『 ザ・モダ−ン・ブライダル − 2 − 』
− ふう・・・・
またひとつ、溜息がジョ−の部屋に消えてゆく。
フランソワ−ズは 結局夕食にも戻らなかった。
それどころか、皆が寝室へ引き取る時間となっても 帰宅しないのだ。
なんの連絡もない彼女に、家中の誰もが小言は勿論のこと心配すらしていない。
・・・なんだってんだ・・? どうしたっていうんだよ・・・・ そうなのか・・? でも、まさか。
例によってぼくの勝手な思い込みだった・・・って笑い飛ばせると思ってたのに。
どんなに離れていても きみはわかってくれているって信じていたのに。
・・・ そうなの・・・か? ・・・そうなんだね、 きっと。
でも・・・。
ジョ−の堂々巡りは止まらない。
ジョ−は 自分の溜息に押しつぶされそうになって ひとり悶々と寝返りをうつ。
・・・あ!
門の扉の小さな軋みに ジョ−は跳ね起き部屋を飛び出したて行った。
玄関前には見慣れぬ車が入ってきていた。
イタリア製の洒落た白い高級車、ジョ−にはその価値がよくわかる。
運転席の窓へ 身体を屈めて話し込むその姿は・・・。
「 ・・・じゃあ、お休みなさい。 わざわざありがとうございました・・・ 」
ト−ンは落としているが その弾んだ気持ちが自然に滲みでている。
「 え・・・? はい、なんとか。 まあ・・・! 」
開かれた窓からひらりと伸びた手が 彼女の手を引き寄せる。
「 あら・・・。 ・・・・ふふふ・・・ お休みなさい・・・ 」
おそろしくスム−ズに その白い車体はギルモア邸の門内から出て行った。
「 ・・・・ おかえり。 」
「 ・・・! あ、 ジョ−。 まだ起きていたの? 」
いつまでも玄関に入ってこない彼女に、ジョ−は思い余ってついに声をかけた。
「 ・・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
振り向いた彼女の笑顔に ジョ−は言葉がつまってしまった・・・
・・・見なきゃよかった・・・!
こんな眩しい笑顔、いまだかつて自分に向けられたことは・・・なかった。
すこし上気した頬がなおさら彼女の微笑みを磨きたて、瞳の輝きに彩りを添えている。
・・・ こんなに 綺麗だったんだ、いや ・・・ なんかずっと綺麗になった・・・?
「 あ、ごめんなさい。 おかえりなさい、と言うのはわたしの方だったわね。 」
まじまじと自分を見詰めるだけで一言も発しないジョ−に、フランソワ−ズは小首を傾げた。
「 遅くなっちゃった・・・ あの、いつものパイは明日焼くわね? 」
「 ・・・ ウン、いいよ、べつに。 」
「 ・・・そう? ごめんなさいね、もう忙しくて・・・ 」
「 公演でも近いの? 仕事・・・? 」
「 え、ええ・・・まあ。 仕事っていうか・・・。ハジメが忙しくってね、いろいろお手伝いしていたの。」
「 ・・ハジメ? 」
「 あ、ムッシュウ・タラオのことよ。 ほら、カメラマンの・・・ 知ってるでしょ? 」
「 ・・・・ああ。 いつかきみがスタジオに呼ばれたっていう・・・ 」
「 そうなの。 あの時のご縁で・・・ セリ−ヌがいろいろ橋渡ししてくれたの。
セリ−ヌって 覚えている? 一度、ここにも遊びに来たわ。 」
「 ・・・ああ、あの・・写真のモデルさんだよね? 」
「 そうよ、でも今はファッション関係にも意欲的でね、売れっ子なの。
彼女ったらね、可笑しいの。 自分は縁結びのキュ−ピッドだっていうのよ。 」
「 ・・・縁結びって・・・ そう・・・ 」
「 わたし、初めてのコトだらけでしょう。 もう大変。 ただ歩くだけなのに本当に難しくて。
・・・あら、やだわ、こんなトコロで立ち話・・みんなもう休んでるわね。わたしも早く寝なくちゃ・・・ 」
何が可笑しいのかくすくすちいさな笑みを浮かべ、フランソワ−ズはジョ−の腕を引いた。
ほそい腕に絡まれて、ジョ−はぎくしゃくと足を進めた。
しん・・とした廊下をジョ−は彼女に引っ張られて歩いてゆく。
− フランソワ−ズ。 きみは・・・?
