『   沼  ― (2) ―   』

 

 

 

 

 

 

 

 ウィ 〜〜〜〜〜  ・・・・  ゴ ゴ ゴ ・・・

 

最新式の洗濯機は軽い呻り声をあげて快調に作業をしている。

ドラム式よりもさらに早く清潔に滅菌までして洗いふんわり仕上げる ― のだという。

「 ・・・ ふうん?  これってウチの洗濯機よりすごいかも ・・・・ 

フランソワーズは感心・・・というより半ば 呆れた表情でぴかぴかの <白い箱> を

眺めている。

泥だらけのゲデゲデ状態で帰宅したのは つい30分前。

 

「 ― ただいまもどりました〜〜 」

「 おや 随分早いのう?  商店街は近かったのかい。  おお?? 」

玄関の引き戸を開けると ギルモア博士がすぐに迎えてくれた。

手に剪定鋏を手にしていたから 盆栽でもいじっていたのだろう。

「 ど ・・ どうしたね???  雨でも降ったか?? 」

「 いえ。 あの ・・・ 道、間違えちゃったみたいで ・・・

 どんどん真っ直ぐに行ったのですけど〜〜 ・・・ 大きな池にぶつかって ・・・ 」

「 ・・・ 池で泳いだのか?? 」

「 片脚、 踏み込んだら ― もう ずぼぼぼ〜〜〜 ・・・って! 」

「 あやあ〜〜〜〜 ・・・ 早く洗っておいで。  ここのランドリー・ルームは

 なにやら村長氏のご自慢と聞いたぞ。 」

「 まあ? そうなんですの? ともかく着替えてから…もう一回買い物に行ってきますね。 」

「 うむ ・・・ お その池とは ― 」

「 え?  かなり大きな池なんですけど ・・・ 大きな割には小動物とかあまり

 みかけませんでしたわ。  深い感じで・・・ でも魚の影も見えなかったわ。 」

「 それは ・・・ 例の沼じゃな。 」

「 沼 ですか?  」

「 うむ ・・・ おそらく底なし沼 というヤツだろうよ。 」

「 え ・・・ 底なし? 」

「 そうじゃ。  不用意に踏み込めば抜け出すのは容易ではないのじゃよ。 

 動物たちは本能的に察知して近づかんのだろう。 

「 やだ・・・ 」

「 お前が無事でよかったよ。 うむ ・・・ 

「 なんだか急に気味が悪くなってきました ・・・ ああ 早く洗ってきますね 」

「 うむ うむ  そうしなさい。 」

「 はい 

フランソワーズは 大急ぎでランドリー・ルームに行った。

点々と廊下に水跡を残してしまったが ・・・

「 う〜〜〜 後で掃除します〜〜〜 」

もう一式全部くるり、と脱いで洗濯機にお願いし、彼女自身もバス・ルームに飛び込んだ。

さっと汚れを落としてでてくると ―

「 ・・・?  へえ 〜〜〜 すごい洗濯機ねえ・・・ 」

ギルモア邸の洗濯機は 博士とイワンの< 最新作 > で 洗濯時間もその性能も

市販のモノよりかなり < 進んで > いる。

汚し盛り?の男子 と 赤ん坊 と 彼女のレッスン着 などなど・・・ 普通の家庭よりも

洗濯ものは多い家庭なのだが ・・・ 毎朝タイム・スイッチでほっこり仕上がる。

ただフランソワーズの好みで 自動乾燥は行わず、天日に干すのだ。

 

   ウィン ・・・・!  眺めている間に 白い箱 はあっと言う間に作業を終えた。

 

