『 熱砂の都 − (3) − 』
差し込む日差しは頼りなく、周りにあるものはすべてくすんだ色をしている。
それは何事もくっきりと鮮明な形を示していたあの土地とは対照的である。
− ここは・・・ ロンドン ・・・?
肌にあたる清潔なシ−ツの感覚・・・
いつもなら安堵感をおぼえるのだが、今朝はなぜかそれはよそよそしい気がした。
フランソワ−ズはそっと半身をずらし、身体に絡まっているジョ−の腕をはずした。
この世界でのジョ−も <家族>を心待ちにしているだろうに・・・
古代の王妃と同じ想いがフランソワ−ズの中から溢れてきた。
「 ・・・ ジョ− ・・・ ごめんなさい ・・・ 」
「 ・・・ うん? あ・・・ もう・・・こんな時間か・・・おはよう、よく眠れたかい。 」
「 ええ・・・ ジョ−・・・今朝は優しいのね。 」
「 あれ、いつも優しいつもりだけど・・・。 さあ、今日こそなにか手がかりを見つけないと。」
「 そうね。 急がなくちゃ。 」
「 きみ、本当に大丈夫? なんだか顔色、冴えないなぁ・・・
カイロでは暑さのせいかな、って思ってたんだけど。 」
「 え・・・そう? ・・・なんかずっとね・・・あのミイラに添えられていた花束が
忘れられなくて・・・ 夢にまで出てきたの。 」
「 ふうん・・・ よっぽど印象深かったんだね。 」
「 ・・・ あなたに捧げたのよ。 」
「 え? なにを。 」
「 なんでもない。 さあ、支度しましょ。 博士がお待ちよ、きっと。 」
「 うん。 ・・・ よし、頑張るか! 」
二人は勢い良くベッドから起き上がった。
相変わらず鈍い陽射しが 寒々とした北の都の朝を照らしていた。
がちゃり、と開けたドアがとても重く感じた。
毛足の長い絨毯に躓きそうな気がした。
ほぼ一日中、本と資料の間に埋もれていただけなのに、この疲労感はなんなのだろう。
− ・・・・ なにか・・・忘れているわ・・・
フランソワ−ズは深く、重い息を吐いた。
なにか・・・ なにかがこころの底にとどまったまま、澱んでいる。
とても大事なモノなのは本能的にわかるのだが、いまひとつはっきりしない。
思い出したいのに もやもやと形をなさずにソレはふ・・と姿をけしてしまう。
− 早く 見つけなければ・・・
気ばかり焦って実際には事態はなにも進んでいない。
焦燥感と疲労感はジョ−も同じらしい。
務めて平静な表情をしているが 彼の足取りも重い。
「 フランソワ−ズ? 先にバスを使えよ。 疲れたろ。 」
「 ありがとう、ジョ−。 いいのよ、ジョ−こそ大変でしょ、お先にどうぞ。
わたし、貸し出してもらったDVDを見ておきたいし・・・ 」
「 ・・・ 一緒に入る・・? 」
疲れた顔をしながらも、ジョ−は軽くウィンクを送ってよこした。
「 ジョ−ォ! お行儀良くするんじゃなかったの? 」
つられてフランソワ−ズも低く笑った。
「 ふふふ・・・残念! じゃあ、先に入るね。 あんまり根をつめ
「 d'accord ( 了解 ) 」
バス・ル−ムに消えるジョ−を見送ったとき、フランソワ−ズは思わず叫びそうになった。
− 行かないで!
「 ・・・ え。 」
あわてて自分の口を押さえた。
なぜ? ・・・ だって。 今の叫びは熱砂の国の王妃の・・・悲鳴だわ。
本当にどうしたの・・・?
