」

「 ・・・え、あ。 ああ、 ご、ごめんなさい、ジョ−。 」

ジョ−の遠慮がちな声に フランソワ−ズは はっと顔を向けた。

洗い物の手伝いをしているジョ−が隣りで手持ち無沙汰に布巾をひねくっている。

自分はといえば 洗いかけの食器と泡立つスポンジを握り締めたまま固まっていた。

「 あ、ちょっと、ちょっと考えゴトしてて・・・。 はい、次のお皿ね。 」

「 うん・・・。 あの、さ。 なにか ・・・ 悩んでない? このところ。 」

セピア色の瞳にまっすぐ見詰められて フランソワ−ズは難なく陥落してしまった。

「 ・・・あのね。 じつは・・・・ この前。 ほら、これ ・・・・ 」

「 うん・・・・? 」

フランソワ−ズはエプロンのポケットから出した チラシを丁寧に伸ばしてジョ−の前に広げた。

「 ここのバレエ団で 次の公演の公開オ−ディションがあるの。 コ−ルド(群舞)なんだけど、

 受けてみようかな、って・・・。 」

「 いいんじゃない、頑張っておいでよ? やっときみも、 決心したんだね! 」

「 ええ・・・・ 全然レッスンしてないから不安なんだけど。 でも。 

 わたし やっぱりもう一度 踊りたいの。  前とは・・・ 違うんだってわかってるけど、 でも・・・」

「 ちがわないよ。 」

彼女が握り締めているお皿を受け取って、ジョ−はやさしく微笑んだ。

「 ちがわない。 きみがきみでだってことは・・・・ 周りの何が変わろうとも、同じだよ。 」

 − そうだろう ・・・・ ?

「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」

全てをわかって じっと見詰めてくれるその暖かい眼差しにフランソワ−ズは言葉が詰まってしまった。

 

「 僕もさ、今のバイト始めるのに勇気が要ったけど。 やってみて本当によかったって思うし。

 きみも きみのやいたいコト、きみの夢を追いかけようよ? 応援するからさ。 」

「 ありがとう。 とりあえず、このオ−ディションに挑戦してみるわ! 受かるかどうかは・・・二の次。

 ・・・・ふふ・・・ でも、もちろん受かりたいけど。 」

「 ・・・・・ 」

何もいわない、でもじっと見詰めてくれる彼のまなざしがほんわかこころに温かい。

フランソワ−ズはちょっぴり滲んできた涙をそっと指ではらい、しゃんと背筋をのばした。

 

 − もう一度 踊りたい ・・・・ !

 

自分の夢。 期待に満ちた将来。 希望いっぱいの明日。

そんな普通の19の女の子誰でもが 持っている宝石を自分は全て失ってしまった。

心ならずも奪われてしまった。

でも、もし。

今ふたたび、ほんの僅かでもそれらに手を伸ばせるのなら。

その可能性があるのなら。

・・・ わたし。 やるわ、やてみるわ!

 

やっと取り戻した平穏な日々に仲間達はつぎつぎと自分の世界を求めて出発していった。

故国へ戻る者も この地に留まる者もみな新しい日々に向き合っているのだ。

いつの間にか いちばん大切な存在となったジョ−も 確実に自分の世界を築きはじめている。

もともと興味があった、という車両関係の研究所へ勉強も兼ねてジョ−はアルバイトに通い出した。

なかなか評判もいいようだぞ、と紹介したコズミ博士は目を細めている。

 

「 勉強と仕事を兼ねるって 大変じゃない? 忙しいでしょう? 」

「 ただ漠然と好きだっていうだけじゃ、単なる趣味だと思うんだ。 

 だから、この際きちんと根本から勉強してみようかなって。 」

それにさ。

この身体の<特権>ってのも、たまには生かしてみたいしね、と彼はちょっぴり複雑な笑みを浮かべた。

そんな笑顔に フランソワ−ズは、今まで気付かなかった彼の一面を垣間見た思いがした。

 

− わたしも。

 

すう・・・・っと新しい空気を胸いっぱいに吸って。

フランソワ−ズは第一歩を ふみだした。

 

 

 

始めは熱かった汗が 不意に冷たいイヤなモノに変わった。

 − ダメだわ・・・・・!

