『 ザ・モダ−ン・ブライダル   − 1 − 』

 

 

 

その時、島村ジョ−はたまたま取材でしばらくギルモア邸を留守にしていた。

 

− ジョ−の仕事

それは ちょっとオタク系な小さい出版社の雑誌記者、時にはカメラマンも兼ねるという・・・

要するに何でも屋である。

小さな会社の割りに、職種のせいだろうか<隣は何をするヒトぞ>的な人間がほとんどで

あまり社交的ではないジョ−にとっても 居心地のよい職場だった。

 

「 ・・・お早うございます・・・ 」

「 あ〜? 島ちゃん・・・ お疲れ〜 」

取材先から直接出勤したジョ−に おなじ編集員の櫻井が気のない挨拶を返した。

「 どうも・・・あの、編集長は? 」

「 あ〜? ああ・・・なんとかいうカメラマンのプレス・インタビュ−を見にいったよ。 」

「 見に?取材じゃなくて、ですか? 」

「 ウン・・・多分。 う〜・・・ほら、多羅尾とかいう売れっ子さ。 ま、ウチあたりの弱小出版は

 相手になんかしてもらえないしね。 」

「 ・・・はあ。 」

相変わらずのんびりとした社内を見回し、ジョ−はとりあえず報告書を提出してさっさと帰宅した。

 

 

バスを降りると 初夏の風がジョ−の髪をさわさわと梳いてゆく。

なじんだ海のかおりをジョ−は胸いっぱいに吸い込んだ。

 

・・・ ただいま ・・・・

 

車も人影もほとんど見えない公道からそれると あとはくねくねと上り坂が続く。

この地を<家>と呼ぶようになってどれだけの年月がすぎたのだろう、今では海のかおりや

岩にくだける波の音が ジョ−にとって懐かしい存在になっていた。

崖の上にぽつんと建つちょっと古びた洋館 − ギルモア研究所 − は今日も彼を暖かく

迎えてくれる。

それに・・・

研究所への最後の坂を上りながら、ジョ−は内ポケットに収めた小さな包みをそっと確かめた。

 

喜んでくれるかな・・・ 気に入ってくれるかな・・・

 

自分をこの地に惹き付けてやまないあの微笑を思い描き、ジョ−はますますこころを弾ませる。

今年こそ。

うん、そうさ。 今年こそちゃんと言うんだ、決めたんだ! 

歩き難い石ころだらけの道を一歩一歩、自分に言いきかせて ジョ−は登ってゆく。

それにさ。 ちょうどいい季節じゃないか。 女の子の憧れなんだろ?

 

そう、六月。  − 乙女には特別な意味をもつ月。

 

夏本番を前に微妙な表情をみせるこの時期が ジョ−も嫌いではない。

この光のもとで この微風のなかで この樹々の影で

最愛の女性 ( ひと ) とともに永遠 ( とわ ) を誓いたい。

白い裳裾をなびかせた彼女の幸せの微笑みに 初夏の陽射しもかなわないだろう。 

 

陽にも微風にも海原にも。 

ジョ−は大声で語りたい気分だった。

 

 − ぼくは・・・・・ !

 

 

 

「 あらぁ・・・ジョ−、今度のあなたのお誕生日にはここにいないの? 」

「 うん・・・ ちょうど取材旅行が入ってて。 帰りは多分6月になるな。 」

..と称される休み続きの週が明け、また当り前の日々が始まった頃

ジョ−は仕事でしばらく 家を空けることをフランソワ−ズに告げた。

「 そうなの・・・ちょっとがっかり。 ん・・・でもいいわ。 日程を教えてね? 」

「 いいけど。 あんまりアテにはならないよ? 仕事の出来しだいだからね。 」

「 大変ねえ・・・。 でもやっぱり教えて? 今頃ジョ−はどのへんかなぁって思ってれば

 一緒にいるみたいで淋しくないもの・・・ 」

さりげなく後ろを向いたフランソワ−ズの肩が 言葉と一緒にちいさく震えている。

「 ・・・フランソワ−ズ 」

ジョ−は ふわりと両腕をその細い肩に廻した。

「 ごめんね。 ・・・お土産、なにがいい? 」

「 ジョ−・・・。 元気で帰って来て。 それが一番のお土産よ。 」

目尻に挟んだ涙がとても愛らしくて、ジョ−はそっと唇をよせる。

「 ねえ、笑って? きみの笑顔を楽しみに、行ってくるから、さ・・・ 」

しばしの別れを惜しむ恋人たちに 五月の夜は優しい帳を下ろして行った。

 

 

 

