『 ごめんください ― (4) ― 』
ザ −−−− ・・・! ガサゴソ ガサゴソ ・・・
ギルモア邸の朝は 最近かなり早い。
やっとお日様が東の水平線から顔をだすより前から キッチンには賑やかな音が響いている。
「 えっと ・・・ ハムとチーズ、だろ。 あとは〜〜 プチトマトと・・・
きゅうりとレタスと ・・・ レモン! 」
ジョーはぶつぶつ言いつつも かなり手際よく野菜やらパンを調理台の上に並べた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ お。 このパンはやっぱ超〜〜〜ウマそう〜〜〜
厚めに切って・・・ っと。 そんでもって・・・からしバタ〜〜〜♪
へへへ これって我ながらいいネ! なんだよなあ ・・・ 」
独り言なのか 自分自身にツッコミをいれたりしているが 彼はあっと言う間に
サンドイッチ と サラダのランチを三人前作り上げた。
「 ・・・っと 〜〜〜 できあがり♪
え〜〜と ・・・ チーズ多めで紅茶のテイーバッグ付き が博士用だろ・・・・
ぷちトマトごろごろ〜〜〜にカテージ・チーズプラスは フランソワーズの。
そんでもってぇ〜〜〜 がっつり厚切りハムとチーズ! はぼくのだもんな〜〜 」
ちょい ちょい ちょい。
ランチ・プレートに綺麗に盛って、ラップをかけて冷蔵庫へ。 ― これは博士の昼食
花模様の紙ナプキンで包んで チェックのランチョン・マットで包む。― フランソワーズのランチ
がっつりタッパーにサラダとマヨネーズを入れ ぎっちりサンドイッチも詰める。― ジョー自身のお弁当
「 ふ〜〜〜 さ〜て これで今日の昼ご飯作戦〜〜〜 完了です〜〜 」
ジョーはにっこり、 テーブルの上を眺めている。
モトマチ・りべんじ・デート?? の翌日から ギルモア邸のワカモノ二人は
朝食 & ランチ当番 を実施しはじめた。
当番制にしよう、とジョーから提案された時、フランソワーズは首を振った。
「 え・・ あら わたしが作るわよ 」
「 ぼくだって作れるさ。 ね 順番にしようよ? 」
「 順番? ランチ作りを? 」
「 そ。 あと〜 博士のお昼も一緒に作るんだ〜〜 」
「 え ・・・ でもジョー ・・・ 大変じゃない? あのう・・・できる? 」
「 出来るさあ〜〜 ちゃんときみが好きなサンドイッチだって作るよ。 」
「 すご〜〜い… けど ジョー、学校やらバイトで朝 早いでしょう? 」
「 朝 忙しくて早いのはきみも一緒だろ? 」
フランソワ―ズは 毎朝都心ちかくまでレッスンに通っている。
「 え それは そうだけど ・・・ 」
「 ね だから〜〜 順番にしようよ? 食事も原則当番制にしよう。 」
「 ・・・ いいの ジョー ・・・ 」
「 だ〜から〜〜 きみだけにやってもらってたことがそもそもヘンだと思わないかい?
え〜〜〜 これからは 女性の社会進出を積極的に応援したいと〜〜 」
・・・ 彼はどこかのそ〜り大臣みたいなコトを言った。
ね! フラン・・・ ぼくって仕事するオクサン を応援するよ?
一緒に働いて〜〜 賑やかな家庭を〜〜 なぁんちっち〜♪
きゃ〜〜 なんて理解あるの、ジョーって ― とか
ジョーってば最高の旦那様になれるわよ〜〜 ― とか♪
えへへへ・・・ ぼくって < お買い得 > なんですけど〜
彼はハナの穴を膨らませ大いに < 理解ある男性 > の表情を作っていた。
「 そうね! ウチだって シェア・ハウス ですものね〜〜 」
「 そうとも。 ・・・ え?? しぇあ ・・・? 」
「 シェア・ハウス よ。 ほら・・・ わたしが知りあった芸術家さんたち
みたいに生活することよ。 」
「 あ〜 ・・・ モトマチの近くなんだろ。 」
「 もっと港に近いトコ。 古い大きなお邸にねえ全然他人同士で住んでいるの。
ね? ウチもそうじゃない? 」
「 あ ・・・ まあ そういわれてみれば ・・・ 」
「 ね♪ そうなのよね〜 そうなんだから協力し合うのは当然よね。 」
「 協力しよう〜〜 な? 」
「 了解〜〜 それでね たまには一緒につくりましょ?
