『 熱砂の都  − (2) − 』

 

 

 

 

本当なら熱すぎるはずの光が今はとても心地よく、ぎらぎらと反射している水路の水面に

すこしばかり手を浸したい気分だ。

 

ここはどこなのか、そして自分は誰なのか。

夢にしてはあまりにリアルな世界に フランソワ−ズはごく自然にとけ込んでいった。

 

 − おはよう! 今日も気持ちのいい日ね♪

 

細い手足の可憐な少女の足取りは リズミカルに軽い。

輝石をあしらった革サンダルの足元には 濃い影が伸びる。

目の前に腕をかざしてみれば 少女のか細い腕には幾重にも金細工の環が嵌っている。

耳元でちろちろと可憐な音をたてているのは きっと同じ細工の耳飾りなのだろう。

 

 − わたしは。 ・・・ この王国の姫。 この宮殿の奥の院でそだったのだわ

 

フランソワ−ズは 空に緑に風に微笑を送った。

 

 − みんな おはよう〜 

 

水路を跨ぐ石橋を渡り、潅木の茂みをぐるりと回る。

「 わあ・・・ やっぱり朝が一番きれいねぇ! 」

ぱあ〜っと目の前に開けた花畑に 少女のフランソワ−ズは歓声を上げた。

みゃう、みゃ〜

「 あら、お水が欲しいの? いらっしゃい。 あの東屋に泉が湧いているのよ。 」

・・・ みゃ〜〜〜

 

少女は茶色の仔猫を抱き上げ 花畑の中を進んでいった。

潅木の林のお蔭だろうか、さわさわと穏やかな風が花々を揺らす。

漂う芳香が 身体中に満ちてとても気持ちがいい・・・

 

「 ・・・ほら、トトメス。 お水よ。 ・・・冷たくて美味しいでしょう? 

ねえ ちょっと見てて? これはゆうべ思いついたの。 」

仔猫を東屋に座らせると、 少女はぽん、とその前の小庭に飛び降りた。

 

小声でメロディ−を口ずさみ、少女はゆっくりと踊りだした。

細い腕をやわらかく・繊細に動かし 華奢な足は砂地をしっかりと捉える。

振り上げた腕に くるりと回る首に 金細工がきらきらと瞬き揺れる。

踊りながら摘み取った紅い花が一輪 亜麻色の髪に輝く。

 

 

・・・ ざっ・・・!

みゃうっ!!

「 ・・・ 誰っ?! 」

 

不意の足音と仔猫の鋭い鳴き声に 少女はぱっと動きを止めた。

東屋の反対側から一人の少年が現れた。

 

セピアの髪が黄金の環の下からはみだして、秀でた額を見え隠れにしている。

 

「 やあ・・・ ごめんね。 折角踊っていたのに邪魔してしまった・・・ 」

「 ・・・あ、 いいえ ・・・」

「 朝の散歩に来て、水を飲みに寄ったんだけど。 ・・・素敵なものを見せてもらったよ。

 上手だね・・・・ ありがとう。 」

「 ・・・ そんな・・・ 上手だなんて。  好き勝手に動いているだけですわ。

見知らぬ少年は まとっている衣も革帯やサンダルにまで金細工が施してあり、

身分の高い、多分王族の一人だろうと少女は思った。

広大な王宮には いくつもの宮殿があり夥しい数の人がくらしている。

 

実際、顔もしらない自分の異母兄弟・姉妹も沢山いた。

・・・多分この少年もそんな人たちの一人なのだろう。

 

みゃ〜?

 

足元に仔猫が身体を摺り寄せる。

その感覚に少女は、はっと我に返った。

 

「 あ・・・ 失礼します・・・・ トトメス、いらっしゃい。 」

「 あ、待って・・・・ きみ、名前は ・・・ ? 」

 

少年の叫びを背中に聞いて 少女は花畑の中を突っ切って駆けていった。

 

 − ・・・ふう。 ねえ、素敵な方ね? お前みたいに綺麗なセピアの髪・・・

 

 − みゃう。 みゃお〜〜ん・・・

 

少女の腕のなかで仔猫がひときわ大きく鳴いた。

 

 

