『 ごめんください ― (3) ― 』
その店は外観と同じく 中の様子もとて〜〜もとても年季が入っていた。
板壁にはどこもかしこもしっかりと油が染みついていたし、今時珍しい木製の椅子やらテーブルも
どっしりと黒ずんでいた。
しかしテーブルを始め、店内のどこもかしこもきっちりと掃除は行き届き、壁はつやつやと
光沢さえみえるのだった。
「 ・・・ ほい ごめんなさいよ ・・・ 」
「 らっしゃ〜〜い ・・・ あれまあ〜 コズミ先生、お久しぶりですねえ〜〜 」
コズミ博士ががらがらと開き戸を開けると すぐにばあさんの声が威勢よく迎えてくれた。
「 ほっほ・・・ ここの味が食べたくてね〜 のこのこやってきましたよ。
オキミさんスペシャル を二人前、頼みます。 」
「 は〜〜い 毎度〜〜〜 あら 新人さんかね? 」
大振りの茶碗に入ったお茶を置きに来たおばあさんは に・・・っとジョーにも愛想笑いをした。
「 あ は ・・・ ぼくは・・ 」
「 ほっほ ・・・ 有望な新人ですよ、今度ともヨロシク。 」
「 へえ〜〜 コズミ先生のお墨付きかい! そりゃ未は博士か大臣さんか〜 だねえ〜〜
はいよ、オキミスペシャル〜〜〜 ただいま! 」
どん どん、 と茶碗と置いて ばあさんはからから笑って戻っていった。
「 ほっほ・・・ 相変わらず元気なばあさんじゃのう〜〜 」
「 は はあ ・・・ 」
「 ここはなあ〜 知る人ぞ知る <超・ぐるめ> のもんじゃ焼き屋でなあ・・・
ワシも退官後もちょくちょく寄ってゆくところなんじゃ。 」
「 ぼく お好み焼き屋は行ったことがあるけど もんじゃ焼き は初めてです。 」
「 そ〜か そ〜か ・・・ 次はあのお嬢さんをお誘いなされ。 」
「 ・・・ え?? 」
「 おまちどお〜〜〜〜 !! 」
さきほどの白い割烹着のばあちゃんが どごん、ともんじゃのタネを置いた。
「 お〜〜〜 来ましたナ。 これこれ・・・ これがおキミさんスペシャルなんです。 」
「 はっはっは そんじょそこらのもんじゃとはちょいと違ってね〜〜〜
裏のがっこのえら〜〜いセンセイ方もこの国を背負って立つ優秀な学生さんたちも
み〜〜んなウチのもんじゃでお腹とアタマを満たしてゆくのさ〜〜 」
「 ほっほ・・・ そうですなあ〜〜 」
「 アンタもがんばりな、 ハンサムな兄ちゃん〜〜 」
ばっちん。 ばあさんはジョーに盛大なウィンクを置いていった・・・
「 は ・・・ はあ ・・・ 」
「 ホイホイ〜〜〜 それではいただきましょう〜〜 わしが焼いてよいかな? 」
「 ぁ お願いします〜〜 」
「 こりゃうれしいのう〜〜〜 よし・・・っと ・・・ 」
ジュ 〜〜〜〜 ・・・・・ ! 目の前の鉄板に もんじゃ が広がってゆく。
「 うわ・・・すっげ〜〜〜 ・・・ あ シツレイしました。 スゴイですね。 」
「 ほっほ・・ そんなに固くならんでいいよ ジョー君。
これがもんじゃ焼き ですワ。 お好み焼きとはちょいとちがう。 」
「 ・・・ ですね〜〜〜 すごいいろんな具が入ってますね〜〜 」
「 うん? そうかの ・・・ お〜〜っとそろそろ こぅ〜〜〜っと ・・・ ほい。 」
「 あ わあ〜〜 すご・・・ 」
日頃は鷹揚なコズミ博士は 実に器用な手つきでのべ〜〜〜っと広がっていたもんじゃを
ひっくり返したのだ。
「 〜〜〜〜 んん ・・・ あとちょいと火が通ったら焼き上がり じゃよ。
これをなあ〜〜 こうして端から切って食ってゆく。 」
「 ふんふん ・・・ 」
「 もうおっつけよかろう。 ささ ジョー君 遠慮せんでそっちの端っこから・・・
このスプーンで千切ってくれたまえ。 」
「 ハイ。 ・・・ あ これ スプーンなんですか。 ヘラかと思ってた・・・ 」