「 うん !! それ 大賛成〜〜 」
「 ステキ ステキ〜〜 共同生活ってなんだかわくわくするわよね。 」
「 あ〜〜 あ う うん ・・・ 」
ジョーとしてはいずれは 甘ぁ〜〜い同棲ライフ〜〜♪ なんて妄想していたのであるが・・・
う ・・・ まあ ともかく!
第一段階 突破ってコトで〜〜〜
― そんなこんな経緯で 今朝はジョーの 当番 なのである。
トントントン ・・・・ キッ。 軽い足音がして静かにキッチンのドアが開いた。
「 ・・・? あら ジョー? 」
フランソワーズが 目をまんまるにして立ち止まっている。
「 わあ〜〜〜 すご〜い・・・もうほとんど準備完了 ね〜〜 」
「 あ おはよう〜〜 フランソワーズ。」
フランソワーズは大きなバッグを足元に置いてキッチンを見回し びっくり顔だ。
「 う〜〜〜ん いい匂い ・・・ おはよう ジョー♪ 」
「 うふふふ〜〜〜 あれえ なんだかすごい荷物だねえ〜 」
「 リハーサル 始まるし。 あ ・・・ 帰り 夕方になりそうなの・・・ 」
「 オッケ〜〜。 夕食 任せとけって。 ほら お弁当だよ〜 」
ジョーは花模様の包みを フランソワーズに差し出した。
「 うわ〜〜〜 ありがとう〜〜〜〜♪ きゃ〜〜〜 感激〜〜〜♪ 」
「 えへへ ・・・ ちゃんときみの好きなサンドイッチだからね〜〜
「 うわぁ〜〜〜 も〜〜〜 お昼の前に食べたくなっちゃいそう〜〜 」
「 ま〜 お昼のお楽しみってことで。 あ 感想をお願しま〜す。 」
「 了解で〜す♪ 」
「 さ 朝ご飯にするよ〜〜 えっと カフェ・オ・レ だよね? 」
「 ええ お願い。 あ わたし オムレツくらいつくらせて〜〜〜 」
「 時間 大丈夫かい。 」
「 平気よ。 うふふふ・・ 実はね〜 ジョーが苦戦しているだろうな〜って思って
お弁当はわたしが作るつもりで起きてきたのよ。 」
「 え ・・・ ぼく 信用ないんだなあ〜〜 」
「 今日からもうしっかり信頼してますって ・・・ じゃあ オムレツ つくるわね。」
「 わぁお〜〜 お願いします〜〜 あ ぼく新聞取ってくるね 」
「 お願い〜〜〜 」
カタン。 キッチンのドアが開いた。
「 ほい、諸君 お早う。 新聞ならここだ。 」
ギルモア博士が ひょいと顔を覗かせた。
「 あら 博士〜〜 おはようございます〜〜 お早いんですね〜 」
「 お早う〜〜ございます〜〜 あ すいません。 」
「 なんの・・・ いつものワシの起床タイムじゃよ。 ちょいと朝の散歩が日課でな。
ついでに門の周りの掃除もやっておいたよ。 」
「 わ ・・・ すいません〜〜 」
「 ありがとうございます。 さあ 熱々のオムレツで朝ご飯にしましょ。 」
「 おっと パンを焼くね。 博士 コーヒーはブラックでしたよね? 」
「 おお ありがとうよ。 ワシは手を洗ってくるでな ・・・・ 」
ふふふ ・・・ < シェア・ハウス > もいいよな〜〜〜
うん まずは第一歩ってことで。
ジョーってば ステキなパートナーね♪ なあ〜〜んて・・・
若干の下心? は混じっていたけれど、 ギルモア邸では爽やかで楽しい朝ご飯たいむが
始まるのだった。
「 ・・・ え ?? 」
今度は ジョーがびっくり顔、その後で にまにま〜〜な顔をする番だった。
次の朝 ― 明日はわたしがお当番ですからね〜〜と彼女は張り切っていたのだが・・・・
「 お早う ジョー。 はい、 これ ジョーのお弁当よ。 」
「 ・・・ え うわ♪ 」
キッチンに降りてきたジョーを待っていたものは ・・・
チェックのランチョン・マットにくるまれた包み − ほわ〜〜んと海苔の香がする。
「 え ・・・ こ これって ・・・・? 」
「 うふふ ・・・ ジョーのお弁当よ。
