『 早春 ― (2) ― 』
ゴソ。
003は 静かに寝台に横たわった。
狭い個室の照明が 自動的に暗くなってきた。
しかし たとえ完全にオフになったとしても 監視装置で常に見張られているのは
わかりきっている。
この殺風景な小部屋に内鍵はない。 鍵は ― 外から掛かるだけだ。
普通の人間に対して許されざる状態なのだが この基地では
当然の処置とみなされている。
彼女とその仲間たちは被検体、いや 実験動物扱いなのだから。
彼女はもうそんな環境には慣れてしまっていた ・・
「 ・・・・・・ 」
彼女は 身体を横にすると静かに目を閉じた。
一見 睡眠に落ちた ― と思われた。 呼吸数も脈拍も落ちている。
監視者は 関心なさそうに画像を絞り欠伸をするのだった ・・・
しかし。 彼女の精神は眠ってはいない。
「 ・・・ さあ 今日のレッスンを始めるわ。 」
毎日毎日 < 実験 > の名のもと、戦闘訓練に連れ出されていたが
彼女は日々 レッスンをし、 リハーサルをしていた ― こころの中で。
今までならった踊りの振りを ひとつひとつなぞり、確認し
音楽に乗り 踊っていた ― 想像の舞台で。
そうしなければ まっとうな精神状態を保つことはできなかったからだ。
「 ずっと考えているけれど ・・・ ジゼル は どうして彼を許すことが
できたのかなあ ・・・ 」
暗黒の日々 ・・ ジゼルの気持ち を考えることで精神の均衡を必死で
保っていたのだ。
そして ― やっと解放された !
逃避行と何回かの小競り合いの末 彼女と仲間たちは忌まわしい軛を
なんとか振り切った。
極東の地に < 家 > を構えた。
そこは一応 サイボーグたちの < ホーム > となり 楽しいイベントや
まさかの有事の時には 集合することになった。
その後 ― サイボーグ達はそれぞれの故郷に散っていった。
地元民のジョーは ギルモア博士とイワンと共にその < 家 > に住む。
「 あの わたしもご一緒させてください 」
003の発言に ジョーは思わず問い返してしまった。
「 え??? 」
「 009 ? なにか? 」
「 え ・・・ だってきみは 故郷に帰るんだって思ってたから・・・
」
「 そのつもり だったわ。 でも ― もういいの。 」
「 いい の・・・? 」
「 ええ。 わたし ここで一緒に暮らしたいです。 ダメですか? 」
真っ直ぐに見つめる碧い瞳に 博士はだまってゆっくりと頷いた。
「 君の望むようにしなさい。 ワシはうれしいよ 」
「 ありがとうございます。 」
「 わ ・・・ 」
「 ? なに、 009
」
「 う ううん ・・・ あ あの〜〜 009 じゃなくて。
ジョーって呼んでください。 」
「 ジョー ね。 わたしは フランソワーズ。 003 じゃなくてよ 」
「 ウン ふ フランソワーズ !
」
「 この地域の事情や この国の習慣とか いろいろ教えてください。 」
「 もちろん! 」
「 よろしく ね 」
白い手が す・・・っと差し出された。
「 あ・・・? あ ああ ! うん は はい 」
009 いや ジョーは おずおずと自分の手を出すと
そうっと ・・ その細い手を握った。
きゅう。 意外なほどの力で彼女は握り返してきた。
「 わっは ・・・ よ よろしく 〜〜〜 です。 ふ フランソワーズ 」
「 うふ。 じゃ さっそく今晩のご飯のお買いもの 付き合ってね 」
「 うん !! 」
ジョーは とてもとてもとて〜〜〜〜も嬉しかった!
実は 彼は彼女に一目ぼれに近い状態で 出会ったその日から、
いや 崖の上にいた彼女に 声をかけてもらったその時から
ずきゅ −−−− ん −−− !
彼のハートは射貫かれていたのである。
「 でも ・・・ ぼくなんかに興味ないよなあ ・・・
彼女は有能なサイボーグ戦士だし 同世代のジェットやずっと戦友の
アルベルトなんかがいるんだもん ・・・
頼りない新入りになんか 興味ないよ きっと ・・・
でも ・・・ 可愛いなあ〜 タイプなんだけど な ・・・ 」
長目の前髪の陰で ジョーはこっそりため息を吐いていたのだ。
それが ― 一つ屋根の下で暮らせる ・・・!