「 お母様〜〜  お早うございますっ 」

「 おお・・・三の姫・・・ まあ、何処へ行っていたのです、こんなに汗をかいて・・・ 」

石造りの長椅子に毛皮を敷き、美しい婦人がゆったりと掛けていた。

きっちりと結い上げた髪に 空の色の宝玉が輝く。

女奴隷たちが柄の長い幡でゆるゆると風を送ってくる。

 

「 お花畑。 朝一番で紅花の花束をつくろうと思って・・・ 」

「 三の姫は紅花が本当に好きですね。 あら、それで花束は? 」

「 それが・・・あの・・・ 摘むのを忘れちゃって・・・ 」

「 まあまあ ・・・ わざわざ庭園の奥まで行ったのに。

 おかしな姫ですね。 ねえ、トトメス ・・・ 」

 

・・・みゃあおゥ〜〜

 

いつの間にか婦人の膝に乗っていた仔猫は目をくりくりさせ

長いしっぽをくるり、と回してみせた。

 

「 ・・・ 王妃さま ・・・ 」

「 ああ、ありがとう。 ・・・さあ、姫も頂きなさい。 」

召使が捧げる盆には 黄金の杯がふたつ、たっぷりと果汁を満たして並んでいる。

「 はい、お母様・・・ いただきます。 」

「 ・・・・ この紅花はね。 」

婦人は娘が髪にさしていた一輪の花にそっと触れた。

「 この花は わたくしの故郷、ミタンニの花。 幸せを運ぶ花といわれ、母はこの花と一緒に

 この国に嫁いできました。 」

「 お母様の故郷・・・ きっと綺麗な人ばっかりなのね。 行ってみたいわ・・・

 お母様はお名前の通りの方ですもの。 」

娘はうっとりと母を見つめた。

「 姫、あなたもとても綺麗ですよ。 

 わたくしはこの地でネフェルティティ( やってきた美しい人、という意味 )と呼ばれていますが、

 今にね、きっと姫の方がもっと美しくなりますよ。 この紅花のように・・・ 」

「 お母様 ・・・・ 」

「 政略結婚でしたが、わたくしは姫のお父様とめぐり合えて本当に幸せでしたよ。

 六人姉妹の中でひとりだけ母の青い瞳を受けついだ可愛い三の姫・・・

 あなたが素敵な方と共に人生を歩めることを祈っています。 」

「 ・・・・ 素敵な方 ・・・ 」

黄金の杯の陰で、不意に少女は頬を染めた。

 

さっき出逢ったばかりのセピアの瞳が 目の前に浮かんだ。

 

・・・素敵な方・・・ 優しそうなヒトだったわ。 

ええ、わたし、知ってるわ。 彼はとても優しくて・強くて・・・ 

・・・ そう、彼の名はね。 ・・・ ジョ−。  ジョ−? ねえ、どこに居るの・・・?

 

 

 

「 ・・・フラン、フランソワ−ズ ・・・? 」

「 ・・・・ ジョ− ・・・ どこ ・・・? 」

「 どうしたの。 なにか夢でも見たのかい ・・・ 」

「 ・・・ ああ ・・・ わたし ・・・・ 」

 

かるく身体をゆすぶられ、重い瞼をあけるとセピアの瞳がじっと覗き込んでいた。

フランソワ−ズはすべすべした彼の胸に顔を寄せている自分に気がついた。

 