こんなにぴったりと側にいる彼女が 今はとても遠い存在に感じてしまう。
身体の距離と こころ繋がりは いつから反比例するようになったのだろう・・・
きみは今、こんなに近くにいるのに・・・ とっても遠いよ・・・
ジョ−は 溜息すらもその胸のうちに無理矢理飲み込んだ。
「 こんなことになるなんて・・・ 本当にわたし、夢みてるみたい。 」
ね?と煌く青い瞳が ジョ−の顔を覗き込む。
「 セリ−ヌから聞いた時、冗談かと思ったの。 でも、すぐにハジメがちゃんと話しに来てくれて・・・
博士もね、いいんじゃないかっておっしゃるし。 みんなもよ、グレ−トなんか大張り切りで
わざわざジェットまで呼ぶし。 我輩が太鼓判を押す、なんて言ってね。
ふふふ・・・結局みんな来てくれるんですって。 」
「 ・・・・ そう、・・・そうなんだ・・・ 」
「 ・・・ジョ−・・・? ・・・あの・・・ もしかして・・・怒ってる? 」
ジョ−の気の抜けた相槌に フランソワ−ズは声を落として足を停めた。
「 ・・ジョ−も賛成してくれると思ったの。 勝手に決めてしまって・・・ ごめんなさい。 」
またも大きな青い眼が ジョ−の視野いっぱいに拡がる。
そこに透明なベ−ルが掛かり出すのをみると ジョ−はもう何も言えなくなってしまうのだ。
「 ・・・あ、そ、そんなこと・・・ないって。 ずっときみの側に居られなかったぼくが、
ぼく自身のせいなんだから。 きみの・・・選んだ道に反対する資格なんてぼくには・・・ 」
「 ・・・そう? それなら いいんだけど・・・ わたし、嬉しくて舞い上がってるわね。 」
「 うん・・・ それで いいんだ。 いいんだよ・・・・ きみがよければ・・・それで。」
ジョ−はすべての気持ちをごくん、と丸呑みにした。
・・・・ そう。 いいんだよ。 きみさえしあわせなら。 ぼくは・・・
ますます地にめり込みそうな思いを抱え込んだジョ−とはうらはらに
フランソワ−ズの足取りは軽やかだ。
「 じゃあ。 お休みなさい。 明日も早いから・・・ね? 」
自室のドアの前で フランソワ−ズはちょっと頬を染めてジョ−を見上げた。
「 ・・・あ・・・ああ、うん。 そうだね。 そうだよね・・・ お、お休み・・・ 」
ぼんやりと突っ立ったままのジョ−の頬に フランソワ−ズは伸び上がってキスをした。
「 お休みなさい・・・ ジョ− 」
「 ・・・・ あ ・・・ う、うん ・・・ 」
やっぱり。
無情にも閉じられたドアの前で ジョ−はまたまた溜息を飲み込む。
いつからだろう、ジョ−が帰った夜は 一緒にすごすのがふたりの習慣になっていたのに・・・
でも・・・当然だよな、と底の底まで落ち込んだジョ−は 妙に納得してしまった。
あんなに楽しみにしていたこの季節、この月なのに。
廊下の窓から見上げた空には 水気を含んだ大気に朧月がけぶっていた。
翌日から ジョ−はほとんどフランソワ−ズの顔を見ることができなくなった。
彼が彼女を避けたとかそんな女々しいことではなく、物理的な問題 − 彼女の忙しさは
まさに日々刻々と加速状態になっていたのである。
ジョ−が朝食に降りてきた時にはとうに出かけているし、帰りも日付が変わるぎりぎり。
デザイナ−との打ち合わせなの。 アクセサリ−はやっぱり自分で見なくちゃね。
