『 沼 ― (3) ― 』
むかし むかし ― まだまだヒトは弱く、ヒト以外の モノ と共に生きていた頃のこと。
山や空や雨は身近な存在だったけれど 弱いヒトには恐ろしい顔を見せることがしばしばあった。
― これはあの村に代々伝わる、村民なら皆知っている昔物語 ・・・
ザ −−−−−− サ −−−−−−− ザア −−−−−
「 まんだ雨、止まねえのか 」
「 ・・・・・ 」
老婆は老夫の問いかけに小さく頷くと さっと俯いてしまった。
「 ― ヌシ様が ・・・ 荒れねばええが ・・・ 」
「 ・・・・ 」
もう一度こくん、首を縦に振ると老婆はそそくさと席を立ってしまった。
「 まんまの支度 しねぇと ・・・ 」
ゴゴゴ ・・・・・・ との時。 低い低い<呻り声>が響いてきた。
「 ・・! 」
「 ヌシ様 じゃ ・・・! 」
老人は 弾かれたように立ち上がると声を張り上げた。
「 おい! 合羽 だせ! 祠、行ってくる! 」
「 あンた ・・ 気ぃつけて ・・・ 」
「 早ぐせぇ ! 」
「 ・・・・・ 」
ドンドン ! 突然 表の戸を叩く音がした。
「 清兵衛どん〜〜〜 大変だぁ〜〜〜 ヌシ様の祠が〜 」
「 ! 太兵衛どんか! ・・・ 今 いぐだ! 」
老人は怒鳴り返すと血相を変え、雨の中飛び出していった。
「 ・・・・・・ ・・・・・ 」
そんな夫の後ろ姿に 老婆ぶるぶる震えつつ手を合わせるのだった。
サ −−−−−− ザァ −−−−−−
雨はまだ降り続く。 雨はこの世の終わりまで降り続くのだろうか・・・
ゴゴゴゴ 〜〜〜〜〜 ・・・
不気味な音は低く、しかしはっきりと響き続け、人々は震えあがりますますしっかりと
戸を立てて小さなみすぼらしい家に引き籠るのだった。
― 雨は 降り続く。 < 音 > はますます強くなってゆく。
「 ・・・ 危ねぇ ・・・ ヌシ様が 」
「 うんだ。 ・・・ お鎮まり願わんと 」
「 ― ふらんそわぁず か。 」
「 ・・・ ふらんそわぁず だな。 」
「 金の髪と 空の目をした村一番の器量よし ・・・ 」
「 決まり だ。 」
「 ― うんだ。 」
雨をついてひっそりと集まった老人たちはますます暗い顔で頷き合い 重いため息を吐きだした。
トン トン トン ・・・・ 障子をそっと叩く音がする。
「 ! ・・・ だ 誰 ・・・・? 」
部屋の、というか狭い座敷牢のような中に座っていた少女は びくり、と身体を振るわせた。
「 ・・・ ふらんそわぁず ? 」
「 ! じょうさん ? 」
「 うんだ! ふらんそわぁず ・・・ ここを開けてくれ 」
「 ! 」
少女は弾かれたように立ち上がると 障子の側ににじりよった。
白い着物から白い白い素足が覗く。
「 ・・・ じょうさん ・・・! 」
「 ふらんそわぁず ・・・ ! 」
青年と少女は 粗い木製の格子ごしにじっと見つめあった。
「 ・・・ ふらんそわぁず! こんな こんなトコに入れられて・・・! 」
「 ・・・ じょうさん ・・・ 」
「 おめぇが 村一番の器量よしに生まれたのは おめぇのせいでねえ!
おめぇはな〜〜〜んも悪いことしとらんのに! 」
「 ・・・ でも でも ・・・ この金の髪とうすい色の目をもっているから ・・・
アタシは ・・・ 」
「 だども それはおめぇの責任じゃねえ! いんや 誰のせいでもねえよ! 」
「 でも ・・・ 」
青年は激高しているが 少女はただただ涙をながし項垂れてしまった。
「 ふらんそわぁず! ― にげよう! ふ 二人で 村抜け しよう! 」
「 そんな! ・・・・ だめよ ・・・・ 」
「 なんで!? おめぇ ヌシ様の贄になりてえのか! 沼に沈められてぇのか! 」
青年の声は低いが激しい怒気が籠っている。
「 でも ・・・・ でも 」
「 おめぇ 明日はもう < 嫁入り > の日だで!
