『 海の詩 ( うた ) ― (3) ― 』
がっしゃん。 瀟洒な珊瑚のカップが乱暴にテーブルに着地した。
「 これこれ ・・・ せっかくのお茶が零れるではないか。 」
国王は白い眉を少し顰めた。
「 ・・・ ごめんなさい。 でも ! 」
「 メイ夫人が丁寧に淹れてくれたのじゃぞ。 」
「 ありがとう メイ夫人。 美味しいわ。 」
「 勿体のうございます、陛下、姫様 」
父娘から離れ ドア際で女官長のメイ夫人はふわん〜と揺れてお辞儀をした。
「 ん〜〜〜 美味いな。 海ホウズキの茶は最高だ。 」
「 わたしの大好きよ。 けど お父様! さっきのお話ですけど! 」
「 ああ? なんの話じゃったかなあ? 」
「 お父様〜〜 とぼけないで〜〜 そのためにわたしをお呼びになったのでしょ? 」
大きな碧い瞳が じっと父を見つめている。
「 ・・・ ははは わるかったな。
うん つまり だ。 そなたの婚約者の青年が次の大潮の時にやってくる、ということだ。 」
「 で ですから 〜〜 そんなこと、いつ決まったんですの?
そのう ・・・ こ 婚約者 なんて〜〜 」
「 その青年はなあ〜 南の国にほど近い地の王子でとても優秀なのだそうじゃよ。
銀の髪でなかなかの好青年じゃ。 機械いじりが得意、と聞いたぞ。 」
「 南の国? じゃあ ピュンマ兄さまの近くかしら? 」
「 同じ地域の王国じゃよ。 きっとそなたを援けてこの国を統べてくれるじゃろう。」
「 ! あの! お父様! わたし まだ オッケーなんて言ってませんわ? 」
「 はん? これはそなたが幼い頃に決めた約束じゃ。
婚姻とはそうしたものだ。 兄たちをみていてそなたもわかっておろう? 」
「 で でも! あ ・・・ 亡くなったお母様もご承知でしたの? 」
「 そなたの 母 か ・・・? あ ああ ・・・ あれもそなたのシアワセを
心から望んでおるよ 」
父王は ふ・・・っと遠い目をし、豪華な室内の壁を眺めた。
そこには 金の髪を流した美しい妃の姿絵がある。
姫君も父王の視線を追った。
「 ・・・ お母様 ・・・ わたし 全然覚えていないけど ・・・
本当にキレイな方 ・・・・ 」
「 そなたと同じ金の髪と碧い瞳の大層美しい女性じゃった ・・・
ワシのためにたくさんの子供たちを産んでくれた 」
「 わたし ・・・ 末っ子でつまんない。 お母様に甘えたかったわ 」
「 ・・・・・・ 」
父は 淋しい微笑を浮かべ愛娘の髪を撫でる。
「 お前には ― 一番幸せになってほしい。 」
「 お父様 ・・・ 」
「 じゃから。 次の大潮の晩には美々しゅう装って婚約者殿をお迎えしなさい。 」
「 ! あの ! それは ・・・! 」
「 うん? 」
「 お父様! 」
「 ああ? 」
「 わたし。 わたしの人生はわたし自身で決めますわ。 」
くゆ〜〜〜ん くゆん くゆ〜ん ・・・
目の前には すこし薄い水色の流れが の〜んびり流れている。
「 ・・・ もう〜〜 お父様ってば〜〜〜 」
フランソワーズは膨れっつらのまま 窓から流れを見下ろした
ここは 王宮の奥に一際高くそびえている塔。
その最上階の窓辺に 姫君は座りこみ外を眺めている。
「 もうコドモじゃないんですから。 お仕置きに塔に閉じ込める とか
やめて頂きたいわ。 もう ・・・ ! 」
― そう ・・・ 先刻の < 会見 > で 彼女は温厚で慈愛深い父王を
激怒させてしまったのだった。
件の発言の後 父王はじっと ― 愛娘の碧い瞳を見つめた。
「 そなたは 本気で言っておるのか 」
「 ・・・ え 」
「 今の言葉は そなたの本心か と問うておるのだ。 」
若い頃は獅子王との異名を取った父の眼差しは さすがに今でも鋭く
姫は口ごもってしまった。
「 返事は 」
「 ・・・ あ は はい 本気 ですわ お父様。 」
「 そうか。 それではその言葉をようく考えてみるがいい。 」