 

頭の中での感覚と現実の身体の動きが全然ちがってしまって まるで噛み合わない。

小さな取りこぼしが どんどんと重なってゆき音からはずれてしまう。

オ−ディションに申し込んでから それでも自分なりにレッスンは続けてきた。

だから全く以前どおりとは行かなくても、それなりに少しは動けるだろうと思っていたのだれど。

 

オ−ディション開始まえには 自分の容姿にちらちらと纏わり付く羨望の視線を感じていたが

やがて、それはちょっと冷笑を含んだ聞こえない声となっていった。

 ( あら・・・・・。  なあんだ。  あれまあ・・・  ふふふ・・ クスクスクス・・・・ )

 

逃げ出したかった。

結果の発表は待つまでもない、と思った。  火をみるよりも明らかなのだ。

 

 − ・・・ 仕方ないわ。 ずっと、ほんとうにずっと離れていたんだもの・・・。

 

こころのどこかで 今回の役を甘くみていた自分がたまらなく恥ずかしい。

浮き立つ多くの合格者たちから離れて フランソワ−ズはそっと更衣室へむかった。

華やいだ雰囲気のなかで 自然にテンションも上がるのだろう、

漏れ聞こえてくる話し声に更衣室を前にして 彼女の足取りは重く止まってしまった。

 

  あのガイジンさん、さ?

  びっくりしたよ〜 はじめ。 な〜んでこんなトコ、来るのよ?って

  そうそう。 お人形サンみたいだったもんね。

  みかけだけ。 ってか、ほんとのお人形サン。 モデルの方がむいてるのよ、きっと。

 

日本語、わからなかったらいいのに・・・・

能力など使わなくても ぴんぴん響いていくる声に フランソワ−ズは苦笑しそっと唇をかんだ。

 

「 あ・・・ マドモアゼル・アルヌ−ル? ちょっとウチのマダムが・・・・ 」

ためらってうろうろしていると 後ろから不意に名を呼ばれた。

「 はい ・・・? 」

「 あの、日本語おわかりになります? わたし、このバレエ団の者ですが 主宰者が

 貴女にお話したい、と。 お時間、ありますかしら? 」

「 はい。 日本語でどうぞ。 」

 

案内されたシックな私室でそのバレエ団の主宰者だというマダムは 流暢なフランス語で話しかけてくれた。

 

「 お疲れ様、マドモアゼル? 今日はありがとう、残念だったわね。 」

「 いえ・・・・ 全然動けませんでしたから。 実力不足で・・・当然の結果だと思ってます ・・」

「 そう? 本当にそう思っているなら尚、うれしいわ。  あの役は、あなたには向いていないしね。   

 ・・・ブランクが あるのね? 多分、長い。 あなたさえよかったら ウチで稽古してみない・・? 」

「 ・・・・ え?! ・・・・・ 」

突然の事態の展開に 目を見張っているフランソワ−ズにマダムは微笑んでハナシを進める。

 

ご家族で日本に? 

いえ・・・。 両親は・・亡くなって、・・・後見人の方が仕事でこちらに移られたので、一緒に。

ああ、じゃあ問題はないわね。 あなたさえやる気があるなら、明日からココへいらっしゃい。

えり先生、細かいことはお願いね。

 

初老のマダムは先程彼女を案内してくれた女性に 笑顔で振り返った。

 

「 ・・あ、マドモアゼル・・?」

驚きのあまりちょっとぼうっとしたまま部屋を出ようとしていたフランソワ−ズにマダムは少し

躊躇いがちな視線をむけた。

「 あ、あのね、つかぬ事をうかがうけれど。 あなた、お母様、いえ伯母さまとかお祖母様、

 バレエをしてらした? ご存じない? 」

「 ・・? いいえ? 」

「 ああ、そう、いえいいの。 気にしないで。わたしの思い違いだわ。 あんまりよく似ているから・・ 」

 

 

ついさっき歩いて来たところなのに、まるで違った場所に見える。

連れ立って部屋を出てきた女性はまだ、ぴんと来ないかのように少しぼんやりしている

フランソワ−ズの手にかるく触れた。

「 フランソワ−ズって呼んでいい? わたし、ここのミストレス(助教師)もしてます、セガワ・エリです。 」

「 ・・・あ、はい、よろしくお願いします、マダム・セガワ。 」

「 やだ、えりって呼んで? 着替えたら、帰りに受付に寄ってね。 」

「 はい、エリ先生。 」

「 ウチのマダムは、お若いころずっとパリにいたのよ。 だからウチは普通の日本のカンパニ−(バレエ団)

 とは ちょっと違うかも・・・。ああ、あなたには その方がずっといいわよね。 あ、丁度いいわ、めぐみちゃん!

