『 ザ・モダ−ン・ブライダル − 3 − 』
その日。
お日様も風も海も。
みんなが彼女を祝福したので 新緑かがやくぴかぴかの晴天となった。
梅雨どきの重苦しい灰色の雲も 今日ばかりは遠慮したらしい。
まさに。 天使もスキップしそうな上天気である。
・・・ ふう。
ジョ−は眠れぬ一夜の床から 重い身体を引き剥がした。
今日ほど夜明けが恨めしい日があったろうか。
カ−テンから漏れる陽気な日差しに ジョ−は全世界から疎外された気分をますます強めていた。
誰もいないリビングには 華やかで忙しない空気がまだ残っている。
− 時間厳守! 忘れ物厳禁! 〇〇教会、ワカッテルな?!
テーブルの上の書きなぐりのメモだけが ジョ−を待っていてくれていたようだ。
・・・ ふう。
今日という日、できれば誰にも会いたくなんかない。
彼女の幸せを密かに祈りつつ どこかでひっそりとグラスでも傾けていたい気分なのだが。
自分が欠席したら 彼女が気にするだろう・・・ 晴れの日に 水を差したくはない・・・
仕方ない・・・。 きみの笑顔がせめてもの慰めさ・・・
ジョ−はのろのろと顔を洗い、身支度を始めた。
ジャケットを手に取った時、内ポケットにあの箱がまだ入れっ放しなことに気がついた。
− どうしよう・・・ 捨てるわけにも行かないし・・・
いいや。 ・・・記念に取っておくよ。 きみが去っていった記念、か・・・
ジョ−は箱から取り出した煌く光を湛えた華麗な姿に そっと唇を当てた。
女々しい・・・かな。 でも。 ・・・いいんだ! これであきらめもつくさ。
御守りにするよ、いつも一緒だ・・・。
ああ、そうか・・・今、やっとアルベルトの気持ちがわかったよ。
うん・・・ いつでも・・・一緒だね・・・・
きみが手の届かないトコロへ行ってしまっても。 魂はいつも側にいるよ・・・!
・・・迷惑かい・・・ ごめん・・・
− 本当は礼装するべきなんだろうけど。
ごめん、ごめんね・・・。
せめてものぼくの意地っ張りだって目を瞑ってほしい。
そのかわり、誰にも・・・ きみにもわからないように そっと見守っているから・・・
<時間厳守>のメモに追い立てられて ジョ−は重い足取りでガレ−ジへ降りていった。
「 お〜い! なんだってキミがこんなトコロにいるんだ?! 」
聞き覚えのある声が 親しげに後ろから掛けられた。
教会の近くのパ−キングに車を置いてうつむき加減に歩き出したジョ−は 驚いてふりむいた。
「 ?? ・・・あ。 ジャンさん。 」
「 いや〜 急なハナシでさ。 やっとギリギリにチケットが取れたんだ・・・。 もうフランのヤツは!
おい、もうすぐ時間だろ? ぐずぐずしてる場合じゃないだろう??? 」
「 ・・・あ、 本当に急なコトでしたよね・・・ 」
「 そうさ! いくらなんでも あんまりだよ〜 」
ぶつぶつ言いながらも、ジャンは満面の笑みで ホワイト・タイを直している。
ジョ−の不祝儀に行くヒトのような雰囲気と挨拶も 耳からすり抜けていったらしい。
「 でも、本当によかった・・・! 俺はこれで肩の荷が下りたよ。 」
「 ・・・ はあ。 」
「 あんなヤツだけど。 よろしく頼むな。 」
「 ・・・ はあ。 」
「 ほら〜 急げよ! キミだって準備があるだろう?? 」
「 ・・・ はあ。 あ、いえ。 ぼくはこれで。 目立たない方がいいですから。 」
「 ?? この国ではそうゆうものなのかい? ・・・ま、とにかく時間だけは守らなくちゃな! 」
どん、と背を叩くとジャンはジョ−を促して 走り出した。
− ジャンさん。 ・・・<お兄さん>って呼びたかった・・・
またまた密かに溜息を飲み込むと ジョ−は仕方なしに足を速めた。
「 ちょっと・・・!何処へ行くんだ、こっちだろう?会場は。 」
「 ・・・はあ? 」
高台にある教会の門をくぐり、まっすぐに聖堂に向おうとするジョ−の腕を ジャンがぐいと引く。
「 え・・・っと。 ・・・ああ、ほら。 教会付属セレモニ−・ホ−ルにて。 ああ、もう始まってる! 」
「 ??? 」