「 ?  あら〜〜 もうお終い?  へえ ・・・ じゃあ乾そうかしら ・・・ 

シュ ・・・  フタが自動的に開いた。

「 まあ ・・・ うわ ・・・ 全部ふんわり乾いてる〜〜〜  あら いい香り〜  」

取り出した服は ほんわりキレイに仕上がっていて 彼女はさっそく身につけた。

「 ・・・ なんだか出かける前よりキレイになった気分 ・・・ 

 すごい ・・・  けど お日様のニオイはしないわねえ ・・・ ま いっか

 ともかく 買い物、行ってきましょ〜〜  あ! 道をしっかり調べてゆかなくちゃ! 」

今度は ちゃんと地図検索をしてからでかけた。

「 そっか ・・・ まるっきり反対側に行っちゃったのね・・・ ふうん ・・・

 そういえばあの道をゆくヒトって誰もいなかったわ。 」

正しい ( と思われる ) 方向へ 道をくだってゆくと ぽつぽつと村の住人とおぼしき

人々とすれ違った。

畑からの帰りなのか、泥つきの野菜をいれた籠を抱えるひとやら のんびり散歩をする老人などが

穏やかに行き来している。

「 ふうん? ほっんと 静かな場所ねえ・・・ 鳥の声と木々の葉擦れの音くらいしか聞こえない・・・  」

彼女はごく普通に耳を澄ませてみた。

「 ・・・ 汽車の音!  あ ・・・ 車の音も。 あ〜〜〜 あれって国道かしら? 」

前方に 時々車が通る道が見えてきた。 それにつれて左右の景色は森林から畑へ ・・・

 そして民家へと変っていった。

民家 といっても 家と家の間には かなり広い畑やら休耕田とおぼしき空き地が広がっていたが・・・。

 

      〜〜〜〜♪ いらっしゃいませ〜〜〜〜 いらっしゃいませ〜〜〜

 

突然 雑音だらけの音が、スピーカーで増幅され割れて聞き難い音が 風に乗ってきた。

どうやら スーパーの客寄せ放送と思われた。

「 あ〜〜〜 こっちだったのね!  やだあ〜〜 全然反対の方に行ってしまったのね 」

30分後、彼女はやっと目的の < 商店街 > にやってきていた。

「 ・・・ 商店街 ・・・ じゃないわねえ ・・・ 」

おそわった場所には ― 立ち並ぶ大小の店々  は なかった。

ばば〜〜〜ん !  と 大きなスーパーが一軒、緑深い木立の中に建っているだけ だ。

「 ― スーパー ・・・ か。 小さなお店、たくさん覗いてみたかったんだけど ・・・

 あ でもきっと商品とかはご当地の新鮮野菜とかあるわよね 楽しみ〜〜〜 」

彼女はわくわくしつつ店舗に脚を踏み入れた。

 

  シュ ・・・!  自動ドアの中は   都会のスーパーだった。

 

き〜〜〜ん と冷えた空気が 雪崩をうって落ちてきた。

「 うわ!? なに〜〜?? だってそんなに冷やす必要、あり??

 冷蔵庫じゃないのよ〜〜  やだ〜〜 もう ・・・ 」

ぶるぶる震えて、彼女はトートバッグから薄いカーディガンをひっぱりだした。

「 ・・・ 冷房は好きじゃないのよねえ もう ・・・ 」

やれやれ・・・と気を取り直してみれば ―

「 ―  え  ・・・?   うそ ・・・ 」

ぎっしりと並んでいる商品は < いつも見るもの > ばかりだった。

野菜コーナーには きっちりパックされた同じ大きさの野菜が陳列されている。

「 ・・・ トマトって皆同じ大きさでまん丸なものなの?

 キュウリも〜〜 どうして皆まっすぐで同じ長さなのかしら ・・・ 」

< いつもと同じ > 買い物カゴを持ち、冷房の効きすぎた中を歩きつつ

フランソワーズは呟いていた。

それは彼女がこの国で暮らすようになってからずっと思っていたことだ。

大型スーパーは なんでも一か所で買えて確かに便利なのだが ・・・

「 だって野菜とか果物って。 いろ〜〜んな形のとか大きいのとか小さいの、あるわよねえ?

 なんで皆同じなのよ? 」

故郷の町で買っていた野菜やら果物は < カッコ悪い > 見栄えだったけど・・・

トマトはトマトくさく、ピーマンは苦くてくさくて、どれも素敵に美味しかった。

「 え〜〜〜  この季節に かぼちゃ があるの?? ふうん・・・・

 まあ ・・・ エシャロットもある! まあ アーティチョークまであるわ ・・・ 」

都会で見るお馴染みの野菜や果物が揃っていたけれど ・・・

「 ・・・ この町の野菜って ・・・ ないのかしら?

