『 静寂  ― (2) ― 

 

 

 

 

 

  トポポポポ −−−−

 

香たかい日本茶が 湯呑みに注がれてゆく。

「 お〜〜〜 いい香りだなあ ・・・ 」

食卓で寛いでいたグレートが くんくんとハナを鳴らす。

「 うふ  そうでしょう? お茶の香りってなんかほっとするわよね 」

「 左様 左様 」

「 これね 博士のお土産なのよ。 えっと・・・ 」

「 玉露 さ。 日本の銘茶じゃよ 」

博士も湯呑みを手に 目を細めている。

「 え ・・・ アメリカ土産に 日本の銘茶ですか 」

「 いやいや 帰国してから なんと地元で購入したのじゃよ

 ああ ほんにいい味じゃな 」

「 へ え・・・ この辺りは茶の名産地なんですかね 」

「 あのさ ・・・ 静岡とかと気候も似てるし 

 この地域でも山側でお茶の栽培 してるんだって 」

意外にもジョーが声をあげた。

「 ほう〜 よく知っておるな ジョー 」

「 えへ・・・ この前ね 商店街のお茶屋さんで聞いたんです。

 ふ〜〜 今晩の生姜焼き 美味かったなあ 」

「 なんだ ジョー? お茶の話じゃなかったのか 」

「 あ? あ〜  う〜んと ・・・

 つまり 皆で食べた晩御飯は美味しかった ってことで 」

「 まあ ・・・ うまく逃げたわねえ 」

「 え だってマジ超〜〜〜 美味しかったよぉ?? 

 ねえ グレート? 」

「 それは吾輩も否定せんよ。

 ああ 今晩のフレンチ・フライのじゃがいもが 

 ヤツの言う < きたあかり >  かい? 」

「 ぴんぽん♪  美味しいでしょう? 

 わたしも大好きなの 」

「 ああ 確かに・・・ あのジャガイモは美味いな 」

「 博士もそう思われます?  アルベルトからリクエストが

 入っているんですよ 」

「 ほう〜〜  さすがドイツの民じゃな 」

「 ねえ ・・・  ふう〜〜 ああ このお茶 美味しいわ 

「 気に入ったかね よかったわい 」

皆が ほんわか・・・ 穏やかな一日の終わりを満喫している。

「 ・・・ 吾輩のホームは ここにあり、だな。

 時に 博士。 少々ご意見を賜りたいのですが 

ソファで寛ぎつつ グレートは何気なく博士に尋ねた。

「 ほ?  なんじゃな 」

「 いや なに・・・ 少々創作活動の参考にしたいので

 伺うのですが ― 博士にとって 静寂 とはなんですかな? 」

「 静寂?  」

「 御意 」

俳優氏は 慇懃にアタマを下げた。

「 なにか作品の参考にするのかね ・・・

そうさな ・・・ わしにとっては 沈黙 かな 

「 沈黙 ですか 

「 ・・・ ああ 」

「 おお! そんなタイトルの日本の小説がありましたな 

 確か・・・信仰がテーマでしたか 」

「 うむ。 あの話の主人と同じかもしれん。

 ワシには 神も応えてはくれない さ

 ・・・ この罪深い老人には なあ 」

「 ドクター 」

グレートは 愛惜と尊敬の念をこめて 目の前の老人の手を取った。

「 すまん ・・・ 」

「 何もおっしゃいますな 」

 

「 ね!  ちょこっと美味しい和菓子があるの。

 デザートの代わりに 頂きません? 」

雰囲気を変えたくて フランソワーズがことさら明るい声で言った。

「 え〜〜 なになに?? 

「 ふふふ・・・ 今日ね 海岸通りの商店街で買ってきたの。

 この時期だけ、なんですって 

「 今だけ? ・・ あ! わかったぁ〜 さくら餅! 」

「 ぴんぽん♪ 一口桜って 小ぶりな可愛いお菓子 

「 わ〜〜〜〜〜 食べよう 食べよう〜〜

 あ ぼく お茶、淹れ直すよ お湯、もってくる 」

「 お願いね。 わたしは桜餅をもってくるわ 

若者たちは ぱたぱたと動きだす。

 