おめぇ ・・・ ふらんそわぁず・・・ オラとの約束はどうしただ! 」
「 じょうさん ・・・ 」
格子の間から差し出された白い手を 青年はがっしりと掴んだ。
「 こんな格子、すぐに壊せるだ。 ― 今のうちだ、二人で逃げよう! 」
「 ・・・ だめ だめよ ・・・ 」
「 なんでだ!? オラのこと き キライか !? 」
「 ・・・・・ 」
少女はぼろぼろ ・・・涙をこぼしつつ かぶりを振った。
「 ううん ううん ・・・・ じょうさん ・・・! 」
「 んなら なんで! 」
「 アタシだって じょうさんの嫁様になりてぇ・・・ じょうさんのわらしっこのおっかあに
なりてぇ ・・・ んだけど ・・・ んだけど 」
「 オラと一緒に 逃げるだ ! 」
「 だめ ・・ だめよ・・ アタシが < 嫁入り > せんかったら
そうしなければ村が ・・・・ この村が ・・・
この村が ・・・ ヌシ様の怒りで流されてちまう ・・・ 村が ・・・
おとう も おっかあ も ・・・ ジジさまもばばさまも ・・・ 皆 ・・・
オラ・・・ 皆を見捨てるなんて 出来ねえ ・・・ 」
「 ・・・ ふらんそわぁずぅ 〜〜〜 」
「 じょうさん ・・・ 来てくれて ・・・ ありがと ・・・ 」
「 ・・・ ふらんそわぁず ・・・ 」
恋人たちはひし、と手を握りあうだけで 絶望的な眼差しで見つめ合うのだった。
ヌシ様が怒っていなさる・・・・ 娘を! 器量よしの娘を捧げるのだ!
― こうして ・・・
村一番の器量よしの娘、金の髪と空の瞳を持つ娘は < ヌシ様の嫁 > になり ・・・
沼に消えた。
その日のうちに 雨は次第に勢いを失い始め 沼から続く淵は決壊することはなかった。
― 昔むかしのものがたり ・・・ そして沼は今もひっそりと山の中に水を湛えている。
ヴァ −−−−−−− ヴォロ −−−−−
耳を劈く爆音をまとい、マシンが疾走してゆく。
そして その音にもかき消されはしない歓声とどよめきが四方の空気をますます熱くする。
わあ〜〜〜〜 すごい〜〜〜
やっぱ彼が ダントツだね〜〜〜 予想ぴったし〜〜〜
爆音と歓声は その地面をも揺るがす勢いだ。
「 ふう ・・・ 相変わらずスゴイなあ 〜〜 」
ジョーは タオルでゴシゴシ顔をこすり、人ごみの中を周回していた。
首からは 雑誌記者 としてのパスを下げ、アマチュア向けではないカメラを手にしている。
地味な服装だが一目で < ますこみ > 関係者 とわかる。
「 まったく・・・・ チーフも乱暴だよなあ・・・ ともかく取材してきて! なんてさ
いったい何が狙いなんだよ〜〜〜 」
ぶつくさ言いつつも ジョーはうれしそうなのだ。 にやにやしているワケではないけれど
身体全体から 弾んだ雰囲気がにじみ出ている。
「 ・・・ ま ともかく会場の雰囲気つたえる写真はなんとか撮れた かな・・・