「 ほっほ・・・ワシが勝手にそう呼んでおるだけじゃ。 ささ ・・・冷めるぞ〜〜 」
「 は はい ・・・ ふぁ・・・あちっ ・・・ んん〜〜〜〜 んま〜〜〜 」
「 そうじゃろ そうじゃろ〜〜〜 どれ ワシも〜〜 ・・・ んん・・・
さすがにキミコ・スペシャルじゃのう〜〜〜 」
しばらく老若の二人は 食べたり・焼いたり を大いに楽しんでいた。
「 ふ〜〜〜〜うま〜〜〜 ♪ 」
「 ほっほ たまにはこんな食べ物のよいでしょうよ。 」
「 すごく〜〜〜いいです〜〜〜 ふぁふぁ〜〜熱くてウマ〜〜〜
あ 博士。 ぼく さっきなんか感動しちゃいましたよ。 」
「 ほ? なにを ですかな。 」
「 あの〜〜〜 たいしたことじゃないんですけど ・・・ 」
ジョーはとつとつと 博士の神社への挨拶やら 店に入る時のことなどを話した。
「 それで ・・・・ 『 ごめんください 』っていいですねえ
なんか こう〜〜 ほわ〜〜っと暖かい気分になれました。 」
「 ほっほ・・・ 今はあまりつかわんですかなあ・・・
他所様を訪ねる時にはワシらなんぞの世代はごく自然に言っとりますがな。 」
「 そうですか ・・・ ステキな響きだなあ〜って思いました。 」
「 そりゃうれしいですなあ 若いヒトに共感してもらえるとは 」
「 あのぅ ぼくも使ってみても いいですか? 」
「 勿論・・・というよりこれは古来のからの言い方ですからな
誰に断わる必要もありませんわい。 ・・・ きみはなかなか神経が細やかなヒトですな。」
博士な にぃ〜〜っと笑い ずず〜〜〜っとお茶を飲んだ。
「 え! いえ ・・・ ぼくってニブくて・・・ ぜんぜん・・・ その・・・
いつだって ・・・ 呆れられたりしてるし 」
言葉を途切らせ俯いてしまったこの茶髪の若者を コズミ老人はしばらくじ〜っと
見つめていたが のんびりと口を開いた。
「 なにか悩んでおるのかな・・・ 」
「 え ・・・ あ 〜 」
「 いろいろ・・・他人には言えないコトがおありじゃろ。 悩める年頃じゃしなあ。
ま・・・ 独り言のつもりでぶちまけてみてはどうかな。 ワシでよければ聞きますぞ。」
「 ・・・ あ ・・・ 」
博士は湯呑みを抱えたまま に・・っと笑った。
「 は はい! あのぅ ・・・ とてもくだらない 些細なコトなんですけど・・・」
ジョーは 箸を置くと先日の顛末をぼそぼそと話始めた。
・・・ で だから そのう。 ぼくにはさっぱりわからなくて。
ぼくって そのう ・・・ 彼女との共通の話題とか 見つからなくて・・・
・・・ そのう ・・・ 芸術方面には てんで疎くて ・・・
だから そのう ・・・ どうしたらいいのか ぜんぜんわかんなくて ・・・
ついには前髪に影に隠れるみたいに俯いてしまった青少年を コズミ博士は変わらぬ笑み
を浮かべて見ていたが ― やがてまたまたいつもと変わらぬ口調で言った。
「 ・・・ あのお嬢さんは どこから来たのかな。
彼女はいわゆる <外国のモノ> が 欲しい とか 見たい とか 思うかの。 」
「 へ? 」
「 君がモーションを掛けとるあのお嬢さんは どういうお人なのかな? 」
「 ・・・あ ・・・! 」
カリカリ ・・ カリ。
博士はフライ返しみたいな道具で 目の前の鉄板を浚った。
ほんの少し残っていた焼け焦げカスが集まる。
「 世の中はこれと同じじゃ。 」
「 これ・・・って このもんじゃやき ですか?! 」
「 左様。 ごちゃまぜといことじゃ。 」
「 ・・・ あ あああ・・・ そうです よねえ ・・・ 」
「 同じ大きさでも この具どもの味はみ〜〜んなちがう。 火の通る時間も ちがう。
この世と 似ておるのう ・・・ 」
「 え ええ そうですねえ・・ 」
「 しかるに! なぜ オキミさんスペシャル がスペシャルに旨いのかわかるかね?