「 やったぁ〜〜〜〜 ♪ 」
彼は嬉々として 彼女の望みに応じ、日々サポート役に徹した。
「 ありがとう〜〜 ジョー とっても助かるわあ 」
「 え えへ? そ そう? ぼくもウレシイな 」
「 ね。 あのね ひとつ、 お願いがあるの。 」
「 うん なあに? 」
「 あの ね。 あのぅ・・・ お店を教えてください。 」
「 ?? 店?? なんの? 」
「 あの ね。 わたし、 ず〜〜〜っとやりたいことがあって。
そのために その ・・・ 必要なものを買い整えたいのね 」
「 あ そうなんだ? どんな店? ヨコハマにでれば大抵の物は
みつかると思うよ? ダメなら東京に行こうよ。 で なに? 」
「 え ええ ・・・ わたし ― また 踊りたいの。 」
「 おどり ・・? あ パリで きみ 踊ってたよね? 」
「 ええ。 わたし ずっとずっと ・・・ また踊れる日を
待っていたの。 それで レッスンをしたいのよ 」
「 そうなんだ? その〜ダンス用品の店 とかでいいのかな 」
「 ええ 多分 ・・・ 」
「 じゃ さ。 一緒にネットで検索してみようよ? 」
ジョーは リビングに置いてある共用のPCの前にとんでいった。
「 えっと・・・ ちょっと待ってね〜 」
「 ありがとう! ジョーっていいヒトね! 」
「 え いやあ〜〜 あ ほら このお店なんか どう? 」
「 え ・・・ あ そうねえ 」
一緒にモニタを覗きこみ あれこれおしゃべりをする。
ジョーの目の前に 白く細いけれどたおやかなうなじがある。
う わ ・・・ こんなに色白なんだっけ?
それに こんなに細い のか ・・・
思わず触れたくなりそうなのを じっと我慢。
それでなくてもふわふわした金色の髪が そして甘い香りが彼の鼻孔を擽る。
・・・ かわいい ・・・!
な んてカワイイんだ 〜〜
― もっともっと側にいたい !!
「 ・・・ にするわ 」
「 へ??? あ ごめん あの〜〜 もう一回・・ 」
ピンク色な想いに浸っていたので 耳はまったくお留守になっていた。
「 あのね ここと ここ。 場所、教えてください。 」
「 え〜と ・・・あ 一緒に行くよ 車 出すし 」
「 ううん いいわ。 だって バレエ・ショップなんてオトコノコには退屈よ?
お店の外で待ってる〜〜 ってことになるだろし、そんなの
ジョーに悪いもの
」
「 悪くなんかないんだけど ・・・ でも その方がきみがいいのなら・・・ 」
「 うふふ ありがと。 電車の道順だけ、教えてください。 」
「 カンタンさ。 あ スマホにナビのアプリ、入れれば? 」
「 う〜〜ん ・・・ わたし、周りの景色とかも見たいのよ
人々の様子とか 他のお店とか も 」
「 あ そうだよね うん、モトマチとか女の子には楽しいらしいよ 」
「 よく知ってるのね 」
「 あは ネットで見ただけさ。
でもさ いいねえ〜〜〜 夢があるって ・・・ 羨ましいや 」
「 ジョーには ないの 」
「 え うん まあ これといって特には ね。
ず〜っと描いてきた夢 なんだろ? いいなあ 」
フランソワーズの顔から す・・・っと笑みが消えた。
「 あ あの なんかワルイこと、言ったかな ぼく?