すとん、とベッドに腰を下ろしたつもりだったが フランソワ−ズの身体は
ゆっくりとそのままベッドカバ−の上に倒れていった。
・・・ファラオの王宮だというのに どんどん人が減ってゆくわ。
フラソンワ−ズは窓辺から真っ青な空を見上げていた。
手入れの行き届いた庭園には 水路が涼しげにながれ潅木の植え込みは濃い影を落としている。
遠くからかすかに奴隷たちの歌声が聞こえるが風の音にかき消されがちである。
そんな見慣れた風景に囲まれながら・・・ この宮殿は森閑としていた。
ほんの数ヶ月前まで、若いファラオ夫妻の楽しげな笑い声がいつも響いていた頃、
そこは活気に満ちていた。
多くの召使や奴隷達が伺候し訪問客も絶え間なかった。
もっときみと二人っきりの時間が欲しいなあ・・・
政務に追われ、でも生き生きとしつつもジョ−は不満そうに言う。
「 トトメスの家族も増えたし。 皆で離宮にでも遊びにゆきたいよ。
きみと ・・・ ゆっくり過したい。 」
「 まあ、あなた。 そうね、お仕事が一段落したら・・・川遊びにでも行きましょう。
そのころには トトメスの子供たちももっとお利口になっているわ。 」
「 ははは・・・ もう、やんちゃざかりだものね。 」
自分の剣の緒にじゃれついている仔猫を ジョ−はひょいと抱き上げた。
「 このコは・・・ メンフィスだね。 トトメスに良く似てる・・・ 」
「 ふふふ・・・ 一番上のお兄ちゃんだから特別やんちゃみたいね。 」
「 ぼくは・・・ この王宮はあんまり好きではないけれど、ここは別さ。
・・・ きみがいるところはどこだって最高だ。 」
「 ・・・ ジョ−。 わたしもよ。 」
「 すべての神々に感謝する・・・ 」
「 ねえ? 実家( さと )の宮から香油が届いたの。 とてもよい香りよ。
ジョ−、お疲れのようね・・・ あれを塗ってすこしお昼寝なさったら。 」
「 きみが塗ってくれる? ・・・ 一緒に ・・・ お昼寝しよう。 」
少年王は王妃の肩を抱き寄せた。
太陽と熱砂の香りが 彼女を包む。
「 ・・・ まあ・・・ 真昼間よ・・・ 」
「 帳 ( とばり )を降ろせば・・・ ニュ−トの女神が隠してくれるよ。 」
「・・・ あ ・・・ 」
「 香油と ・・・ 削り氷( けずりひ )を。 」
「 はい、ファラオさま 」
召使に言いつけ、すい、と彼の妃を抱き上げるとジョ−は微笑んで寝室に向かった。
・・・あれは。 あんな日々はつい、この間までの普段の日々だったのに。
忙しそうに、でも楽しげに仕えてくれていた召使たち。
不思議なメロデイ−を始終口ずさんでいた沢山の奴隷たち。
そんな彼らは 潮を引くように姿を消していった。
ファラオの王宮は呪われている
少年王のちょっとした病をきっかけに姿のない噂が沸き起こり
それと同時にそれまでいろいろと追従していたモノ達は去っていった。
・・・ いいのよ。 真心のないモノたちはいらないわ。
ここには ・・・ 本当にジョ−を大事に思ってくれる人だけで十分よ。
ね、トトメス。 わたしとお前の一家がいれば それで大丈夫・・・
そうだわ。 久し振りに紅花を摘んできましょう。
ジョ−もあの花が大好きですものね・・・ トトメスは何処かしら。
ほっと吐息をつき、フランソワ−ズは窓辺を離れた。
・・・ その瞬間 ・・・
「 ・・・ 誰?! 」
振り向いて叫んだ途端に 黒い影がさっと目の端を横切った。
きらり、と一瞬なにかが光った・・・ そして。
バシュ・・・っ!
イヤな音がして ばたり、と足元にセピアの身体が落ちた。
「 トトメスっ!! 」
・・・みゃ ・・・ みゃう・・?
血しぶきが王妃の裳裾に散り、見慣れぬ細い短剣が足元に転がっている。
「 トトメス、どうしたの?! ・・・え?! 」
フランソワ−ズは悲鳴を上げて床に横たわったトトメスの側に屈みこんだ。
・・・ みゃう〜 ・・・?