「 目が覚めた? なんだか、うなされているみたいだったから・・・ 」

「 ・・・ 同じだわ・・・ セピアの瞳  」

「 フランソワ−ズ・・? 」

「 ああ・・・ ジョ− ・・・ 」

「 やっと目が醒めたみたいだね。 楽しい夢だったのかな。 」

「 ・・・ 夢 ・・・ ああ、そうね・・・ 」

ジョ−は腕の中の彼女のそっと口付けをした。

「 ふふふ・・・ まだ、時間はあるよ。 今度はゆっくりお休み。 

 明日からはきっと忙しくなるからね。 」

「 なにかわかるといいわね。 」

「 うん。 ・・・もう少し眠ろうよ。 ふふふ・・・博士にさ、

 行儀良くしてきみを休ませてやりなさいって言われちゃったし・・・ 」

「 ・・・え ・・・ まあ ・・・ 」

ぽっと頬を染めたその姿があまりに可憐で愛しくて。

ジョ−は思わずもう一回彼女を抱きしめてしまった。

「 ・・・大丈夫 ・・・ お行儀良くするから・・・ 」

「 ジョ− ・・・ ずっとあなたを知っていたわ ・・・ 」

「 ・・・ え? ・・・ああ、もう眠ったのかい・・・ 」

フランソワ−ズはほんのり笑みを唇に残し ことん、と眠りに落ちてしまった。

額にかかる亜麻色の髪にそっと口付けをして。

ジョ−は彼女をゆったりと抱きなおすと、彼もまた目を閉じた。

 

 

 

「 おはようございます、ギルモア博士。 おはよう、諸君。

 ようこそ、わがロンドンへ! 」

相変わらず大仰な仕草で グレ−トがホテルのラウンジに現れた。

「 おお、グレ−ト。 お早う、わざわざすまんのう。 」

「 お早う、グレ−ト。 」

「 お久しぶり。 ・・・お仕事忙しいのに大丈夫? 」

「 貧乏ヒマなし、多忙な身ですが博士のご依頼とあっては無碍にお断りはできませんな。

 ちょっくら保険省に潜入してきましたよ。 」

「 すまん、すまん。 ・・・ それで ・・・?」

運ばれてきた香りたかいお茶で ごくりと咽喉を湿すとグレ−トは声を落として語りだした。

「 ・・・博士のご心配は残念ながら的中でした。 」

「 ・・・ では、やはりハ−シェル君は・・・ 」

「 ええ。 劇症の伝染病・・・ 奔馬性のものでワクチン等はまだ・・・ 」

「 それで・・ やはり<ミイラの呪い>と関係があるのかい? 」

「 それ、それさ。 my boy、おぬしのカンもたいしたものだぞ。 」

極彩色のカップをソ−サ−にもどしグレ−トはいっそう低くしゃべり始めた。

「 いや・・・あんなにガ−ドがキツイのも珍しいと思ったんだが・・・

 とにかく政府はこの事態を隠蔽するのに精一杯ですな。 」

「 そんなに特異なウィルスなのか? SAASとか鳥インフルエンザやBSE・・・

 昨今流行ったものとの関連はどうじゃ。 」

「 いや、全然別系統のウィルスらしいです。 発生源はやはり、例の<ミイラ>。

 そこまでわかっていながら、特効薬が開発できない・・・

 こりゃ世間に漏れたら大パニックですから。 」

「 ・・・ふむ。 ミイラか・・・。 」

「 それって以前の・・・発掘当時の呪い騒ぎになにかカギがあるかもしれませんね。」

「 わしもそう思うよ、ジョ−。 ・・・ただなあ。 考えてみたまえ。

 わしらも、ハ−シェル君の案内であのミイラと接しているんじゃぞ? 