」
「 それだけが生きる支えだったから。 」
「 ・・・ え? 」
「 あの島で 踊りのことだけを考えていたわ。
― ヒトとして生きてゆくために 」
「 ヒトと して ・・・ 」
「 あなたにはわからないでしょうけど。 わたし、もう一度踊るんだって
気持ちだけで 生き抜いてきたの。 何年も ね。 」
「 ・・・ 」
「 自由になった。 ヒトとしてまた生きられるようになったわ。
だから 夢の実現を目指すわ。 」
「 ごめん。 なんか無神経なこと、言ったよね ぼく 」
「 ― 知らないんだもの、仕方ないわ。 謝ること、ないわ 」
「 でも ・・・・ と ともかく。 ぼく、応援してるから! 」
「 ふふ ・・・ ありがと、009。 」
「 あ う うん 」
009 という言葉が やけに耳の奥にひっかかる。
「 じゃ 元町まで案内するね 」
「 メルシ ジョー〜〜〜 」
彼女はいつもの笑顔をみせてくれた。
そう か ・・・ フランたちは。
ぼくなんかが全然知らない < 時間 > を
過ごしたんだよなあ ・・・
・・・ 生きる支え か
ジョーは一瞬、息を吸ってから一気に言った。
「 あの さ。 博士のこと ― 恨んだり憎んだり してる? 」
「 え。 終わったことに拘っているヒマ ないのよ、わたし。 」
「 ・・・ ! 」
「 え〜と じゃあ着替えてくるわ。 ごめんなさい、15分 待ってくれるかしら 」
「 え あ うん あの〜〜 ゆっくり準備してきていいよ? 」
「 ? へえ・・・ オトコノコは待つのが嫌いって思ってたわ。
うん でも早く行きたいから ― 急ぐわね 」
とん とん とん ― 軽い足音で彼女は二階へ行った。
「 ・・・ そう なんだ? ぼくだったら ・・・ そりゃぼくだって
勝手に連れ去られて サイボーグ だけど ・・・でも ・・・ 」
ジョーは二階を見上げてつつ う〜〜ん と考え込む。
「 ぼくだったら < 終わったこと > って さらりと水に流せるかなあ 」
ともかく車をだそう、と 彼はキイを手にガレージに向かった。
空は青く高かったけれど 冷たい風が海から吹いていた。
「 う っひゃ〜〜 さむ〜〜〜 」
彼はガレージに駆けこんだ。
「 ふ〜〜ん と ・・・ あ? < そんなヒマ ない > ?
水に流した わけじゃあないんだ ・・・ 恨む とか 許す とか
そんな生の感情は 封印しちゃったってこと なんだ ・・・? 」
ずん。 なにか重いモノがジョーのココロに沈んだ。
「 それって ― 憎んだり嫌ったりするより キツイ感情かも ・・・ 」
ジョーは カーナビをチェックしつつ、考え込んでしまった。
コンコン。 窓の外で白い顔が笑っている。
「 あ ・・・ ごめん。 さあ 乗って 」
「 あ ありがと。 ふう 外は寒いわねえ 」
彼女は 白いコートに春色のマフラーをし、頬を染めていた。
「 じゃあ 出すね。 え〜〜と まずは元町でいいのかな 」
「 はい おねがいします。 うふふ・・・ 海が見えるわね 」
「 そうだね〜 じゃあ出発〜〜 」
ジョーは 想いをかけ始めた存在を隣に 滑らかに車を動かし始めた。
― 数週間の後 ・・・
「 それじゃ ― イッテキマス 」
「 うむ。 頑張っておいで 」
フランソワーズは頬を白く引き締め きゅっと唇を引き結んでいる。
ギルモア博士は ぽん・・・とその肩に軽く手を置いた。
「 思いっ切り 踊ってくるといい。 」
「 はい。 」
彼女は ちょっとだけ頬を緩めると すたすたと目の前の建物に入っていった。
「 ・・・・・ 」
博士は その後ろ姿を見送ると ゆっくりと踵を返した。
角を曲がったところに 見慣れた車が止まっている。
茶髪の青年が ドアをあける。
「 ジョー 」
「 ・・・ ご苦労さま。 フランは ・・・? 」
「 無事、スタジオに入っていった。 後は 彼女次第じゃよ 」
「 はあ〜〜 それにしてもすご〜〜く頑張ったですよねえ フラン ・・・ 」
「 うむ。 また踊るんだ、とずっと心の底で思っていた と な。 」
「 そうなんだ ・・・ ぼくなんかには及びもつかないですよ 」
「 ・・・ すべてはワシの責任なのじゃ。 どれだけの非難を浴びようが
罵倒さえようが 当然なのに ・・・ 彼女は一言も ・・・ 」
「 博士。 ぼくは ― ぼくには自分のコトとして身をもっては理解できないけれど
彼女は ― あ〜〜 なんて言ったらいいのかなあ ・・・?
