「 こんな風に、さ。 きみと歩けたら・・・・よかったんだよね、あの時。 」
握られた手が ちょっと乱暴にゆれた。
「 ・・・ いつ ・・・? 」
「 きみとはじめて外出したとき。 その・・・ 普通の格好で。 」
「 ・・・覚えてる! 紫陽花寺でしょう? ・・・・ こまかい雨がふってたわね・・・ 」



「 ジョ−。 ちょっと・・・待って? サンダルが・・・ 」
自分のことなどまるで眼中になく さっさと歩いてゆく広い背中に フランソワ−ズは
たまらなくなって 声をかけた。
それでなくても 雨模様の砂利道はサンダルには意地悪だった。
「 ・・・あ。 ごめん・・・ 」
やっと気付いて振り返ってはくれたものの ジョ−は突っ立ったまま。

「 (ほんとに もう! 手くらい貸してくれたっていいじゃない! )
 あの、この道、歩きにくくて・・・・・。 」
ココロとは逆に極上の笑顔で見詰めたつもりなのだが、相変わらず彼はたちんぼのままだ。
「 うん・・・。 スニ−カ−でくればよかったのに。 」
「 ・・・ そうね。 」
どこへ行くのかも言わずに誘ったのは誰よ?とフランソワ−ズは内心膨れっ面である。

「 ね、もうすこし ゆっくり歩いて・・・? 」
やっと追いついて 何の気なしにジョ−の腕に手をかけた・・・・

「 あ ・・・・! 」
「 ・・・・・あ ? ・・・・ 」

気持ちと同時に ちいさな声がすれ違った。
するり・・・・と、ごく自然にかわされて、 白い手は行き場を失い宙に浮いた。

「 あ、あのさ、もう少しゆくとお茶とか飲めるとこ、あるから・・・ 」
「 ・・・そう・・・。 」

雨の雫のプリズムみたいな花は とっても綺麗だったけど。
今も 目の奥に残るのは素っ気無いあなたシャツの背中だけ。

じつはさ。
僕も紫陽花がどんな色だったか てんで覚えてないんだ。
きみの なんだかちょっとぎこち無いカンジの笑顔だけさ、見えてたのは。
おこってたんだ・・・

やだ、あったり前じゃない!?
腕も組んでくれないなんて・・・。わたし、嫌われてるのかと思ったわ。
お寺のお庭についてから ちょっと強引に腕を取っちゃったけど。
それっきりで。 なんだかいやいや手をかけさせてくれたみたいだったわ、
ジョ−ったら。

・・・ごめん。 きみがあんまり綺麗でさ・・・ 
さわっちゃいけないみたいな気がして・・・。
それにね、 あそこに行くの、僕も初めてだったんだ。 

あら、そうなの? いろいろ説明してくれたから、以前来たことがあるのかな、って?

ふふふ。 白状するとね、前の晩ネットで調べて必死で丸暗記したのさ。


・・・・・ 言葉が途切れると どっとまた、意識に闇が覆いかぶさってくる。
ちょろちょろと 絶え間なく染み出てくる水の単調な音が尚更、眠気を誘う。

 − まずいな・・・・

ジョ−がとにかく、この圧倒的な静寂の帳( とばり )を押しのけようと口を開いた時。


「 ・・・・ あの時。 こわかった・・・ 」

ぽつり、と闇夜にあかりが 燈った。

「 あの時? 」
「 そうよ。 夏に花火を見にいったでしょう? 」
「 ・・・・・ ああ 。  きみが迷子になった、あの花火大会か・・・・ 」


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