風たちぬ   − 3 − 』 

   

           ( *** 時間的に −1− のラストに繋がります *** )

「 くっ・・・しゅん・・・! 」

「 ほらほらほら・・・ 毛布、もう一枚持ってくるアルか? まったく・・・傘を買うとかタクシ−を拾うとか、

思いつかないかネ、普通? この雨にずぶ濡れになるなんて風邪引き志願アルか、フランソワ−ズは・・・」

全身濡れねずみで夕食の時間にもかなり遅れて帰宅したフランソワ−ズを見るや、張大人はまず

有無を言わさず彼女をバス・ル−ムへ引っ張って行った。

そして湯上り後 もう寝るわ、おやすみなさい、という彼女を今度も強引にリビングに連れて行きヒ−タ−の

前に座らせ毛布で包み込んだ。

 − ふふふ・・・ 一日に二回ずぶ濡れになって二回お風呂にはいっちゃった・・・

ぼんやりとヒ−タ−に手をかざしてるフランソワ−ズに張大人は湯気のたつ茶碗を押し付けた。

「 ちゃんと髪を乾かしたアルか。 ほら、コレを飲むアルよろし。 」

「 ? なあに、これ・・・? 中国茶? 」

「 そう、ワテの故郷での秘伝の薬草茶ネ。 万病の予防に効果あり、ネ。 ・・・・まったくジョ−はんはどうして

 送ってくれなかったアルか? こんな雨の中、あんさんをひとりで帰すなんて・・・いったい・・? 」

「 ・・・・・・・ 」

    

キツイ匂いに少し閉口しつつも湯のみで顔を隠すようにし、フランソワ−ズは憤慨している大人に首を振った。

 

 

 − ああ・・・もう二時・・・。 さっきの薬草茶で身体の中からも冷えは出て行ったはずなのに・・・・

秋の雨がもたらした冷たさは、どこかしつこく身体の芯に居座りベットに入ってからも少しも温まってこない。

 − 寒がっているのは・・・・身体だけじゃないわ・・・

何度目かの寝返りを打ち、フランソワ−ズはぼんやりと天井を見上げた。

単調な雨の音は相変わらず続いており、ふだんだったらそれだけで十分眠りに引き込まれてゆくはずなのだが。

「 ・・・・・ ジョ−・・・・・ 」

まだ彼の、唇の指の感触が残る唇を、ほほを、首筋を、胸を、フランソワ−ズはそっとなぞる。

「 ・・・・ どうして・・・・? なんとか・・・言って・・・・ せめて言い訳くらい、そう、あれは悪戯だって・・・言って・・ 」

ひとすじ、ひとすじ涙がほほを伝い落ちいつしかしっとりと枕を濡らしているのに彼女はほとんど気付いていなかった。

 

 

                                                                   *********

 

 

 「 すばらしいわ〜 ホント、憧れちゃう・・・・  」 

ドアをそっと開け、しばらくじっと見詰めていた毬華は 感に堪えないような様子で声をかけた。

「 ・・・・え・・・・・・。 あ、ごめんなさい、 マリカもココ使うわよね・・・。 どうぞ・・・? 」

空きスタジオでひとり 自習をしていたフランソワ−ズは毬華の声に驚いて動きを止めた。

「 ううん・・・・いいのよ、続けて?  私こそゴメンナサイ、黙って見てようと思ったんだけど・・・あんまり素適で

 ついつい声がでちゃった。  ゴメンナサイ、邪魔しちゃったわね・・・ 」

「 そんな、邪魔だなんて。  ねえ、 コ−ダで一緒になる所、あるでしょう? あそこの振りでちょっと音取りが

 わからない所があって。 よかったら教えて? 」

流れる汗をタオルでぬぐっていて、フランソワ−ズは毬華がすでに着替えていることに気付いた。

「 あ、ゴメンナサイ、今日ちょっと用事があって・・・ううん、野暮用。 明日でもいい? ゴメンナサイ・・

 ああ、ほんとはフランソワ−ズみたいにちゃんと自習しなきゃ、ダメなのよね・・・・。 また、私、マダムに

 叱られちゃうわね。 羨ましいわ、あなたの熱意とスタミナが・・・・。本当にゴメンナサイ、今日は見逃して? 

