『 白鳥達のみずうみ ― (3) ― 』
カッポ カッポ カッポ −−− ・・・・
朝のまっさらな光を浴びて黒馬がゆっくりと歩いてゆく。
馬上には朝日に輝く金の髪を揺らして 紅顔の美少年が少し眩しそうにしていた。
明るい空だが大気はまだ夜の冷たさを残していて 鋭い剣の刃みたいに肌に突き刺さる。
「 う〜〜〜〜 寒 〜〜〜 ・・・ ああ マントを掛けてきてよかったわ〜〜
ベル? 寒くない? え 気持ちがいい ですって? いいわね〜〜 」
ぽんぽん、と鬣の辺りを軽く叩くと ぶひひひ〜〜ん ・・・ 愛馬は元気に答えた。
「 ・・・ なんだか夢みたいな夜だったわねえ ・・・
いえ 夢なんかじゃないわ。 わたしはあの湖で楽しい一晩を過ごしたの。
そして! あの方と出会ったんだわ ・・・ 」
クル −−− ン クル − − − ン
鋭い鳴き声が聞こえてきて 大きな白い鳥たちが編隊に並んで飛んでゆく。
「 あ! お〜〜〜い ・・・! 皆さん〜〜〜 昨夜はありがとう〜〜〜 」
美少年、 いや お城の姫君は ぱっと愛馬から降りると 空に向かって大きく手を振った。
「 ジョーさ〜〜〜〜ん ありがとう〜〜 きっと舞踏会には来てくださいね〜〜〜 」
クル −−−− ン ・・・!
一際 大きな鳴き声を残し 白鳥達の群れは朝の空を横切りって飛び去っていった。
「 あ〜〜 ・・ 行っちゃった ・・・ 本当に 夢みたい ・・・ 」
ほう 〜・・・っと大きく吐息をつくと 姫君は再び馬に乗った。
「 さ ・・・ 帰りましょう。 お腹 空いたでしょう ベル?
あんたを湖の畔になんか連れていって ・・・ エッカーマンに叱られてしまうわねえ〜 」
ブヒヒ 〜〜〜 ン 黒馬はちょっと不満そうに嘶いた。
「 え なあに? 気持ちよかった ですって? あらあ〜 それはよかったわあ
・・・ ああ わたしの方は ・・・ う〜〜〜 またばあやに叱られるぅ〜〜〜
今度は晩御飯を抜かれてしまうかも ・・ あ〜あ ・・・ 」
朝日を浴びて晩秋の早朝 美貌の少年と黒い駿馬はとぼとぼとお城目指して歩いていった。
ギギギーーー ・・・ 裏門の大きな扉はびっくりするくらい大きな音を立てた。
「 し〜〜〜〜 !! お願い〜〜 静かにしてよ・・・ ここのカギ こっそり
持ち出したんだから ・・・ 皆が起き出す前に門番の詰所に返しておかなくちゃ 」
こつん。 姫君はそう〜〜〜っと門扉を押して城内に足を踏み入れた。
「 姫様 〜〜 朝帰りとはご立派ですこと。 」
ばばん。 城の裏門の脇には乳母の君が 毛布をぐるぐる巻きにして立っていた。
「 わ! ・・・ ば ばあや・・・? 」
「 さ 早くお入りなさいまし。 厨の戸口を開けてありますから。
こんなところを他の召使いたちに見られたくありませんからね。
ばあやについておいでくださいまし。 ああ その前に ・・・ 」
ばさ。 乳母の君は 手にしていた肩かけを姫君のアタマからかけた。
「 さ。 あとは姫様のお部屋に戻ってから ― たんと聞かせていただきますから! 」
「 ・・・ はい 」
姫君は小さくなって 乳母の君の後に付いてゆくのだった。
「 ― さあ もう肩かけを外してもようございますよ、姫様。 」
姫君の居室にもどり、しっかりとドアに鍵をかけてから ようやく乳母の君のお許しがでた。
早朝の王城、行き来する召使いは何人かいたが、 乳母の君が連れている少年に
目をやった者はいなかった。 埃まみれの狩服に肩かけをアタマからかぶっている少年・・・
どう見ても 村の小僧になにか用事を頼んだのだろう・・・くらいにしか思われたなかったらしい。
「 ・・・ ふう〜〜〜〜 ・・・ 生き返ったわぁ〜〜〜
こんな季節の朝なのに も〜〜暑いってばないんですもの〜〜 うわ〜〜ふ・・・! 」
ばさばさばさ ・・・ 姫君は豊かな金色の髪に指をつっこんでわさわさ掻きまわしている。
「 姫様! お行儀の悪い〜〜〜 」
「 え〜〜 でも暑くて ・・・ ねえ 着替えてもいい? あ その前に朝ご飯〜〜 」