ああ ・・・ やっぱ いいなあ ・・・ 身体中が元気になるよ。 う〜〜ん・・・ 」
彼の瞳は 懐かしい故郷を見つめているのかもしれない。
「 あ そうだ そうだ、 フランにもう一枚送ろうかな〜 えっと・・・ オンナノコ好みの
景色ってあるかな〜〜〜 」
彼はカメラを手に周囲をみまわしていると ・・・
「 あの! 取材ですかァ〜〜〜〜 」
「 きゃァ〜〜 すてきィ〜〜〜〜 」
黄色い高声が 後ろから飛びついてきた。
「 ・・・え? 」
「 カメラマンさ〜〜ん 雑誌社さんですかぁ〜〜〜 」
「 グラビアですかあ 〜〜 」
「 え あ ・・・・ いや そのぉ 」
「 一緒に写真 撮ってぇ〜〜〜
」
「 あ・・・ すいません、もう取材終わったんで ・・・ 」
「 え〜〜〜 ウソぉ〜〜〜 」
「 あ ほらあ〜〜 そろそろレースも終盤ですよ〜 」
「「 え〜〜 そうなのお?? 」」
「 そうなの・・・って ・・・ 」
「「 だってぇ〜〜 レースってよくわかんな〜い 」」
「 あ! ドライバーが来た ! 」
「「 ええ??? 」」
女性たちが振り向いたスキに ジョーはそそくさ〜〜〜と立ち去った。
「 ? あ〜〜〜 逃げちゃったぁ〜〜 」
「 おし〜〜〜 イケメンだったのにぃ 〜〜〜 」
― ふ〜〜〜 冗談じゃあないよぉ〜〜〜
ジョーは どこかのチームのブース・テントの脇で額の汗を拭った。
「 ったくなあ・・・せっかくレース会場に来て なにを見てるんだか・・・
うん、 モータースポーツファンとしては 実に嘆かわしい現実だよ! 」
ふう ・・・ 一人で憤ってみたけれど、まあどうしようもない現実だろう。
あのテの きゃぴきゃぴがまた華やかさというか会場の賑わいを盛りたてているのも
また事実だからだ。
「 ・・・ ま なんとか取材はできたし。 フランへの写真・・・
あ ! さっき自画撮りしたヤツ、送ろう〜〜っと ・・・ 」
彼は背中のリュックから今度は自前のデジカメを取り出し カチャカチャやっていた。
「 ― ・・・ と これでいっか。
フ〜〜〜〜・・・・ ああ やっぱこの雰囲気 ・・・ いいなあ 〜 」
ほっとしての〜〜〜んり周りを眺めているが ・・・ ジョー君???
ちゃんと確認してから写真を送ろうねえ・・・
どうやら 彼は自画撮りと周囲の雰囲気を伝えるための写真の バック を
すっかし見落として居た模様だ。
つまり。 ばっちり後ろにきゃぴきゃぴ女子が写っているのを確かめないで送ってしまった!
そう 彼の大切な女性 ( ひと ) に。 そしてそのことに気が付いていない・・・
「 さ〜て・・・ これから北にゆくぞ〜〜〜
東北の奥地の村・・・って初めてだもんな〜〜 夏祭ってすごく盛んなんだろうなあ〜
うふふ〜〜 フランってば浴衣とか着るかな〜〜 ・・・ うん きっと着るよ!
