『 Memories − あなたと − 』 




ぴちょ・・・・んっ!
「 ・・・・・ あ ・・・・ 」
項に感じた鋭い痛みで フランソワ−ズはかろうじて意識を取り戻した。
一瞬 刃物かと思わせたそれは 天井から滴ってきた半ば凍った水滴だったのだ。

「 さむ・・・・ 」
ぶるっと身を震わせゆっくりと頭を巡らせてみるが、身体の自由は全然利かない。
痺れている・・・?  パラライザ−・・?
いや、どうやら相当に狭い空間に挟まれているらしい。
ぼんやりとした意識が次第にはっきりとしてきた時、フランソワ−ズはとんでもない事態に気付いた。

 − 暗闇・・・ 夜なの? いえ、ちがう! わたし。 何にもみえないわ・・・!

どんなに<目>を見開いても 拡がるのは黒暗々の闇夜だけだった。




そのミッションもほとんど終に近づいていた。
撤退を前に 009と003は最後の点検に破壊された建物跡へ踏み入った。
その時。
突然の大音響とともに 足元がぐしゃり、と崩れ落ちた。
床に足を取られ身動きできぬままに、周囲の壁や天井はがらがらと彼らの上に降り注いだ。

咄嗟に隣にいる身体を抱え込んだが、そのために加速装置を作動させる一瞬前、009の頭を
落下してきた天井がしたたか打った。
「 009! 上!! 」 同時に崩れ落ちてくる天井を見上げて悲鳴をあげた003も
次の瞬間、 まったくの闇に閉ざされた。

もうもうと上がる土埃のなか、赤い防護服すがたは瓦礫の中に消えた。



「 ・・・・やあ。 よかった・・・ 気がついた? 」
「 ・・・・? 009 ・・・? 」
ほとんど身動きのできない身体に感じるのは ただ一点。

 − ぐっと握られた左手を覆う温かみ

「 009? どこにいるの? わたしは・・・わたし達は・・・? 」
「 きみのすぐ横にいるんだけど。 どうやら 落下してきた天井の残骸に脚を挟まれてるらしい。
 ほら、ここだよ? 」
自分の手が すこし持ち上げられた。 と、同時にぱらぱらと また土砂が降ってきた。
「 大丈夫?! 動けないのね、009! ・・・・ああ、肝心な時になにも見えないなんて・・・!! 」
「 見えない?! 」
苛立たしげに身体を揺するフランソワ−ズの手が ふたたびぐっと握られた。
「 003、きみこそ大丈夫かい?! 怪我したのか、見えないって・・・ 全然? 」
「 頭を打ったから。 多分その衝撃で<目>は壊れてしまったようね? 」
ことさら何でもない風に言って フランソワ−ズはとにかく身体を起こそうともがき始めた。

「 あんまり暴れない方がいいみたいだよ? ここもまたいつ崩れ落ちるかわからないからさ。 」
あまりに明るいジョ−の口調に フランソワ−ズはかえって眉を顰めた。
「 ジョ−。 あなた、挟まっているだけじゃなくて・・・怪我してるのね?
 そうでしょ、それで動けないんでしょう? ・・・・ 加速装置は・・・・? 」
バレちゃったかな、とジョ−が暗闇でくくっと笑った。
「 あんまりいい状況じゃないなあ。 さっきの落下で僕もかなり壊れたらしいよ?
 寸前に発信したここの座標をドルフィンの誰かが、拾ってくれればなんとかなる、かも・・」
「 信じましょう。 いま、きっとドルフィン号はここを探しているわ。 」
「 ・・・・ そうだね。 」
「 ここには・・・かなり強力なバリアが残っているようね・・。 脳波通信は妨害されてしまうもの。 」
「 フランソワ−ズ、きみ、<耳>は? 音は拾える? 」

今度はちいさな手が きゅっとジョ−の手を握り返してきた。

「 ・・・ええ。 聴覚はなんとか無事だったみたい。 ・・・・とても 静か。
 機械音は 一切聞こえない・・・ BGの基地は 完全に破壊できたようね。 
 ああ、でも 水音?  ・・・・冷却水が漏れてきているわ。 」
「 そうか・・・。 とりあえず、僕たちに今できることは<待つ>ことだけだな。 」
ジョ−は 彼女に確認する気持ちでく・・・っと掌に力を込めた。
握り締めた小さな手は さっきよりもずっと冷たくなっている。

「 ・・・! フランソワ−ズ? 寒くないかい、大丈夫? 」
「 わたしは大丈夫よ、ジョ−。 あんまり暖かいとは言えないけれど・・・
 ねえ、あなたこそ心配よ。 怪我の具合は・・? 頭を打ったって、 脚は?腕は? 」
「 ふふふ・・・・ そんなにいっぺんには 答えられないよ、フラン。 」
矢継ぎ早に質問するフランソワ−ズの杞憂を逸らせたくて ジョ−は軽くあしらう。
「 ジョ−。 真面目に聞いて! 」
「 ・・・・ 怒るとあったかくなるだろ? 」
「 ・・・・ もう・・・! 知りません! 」
軽口を叩きあいながら、フランソワ−ズはジョ−の手からずっと伝って落ちてくる
生暖かい液体が気になって仕方が無い。