 ほら・・・今朝採ってきました、とか ・・・ 地元だけの特産品 とか・・・? 」

きょろきょろ見回してみたが ―  野菜・果物コーナー はここでお終いらしかった。

「 なにかお探しですかいね 〜〜 」

後ろから 愛想のよい声がかけられた。

「 え・・・?  あ 〜〜〜  あのぉ〜〜 」

「 観光のお客さんですか〜  あ ・・・コトバ わかりますかいな〜 」

振り向けば 買い物カートを押した小柄な老婆が にこにこしていた。

「 あ  はい ・・・ あのぅ〜〜 野菜とか果物はここまでですか? 」

「 はいな。あ〜 都会の方には物足りなくてすんませんのう〜 なんせこの田舎なんでなあ

 シャレたモノはな〜〜んもありませんですだ 」

「 あ あの ・・・ そういうことじゃなくて・・・ この町特産のお野菜とかは

 どこか別のコーナーで売っているのですか? 」

「 とくさんの野菜? 」

「 ええ。 朝 畑で収穫したばかりのもの とか ・・・ 」

「 あっは ・・・ そったらモンはココでは売ってねえですだ。

 売ったらなんねえって村長サンから言われてますだで ・・・ 」

「 え ? 売ってはいけいないのですか? 」

「 ! な なんでもねえだ。 」

「 でも ・・・ 畑はたくさんありますよね? 」

「 あんの畑で採れたモンは売らねえで、み〜んなちょぼちょぼおらんちで食ってるだけだよ〜 」

「 まあ ・・・ そうなんですか ・・・ 」

「 観光の御客さんには〜〜 物産館 がありますで〜 そこにお土産品ありますだ。 」

「 おみやげ ・・・ 」

「 うんだ。 どんぞごゆっくり〜〜 キレイなガイジンのお嬢さん・・・

老婆はぺこり、とお辞儀をしてくれた。

「 あ・・・ あの。 わたし、観光客じゃなくて・・・しばらくこの村に滞在します。 」

「 ほう? あ〜〜 雑誌やらなんかの記者さんですか〜 」

「 いえ ・・・あのう  ち 父が・・・ 地質調査に来た < 父 > について来ました。 

夏祭も拝見したくて ・・・ 

「 ―  へ ・・・?  」 

「 ですから夏祭まで ここに住んでます。 あ あの〜〜 山の方に池がありますよね? 」

「 池 ・・・? 」

「 あ そうだわ、池じゃないって ち 父が言ってましたっけ・・・

 えっと ・・・ そう! 沼 ですよね〜  あの付近の地質調査に来ました。 

 水害を防ぐため、なんです。 

「 ― 水害 ・・・? 

「 ええ。 あの沼が氾濫するって本当ですか? そんな風には見えませんけど・・・

 えへへ・・・さっき、あそこに落ちちゃって ・・・ 」

「 !!! り 龍の沼に ・・・ 落ちた ・・・?? 

「 そうなんです〜〜 えへへ ・・・わたし、そそっかしくて・・・

 ちょっと踏み込んだだけだったんですけど どんどん足が沈んでしまって 」

「 ・・・ そ それで 誰かに助けてもらったとですかね  

老婆の声はどんどん低く、そして 暗くなってきたが フランソワーズは気がつかない。

「 いいえぇ〜〜 だって誰もいないんですもの〜〜 えいやっ!って岸の草を掴んで

 どうやらやっと抜けだせたの。 も〜〜 ドロドロのゲデゲデ〜〜 可笑しいでしょ? 」

「 ・・・ ヌシ様じゃ !  沼のヌシ様が ・・・ 」

「 はい? 」

「 お嬢さん。  あの沼には ・・・ もう近づかんほうがええですよ。 」

「 ええ 底なし沼 なんですってね? 」

「 ともかく 近くに行っちゃなんねえです  ・・・ お気をつけになって 

 出来るだけ早く 都会のお家にお帰えりなすった方がええです 」

始めは朗かだった老婆は ひそひそと囁くとそそくさと立ち去ってしまった。

「 ??? まあ なあに? わたし、なにか失礼なこと、言ったのかしら 」

フランソワーズは ちょっと呆れていたが すぐに気を取り直し買い物を続けていった。

 

 

   ・・・ ヌシが ・・・  また荒れる?

 

   生贄 じゃ !  金の髪 に 空の瞳の娘は  ヌシに捧げるのじゃ!