えへへ・・・ 彼女ってさ〜〜 こう〜〜細身なんだけど しなやかっていうか〜〜
うへへ・・・ 楽しみ〜〜〜 おっと〜〜 急がないとバスに遅れるな〜 」
ジョーはすこし名残惜しそうな視線をレース会場に送ってから出口ゲートの方向に足を速めた。
「 あ あのう ・・・ ? 」
「 ・・・ はい? 」
ためらいがちな声に ジョーは思わず振り返った。
ゲートの脇、あまり人が通らない場所で 少女が一人情けない顔をして立っていた。
「 ・・・あのう〜〜〜 」
「 え ぼくですか? ぼくは君を知らないんですが ・・・人違いじゃない? 」
「 え ・・・ あのぅ そうじゃなくて ・・・ この辺でストラップ みませんでしたか?」
「 は?? すとらっぷ?? 」
「 ええ ・・・ なんか落としてしまったみたいで ・・・ 」
「 あ〜〜 レース記念のストラップですか。 それなら・・・ ほら ぼくももらって
いますから どうぞ! 」
ジョーは バスの時間が気になっているので珍しく素気ない態度だ。
「 いえ そうじゃなくて ・・・ 手作りの ・・・ アタシの手作りで ず〜〜〜っと
一緒なんです ・・・ それ 落としたみたいで・・・・
あのコをこんなとこに置いて帰れない ・・・ 」
少女は本当に半ベソ状態だ。 ごく普通のスポーツ・ウェアの少女だ。
家族と一緒に来たのかな 〜〜〜 そんなカンジだよね・・・
「 で どんなストラップなんですか 」
「 あの! ウチのわんこ ・・・ あ もう死んじゃったんですけど〜〜〜
前に飼ってたわんこのストラップ・・・ アタシが作ってわんこも気に入ってよく齧ってたり
したんです ・・・ わんこの思い出もいっぱいなの・・・ 」
「 ・・・ 最後に見たのはいつですか 」
仕方ない。 ― ジョーは腹を括った。
「 え ・・っと ・・・ ココに来てすぐ それから・・・さっきさあ帰ろうって時・・・ 」
「 家族と来たの? 」
「 え ええ ・・・ 」
「 じゃあ・・・・ この辺りを探してみましょう 」
「 ありがとうございます〜〜〜 」
ジョーは こっそりため息をついてから 乾いた地面を眺め始めた。
「 ・・・ ♪♪ 〜〜〜 」
彼は地面ばかりを見ていたので < 少女 > が ご機嫌チャンでピース・マークをしている
ことに気が付かなかった。
「 ただいま戻りました。 」
「 おお お帰り ・・・ 」
「 博士。 村の伝説 って なんですの? 生贄を捧げたって昔話ですよね? 」
家にもどり居間にはいってくるなり、フランソワーズは博士に尋ねた。
「 いけにえ ?? おいおい 藪から棒になんじゃね? 」
ギルモア博士は タブレット端末をあれこれ操作していたが少し驚いた様子で顔をあげた。
「 なんじゃ なにか聞きこんできたのかな? 」
「 ・・・ あ ごめんなさい・・・ つい ・・・ 夢中になってしまって 」
「 いやいや 別にワシはよいが ・・・ どこで聞いてきたのかい。
まあ おかけ。 冷たいお茶でももってくるよ。 」
「 あ わたしがやります。 ああ ちょうどいい時間ですもの、 ティ・タイムにしましょ
コズミ先生はどちらですの? 」
「 うん ちょいと村の古老に話を聞きに行ったのじゃが ・・・ もうすぐ戻るじゃろ 」
「 そうですか。 それじゃ ・・・ あ オレンジを冷やしておきましたから
ご一緒にいただきましょう。 」
「 おお いいのう〜〜 では頼もうかな。 」
「 ええ すぐに ・・・ 」
いつもの笑顔を見せて 彼女はキッチンに消えた。
「 ふうん? な〜にを聞いてきたのじゃ? ― 村の伝説 とやらは ・・・
どうも・・・ちょいと眉唾モノかもしれん・・・ 」
うん・・・っと大きく伸びすると 博士はタブレット端末をテーブルに置いた。
カチン。 ソーサーの上でスプーンが小さく鳴った。
「 ほうほう ・・・ 若モノがそんな話をしたですか 」
「 ええ。 村の方だと思うのですが ・・・ すごく真剣な表情でしたわ。 」
「 ふうむ ・・・ 」
コズミ博士は 冷たいお茶の最後の一口をゆっくりと飲み干した。