「 ― いい家族ですな 」

「 ・・・ ワシにはもったいないよ 」

「 いやいや。 三人で いい雰囲気ですよ 

 どうも吾輩は無粋な質問をしてしまったようですな  」

「 そんなことはない。

 先ほどのことだが ―  静寂 とは 周囲の静けさ と同様

 己の静けさ も あると思うぞ 」

「 ・・・ なるほど   う〜〜ん ・・・ 」

グレートは 湯呑みの中のお茶をじっと見つめていた。

 

 

 ― よく朝

 

「 あら グレート お出かけ? 」

朝食後 誰よりも早く グレートがきっちりスーツ姿で

リビングに降りてきた。

「 うむ ちょいと野暮用でな 」

「 そう?  あ 皆 出掛けてしまうから・・・

 ランチは ごめんなさい、作れないの 」

「 おう 勿論 自分で調達いたしますぞ。 

「 ごめんなさいね 

「 いやいや 気使い御無用 マドモアゼル 」

「 ふふ  どちらへ? 」

「 うむ ・・・

 ちょいとなあ 日本語のイントネーションをチェックしたくてな 」

「 イントネーション?  あ ・・・ 舞台のため? 」

「 左様。 小生の日本語は不自然ではないか 気になってなあ

 在日フランス娘さん どうかな? 」

「 わたしは ダメよ。 全然正しくないと思うの。

  ジョーは どう?  地元民だから 」

「 アイツは ワカモノ だろう?

 吾輩が演じるのは 人生晩年のオトコだぞ  」

「 あ そうねえ ・・・ 年配のヒトがいいのね 」

「 そうさなあ 」

「 じゃあ 大人は? 」

「 あれは〜〜 似非・関西弁だ ・・・

 楽聖といわれた男性には 使わせられんよ 」

「 う〜〜ん ・・・ 」

「 やはり巷で取材する方が無難か 

「 そうねえ ・・・正しい日本語 っていえば

 TVのアナウンサーのヒトたちの言葉からもしれないけど

 日常 ああいう風には 皆話してないし 」

「 で あろう?? ラジオとかの方が まだ < 普通 >

 に近いだろうな 」

「 う〜〜ん ??? よくわからないわ

 わたしだって < ガイジン > ですからね 」

「 で あるなあ 」

「 普通のヒト達の話し方 ・・・ よね?

 あ 街中とか電車の中でこっそり皆の話を聞くとか ? 」

「 おお そうだなあ  申し訳ないが盗み聞き させてもらうか 」

「 いろんな話し方のヒト いるから 参考になるでしょうし

 面白いかもね 」

「 で あるな  ふむ・・・ 」

グレートはしばらくなにやら考えていた。

「 グレート 〜〜〜 わたし レッスンに出かけるけど・・・

 朝のオレンジは冷蔵庫デス。 」

支度を終えたフランソワーズが 玄関の方から顔をだした。

「 おう それは忝い。  気をつけて行っておいで。

 時に ジャパニーズ・ボーイは? 」

「 まだ寝てる。 いいのよ、そのうち焦って起きてくるから 

「 そうか。  では よい一日を マドモアゼル 」

「 貴方も・・・ いってきます ! 」

軽快な足音が 遠ざかる。

「 ・・・ ふむ ・・・ 」

彼は もう一度アタマをめぐらしてから 一旦私室に戻っていった。

 数分後 ―

少々 クタビレタ背広姿の男性が マスクをして

クタビレタ足取りで 玄関から出ていった。

 

    ふふん ・・・ 場所柄を弁えんとな

    ・・・ 競馬新聞でも 買うか・・・

 

彼は のそのそと坂道を降り バス停でじ〜〜っと待ち。

駅では 鈍行に乗り途中で特急に乗り替えることもなく・・・

時間をかけて 都心に出た。

 

「 ・・ ほう?  ここが かの有名なオヤジの街 か 」

駅前広場に鎮座する SL を眺めつつ周辺を散歩した。

 

    ふむふむ こりゃあ いい場所だ 

 

そちこちに設えてあるベンチは 日当たりがよい場所から

< 満席 > になっている。

どの席にも 時間を悠々と使える らしい・自由人?? 達が

己の世界に浸っている。

 

    ふふん ・・・ では 吾輩も参戦 と。

 

俳優氏は 帽子を目深にかぶり直すと 新聞を広げた。

彼は 悠然と競馬新聞の陰に身を隠し 

 ― 耳の機能を最大限にアップして 大衆の会話 を

拾い集め始めた。

 

    ほほう ・・・ なるほど。

    年配者だな あの御仁は

 

    ?? なんだ わからんな ・・・

    地域の特殊な言葉か??