「 ええ、ええ。 わたしは大丈夫よ。 お前が庇ってくれたから・・・
ああ ひどい傷だわ! いま侍医を呼ぶから・・・ しっかりして!! 」
抱き上げた身体は血に塗れ、トトメスはぐったりと目を閉じている。
かすかに動かすシッポが 彼の意思を伝えていた。
・・・ 王妃様 ・・・ ご無事で・・・よかった・・・
「 ・・・ どうした、なにが・・・ ああ、トトメスっ! 」
シャラリ、と輝石を連ねた玉簾がゆれ寝間着姿の少年王が現れた。
壁にすがり顔色がひどく悪い。
「 ジョ−?! だめよ、寝ていなくては。 さあ・・・ 」
「 避けろっ フランッ!! 」
短い叫びと同時にジョ−は目にも留まらぬ速さで落ちていた短剣を拾い上げ
部屋の隅に投げつけた。
「 きゃ・・・!! 」
フランの悲鳴があがる前に どさり、と帳の影から人影が床に転げ落ちた。
「 ・・・ふん。 甘くみないで欲しいな。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ あれは・・・? 」
トトメスをしっかりとだきしめたまま、フランソワ−ズは夫の背にすがりついた。
「 ・・・ いつもの ・・・ 奴等、その手先だろ・・・ ああ、もう事切れているよ。 」
「 どうして・・・? どうして・・・こんな。 」
「 ぼくが邪魔なんだ。 亡き父上の改革が気に喰わないのさ。 」
「 ・・・ だからって・・・ ジョ−、まあ、こんなに熱があるわ! すごい汗・・・ 」
「 大丈夫だよ・・・ それより早くトトメスを医者に・・・ 王妃を護った勇者だ。
ふん・・・こんな無駄なコトをしなくてもぼくは・・・じきに・・・」
「 ジョ−! やめて、そんなこと言うの。・・・ここにかけて待っていて。 ね? 」
フランソワ−ズはいつもより格段に熱い夫の身体に手を回した。
・・・ ジョ−って・・・ こんなに軽かった??
彼女はぎょっとして あわてて自分の腕に力をこめた。
「 誰か! 侍医を呼んで! 」
やっとのことで奴隷の小女が慌てて駆け寄ってきた。
少年王が病の床に伏してから数ヶ月がたっていた。
初めは雨期のかりそめの不調だろう、と思われていたが 彼の容態はじわじわと悪化していった。
侍医たちの診立ては様々で それこそありとあらゆる薬草だの秘薬が用いられたが
ファラオの病は一向に快方にむかわない。
・・・神々の呪いだ ないがしろにされた古からの多くの神々がお怒りになっている
そんな悪意のこもった囁きが五月蝿く付き纏う。
「 ・・・ 三の姫さま・・・ 」
「 え・・・ ああ、ばあや・・・ 」
夜通し夫を看取る若い妻に 老いた召使がそっと銀椀を差し出した。
「 どうぞ、ばあやが用意しました。 ご安心なさって。 」
「 ありがとう・・・ もう信じられるのはお母様の許から一緒に来たお前だけだわ。
トトメスも先に逝ってしまった・・・ ああ、イシス・・・お前の旦那様を・・・ごめんね。」
足元に擦り寄ってきた雌猫を 王妃はそっと撫でた。
「 姫様・・・ 陛下のおん病は・・・多分・・・・ 」
年老いた乳母は 女主人にそっと耳打ちをした。
「 ・・・ え? そんな・・・ アテン神のことは亡き父上がお決めになったこと・・・
ジョ−の・・・いえ、陛下の責任ではないのに。 」
「 奴等はそうは思いませんのですよ。 ただ・・・ 古からの神々が大事なだけなのです。 」
「 ・・・ そんなコトのために・・・ ジョ− ・・・ 」
ぽとぽとと熱い涙が王妃の頬を伝い病臥する若い王に注がれた。
「 ・・・ う ・・・ ああ・・・ フラン ・・・ 」
「 あなた・・・! ごめんなさい、起こしてしまったわね。 」
「 いや・・・ いい。 水を・・・ 」
「 はい。 ちょうどばあやが柘榴を絞ってくれましたわ。 ほら・・・ 」
「 ・・・ きみのキスも ・・・ 欲しいな。 」
「 あらまあ。 甘ったれさん・・・。 じゃあ・・・ 」
フランソワ−ズは果汁を自ら含むと ジョ−にそっと口移しした。
「 ・・・・・・ 美味しいね ・・・ 」
ほんの二口、三口ふくんだだけで少年王はまたぐったりと目を閉じてしまった。
「 なにかもっと・・・ 召し上がります? 」