具の大きさ だよ。 火の通る時間に応じて大きさを変えている。
それはオキミさんが それぞれの具の味やら性質をよ〜〜くしっておるから じゃ。
そしてそれらの特性を活かす取り合わせをしておるのさ。
いろいろ 違う味 だからウマい。 そうじゃろ? お前さんたちと同じじゃねえ。 」
「 え? 」
「 9人のお仲間たちのことじゃよ。 」
「 あ ああ そうですねえ ・・・ 」
「 彼女とのことも似たようなもんじゃないかねえ〜 」
「 ・・・ は はい ? 」
「 じゃからのう〜〜 好きな女性ができたら 彼女のこといろいろ知り、
そして君のことも 知ってもらう のじゃよ。 これは! 古来よりの絶対心理! 」
「 は 絶対心理 ですか ・・・ 」
「 左様。 そしてそのためには! 直接本人に聞くべし。
あれこれ憶測して的外れなコトをするよりも それがなによりも一番! 」
ごどん。 博士は湯呑みをテーブルに置いた。
「 ― と・・・ ワシらも先輩から教わり 後輩や教え子に伝授してきた。 」
「 は 博士も ですか! あの〜〜〜 奥様にも ・・・ 」
「 ほっほ ・・・ 当たって砕けろ はこの場合に最適な精神ですなあ〜 」
「 は はいっ! 」
「 ジョー君 あとは勇気だけですぞ! 」
「 はい〜〜〜!! 」
ジョーは しゃきっと背筋を伸ばし頷いた。
「 あの・・・ コズミ教授 ( せんせい ) でいらっしゃいますよね・・・? 」
二人のテーブルの横に中年の紳士が遠慮がちにやってきた。
「 あ ・・・ 」
ジョーは瞬間的に博士を庇おうとしたが 博士がやんわりとごく自然に彼の腕を制した。
「 ほい いかにも コズミですが 」
「 ああ やはり先生ですか! お久し振りです〜〜〜
あのう〜〜 院でお世話になりました オオサワ です! 」
「 ・・・ おお〜〜〜〜 オオサワ君〜〜 はいはい 覚えておりますぞ。
ああ いやあ〜〜〜 久し振りですなあ〜〜 」
「 覚えていていただきまして光栄です。 先生〜〜 お元気そうでなによりです。
今日はまた・・・ 新しい事案ですか? 」
「 ほっほ ・・・ いやいや〜〜 ちょいと赤門まで用事がありましてな
そっちはすぐに終わりましたんで・・・ウチの若いモンと根津界隈を散歩しとるんです。 」
「 ・・・・・・ 」
ジョーは黙って いかにも研究者然として紳士にお辞儀をした。
「 ほう〜〜〜 それは それは・・・ 」
「 いやあ この辺りもだんだん変ってきましたなあ〜〜 」
「 そうですねえ。 まあ仕方ありませんですよ。 あの〜〜 先生!