彼女は通りかかった小柄な日本人の少女を呼び止めた。

「 はい? えり先生。 」

「 フランソワ−ズさん。 明日からウチのひとよ。 多分バ−があなたの隣り、いろいろよろしくね?

 朝のクラスは10時から1スタ(スタジオ)。 うふふ、私もよろしくネ、これでも現役なのよ? 」

帰りかけていた少女に彼女を託すと 気さくな笑みを残してミストレスは颯爽と立ち去っていった。

 

 − ・・・ 何がなんだか・・・・ これって・・・現実なの? 夢みたい・・・・ 

 

嬉しいはずなのに あまりの急な事態にフランソワ−ズは、まだしばらくぼんやりと廊下に立ち尽くしていた。

 

 

 

「 これ、すごく美味しいね! 」

「 うんうん・・・ そうじゃなあ。 近頃とみに料理の腕があがったぞ、フランソワ−ズは? 」

「 ・・・・え? ・・・あ、ああ そうですか ? 」

にぎりしめたスプ−ンを ぼんやり宙に浮かせていたフランソワ−ズは はっと我にかえった。

 

 − いっけない・・・! ふたりに気を使わせちゃった・・・

「 あの、ね。 報告します。 だめだったの、 落ちました。 」

「 ・・・・ そうなんだ・・・・ 残念だったね。 」

ことさら、明るく言った彼女にジョ−はいつもと変わらぬ穏やかな調子で応えた。

「 しょうがないの、実力不足でした。 わたし、ちょっと思い上がってたみたい・・・。 」

「 また、別の機会もあるだろうて・・・。 気にせんことだよ、フランソワ−ズ。 」

「 はい、また、挑戦します! それで・・・あの、レッスンに来ないかって誘われて・・・。

 いいかしら、レッスンに通っても? 毎日なんだけど、朝だけだから。 」

「 よかったね! それなら 朝は僕が送ってゆくよ。 同じ方向だもの。 」

「 ・・・・ がんばりなさい、フランソワ−ズ。 」

「 ・・・・ はいっ 」

 

ぎこちなかった食卓の雰囲気が、ぱっと明るくなった。

フランソワ−ズは 自分でもやっと口に運んでいるモノの味がわかってきた。

 

 − あら・・・ちょっと塩加減が足りなかったかな・・・

 

「 ごめんなさい、今夜のポトフ、ちょっと味が足りないわね? 」

「 え、そうかな? 僕はすごく美味しいと思うけど? ねえ、博士。 」

「 ああ、これで十分じゃよ、フランソワ−ズ。 素材の味が生かされていて、美味いぞ 」

「 ありがと! うふふふ・・・でもね〜 ジョ−ってばいつでも何でもキレイに食べてくれて

 とっても嬉しいんだけど。 本当に美味しい? あなたの口に合う味かしら・・・ 」

「 え〜、ほんとに美味しいよお! 僕はいま、毎晩のオカズが楽しみでさ。 」

「 やあだ、コドモみたいよ、ジョ−。 でも、嬉しいわ! ねえ、和食も 味、ヘンじゃない? 

 日本の献立って結構甘いモノが多いのね。

 オムレツにお砂糖入れてって言われたのにはびっくりしたもの。 」

「 そうかな〜  あ〜アレはオムレツじゃなくて、<玉子焼き>だよ。 日本でもオムレツは

 甘くはしないよ、普通。 」

「 ふふふ・・・ ジョ−はまだコドモの味覚、なのかも知れんぞ? ほれ、ナントカ言ったな・・

 そうそう・・・<お子様ランチ>じゃ。 」

「 あ、博士まで。 ヒドイなあ・・・ 」

 

みんなで明るく食卓を囲んで。

フランソワ−ズはそんな平凡な時が かけがえの無い宝物に思えていた。

 

「 ポトフで思い出したんだけど。 今度リクエストしてもいいかな?晩御飯。 」

「 ええ、勿論よ。 なにがいいの、わたしに作れるかしら? 」

「 うん、きっと大丈夫さ。 あの、肉じゃが が食べたい!」

「 ・・・・ にく ・・・ JA-GA ・・・・? 」

 

怪訝そうに発音するフランソワ−ズに ジョ−は得々として説明をする。

 

中味はだいたいポトフと同じなんだ。 

味・・・? う〜んとね、ダシと醤油味とあとね、甘いんだ少し。

え〜と、何て言ったかな、あの調味料・・? 甘くてちょっととろり ・・・ う〜ん? ・・・ 

とにかく ポテトがほくほくで肉に味が滲みててさ、翌日もすごく美味しいんだ。

 

ふうん・・・と相槌をうって。

フランソワ−ズは ちょっとぼんやりと熱弁?をふるうジョ−を見詰めていた。

珍しいわね、ジョ−がこんなに熱心に話すなんて。 なにか楽しい思い出でもあるのかな・・?