「 いや・・・ ああ、そうだ。 ・・・ 花を・・・ 」
「 花? ご覧になりたいの? どんな花がお望み? 」
「 ・・・ きみの花 ・・・ あれが身近にあるとなぜか ・・・ 身体が楽なんだ・・・ 」
「 わたくしの花? ・・・ああ、紅花ね? ちょっと待ってて。 」
慌てて立ち上がろうとしたフランソワ−ズの手を 若いファラオはしっかりと握った。
「 ・・・ フラン 」
「 はい? 」
「 ・・・ ありがとう・・・ ぼくはきみを妃にできて・・・ 本当に幸せだった・・・ 」
「 ジョ− ・・・ ね? 元気になったらまた・・・一緒に狩に行きましょう。
ナイルの奥まで舟遊びも素敵よ。 」
「 そう・・・だね。 ・・・ 次にきみと会える日の・・・ 楽しみにとっておくよ。 」
「 ・・・ ジョ− ・・・ 」
少年王は手を伸ばし、彼の妃の頬に当てた。
「 そんなに・・・ 泣かないで。 ぼくは ・・・ しあわせだった・・・
ちょっとの間だけ お別れだ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
フランソワ−ズは必死で口を引き絞り 涙を払ってジョ−の顔を見つめた。
・・・ 彼は いま、オシリスの国に行こうとしている。
ファラオの妃として 立派に見送らなければならない。
「 トトメスが待っていてくれる・・・ 先に行っているね・・・ フラン ・・・ 」
「 ・・・ ジョ−・・・ 待っていて ・・・ 待っていてね・・・ トトメスと一緒に 」
「 また ・・・ 会おう。 死者の国なんかじゃなくて・・・ 太陽の下で、この世界で。
どの世に・・・生まれ変わっても ・・・ きみに会うよ・・・ 」
「 ええ、ええ。 きっと・・・ きっと・・・。 わたし、あなたを捜すわ。 」
「 ・・・ それまで ・・・ ちょっとの間 ・・・ お別れだ ・・・ 」
「 ジョ− ・・・・ ジョ− ・・・ 愛しているわ、ずっとずっとよ。 」
「 ・・・ぼくも ・・・ だよ フラン・・・ 」
優しいセピアの瞳が ゆっくりと閉じた。
少年王は おだやかに死者の国へと旅立っていった。
− ・・・ ジョ− ・・・・・・・
この花を。 あなたが大好きだった紅花を・・・ どうぞお供に・・・
また会える日まで わたしの代わりに
わたしの愛のしるしが あなたを護ってくれますように・・・
王妃アンケセナ−メンは 夫の枕辺に紅花の花束をそっと供えた。
「 フラン? フランソワ−ズ? 転寝はダメだよ、風邪をひくぜ。 」
懐かしい声が 優しい手が 自分を揺り起こす・・・
・・・ この瞳 ・・・ 大好きな セピアの瞳 ・・・
ええ、もう永遠に見ることはできないと思ってた・・・
ぼうっとしていた視界がぱっと明るくなった。
「 目が覚めた? ごめん、待たせちゃったね。 バス・・・ わ・・・! 」
まじまじと自分の顔を見上げていたフランソワ−ズが
いきなりぱっと抱きついてきた。
「 ・・・・ ジョ− ・・・ よかった・・・ 」
「 お、おい? どうした? また、夢でもみたのかい・・・ 」
ジョ−は笑ってフラソソワ−ズを抱きしめた。
・・・ ああ。 ジョ−の ・・・ 匂い
「 なんだ、どうした? エジプト三昧でまた<情熱の夜>かな? 」
「 ・・・ やだ、ジョ−ったら・・・ 」
長い口付けを終え身体をすこし離すとジョ−はくすくすと笑った。
「 でも・・・それも悪くないわ。 ここは ・・・ 寒すぎるもの。 」
「 ・・・・・ 」
ジョ−はだまって微笑み、フランソワ−ズをベッドへと抱えあげた。
「 きみと一緒のところなら ・・・ どこでも最高さ ・・・」
フランソワ−ズも黙ってジョ−の首に腕を絡めた。
馴染んだはずの彼の香り、彼の口付け、彼の愛撫が たまらなく愛しい。
たとえ夢の中でも 一回亡くしてしまったと思ったものが
いま、 ちゃんとここにある・・・。
フランソワ−ズは全てに感謝し、ジョ−を迎え入れた。
愛してる ・・・ どんな時もどんな場所でも ・・・愛しているわ
生きてる・・・! そうよ、わたしのジョ−はちゃんとここに生きているわ。
もう二度と、あなたを死なせるようなことは ・・・ しないわ!