「 いいえ。 その前に < 昨夜の出来事 > を正直にお話くださいまし。
何を伺っても ばあやは決して驚きませんから。 ぜんぶお教えください 姫様。 」
「 ばあや ・・・ 」
さぞかしきつく叱られるだろう〜〜と覚悟していたのだが。
乳母の君は淡々を言うのだった。
「 あ あの 〜〜〜 」
口ごもりつつ彼女の顔を上目づかいに見て 姫君は はっとした。
ばあやったら ― カンカンに怒ってる と思ったのに ・・・
・・・ ! やだ ・・・ そんな哀しい目、しないで ・・・
やだ やだ ばあやってば〜〜 叱ってくれなくちゃ いやだわ〜〜
ズキン −−− ! 胸が傷む。
「 あの ね! だから その ・・・ 」
「 はい。 」
「 え〜〜っと。 そのぅ〜〜 ・・・ あの! ばあやが心配しているようなことはね
なんにもありせんでした。 だから安心してちょうだい。 」
「 ええ ええ ばあやは姫様のことを信じておりますですよ。
ですから ― ぜんぶお話くださいな。 」
乳母の君は ぴん、と背筋をのばし真っ直ぐに姫君をみつめている。
本気なんだわ ・・・ 誤魔化すことなんかできないってことね。
「 ― わかったわ。 お話するわ。 ・・・ 森の奥の湖にはたくさんの白鳥たちが
舞い降りてきていたの。 」
姫君も腹を括り、きっちり座りなおすと静かに話はじめた。
ざわざわざわ ・・・ 城のあちこちで人々が一日の活動を始める音が聞こえる。
もうすぐ厨からは朝餉のパンの焼けるいい香がただよってくるだろう。
「 ・・・ というわけで 帰ってきたの。 」
姫君は ほう〜〜〜 ・・っと吐息をついた。 彼女のながい長い話は終わった。
「 白鳥 ですか。 」
乳母の君も そうっと吐息をついた。
「 ええ そうなの。 そして白鳥のリーダーはね、 セピアの髪の王子様だったのよ。
東の国の王子殿下で やはりスカールに浚われてきたのですって。 」
「 ・・・ すか〜る? 」
「 あ あの大梟よ。 アイツは悪魔の化身なの。 それでね その呪いを解くには 」
姫君は勢いこんで話の続気を始めた。
「 よう〜〜〜くわかりました、 姫様。 」
「 ?? ばあや・・・ 」
乳母の君は 珍しくも彼女の養い君の話を遮った。
「 ようくわかりましたよ。 ばあやは姫様を信じております。 」
「 そうね〜〜 だからね、呪いを 」
「 はいはい。 ばあやはもう何も言いません。
姫様。 成人の宴では 最高に美しく装われて求婚者の騎士殿やら若君とお会いください。 」
「 ・・・ はい?? 」
「 そしてその中から婿君をお選びくださいまし。
どの御方も 選りすぐりのりりしい若君でございますよ〜〜〜 」
「 ばあや。 ねぇわたしの話ちゃんと聞いて頂戴。 」
「 はい ちゃんと伺いましたよ。 ですから 今度は姫様もばあやの話をお聞きくださいな。」
「 ・・・ わかったわ。 なあに。 」
「 はい ありがとうございます 」
乳母の君は慎ましく膝を折って礼を言う。
「 やだ・・・ どうしたの? お礼なんていらないわ。 」
「 いえ。 どうかしっかりとお聞きください。 これは国王陛下からの
重大なお達しですから。 」
「 お父様から?? あ ・・・ ご気分はいかがかしら・・・
朝露に満ちたお花を摘んでくるわ! きっと 今朝は気持ちがいいな って喜んでくださるわ。 」
「 姫様。 」
横幅の広い乳母の君は ばばん! と姫君の前に立った。
「 はい。 」
「 国王陛下は 姫様に婿君をお決めになってのち、できるだけ早く結婚式を上げて・・・
いずれはこの国を統べるように ― とご希望ですよ。 」
「 ・・・ ・・・ 」
姫君は黙ったまま じ〜〜っと床ばかり見つめている。
「 で ございますから。 お衣装を新しくつくらなければ〜〜〜
各国の王子様がた やら 高位貴族のご子息たちに この美しいお姿を見せつけて
おやりくださいませ。 皆さん 目の色を変えて寄ってきますよ。