「 え? 」
「 メイ夫人? ・・・ 侍従長を呼べ。 」
「 は はい 陛下 ! 」
入口に控えていた女官長は大慌てで部屋を出てゆき すぐに侍従長とともに戻ってきた。
そして ・・・
「 姫様 どうぞ 」
「 え ・・? 」
呆気にとられている姫君の背を押し侍従長は < ここ > まで案内してきた。
「 ちょっと・・・? なんなの? 」
「 お父上さまの仰せです。 こちらでようくお考えください と ・・・ 」
「 え? あ〜〜〜 」
姫君をその部屋に残し彼は出て行き ぴん! とドアに鍵を掛けてしまった。
「 ちょ ちょっと〜〜 ねえ ここを開けてちょうだい! 」
どん どん どん ・・・! ドアはびくともしないし 誰も来ない。
「 もう〜〜〜〜 なんなのよ〜〜〜 」
気を取り直し 彼女はぱっと窓辺に近寄った。
カーテンを絞って外を眺める。
「 ふ〜ん ・・・ これなら なんとか なるわ! よ〜し・・・! 」
フランソワーズは窓わくによじ登るとカーテンに手を掛けた。
「 お兄さま達と探検ごっこしてて教わったのよね〜〜 えいっ! 」
ビリ ビリビリ〜〜〜 彼女はカーテンを引き裂き始めた。
「 ふ〜ん だ。 ちっちゃな子じゃあるまいし ・・・ お仕置きとかやめてよね〜
お父様。 こんな塔 すぐに抜け出しちゃうから〜〜 」
よいしょ・・・っと カーテンの端っこをソファの足に結びつけた。
「 さあ〜〜 降りるわよ〜〜〜 ふふん こうやって脱出するんだぞって
お兄さまたちに教わったも〜ん 」
えいや!っと窓枠に飛び乗ると ― ぷら〜〜ん ・・・ 姫君はカーテンを裂いたヒモを
辿って塔の外側を降り始めた。
「 ・・・ ったく。 なんという娘じゃ ・・・ 」
「 陛下〜〜〜 」
国王は 深々〜〜〜 溜息をついてふかふかの肘掛椅子にどっと座り込んだ。
姫君の < 脱出 > の様子は ほぼ正面にある国王の居間の窓から丸見えなのだ。
「 父上 申し訳ありません 」
白銀の髪をした青年が 頭を下げた。
「 なぜそなたが謝るのかね アルベルトよ。 」
「 いや その・・・ ああいう < お転婆 > は 我々が少年時代に遊び回った
結果 … というか・・・ 」
「 ああ ・・・ そうじゃったなあ〜 姫は幼いころいつもそなた達兄たちの後を
くっついて回っていたなあ 」
「 はあ ・・・・ その結果 姫なのにあんな 」
「 ・・・ ふ まあ よいわ。 大人しく塔に閉じ込められている姫じゃあないからな。 」
「 ちょっと行って意見してきます。 」
「 ああ よいよ、 よいよ。 アレはもう何と言われても自分で決めたことは
やり通すじゃろ。 名うての頑固モノじゃ 」
「 父上そっくりですよ 」
「 ふふん ・・ コイツぅ〜 しかし あの娘が < 上 > に魅かれるのは ・・
止めようがない事実 ・・・ あの娘は 」
「 父上の末の娘、我ら6人兄弟のただ一人の妹にして この王国の継承者です。 」
「 アルベルト ・・・ 」
「 我々兄弟も この城に仕えるモノたち、いえ この王国の民はすべて
そう信じています。 亡き母上の金の髪と碧い瞳を持ったフランソワーズこそが
将来この国を支える と。 」
「 それはとてもうれしいことだ。 しかし 」
「 父上 ― ああ ちょっとあのお転婆の供を呼んでおきましょう。
まあ 無茶はしないと思いますけれど 」
「 うむ ・・・ 頼んだぞ。 」
「 はい 父上。 」
銀髪の青年はお茶を飲み干すと 父王と笑いあって居間を出ていった。
くゆ〜〜〜ん くゆん くゆ〜ん ・・・
金色の髪を流しつつ 姫は進んでゆく。
塔からはとっくに脱出成功し フランソワーズは勢いよく脚の尾鰭を使い進む。
「 姫さまあ〜〜 まだ行くんですかあ〜〜 」
彼女のすぐ脇で 小さな声がちょっと心細そう〜〜にひびく。
「 ええ。 国境まで行くの。 カメキチ、恐いのだったら戻っていいのよ?