「 ・・・ ただいま・・・ 」

弾むこころとはうらはらに・・・ いや、嬉しいどきどきを隠したくて、ジョ−はなるたけ静かに

玄関のドアを開けた。

「 ・・・? フランソワ−ズ・・・? 」

普段はし・・・んとしているコトが多いこの邸が 今日はなぜか華やいだ空気に満ちている。

活発に人の動く気配が どっと零れ出し、忙しない足音がその伴奏を買って出ている。

「 ・・・ ただいま ・・・ ジョ−です? 」

心待ちにしていた声も聞けず 笑顔にも会えずに

アテがはずれた思いでちょっとがっかりしながら、ジョ−はリビングへの足を向けた。

ドアノブに手を伸ばそうとしたとたんに勢いよくドアが開いた。

「 だからよ! それはオレにまかせなって・・・ お。 ジョ−。やっとご帰還か〜 」

包み紙やら潰したダンボ−ルやらを目一杯小脇にかかえたジェットが飛び出してきた。

「 お〜い。 ジョ−が帰ったぞ・・・ あ、わりィ、オレちょいとヤボ用な・・・ 」

「 あ、ああ。 ・・・ 」

すれ違いざまに ぱん・・っと肩を叩いてジェットは玄関から飛び出していった。

少し調子はずれな口笛が 彼の上機嫌を賑やかに物語っている。

 

「 あや〜 ジョ−はん、お帰りアルね。 ほんじゃ、ちょっとなにか点心でも温めてくるアルよ。 」

張大人が これまた満面の笑みで立ち上がる。

「 ・・・わしは・・・こんな時が来ようとは・・・なあ、夢にも・・・ おお、ジョ−。お帰り・・・ 」

「 博士、只今もどりました。 」

リビングのソファで ギルモア博士がさかんにハナをかみ 目をしばたたかせている。

「 博士〜 今から泣いてちゃしょうもありませんぞ。 当日は大丈夫でしょうな?

 ちゃんとエスコ−トをお願いしますよ。 」

「 わ、わかっとるわい。 ・・・しかしなあ・・・ わしゃ・・・もう涙が・・・ 」

「 ・・・あの? 」

ジョ−は何がなんだか一向にわからず 棒立ちである。

「 おう、坊や。 首尾はどうだったかい。 」

グレ−トが相変わらず色艶の良いスキン・ヘッドで にやりと振り向いた。

「 え、ええ、まあ。 ・・・フランソワ−ズは? まだレッスンから帰りませんか? 」

「 ん? ああ、姫君はまだ打ち合わせが残ってると言っていたぞ。 まったくお前が・・・

 なにせ、急なハナシだろ、もうどこもかしこもてんやわんやよ・・・ 」

「 はあ・・・。 あ、ぼく、ちょっと荷物、置いてきます。 」

「 手早く頼むぞ? もうすぐハイ・ティ−だ、香り高いお茶と我らが鉄人のスウィ−ツを

 楽しもうではないか。 前祝いってヤツだな。」

「 ・・・うん、じゃあ・・・ 」

リビングを出てゆくジョ−のうしろで 博士がまた盛大にハナをかんでいた・・・。

 

 

・・・ふう。

ジャケットをベッドに放り投げると ジョ−は自分自身もその側にどさりと腰をおろした。

なんだってんだ・・? ・・・今日帰るって・・・メ−ルしたのに。

取材旅行から帰った日や締め切りの徹夜明け、フランソワ−ズの笑顔がいつも

必ずジョ−を迎えてくれた。

そして、ジョ−が大好きなフランソワ−ズ特製のパイが待っているのが習慣になっていたのだが。

家中の華やいだ雰囲気に わけのわからないジョ−はますます疎外感を強めてしまう。

 

ジョ−は腕をのばし、ジャケットの内ポケットから例の包みと封筒を取り出した。

水色の包み紙に金のリボン。

なんとなく 彼女そのものの色彩みたいで、ジョ−はその外側からして気に入っている。

中味については・・・これはちょっと、いや全然わからないので店員の言うままに決めてしまった。

これなら 絶対ですわ、という店員の言い草にも勇気をもらったし・・・

シンプルだが透明なその輝きが・・・彼女のお気に召すといいのだけれど。

でも。 なんて言って渡せばいいのかな。

はい、お土産・・・じゃあ、コドモみたいだし。 オモチャと間違われたら困るよ!

う〜ん・・・ 映画や小説みたいなコト、言わなくちゃいけないのかな?

・・・ う〜ん ・・・・ オナノコって・・・言って欲しいんだろうか・・・

 

考えあぐね、ジョ−はすこし縒れしまった封筒を手にとってみる。

タイミングよくその日に、このカ−ドは旅先のホテルでジョ−を待っていた。

濃い緑の地に 淡い色彩の花束。

小振りなそのカ−ドに 記されているのは・・・

 

 ― おたんじょうび おめでとう  ジョ−

     ジョ−におくるかーどはこれがさいごです ―

 

端正な、というか小学生みたいにかっちりとした筆跡で書かれた 平仮名ばかりの

フランソワ−ズのメッセ−ジ。

何度見直しても自然と頬が緩んでくるのだが、ふとジョ−の視線が終わりの文字に留まった。

 

・・・あれ。

 

今まであまり気に止めなかったのだが・・・ <これがさいごです> ??