 

 

もし 彼女が < 耳 > を起動させていたら そんな声を拾えた ・・・ かもしれない。

 

 

 

 

「 ほう 〜〜〜〜 それでやはり底なし沼だったわけ ですかな。 」

「 どうもなあ そのようじゃよ。 あの子でも抜け出すのに苦労したらしい・・・ 」

「 そりゃ・・・無事でよかったなあ 」

「 うむ ・・・ やはり問題じゃな。 」

「 うむうむ ・・・ あの沼はなあ〜 < 山抜け > のカナメなんじゃよ 」

「 山抜け か。  なるほど、一種の緩衝地帯ってわけか 」

「 左様 左様。  それになあ ・・・ これは大昔の話じゃがな ・・・

 ここでは 山抜け を防ぐために、生贄を捧げとったらしいのじゃよ。 」

「 ― 生贄 ?? 」

「 左様。  伝承歌があってのう・・・ 

 ヌシが荒れる時には 生贄の娘を沼に沈めていた、というよ。 」

「 ふ〜〜〜む ・・・ その類の話は世界各地に存在するな 」

「 左様 左様〜〜 」

老博士らは 多くのデータを最新手法で解析しつつ ・・・ そんな非現代的なハナシを

していたのだった。

 

 

翌日は 朝からくっきりとした夏空が広がった。

 

  トーン トン トン トン  ピッ ピッ ピッ〜〜〜

 

村のそこここから 心が弾む音が聞こえ始めた。

「 ?  ああ ・・・ 太鼓と笛の音 ね?  わあ ・・・ ステキなリズム〜〜 」

フランソワーズは 窓を大きく開けるとじっと耳を澄ませた。

< 耳 > など使わなくても その音楽は村中の空気を楽し気に揺らせ流れている。

「 うふふ・・・ なんだか足が自然に動きだすわ〜〜〜 ぴ ぴ ぴ〜〜〜って ? 」

彼女は窓辺で軽くステップを踏む。

「 お早うさん。 おや ・・・ お囃子が賑やかですなあ 〜 

「 コズミ先生〜 おはようございます。 ね ステキな音楽ですね〜〜 

 うふふふ・・・ 足が動いちゃう〜〜 」

「 ほっほ・・・ 流石にバレリーナさんですのう〜〜

 こちらの祭は かなり由緒のあるものなんですなあ〜 お囃子の曲も踊りもずう〜っと地区に

 受け継がれてきたものだそうですよ。 

「 まあ そうなんですの? ますます楽しみですわ〜〜〜 あの 観光客も多いのでしょうねぇ 」

「 さあ のう ・・・ ま、 都会から帰省してくる人も多いそうですよ。 

 そうそう ・・・ 踊りといえば  龍の舞 だったかな ・・・ 」

「 りゅう、ですか? まあ ドラゴンの踊り? すごい〜〜〜 是非 見なっくちゃ!  」

フランソワーズは心底楽しみにしているらしかった。

 

   ガタン ・・・ 居間にしている部屋のドアが開いた。

 