ここからなら安心して帰れるでしょう? お母さんが待っているわ。 」
「 ! い いいえ! ボクは! 姫様の護衛ですから!
姫様のいらっしゃるところへはどこまでもお供します! 」
「 そう? でもわたし、 黒い森 まで行くのよ? 」
「 え!? く くろいもり??? あの・・・ 黒い幽霊の住処があるトコですか !」
「 そうよ。 わたし ― 黒い幽霊の魔女 に会いにゆくの。 」
「 ええ〜〜〜?? 姫さま〜〜〜 ホンキですかあ〜〜〜 」
ここにくる途中で 行き先を打ち明けられカメキチは仰天していた。
「 そうよ。 ええ 本気よ。 」
「 や やめた方がいいです〜〜〜 危ないです〜〜〜 」
「 どうして? 」
「 だ だ だって・・・ ヤツらはいろいろ・・・ワルイ魔法を使うって 」
「 悪いかどうか 自分の目で確かめてみないとわからないでしょう? 」
「 で で でも〜〜 姫さまになにかあったら 」
「 わたし 泳ぐの、速いから大丈夫。 それに ― 」
「 それに・・・? 」
姫君は じ〜〜っと行く先を見つめている。
「
わたし ― 黒い魔女 なら いろいろな魔法が使えるって 聞いたわ。
わたしでも 上 で生きてゆけるようにしてくれる かもしれない ・・・ 」
「 う 上 ??? 」
「 あ ・・・ いえ なんでもないわ。 でもね
カメキチ 本当?
黒い魔女は 上 から追われてきたって。 」
「 ウワサです〜 姫さま〜 」
「 じゃあ それも確かめなくちゃ ね。 」
「 ほ 本気 ですか ・・・ 」
「 ええ 本気よ。 わたしは将来はこの王国を統べる身、
国の隅々まで知っておかなくちゃ ダメでしょ 」
「 姫さま〜〜〜 黒い幽霊たちとは係り合いにならないのが一番ですってば ! 」
帰りましょう〜〜 と カメキチは姫の前にでたり後ろで上着の裾をひっぱったりしている。
「 カメキチ。 怖いのなら戻っていいのよ? 」
「 い い いえ!!!! ぼ ぼくが姫様を護りますっ ! 」
「 うふふ ありがと♪ 」
そんなやりとりをしていたのはまだ余裕がある頃のこと。
国境に近くなるに従って 周囲の水の色が変わってきた。
「 ・・・ う ・・・ つ 冷たくなってきた わ 」
「 姫様! 大丈夫ですか? ねえ 戻りましょうよ〜〜 」
「 平気よ わたし。 」
「 ・・・・・ 」
カメキチは黙って彼女の側を泳ぐ。
「 ― ね カメキチ。 お願いがあるの。 」
「 はい? 姫様 」
ぬわ〜〜〜ん ・・・ 突然 ぬめぬめした塊が流れてきた。
「 ひえ〜〜〜〜〜 ひ ひ 姫さまあ〜〜〜 」
カメキチはひし・・・!と 姫君の裾にくっついてしまった。
「 ・・・ 大丈夫 これは・・・ 死んだ海藻の抜け殻よ。 気味がワルイけど・・・ 」
「 海藻 ですか ・・・ 」
「 ね だから カメキチ、あなたはもうお帰りなさい。 」
「 い い いいえ〜〜〜 ぼ ボク〜〜 怖くなんか あ あ ありませ〜〜 」
カメキチの声は もうぶるぶる震えている。
「 ああ そうだわ。 ねえ お願いがあるの。 」
「 は はい?? 」
「 あのね。 アルベルト兄さまに伝えて。 」
「 は はい ・・・ 」
「 フランソワーズは ― 自分の道は自分で切り開きます って。 」
「 は はい ・・・ あの でも でもお〜〜〜 」
「 ほら はやく王宮にもどってね。 あ ・・ この貝殻をお父様に渡して。 」
「 は はい 姫さま ・・・
」
カメキチは受け取った桜貝をしっかりと甲羅のポケットにねじ込んだ。
「 さあ ! お行きなさい! これはね わたしの命令よ。
」
「 はい 姫さま 〜〜 」
小さいカメは くるりと向きを変えると 一目散に今来た道を引き返していった。
フランソワーズも 進みをとめ降り替えると小さな姿を見送った。
ありがと・・・ カメキチ。 あなたになにかあったらお母様が哀しむわ。
数分後、 カメキチは彼女の視界から消えていった。
「 ごめんなさいね ・・・ 」
小さな声でメッセージを送ると 彼女は きゅっと口を結び前をみつめた。
さあ ゆくわよっ ・・・・ !