どうもプレス関係と思われる人種がやけに多くたむろする中を ジャンはジョ−を引っ張ってゆく。
ホ−ルの入り口付近には ジョ−が見慣れた人影たちが集まっていた。
「 ・・・おお、これは。 ムッシュウ・アルヌ−ル、ようこそおいでになった。 」
「 ギルモア博士! お久しぶりです。 いや〜・・・なんとか間に合いましたよ! 」
「 この度は本当に晴れがましいことで。 兄上も楽しみですな。 」
「 まあこんな事は滅多にありませんからね。 妹も最初は驚いていたようですが・・・ 」
「 いやいや。 ・・・おおそうじゃ。 時にご相談なんですが。 この後の・・・
こうして立派な兄上がいらしたんじゃ、<お役目>はお願いしますかな? 」
「 え・・・。 いいんですか! 」
「 ああ、勿論。 わしからお願いするのが本当でしょう。 」
「 ・・・はい。 ・・・ありがとうございます・・・! 」
なにやら盛り上がっている二人を ジョ−はぼんやりと眺めていた。
周囲が華やかであればあるほど、ジョ−は自分の気持ちが沈みこんでゆくのを止められない。
「 さあて。 そろそろ・・・ですかね? 」
ジャンはちらりと時計を見、みんなを促した。
なんだか沢山のヒトの気配が満ちているホ−ルのドアをジャンはそっと開ける。
「 ・・・ジャンさん? あの・・・先に挙式なんじゃ・・? 」
「 し・・・! 」
ほら、とジャンはぼそぼそ話しかけるジョ−を制してホ−ルの奥に目を転じた。
一筋の道が、白いかがやく道が伸びている。
ヴァ−ジン・ロ−ドなのかな・・・?
ああ、そうか。 カメラマンって斬新なセンスのヒトが多いから・・・特に多羅尾氏は売れっ子だし。
これって例の<人前結婚式>ってヤツなのかな・・・
・・・いいよ。 ぼくはしっかりときみの幸せへの門出を見届けているよ・・・
周囲の暗さに乗じて ジョ−は思う存分落ち込み続けた。
静かな、でもどことなく華やかな調べが人々のざわめきを鎮める。
照明が一段と落ち、ピンスポットがホ−ルの突き当たり、白い道の奥に投げられる・・・
ふわり、と。
まさにこの空間に 白い影が浮き上がってきて。
人々が固唾を呑むなか、その姿はすべるように優雅に歩き出した。
白い華麗な裳裾と華やかなチュ−ルの尾を ながくながく曳いて・・・
しあわせの笑みが なお一層その美しさに輝きを添えている。
・・・・ フランソワ−ズ・・・ きれいだ・・・!
ジョ−はただ・ただ 呆然と目を見張っていた。
白い道の突端まで来ると フランソワ−ズは軽く会釈をして客席に手を差し伸べた。
フラな、そのじつ十分高価な服装のオトコと 同じような姿の短めのアフロ・ヘアが
彼女の両側にたち、恭しくその白い手を取った。
サンキュ! 僕の幸運の天使!
特にお願いして 僕のファッション・ショ−にラストを飾ってくれたマドモアゼル・フランソワ−ズに
感謝のキスを♪
そして
このチャンスをくれた長年の友人・多羅尾に・・・キスはいやかい?
客席をどっと沸かせて、ラフな服装のオトコ − 某デザイナ−氏 − はフランソワ−ズの
手に唇を寄せた。
・・・ あ・・・!
気が付かないで大声をあげ 突如突っ立ったジョ−に沢山の視線が付き刺さる・・・
その途端に・・・
「 お〜い♪ きみ、そこのboy〜 これをきみに進呈するよ! ・・・そらっ 」
ステ−ジ上の多羅尾氏は 手にしていたブ−ケをぽ〜〜〜んと放った。
・・・わぁ 〜〜〜
笑いとどよめきに包まれて その白い花束は見事に茶髪ボ−イの手に収まった。
ナイス・キャッチ!
どうも 近頃はオトコ同士のブ−ケ・トスが流行っているようで・・・
デザイナ−氏は 笑ってもうひとりの女性を客席から招き寄せた。
ご報告! ス−パ−モデルのセリ−ヌ嬢、この度わが友人とめでたく華燭の典を挙げました。
彼らの幸せを どうぞ次はきみたちに・・・
さあ、とデザイナ−氏は会場の出口を指し示した。
これから もうひとつのセレモニ−へ! 皆様、どうぞ祝福を♪
多羅尾氏も 新妻と腕を組んで場を盛り上げる。
「 さあ、島村くん? 僕のオクサンからいろいろ聞いているよ!