ここでお目にかかれたのも何かのご縁〜〜 是非 是非 ご意見を伺いたく〜〜 」
紳士は 一瀉千里と専門用語満載でハナシをし始めた。
「 あ・・・ どうぞ・・・ 」
「 いや ありがとう! 」
ジョーが空けた席に 紳士はしゃべりつつ座り込んでしまった。
「 ・・・ あ〜〜 っと? 」
彼は仕方なく通路を挟んだ空席に腰を下ろしたが ・・・ 向い側に若者が座っていた。
「 あ! す すいません〜〜 」
「 いや 俺も同じだから ・・・ 」
「 へ?? 」
「 俺も御宅と一緒。 ・・・ 鞄持ち の助手さ。 」
若者は苦笑して熱弁を奮っている紳士をこそ・・・っと指した。
「 あ〜〜〜 ・・・ じゃ ここで ・・・ 」
ジョーもくすり、と笑って座りなおした。
若者はしばらくジョーを見ていた。
「 あ〜〜 キミは・・・? 専攻はなに。 」
「 あ ・・・ あのぅ・・・機械工学・・・ 」
「 機械工学? 工学部か。 へえ〜〜〜 」
「 あの ・・・ なにか?? 」
「 いやあ〜 コズミ教授が工学部系の助手を採るなんて 珍しいな〜〜 」
「 あ ぼ ぼくは助手 というわけじゃなくて 」
「 え まだ院生なの? へ〜〜〜 すげ〜〜〜なあ ああ 留学生なのかな〜
T大じゃなくてMITかどっか? 」
「 い い いえ そのう〜〜 」
「 ほっほ〜〜 彼はな〜 ま〜なんと言うか ワシのプライベートな助手なんじゃよ。
どこの大学がらみでもなくてな。 まあ 直弟子ってことかいな〜〜 」
ざわ ・・・・!
若者二人の会話を拾ったコズミ博士が 何気なく助け船をだしてくれたのだが −
その一言で < もんじゃやき > の店内の人間半分が ジョーに視線を集中させた。
・・・ つまりは客の半数以上は いわゆるギョーカイの人々だったのであるが ・・・・
「 へえ〜〜〜 ますますすげえなあ〜〜〜〜 」
「 ・・・ え ? 」
「 え って君。 コズミ教授は直接の助手を取らないので有名なんだぜ?
T大時代も 退官後も さ。 」
「 あ そ そうなんですか 」
「 最高にラッキーだよなあ〜〜 ・・・ってことは滅茶苦茶優秀なんだろうね。
ふ ふん ・・・ まあ いいさ。 君の論文を楽しみにしているよ。 」
「 ・・・ え〜〜と ・・・ 」
「 あ〜〜〜 とんだお邪魔をいたしまして〜〜 大変に失礼いたしました。 」
先ほどの熱弁紳士は ようやく話を切り上げると、博士に深々とアタマを下げた。
「 また 是非! 是非〜〜ご一緒させてください! 君 期待しているよ。 では!」
彼はちらり、とジョーに一瞥をくれると またまた慌ただしく店を出て行った。
「 あ あ〜〜 どうも〜〜〜 ・・・ 」
「 ほっほ ・・・ 若いモノ同士で話が弾んだかな。 」
つられてお辞儀をしたジョーを 博士はにこにこ・・・眺めている。
「 え ええ まあ ・・・ あの〜〜 以前の教え子さんですか。 」
「 そうなるかなあ〜 助手時代にまあいろいろ・・・あってな。
狭い生簀が苦しそうじゃったので ちょいと広い池を案内して の。
あのオトコにはそっちの水が合っておったらしい。 一角の研究者になったよ。 」
「 水 が ・・・ 」
「 左様。 誰にも向き 不向き というモノがある。 それが最大にして最高の真理じゃ
・・・ とワシは思っておるがなあ〜 」
コズミ博士は にぃ〜〜っと笑った。
「 ま ワシの目から見ても。 あの嬢ちゃんは ジョー君、きみにばっちりじゃ な。 」
「 ― へ ??? 」
「 きみに向いている、そして あの嬢ちゃんも君がいいのじゃ。 」
「 ・・・ え〜〜〜 で でも なんか そのぅ〜〜〜
ぼくなんかと一緒で 楽しくないんじゃないかな〜〜 とか そのう〜〜 」
「 ほっほ・・・ 嬢ちゃんはたしか 電子工学を専攻しておったのじゃろ?