ああ、もう! 忙しくてイヤになっちゃうわ。
やっと顔を会わせれば、そんな会話ばかりで彼女はあっという間にまた席をたってしまう。
そんな合間を縫って 多羅尾氏からは頻繁に電話がはいり、フランソワ−ズもいそいそと
受話器を取るのだ。
「 心配無用じゃよ、ジョ−。 こうゆう時はなにかと忙しいもの、それもまた楽しいんじゃ。 」
毎晩うろうろと落ち着かないジョ−を 博士が笑って嗜めた。
「 はあ・・・・ 」
「 女の子の特権さ。 好きにさせてやりなさい。 」
「 はあ・・・ 」
・・・ そうだよね。 でも・・・きみがここにいる間だけでも せめて心配させて欲しいんだ・・・
もうすぐ それすら叶わなくなるんだよね・・・・
6月〇日
カレンダ−に付けられた赤丸に ジョ−は遣る瀬無い視線を漂わせた・・・
きみの幸せへの日。 ・・・ぼくは。 ちゃんと祝ってあげられるだろうか。
ああ! もう、なんてヤツなんだ ぼくは!
自分自身の不甲斐無さにいい加減愛想を尽かしながらも ジョ−の溜息は止まらない。
「 あ〜 おはよ−す。 島ちゃん、 なんか早いね・・・ 」
「 オハヨウございます 櫻井さん 」
いつになく早い時間に編集部へ現れたジョ−に さすがに暢気な櫻井くんも驚いたようだ。
せめて仕事に没頭して しばらくなにもかも忘れたい・・・
そんな思いで出社したジョ−に 現実はなおも厳しく・辛いものとなって襲いかかった。
「 あ〜 ほらぁ。 これこれ。 この前の多羅尾氏のインタビュ−。 ・・・ほら。 」
「 ・・・多羅尾って・・・ 」
櫻井はジョ−のデスクに薄手のグラビア誌を ぱらりと広げた。
「 編集長から聞いたんだけど〜 多羅尾氏は必死で高嶺の花を口説き落としたって評判サ。
う〜ん・・・ ほっんとマジで超イケテルよね? このコ・・・・ 」
ずい、と彼が指差すそこには。
珍しく被写体にまわった売れっ子カメラマン氏と 寄り添う亜麻色の髪の乙女。
キワモノの写真週刊誌の不鮮明な画像ですら その笑顔は輝いている。
− そうか。 やっぱり そうなんだ・・・
「 ああ・・・ そうですね。 ・・・綺麗なヒトだ。 」
ジョ−は努めて何気無い風を装い 気のない相槌を返してみせた。
「 綺麗だよな〜 いいよな〜 こんなヒトさあ・・・ 」
「 あ、ぼく。 ちょっと調べ物してきますから・・・ 」
一向に仕事に取り掛からない櫻井を置いて ジョ−はさっさと書庫へむかった。
・・・そして、守衛サンが戸締りに来るまで、彼は調べ物と書庫整理に没頭していた!
「 ・・・・ ただいま ・・・ 」
そうっと開けた玄関ホ−ルは静まり返っていて案の定もうみんな休んでいるようだった。
きっと、今日もまたフランソワ−ズは 遅いのだろう。
・・・当然だよな。 いろいろ打ち合わせもあるだろうし・・・
重い重い足を無理矢理引き摺って ジョ−は階段を登った。
・・・うん?
出来れば避けて通りたいと思っていた彼女の部屋のドアがほんの少し 開いている。
細い光が一筋 ドアの隙間から中廊下へと零れ出ていた。
「 ・・・フランソワ−ズ・・? いるのかい。 ・・・開けるよ・・? 」
ためらい勝ちにドアを押したジョ−の眼に飛び込んできたのは・・・
− わ・・・! な、なんだ?? 白い海・・・ いや 雲か靄・・・?