    これは録音しておいて あとで調べよう

 

    ??? おわ? 日本語か???

    ああ 若いヤツか ・・・ あっち行け!

 

    うへえ ・・・ 女子高校生 ・・・

    だめだ まるで理解不能 〜〜

 

 

グレートは その駅前で一日ぶらぶらすごし 大衆の会話に

耳を澄まし役作りのために情報を集めていた。

 

 

数日後 ― 

 

   カタン。  玄関のドアが 開くと ・・・

 

「 いらっしゃ〜〜〜い!!  待ってたのよ 

「 アルベルト!! 言ってくれればエア・ポートまで迎えに

 行ったのに 

ギルモア邸の玄関では スーツ・ケースを転がしてきた

銀髪のドイツ人が 大歓迎をうけていた。

「 はん  移動くらい自分でできる  

「 でもさあ〜〜 」

「 さ あがって あがって〜〜〜  あ 安心してね

 < きたあかり > は  野菜庫にぎっしり よ 

「 おう ダンケ。 あ お邪魔します 」

「 おお おお よく来た よく来た ・・・ 

最後に出てきた老人に 彼は丁寧に挨拶をした。

「 なにを言うか ここもお前の家だぞ  

 ジョー 荷物を ・・・ 

「 はい  これ一個かな アルベルト? 」

「 ああ。 じゃあ 頼むな 」

「 うん 君の部屋に持って行くから さ 

 うわ・・・・ 案外 重いね 」

「 ふ 009がなにを言う 」

「 え〜〜 だって着替えくらいだよね? 」

「 いや。 ほとんどスコアだ 」

「 すこあ?? 」

「 楽譜のことよ。  アルベルト、デジタル化しないの? 」

「 俺は 紙の楽譜がいい。 」

「 随分たくさん持ってきたのね 

「 ふん ・・・あのカメレオンの大将の話は

 だらだらと要領を得ないのでな。

 ベートーヴェンの代表曲のスコアを持ってきた。 」

「 そうなんだ・・・ あ でもさ 楽譜なら日本でも買えるじゃん?

 ネットから DLしてもいいし 

「 ジョー。 あのね、使い慣れたものが一番 なの。

 ジョーだって 野球の・・・なんていうの、大きな手袋みたいなの?

 ず〜〜っと使っているのがいいのでしょ? 」

「 大きな手袋 じゃなくて グローブ。

 ああ そっか ・・・ ふうん そうなんだ? 」

「 全部使うことはない、と思うがな。 念のためいろいろ

 持ってきた 」

「 用意周到 っていんだっけ? さすが〜〜〜 アルベルト〜

 仕事の話は 明日からにしようよ?

 さ まずはリビングでゆっくりして ・・・ 」

「 そうよ そうよ お茶タイムにしましょう 

 そろそろね リンゴとサツマイモのパイが焼けるころよ 」

「 ふふん いいタイミングで来たかな 」

「 さあ さあ ・・・ あとで一局どうじゃね 」

博士は 碁石を置く手つきをする。

「 ああ 久々ですね お手合わせ願いますか 」

「 おう 腕を磨いておいたからなあ 」

「 お手並み 拝見いたします 」

博士の笑顔に アルベルトも笑って靴を脱いだ。

 

広いリビングは 午後の光が満ち溢れていた。

「 ― この国の冬は いいな 」

アルベルトは テラス越しに庭を眺める。

「 わたしも好きよ。 ねえ もう水仙が咲いているの 」

「 ほう? 温室か 」

「 いいえ 庭の花壇よ。 ほら・・・ あそこの風が当たらないトコ 」

フランソワーズも並んで立ち 庭を指さす。

「 はあん ・・・ さすが春が早いな  いい色だ 」

「 ね?? 今月の末には桜が咲くわ 」

「 ふうん その時期にまた来られたらいいな 」

「 そうよね ねえ 一緒にお花見 しましょうよ。

 ここの山側にはね ず〜〜〜っと桜が植えてあって

 とてもきれいなの 」

「 それはいいな 」

「 でしょう?  あ お仕事なのよね 」

「 今回はな。 時に カメレオンの大将はどこだ?