「 わたし ね。 … 上 に
行ってみたい ! 」
彼女はスピードを上げて再び国境めざして泳ぎだした。
そう ― 国境には 黒い幽霊たちが巣食うおどろおどろしい森がある。
そこにはどこの王国にも属さない逸れもの魔どもが棲んでいた。
カチン。 薄ピンクの貝殻がテーブルの上に落ちた。
「 ・・・ それで あれは 黒の森へ行ったのか 」
「 申し訳ありません〜〜 陛下〜 」
国王の前で 大きな亀がしきりに頭を下げている。
「 もう〜〜〜 なんのための護衛なの カメキチっ!
姫様を放り出して
帰ってくるなんて〜〜〜 」
パシっ! カメ母さんのヒレがカメキチのアタマを叩く。
「 わ〜〜〜 ごめんなさい〜〜〜 かあさん〜〜〜 」
「 これこれ ・・・ もうよいよ。 カメキチのせいではない。
全てはあのお転婆姫が問題なのだ。 」
国王は苦り切っている。
「 こんな文 ( ふみ )を寄越しおって・・・! 」
ピンクの貝殻の中には 小さな手紙が入っていた。
ごめんなさい お父様。 わたし 行きます。
「 父の気持ちも知らんで ・・・ 」
「 父上。 我らが国境に赴きましょう。 ね アルベルト兄上。 」
「 そうだな、ピュンマ。 我々で姫を連れ戻してきますよ 父上。 」
「 うむ ・・・ 黒い森のヤツらは今は大人しくしておるようじゃが・・・
あの娘は 特別だからなあ 」
「 なにはともあれ 許婚の王子が来られるのですからね !
っとに あのお転婆が〜〜 」
「 ふふ ・・・ アルベルト兄上 なんだか楽しそうですよ? 」
「 あ ? あ〜〜 まあなあ あの姫の行動力は ・・・ 気持ちがいい。 」
「 ― そう ・・・ < 上の花 > は違うなあ・・・ってね。
子供のころからちょっと羨ましいというか 眩しいなって思ってきましたよ。 」
「 眩しい ・・・ そうだな。
あの姫は ― 俺達家族の太陽だ。 どうしても 護らねば 」
「 はい。 行きましょう! 」
「 おう。 黒い幽霊のヤツらを懲らしめておかねばならんな。 」
数分後 兄弟たちは鯱に乗って出発した。
そこは ひんやりした水が淀んでいた。 視界も悪い。
「 ・・・ うわ ・・・ なんて冷たいの ・・・ ! 」
フランソワーズは思わずぶるっと震え 両腕をこすり合わせた。
「 ここまで来たのは 初めてだけど。 こんなに冷たいところがあるなんて・・・ 」
遠目には淀んだ水の中に珊瑚が乱立している風に見えていたが。
「 ! これ・・・ みんな枯れてるわ・・・! 」
そう そこは ― 死んだ森 だった。
「 こんなところがあるなんて ・・・ きゃ ・・・ 」
ズサ ・・・ 彼女の尾鰭が起こした水流で枯れ珊瑚の端が崩れた。
「 気をつけなくちゃ ・・・ ここはホントになにもいないのね ・・・・
魚たちもエビやカニ達の姿も見えないわ ・・・ 動くものが見えない 」
やがて 珊瑚の林の向こうにぼんやりと黒いものが見えてきた。
「 あ! あれが ・・・ 黒い魔女の住処かも ・・・ 」
淀んだ冷たい水の果てには ― 崖がありぽっかりと髑髏型の口が開いていた。
「 うわあ ・・・ あの中 なのね〜〜 ちょっと気味が悪いなあ〜〜 」
用心して近寄り、彼女はそうっと少しづつ中に入っていった。
「 ― だ〜れだい ・・・ ヒトの館に黙って入ってくるのは〜〜〜 」
ぐわ〜〜ん ・・・ 奇妙に甲高い声が洞窟内に響いてきた。
「 きゃ・・・ あ あの ・・・ フランソワーズ といいます。 」
「 ほ〜ほ〜 お前かい 〜 ふうん 〜〜 あの娘かい〜〜 」