「 うん うん 〜〜  あ〜 ちょっと待て。  フランソワーズ、ジョーから電話じゃ 」

ギルモア博士が 顔と一緒に子機を突き出した。

「 え♪  きゃ♪ 」

彼女はちょんちょん跳んで 博士から電話を受け取った。

「 ワシの用事は済んだから・・・ まあ ゆっくり気の済むまでしゃべっていいぞ。 」

「 はあい♪  ・・・ アロ〜〜? ジョー?  」

電話と共に 彼女は廊下に消えた。

「 ほっほっほ〜〜〜 嬉しそうですなあ〜〜 」

「 ははは ・・・ なんだかんだ言っても もう〜〜熱々ですからな。

「 そりゃいい〜〜  仲良きことは美しき哉 ですからなあ 

「 ジョーも 一緒に来たかったらしいのじゃが ・・・ 祭当日にはなんとか

 間に合って来られる と言っておったよ。 」

「 そりゃなにより・・・ ああ 彼にもちょいと実施調査を手つだってもらえると嬉しいなあ  

できれば 立ち入り困難地域も調査しておきたいのでね 

「 おお 喜んでやると思いますよ、ヤツも調査、検分は得意らしい ・・・

 そうじゃ 003の超視覚もお役に立てるかもしれんよ。 

「 それはありがたい ・・・ この時代にもう鉄砲水だの沼の決壊だのの水害は無くしたい

 ですからね。 」

「 まったく まったく ・・・ あ そうじゃった、ほれ、駅に着いた時に ほれ・・・

 あの威勢のいいオッサン、いや 村長サンがなんかかんか言っておっただろう? 」

「 ― あ〜〜 山を売った件じゃろ?  困ったもんですよ ・・・

 無秩序に山を切り開いてもらっては なあ。  特にココは複雑な地形じゃから ・・・

 しかし個人所有の土地の売買については 余計な口は挟めんしね。 」

「 それはそうじゃが ・・・ しかし村長ならこの村のハザード・マップくらい

 アタマに入っておるじゃろう? 」

「 ・・・ のはずじゃが・・・  手近の現金の方が魅力的なのは無理ないしなあ 」

「 うむ ・・・ 大きな災害がなければいいがなあ 」

「 そうじゃなあ〜〜  ま 台風の恐れはないが ・・・ 一番の心配は例のゲリラ豪雨ですじゃよ。 」

「 あ〜〜 雷雲が来れば ― 用心せねばな。 」

 

   バタン ・・・ !  

 

「 博士〜〜  ジョーがね、オマツリの当日にはきっと来ますって 〜〜 」

フランソワーズが頬を紅潮させにこにこ顔で戻ってきた。

「 それはよかったですなあ〜〜 ジョー君は お仕事ですかな。 

「 ええ そうなんです。  車関係の、あの ・・・ レース関係の仕事で・・・ 」

「 ほうほう それはそれは・・・ ムカシ取った杵柄というヤツですかな。

 専門の知識がある方に相応しいお仕事ですな。 」

「 さあ〜〜 どうだか・・・  彼にはやっぱり懐かしい世界みたいですわ。 」

「 そうでしょう そうでしょう・・・華やかじゃが 危険と背中合わせの厳しい世界ですよ。」

「 わたしもそう思います。 今回は取材なので危険はないはずです。 」

「 ふむ ふむ ・・・ お仕事が終わったらここで田舎の夏をのんびり過ごされればいい 」

「 ああ そうじゃな。 あ  これはアイツが来てから話そうと思っていたのじゃが・・・

 フランソワーズ、二人に少々協力を願いたいことがあってなあ 」

「 協力?? まあ なんでしょう? 」

フランソワーズは碧い大きな瞳を さらにかっきりと見開き、ぱちぱちしている。

「 うむ ・・・ あのなあ。 この地域の治水事業のために山間部の詳しい地形やら

 水路を調べなくてはならんのだ。 直接踏み込むのが一番なのじゃが・・・

 危険な地形が多くてのう・・・ それで申し訳ないのじゃが、君に  」

「 まあ おやすい御用ですわ。  なんなら今、 < 見て > みましょうか? 」

彼女はまったく屈託のない表情で 窓に近づこうとした。

「 ああ ああ 今はよいよ。  調査したい区域をはっきりと限定してから頼む。

 ジョーには できれば現場に入って欲しいのじゃが 」

「 はい きっと喜んでやりますわ〜〜  ジョーってば そういう探検みたいなこと、

 大好きですもの。  わたし達でしっかり調査にご協力しますね。 」

「 おお おお ありがとう〜〜 せっかくの避暑に申し訳ないが・・・」

「 いいえぇ〜〜〜  あ 調査地域ってあの沼の付近ですよね? 

「 そうなんじゃ。 あの地域は太古より鉄砲水災害が何回かあってなあ 

「 まあ ・・・ あ それじゃわたし、今日もう一回見てきます! 」

「 ああ そんなに急がんでも ・・・ 」

  バタン ・・・   老人たちの言葉が終わらないうちに彼女は軽い足取りで出ていった。

「 はは ・・・ さすがにお若い方は気が早いなあ 

「 いかにも〜 あの二人に任せれば調査は万全じゃな。

 ではワシらは調査範囲の限定と、 分析データの特定をしておくか。 」

「 そうですな〜  あ〜〜 このタブレットでハザード・マップが観られる・・かな? 」

博士たちも 早速調査の準備にかかるのだった。

 

 

  み〜〜〜〜〜〜ん みんみんみん ・・・  ジジジジ ジジジジ〜〜〜〜

 

村道の両側からは 競争みたいに蝉たちが声を張り上げている。

「 うわ ・・・ すご〜い ・・・ 音の壁 だわねええ・・・ ちょっとキツいわあ〜〜 

 あ。 いっけない ・・・ < 通常 > にしておかなくちゃ・・・ 

日傘を傾けつつ、 フランソワーズはすこし眉を顰めた。

「 ・・・っと。  あらァ〜〜 それでも大きな声 ・・・ 

緑濃い道を登ってゆく ― と 林の中から青年が一人、道を下ってきた。

大きな籠を背負い、両手にも網を持ち、草がぎっちり詰まっていた。

「 あ〜〜 こんにちは 〜〜〜 」

「 ・・・・ 」

フランソワーズの明るい挨拶に、彼は黙ってこくん、と首を垂れた。

「 すごい蝉の声ですね〜〜 

「 ・・・ この先には なんもねえだ。 」

「 え? 」

「 お客サンが見るようなモンはねえよ。 戻ったほうがええ 」

「 あ ・・・ あのう〜〜 池・・・じゃなくて 沼がありますよね?