ね これね〜〜〜 おむすびなの。 形があの・・・ちょっとヘンかもしれないけど・・・
< 海苔結び > が好きっていったでしょう? 頑張ったわ! 」
「 うわ うわ うわ〜〜〜〜 ・・・・ 見たいなア 」
「 だ〜〜めよ〜〜〜 お昼のお楽しみ♪ あ ちゃんと中身も入っているから
安心してね〜〜 オカズはね 卵焼きと・・まああとはお楽しみ。 」
「 う〜〜〜 ぼく 早弁したい〜〜〜 」
「 うふふふ ・・・ さ 朝ごはんにしましょ。 今日のオムレツはね〜〜〜
ハムとホウレンソウ入りです。 」
「 わっほほ〜〜〜 」
「 お早う 諸君。 お・・・? なにやらいい匂いじゃなあ? 」
「 あ お早うございます〜〜 博士 」
・・・ こんな具合に最近 ギルモア邸の朝は笑顔と美味しい香でいっぱいなのだ。
ささささ。 シャツの裾をぴん、とひっぱる。ジーンズもきっちり引っぱり上げて穿く。
しゃかしゃか。 あっちこっち向いているクセッ毛をなんとか整える。
「 ・・・んん〜〜〜〜っと? こんなモンかな〜〜〜
なあ これで < 感じのイイ青少年 > に思えると思う? 」
ジョーはバス・ルームの鏡の前で 10分ちかくあれこれ奮闘していた。
今日は珍しく彼の方が早く帰宅したので 駅までカノジョをお迎え♪ と 張り切っている。
「 はっきり聞くんだ。 なにがスキですかって。 どこに行きたいですかって。
それでもって ・・・ ぼくのこと・・ うわ 聞けるかなあ〜〜 」
「 あら なにが。 」
「!!? ふ ふ フランソワ―ズ!!? うわ?? 」
突然 彼女の声と山盛りの洗濯ものが目の前に現れた。
「 ただいま〜〜 ねえ お洗濯もの、取り込んできたの〜 ぱりぱりに乾いたわ♪ 」
「 わお〜 ・・・ ふ〜〜 お日様のニオイ だね〜 」
ジョーは < 山盛り > を受け取り 気持ちよさそうに顔を埋めた。
「 いいなあ・・・ あの〜〜 今日は早いんだね。 」
「 ええ ね 駅の反対側にねえ おいしそうなパン屋さんがあったの。
試しに < ふらんすぱん > っていうのを買ってきたのよ。
ちょっと一緒に試食してみて〜〜〜 」
「 え あ うん いいよ〜 」
二人は仲良く キッチンに行った。
「 あ ホント いい匂いだね〜〜 焼き立て♪ ってカンジ。 」
ジョーはくんくん・・・ハナを鳴らした。
「 うふふ・・・・ ワンちゃんみたい〜〜〜
ね ふらんすぱん って・・ バゲットとは違うのかしら 」
「 あ〜 多分 バゲットのことだと思うけど・・・ 」
「 あら そうなの? 日本での名前なのかしら。
あら??? ね ジョー〜〜〜 今日はどうしたの なんだかすご〜〜くカワイイわあ〜 」
「 へ!? 」
「 うふ・・・やんちゃ少年のおめかしみたい〜〜〜 」
「 や やんちゃ 少年!? 」
「 そうよ〜〜 ジョーってほんとうに楽しいヒトなのねえ〜〜 」
「 え ・・・あ そ そう・・・? 」
「 そうよぉ〜〜〜 もっとシリアスで暗いイメージかな〜〜って思ってたんだけど 」
「 ・・・ ち ちがった ・・? 」
「 ええ 全然。 でもね わたしは − カワイくて明るくてやんちゃなジョーが好き♪ 」
う わあ 〜〜〜〜〜〜 ♪♪♪
きんこん かんこん〜〜〜♪ りんご〜〜〜ん りんご〜〜〜ん♪
ジョーのアタマの中で盛大に祝福の鐘が鳴り響く。
やった〜〜〜〜 !!!!
― う? いや ・・・ 待てよ??
・・・ < 可愛くて明るくてやんちゃ > ??
そ そんなの、逆立ちしたってぼくのキャラじゃあないよ〜〜〜
ってか。 そんな風に感じているわけ?? ぼくのこと・・・
しゅうぅぅぅ ・・・・ 穴の開いた風船みたく弾んでいた気持ちが抜けてゆく。
「 ?? あら あの・・・ ごめんなさい、なにか失礼なこと、言った?