 まあ、彼に比べれば短時間じゃったが、とにかく接触の事実はあるわけじゃ。 」

「 そうですよね! しかもあんなに至近距離で・・・ 」

「 え・・・そうなのかい?? おぬしはともかく・・・博士やフラソワ−ズ、

 ・・・大丈夫ですか。 」

さすがのグレ−トも顔色を変えた。

保険省に潜入してこのウィルスの恐ろしさを垣間見た彼にはもっともな反応だろう。

「 それじゃよ。 この通り、わしらはぴんぴんしておる。

 この差・・・ 発掘当時のカ−ナ−ボン卿とカ−タ−氏の差となにか関連があると

 思われるんじゃ。 このウィルスへの特効薬のカギもきっとそこにある。 」

「 う〜〜ん・・・・ それで、これからどうします? 」

「 うむ。 わしらは発掘時の資料を探ってみる。 グレ−ト、ご苦労じゃが

 もうすこし保険省の方を頼めんかの。 

「 アイ・アイ、サー。 ・・・ マドモアゼル? どうした、今日はえらく大人しいじゃないか。 」

「 あ、あら・・・そんなコトないわ。 ・・・でも、一番悲しんでいるのはあの少年王と

 その王妃様じゃないかな・・・って思って。 」

「 ああ・・・そうだろうねえ。 彼らに安らかな眠りを取り戻してやるためにも

 もうひと仕事・・・頑張りますかな。 」

「 ぼく達も資料からなにか手がかりをさがすよ。 」

「 健闘を祈る。 しばらくエジプト三昧といきますか。 

 ・・・お? さっそく 『 アイ−ダ 』 とは、さすがにマドモアゼル〜

 かの熱砂の国の歌がお気に召したのかな。 」

ティ−・テ−ブルからたちあがったグレ−トは ばちんとフランソワ−ズにウィンクをした。

フランソワ−ズがなにか低くメロディ−を口ずさんでいるのだ。

「 ・・・え ・・・ 『 アイ−ダ 』って・・・そうなの?

 わたし・・・ よく聞いたの。 窓を大きく開けていると風にのってこの歌が聞こえたわ。 」

「 ほう? その曲はエジプトの古い民間伝承曲を元にした、と聞いたよ。

 現代でも歌われているのか。 」

「 ・・・ 自然に覚えていたわ ・・・ 侍女たちは笑ったけど・・・ 」

「 ? や、ではひとまず、我輩はこれで。  博士、諸君、失礼いたす。 」

「 おお ・・・ では、頼んだよ。 」

 

またまた大仰な身振りを残し、グレ−トはラウンジを出ていった。

「 ・・・・ 姫君が口にする歌ではないですって言われたけど。

 わたし・・・大好きだった・・・ そう、トトメスも・・・ 」

「 フラン? 」

ジョ−は真顔でフランソワ−ズを見つめた。

ついぞ自分が聴いたことのないメロディ−を懐かしげに歌い、

はるか彼方に視線をとばしている彼女が ジョ−は本気ですこしばかり心配になってきた。

 

「 フラン? ・・・ フランソワ−ズ? 」

「 ・・・え ああ、 ジョ−。 なあに。 」

「 これから博物館の資料室へゆくけど・・・ きみ、今日は休養しておく? 」

「 あら、どうして? 資料は膨大よ、人手は多いほうがいいわ。

 さ、行きましょう。 」

「 ・・・ うん ・・・ 」

フランソワ−ズは元気よく立ち上がった。

博士の後ろを護って 颯爽とホテルのロビ−を横切ってゆくその姿を

慌てて追いつつもジョ−は気がかりな思いを捨てきれない様子だった。

 

 

 

「 やっぱりきみだった。 」

「 ・・・ あなたは ・・・ 東屋でお目にかかった、奥庭にいらした王子さま・・・ 」

異国の小さい姫君の自分と夢を見ている自分が一緒になって目を見張っている。

フランソワ−ズは不思議に思いつつも奇妙な安らぎを感じていた。

目の前ではにかんだ笑みを浮かべ、手を差し伸べているのは ・・・ 確かにジョ−なのだ。

 

ただ・・・ ジョ−はセミの羽みたいな薄物をまとい、腰に締めた革帯には短剣を下げている。

はねあがったセピア色のくせっ毛とヘイゼルの瞳は・・・いつものジョ−だ。

 

 − ・・・またあの夢・・・? 夢の続きなの・・・

 

みゃあ・・・

腕の中で仔猫が不思議そうに自分を見上げている。

 

ねえ? トトメス・・・ あなたはどう思う? 

 

「 トトメス・・・だったよね? ぼくのこと、覚えていてくれたんだ・・・・

 あの時・・・紅い花を持って舞っていたあなたが忘れられなくて。 

 とても可愛らしかった。 こんな人と一緒に過せたら って思ってたから。

 父上様のご遺志を聞かされたときには・・・すごく嬉しかった・・・ 」

「 それで ・・・ わたしがあなたの妃に・・・? 」

「 うん・・・ ああ、庭にゆこうよ。 ここの庭も結構気持ちがいいんだ。 

 ねえ、トトメスも一緒に・・・ 」

「 ・・・ はい。 」

少年はフランソワ−ズの手を取って中庭に案内した。

 