ご成人の祝宴は 舞踏会も兼ねております。 」
「 わたし ・・・ お城のダンスはね そのう〜〜 あんまり好きじゃなくて ・・・ 」
「 姫様。 今度の宴はですね。 各国からのお客様が大勢いらっしゃいます。
求婚者の方々は引き出物として お国のダンスを見せてくださいますよ。 」
「 まあ すてき!!! いろいろな国のダンスなのね。 速いテンポの踊りもあるかしら。
わたし、是非踊ってみたいのだけど。 」
「 姫様。 姫様は皆様をおもてなしなさる立場なのですよ。 」
「 ・・・ はい。 」
「 それでですね。 各国からの求婚者の方々とお踊りになって ・・・ この方、と
思召す方をお選びくださいまし。 」
「 え ・・・ でも わたし〜〜 会ったこともない方と結婚するなんて 」
「 ですからダンス、なさいませ。 」
「 ほんのちょっと踊っただけで 決めろっていうの? 」
「 いずれの殿方もご立派な出自とお人柄、そして見目良い方々ばかりですよ。
どの方を選ばれても お父上様はご満足されます。 ばあやも、そしてこの国の民たちも ・・・ 」
「 でも でもね! 」
「 姫様。 当日、最高のドレスを御召しになったお姿を楽しみにしておりますよ。 」
「 ・・・ わかりました。 あのね、わたし着替えてお食事にしたいの。 」
「 ああ これは失礼しました。 あ 湯浴みをなさいませ。 すぐに用意させますから。」
「 そう? それじゃ お願い。 」
姫君は鷹揚に頷いてみせた。
「 かしこまりました。 では失礼を ・・・ 」
乳母の君は上機嫌で下がっていった。
「 ・・・ ふう〜〜〜〜 やっと行ってくれたわ〜〜 ! でも なんなの???
急に結婚相手を決めろ とか・・・ 冗談じゃあないわよ。 」
バン ・・・ 彼女は窓際に駆け寄ると 大きく窓を左右に開いた。
「 うわあ〜〜〜 眩しい〜〜〜 もうこんなたにお日様が高いのね ・・・ 」
う〜〜〜んと伸びを右左、わらわらと両腕を振ってみた。
朝の空気は少し温まり始めている。
「 う〜〜〜ん ・・・ いい気持ち。 あ〜〜 もう! お兄さまのこととか報告を
したかったのに〜 困ったなあ ・・・ 」
姫君は 窓辺から見下ろした。
「 もうここから抜け出すのは無理かしら・・・ あらァ カーテンがないわ? 」
今まではカーテンを裂いてロープ代わりにしていたのだが ・・・
乳母の君は窓辺のカーテンを全て外してしまっていた。
「 う〜〜〜〜 ・・・ ばあやったら〜〜〜 やるわね!
だけど ― そんな初めて会う方と結婚 なんて。 冗談じゃあないわよ。 」
彼女は窓辺からぐっと身を乗り出して空を仰いだ。
「 ああ なんとかしてジョー様や白鳥の騎士たちと連絡をとれないかしら。
ジョー様が舞踏会に来てくだされば ― それでいいわけよねえ 」
昨夜の話では 昼間は彼らは全員、ヒトの姿ではいられない、ということだった。
「 ともかく舞踏会のことだけでも お知らせしたいわねえ・・・・
でも もう湖まで出かけてゆくことは不可能だし。 」
ぴゅ〜〜〜〜〜 ひょろろろ 〜〜〜〜 ・・・
上空を 鳥が一羽、 声たかく鳴きつつ円を描き舞っている。
「 ! そうだわ。 ここから文を飛ばせば。 ジョー様の騎士達に届くかも!
そうよ〜〜 う〜〜んと高く射れば きっと!
」
彼女は ぱっと室内に戻ると、薄くて丈夫な布を探した。
「 ・・・ う〜〜ん?? あ これがいいわ! 」
びりり ・・・ ペチコートの雪白の薄い布を裂いた。
「 これこれ〜〜 こらなら軽いし・・きっと遠くまで飛ばせるわ。 」
羽根ペンでさらさらと数行、したためるときちっと細く折りたたんだ。
「 え〜と ・・・ あの矢に結びつけてっと ・・・ 」
成人の祝いに、と父王からいただいた強力な弓矢を窓辺にもってきた。
「 ・・・ っと よし。 これでいいわ。 大丈夫、強い弓だから遠くまで飛ぶわ。 」
姫君はきりり と 弓を引き絞る。
しゅぱ −−−−− ん ・・・・!