甘い、ねえ・・・。 デザ−ト以外にも随分甘味をいれるのね、日本食って。

とろりって・・・ああ、わかったわ、でも。 フツウのお料理に、ねえ・・・?

リクエストしてくれるなんて 嬉しいな。 今度、お休みの日にがんばってみようっと・・・。

 

何気無い会話がこころに沁みる。

ここが、自分の家。 

帰ってくるところ、自分の居場所なのだ、とフランソワ−ズはほっとする思いだった。

 

 

翌日。

さすがのフランソワ−ズも顔がこわばるほど緊張してレッスンに臨んだ。

しかし、バ−に着きピアノが鳴り出せば それは長年親しんだ懐かしい世界、

彼女はすぐに 頬を紅潮させやわらかな微笑みがそれを彩った。

 

 − ああ・・・! 気持ちいい・・・・ なつかしい、 この感覚・・・!

 

バ−・レッスンがおわり、センタ−でのアダ−ジオを一回終えたとき、不意にマダムが彼女をみつめた。

「 フランソワ−ズ! あなた、言葉がわからない? 」

「 い、いいえ、マダム。 わかります。 」

それまで マダムから直接声をかけられはしなかったから、フランソワ−ズは驚いてしまった。

「 そう! なら、そんなラスト・グル−プの後ろでもぞもぞやらないで頂戴。 ここへ、前へいらっしゃい。

 ウチは、 自信の無いヒトは要りません! 」

「 ・・・・ はいっ ・・・・ 」

きゅっ・・・と唇を噛んで。 フランソワ−ズは踏み出した、 一歩前へ!

 

 

しばらくの間、毎日フランソワ−ズは<ぼろぼろ>で帰宅した。

午前中のレッスンが終わってからも 熱心に自習を続け、結局帰って来るのは夕方になる。

「 さ、フランソワ−ズ、こんな所で転寝せずに ベッドではやく お休み・・・。 」

夕食後 リビングのソファで沈没している彼女の肩を博士がそっと揺する。

「 ・・・・あ、はい。 イワンは・・まあ、とっくにオネムね。・・・あら、ジョ−は・・まだ? 」

「 残業とか言っておったから。 先に休んでかまわんよ、明日も早いんだろう? 」

「 はい・・・。 じゃあ、お先に・・・  お休みなさい、博士 」

「 ああ、お休み、フランソワ−ズ。 」

 

 − こんな、いい表情をする娘(こ)だったんだなあ・・・。 

 

眠そうな顔に、でも極上の笑みをうかべ自室へ向う彼女を博士は 暖かい思いで見送った。

疲れた足取りも それでもどこか楽しげに響いていた。

 

 

 

「 これは悔し泣きなんですからね・・・!」

レッスンが終わり 更衣室に駆け込むなり、そう言ってフランソワ−ズはタオルに顔を埋め、

声を揚げて泣き出した。

そんな彼女を 先輩達はみな微笑んで見守り、 同世代の者達は嫉妬と同情半々の視線を送る。

 

 − いいんだって・・・、放って置いて・・。 気が済むまで泣いた方がいいのよ。

    みんな、経験あり、でしょう? ふふふ・・ それで泣き止んだら、ネ・・・

 

心配そうに黙ってついているめぐみに えり先生がそっと耳打ちをする。

 

「 おつかれ〜 お先にね〜  」

「 お疲れ様でした〜 」

閑散としてきた更衣室で、 どうにか涙がおさまったらしいフランソワ−ズにめぐみがささやいた。

「 ・・・気がすんだ? うふふ・・お迎えだって。 すてきなカレシ♪ 」

 

 