うん、 明日のこと、未来のことだけを見ています。 昨日のことに
拘ってぐちぐち言う女性じゃあ ないんです。 ぼくは ・・・ 」
「 ジョー。 お前 好きか 」
「 へ?? なにが ですか 」
「 だから 彼女のことだ。 好きか 」
「 え え〜〜 ・・・っと あのぅ そのぅ ・・・ 」
「 はっきりせんか! 」
「 は はい ・ あのぅ〜〜 」
「 どうじゃ? 」
「 す す スキ です ・・・ 」
「 そうか! それじゃ お前に任せる。 一生全力で護れよ! 」
「 は?? 」
「 じゃから 大切な一人娘を任せてやる。 覚悟しろよ。
」
「 ・・・ は はい ・・・ 」
「 よし。 さあ 帰ろう。 」
「 え ・・・ あの フラン、帰りは ・・ 」
「 自分で帰れる、と言った。 一人で帰りたいから、と な 」
「 そっか・・・ それじゃ クルマ 出します〜〜 」
「 頼むよ。 ああ ・・ 楽しい時間をすごしておくれ ・・・ 」
滑らかに走りだす車から 博士は今出てきた建物にじっと目を当てるのだった。
〜〜〜〜 ♪。 ピアノの音が消えた。
「 オッケー。 それじゃ次ね〜〜 」
朝のクラスは 最終コーナーに向かっている。
「 ・・・・ ふう ・・・ 」
フランソワーズは スタジオの一番後ろでそっとタオルに顔を埋めた。
・・・ なんとか ・・・ ここまで ついてこれたけど ・・・
「 で 前奏の 7〜8 で ピルエットいれて 〜〜〜
そうね ラストは ピケ アンデイオール 二回 アンデダン 二回
ステップ ステップ で グラン・パデイシャ〜〜 女子 アームス三番
男子 一番ね〜〜 」
マダムはさらさらと順番を指示し ダンサー達はうんうん・・と頷いている。
「 ! な なに ・・・? 」
フランソワーズは狼狽した。
一人、ため息を吐いていたから 順番はまったく耳に入っていない。
いかに 003 であっても聞く気のない音は自動的には脳に伝わる ―
わけはないのだ。
・・・ うそ〜〜〜〜 いいわ ファースト・グループを見て・・・
彼女は最後列から 必死で目を凝らした。
少々目指すところとは違ったけれど 首都の中心に近いバレエ団に
研修生として通うことになった。
意気込んで いや もう天にも上る心地でレッスンに通い始めたのだが。
「 どこのでそんな古臭い踊りを ならってきたの? 音 よく聞いて! 」
「 おそ〜〜〜い!! 自分のカウントで踊らないッ 」
毎朝のクラスでは もう散々だった。
「 ・・・・ ・・・! 」
毎回 汗と一緒くたに涙を拭いた。
「 ・・・ でも 踊れるんだもの ・・・ ! 」
必死に笑顔をつくり 最後尾でもいいわ、とクラスに付いてゆく日々だ。
「 ラスト〜〜 グラン・フェッテね はい 6人づつね〜〜 」
ベテランのダンサーたちは 安定して32回回り、 このバレエ団のプリマと
おぼしき女性や 若手のソリストっぽい子達は ぶんぶんとダブルを入れて回る。
「 はい〜〜 マリ、いいわよ〜〜 リサ、もうちょっと顔、上げてごらん?
ほら 次はラスト・グループよ 」
やるんでしょ? と マダムの笑顔がフランソワーズを見つめる。
「 あ ・・・ ! 」
彼女は 強張った顔でセンターに進みでた。
〜〜〜 ♪♪ ピアノの前奏が始まった
「 ・・・ いくわ! 〜〜〜! 」
ダブル・ピルエットから勢いをつけて フェッテを始めた。
・・・ な なんとか ・・・ 16回〜〜
あ ? あ あ〜〜〜
音がどんどん先に行ってしまう〜〜 ― いや 彼女が遅れているのだ。
「 あらら・・・ほら 音〜〜 聞いて 」
「 〜〜〜〜〜〜〜〜 !!! 」
だ ダブル〜〜 入れなくちゃ・・・! えいっ !!