わたしも あなたを護るのよ。
・・・ 護る ・・・ そう、あの紅い花のように・・・
− ・・・ 花 ・・・ ?
フランソワ−ズの目裏に 花束を捧げる古の王妃の自分が浮かび上がった。
その捧げモノは豪華絢爛な装束をまとい宝物に囲まれて死出の旅にでた
若いファラオには相応しくなかったかもしれない。
でも、フランソワ−ズはそうせずにはいられなかったのだ。
あの人が愛した・この花。 わたしの紅花・・・
「 ・・・ 花だわ。 そう・・・紅花よ! 」
「 え? 」
「 思い出したの。 夢で ・・・ 見ていたのは紅花だったのよ。 」
「 紅花? ・・・ あの、ミイラに捧げてあった花束の、かい。 」
「 そうなの。 わたしは ・・・ いえ、ツタンカ−メンの王妃は
彼が病から解放されるようにって・・・あの花束を捧げたの。 だから・・・ 」
「 ・・・ そうか! そういえば・・・ カ−タ−氏はいつも紅花を上着に挿していたね。
もしかしたら・・・! 」
「 ジョ− ・・・ ! この・・・DVDのデ−タを見て! ほら・・・ 」
「 ・・・ やっぱり。 そうだ! あの時、ぼく達は皆きみにもらった紅花を付けていた!
ほら、ミイラを見学に行った日さ。 」
「 ・・・ そうだったわね。 ハ−シェル博士は・・・なにも・・・ 」
「 さあ、博士に報告だ! 」
「 ・・・ 間に合ったようじゃの。 どこにも伝染病に関する記事は載ってない。 」
ギルモア博士は 拡げていた新聞をぱさり、とテーブルに置いた。
「 ネット関係にも それらしいニュ−スは見当たりませんでした。 」
ジョ−が モニタ−を消してやってきた。
「 グレ−トの報告も・・・ 何事もなかったらしいですわ。 えっと・・・ 」
フランソワ−ズは手にしていた手紙を読み上げだした。
新種のウィルスに対する特効薬は やはりカルタマス・ティンクトリアス − エジプト紅花 −
の成分が有効だった。
NBGの息のかかった組織は先回りして 紅花の全滅を目論んでいた。
「 え〜と・・・
諸君の報告どおり、あのエジプトの少女が隠してくれていた一鉢の紅花が
ロンドンを、いや全世界を救いました。
全ては秘密裏に行われたのでパニック等はまったく起きませんでした。 」
「 もっともじゃて。 なにはともあれ・・・よかったのう。 」
「 本当に・・・。 ねえ、フラン、これは紅花のことに気がついたきみの
お手柄だよ。 」
「 わたし、じゃないの。 教えてくれたのは ・・・ あの王妃さまよ。 」
「 ツタンカ−メンにあの花束を捧げた・・・えっと・・・アンケセナ−メンだっけ。 」
「 ・・・ そう。 」
一瞬、懐かしい空気が蘇った。
・・・ ジョ−。 あなたの口からまたわたしの名を呼んでもらえたわ・・・
目じりをそっと払うと、フランソワ−ズはまたグレ−トの手紙に戻った。
「 どこまで読んだかしら・・・ ああ、ここね。
今後の教訓のためにも キュ−植物園にこっそり紅花を植えてきました。
わが国に根付くかどうか少々不安ですが・・・もし、盛りになったら見に来てください。
マドモアゼル、貴女の花が待っていますよ。 」