 じゃ、ね。 お先に〜 おつかれサマでした〜  」

「 ・・・・・ マリカ・・・・ 」

 

この頃、彼女と話していると何気無いコトバの端々にほんのすこうし 引っかかるものを感じる・・・・

廊下に響く毬華のヒ−ルの音が 妙に耳ざわりのような気がして。 フランソワ−ズは頭を振った。

 − 気のせい・・・?でも・・・ なにか・・・・ざらついたモノがこころに残るの。 

それはほんの僅かなのだけど 眼に入った細かい埃のようにいつまでも不快感が続くものだった。

 

 

 日を追うごとに大気はその透明度をまし、そのぶん空がどんどん上へと拡がってゆくようだ。

はやい夕暮れが見事なグラデ−ションを見せ始めた空にむかって フランソワ−ズはまた溜め息をつく。

  家に帰りたくない・・・・ 帰っても、ジョ−のこと、考えたくなくて、ううん、考えるのが怖くって。

やっと自習を切り上げての帰り道、彼女の歩みはともすれば鈍りがちで、 あっという間に黄昏に追いつかれた。

<爽やか>をすでに通りこして冷たく吹き抜けてゆく風に ふっ・・・・と身を縮め、ジャケットの襟を立てる。

 −ああ・・・。 風、が変わってきたのね・・・・。  風が吹いて、季節も人生も次の季節に動くのかしら・・・。

先日のグレ−トのコトバが甦り、彼女は思わず自分の周囲に首を巡らせた。

 

ブラウスの奥でことりと小さな鍵が揺れる・・・・・ 体温で温まったソレがふいに動く度にまだ、どきっとする。

ふっと気付けば いつもこの鍵の存在を確かめ、なぞり、 安心している・・・そんな自分がたまらなく歯がゆくて。

 − そうよ・・・。 何のための合鍵なの。 ジョ−がこれをくれたってことは・・・・。 きみの部屋でもあるって

 言ってわ。 ・・・・・わたし。 いや、だわ。 このままじゃ、イヤよ、どうしても・・・・!

落ち葉が吹く風に弄られ足元で散り惑っている。 わたし・・・落ち葉じゃないわ、わしたのこころは。

 

 − 風が・・・ ヘンな方向に替わってしまうのは嫌。  

 

もう一度、ブラウスの上からあのちいさな鍵に手を当てて、彼女は踵をかえした。

 

 

 

 − ガチャン・・・

掌で汗ばんでいた鍵はゆっくりと確かな手ごたえを彼女に残し 回った。 す・・・っとドアが動く。

「 ・・・・ アロ−・・・・? ジョ−? ・・・・ 」

電気の消えた玄関口から フランソワ−ズはおそるおそる声を掛けた。 

 

「 誰か来たみたいよ・・・? え、チャイム、鳴った?  あ・・・ は〜い・・・ 」

ぱたぱたぱた・・・・・ 近付いてきた軽い足音に、彼女は驚きのあまり立ち竦み固唾をのんで立ち尽くしていた。

 

「 ・・・・はい? ・・・・・・ っ・・・・!! 」

 

たっぷり2分間、 日仏ふたりの娘はしっかりと見詰め合っていた。 

・・・あの夏の日のように・・・あのカンパニ−の廊下でのように・・・・ 立ち尽くし、まじまじと、くっきりと。

 − ただ。 あたまの中で響きわたっているのは あかるい蝉の声ではない。

 

 − どうして・・・・マリカが・・・いる、の。 それも・・・ジョ−のバスロ−ブを着て・・・。

 

「 誰? どうかしたのかい・・・・? 」

耳慣れているはずなのに、今はまったく見知らぬヒトのような声が奥から近づいて来た。

馴染んだ・心地好いはずの その声ががんがんと耳の奥で響きわたる・・・・

 

 − あなたの声じゃなければ・・・・いいのに! 

 

きゅっときつく眼を瞑り。 ふたたび瞼を無理矢理こじ開け、からからの口中からコトバを押し出す。 

「 Pardon・・・ お部屋、間違えました・・・・ 」

 − ガタン・・・!

「 ・・・・ っ! 待てよ・・・・ 」

走り去ろうとしたフランソワ−ズの腕をスリッパのまま飛び出してきたジョ−が掴んだ。

「 ・・・・・・・・ 」

思わず振り向いた、その先に見つけたその姿は。 

こぼれ落ちそうな蒼い瞳にじっと見詰められ、ジョ−はあわてて歪んだシャツの裾を引っ張った。

 

「 ・・・・ お邪魔しました・・・・ 」 

「 フランソワ−ズ! 待ってくれ。  」 

「 ・・・・ジョ−。 あなたは。 」

 

 − わあっ・・・・・!!