軸脚を強く踏み 無理矢理に一拍に二回 回ろう〜とした が。
どん。
32回を前に バランスを崩し彼女は脚を落としてしまった。
一緒のグループのダンサーたちは ともかく回り続けている。
「 あら ・・・ ほら 下がって〜〜 みちよ、頑張って! 」
フランソワーズの隣で回っていた小柄な子は なんとか32回、回り終えた。
優れた踊り手ほど 楽々音に乗って回る。 下手な者はぎこぎこ・・・苦心する。
「 ふ〜ん? まゆ、 あのねえ 16まで回ったら また 一! から始めるの。
気を取り直すってわかる? みちよ、息 詰めないの〜〜
フランソワーズ? 慌てない。 でも 音 聞く。 いい? 」
マダムは 的確なアドバイスをそれぞれに言ってくれた。
「 はい じゃあ。 お疲れさまでした 」
優雅なレヴェランスと拍手で朝のクラスは終わった。
ザワザワザワ ・・・・
ダンサー達は 三々五々散ってゆく。
更衣室に急ぐ者、 少しクール・ダウンするヒト、 そして 自習を続けるコもいた。
「 ふう ・・・ 」
フランソワーズは 隅っこでタオルにしばらく顔を埋めたいたがゆっくり立ち上がった。
「 あ〜〜 ねえ フランソワーズさん
ねえ よかったら〜 帰りにちょっとお茶 してかない? 」
「 あ みちよ さん 」
隣のバーにつく小柄な娘が にこっと笑いかけてくれた。
「 ありがとうございます ・・・ あの ごめんなさい、自習したいの 」
「 え〜〜〜 すご〜〜 う〜ん それじゃ また次ね〜〜 」
「 ええ また誘ってください 」
「 ウン。 じゃ バイバイ〜〜 あ < みちよ > でいいよ〜〜 」
「 あ ・・・ わたしも フランソワーズ です♪ 」
「 そだね また明日ね〜〜 フランソワーズ〜〜 」
「 ええ またね みちよ 〜 」
手を振りあって 笑いあって。
・・・ ああ ・・・ また こんなコト、できるなんて ・・・!
フランソワーズは また滲んできた涙をタオルで拭った。
「 さ。 自習だわ! こっちの小さいスタジオは使っていいって聞いたわ 」
荷物とタオルを持って 彼女は自習用のスタジオに入っていった。
シュ ・・・ 〜〜〜〜 ドン。
「 〜〜〜 ああ ダメだあ ・・・ 」
フランソワーズは誰もいないスタジオの真ん中で くたくたと座り込んだ。
「 なんで落ちるの?? アンタの脚は サイボーグなのでしょう??