「 あ・・・ もう一杯 いかがですか? 」
「 ああ 今はもう十分ですよ ふうむ ・・・ 」
「 はい? 」
「 これはちょいと古老のウチの若い嫁さんから漏れ訊いたのですがな 」
「 ・・?? 」
「 なにか新しい情報があったのかな? 」
「 うん それがなあ・・・ 例の伝説についてはだいたいどこでも同じことが
聞かれるのじゃがな ・・・ 」
「 伝説以外になにか あるのですか? 」
「 それが だな。 まあ これは単なる事故だとは思うが・・・
数年前の雨季に 例のゲリラ豪雨がこの地域に発生してな。
なにせ あまり経験がないので対処やら避難が遅れたらしいのじゃ。
そして ・・・ あの沼が決壊しそうになったそうじゃ。 」
「 え あの沼が? 」
「 うむ。 それでな たまたま村の娘が避難途中に足を滑らせ沼に落ち亡くなった ― 」
「 まあ ・・・ わざわざ沼の側を通ったのですか? 」
「 いや なんでも今は沼の付近に水門が作られておってな ・・・ その水門を彼女の祖父が
管理していたのだそうだ。 夜だし雨脚はつよいし・・・で老人にかわって娘が 」
「 ・・・ それで 落ちた? 」
「 ああ。 事故じゃ。 しかしなんというか ・・・ その事故を村民が知った直後
ゲリラ豪雨は去って 沼は決壊の恐れはなくなったのじゃ 雨は止み村は助かった。
現実なただそれだけの事象なのじゃが 」
「 ところがそれを < 伝説 > にこじつけた輩がおった、ということか。 」
「 ― 左様。 」
「 ・・・ まあ ・・・ 」
「 不幸な事故を利用した、というわけですな。 ・・・ 卑劣なヤツです! 」
「 まったく な。 フランソワーズに話したのは若者じゃっただろう? 」
「 ええ ・・・ 村の方、多分 農作業をしていた方だと思いますけど ・・・ 」
「 うむ 現代の若者までも巻き込んでしまっている、ということっだな。 」
「 あ・・・ それで わたしに ・・・ 」
「 うん? お前になにか言ったのかい。 」
「 ・・・ え い いえ ・・・ ただ 沼には近づかない方がいい って ・・・ 」
「 ああ それはそじゃろうな。 あの沼は通常時でも危険じゃから 」
「 ・・・ ええ ・・ 」
― ヌシ様 じゃ!
あの老婆の怯えた顔が浮かんだ。
― アンタは 帰ったほうがいい あの青年の陰鬱な口調を思い出した。
「 どうかしたかの? 」
「 あ いえ ・・・ そうだわ、ジョーが来るまえに出来る範囲での調査をしておきます。
< 見る > 場所を教えてください。 」
「 そうかい? そうしてくれると助かるのだが 」
「 お願いできますかな。 ・・・ 少々天候が心配なので な 」
コズミ博士が 窓からじっと空を見上げている。
「 雨 ですの? 」
「 ああ 普通の雨はよいのですが ・・・ 積乱雲があつまって雷がおきると 」
「 ゲリラ豪雨 じゃよ。 」
「 その前に調査してきます! 調査個所の指示をください。 仕度してすぐに戻ってきます。」
フランソワーズは お茶の席からたちあがった。
あのヒト ・・・ あのヒトに聞いてみよう!
奥地を歩いていたのだもの、 きっと地元の人よ
― 伝説 にも 沼の辺りの地形にも詳しいはずよ
Gパンではなくてもっと動き易い服装に着替えた。
「 わかりました。 では行ってきます。 」
資料を受け取り目を通すと、フランソワーズは静かに立ち上がった。
「 無理はするな。 < 見る > だけでよいのじゃからな。 」
「 そうです そうです、お嬢さん、これは事前調査ですからな〜〜 」
彼女の行動力ぶりをよく知っている老人たちは かなり本気でクギをさしていた。
「 うふふ はいはい よ〜〜くわかっております。 ご心配なく〜〜
じゃ いってきます〜〜 」
フランソワーズは明るく笑い 大きな帽子をかぶって出かけていった。
― まあ 随分高い雲ねえ
彼女は 高くあがった太陽を突き抜ける青空を見上げた。
宿泊している家から どんどん山に向かって登ってきた。 途中で林の奥にあの沼が見えた。