 

突然の泣き声に 玄関口でじっと見詰め合っていた二人は驚いて振り返った。

「 ゴメンナサイ、本当にゴメンナサイ・・・! 私が・・・イケナイの、みんな私が・・・・でも・・

 フランソワ−ズには・・悪いと思うんだけど、私、島村さん、あなたを好きになるの、止められない・・・・ 」

「 毬華・・・・ 」

「 フランスワ−ズ・・・私、あなたが羨ましくて・・・本当よ、憧れて・・・。一緒に踊れるの、凄く嬉しかった・・・

 ゴメンナサイ、私、あなたのように強くないの、ダメなコなの・・・ おねがい、弱いヒトもいるって、わかって・・。」

子供のように泣きじゃくる毬華を間に、ジョ−とフランソワ−ズは言葉もなく顔をみあわせた。

 

 − しかたない・・・・  しょうがないわね・・・・・・・

 

お互いの眼のうちに そんな同じ想いを読み取った、と感じたのは錯覚なのだろうか。

未練にも似た、妙に褪めた想いを打ち消したくて フランソワ−ズは静かに口をひらいた。

「 ・・・・マリカ・・・。  二人とも・・・中へもどったら・・? 謝るのはわたしの方ね、いきなりお邪魔して。 」

あまりに唐突な泣き方に 半ば呆れ、困惑気味のジョ−へフランソワ−ズはきっちりと視線を当てた。

「 とにかく。 泣いてる女性を放っておくものじゃないでしょう・・・・?  わたし、失礼します・・・ 」

 

 − こつこつこつ・・・・・

 

遠ざかってゆく密やかな足音を全身で追い求めているジョ−の脇で 変わらぬト−ンで泣き声が続いていた。

 

       

                                                        **********

 

 

滅茶苦茶な気分と同様に足取りも重い。 どんな顔で彼女と会えばよいのか朝まで考えても思いつかなかった。

 翌日。 フランソワ−ズは、とにかくコレはわたしの仕事なんだから、と割り切って朝のレッスンに出かけた。

滅茶苦茶な気分と同様に足取りも重い。 どんな顔で彼女と会えばよいのか ついに思いつかなかった。

「 おはよ〜う。 あ、フランソワ−ズ? あとでマダムが事務所へ来てって。 」

「 え? 毬華? さあ・・・・・。  前もね、けっこうよく休んでたよ。 この頃珍しくマジメだなって思ってたけど? 」

「 ・・・・・・そう・・・・・ 」

 

クラスが終わって、尚落ち込む一方の気持ちを持て余しつつ、事務所へ顔を出したフランソワ−ズはさらに

とんでもない追い討ちを喰らった。

 何があったか、プライベ−トなことは知らないけれど、と振り付け者のマダムはちょっと渋面をみせた。

「 いろいろ・・・辛くて耐えられないから。 今度の作品は降りるっていうのよ、毬華は。  」

「 ・・・・ え・・・? 降りるって、・・・・・  」

「 仕方ないわね・・・・コレはあなたと毬華チャンのための作品だったから。 残念だけど中止だわね・・・・

 わたしはね、毬華と対照的なキャラがほしくて。 それに彼女のたっての希望だったのよ、アナタを起用したのは、ね。

 はじめは 毬華メインのつもりだったけど・・・わたしは フランソワ−ズ、あなたの中に素晴らしいモノをみつけた、と

 思ってるわ。  ただ、 今回はそんなわけだから。 あなたには申し訳ないけど、どうしようもないわ。

 毬華もしばらく休みたいっていうし、ね。 」

「 ・・・ 申し訳ない、なんて・・・そんな・・・・。 わたしこそ・・・すごく・・・勉強になりました、ありがとうございました・・ 」

いつも精気に満ちているこの初老のマダムも、さすがに少し疲れた笑みを浮かべた。

「 そう言ってもらえて・・・わたしも嬉しいわ、フランソワ−ズ。  」

ひっそりと微笑み、軽くひざを折って礼を返してフランソワ−ズは静かにその部屋を出て行った。

 

 

 

 − ここから見る景色ってこんなカンジだったけか・・・・

ジョ−はギルモア邸のテラスに寄りかかり あての無い視線を眼下に拡がる海原に漂わせていた。

比較的温暖なこの付近でも、冬の訪れは確実に感じられ吹き抜けてゆく海風は冷たい湿気を運んでくる。

いや、寒々しいのはなにも季節の移ろいのせいばかりではないんだ・・・・ふぅ〜・・・ジョーはまた溜め息をはく。

たった一人が欠けただけで、こんなにも邸全体の雰囲気が変わるものなのだろうか。

 

 − わたし・・・帰るわ・・・パリに。 仕事、キャンセルになってしまったし。

・・・もう、ここにいる必要はない、もの。 

   連絡先は、博士に伝えておきます。 じゃあ・・・ お仕事、がんばって・・・

 

晩秋の空気がまだ微かに感じられる頃にフランソワ−ズが突然帰国して かれこれ一月が経とうとしていた。

あの日、留守電に残された素っ気ない伝言に大慌てで戻ってきたジョ−を待っていたのは。

 

 − さようなら   お元気で。     フランソワ−ズ

 

几帳面な字で書かれた、それだけにかえって余所余所しさしか感じられない彼女のメモだけだった。

 

 