 キレイな沼 ・・・ ちょっと見たいな〜って思って・・・ 」

「 −  沼?  あそこは ・・・ ヌシ様の祠だ。 

「 ぬしさま?? 」  

「 汚しちゃなんね。 」

「 見学したいだけですわ。 なにか伝説があるのですか?  

「 ・・・ この村にず〜〜っと伝わってきたハナシだ。

 ヌシ様は守り神だ。  畑の実りも 木々がまっすぐ育つのも ヌシ様のお蔭さ。

 けど ― 怒らせると ・・・ ヌシ様は荒れる。 」

「 荒れる??  」

「 そうだ。  荒れて ・・・ 村を壊す。 

「 え ・・・・ 」

青年はじっとフランソワーズを見つめた。  

 

     ?  なんなの ・・・ この瞳 ・・・

     睨んでいるのじゃないわ。  でも ・・・

     なにかとても ・・・ そう! 哀しい影が 

 

「 ・・・ アンタ ・・・ 帰ったほうがいい 」

彼の口調が変わった。

「 ?? なぜ そんなことを言うの? 」

「 ヌシ様は ・・・ 気に入った娘がいると 生贄にせよ、と荒れる ・・・ 」

「 − いけにえ ?? 」

「 村では 昔、ヌシ様に鎮まってもらうために 生贄をささげてきた。

 美しい娘を ―  雪の肌に陽の髪をした乙女を捧げて荒れないようにお願いした。 

「 ああ そういう伝説ってありますよね。 わたしの故郷でも大昔にはそんな伝説が 」

「 アンタ ・・・ 帰ったほうがいい。 」

青年はぶっきらぼうに、しかし真剣な口調でフランソワーズの言葉を遮った。

「 伝説 じゃない。 ここでは事実なんだ。 

 数年前、雨が続いた時・・・大水がでそうになって・・・ 娘が沼に落ちた。 」

「 まあ ・・・ 」

「 村で 一番の美人やったけど ・・・ そんで沼は ・・・ ヌシ様は鎮まった。 」

「 ・・・・・ 」

「 アンタは ― 」

「 え  わたし?? 」

「 観光客なら いい。 でも アンタは ・・・ ヌシ様に見つかる前に帰ったほうがいい 」

それだけ言うと 青年はスタスタと道を降りていってしまった。

「 あ ・・・ まって ・・・ ! 」

走って追えば 十分追いつくことはできたはずだ。

だが  フランソワーズはなぜか足が動かず、その場に立ち尽くていた。

 

     生贄・・・って ・・・ そういうこと???

     水害を防ぐために 女性をささげてきたの??

 

     伝説じゃないってどういうことなの???

     そんな中世の遺習みたいなこが残ってる ・・・・?

 

不意に あの沼のぬめり付くみたいな感触が思い出された。

 

    ひやり。   彼女の背を 冷たい、そして イヤな感じの汗が落ちる。

 

「 そ ・・・ そんなこと!  21世紀なのよ、それにこんなに明るい夏の村よ? 」

思わず周囲を見回したが ・・・ 猛々しいまでの緑と突き通るほどの青い空があるだけだ。

「 ・・・ 考えすぎよ。 あれはただの古い沼なのよ。

 そうよね〜〜 古い藻やら水草が絡んだだけよ。 うん、 普通の人だったら

 溺れちゃうかも ・・・ あ そうよ! 『 ジゼル 』 の沼みたいに ね 

 ふんふん〜〜〜〜♪   そうら〜〜 ヒラリオン! 溺れるがいい〜〜 ってね 」

『 ジゼル 』 の中の ウィリになった気分で 彼女はまた歩き出した。

 

  み〜〜〜〜〜ん ミンミンミン 〜〜〜   ジジジジ  ジジジ〜〜〜〜

 

一際 蝉たちが大きく鳴き始めた。

 

 

 

 ♪♪〜〜〜 ♪♪♪ 〜〜〜

 

「 あら メール? 