「 ・・・ 王子様の宮殿は立派ですのね。 」

「 そうかな・・・・。 ぼくはきみの住む離宮の方が好きだな。

 なんだか・・・暖かくていい。 ここはぼくだけには広すぎる。」

「 お一人なの? 」

二人は水路を被う潅木の茂みに腰を下ろしていた。

ぱしゃり、と少年は水路に手を漬けた。

「 うん。 母君はぼくを生んですぐに亡くなった。 

 王妃様・・・ きみの母上には時々お目にかかっているよ。

 今度もね、 トトメスっていう仔猫をつれた舞踏が上手で可愛い姫って言ったら

 すぐにわかってくださった。 」

「 ・・・ まあ。 」

フランソワ−ズは 思わず膝の仔猫を抱き上げ顔を隠した。

 

「 ・・・ぼくには 大変は運命が待っているのだけれど。

 父上様や大神官たちの決定じゃなくて・・・ その・・・ ぼくの望みなんだ。

 ぼくと一緒にこの運命を受け入れて欲しい・・・ ぼくの妃になってくれますか。 

 紅花の姫君・・・ アンケセナ−メン ・・・ 」

 

 − アンケセナ−メン

 

ジョ−の口からもれたその名が ぴりりとフランソワ−ズの意識に響いた。

 

・・・そうか。 そうなのだ・・・・

わたしは あの花束を捧げた幼い王妃。

 

フランソワ−ズは静かにトトメスを下ろすと、ジョ−の顔を真正面からみつめた。

そして。

テ−ベを照らす太陽よりも 母なるナイルの水面よりも 艶やかに

彼女の運命のひとに微笑みかけた。

 

「 はい。  ファラオさま 」

 

ありがとう・・・!

ちょっと心配そうだったセピアの瞳にも ぱっと輝きがもどった。

 

「 トトメスも一緒で・・・ いいですか? 」

「 もちろんだよ! あ、ここにも仔猫がいるんだ。 女の子でイシス。 」

「 まあ、トトメス? 素敵なガ−ルフレンドができそうよ? 」

「 ・・・ きみに会えて ・・・ よかった・・・!

 きみを妃にできるなら ファラオになるのも悪くないかもしれない。 」

「 ・・・・ 」

フランソワ−ズは そっと王子さまの手を握った。

 

あのね。 

ひとつ、お願いがあるの。

 

なに?

 

二人だけの時は ・・・・ あなたは ジョ−。

 

<ジョ−>? 異国の名だね、いいよ、二人だけの秘密で楽しいや。

あ、じゃあ ・・・ きみは?

 

わたしは ・・・ <フラン>  なんだかそんな言葉がふっと浮かんだの。

 

いいよ、柔らかい響きだね、 えっと・・・ フラン?

ええ、そうね、 ・・・ ジョ−。

 

 

ふふふ・・・と笑った自分の声で フランソワ−ズは目が覚めた。

 

 − ・・・え ・・・ ここはテ−ベ? ううん・・・ ここはロンドンのホテル・・・

 

見上げていた天井から視線をずらせば

自分のすぐ横には見慣れたジョ−の寝顔があった。

 

 − ・・・ 王子様? ううん ・・・ ジョ−。

 

フランソワ−ズは そっと手を伸ばしジョ−の髪に触れた。

柔らかいクセっ毛・・・ 通った鼻筋に秀でた眉・・・

いつもの ジョ−の寝顔。

 

おんなじ。 同じジョ−だわ・・・  でも、あそこはいにしえの熱砂の都・・・

そうだわ、 あなた、わたしのこと・・・ アンケセナ−メン って呼んだわ。

じゃあ・・・ あなたは ・・・? 

 

カ−テンから零れてきた淡い陽射しに ジョ−はもぞもぞと寝返りを打った。

「 ・・・・ あれ・・・ もう・・・朝?