どわどわどわ〜〜〜〜 ・・・ 奥から冷たい水がどっと流れ出てきた。
「 ・・・ う ・・・ 」
彼女は流されまいと必死に岩陰に身を寄せた。
ぼわん。 黒く漂う水の中に髑髏の仮面をつけた魔女が現れた。
「 な〜〜〜んの用だい 〜〜〜 」
「 あ あの ・・・! 」
フランソワーズは意を決して魔女の前に飛び出した。
魔女は なぜかとても懐かしそう〜〜な目で彼女をみつめている。
「 お おねがいが あって 」
「 おねがい だって? 」
「 ― あ あの わたし! 」
姫は震える出す足を懸命に踏ん張って とつとつと話した。
彼女の希望 を 彼女の決意 を。
「 ― それで あの・・・ 」
「 ふう〜〜〜ん ・・・ その鰭を取って欲しい とな!
< 上 > に行きたい とな! そ〜〜んなことしていいのかえ〜〜〜
王国の姫さまが〜〜〜 」
「 で でも ! わ わたし ・・・わたしの運命はわたしが決めたいの ! 」
「 ほうほうほう〜〜〜〜 たいしたお姫さんだねえ〜〜〜〜 」
「 それで わたし、来ました。 黒い魔女なら魔法が使えるって聞いて 」
「 ほうほうほう〜〜〜〜 そりゃこのアタシにできないことはな〜〜いさ。
その キレイな尾鰭を取ってあげることなんか簡単さ。 」
「 え! そ そうなの?? 」
「 ふん ・・・ だけど ね。 お姫さんや。 そうしたらお前さんは
二度とこの王国には 戻れないよ?
それでもいいのかえ
」
髑髏の仮面の奥から 底知れない暗い目が刺すような視線を送ってくる。
「 ・・・ ! い いいわ! わたしの勝手で 上 に行くのですもの・・・
そのくらい覚悟しているわ! 」
「 ほうほうほう〜〜 これはこれは勇敢なお姫さんだねえ〜〜
それじゃ ― 上 の ニンゲンとして暮らせる魔法をかけてやろう 」
「 本当?? 」
「 と 言いたいところだがね〜〜 お代に貰いたいものがある。 」
「 お ・・・ お代??? 」
「 当たり前だろうが〜〜 黒い魔女は慈善事業をしてるんじゃないんだよ〜〜
ふ〜〜ん ・・・ 」
「 黄金や 真珠がほしいの? 」
「 い〜や そんなものはいらんねえ〜〜 ふ〜〜〜ん ・・・ 」
黒い魔女は 舐め回すみたいにじろじろと姫を眺めた。
「 その金の髪をもらおうか その碧い瞳を片方もらおうか〜〜〜
いやいや ― そうだ、 お前のそのよく透る声 をもらうとしよう〜〜〜 」
「 ― こ こえ ・・・ ? 」
たゆ〜〜〜ん たゆん たゆん ・・・ 温かい水がゆっくりと流れる。
「 陛下 ・・・ 本当に申し訳ございません 〜〜 倅めがお役にたてずに 」
国王の肘掛椅子の足元で カメの母さんがまだしきりと謝っている。
「 もうよい と申したではないか。 こうなるのはアレの運命かもしれん ・・・ 」
「 運命 でございますか 」
「 そうじゃ ― 季節に合わず大きく水が動いた日 じゃった ・・・ 」
「 ・・・ あ! そうでございましたねえ ・・・ まだ寒くなる前でしたっけ 」
「 衛兵どもが < 落人 ( おちうど ) > を集めておりましたな・・・ 」
侍従長が現れ ささげ持った銀本から瀟洒なカップを国王の横に置いた。
「 < 上 > のモノたちが数多く沈んできましたよ。 ニンゲンもモノも ね。
私はまだ平の侍従で彼らの作業を見守っておりましたよ 」
「 うむ ・・・ 大きな船が沈み多くの 上 の命が落ちてきた 」
「 はい。 カメキチの母さん そなたもどうぞ? 」