そして君は機械工学の分野に入ってゆこうとしておる。 ちゃ〜んと共通項はあるなあ。 」
「 あ あ あ〜〜〜〜 そ そうだった 〜〜〜 あ スイマセン・・・ 」
「 だから。 あとは君次第。 こりゃもう〜〜 当たって砕けろ しかないぞ。 」
「 え え〜〜〜〜 」
「 う〜〜〜 じれったいヤツじゃな。 ともかく! しっかりあぴーるする!
テーマは 簡潔、かつ 明確に。 それが全ての始まりじゃ。 がんばりたまえ。 」
「 は は はい・・・! 」
どん。 博士は大きな湯呑みをテーブルに置くと満足気に頷いている。
「 期待しておるぞ ジョー君や ・・・ 」
「 はい。 」
ジョーは さっと顔をあげるときっぱりと言った。
「 よし。 それでこそオトコじゃ。 」
「 コズミ博士。 ぼくを助手、 いえ! 使いッ走りにしてください。 」
「 ほっほ・・・ 君は学校に通いバイトもしておるのじゃろう? 」
「 はい。 けど責任もって使い走りしますから! 」
「 ほいほい。 期待しておりますぞ。 」
「 え!? い いいのですか〜〜 」
「 ほい。 若いヒトがいるのは楽しいですな。 ギルモア君ともよく相談して・・・ 」
「 はい! どうぞよろしくお願いします! 」
がばっと頭をさげる若者に老博士は おだやかな笑みをみせていた。
後日。 根津界隈ではあの青年は − 将来の の〜べる賞候補 かも〜 と
あらぬウワサが立ったとか・・・
バタン ッ ! ギルモア邸の玄関のドアが陽気な声をあげた。
「 フランソワーズかい、 お帰り ・・・ 」
リビングの日向で本を広げていた博士は 顔をあげずに返事だけを返した。
「 た ただいま です! 」
「 ?! おや ジョーだったのかい。 お帰り ・・・ いやあ ずいぶんと元気だなあ
なにか 忘れ物でもしたのかな? 」
「 え!? いえ??
なぜですか。 」
「 いやなに ・・・ お前はいつも静かにドアを開けてひっそり帰ってくるのでなあ 」
「 ?? そうですか? あ〜〜〜 施設に居た頃、ドアは静かに! って散々言われたから
かな〜〜〜 乱暴に開けると すり減る!ってね。 」
「 ああ? そうか ・・・ まあ ウチのドアはそう簡単にはすり減らんぞ〜
ははは ウチで一番賑やかにドアを開けるのは フランソワーズじゃな〜 元気でいい。 」
「 はあ ・・・ あの フランソワ―ズ、帰ってますか? 」
「 いいや? いや、一旦帰ってきたがの、またなにやら荷物を抱えて出かけていったぞ。
・・・ あ〜〜 ヨコハマまで行ってくる、と言っておったな たしか ・・・
そうそう 海を見下ろせる公園の方まで行ってくる とさ。 」
「 え!!! ヨコハマ〜〜? そっか! あ ちょっとぼくもいってきます! 」
「 な・・・? ちょい まったぁ〜〜 」
リビングの入口からそのまま玄関に引き返そうた彼を 博士はむんず!と腕を掴んだ。
「 はへ??? 」
「 あのなあ お前たち ・・・ ケンカでもしておるのかい ? 」
「 え け けんか 〜〜 なんでですか? 」
「 なんでって・・・わざとソッポ向き合っているがその実 お互いをじ〜〜〜っと
見ているじゃないか。 ふ ふん、ワシの目は節穴じゃあないぞ。 」
「 え ・・・ そ そんなことしてるかな〜〜 ぼく ・・・ 」
「 しておる よ。 」
「 ヤバ・・・ あの! ぼく、はっきり言ってきますから。 」
「 はへ??? なんじゃな いきなり・・・ 」
「 ですから〜〜〜 ぼく達は もんじゃやきの具 なんです! 」
「 ???? もんじゃ・・・ なんだと? 」
「 ですから! もんじゃ焼がどうして美味しいか?? さまざまな具がさまざまの
大きさでさまざまの味だから です! 」
「 ・・・ ジョー? 大丈夫か?? どこか配線の具合が・・・緊急のメンテをするか?