なんで 最後まで立っていられないのよ! 」
ゴシゴシ タオルで顔を拭くと 再び中央に立った。
「 32回。 回れて当たり前 でしょう? 」
もう一度! と 彼女はプレパレーションをし、ピルエットから始めた。
「 ん 〜〜〜〜! 」
ダブル・ピルエットで勢いをつけ 〜〜 8 9 10〜〜〜 と
なんとか軸足をずらさず回った。
・・・・ このまま ・・・
「 ! ・・・ 」
16回を回った時 ずる・・・っとバランスが崩れ ― 脚を落とした。
「 ・・・ もう〜〜〜 ・・・ 」
タオルをきゅっと引っ張った。 もう涙を流すのもイヤだった。
「 グラン・フェッテだけがバレエじゃないけど。 グラン・フェッテできなくちゃ
バレリーナです、なんて言えない わ ! 」
もう一回! と センターに立つ。
「 ・・・ せ〜〜の ・・・っ あっ ・・・ 」
今度は 最初のダブル・ピルエットでバランスを崩した。
「 もう 〜〜〜 ・・・ ! でも やらなくちゃ ! 」
ぐにん。 ポアントが潰れていた。
「 ! んんんん いいわ バレエ・シューズでやるからっ 」
苛立たし気にポアントのリボンを解き、脱ぎ捨てた。
「 とにかく回れなくちゃ。 さあ ・・! 」
コトン。 スタジオの入口に人影が立った。
「 ? 」
「 がんばっているのね 」
このバレエ団を主宰するマダムが こちらを覗きこんでいる。
「 あ まあ ・・・ センセイ ・・・ 」
「 熱心ね、偉いわ 」
「 ・・ 全然 できませんでしたから ・・・ 」
しゅん・・・としてしまった金髪娘に この初老の女性は艶やかに笑いかける。
「 うふふ ず〜〜〜っと昔にね 似たことがあったのよ。 そう パリでね 」
「 ? 」
「 私ね、あなたよりもっと若いころ、 ええ もう半世紀近く前ね 」
マダムはくすくす・・笑う。
「 パリに留学していたの。 日本人では初めてかもしれないわ。
もう〜〜 クラスではついてゆくのに必死だった ・・・ でもね
楽しくて楽しくて ・・・ 毎朝 イチバンに稽古場に行って自習してたの 」
「 ・・・・ 」
「 それでね ある朝、グラン・フェッテをやっていたら ―
ふふふ ムカシはわたし、脚だけは強くてくるくる回れたのよ 」
「 ・・・・ 」
「 そしたら そっと覗いていた上級生たちがね
『 よく回っているけど グラン・フェッテだけがバレエじゃないわ 』って
囁いていたの 」
「 ・・・・ 」
「 私、聞こえないフリしてたけど ・・・ ああ アナタ、本当によく似ている・・
その上級生に ― 私が憧れの目で眺めていた上級生に ね 」
「 そ ・・・ ですか ・・・ 」
「 とても素敵な踊りをする上級生だった ・・・
卒業コンサートで 『 ジゼル 』 踊るって聞いてとても楽しみにして
いたわ 」
「 そ それで そのヒト・・? 」
「 わからない。 コンサートには出ていなかったわ。
学年も違ったから詳しい事情を知ることも出来なかった。
でもね 今でも彼女の踊りははっきりとおぼえているわ 」
「 ・・・ そ そうです か 」
「 フランソワーズ、あなた とてもいいものを持っているの。
やめちゃ だめよ。 」
「 センセイ ・・・・ 」
あのね、 と マダムはまた微笑む。
「 やめてしまうのは簡単よ、一秒ですむ。 でもね それでそれまでず〜〜っと
続けてきた 何年も何十年も積み上げてきたことを 失ってしまうの。 」
「 ・・・・ 」
「 あなた、 ブランクがあって ― 復帰したのでしょう? 」
「 はい 」
「 じゃ わかるわね? やめてはだめ。 たとえ休止しても戻るの。 」
「 ― はいっ 」
「 グラン・フェッテ、苦心してるみたいねえ 」
「 はい ・・・ 」
「 焦らない。 まず八回 よ。 ゆっくり 落ち着いて ― 音を聞く 」
「 はい 」
「 頑張ってね。 踊れるって幸せよね? 」
「 はい! 」
じゃあね、と 軽く手を振ると マダムは戸口から消えた。
・・・ 本当のわたしのことを憶えているヒトが ・・・ !
熱い涙が彼女の足元にぽたぽたと落ちた。
「 ただいまぁ〜〜〜〜 」
頬を染め 飛び跳ねるみたいな足取りで フランソワーズは帰宅した。
「 お帰り〜〜 あ? イイコト あった? 」
ジョーが笑顔で迎えてくれた。
「 うふ そうなの。 」
「 そうか そうか それはよかったなあ 」
博士も笑みを浮かべた。
そんな普通の日々がずっと続けばいい ― 誰もがそう願っていた。
Last updated : 02,06,2018.
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************* 途中ですが
え〜〜〜 【平ゼロ設定】 です〜〜
岬の家に落ち着いた後のハナシかな〜
グラン・フェッテのコツは なんつ〜か ・・・・
言葉で説明するのはムズカシイです★