今からが君達の本番だ。きみの花嫁にブーケと指輪を! ・・・それから飛び切りのキスを♪ 」
・・・ あ ・・・・
Gパンにかかとを踏み潰したスニ−カ−の花婿は マ−ガレットの白い花が
染まりそうな勢いで首までみるみるうちに真っ赤に上気していった。
そんな彼の脇に 白い裳裾を引きけぶるチュ−ルを纏った花嫁が優しく寄り添った。
「 ・・・おい。 いい加減で落ち着けよ。 みっともないぞ.!」
「 う、うん・・・ 」
はあ〜っと大きく深呼吸して ジョ−はもじもじとシャツのカラ−を引っ張った。
「 なんかさ。 この襟が窮屈で・・・。 やっぱこうゆうの着なくちゃいけないんだろうか? 」
「 新郎が何をいってる! ちゃんと礼装してこなかった自分が悪いのだろう?
ここの借り着でがんまするんだな。 」
「 う、うん・・・ 」
ぼすん・・・と座っては見たものの、ジョ−はすぐにまた立ち上がった。
「 ・・・・ しまった! 指輪、指輪が無いよ。 いや、あるけど・・やっぱりない! 」
「 なんだ、騒々しいヤツだな・・・ 座れって! 」
「 それどころじゃないよ! 指輪、指輪〜〜 ぼく、彼女の分しか用意してないんだ。
ああ、どうししょう?? だって・・・こんな急にいきなり不意打ちで・・ 」
ジョ−は自分でも何を言っているのか、ただやたらと焦りまくっている。
座れ!とアルベルトがジョ−の肩を押さえ込んだ。
「 坊や? ほ〜ら・・・。 コレはなにかな? 」
「 ・・・・? ・・・ あれ・・? 」
手品師よろしくグレ−トが ビロ−ドの小箱をジョ−の目の前に取り出して見せた。
「 ・・・これって・・・ フランソワ−ズのと同じデザイン??? 」
「 あのなあ。 坊やは舞い上がって彼女用のだけ受け取って店を飛び出したのさ。
お前さんより先に店から連絡があって、コレが研究所に届いたってわけなのだ。 」
「 ・・・あ。 ぼく・・・ 」
「 今更、あ・・・もないだろうに。 結婚指輪はペアで当然だろうが! 」
「 まあ、でもそのお陰で我輩たちは 坊やの一大決心を知ることが出来たし。
丁度ファッション・ショ−の話があったので この機会にさっさと纏めようと企んだわけだ。 」
「 ・・・そ、そうなんだ・・・ ぼく・・・ てっきり・・・ 」
「 そんな顔するなって。 ・・・ほらほら、時間だぞ? しゃんとしろ、しゃんと! 」
「 ・・・う、うん・・・ 」
背中をどん、とイッパツ! みんなの笑いがジョ−を包む。
仲間たちの笑顔に送られて ジョ−はぎくしゃくと係員のあとについて行った。
「 ・・・なんだあ、ありゃ・・・。 手と足、同じ側が出てるんじゃないか? 」
「 あははは・・・。 転ばないだけ上等ってもんだ。 」
質素な聖堂には 清らかな光が満ちている。
新郎側の礼拝席では 先ほどからひそひそ話が花盛りである。
「 ・・・博士。 花嫁のエスコ−ト役をジャンさんに譲って・・・よかったんですか? 」
「 ああ、勿論。 アレは花嫁の親族の役目じゃもの。 」
「 だったら・・・ 父親がわりの博士が・・・ 」
「 いや〜 わしゃ、考え方を変えたのさ。 あの娘をジョ−に持ってゆかれると思うと・・・なあ。
じゃから、娘が嫁にゆくのではなくて、不肖のムスコに世界一の嫁がくるんだ、と思っとる。」
「 ・・・なある・・。 <貰うほう>ってわけですか。 」
「 さよう、さよう。 ぼ〜っとした末息子には まったく過ぎた嫁じゃわい。 」
再び新郎側の席は 笑いの渦と化した。
そんなざわめきも一切耳に入らず、ただひとり顔を強張らせ・暑くもないのに大汗かいて
祭壇の前で かちかちになって突っ立っているのは・・・最強の(はずの)戦士・島村ジョ−。
神様も 笑いを噛み殺すのに苦心しそうな・本日のヒ−ロ−である。
「 ・・・ お兄さん。 」
「 うん? 」