白い矢はみるみるうちに 青空にむかって吸い込まれていった。
「 おねがい〜〜〜 どうぞ あの文がジョー様の目に留まりますように ・・・! 」
フランソワーズ姫は 真っ青な空を見上げて必死で祈っていた。
その日の夜明け前のこと。 湖の岸辺の一角に木々の枝で庵が作られていた。
巧に枝を組み合わせ、大きな樹の間に屋根を葺いてあり、カモフラージュも抜群だ。
白鳥の騎士の一人が そっと庵の扉を叩いた。
「 ・・・ もし? 若公( わかぎみ )さん ・・・ 吾輩だ、グレートですよ。 」
「 今 開けますよ。 」
すぐに応えがあり ― 小枝を編んで作った枝折戸が開いた。
「 遅くにすまんですなあ ・・・ 」
「 いや ・・・ 今宵は皆さん 盛り上がっておいでのようだ。 」
「 ははは ちょいと珍客がありましてな。 ・・・ ところで脚の具合は如何かな。
いつもの薬草をもってきましたよ。 」
騎士は懐から小さなビンをだした。
「 これは忝い・・・ 脚はまあ こんなものでしょう。 さあ 中へ 」
金髪の若者は 脚を引きずりつつ騎士を招き入れた。
「 ここはいつも気持ちがいいですなあ・・・ ああ すまんですがまた一人
羽根を傷めたものがいましてね。 若公さんに < 修繕 > をお願いしたく・・・ 」
「 おお いつでもどうぞ。 私ができるのはそれしかありませんから。 」
「 いやいや 〜〜 我らの翼を治せるのは若公さんだけです。
我らこそ本当に助かっていますよ。 さぞ腕のよい職人さんでいらしたのでしょうな。 」
「 さあ ・・・ なにも覚えていなくて ・・・ さ こんなものはいかがです? 」
若者は奥から細長い瓶をもってきた。
「 お? ・・・ 酒 ですか? 」
「 はい。 そこの薮の奥に野葡萄がたくさん生えていましてね ・・・ 熟した時期に摘んで
こんな酒を作ってみました。」
「 ほう〜〜? それはそれは ・・・ 」
グレートは酒瓶を手にとり 灯に透かしてみた。
深紅色と瑠璃色のまざった酒が とろり、と揺れている。
「 これは美味そうですなあ〜 いや 寝酒にでもしてお楽しみなさいよ。 」
「 一人で飲んでもつまらないですから。 さ どうぞ ・・・ 」
「 これは ― 忝い〜〜 」
トク トク トク ・・・ 二つのグラスに瑠璃色の液体が満たされた。
「 では ・・・ 若公さんの健康回復を願って・・・ 」
「 皆さんの < 復帰 > を祈って 」
チリリ ・・・ グラスを合わせると二人は杯を傾けた。
「 〜〜〜〜〜 んん これは旨い〜〜 」
「 ・・・ うん なかなかいい味になったな ・・・ 」
「 うん うん これは久々に味わう美酒ですなあ〜〜〜 」
「 あの悪魔めの呪いからなんとかして解放されたいものですね 」
「 左様 左様〜〜〜 呪いが解ければ若公さんも なにか思い出すのではないですかな。 」
「 さあ ・・・ 幼年のころに大梟に浚われて ・・・ 危うく殺されるところを
皆さんに救って頂きました。 情けないことに 以前のことはなにも覚えていなくて ・・・」
「 それも アヤツめの魔術のせいだ、とイワン坊が言っとります。 」
「 かもしれませんが ・・・ 今は こうして皆さんの翼を治すことに生き甲斐を感じて
います。 もっとも自分自身の故障にはさっぱり役立たずですが ・・・ 」
「 いやいや ・・・ あ そうだ! 若公さんには 弟君がおられましたかな。 」
「 え 弟ですか。 ・・・ さあ ・・・ 誰か慕いよってくる年下のモノがいた記憶は
ぼんやりとあるのですが ・・・ それが誰だったかは まったく ・・・ 」
「 う〜〜む ・・・・ いや、若公さんとよく似た髪と碧い瞳をもった少年 ・・・
あ いや 姫君 と知り合いましてね。
」
「 姫君ですか??? この湖の畔で ?? 」
青年は心底驚いた風で グラスを置いてグレートの話に聞き入っている。