「 ・・・・?・・・・・ 」

大慌てでカンパニ−の門を出て きょろきょろするフランソワ−ズにジョ−は車の窓を開け、手を振った。

「 お疲れサン! 僕も 今日はもう上がりだから、迎えに来たよ。 」

「 ・・・・ ありがとう・・・・! 」

息をはずませて助手席におさまると彼女は、はあ・・・っと大きく息をついた。

「 だいぶ、ハ−ドなレッスンなんだね? 博士が言ってたよ、しごかれてるらしいゾってね。 」

「 ・・・うん、もう大変。 でもね、また、毎日踊れるなんて夢みたいよ! 」

楽しそうに話す彼女の様子を、ジョ−も嬉しそうにちらちらとながめている。

「 あれ・・・、目、はれぼったいよ? ・・・・泣いたの・・? 」

「 うん・・・あのね、ジョ−、今日ね・・・・  」

堰を切ったように始まった彼女の話を、ジョ−は黙って聞いていたが、やがて静かに口をはさんだ。

 

「 それで。 きみは何が悲しくて泣いたわけ? そんなに目が腫れるほどさ。 」

「 え・・悲しいって言うか、悔しかったの。 何がって・・・う〜ん、・・・上手くできない自分に、

 どうしようもない歯がゆさに、かしら? 」

思いがけないジョ−の問いに 彼女は首をかしげて答えた。

「 それなら、解決するのもきみ自身ってコトだろ? 」

「 そうか・・・・そうよね、そうなんだわ! えへへ・・泣いたりして、子供みたいね、わたし。

 うふ・・・わたしも博士曰くの<お子様ランチ>ねえ・・・」

「 あは・・・・。 一緒、だね? 」

屈託なく笑うジョ−の肩に頭を寄せて、フランソワ−ズも声をあげてわらった。

 − あ・・・・。 

なにか妙に気恥ずかしく、フランソワ−ズはあわてて身体を離した。

 

「 ねえ、あなたはどうなの、ジョ−。 バイト兼勉強なんて、大変じゃないの? 」

どぎまぎした気分を消そうと フランソワ−ズは何気無い調子で問いかけてみた。

「 きみとおんなじ! 大変だけど。 楽しいんだ、面白いんだ!

 自分でもね、こんなに熱中できるものがあった、なんてちょっと驚いているけどね。 」

ちょっと照れた笑いが ジョ−の頬に浮かぶ。

 

 − まだ、やっと山のふもとに立ったってカンジなんだけど。

 

ジョ−は じっと前を見詰めたまま、しっかりとした口調で言った。

 

「 できるところまで、出来る限り、この<山>に登ってみよう、って思う。

 それが 僕が僕自身であるっていう証(あかし)、なのかもしれない・・・・ 」

 

不意に 見慣れた彼の横顔がいつもよりずっと頼もしいものに見えた。

いつも側にいてくれる少年ではなく 確固たるひとりの男性を、フランソワ−ズは感じていた。

 

「 そう・・・。 凄いじゃない? ジョ−こそ、がんばってよ。 」

「 僕も、 きみがまた自分の夢を追っていく姿を見れるのって、嬉しいな。

 ・・・長い回り道だったかもしれないけど、きみにとっては。 」

 

すこし 言葉をきってから、思い切った様子でジョ−は口をひらいた。

 

 − 今は。 そんなきみに出会えためぐり合わせに 僕は感謝してるよ。

 

もうそれ以上、言葉を尽す必要はなかった。

いちいち口に出さなくても 十分に分かり合える蓄積が二人の間には あった。

 

「 わたしね。 やっと・・・帰ってこれたって思うの。 わたしが わたしでいられる日々に、ね・・・。 」

ぽつん、とひとり言のように呟いたフランソワ−ズの肩に ジョ−はそっと腕をまわした。

 

 

「 ・・・えっと、あのね・・。あの、お料理をつくってみるわね、

 え〜と・・・『 にく ・・・ JA-GA  』 ・・・? ジョ−、あなたの大好物なんでしょう? 」

「 わあ、嬉しいなあ。 外で食べることもあるけど、家の晩御飯で肉じゃがって、さ。

 なんとなく ・・・・ 憧れてたんだ。 あ、でも疲れてるんだろ、無理しなくても・・・ 」

「 あ〜ら。 これっくらいでへろへろするわたしじゃ、ありません? ちょうどね、材料も

 買い置きがあるし。 」

 

 − 味って、大丈夫よ♪ あなたが言ってた調味料もわかったから。 甘くてとろり、でしょ?

    期待してて♪

 

一生懸命、気使ってくれている彼の心根が嬉しくて。 フランソワ−ズは大いに張り切っていた。

 

-と。 ジャガイモ、にんじん、玉葱っと。 お肉は牛肉ね、じゃあ、ニンニクと黒胡椒。

セロリ、いれたら不味いかしらね? あ、キノコ!マッシュル−ム、じゃなくて・・・う〜んとシメジ?