急にむっつりしちゃって ・・・ ねえ 怒らないで・・・ ね? 」
「 あ 怒ってなんかいないよ。 」
「 そう? ね 本当のこと、言ってほしいわ。 」
「 え ・・・ あのぅ〜〜〜 その・・・ きみが好きなもの、なんですか。
それでもって・・・ 行きたいところはどこですか。 」
「 え〜 ・・・ 急に言われても・・・・ そうねえ〜〜 」
「 あの はっきり言ってほしいんだ。 その ぼくってあの〜〜〜 なんつ〜か
その ・・・ ヒトの機微に疎いから ・・・ 」
「 きび ?? なあに それ。 どういう意味? 」
「 あ〜〜〜 そのぅ・・・ 端的に言えば ニブいってこと! 」
「 え ・・・ ジョーってニブいの?? 」
「 ・・・ って言われるから さ。 今までもずっとなんか周りのテンポと合わなくて・・・」
「 そんなことないわ! 皆 ちがうのよ? それぞれちがうの。
だから ヒトとそっくり同じコトしたり 同じコトしたりするのって意味ナイわ。 」
さ〜すが仏蘭西乙女、 堂々と言い放った。
「 そう かもしれないけど ・・・ でも ・・・ 」
「 でも じゃないわ。 ジョーはジョー でしょ。 それでいいじゃない。
わたしは 他の誰かとそっくりなジョー が好きなんじゃなくて!
ここにいる ジョー が好きなの。 」
「 − え ・・・ そ そ そう??? 」
「 そうです。 」
「 ほ ほんとう??? うわ〜〜〜〜 ぉ♪ 」
「 うふ・・・ あ ジョーってば どこか出かける予定あったのじゃないの?
着替えてるし ・・・ ? 」
「 えっと。 ウウン 違うんだ。 ・・・きみを迎えに行こうかなっておもってて ・・・ 」
「 まあ・・・ うふふふ〜〜〜 嬉しいわわあ〜〜〜 メルシ♪ 」
「 てへ・・・で 今日はいつもよか早かったんだね。 」
「 ええ そうなの。 それでね …このパンを買ってきたわけ。 」
「 くんくん・・・・いい匂い〜〜〜♪ 」
ジョーはフランソワーズが差し出した袋に 鼻を鳴らしている。
「 うふふ・・・ じゃ これでサンドイッチつくるわ。 」
「 あ いいね〜〜〜 え〜と ハムとチーズだよね。 」
「 うん ・・・ でも 他のものでもいいわ。 ジョーはなにが好き? 」
「 え ぼく? あ は じゃあ ・・・ 超簡単なんだけど ・・・
」
「 作って作って〜〜〜 きゃあ 楽しみ♪ ジョーの作ってくれるランチ
いっつもとっても美味しいの。 サラダとかつけてくれて嬉しいわ。 」
「 えへへ ・・・ ちょっち待ってて。すぐだから・・・ え〜と卵 たまご〜〜っと。」
「 じゃ わたしは飲み物用意するわ。 カフェ・オ・レでいい? 」
「 うん♪ きみのカフェ・オ・レ、すごく美味しいよ〜〜
スタバとかのよりもず〜〜〜っと好きだなあ〜〜 ぼく。 」
「 え〜〜 そう? 嬉しいわ あ ジョーはお砂糖もたっぷり、なのよね 」
二人はそれぞれガス台やら調理台に向かいごとごと作業に没頭した。
カチャ カチャ ことん。 ジュワ〜〜〜
「 ・・・っと はい サンドイッチ〜〜〜 」
「 うふふ はい カフェ・オ・レ 〜〜〜 」
「 ランチじゃないし晩御飯には早いね。 オヤツだな。 」
「 あらあ〜 ティータイム とおっしゃって? あら おいしそう〜〜〜 これ ・・・
たまごサンド? 」
フランソワーズはにこにこ・・・・サンドイッチを取り上げた。
「 そう ・・・ なんだけど〜〜 ちょっと和風 かな? 」
「 ・・・? 〜〜〜〜 スクランブル・エッグ? 」
「 あは 日本で言うと〜〜 炒り卵 さ。 ちょっとだけお醤油垂らしてあるんだ〜
あと パンにはマヨネーズ塗ってみた。 」
「 おいし〜〜〜〜〜♪ 優しい味ね〜〜 なんかすごく幸せな気分♪ 」
「 気に入ってくれた? 嬉しいなあ〜〜 ・・・ あ〜〜〜 カフェ・オ・レ おいし〜 」
「 お砂糖 たっぷり、だから〜 」
「 へへへ ・・・ だってなんかさ〜 甘くてあったかくてシアワセ気分になるんだ〜 」
「 二人で幸せ気分ね♪ 」
「 ん。 ・・・ あの さあ。 ちょっと聞いてくれる? 」
「 ええ なあに。 」
「 ウン ・・・ あのさ。 ぼく 今専門学校、行ってるだろ。