「 ここから上って・・・ 道もケモノ道みたいになってのねえ ・・・ 」
ほんの少しだけ躊躇ったけれど、 フランソワーズはすぐにそのままずんずん道を進んだ。
「 あら ・・・ いい景色〜〜 この辺りの方がずっといい感じなのに ・・・
道路を整備すれば 観光客だってくるのにねえ 」
ゴロゴロ ・・・・ ゴロゴロ ・・・・
不意に遠くから腹に響く音が聞こえてきた。
「 ? ・・・ カミナリ ・・・? 」
慌てて空を見たが まだ青い部分の方が多い。 風の向きが 変わった。
「 ― 落雷があるかも ね ・・・ 戻った方がいいかしら。 」
ぽつ。 ぽつ ぽつ ぽつぽつぽつ ぽつぽつぽつぽつ〜〜〜〜
大きな雨粒が落ちてきた。 ぱらぱら音をたてて彼女の帽子を打ち付ける。
「 きゃ ・・・ 日傘でももってくればよかったわ ・・・ 急がなくちゃ
まさか ゲリラ豪雨 なんてことにはならない ・・・ わよね??? 」
彼女は脚を速め、山道を降りて行った。
「 ― あら? もうあの沼が見えてくるはずだと思ったけど ・・・? 」
雨を避けて木々の間を縫って行ったのだが いつのまにか道を逸れてしまったのかもしれない。
「 う〜〜ん?? < 見て > みようかしら。
・・・ だけど 緑ばっかりなんですもの、かえって迷っちゃうわよねえ 」
超視覚のスイッチを入れてみたのだが ― どうも調子がよくない。
「 あらら ・・・ メンテナンスはちゃんとやってるのに ・・・
ああ この緑の中では役に立ちませんってこと? ・・・ それはそれで困るわよね? 」
ぶちぶち言いつつ 彼女は木々の間を進んでゆく。 緑の空間はまだ終わらない。
「 ・・・ もう随分降りてきたはず ・・・ よね? きゃ 雨 ・・・ 」
雨がだんだん強くなってきて、もう葉陰では雨宿りにはならなくなってきていた。
「 わ ・・・ 急がなくちゃ ・・・ 」
ともかく 下へ、と 彼女はそのまま林の中を進むことにした。
「 お嬢さん ・・・ よかったら どうぞ 」
「 え ・・・? 」
不意に声と一緒に頭上に傘が差し出された。
「 よかったらお使いください。 」
「 ・・・・ は い ? 」
声の方向に振り向けば ― 黒髪の青年が 微笑んでいる。
「 あ ありがとうございます 〜〜 でも これ 貴方のでしょう? 」
彼女は傘を指した。
「 そうですが ・・・ 私はすぐ近くに住んでいますから 大丈夫です。 」
「 でも濡れてしまいます。 わたし、このまま走ってゆきますから ・・・ 」
「 それはちょっとお勧めできませんよ? ほら 雨も激しくなってきたし 」
「 ・・・え? あ ・・・ 」
ザ −−−−−−−− ・・・・ 雨は本降りに近い。
「 ヤダ ・・ こんなに降るなんて 」
「 雨宿り といってはなんですが、私の家はすぐです、縁先だったら宜しいでしょう? 」
「 え ・・・ 」
彼女は失礼にならない程度に じ〜〜〜っと青年を見つめた。
黒髪の端正な顔立ち、穏やかに微笑んでいて悪意はなさそうだ。
ジーンズでもジャージーでもなく、涼しそうな生地のズボンに白麻の半袖シャツだ。
・・・ なんか ・・・ 懐かしい服 ね ・・・
そうよ 夏になると兄さんってば あんなシャツ、着ていたわ
「 信用していただけましたか? 」
「 あ ・・・ 」
にこにこと笑いかける青年に 彼女は思わず頬を染めた。
ヤダ ・・・ じろじろ見ていたの、わかっちゃった?
「 どうぞ? このままではずぶ濡れになってしまいますよ。 」
「 ・・・ すみません それじゃ ・・・ 」
「 どうぞ ・・・ 」
青年は傘を差し掛けてまま 彼女を木立の奥に誘っていった。
― ピカッ ・・・・! 稲妻が空を切った。
Last updated : 04,14,2015. back / index / next
********* 途中ですが
すいません〜〜〜 風邪っぴきでダウンしました★
短くてすみませぬ、もうちょっとなのですが ・・・・
はっぴ〜〜えんど 予定ですのでどうぞご安心を☆