あとは・・・・  調味料はっと。 う〜ん、赤ワインか白ワイン使いたいな〜 タイム、いれちゃお♪

お酒に出汁、お醤油、でしょう。 そうそう、甘味。 

 

時々首をひねりながらも、フランソワ−ズは初めての料理を楽しんで手際よくととのえてゆく。

 

そして。 その日の晩御飯。

漂ってくる魅惑的な匂いに 腹のムシとともにわくわくして食卓に向ったジョ−の前には。

リクエストどおりの ほかほかの < にく・JA-GA >が現れた。

 

うわ・・・♪  う〜ん・・・いい匂いだなあ〜  

 

色艶よく炊き上がったジャガイモに ジョ−はにこにこ顔で箸をとった。

「 いっただきま〜す ! 」

そんな 彼の口元を、フランソワ−ズもにこにこして、でもちょっぴり心配そうに見詰めている。

 

一口。 大口を開けて ジョ−はほお張った! < にく・JA-GA >を。

 

( 大丈夫かしら。 ジョ−の期待通りの味になったかしら。 味見はしたけど、初めての味だから・・・)

 

ごっくん・・・・。

ようやく飲み込んだジョ−の顔には なんとも言えない表情がはりついている。

 

「 ・・・・ まず ・・・い? ・・・ 」

そ・・・っと聞く心配顔に ジョ−はぶんぶんと首をふった。  ・・・そして遠慮がちに付け加えたのだ。

「 ・・・あの、さあ。 ・・・あ〜 甘味って、きみ、何をいれたの・・・? 」

「 ?  ジョ−が教えてくれた通りよ、 とろっとした甘味って 蜂蜜、でしょ? 」

 

 

  − はちみつ ・・・・ ?! 

 

 

「 あの・・・・ 美味しく、なかった、かしら・・・、やっぱり? 」

「 ・・・・ううん!  ちょっと、予想外で ・・・。 うん、美味しいよ、

 これは、ここの、僕たちの家だけの スペシャル ・ 肉じゃが だよ、ねえ? 」

「 え、そう? なんて言ったかしら、そうゆう味? え〜と・・・ママがバッグで ・・・ 」

「  ? ああ! おふくろの味、だろ? 」

「 そう、それよ! 我が家のオフクロの味。 」

 

 − いいけどね・・・。 きみは 僕のお袋サンじゃないんだけどなあ ・・・・

くすくす笑っているフランソワ−ズを眺めて、ジョ−は黙々と箸を運ぶ。

そんなジョ−を見詰めて、フランソワ−ズも<力作>を味わう。

 − ほんとに。 何でもよく食べるんだから、ジョ−は・・・。 あ、でもこの味でいいのね?!

    ・・・? あれ? <オフクロの味>って。 どうして ママのバッグの味 なのかしら?

 

ちいさなかみ合せの間違いは、いずれ時がゆっくりと解決してくれるだろう。

以後、<いい匂いのする にく・JA-GA>は、もとい、蜂蜜味の肉じゃが は

ギルモア邸での定番・お気に入りメニュ−となった。

 

 

 

みんなで食卓を 囲んで

泣いたり 笑ったり  ときには 怒ったり。

当り前の日々が あたりまえに巡る。

 

そんな 毎日が たまらなくいとおしい。

そんな 日々に エネルギ−をもらって。

 

自分の脚で 歩き始めよう、 出来る限り。

自分の力で 登ってみよう、 行けるところまで。

 

元気にぱくつくジョ−の姿を 眺めて。

フランソワ−ズは、 大きく息をすいこんだ。 

 

  − さあ!   明日への プレパラシオン!

 

 

 

             ******  Fin. ******         Last updated: 11,14,2003.          index

 

             ******  後書き  by  ばちるど  ******

              平ゼロ・フランソワ−ズの職業復帰談、このあとに 『日々是好日』 と あと一編続く予定です。

              ジョ−君は方々でF1レ−サ−になってるのに、フランちゃんは〜?!と常々不満に思ってまして。

              でも、サクセス・スト−リ−じゃないです(意地悪〜(^_^;)) 世の中そんなに甘くない〜?♪

              あ、ジョ−君が言いたかった調味料は <味醂> デス。(勿論、お判りですよね (>_<)