機械工学を勉強しているんだけど さ。 あの・・・ きみも理系が専門だったよね
なにか・・・こう〜〜 基礎知識とかの参考書、知っていたら教えてください。 」
「 まあ 機械工学を? 」
「 うん。 やっぱりさ ほら・・・ ぼく達自身のこと、ちゃんと知らないとって思って。
メンテとかもできる限り自分達でもできたらなあ〜って 」
「 すごいわ〜〜 ジョー・・・。 わたしは ・・・ だめよ。
わたしの知識はもう古くて・・・ わたしの学んだ 電子工学 はもう古すぎるの。 」
「 基礎とかは同じだと思うけど ・・・ 」
「 ね? これからの技術を学ぶのよ、ジョー。 」
「 うん。 だけど基礎知識から大急ぎで吸収したいんだ。 だから 」
「 わかったわ。 ねえ 今度専門書を扱う店に行ってみましょう。 」
「 わ〜〜〜 ありがとう!!! そうだ! コズミ先生のお供で本郷とか
行ったけど 本屋がいっぱいあったよ。 さ〜すがT大だ周辺だな〜って思ったんだ。
ね よかったら一緒に行ってくれませんか。 」
「 ええ いいわ。 」
「 うわ〜〜 サンキュ♪ ふふふ〜〜 それで帰りにもんじゃ焼き 食べようよ! 」
「 もん・・・? 」
「 美味しいから! それは絶対に保障するよ! いろ〜〜んな具のいろ〜〜〜んな味がさ
一緒くたになってすごく美味しい! 」
「 ふうん ・・・ 想像できないけど・・・ お任せしま〜す。 」
「 任せてくれ〜 」
「 うふ? 今日のジョーはよくおしゃべりしてくれるのね。 」
「 え ・・・ そ そう?? 」
「 ええ。 いつも なんとな〜く話が消えるというか 尻切れトンボで終わっちゃうとか 」
「 ・・・ え そう・・・かも・・・ ごめん。 」
「 やだ 謝らないで ・・・ 」
「 うん ごめん ・・・ あ。 あは ・・・ 」
「 うふ・・・ わたしもお願いがあるの。
あの ね。 バレエのことも知ってほしいわ ・・・ あの わたしのコトも ・・・ 」
「 !!! うん !!! 」
「 ぼく きみのこと 知りたいし〜 ぼくのこと 知って欲しいんだ。あの ・・ イヤかな? 」
「 わたしも … 知って欲しいの。 イヤなんかじゃないわ。
ね ・・・ 今度 アトリエに行ってみない? ほら あのモトマチの上の方にある・・
ジョーのこと、芸術家さん達に紹介したいわ。 わたしの大切な友人ですって。
あのね とっても不思議に明るい空間なの。 」
「 うん! きみがモデルになった作品とか見たいもんな〜 」
「 きまり きまり♪ うわ〜〜 楽しみ〜〜〜 」
うぉっほ〜〜ん。 二人の後ろで博士のかな〜りわざとらしい咳払いが聞こえた。
「 !? あら 博士〜〜〜
」
リビングの戸口に ギルモア博士が空の茶碗をもって立っていた。
「 あ〜〜〜 ワシもちょいと小腹が空いてなあ〜〜 なにやら好い匂いがするのう、
御相伴させてくれかな? 」
「 わあ〜〜 是非是非。 出来立てが美味しいですからね 今から作ります! 」
「 じゃ わたしは飲みものを・・・ 博士はお紅茶ですよね〜 」
二人は ぱっと離れるとぱたぱた準備を始めた。
― 二人でモトマチを尋ねたのは結局 次の月になってからだった。
コツコツコツ。 カツカツカツ ・・・ 乾いた音がする。
「 すごくいいお天気ね ・・・ でも空気が冷たい ・・・ 」
「 ウン。 これなら坂道上るの、楽ちんだよ〜 えっと こっち? 」
「 そうよ。 そこから・・・ 高台に出られるわ。 」
「 うわ ・・・ 日蔭はもう寒いね 」
「 ええ ・・・ あ こっちから行くわ。 墓地の横を通るのよ。 」
「 オッケー。 」
「 あ この前の雨でずいぶん石段が崩れているわ ・・・ うわ・・・ 」
ほら ・・・ ? ん。 アリガト♪
二人はいつしか自然に手を繋いで 坂道を上る。
「 え〜と ・・・ たしかこっちよ、 えっと? 」
「 ・・・ふうん? この付近はレストランとか多いけどなあ ・・・ 」
「 ・・・ あったわ! ここよ。 」
「 ― ここ ・・・? 」
目の前には ― 夏草の残りがまだぼうぼうとしている家があった。
「 そうよ ここ。 え〜〜とねえ・・・ こっちからも入れるはずよ〜〜 」