「 そうなんですな。 まあ その・・・ じゃじゃ馬のお転婆姫 ってとこなんですが
いや その彼女、なかなか勇敢で弓矢も剣も堪能なのですワ。 」
「 そりゃ頼もしいですねえ ははは ・・・ 」
「 その姫君が ですなあ 絶対に自分が悪魔の呪いを解く! って 宣言したんですよ。
もう〜〜 皆 びっくりですよ。 ウチの若もねえ 慌てて止めたのですが 」
「 そりゃそうですよ。 」
「 それでもその姫君は頑張ってましたな。 彼女 受ける印象がなんとなく若公さんと
似ているのですワ。 お心当たり ありませんかな。 」
「 さあ ・・・ できれば一度 会ってみたいですよ。 」
「 おお 今度是非お誘いいたしましょうぞ。 」
「 お願いします。 それで今回の翼は、どこを? 」
「 こりゃ いかん〜〜 肝心な用件をすっかり忘れておったです。
え・・・っと 今回は〜〜 無鉄砲をやった若いのがおりましてな ・・・
翼の先を焦がしてしまったのですよ。 アポロンという若者なんですが 」
「 焦がした? おやおや ・・・ では 」
青年は立ち上がると 足を引きずりつつ、部屋の隅の戸棚まで行きずらりと並んだ羽根を
取り出した。
「 いやあ〜〜〜 これは頼もしい〜〜 」
「 この羽根を こう・・・組み合わせて 」
「 ふむふむ ・・・ これはいい〜 」
夜が明けるまで 二人の仕事は続いていた。
− 本日は 姫君の成人の宴の日 ・・・ 王城は夜明け前からざわざわとしていた。
門番の衛兵から式典を統括する侍従長に至るまで 緊張し興奮している。
ウチの姫様を 近隣諸侯の若君たちに見せびらかす! その思いに全員が打ち震えていた。
じゃじゃ馬のお転婆だけど 姫君は気さくで明るいお人柄・・・ 召使いたちへの思いやりも深く温かく、
皆から慕われている。
ウチの姫様のためなら 〜〜〜 !
召使い全員が自分の<守備範囲> を 完璧にしよう、と奮闘努力するのだ! と固い決意と
情熱に萌え、いや 燃えあがっていたのである。 が。
「 ふぁ 〜〜〜〜〜 あああ ・・・ 」
主宰者であり主役であるはずの姫君が ・・・ 当の姫君が まるで乗っていない。
ご当人は 寝坊の寝床の中で珍しくぐずぐずと枕を抱きしめあくびとため息の連続なのだ。
「 ・・・ あ〜〜〜ああ ・・・ もう 朝なのかぁ〜〜〜 」
いつもならさっさと寝床を抜けだし、自分で選んだ少年の服装を身にまとい
「 ふふふ〜〜 おはよう〜〜〜♪ 新しい日ね♪ さあ〜〜少しすとれっち〜〜〜 」
自室のカーテンを引き絞り窓を開け放ち 体操なんぞを軽くやっている姫なのだが。
とん とん 軽やかなノックがきこえた。
「 姫様。 お目覚めでいらっしゃいますか。 ばあやが御召し替えをお持ちしましたよ。 」
返事がない。 乳母の君は はっとして扉にへばりついた。
「 まさか ・・・とは思うけど。 また 脱走なすったのかしら・・・
あんの〜〜〜〜 じゃじゃ馬のお転婆姫がぁ〜〜〜 」
彼女は扉から身を離すと 声を張り上げた。
「 姫様!!! 失礼いたしますよっ ・・・ まさか またしても〜〜〜 」
ばん!!! 扉は難なく開いた。 カギなどかかってはいないしつっかいぼうの
イスもなかった。
「 はれ・・・・ ? 姫様ぁ〜〜〜 」
「 ・・・ あ〜〜〜 ばあやぁ〜〜〜 おはよう ・・・ 」
ぼけぼけした声が天蓋つきの豪華な寝台の奥から聞こえてきた。
「 ?! 姫様〜〜〜 いらっしゃるのですか? 」
「 ・・・ え〜〜 なあにぃ 〜〜〜 ふぁ〜〜〜・・・
ねえ ばあやぁ〜〜 ベッドまで朝ご飯 もってきてぇ〜〜 」
羽根枕を抱えて ぼさぼさ髪の姫君が寝がえりを打った。
ぴき。 乳母の君のコメカミに青筋が炸裂した音がした。
ずんずんずん。
彼女は寝台に接近すると さっと紗の帳を引き上げた。
「 姫様! お起きなさいまし! 今日は婿君をお選びになる大切な日ですよ!