」
「 博士! ぼくは快調そのものです!
ですから ちゃんと言います、聞きます、宣言します 」
「 ・・・ な なにを かね? 」
「 はいっ! フランソワーズに はっきり聞きます。
どんなトコ 行きたいのかって。 なにが好きなのかって。 ・・・ そして
ぼ ぼ ぼくと 付き合ってください ・・・って!! 」
「 あ ああ そういうことかい・・・ 」
「 はい! じゃあ ぼく〜〜 彼女を迎えにモトマチまで行ってきます! 」
バンっ。 またまた勢いよくドアが閉まった。 びりり・・と壁が揺れた。
「 お・・・っと。 まあ 元気がなにより、じゃ。 青少年が辛気臭く縮こまっておるのは
どうも好かんからな。 」
博士は ぐらり、と揺れた花瓶を抑えてつつ ほ・・・っとため息をつく。
「 やれやれ ・・・ 道のりはまだまだらしいが、ジョー・・・まあ 頑張れ。
あの勝気なパリジェンヌを落とすのは ― ホネだぞう〜〜〜
コズミ君の言いぐさじゃあないが ・・・いのち短し、 恋せよ乙女 じゃったか?
まあ ・・・ なるようになるじゃろうて ・・・ 」
どれ 一服 − 博士はテラスへのフレンチ・ドアを開けると パイプを取りだした。
カツカツカツ ッ !
港街のショッピング・ロードで、そろそろ夕闇漂う時間、ガス灯を模した街灯にも明りが点る。
そんな中・・・のんびり行き交う人々の間を青年が一人 早足で抜けてゆく。
どこかで遅いお茶にしようか〜 ディナーはどこにする? なんて会話がこぼれる中、
彼はひた!と前だけを見つめ、がしがしと歩く。
彼の勢いに人々は自然に道を開ける形となり、歩道の端に避難していた。
・・・ え〜と ・・・ 近道はあ 〜〜 こっちだ!
彼は少しの間速度を落としたが、やがて今まで以上のスピードで歩きだした。
「 ・・・ すげ 〜〜〜 あの脚とか ケツとかあ 」
「 え? ちょっとぉ〜〜 どこ見てるのよぉ! 」
「 あ ごめ ・・・ 」
ぽかん、と見送っていたカップルがもめたりしているが − 本人の知ったことではない。
繁華街から横道に入り、坂の方向を見上げてみれば ・・・
生い茂る大木の横やら 訪れる人もまばらな墓地の鬱蒼とした空間が広がっている。
「 え〜〜と ・・・ そうだ、ここから左に折れてあの道を登れば〜〜 」
すこしほっとした表情で青年は角を曲がり さて行くぞ! と心のギアをトップにした 時。
? あ ・・・ !!!
ほわん。 まるで手品みたいに夕闇の道に 若い女性が一人現れた。
「 ふ フランソワーズ ・・・!!! 」
「 ?? はい? 」
ふわり、と振り返ったのは − まさしくジョーの想い人であった。
薄闇に彼女の顔が ほんわりと白く浮かびあがる。
うわ〜〜〜〜〜・・・・ なんか 夕顔 みたいだ ・・・
ジョーは言葉を忘れただひたすら じ〜〜〜っと彼女を見つめている。
「 あ〜〜〜 ヤダぁ〜〜〜〜ジョー??? どうしたの〜〜〜 」
「 ・・・ え あ あのぅ〜〜〜 」
「 ジョーってばモトマチが好きなのねえ ・・・ あ〜 わかった! 」
ぽん、と手を打ち フランソワーズはきゃらきゃらと声をあげて笑う。
「 ぇ な なに ・・・ 」
「 わ〜かったわ。 パン でしょ。 」
「 は??? ぱ ぱん・・?? 」
「 そ。 ここのパンがお目当てなのね? う〜〜んさすが地元民ねえ〜〜 」
ぱっと指刺され振り向けば − ジョーは美味しそうな焼き立てパンが並んだ
ショー・ウィンドウを後ろにして立っていたのだった。
「 あ あ あ〜〜?? ゆ〜ちきぱん?? 」
「 このパン屋さんってね〜〜 オイシイので有名なの。え〜と・・なんだっけか・・
ぎょう? 」
「 ・・・ ぎょう? ・・・ ぎょうざ・・? 」
「 う〜ん 違うのよ えっと・・・ あ ぎょうれつのできるパン屋さん!