さいごって・・・なにが。

思わずベッドに座りなおし、ジョ−はまじまじとカ−ドのその部分を見詰めなおした。

<さいこう>との間違いかな。

お喋りはともかく、日本語の読み書きがまだあまり得意ではない彼女のカン違いかな、とも思ったが・・・

これが最後って・・・もう来年からは送らないってことなのか?

いや・・・カ−ドじゃなくて他のものにするつもりなのだろうか・・・? それとも??

 

そういえば。 今回の取材旅行中にあまり彼女からメ−ルが来なかったよなあ。

特に後半・・・。 まあ、ちょっと辺鄙な場所が多かったけど。 

そうだよ・・・! あのカ−ドを受け取ったのが最後じゃなかったっけ??

ってことは。 なにかあった?? ・・・誰かと・・・知り合ったとか。

事件があったのではないことは 皆の様子からわかるし・・・

<彼女個人の事情>が かわったのかな。 ・・・それって、もしかしたら・・・ぼくよりも

気になるヤツが現れたのか・・・???

だから・・・<さいご>なのか。 もうバ−スディカ−ドを贈るような相手じゃなくなったってコト???

そうか。

そりゃ、確かにぼくは口下手だし、こんな仕事だから旅行が多いし、・・・さいぼ−ぐだし。

彼女に相応しい相手なんてとても 言えやしない。

でも・・・ でも。 ぼくは・・・ 大好きなのに。 きみだけなのに・・・ 愛してるのに!

どうして。

どうしてきみは ぼくを ・・・捨てるの。 ・・・いいんだ、どうせぼくなんか。

母さんだって ぼくを置いていった。 ぼくなんか・・・ぼく・・・

気の利いた一言も言えなくて、上手にエスコ−トなんかできないし。

そうだよね・・・ こんなぼくなんか きみにとっては何の魅力もないよね。

・・・いいよ、いいんだ。 こんな日がいつか来るんじゃないかって薄々思ってたもの。

いいよ・・・ きみさえ幸せなら。 きみさえ微笑んでいてくれるなら。

ぼくは・・・ ぼくは・・・・   ああ! フランソワ−ズ・・・きみの幸せをそっと祈っているよ・・・・

 

ジョ−の思考はマイナ−へマイナ−へと傾斜してゆき、張大人のドラ声が響くころには

すっかり底の底まで落ち込んでいた。

「 ほ〜い! ジョ−はんっ 熱々のお茶と美味しい点心アルよ〜 」

「 ・・・・ 今行くよ ・・・ 」

 

「 なんだあ? 坊や、昼寝でもしてたのか? 髪が逆立ってるぞ、色男が台無しだ。 」

「 ・・・あ、うん ・・・ 」

ぼう・・・っとリビングへ降りてきたジョ−のしょぼしょぼした姿を グレ−トが笑い飛ばす。

「 ・・・あの ・・・ ふ、フランソワ−ズは ・・・? 」

「 さっきも言ったぞ? 姫君はお忙しいのさ、なんせもう日は迫ってるし。 」

「 まあ、楽しい忙しさじゃろうなあ・・・。 しかし、この歳になってこんな嬉しいコトは・・・ 」

「 も〜! 博士はそればっかりアルね〜 ささ、食べまひょ♪ 」

「 おお、なんと美味そうな。 」

「 幸福は最上のソ−スなり・・・ってネ! 」

「 ちょいと違う気もするが・・・、まあソレもまた真実なるってことであるな。 」

いい匂いの湯気のむこうで それぞれの笑顔が揺れている。

ティ−・テ−ブルを囲む陽気なム−ドに、ジョ−はますます疎外感を強めてしまった。

「 ・・・あの。 ぼく、まだ仕事残してるから・・・。 コレ、もらってくね。 」

「 ジョ−はん? 」

 

訝しげな大人の視線に背を向けてひとり部屋へ帰ろうとするジョ−に 

グレ−トの言葉が追い討ちをかけた。

 

「 あ・・・っと、坊や? おぬしはちゃんと礼服を持っておろうな。 ホワイト・タイだぞ? 」

「 ・・・え ・・・ あ、ああ。 多分・・・ 」

「 準備しておけよ。 恥をかかせないように。 」

「 う、うん・・・ 」

 

こつん。

ほんの少し前まで幸福の塊だった内ポケットの小さな包みが いま、ジョ−の胸に固く当たる。

かさり。

御守りがわりに思ってた小振りの封筒が 今は気がかりな存在となってジョ−を悩ます。

初夏の陽の微笑みを存分に映して華やかさをました海原に ジョ−は憂鬱な視線を投げていた。

 

 

Last updated: 01,15,2005.                        index     /     next

 

 

*****   ひと言   *****

どうもやたら落ち込んでますね?ジョ−君。 これはもしかして新ゼロ・ジョ−君かな?

原作ジョ−もけっこう<思案するヒト>だと思うのですが・・・。 フランちゃんのお好みは

どうなんでしょうねえ?? ・・・ もうちょっとお付き合いください。