「 ふうん。 真の救い主はあの小さな女の子だよね。 」
「 ええ、そうね。 ・・・ そして 王妃様よ。 」
フランソワ−ズはほっと吐息をつき 窓から海原へ遠く視線を飛ばした。
熱砂の都は ・・・ 遥か彼方である。
ふ・・っとあの熱気が肌の上に蘇る。
ファラオさま・・・ わたしは、あなたの妃・アンケセナーメン・・・
「 ・・・ もう夢は見ないの? 」
「 え? ・・・ ええ。 」
セピアの瞳が優しく彼女を覗き込む。
その穏やかな色合いの奥に 彼女は古のファラオの面影を見た。
・・・そうね。 あの少年王も やっぱりジョ−だったのよ。
「 ちょっと惜しいな〜 情熱的なきみも好きなんだけど・・・ 」
「 ま・・・ やだわ、ジョ−ったら。 」
「 たまには・・・エジプトに戻って見る? 」
ジョ−は腕を伸ばしてフランソワ−ズを引き寄せた。
「 昼間はお行儀良くするのでしょう? ・・・ほら、紅花に笑われるわよ。 」
「 え・・・ いや、かえって祝福してくれると思うけどなぁ。 」
二人はマントル・ピ−スの上に置かれた鉢植えに視線を向けた。
日本に戻ってから、この国で捜してもらった貴重な一鉢である。
「 ここの気候は寒すぎるかもしれないわね。 」
「 うん。 花が終わったら庭の温室に移そうよ。
できれば、ずっとこの地に根付いて欲しいもの。 」
「 そうね ・・・ 」
あなたとわたしの 愛の記念に ・・・
フランソワ−ズは そっと心の中で付け加えた。
岬の一軒家、ギルモア邸の上に広がる空にもすこし春めいた色が加わってきたようだ。
「 ・・・ フラン? ここ、開けて・・・ 」
「 開いているわよ? 」
勝手口をとんとんたたく音に、フランソワ−ズはシンクの前から返事をした。
「 ・・・ なあに、ジョ−? 」
ドアを軋らせ、茶色の頭が顔を出した。
彼がここから入ってくるのは珍しい。 何かあったのか・・・とフランソワ−ズは少し不安だった。
なぜかもじもじしているジョ−を振り返って見つめた。
「 ・・・ねえ、フラン。 このコ・・・捨てられたみたいで。
ぼくに付いてきたんだ・・・ 飼ってもいいかなあ。 」
ジョ−は遠慮がちに もぞもぞ動いているブルゾンの前を開く。
くりん、と茶色の耳が、頭が、まん丸の瞳が 顔を出した。
− みゃぉ〜〜〜 ( ただいま! )
「 ・・・・ トトメス! 」
この日から茶色の仔猫がギルモア邸の一員となった。
彼が同じ毛色のお嫁さんを見つけてくるのも遠い日ではないだろう。
− また みんなで 会おう。 太陽の下で ・・・
どの世に生まれ変わっても きみに会うよ
遠い空からフランソワ−ズは少年王の優しい声を確かに聞いていた。
***** Fin. *****
Last updated:
02,21,2006. back / index
*** 言い訳 ***
運命の二人? フランちゃんの夢に至るまでの日々が書きたかったのかも〜♪
原作はアクション・シ−ンが全くないお話ですよね。 あ、だから平ゼロは
フランちゃんのアクション??が入ったのかなあ?
ご贔屓・キャラは勿論♪ にゃんこのトトメスです (#^.^#)