 そもそも俺を呼び付けた張本人は 

「 あ〜〜 グレート・・ 出掛けているのよ 」

「 ふん? 稽古か 」

「 いえ 戯曲家の方と打合せ ですって。

 先に < 取材 > してって言ってたから 

 ・・・ 帰りは遅いかもね 」

「 取材 ・・・? ああ コレか 」

アルベルトは ちょいと杯を傾ける仕草をした。

「 多分 ・・・ だから先にお茶 しましょ。 

「 スーツ・ケース、 置いてきたよ〜〜  

ジョーが 階段を一段飛びで降りてきた。

「 あ ジョー。 お湯 沸かしてくれる〜 

「 了解〜〜〜  」

「 では 一緒にお茶を、マドモアゼル? 」

独逸人は優雅に腕を差し出す。

「 うふ・・・ メルシ〜 ヘル・アルベルト(^^♪ 」

フランス美女は にこやかにその腕の白い手を預けた。

 

   ふんふんふ〜〜〜ん♪  

 

二人はごく自然に腕を組んで ティ・テーブルへ ―

 

「 お茶 ・・・ わあ・・・ 」

ジョーは お湯のポットを持ったまま、突っ立っている。

 

   カッコいいなあ ・・・・

   ・・・ ううう くそぅ ・・・

 

「 ほら ジョー? お湯が冷めるぞ 」

「 あ?? あ いっけね〜〜 」

笑いをかみ殺しつつ博士が ジョーのシャツを引っ張った。

「 う〜〜  もう一回 沸かしなおすよ ・・・ 

「 あら どうしたの ジョ― 」

「 ・・・ なんでもない。 あ オーブンさ

 チン!って言ってたよ 」

「 あら 焼けたのね〜〜 ねえ 一緒にパイ、みて? 」

「 あ うん♪ 」

ジョーはたちまち満面の笑顔になって いそいそと

キッチンへ彼女について行った。

「 ふ ・・・ 相変らず だな 」

「 まったく。 まあ せいぜい刺激してやっておくれ。 」

「 さあ ねえ ― お いい匂いだな 

「 ・・・ ああ  フランソワーズのお得意のパイじゃな 」

二人は 流れてくる温かい香を楽しんでいた。

 

夕方には グレートも帰宅し、博士、グレート、アルベルト

そして ジョーとフランソワーズの五人で賑やかに夕食の

テーブルについた。

 

「 はい アルベルト。 ご注文の < きたあかり > です 」

湯気のあがる深皿が テーブルに運ばれてきた。

「 いつもより倍増だよ! 」

「 ふふ ジョーがね ジャガイモの皮むきに頑張ってくれたの。 」

「 ・・・ 大丈夫か??  ジョー ちゃんと芽を

 取っただろうな 」

「 あ〜〜 ヒドイなあ〜 ジャガイモの芽には ソラニンって

 毒がありますって 学校でしつこく習ってるもん。 

 ばっちりさ 」

「 おお これは美味しそうじゃなあ 」

「 うふふ とてもいい味に仕上がりました。

 さあ 皆で頂きましょう 」

ほかほかの 肉じゃが が 皆の笑顔を誘った。

 

   うっま〜〜〜〜〜〜 ・・・ !

 

ジョーは一口目に 奇声?を発したのち

あとは お皿が空になるまで もくもくもくもく箸と口を

を動かし続けた。

 

食後は リビングに移り コーヒーを楽しむ。

「 ふ ん ・・・ 今晩のコーヒーは誰が淹れた? 」

アルベルトは 一口飲んで皆の顔を見まわした。

「 あ ・・・ あのう  ぼくだけど ・・・

 ごめん 酷かった・・・? 」

ジョーがおそるおそる口を開いた。

「 なにビビってるんだ?