「 こんなに急に・・・ごめんなさい。 」
「 う・・・まあ、いいさ。 この日が来るのは・・・覚悟してたからな。 」
「 あの・・・ 長い間・・・ ありがとうございました。 どうぞ・・・元気で・・・ 」
「 ・・・うん、うん。 お前こそ・・・元気で、幸せになれ。 ・・・アイツはいいヤツだよ。 」
「 ・・・うん・・・ おにいちゃん・・・ 」
「 ファンション・・・ 」
お互いの目尻に滲む涙は 今日ばかりはあたたかい。
華やかだが、落ち着いた雰囲気の新婦の控え室では、同じ瞳をした兄妹が静かに語り合っていた。
そっと握り合った手・・・。
その暖か味を感じあうだけで もう二人に言葉は必要なかった。
苦難、などという生易しい言葉では語れない人生を強いられた妹に 兄は今、このささやかな
幸せが永遠( とわ )に続くことを願ってやまない。
「 ・・・さあ。 いこうか・・・? 」
「 ええ。 」
ひくいオルガンの前奏に促され フランソワ−ズは兄に腕を預けてゆっくりと歩みはじめた。
この路を歩むよろこびを 兄と妹はしっかりとこころに刻み付ける。
・・・・ほう ・・・・
厳かなオルガンの音色にあわせ花嫁が進むにつれて 感嘆のどよめきが・吐息が聖堂に満ちる。
ついさっきの華やかなライトを浴びていたその姿と寸分も変わらないのに
いま、彼女は虹色の・金色のオ−ラにつつまれ 最高の輝きを発していた。
兄の手から 生涯を共にする人の手へ。
いま 彼と彼女の新たなる歩みがはじまる。
まだ、真っ赤になったまま、ジョ−はぶっきらぼうにフランソワ−ズの手をとった。
下ろしたベ−ルの陰から 慎ましく伏せた睫毛の下から フランソワ−ズはそっとジョ−の顔をみる。
( ・・・ふふ・・。 戦闘中のほうがまだ優しいかも・・? )
かちかちに強張った泣き笑いのような表情で ジョ−はともかく花嫁を祭壇の前に導いた。
− Mon Dieu ・・・・
敬虔にこうべを垂れる新郎・新婦に 司祭が婚姻の祝福を説きはじめた。
やがて。
「 ・・・・ 病めるときも 健やかなるときも これを愛し敬うことを 誓うか? 」
厳かな司祭の声が 聖堂に流れる。
「 ・・・・ 」
問いかけられた新郎はなぜか半ば口を開けたまま、フリ−ズしている。
「 ( おい! なんとか言え! ) 」
「 ( 坊や〜 台詞を忘れたか?? <はい>でいいんだぞ〜 ) 」
「 ( てめェ〜 この期に及んでな〜にビビってんだよっ! ) 」
絶句して棒立ちのジョ−のアタマに がんがんと仲間の怒声が飛び込んだ。
「 ( ・・・ ジョ−〜〜〜〜!!!) 」
穴があくほどじっと自分を見詰めたままかたまっている花婿に 花嫁は思いっきり
脳波通信で呼びつけた!
「 ・・・あ。 ああ・・・・。 あの・・・? アノ・・・」
やっと解凍した花婿に 司祭さまもほっとした様子だ。
「 (うぉっほん・・・!) え・・・ これを愛し敬うことを 誓うか? 」
「 あの・・・ですね・・・。これって言わなくちゃ・・・ まだ、言ってなかったんだ。 」
「 ・・・・ああ? 」
花婿は ぶつぶつ・もごもご相変わらず周囲を煙に巻いている。
「 ・・・えっと。 あの・・・。 フランソワ−ズぅ・・・ ぼくと結婚してくれる?? 」
挙式の最中、しかも誓いの言葉の寸前にプロポ−ズした花婿として
このカップルは 教会の伝説となった・・・という。
− Felicitations ! Joe et Francoise !
***** Fin. *****
Last
updated: 01,27,2005.
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**** ひと言 ****
yuma様への 63003 キリリク作品、やっと終わりまで漕ぎ着けました〜
なにはともあれ、お幸せに〜ご両人♪