さっさとお顔を洗って〜〜〜 ご準備なさいませ。 」
「 ・・・ え〜〜〜・・・ めんどくさ・・ 」
「 はい? 」
「 いえ。 ― ワカリマシタ。 」
「 さ。 ばあやもお手伝いしますからね、磨き上げて最高のお姿になって頂きます。 」
「 ハイ。 ・・・ こわ〜〜〜 」
「 はい? 」
「 いえ・・・・ なんでもありません。」
「 では〜〜〜 お起きなさいませ。 」
「 ワカリマシタ ・・・ 」
姫君は ごそごそと寝台から出てきた。
そして数時間 ― 成人の祝宴のために 美しいフランソワーズ姫 が出来上がった。
「 ふう〜〜〜 これで いいですわ。 まあ〜〜〜〜 なんてお美しい〜〜 」
朝からの奮戦?にも 疲れの色など微塵も見せず、乳母の君はおおはしゃぎだ。
「 本当にお美しいです〜〜 こんなにお美しい姫君は拝見したことがありません〜 」
「 もう わたくし共・・・・ほれぼれしておりますわ ・・・・ 」
髪結いの侍女も化粧の侍女も 手放しで褒めている。
着付けを手伝った侍女たちも うんうん・・・と頷きつつ感歎の吐息だ。
「 さ。 まずはお父上様に・・ 国王様へご挨拶にいらっしゃいませ。
まあ〜〜〜〜 きっと大喜びなさいますよ 〜〜 ほら ドレスの裾をお助けして 」
「 はい 乳母の君 ・・・ 」
もう 周りは盛り上がり大騒ぎだ。
「 姫様 〜〜〜 では 参りましょう? 」
「 ・・・ ばあや 」
蚊の鳴くよ〜な声が聞こえた。
「 はい? なにかおっしゃいましたか? ああ 姫様も感激で心がいっぱいで
いらっしゃいますよねえ〜〜〜 ああ なんてお美しい〜〜〜 」
「 ・・・ ばあや ・・・ あの ・・・ 」
「 はい? あ そうですわ〜〜〜 お父上様へのご挨拶の後には
亡き王妃様の ・・・ お母上様へのご報告も是非。 ご肖像へご挨拶なさいまし。 」
「 ・・・ ばあや〜〜〜〜〜 」
「 はい? まだなにか? 」
「 ・・・ お腹 空いた ・・・ 」
ぐ〜〜〜〜ぅ ・・・ 可愛いらしい元気な音が 誰の耳にもはっきりと聞こえた。
「 ま ・・・ まあ我慢なさいませ。 正装なさってからはお食事はできません。 」
「 ・・・ でもぉ〜〜〜 」
「 大丈夫、 直ぐに感激で胸もいっぱい・・・になられますよ。 ええ ええ 皆ね
下々のモノでもそうですから。 」
「 そうでございますよ〜〜 私めも結婚式の日には感激と緊張でなにも咽喉を通りません
でしたもの〜〜〜 」
髪結いの侍女も同調する。
「 ・・・ でもぉ〜〜〜〜 」
「 さあ! 姫様のお出ましですよ〜〜 国王様のお部屋へご案内です。 」
「 はい。 さあ どうぞ。 」
さ・・・っと扉が開き、衛兵たちがざざ・・・っと片膝を着き姫君を迎えた。
凛とした正装で フランソワーズ姫は王城の廊下を進むのだった。
う〜〜〜 お腹空いたわぁ〜〜〜〜〜 ・・・・
早く宴なんか終わらないかなぁ
ああ 〜〜〜 ベルに乗って湖まで行きたい〜〜〜
城中の盛り上がりの中、本日の主役は ― どうもまったくぶる〜〜〜な気分だったのである。
ぱぱぱらぱ〜〜〜〜 ぱっぱららら〜〜〜〜〜 ・・・!