「 おや・・・・メランコリック・ボ−イ、相変わらずの臨場感あふれる雰囲気ですなあ? 」

「 ・・・・  グレ−ト ・・・・ 」

「 こんな芯に残る湿気を撃退するには。 コレが一番、どうかな、my  boy ? 」

差し出された琥珀色の液体をたたえた小振りのグラスをジョ−は仕方なしに手に取った。

「 男所帯ってのは。 いくら形だけ整えても侘しいもの。 気晴らしに如何かな? 巷の話題作〜 

 ほれ、 邪魔者を追い払って、こちらサンは順風満帆の様だぞ? 」

 

ふふん・・・鼻先で笑い、グレ−トは一枚のパンフレットをひらひらと差し出した。

 

                 〇〇〇バレエ団  定期公演

   − 年末恒例 『 くるみ割り人形 』  期待の新人・柘植 毬華の クララ −

                   祝!毬華復帰!

 

 

ジョ−はじっと食入るように艶やかに微笑む主演ダンサ−の顔を見詰めていた。

「 ・・・・毬華・・・しばらく休むって、いや、辞めるかもしれないって・・言ってたんだ・・・・ 」

 

 − うぁっははは・・・

 

突然笑い出したグレ−トに ジョ−はあやうくグラスを落とすところだった。

「 ・・・!・・・グレ−ト・・・? 」

「 うはは・・・ ああ・・・失礼、失礼・・。  ほんとに、まあ・・・。 諸君らはよくよく似たもの同士、なんだなあ?

  だから、あの手のオンナに簡単に手玉に取られるんだわな。 二人揃っていいカモだったってワケだ。 」

「 ・・・・ いいカモ・・・? 」

「 さよう。 <よくあるハナシ>さ。 目の上のタンコブをどうするか? あからさまな攻撃は自分へのマイナスに

 繋がるから、敵サンの自滅を仕掛けるか、逆に自分が被害者に回るか、だ。 」

「 被害者に回る・・・? 」

「 先に泣いたモノ勝ちってこと。 弱者に世間は甘いからな、弱者を装うってのは一番の得策なり。

 ほれ、よくあるだろ、しょっちゅう引退を口にする女優。 アレと同類さ。注目を集める術を知ってるんだ。 」

「 僕は・・・僕には、そんな風には思えなかった・・・彼女、毬華はフランの親友だったし・・・ 」

「 彼女からの一方的な<ご親友>だったんじゃないか。 親しげに歩み寄れば、誰でも気を許すもんさ。

 おい、イロオトコ、じゃあ聞くが、その後その彼女とはどうしたんだ? 」

「 ・・・・彼女とは。 あれきり、さ。 毬華だって・・・傷ついただろうし。  」

半ば怒ったように生真面目に応えるジョ−に、 グレ−トは大げさに肩を竦めてみせた。

 

「 ジョ−君よ? 真実、傷ついたのはどちらかな。 我らが姫君はあまりにも無防備で純粋なのさ。  

 ありのままを全てそのまま受け止めてしまう。 何も言わないのは、その徴(しるし)じゃないかな? 」

 − 誰かサンにも同じ話をした気もするが・・・・と、グラスの中味をグレ−トは一気にあけた。

「 相手を傷つけるのを恐れて。 どうにも身動きできずにただ 待っているだけ。

 踏み出すのが怖いのさ、 諸君らふたりは。 見詰めあっているだけで、金縛り状態だ。 

 人生、時には強行突破も必要なり、と習わなかったかね、教会で・・・。

 座して死を待つ、ではないが待っているだけじゃ風は変わらんし、変わったことに気がつかんのだな、これが。

 他所のつむじ風に翻弄されるだけさ。 人生も。 恋も。 時期がありますな・・・風を感じる、その時期が。 」

 

ジョ−はもう一度、クリスマス向けの華やかなパンフレットに目を落とした。 以前と寸分変わらぬ笑顔・・・。

 − やがて、彼はまだ半分以上中味の残っているグラスをぐい、と呷ると、くるりと背をむけ戸口に向った。

 

「 おい、ボ−イ・・・ 欧州の冬は早いぞ。 ・・・ 厚手のコ−トをご用意めされよ・・・。 」

 

思わず振り返ったジョ−に グレ−トはに・・・っとわらって手元の空のグラスを振ってみせた。

 − 追えるうちに追うがいい、若者よ・・・・やがては 風に置いてゆかれる時が来る・・・・

 

 その晩、本格的な冬の到来を告げる風がこの地にも吹きはじめた。

  

           Last update : 6,10,2003        index  /  back  /  next

 

                                              ********* 言い訳 by 管理人 *********

  やっと時間的に繋がりました(大汗) 読み難くて申し訳ありません。<(_ _)> 次回、舞台は巴里へ移ります♪

  ・・・・でも相変わらずの二人、もう暫く悩んで貰います。