 お ・ は ・ よ ・ う ♪ フラン ・・・ 」

シ−ツから伸びた彼の手が きゅっとフランソワ−ズを抱きしめた。

「 おはよう。 ジョ−。  あ・・・あら・・・ ダメよ、朝から ・・・ や ・・・ 」

 

 

 

「 ここにある資料は・・・ こんなものかの。 」

「 え〜と・・・ そうですね。 あとデ−タ化してファイルに入っているのがいくつか。

 ソレはあとでまとめて調べてみましょう。 」

ジョ−がキャスタ−に乗せて本やら資料を書架から運んできた。

「 カ−ナ−ボン卿とカ−タ−氏に なにか違いがあるはずじゃ。

 その辺りを重点的にチェックしておくれ。 」

「 はい。 」

「 ・・・ これは、あのミイラの黄金のマスクの写真ですわね。 」

 

そこは多量の書物が発する独特の匂いにみちた閲覧室。

灯りもそっけない単なる白色灯なのだが・・・・

フランソワ−ズには目の前の写真だけがぱっと明るく見えた。

 

ペ−ジの間から 熱い空気が立ち昇り彼女を取り巻いた。

風が 吹いてくる・・・

熱砂の都に吹く、乾いた風がフランソワ−ズの濃い睫毛を揺らす。

 

 − ・・・ あなた。

 

・・・なに、フラン。

写真がひそり、と応えをかえした。 

やっぱり。 あなただったのね・・・

フランソワ−ズは片頬だけで微笑みそっとその顔写真を指先でたどる。

 

指が・・・・ 覚えていた。 

黄金のマスクの、いや、自分が夫と呼んだひとの額の 頬の そして 唇の感触を。

 

わたし・・・ あなたを愛していたわ

わたし・・・ あなたに愛されていたわ

覚えている・・・ この顔も この身体も ・・・ いく千もの愛の夜も。

 

 

「 フラン? なにか気にかかることでもあるのかい。 」

「 え? ・・・ ううん。 ただ・・・ 」

「 ただ ? 」

「 悲しんでる。 はやく解決策を見つけないと・・・

 ウィルスを運んでしまったファラオは とてもとても悲しんでいるわ。 」

「 ああ、そうだろうね。 全然彼の責任ではないのにな。

 この少年王はミイラになってまで<利用>されてしまったのだもの。 」

「 ほんになあ。 年若くして即位と同時に結婚、そしてわずか18歳で病死・・・

 彼は政治に利用され続けた不幸な生涯だったようじゃな。 」

「 ・・・ ちがうわ。 」

「 え? なにが。 なにか、見つけたの、フランソワ−ズ? 」

「 ちがうの、ちがうのよ。 不幸じゃなかった・・・

 ・・・・・ とても幸せは日々と送っていたわ。 」

「 あん? なにかそんな戯曲でもあるのかの。 

 さあ・・・ とにかく急いで二人の生死を別けたカギを見つけなければ。 」

「 そうですね。 フランソワ−ズ・・・ ねえ、ちょっと気分を変えて

 PCのデ−タの方を当たってみてくれないかな。 」

「 ・・・ え ・・・ ああ、そうね。 ええ、わかったわ、こちらは任せて。 」

「 うん、頼んだよ。 」

書物の山に没頭してしまった博士と ふわりとモニタ−の前に移動したフランソワ−ズ、

双方を見やって ジョ−はどうも釈然としない様子だった。

 

・・・ なんかヘンだな。 そう、あのカイロの夜からずっと・・・

 

 

 

 − ・・・この空気。 帰ってきたのね、ここは ・・・ テ−ベ

 

フランソワ−ズは石造りのテラスにでて おおきく息を吸い込んだ。

・・・熱い空気、乾いた風が たまらなく心地よかった。

 − わたしは。 この地で生きているが本当のわたし・・・なのかもしれないわ。

 

「 フラン〜〜 いま戻ったよ。 」

「 お帰りなさい、あなた。 ・・・ふふふ・・・ダメよ、<フラン>は二人だけの時♪ 」

「 ごめん・・・ でも、きみにぴったりの名なんだもの。 

 ね、ほらこれ。 今日、ナイルの彼方の国からの貢物なんだけど・・・ 」

「 なあに・・・ わぁ・・・ 」

「 綺麗だろ。 きみの瞳みたいな色だよね。 ほら・・・ 良く似合う。 」

少年王は 取り出した宝玉を彼の妃の胸元に翳した。

「 まあ ・・・ 素敵ねえ。 ありがとう、ジョ−。 」

「 あ、ほらきみも。 <ジョ−>は二人だけの時、の約束だろ。 」

「 まあ・・・ ジョ−ったら。 」

「 ほら、また・・・ 」

年若い王と王妃は声を上げて笑いあった。

 