「 西の国の侯爵様 お着きぃ 〜〜〜 ! 」
「 南の宝の島の王太子殿 ご到着〜〜〜 」
ファンファーレが鳴り響くたびに 式典長が声高に来賓の名を告げる。
ざわざわ ・・・ その度に大広間では小さなざわめきが起こるのだ。
「 あらあ〜〜 ステキ! まあ 皆さん 糖蜜みたいな髪の色ねえ〜〜 」
「 ほら ・・・ ひき連れていらした踊り子たちのお衣装〜
素晴らしいわあ〜〜〜 あの羽根帽子も素敵! 」
「 ほんとう! あ・・・ あの浅黒い肌の方、素敵ねえ〜〜 青い瞳が最高〜〜 」
「 まあ〜〜〜 踊り子さん達のきらきら・・・って全部宝石かしら?? 」
広間に詰めているこの国の高位貴族や騎士の令嬢たちは扇の陰で品定めに夢中だ。
控える諸侯ら、その令夫人たちも 姫君の婿君を見極めよう!と意気込んでいる。
国王陛下は玉座にゆったりと寛ぎ 諸国からの訪問者たちの挨拶を受けている。
「 ほう ・・・ いずれも立派で頼もしそうな若君たちではないか。 のう 姫や。 」
「 御意でございまする。 どの御方を姫君はお選びになるのでしょうなあ。 」
脇に立つ侍従長は大きく頷きつつ・・・ 隣に座る姫君に視線を移す。
「 ・・・・・ 」
「 ・・・ 姫様。 お父上様にお返事なさいませ。 」
ぼ〜〜〜っと座っている姫君を乳母の君が つんつん・・と突いた。
「 ・・・え? なあに ばあや。 」
「 ですから。 そのう 〜〜 その御方がお気に入りか と ・・・ 」
「 ばあやは? 」
「 はへ??? ばあやの意見ではなくて〜〜 姫様の 」
「 ・・・ じゃ 決めない。 」
「 姫様〜〜〜〜 」
「 ほらほら 姫君? 各国の若君様がたのお連れになった踊り子たちが
成人のお祝いに踊りはじめますよ。 どうぞご覧ください。 」
侍従長が ソツなくその場を取り繕ってくれた。
「 ・・・ わかったわ ・・・
」
「 姫さま! わらって ! 」
耳元で乳母の君がささやいた。
「 ・・・ ん〜〜〜 にっこり。 」
美貌の姫君は ― 営業用の笑顔を大広間中の客人たちに 振り撒くのだった。
いろいろな国の煌びやかな舞が披露され 大広間はやんやの喝采につつまれた。
「 如何でしたか 姫君。 」
「 皆様 大変お上手で大変興味深く拝見し大変感動いたしました。 」
「 ・・・ 姫様! 」
棒読みの <定型文> に つん! とばあやの指が突いてきた。
「 あ〜〜〜 では。 次に〜〜 フランソワーズ姫君 どうぞ広間の中央へ 」
「 は? え〜〜 ・・?? 」
姫君は侍従長に手をとられ言われるままに進み出た。
「 なあに? あ 今度はわたしが舞いましょうか? 剣舞なら得意なの〜〜〜
こんなじゃまくさいドレスはやめて 狩装束で 」
「 姫君様。 ただいまより花婿候補の若君方がお出ましになります。
姫様はその方々をお踊りになり ― 最後に意中の方をお決めくださいませ。 」
「 え〜〜〜〜〜〜〜 そんなのって なに〜〜〜〜 」
「 楽師たちよ〜〜〜 飛び切りのワルツを奏すせ〜〜 」
「 え やだ ウソ〜〜〜〜 」
姫君の抗議の声など なんのその?? 優雅なワルツが鳴り響き始め つん・・・と澄ました
若君たちが 姫君の前に進み出てきた。
「 姫君。 お手をどうぞ。 」
「 ( はあ〜〜〜〜・・・・ やれやれ ) ・・・ 」
フランソワーズ姫は張り付き笑顔 で初めて見るどこかの王子サマに手を預けた。
〜〜〜♪♪♪ 〜〜〜♪♪
6人の花婿候補が次々と現れ、姫君の手をとってゆく。
どの若者も あつ〜〜〜〜い視線を姫君に送り颯爽と踊るのだが ・・・ 。
は ・・・ へったクソねえ〜〜
そんなリードじゃあ オンナノコは着いてこないわよ??
内心ぶつぶつ、一応笑顔で姫君はステップを踏む。
「 ・・・! 姫君 〜〜〜 」
「 ・・・ はい? 」
「 〜〜〜 リードなさっていますよ ・・・ 」
「 あ ヤバ〜〜〜 ごめ〜〜〜 いえ 失礼しました。 」
じゃ〜〜〜ん ・・・ 花婿候補達とのダンスは終わった。
「 え〜〜〜 おっほん。 姫様? 意中の御方はどの若君でしょう。 」
侍従長が咳払いしつつ 尋ねた。
「 ― あ ・・・ の〜〜 ぉ 〜〜 」
「 はい? 」
姫君が ふか〜〜〜〜いため息を吐いた その時。
ぱっぱらぱら ぱっぱらぱら ぱぱぱぱぱぱ 〜〜〜〜
新たな来客を告げるファンファーレが響き渡った。
「 北の国の侯爵様とそのご子息様のお着きぃ〜〜〜〜 」
ザワザワザワ ・・・ 大広間中の人々の視線が入口に向けられた。
! きっと ジョー様 ね!