緑の中で お気に入りの音楽が聞こえた。

フランソワーズはバッグをゴソゴソさせつつ、同じ音を口ずさむ。

「 ふんふん〜〜〜♪  『 パキータ 』 大好き♪ 〜〜♪ っと〜〜 

 え〜と・・・ あら ジョーから♪ 

彼女は立ち止まり自然に笑顔で スマホの画面に見入った。 写真が添えてあった。

「 ま〜〜 すごいヒトねえ   ―  え。 」

 

    ボスン。      彼女はスマホをバッグに戻すとすたすた歩き始めた。

 

 きゅっと口を結んでもう笑ってはいない。

「 ・・・ なによ なによ〜〜〜  忙しいのはしょうがないけど ・・・

 なにも あんな写真 ・・・  」

 

  緊急の取材が増えて出発が遅れる。 それだけの内容だった。

ジョーは現場写真も送ってくれたが ・・・ 華やかなレース場、ジョーの後ろには

派手な女性たちが艶かしい視線を送っているのが ばっちり写っていたのだ。

「 なによ なによ ・・・ どうせワタシは地味な田舎がぴったり、よね! 」

フランソワーズは ガシガシ山道を辿って行った。

 

 

   サワサワ 〜〜〜 ・・・  青く臭いまでの緑の匂いを乗せて涼風が流れてきた。

 

「 あら ・・・ いい風〜〜 ふう〜〜 

フランソワーズは豊かな髪の下に手を入れて 爽やかな風を楽しんでみた。

少しは ― 気分がすっきりしてきた。

「 あ は ・・・ なんかいい気持ち 〜〜 」

ふう〜〜っと深呼吸すれば 気持ちも晴れてきた。

「 少し樹が減ってきたわね?  ・・・ ああ あの沼の近くまで来たのね。

 ふうん ・・・・?  ちょっと見には豊かな池に見えるんだけどなあ 〜 」

用心しつつ 汀に近づいてゆく。

「 気をつけなくちゃ ・・・ また落っこちたら大変よね ・・・ 

 あら ・・・ よく見れば睡蓮もちゃんとあるんだわ〜〜  昨日とは全然違った

 雰囲気じゃない? 」

遠目に見ると 沼 は ひっそり・・・でも陰気な空気は感じられない。

「 あらあ ・・・ この前とちょっと印象がかわったのかしら? 

そろそろと汀の方まで進んできた。  足元はそんなに沈むこともなかった。

落ち着いて見渡せば 真ん中の方にはミズスマシみたいな昆虫の影も少しは見えた。

「 ふうん? やっぱり沼というよりも、池 よねえ・・・? 

 昨日は慌てて足を突っ込んでしまったから印象が悪かっただけ かも ・・・ 」

 

  ふう 〜〜〜〜 ・・・・  大きく息をついて周囲を見回す。

 

「 それに ・・・ 昨日より明るいカンジ・・・  あ? 」

 

 ス ・・・  人影が先の林の中に見えた。

 

「 あら?? こんなところまで登ってくる人、いるのね。 林業の方かしら 」

どうやら長身の男性らしく、端正は横顔が窺えた。

「 散歩中 なのかしら。 地元の方・・・よねえ?  なにかこの沼について

 知ってるかも ・・・ 聞いてみるわ。 」

フランソワーズは林の中に駆けていった。

男性の後ろ姿が 見えた。  キモノか浴衣のようなものを着ている。

「 やっぱり地元の人よね。  オマツリの準備なのかな〜〜

 あの〜〜 すみません〜〜〜〜 」

彼女は足を速め ・・・ 声をかけた。

「 ・・・・・ 」

ほんの一瞬、その男性はこちらを見た ― ふうだったが次の瞬間・・・

 

  ゴウ 〜〜〜   風が林を吹き抜けた。

 

「 !?  あ?  あら??   ― 消えちゃった ・・・ 」

 

林の中は ただただ蝉の声が響き渡るだけ だった。

 

 

Last updated : 04,07,2015.                   back     /    index    /    next

 

 

 

**********    途中ですが

え〜〜〜 またまた短くてすみませぬ〜〜〜

で もって またまた続きます ・・・ <m(__)m>