「 ・・・ どうぞ。 」

奴隷が銀盆に黄金の杯を二つ、捧げ持ってきた。

「 きみが頼んだの。 ありがとう。 」

「 え? あら、いいえ。 わたしが命じたのは果実よ。 柘榴が身体にいいから・・・

 あなた、このごろ顔色がすぐれないときがあるでしょう? 」

「 ふうん? きっとどこかで聴き間違えたんだね。 」

「 そうね。 せっかくですもの、いただきましょう。 」

フランソワ−ズは優雅な手つきで杯を取り上げた。

 

  − みゃう〜〜〜っ!!

 

カシャ−ン ・・・・ 

 

「 な、なあに?? え? トトメス? どうしたの? 」

「 ・・・ フラン、 あれを・・・ 」

「 まぁ! ・・・ 」

駆け寄っていきた猫のトトメスがいきなり体当たりをして女主人の杯を叩き落とした。

愛猫の行動に驚いた彼女は ジョ−が指すものを見てさらに絶句してしまった。

床には 黄金の杯がころがっている。

そして・・・

カ−テンにかかった飛沫は みるみるその布地を変色させ穴を開けていった。

 

「 ・・・ 毒 ・・・? 」

「 らしいね。 さっきの奴隷は? ・・・ふん、もうどこにもいやしないだろうけど。 」

「 どうして・・・ 」

「 ごめん、怖がらせてしまったね。 政( まつりごと )に陰謀はツキモノなんだ。 

 やあ、トトメス。 ありがとう・・・ ご苦労様。 」

「 え? 」

ジョ−は彼の妃の腕に収まった愛猫の顎の下をかるく撫でた。

「 こいつに頼んだんだ。 きみと結婚した日に・・・ ぼくがいないときには

 フランを護っておくれ、ってね。 」

「 まあ、そうなの。 ありがとう、トトメス。  じゃあ・・・ これはジョ−とわたしからのお礼よ。 」

フランソワ−ズは胸元の青い宝玉をはずすと トトメスの首輪にかけた。

「 ほら・・・よく似合う。 ファラオの猫に相応しいわ。 」

「 本当だね。 彼は勇者だもの。 そうだ、狩に一緒に連れてゆこうかな。 」

「 え、狩?  まあ、わたしも一緒に行ってもいい? 」

「 もちろんだよ。 大猟を祈ってくれる? 」

「 ええ! ・・・ さあ、大急ぎでお支度をしなくちゃ。 ねえ? トトメス。 」

 

 ・・みゃあおぅ〜〜〜

 

「 ははは。 あれ、イシスは? お前のお嫁さんはどこにいるんだい、トトメス。 」

「 あのね。 イシスはね・・・ おめでた、ですって♪ 

 涼しいところで休んでいるの。 」

「 そうか! 家族が増えるね。 おい、いいなあ。 」

少年王はにっこりと笑い屈んで愛猫の顔を覗き込み顎をくすぐった。

 

「 ・・・ごめんなさい。 わたし ・・・ まだ ・・・ あなたの ・・・ 」

しゅん・・・として俯いてしまった若い妃の肩をジョ−はきゅっと抱き寄せた。

白い頬に零れた涙粒を 彼はそっと吸い取った。

熱い視線が絡み合う。

「 きみがいれば、いいんだ。 それで十分だよ・・・ 」

「 ・・・・ ジョ− ・・・ 」

「 ぼくの紅花の人。 ほら、笑って? きみの笑顔はぐっと素敵なんだ。 」

 

 

 

Last updated:  02,14,2006.                  back    /    index    /    next

 

 

 

 

****  アンケセナ−メンがネフェルティティの <三女> なのは本当です♪

素敵な偶然ですよね〜 あとは・・・例によってウソ八百〜〜〜(^_^;)

アイーダ』 云々・・・も本気にしてはイケマセン。 ・・・なんだか・・・

【 王家の〇章 】みたくなってきたかも(大汗)  あと一回、続きます〜〜<(_ _)>