ね〜〜 明日の朝のパン、買ってゆきましょ。 」
「 あ う うん ・・・ 」
ジョーはひっぱられるみたいに パン屋の中に入っていった。
ふわ〜〜〜ん ・・・ 食欲をそそる香に包まれて 思わずほっこりしてしまう。
「 ね ジョーはどれがいい? バゲットは必須でしょ? それから〜〜〜
あ パン ド カンパーニュ も。 チーズ・クッペは博士がお好きなのよ。
ねえ ジョーは? どのパンが好き? 」
「 ぼくはなんでも ・・・ あ ・・・ アンパン ・・・ 」
「 あ あんぱん? 」
「 うん ・・・ それでいいや 」
「 ふうん ・・・ じゃあ ・・・ これでいいかしら。 」
フランソワーズは隅っこのトレイから アンパンを追加した。
コツコツコツ コトコトコト ・・・ 二つの足音は今日は少し快活だ。
「 うふふ〜〜〜 いい香り♪ 明日の朝がた〜のし〜み〜〜〜♪ 」
「 ウン ・・・ いい匂いだね〜 」
「 ね♪ ふんふんふ〜〜〜ん♪ 」
「 あ ・・・ ぼくさ ご飯も好きだけど〜 パンも好きだよ。 」
「 そうなの? 嬉しいわあ〜〜 ね バゲットの美味しいサンドイッチ、作るわね。 」
「 楽しみだなあ〜〜 あの さ 聞いてもいい。 」
「 え なあに? 」
「 ウン。 あのう〜〜〜 今日、どこに行ってたの? 」
「 え ・・・ あのね、港の見える公園の近くにね ・・・ アトリエがあるの。
芸術家の卵さん達がシェア・ハウスして住んでいるのよ。 」
「 アトリエ ・・・ ? 」
「 そうなの。 そこでねえ わたし・・・ うふふ・・・モデルしてるのよ〜〜 」
「 も モ モデル! それってまさか そのう・・・ ぬーど とか ・・・ 」
「 え! やだあ〜〜〜 ジョーってば! そんなんじゃないわ!
あの人達は芸術家なの。 ・・・あ そうねえ〜芸術上 必要なら 〜〜 脱ぐかも ・・・? 」
「 だ だめだよっ! 」
「 うふふ〜〜 冗談よ。 そういうモデルさんはもっとこう〜〜〜 ぼん きゅ ぼん!
じゃないと ダメなんでしょう? 」
フランソワーズはけらけら笑っているが ジョーは大真面目だ。
「 さ さ ああ ・・・ ぼくは よくわかんないけど −
あの! き きみは そのう〜〜〜 その人達の中に そのう・・・
スキなヒトとか いる のかな 」
「 う〜〜ん ? 皆 スキよ、わたし。 皆 いいヒト達なんですもん。 」
「 み 皆 ? 」
「 そうよ。 芸術家さん達はステキなの。 あのね いろいろな分野のヒトがいるの。
絵描きさんに彫刻家さんでしょ、染物をする人もいるわ。 」
「 そっか ・・・ あの! ぼくはさあ・・・芸術家じゃないけど ・・・
あの! ぼくは もんじゃやきの具だけど 」
「 ・・・ もん ・・・ なに? 」
「 あ いや そのう〜〜 今度一緒にもんじゃ焼き たべに行こう〜って思って
・・・ じゃなくて! 」
「 はい? ・・・ ジョー ・・・ どうかしたの? 」
「 い いや・・・ あの!