 − 出血多量・・・そんな言葉が頭をかすめる。

いかに優秀なサイボ−グとはいえ 限界というものがある。
自分たちは ロボットではないのだ。

しん・・・・っと冷え込む闇のなか、 時間だけがひっそりと過ぎてゆく。

生きているのか ・・・・ 自分は呼吸をしているのか ・・・・
その感覚すら曖昧になってくる。
確かなものは ただひとつ。

− 握り合った ふたりの手。


「 ねえ? 提案があるんですけど 」
「 ・・・・ なに ・・・・・ 」
「 ス−パ−ガンであなたの脇の天井を撃ってみて。 多分、そっち側に隙間が広がって 
 あなたの身体、自由になるんじゃない? わたしが撃ってもいいんだけど。 
 なにせこんな状態だから 本当の<めくら滅法>になっちゃうでしょ? 」
くすくすくす・・・・・ よどんだ闇には不似合いな明るい笑いがひびく。
「 残念だけど。 その案には応じられないなあ。 僕のもう一方の腕はまるで電池切れなんだ。 」
「 ・・・! それなら、この手を離して!! 動く方の手で撃てば あなただけでも・・・! 」
「 再び残念でした♪ 却下しま〜す。 僕にそのつもりはないんでね・・。 絶対にきみを離さない。 」
ジョ−の発言に一瞬呆然として、 今度は本当の笑みがころころと湧き上がってきた。

 − 絶対にきみを離さない

普段の彼なら口に出せっこないそんな言葉を この状態でさらりと言ってのけるなんて・・!
ジョ−。 あなた、 やっぱりすごいわ! 最強の戦士よ、009。

・・・・ くすくすくす ・・・・
自然な笑い声は なかなか止まらない。
「 そんなに可笑しなコト、言った? 僕。 」
「 ・・・ ううん、ううん。 ただ・・・ ちょっと う、嬉しかっただけよ。 」
こんな状況で笑い合うなんて、わたし達、凄すぎない?
憮然としたジョ−の口調が ことさら可笑しくてフランソワ−ズは身体を震わせて笑い続けた。

気温はどんどん下がって来ている。 吐く息はとうに真っ白だ。
冷却水は じわじわと足元に浸潤してきている。
動けない自分達の位置へと 水は確実にその水位をあげているようだ。

寒い・・・。  そう意識した途端に 眠気が襲ってきた。

「 フランソワ−ズ! 眠っちゃだめだ!」
「 ・・・・ ええ ・・・わかっ・・・・てる・・・ 」
ぐ・・・っと握った手は ほとんどその体温が感じられない。
握り返す力も タイミングも だんだんと弱く緩慢になってきた。
防護服の裂け目から 冷気と共に冷却水が滲み込んできて体温をさらに奪ってゆく。
どうも自分の体温調節機能の自動制御は 利かなくなっているらしい。
<寒い>という感覚を ジョ−は本当に久振りで感じていた。

しかし。
自分でも寒いなら。   ・・・・・ 彼女は・・・・・ ? 

「 フランソワ−ズ! 少しでも水を避けるんだ。 身体、ずらせるかい? 」
「 ・・・・みず・・・? ああ・・・ 聞こえるわね、 あれは・・・波のおと・・?
 懐かしいわたし達の家・・・ あの海辺のおうちに 帰ってきたの・・ね・・? 」
「 ! しっかりしろ! 」
乱暴に振った腕で すこし周囲に隙間が出来たようだ。
ジョ−は力任せにフランソワ−ズの手を引いて、その身体を少しでも引き寄せようとした。

「 フラン! フランソワ−ズ! 返事しろ!  003!! 」

 − 003

その言葉に フランソワ−ズはぴん・・・っと頬を張られた気がした。
そうなのだ。 自分は、いまは。
防護服に身を固めた、 サイボ−グ戦士。
これは、これもまた、戦士としての闘いなのだ。
・・・・ 負けるワケには ゆかない。

「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
「 眠っちゃダメだ! なんか・・・話をしよう、きみから始めて。 」
「 ・・・ はなし・・?  」
「 う〜ん・・・ そうだ! 水音がきこえるだろ、あの家にいた頃と同じだろ?
 僕たちの、みんなのあの家で どんな日を送ってた・・・? 」
「 お家・・・?  博士と・・・イワンと。 ジョ−・・・・あなたと・・・」
「 そうだよ、きみと僕と。 いろんなところへも いったよね、覚えてる? 」
「 ・・・ 一緒に ・・・そうね ・・・ 」

絶え間のない水音。
その無機質な単調さに ともすれば ふ・・っと意識を引き込まれそうになる。
季節ごとに、日ごとに、いや時間ごとにその表情を変えていたあの海原とは
似ても似つかないはずなのだが・・・。
ふいに ゆうゆうと揺蕩( たゆた )う波間が見えてくる。
その波間に意識は 飲み込まれゆっくりと・・・・ 沈んでゆく・・・・ ゆっくりと・・・
その腕にしっかりと愛しい人を抱きしめて。 

 ゆら ・・・・ ゆら ・・・・ ゆら ・・・・

ジョ−は自分の目の前に浮かんだ光景を あわてて打ち消そうと頭を振った。

「 ・・・ ジョ− ・・? どうしたの・・・ 」
そんな気配を察したのか、闇の向こうから細い呼びかけが届く。
「 なんでもないよ。 ・・・・ ああ、こんな風にじとついてたよね、あのときも。」
「 ・・・・ え? 」


              
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