主のいない部屋の真中に ドレス用のボデイに引っ掛けた長く尾をひくヘッド・ドレス。
ながれる白い雲に虹の輝きを織り込んだ シンプルだけど気品あるそれは
紛れもなく とびきり幸福な花嫁のもの・・・・
ジョ−は突っ立ったまま そのあまりに華麗さに眼をそらすことができなかった。
「 ・・・ジョ−? ね、綺麗でしょう? 」
「 ! ・・・・ フランソワ−ズ ・・・ 」
後ろから こそり、と響いてきた囁きに ジョ−は本当に跳びあがらんばかりに驚いてしまった。
「 やぁだ・・・ どうしたの、そんなに驚いて。 ジョ−らしくもないわね? 」
くすくす笑って フランソワ−ズはジョ−の脇をすり抜けヘッド・ドレスに手を伸ばした。
「 ね? すごく・・・素敵よね。 ほんとうに雲みたい・・・ こんな繊細なチュ−ルは
初めてみたわ・・・ さすがにデザイナ−ズブランドね、凄い・・・ 」
どう? と彼女はその繊細な雲のカタマリを無造作に着けてみせた。
白い陽炎が亜麻色の髪に纏わり付いて 彼女の笑顔はさらに艶やかになる。
「 ・・・・ う ・・・ん。 きれいだね。 」
「 うふふ。 このチュ−ルがって言うんでしょ、ジョ−? 」
「 ・・・ そんな。 」
「 いいのよ、無理しなくても。 ああ、そうだわ? ねえ、ジョ−。 ジョ−の好きな花はなあに?
あ、勿論白い花よ。 何が好き? 」
目を白黒させて相変わらず突っ立ったままのジョ−に フランソワ−ズはにこにこと話しかける。
「 花・・・? 花の名前なんて・・・ぼくはバラとチューリップと百合しかしらないし・・・ 」
「 百合はちょっとね。 チュ−リップは季節じゃないし。 やっぱり薔薇かしら。 」
「 ・・・・あ、 あの。 マ−ガレット・・・ 」
「 あら、いいわね! ジョ−らしいわ。 じゃあ、ブ−ケはそれで決まり♪ 」
頬をすこし紅潮させ、手を打って微笑む彼女はそれはそれは愛らしかった。
・・・ぼくの好みを聞いてくれるの。 ・・・ ああ、せめてもの思い出にってわけか。
「 あの。 もう遅いから・・・ お休み、フランソワ−ズ・・・ 」
「 あら、引きとめちゃってごめんなさい。 でも、やっとちゃんと話せてよかったわ! 」
「 ・・・ うん 」
「 さ。 これで・・・あとはお天気だけね。 晴れるかしら? 」
「 絶対晴れるよ! ・・・ああ、ごめん。 晴れるといいね・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・? 」
彼女の細い腕が ジョ−の肩に絡む。
見上げてきた瞳は 艶やかにジョ−に微笑みかけている。
・・・ これも思い出かい・・・? さいごのプレゼントってわけか ・・・
「 ・・・明日も早いんだろ。 お休み、フランソワ−ズ・・・ 」
ジョ−はありったけの理性を掻き集め渾身の努力で そっと彼女の腕をほどいた。
「 ・・・ お休みなさい、 ジョ− ・・・ 」
優しい声が ジョ−の背中に突き刺さる。
振り返りたい・抱きしめたい・キスしたい・奪いたい・・・そんなすべての望みをぐっと握りしめて
島村ジョ−は フランソワ−ズの部屋から出て行った。
Last
updated: 01,21,2005.
back / index / next
***** ひと言 *****
すみません、ハナシがどんどん伸びてしまいましたのであと一回続きます。
ジョ−君、相変わらず独りで落ち込みまくってますね〜。 こうゆう時を
狙って攻めてくれば楽勝かも、ですよ?NBGさん?