侍従長は カメ母さんにもカップを差し出した。
「 ありがとうございます。 ええ ええ ワタシも覚えておりますですよ 」
「 その中に あの御方が ― 」
「 ・・・ 可愛い幼子じゃった ・・・ まだピンクの頬をして温か味があったな 」
「 ええ ええ ・・・ 亡き王妃さまとよく似ていらして はい・・・ 」
「 うむ ・・・ あまりの愛らしさに思わず抱き取ってしまった ・・・
とても 落人 として微生物や海藻に変えてしまうことができなかった 」
「 はい。 陛下の腕の中で 姫さまは息を吹き返そうとなさりました。
陛下が慌てて < 海の真珠 > をお与えになり ― あの御方は 海の住人 と
おなりになりましたっけ 」
「 あの娘 ( こ ) は ワシらに沢山の微笑みを与えてくれたよ ・・・
あの明るさに ワシはどんなに慰められたことか ・・・ 」
「 陛下。 フランソワーズさまは陛下のただお一人の姫様で この王国を
継ぐ御方でございますよ。 ええ この国の民は皆 そう信じておりますです。 」
「 そして民たちは皆 それを望んでおります 陛下。 」
「 ― ありがとうよ ・・・ カメ母さん 侍従長 ・・・ 」
国王は 目を閉じ香高いお茶をゆっくりと口に含んだ。
ザザザ 〜〜〜〜 ・・・・
< 上 > は すっきりと晴れ上がり 爽やかな風が吹いていた。
「 〜〜〜〜 んん 〜〜〜 空気って 不思議な味 ね ! 」
フランソワーズは 岩陰に身を寄せると、思いっ切り息を吸って ― 吐いた。
黒い魔女の魔法は < 海の住人 > となっていた彼女を
すっかり < 上のニンゲン > に変えていた。
「 ああ なんて ・・・ 高い天井なの? 青〜〜〜い 天井ねえ 〜〜 」
白い腕を空に伸ばし 風を追ってみる。
「 うふふ ・・・ くすぐったい〜〜〜 あ 波の精霊さんたち〜〜〜 」
きゃら きゃら きゃら〜〜〜 姫さま〜〜〜
波の精霊たちが賑やかに集まってきた。
「 こんにちは! みなさん お元気? 」
はい 姫さま〜〜〜 踊りません? ご一緒に〜〜
「 あら いいわね! これからしばらく海には来れないかもしれないの。
だからお別れに一緒に踊りましょうか 」
どうぞ 姫さま〜〜 きゃら きゃら きゃら〜〜〜
姫君は 波打ち際で寄せては返す波たちと戯れ始めた。
その様子を ― 海岸の松の陰からじっと見つめている青年が いた。
「 ― な んて ・・・ 可愛い女性 ( ひと ) だろう ・・・! 」
足を一歩でも踏み出したら 目の前の景色が消え去ってしまいそうで
彼はただ ただその場に立ち尽くしている。
「 夢 じゃないのかな ・・・ あの小さな姫が生き返ったみたいだ・・・
ああ ああ ・・・ どうか消えないでくれ 〜〜 」
青年は セピアの髪の奥で涙ぐんでしまいそうになっている。
「 見合いの宴 なんてどうしてもイヤで ― 抜け出して来ちゃったんだけど
・・・ ああ 海に来て よかった ・・・! うん。 」
彼は ― ジョーは ついに意を決して一歩踏み出した。
「 あ ・・・ あの。 お嬢さん ・・・ ? 」
海よりも 空よりも 明るい碧い瞳が ジョーを見つめた。
Last updated : 11,03,2015.
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******** 途中ですが
え〜〜〜 もう いろいろミックスジュースですよ
まだ 続きます、フランちゃんは泡になって
消えたりしませんので♪