フランソワーズ、きみのこと 好き です。 」
彼はきちんと彼女の顔を見つめ はっきりと言った。
ジョーのほっぺは真っ赤っかだったけど、夕闇に紛れてそれは見つからずにすんだ。
! 言った! 言ったぞ〜〜〜〜〜 ちゃんと言ったっ
彼は心の中ででっかい Vサイン をしたのである が
− にっこり。 彼女はとて〜〜〜も明るく屈託のない笑顔をみせ そして・・・
「 ええ わたしも好きよ、ジョー。 わたし 皆のこと、大好きよ。 」
「 あ ・・・・ へ??? 」
「 それでもって このバゲットも大好き♪ あ〜〜〜 好い匂い・・・
ね 晩御飯に食べてもいいわよねえ? 」
「 あ ・・・ ああ うん ・・・ 」
「 きゃ〜〜〜 嬉しい♪ ね 早く帰りましょう〜〜〜 晩御飯 なにがいい? 」
「 え ・・・ あ〜〜 ぼくはなんでも ・・・
( は! そうだ、彼女のことを聞くんだっけ! )
あ〜〜 フランソワーズ、きみはなにが食べたいのかな? 」
「 わたし? う〜〜〜ん そうねえ・・・ この美味しいバゲットに合うお料理って・・・
あ! そうだわ〜〜 ラタントゥイユ 作ろうかしら。 」
「 ら た ・・・ ? 」
「 ほら あの夏野菜のシチュウみたいなの。 ジョー、美味しいっていってくれたでしょ? 」
「 ・・・あ あ〜〜〜 あのトマト味のヤツだよね? 」
「 そうよ〜〜 日本のナスってすごっく美味しいし・・・ 玉ねぎでしょ じゃがいもでしょ
トマトに〜〜 ズッキーニでしょ あと ピーマン〜〜 」
「 あのぅ・・・ ピーマンは少な目にお願いします。 」
「 あら ピーマン嫌い? でもねいっしょくたに煮込むと美味しくなるわ。 」
「 う うん ・・・ 」
「 じゃ ピーマンは控えめにするわ。 ねえ お買いもの、つきあって。 」
「 うん! 荷物持ちするから。 」
「 わあ 頼もしい〜〜 じゃ 急いで帰りましょうよ。 」
「 あ う うん ・・・ 」
スキップするみたいな彼女の軽い足取りを ジョーは慌てて追いかけた。
ふふふ ・・・ なんか可愛いなあ〜〜
・・・ あれ?
すきです って言ったよな ぼく。
彼女って ・・・ 返事 くれたっけ?
「 ジョー〜〜〜 はやく 早く〜〜〜 特急が出るわ〜〜 」
「 あ うん 今ゆくよ〜〜 」
暮れなずむ歩道を駆け出し ・・・ 彼もなんとなく心が軽くなってきた。
ふんふん・・・ あれ?
・・・ まあ いいや。 なんだか楽しいもんな〜〜
さてその夜。 フランス風夏の煮込み と ぱりぱりバゲットで
ギルモア邸の晩御飯は大いに盛り上がった。
皆 美味しい料理と楽しいおしゃべりでお腹も心も満腹となった。
お休みなさい、 とそれぞれ寝室に引き上げた後 ―
「 きゃあ〜〜〜〜♪ やったぁ〜〜〜〜 ♪ 」
亜麻色の髪のパリジェンヌが ぽ〜〜〜んとクマちゃんを放り投げていたのは
・・・ 誰も知らないヒミツである。
Last updated : 09,16,2014.
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********* 途中ですが
短くてすみません ・・・ もうちょっと続きます
もんじゃ焼については 諸説ありますから
アナタの知っているモノとは違ってもどうぞ
目を瞑ってください <m(__)m>