うれしい 〜〜〜 あの矢文が届いたんだわ〜〜
姫君は もうわくわくどきどき・・・ 熱心に新参の客人を待ちかねる。
「 ― 遅参 失礼仕りました。 姫君様のご成人のお祝いに馳せ参じました。 」
黒づくめの < 北の侯爵 > が伴ってきたのは ― 飴色の髪の若者だった。
・・・ え?
「 姫君 踊っていただけますか。 」
飴色の髪の若者は 少し長めの前髪をゆらしにっこりと笑った。
「 は い ・・・ あの ジョー様 ・・・? 」
「 し ・・・ ワタクシは カール と申します。 」
「 ( ああ なにかご事情があるのね? ) フランソワーズです。 」
「 では ― お手をどうぞ、フランソワーズ姫。 」
「 ・・・ はい。 」
二人は 手を取りあって優雅に踊り始めた。
ほう 〜〜〜 ・・・・ 広間のあちこちから感歎の吐息が聞こえる。
「 姫君 ・・・ お上手ですね。 」
「 え・・・ そんな ・・・ ジョー様、いえ カール様のリードがお上手だからですわ。」
「 いえいえ まるで羽根のごとく軽やかに踊られる・・・素晴らしい方だ 」
「 ・・・ カール様 ・・・ 」
「 こんなにお美しく聡明で快活な方を妃にできるオトコは 世界一の幸福モノです。」
「 まあ ・・・ 」
「 ワタクシに その栄誉をお与えくださいませんか。 」
「 栄誉、だなんて。 ― お目にかかった時からお慕いしておりました・・・ 」
「 おお それは光栄だな。 では ? 」
「 はい。 わたしは あなた様を ― 選びます。 」
「 では 天に誓っていただけますか。 」
「 ― え? 」
その時 大広間の高窓の外にしきりと近づこうとする影があった。
「 !!! フランソワーズ姫!!! 誑かされては いけないっ
ソイツは ― 悪魔の手先だ 〜〜〜 フランソワ―ズ −−−− ! 」
しかし 姫君は飴色の髪の若者から目を離すことができない。
わ〜〜〜〜 パチパチパチ 〜〜〜
拍手と歓声の中 二人のダンスは終わった。
「 父上様。 」
姫君は 玉座の父王に向かって語りかける。
「 姫。 意中の若君は決まったかな。 」
「 はい。 わたくしは この御方 ― カール様 を 」
ガラガラガラ 〜〜〜 ドーーーン !
突如 稲妻が走り雷鳴が響き ― 大広間の灯が消えそうに揺れた。
きゃあ〜〜〜〜〜 なんだ なんだ?? 悲鳴と怒号でいっぱいだ。
わ〜〜〜〜はっはっは 〜〜〜〜〜〜 この愚か者が 〜〜〜
大音声で不適な笑い声が聞こえ 黒づくめの < 北の侯爵 > がばさり と立ち上がった。
「 わ〜〜〜っはっはは〜〜〜 愚かものめぇ〜〜〜〜 !!!
吾輩の術にまんまとひっかかったな〜〜〜 ははは ははは ははは〜〜〜
このスカール様に 勝てるものなどいないのだあ〜〜 あ〜〜〜っはっはっは〜〜〜 」
ばさ ばさ ばさ〜〜〜〜
北の侯爵とその子息はたちまちその正体を現し ― 二羽の大梟は嘲笑いつつ大広間の窓を
破って飛び去って行った。
「 ! し しまった !! くそ〜〜〜〜 わたしとしたことが! 」
一瞬 呆然とした姫君はすぐに我に返った。
「 父上! わたくしの責任です。 あいつらを退治して参ります! 」
びりびりびり〜〜〜 !!! 姫君は豪華なドレスのスカートを裂き取った。
「 姫さま! これを! 」
「 ばあや・・・ 」
乳母の君が あわてて姫愛用の剣とマント、そして成人の祝いに拝領した弓矢を差し出した。
「 これで! どうぞアイツを ・・・! 」
「 ありがとう〜〜 ばあや! 父上様 それでは失礼いたします。 」
優雅にお辞儀をすると フランソワーズ姫は大広間から駆けだしていった。
カッカッカッ −−− !!!
ほどなくして黒の駿馬が森の湖へと疾走して行った。
Last updated : 22,07,2014.
back / index / next
******* 途中ですが
え〜〜〜 ほとんどジョー君が出てきません〜〜〜
舞台では 第三幕 ですね〜 まだ続きます <m(__)m>