フランソワーズは 垣根の間から入って行こうとしている。
「 ふうん? ・・・ 門扉の跡はあるけど ・・・ なんかすごく荒れてるなあ。
あ! 危ないよ〜〜 ヒモが ・・・! 」
「 え?? あ きゃ。 なあに これ・・・ 」
戸口の青いドアの前に ロープが低く張ってあった。
引っ掛けよう、というよりも 時間が経って緩んでしまった・・・というところだろう。
「 なあ ・・・ ここ 空き家じゃないかな。 」
「 え そんなことないわ。 ちょっと雑然としているけど ・・・
え〜〜〜と ドアの横にねえ 呼び鈴があったはず〜 あ これよ! ・・・ あらあ? 」
彼女は錆び付いた呼び鈴のボタンを押したが 反応はない。
「 これ ・・・ 配線が千切れてる。 ほら。 」
「 まあ ・・・ あ それじゃ お勝手口からも入れるの。 こっちよ 」
「 気をつけて フラン! 」
がさがさ枯草を踏み分けてゆく彼女を、ジョーも慌てて追ってその敷地内に入った。
・・・ 結局 ドアはどこも開かなかった。
「 ヘンねえ・・・ 皆して留守なのかしら。 」
「 学生さん達だったの? もしかしたら皆 登校したとか・・・ 」
「 う〜〜ん ・・・ それはないと思うわ〜 皆 ここのアトリエが大切な
製作スペースみたいだったし。 」
「 そうかあ・・・ だけど ここ・・・ ヒトが生活してる痕跡がないよ ? 」
「 そんなこと ないわ。 散らかっているだけ でしょ。 」
「 う〜〜ん ・・・? あ こっちから庭に回れるみたいだよ〜 」
「 ホント? ・・・勝手に入っていいかしら 」
「 ん〜〜〜 誰かでてきてくれたら ラッキーじゃないかな。」
「 あ そうよねえ・・・ あら。 お庭にこんなに大きな木がたくさんあったかしら・・・ 」
二人は脛が没するほどの雑草の中に踏み込んだ。
「 うわ〜 すごいなあ ・・・ あ! 誰かいるみたいだよ 」
「 え!? どこどこ? ハニワさんが庭で製作しているのかしら〜 」
「 ・・・ あの〜〜 ? 」
ジョーがためらいがちに声をかけると ―
「 あ〜〜 ここ 立ち入り禁止なんで〜〜 すいませんが〜 」
いかにも工事現場担当〜〜といった感じの男性が振り向いた。
「 立ち入り禁止? 建物の改築とかするんですか〜 」
「 いやあ 取り壊しです。 もうボロボロなんでね〜 」
「 え・・・ うそ ・・・ そんな ・・・ 」
驚愕しているフランソワーズを後ろに庇い ジョーは何気なさそうに聞いた。
「 ここ 異人館とかじゃないんですか? この辺りにたくさんありますよね〜 」
「 さ〜〜 詳しいコトは知らんけど。 ココはもうず〜〜っと長い間空き家だったって
聞いてるけど? 」
「 あ そうですか ・・・ すいません〜〜 じゃまして〜 ども〜!」
ジョーは彼女の腕をきゅっと握って 廃屋の草ぼうぼうの庭から出ていった。
「 ・・・ うそよ! そんな ・・・ だって 」
フランソワーズは俯いたまま小刻みに震えている。
「 ほら お茶。 温かいミルク・ティ だよ。 美味しいよ。 」
ジョーは静かにカップを彼女の前に勧めた。
「 ・・・・・・ 」
「 ちょっと飲んでごらんよ? 気分も落ち着くし ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
口は開かなかったが フランソワーズは素直に目の前のカップを取り上げた。
― 二人は坂道を降りてモトマチの外れにある小ぢんまりしたカフェに入った。
注文したコーヒーには小さなクッキーが付いていた。
「 あ〜〜 コレ美味しいね 」
「 ねえ ・・・ウソじゃないわ! ちゃ〜んとあの家には芸術家さん達が住んでて・・・
一階の広いリビングを 皆のアトリエにしていたの。 本当よ! 」
「 うん 信じてる。 きみのハナシだと、皆 芸術家を目指していたんだろ? 」
「 ええ そうよ。 皆 ね 週末になると描きまくってたみたいよ 」
「 それなら・・・ その作品、残ってないかなあ〜〜 誰のでもいいんだ。 」
「 そうね! そう ・・・ たしかやっぱり絵描きさんなけど
スケッチを3枚、 画商が預かってくれた! って喜んでいたわ。 」