 ジョー 淹れ方、上手くなったな。 合格だ 」

「 え 本当〜〜 ?? 」

「 ああ。 いい味だ。 豆はなんだ 」

「 あ〜 あのね 海岸通りの商店街にさあ

 コーヒー豆専門店ができてね そこのマスター推薦ブレンド。 」

「 ほう? その店、教えてくれ。

 行ってみたい。 マスターとは趣味が合いそうだ。 」

「 いいよ〜〜 なんかね クマさんみたいで

 優しい感じのひと。 」

「 ほう  ・・・ 確かな舌を持ったマスターだな 」

「 へへへ なんかぼくが嬉しいや 」

「 ジョーは 商店街で顔が広いわね 」

「 え だって皆 いいヒトたちばっかだもん。 」

「 ジョー お前さん、すっかりこの地に馴染んだな 

「 そだね〜 暮らし易いと思うな  」

「 あ わたしもそう思うわ。  この町、好きだわあ 」

「 いいことだな  ここは俺たちの ホーム だ。 

 

 うんうん ・・・ 皆が 黙って頷く。

 

リビングは ほっこり温かい雰囲気でいっぱいになった。

 

「 あ〜〜  楽しい時間に無粋だが ― 仕事の話を

してもいいかな 

グレートが 遠慮がちに切りだした。

「 どうぞ どうぞ〜〜 わたし達も聞きたいわ。 」

「 忝い。 では ・・・ 」

 

   ガサリ。

 

グレ―トは ソファの足元に置いていた袋から分厚い冊子を取りだした。

「 アルベルト、 ほい。 これがその ・・・< 本 > だ。」

「 ふん・・・ 日本語か 」

「 ああ。 お前さんなら問題はなかろう? 」

「 まあ な 」

アルベルトは 冊子を手に取るとぱらぱらとめくる。

「 長いな 」

「 うむ まあ ざっと目を通してくれるか 」

「 ああ  

彼は どっかりとソファに腰を落ち着けると その分厚い < 本 >

をめくり始めた。

「 あ〜〜〜 晩ご飯 美味しかったあ〜〜

 ねえ フラン。 今日の肉じゃが 最高だったよ〜 」

ジョーは ミルクと砂糖をたっぷり入れたコーヒーを

まったりと飲んでいる。

「 そう? 嬉しいわあ〜  ジョーがたくさんジャガイモ、

 剥いてくれたからよ 」

「 えへへ・・・ あ 玉ねぎもいい味だったし〜〜

 ぼく ほっんと、ウチの肉ジャガ、好きだあ〜 」

「 うむ うむ ほんによい味じゃった・・・

 ウチの名物料理じゃな 」

「 マドモアゼル〜〜 お世辞抜きで結構な味でしたな。

 和洋折衷 というか 双方のイイとこ取り だ。 」

博士とグレートからも絶賛され フランソワーズは頬を染めている。

「 嬉しいわあ〜〜  あ グレート、オヤツにねえ

 リンゴとサツマイモのパイ、焼いたのよ。

 グレートの分、取ってあるから お夜食にでもどうぞ 」

「 おお〜〜 それは忝い 」

「 あ〜〜 いいなあ〜〜 いいなあ〜〜 

ジョーが 心底羨ましそうな声をだす。

「 ジョー  ちょっと余分があるから 食べる? 」

「 たべる!!! あれも 最高だもん 」

「 お前 ・・・ 大丈夫か? 喰い過ぎだぞ 」

「 博士。 まあ若いモンの胃袋は底なしですからな 」

「 わあ〜〜 グレート〜〜 わかってるねえ 」

 

  バサ。  < 本 > が落ちた。

 

銀髪のピアニスト氏が 渋面を作っている。

「 あ どうした アルベルト。 」

「 おい。 なに考えてるんだ この戯曲家は! 」

「 は? 」

「 俺に ベートーヴェンの全てのスコアを弾け というのか! 」

「 いや 全曲弾く必要は〜 」

「 なくても! 膨大な数だぞ!?

 それに この全ての曲の少なくとも第一楽章は弾いておく必要が

 あるじゃないか 」

「 まあ そのう・・・ あの作曲家氏の晩年だから なあ 」

「 に しても、だな! 」

「 あ〜〜 ・・・ やはり負担が大きすぎるか ・・・

 今から 他の弾き手を探すとなると ・・・

 仕方ないな CD でやるしか 」

 

   ふう〜〜〜 深いため息が漏れる

 

博士も若者たちも じっと息をひそめ、成り行きを見つめていた。

 

「 ― 俺以外 誰がやる? 」

 

「「「「 アルベルト 〜〜〜〜 」」」」

 

「 ・・・ 忝い ! 」

「 ふん。 やってやろうじゃないか。

 一旦 帰国して ― 準備してからすぐに帰ってくる。 

 ああ 博士 しばらくピアノの音が喧しいかと思いますが 

「 アルベルト! 地下のレッスン室、使って!