「 ふうん ・・・ ともかくさ、モトマチとかず〜〜っと・・・画廊とか覗いて
みようよ。 作品があればさあ 作者のこともわかるかもしれない。 」
「 ええ そうね! ・・・ ジョー・・・ ありがとう〜〜 」
「 えへ ・・・ あ〜〜 ここのお茶 おいし〜〜〜 きみのカフェ・オ・レ には
全然負けてるけど 」
「 うふ ・・・ ここのクッキー 美味しいわ。 勿論 ジョーの卵サンド の方が
全然美味しいけど 」
うふふ えへへ ・・・ クスクスクス ・・・
二人はカップごしにやっと笑顔を交わすのだった。
こうして翌日から 店巡り が始まった。
もっとも二人とも学校やらレッスンやらでご多忙の身なので 週末などに限られてしまったが。
「 ・・・ 画廊って案外少ないのね。 」
「 う〜〜ん 骨董店とかも見てみようよ。 趣味の雑貨店とかも・・・ 」
「 そうね。 」
「 あんまり高そうな店は入るのに勇気がいるし・・・ 」
「 ねえ 日本って 見るだけ ってダメなの? 」
「 だめってことはないと思うけどさ。 ほら ・・・ ぼく達青少年はお呼びじゃないって」
「 ?? および??? 」
「 あ〜〜 ・・・ 歓迎されないってこと。 」
「 ふうん 」
あちらこちら港町界隈を歩き回った。 < 収穫 > はなかったけど結構楽しい。
えへへ ・・・ な〜んかさあ これってデートだよね〜〜
えっへん♪ ぼくの彼女は金髪美女で〜〜す
・・・ うふ ・・・ ジョーって実は頼もしいのかも〜
この地域のこととか話してくれるし ・・・ 楽しいな
いつのまにか寄り添って 手を繋いでいたりもする。
「 ふ〜〜〜 ないなあ〜〜 少し休憩する? 」
「 あ ・・・ 公園でもいいわよ? 」
「 う〜〜ん ・・・ あ!!!! 」
きょろきょろしていたジョーが 突然声を上げた。
「 ? な なあに?? どうしたの、ジョー ? 」
「 いるよっ きみが ・・・ ほら そこに! 」
「 はい??? 」
彼は彼女を指さしつつ 目をまんまるにしている。
「 ・・・ ここにいます けど? ねえ 大丈夫? 」
「 ほら! きみだよ・・・ これ。 そのウィンドウにある絵!! 」
「 ― え ?? 」
くるりと振り返ってみれば ― どっしりした骨董屋の重厚なショーウィンドウがあった。
その中央に一枚のデッサンが 額に入り大切に飾ってある。
「 これ! きみだよ! フラン〜〜 」
「 ・・・ これ ・・・ ユウジがクロッキーしてたのかもしれない ・・・
でもね こんな黄ばんだ紙じゃなかったわよ。 」
「 ともかく〜〜 聞いてみようよ! ね! 」
「 え ・・・ ええ ・・・ 」
ジョーはもじもじしている彼女の手をひっぱり骨董屋の扉を押した。
「 ごめんくださ〜〜い 」
「 ・・・あ 」
「 え なに フラン? 」
「 ・・・う ううん なんでもない・・・ごめんなさい。 」
「 ?? あ すみませ〜〜ん ・・・ あのショーウィンドウの絵なんですけど〜 」
そのデッサンには 『 乙女の笑顔 』 というタイトルが付いていた。
年配の店員は若い二人にもきちんと応対してくれたが・・・
「 地元出身の高名な画家の習作です。 まだ画学生のころのものかと・・・
ああ ・・・ こちらのお客さまに雰囲気が似ていますね。 」
「 あ あのう〜〜〜 ぼくの恩師がこの絵を買いたいって言ってまして 」
≪ ・・・ ジョー〜〜 そんなでまかせ・・ 恩師って? ≫
途端に彼女の 声 が脳内に響いた。
≪ う・・・ は 博士のこと! きっと買いたい はずさ! ≫
「 それで そのう〜〜〜 予約というか売約済みっていうことにして欲しいんですが 」
かなり唐突で乱暴なハナシだったが 店員は穏やかな態度を崩すことはなかった。
「 お客様 誠に申し訳ありません。 こちらは その・・・ 非売品でして。
いえ 当ギャラリーのトレード・マークみたいなものなのです。
創業者である先々代が作者様から購入して とても気に入っておりましてね。
ずっと大切にして 飾っているのですよ。 まあ この店そのものなのです。」
「 ・・・ あ ・・・ そう なんですか ・・・・ 」