 あそこ 防音だしピアノも置いてあるわ。

 アップライトだけど ・・・ 」

「 お それはいいな 」

「 一日中 弾いてオッケーよ 」

「 ダンケ。  よし。 やるぞ  おい グレート

 この本、 余分はないのか 」

「 ある というか ちゃんと用意してあるぞ お前さんの分 」

「 は! ちゃんと読んでやがるな 」

「 そりゃ お前さんと俺との仲 だからな 」

「 ふふん  これは俺にとっても新たなる挑戦だ 」

「 挑戦? 」

「 そうだ。 なにせ 楽聖と言われる大作曲家氏の

 音を創る課程を表現するのだから 」

「 なるほど なあ ― 

 ワシにもその戯曲 読ませてもらえるかい 」

博士もなにやら興味を持ったらしい。

「 勿論です どうぞ。 

 ヤツは ああ この作者ですが 天才だと思っとります。 」

「 ふうん・・? 」

博士は たちまちその厚い冊子の描く世界に 没頭していった。

 

「 時に ― ヘル・アルベルト。

 お前さんにとって < 静寂 > とは なにかね 」

グレートは コーヒーカップを置くと 何気なく尋ねた。

「 静寂 ? 」

「 左様。 」

「 この戯曲の中で か 」

「 いや アルベルト・ハインリヒ にとっての < 静寂 > だ。 」

「 望んでいるが 手の届かないもの か ・・・ 

 早くその世界に行きたいが いつになるやら 」

 

  ガタンッ !  

 

椅子が後ろに倒れ フランソワーズがアルベルトの胸に飛び込んだ。

「 いやよッ そんなこと 言わないで! 」

「 ・・・ フランソワーズ ・・・ 」

「 わたし達がいるわ!! 仲間がいるのよ !

 それに 貴方には 音楽があるでしょう??

 貴方のピアノを、音楽を愛しているヒト達に 

 もっともっとシアワセな時間を・・・ 」

「 わかった わかった。 泣くな こんなことで 」

「 だって・・・! 」

「 ほらほら ジョーが複雑な顔 してるぞ? 」

「 え ―  あ あのう〜〜 フラン ・・・・

 泣かないでくれよ ・・・ 」

「 ジョー ・・・ 」

「 アルベルトもさ そんな淋しいこと、言わないでくれよ。 」

「 すまんな。 しかし これが俺の根幹にある想いなのでね 

「 ・・・・・ 」

「 申し訳ない〜〜 皆の衆〜〜〜

 楽しい食後の話題には 相応しくないな、失敬 失敬〜 」

グレートが ぺこりと頭を下げた。

「 あら そんな ・・・ だってお仕事でしょう?

 ねえ 皆にも聞いてみれば?? 

 ジェロニモ Jr. には聞かなくても判るかもね〜 」

「 あは そうだねえ 

 ねえ ジェットなんかはさ それ なんだ?? って言うかも 」

「 わはははは そうだなあ 〜  NYっ子に静寂は縁遠いかもな

 うん ・・・ ひとつ 皆に取材してみるか 」

グレートは またなにかのヒントを得たらしかった。

 

翌日から グレートは長時間、PCに張り付いていたかと思うと

ふらり、と終日 出かけたりした。

アルベルトは 二日ほどギルモア邸で過ごすととんぼ帰りで

故郷に戻った。

 

  すぐに 帰るから。

 

彼は言葉通り 荷物は全て置いていった。

 

「 ・・・ なんか わくわくするわね? 」

「 ねえ ベートーヴェンって は〜れ〜たる あおぞら〜〜♪

 を作曲したヒトだよね? 

ジョーは 相変わらずにこやかだ。

「 ― ジョー。  

 この際だから アルベルトのリハ―サルに付き合って

 じっくり ベートーヴェンの音楽を学ぶといいと思うわ。 」

「 あ そう? 面白いかも 〜〜  」

「 ・・・ だと いいわね 

フランソワーズは ちょっぴりフクザツな気分で

彼の笑顔を眺めていた。

 

 

Last updated : 03,17,2020.             back    /   index   /   next

 

 

**********  またまた途中ですが

すみませぬ〜〜 終わりませんでした ★

グレート と アルベルト、なかなかいい取り合わせ

だと思うのですが・・・