「 あの! それでそのう〜〜 作者の画家さんってこちらの出身なんですか? 」
「 こちらでずっと過ごされました。 地域のご縁で、先々代がデッサンを購入させて
いただきましたそうです。 」
「 他にも作品が ・・・ ありますか? 」
「 あと2枚あったのですが ・・・ 戦災やらなにやらで散逸してしまいました。
本当に残念です。 」
「 ・・・ そうですか ・・・ あのよく拝見してもいいでしょうか。 」
「 どうぞどうぞ。 ああ 今 こちらにお持ちしましょう。 」
店員さんは気軽にショーウィンドウから件の額をもってきてくれた。
「 ・・・・・・ 」
ジョーもフランソワーズも ただただじっと見入っている。
・・・ ユウジさん ・・・ あなたのデッサンだわ
あの日 ・・・ 霧が出ていたわね
・・・大事なヒトに霧笛を鳴らしている? ここにいるよ〜 って・・・
そう言ってくださったわ
ユウジの言葉が はっきりと心のなかに響いてきた。
「 そう ね。 ちゃんと言わなくちゃ。 」
「 え なに? 」
隣でジョーが怪訝な顔をする。
「 あ ううん なんでもないの。 あの ありがとうございました。
あんまり素敵なのでぼ〜〜っとしてしまいましたわ。 」
「 いきなりすみませんでした。 ありがとうございました。 」
二人は丁寧にお礼を言って その店を出た。
コツコツコツ ・・・ コトコトコト 足音が二つ、寄り添って響く。
「 ねえ ジョー。 もう一度・・・ あの家に行ってみてもいい? 」
「 うん。 行こう。 」
あまり言葉は交わさないけれど ジョーには彼女の気持ちがちゃんとわかった。
・・・ 霧が出ていた。
「 なんだか寒いね ・・・ 」
「 そうね。 ねぇ この時期に霧が出るの? 」
「 う〜〜ん ・・・ 時間的には珍しいかもなあ 」
港に近いあの場所に着た時 二人の足は止まってしまった。
「 ・・・ う そ ・・・ 」
「 あ 〜〜 」
あの家は なかった。 古ぼけた大きな家はすっかり取り壊されてしまっていた。
「 なんにも ない わ ・・・ 」
「 うん あ でもここから庭の方も見えるよ 」
「 え ああ そうね 」
「 あ? ・・・ あれ なんだろう? 」
建物はすっかり取り壊され 枯草ぼうぼう、鬱蒼とした木々の枝が垂れ下がる庭の隅に
煤ぼけたなにかが立っていた。
「 え ・・・ あ! あれ・・・彫刻よ! ハニワさんの作品だわ! 」
「 彫刻? ・・・ なんかすごい年季が入ってるなあ ・・・
あれ。 なあ・・・ あれ。 きみに似てるってか ・・・ きみ だよね! 」
「 わかるの? 」
「 わかるさあ〜〜 きみのことなら! 」
「 え そ そうなの? 」
「 うん。 だって ・・・ 大事なヒトだから ・・・ 」
「 ジョー ・・・ 」
夕闇が霧に代わり 二人を取り巻き始めていた。
カッツン コッツン カタカタ コト ・・・
手を繋ぎ ゆっくりと坂道を降りた。
ハニワさん ユウジさん・・・ 芸術家さんたち ・・・
ごめんなさい
わたし この前着た時に ごめんください って言わなかった
だから もう・・・ あのお家には入れないのね
でも ありがとう ・・・ ステキな時間を ありがとう !
白い横顔が 夕闇の中にふんわりと浮かぶ。
ジョーはずっと目が離せない。 あの彫刻には 愛がある と感じたから。
ふ ふん! 彼女は ぼくが護るんだから!
ぼくは ノックする。 彼女の心のドアを
そして ごめんください と言って待っている
・・・あの邸は きっと今でも港が見える丘のちかくにひっそりと建っているに違いない。
******************************* Fin.
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Last updated : 09,23,2014.
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************** ひと言 *************
やっと終わったです〜〜 やれやれ・・・・
えっと モデルになった家はまだちゃんとあります。
多分 実際にヒトが住んでいる模様ですが ね。