『  早春 ― (1) ― 』

 

 

 

 

 

 

  コツ コツ コツ コツ  −−−−

 

石畳の道を 軽い足音が飛ばしてゆく。

 つ ・・・んと冷たい空気の朝、街を行き交う足音はみな早めなのだが ・・・

その足音は他を追い抜いてゆく。

 

  カッ カッ カッ ・・・   反対側からも勢いよい足音がやってきた。

 

「 ・・・ あ おはよう〜〜〜〜 」

「 おはよ〜〜 ファンション〜〜 はや〜〜いね〜〜 」

ふたつの足音は合流すると並んで < 飛び > 始めた。

ちょん ちょん 〜〜 金髪とブルネットが跳ねてゆく。

「 さ っむいから走ってきたの。 カトリーヌだって 

「 あは アタシもよ 〜〜  これでウオーミング・アップ、半分完了だわ 

「 あはは ホントね〜〜 あとはストレッチでおっけ〜かも 」

「 ったく〜〜 寒すぎだよ〜〜 パリの寒さは さあ 」

「 ふふ・・・ カトリーヌは南の出身だものね  

「 そ。 この街 好きだけど ・・・ 冬の寒さだけはなあ〜 

「 パリ生まれだって寒さはイヤだわ  さ 中に入りましょ 」

「 そだね  ・・・ あ〜〜 ほっとする・・・ 」

 

  キ ・・・    

 

二人は古びた建物のドアを開けさっさと中に入る。

中には まだ人影は見えない。

 

「 ふう 〜〜〜 ・・・ あれ?  もう誰かいるわよ? 」

「 ええ??? どこ? 」

「 ほら ・・・ Cスタ 」

廊下を歩いてゆき二人は 更衣室手前のスタジオの前で立ち止まった。

「 ホント ・・・ 足音、聞こえるね 」

「 ね? 音は使ってないみたいだけど 」

「 へ〜〜〜 誰か自習してるのかなあ 」

「 かも ね。 ね 早くわたし達も着替えましょ 

「 そだね〜〜 」

金髪とブルネットはわらわら更衣室に入った。

「 はあ〜 寒かったぁ〜〜  ねえ? 更衣室のヒータ― もっと温度 あげよ? 」

「 そうね ・・・っと。 」

金髪の方が ぱぱっとスイッチを切り替えた。

「 ふ〜〜〜 ・・・ メルシ。  」

「 はやく着替えよ〜 

「 うん。 あ ファンション、 あのさ、アジア人の留学生 みた? 

 黒い髪に黒い目の子!  」

「 え ・・・ あ〜 アヤコでしょう?  すっごく脚が強いみたいよ 」

「 え〜〜 クラスで一緒になったっけ? 」

「 ううん〜 あの子、いっこ下の学年だもの。 でもね リハをちょっと見たの。

 バランスとかすご〜いの。 」

「 ふうん?  ねえ アジアってどこ?  ランドシン? ( インドシナ ) 」

「 うう〜〜ん と ・・・? 確か ジャポン。 」

「 ジャポン??  ・・・ あ〜〜 ジャポンでもバレエ、やってるんだ? 」

「 らしいわね。 上手とかヘタとかより なんかこう・・・ 印象的ね 

 大きな黒い瞳で じ〜っと見てたわ 」

「 そう! 印象的!  それよ〜 バレリーナになるのかなあ 」

「 う〜〜ん どうかしらねえ?  ここではちょっと ・・・ 

「 そうね、やっぱ肌の色とかさ〜 」

「 色、白いコだけどね。 でもきっと故郷に帰るのよ 多分・・・

 だから なんでもじ〜〜〜っと熱心に見てるのかもね  」

「 ふうん ・・・ 限られた期間だからね  

「 うん。 ね それより ねえ これみて? 編んだのよ〜〜 」

金髪娘は ひょい、と脚を上げた。

「 お〜〜 シマシマね〜〜 斬新〜〜  ファンション、脚 細いから似合うよ 」

「 ちょっと不格好だけど 温かいもんね〜〜 

「 そ! 見た目よか機能第一!  あ ねえ レペッ〇 のセール まだ? 」

「 あ〜 来週からよ。 ポアント、買いためなくちゃね〜 」

「 ウン・・・ 卒業コンサートの準備もあるしね 」

「 そ〜なんだよね〜〜〜  ねえ ファン なに、踊る? 希望は?  」 

「 わたし?  う〜〜ん ・・・ できればはっきりした踊りがいいなあ

 黒鳥 とか ドンキ とか。 」

「 アタシも!  ジゼル とか 白鳥 は 苦手だわあ 」

「 うん。 どうもねえ ・・・ こう〜〜 さ、テクなら練習すれば

 できるようになるけど  解釈 とかなると ねえ  ちょっと苦手〜 」

「 ファンなんて ムードじゃない? ジゼルの さ 」

「 え〜〜〜 そんなこと ないわよぉ〜〜

 そりゃ 一幕のヴァリエーションも 二幕の パ・ド・ドウも好きよ? 

 けど〜〜  ヒロインの気持ち わかんない〜〜 」

「 あは アタシもよ〜〜 アンタ お人好しじゃない? って言いたい!

 浮気オトコをさ〜 許す、なんて わかんないのよ。 

 バッカじゃない って思うし 」

「 あは ・・・ カトリーヌらしいわね でも同感♪ 」

「 コンサートだからさ、派手な方が見栄えするしね 」

「 そうよぉ〜〜 それにね 感情的にも共感できないと なんていうかなあ

 情熱的に踊るのはムズカシイわ 」

「 そ! アタシは 〜〜 『 パキータ 』 か 『 パリの炎 』 かな 

「 お〜〜っとでました、回転モノのカトリーヌ〜〜 

「 やだあ〜〜  でもね、 本心、 『 パリの炎 』 踊りたいな〜〜

 挑戦し甲斐があるし。  シンプルでムズカシイけど 」

「 いいわね〜〜 カトリーヌにぴったり 」

「 ありがと。 ファンションは? 」

「 うん ・・・ 一応 ドンキで希望するつもり 」

「 いいね〜 赤、似合うからいいよ〜〜  

「 や〜だ 衣装で受けるわけじゃないわよぉ 

「 でも 似合うよ。  キトリ がんばって〜 」

「 ありがと。  コンサートでいい成績とって 

一緒に カンパニーのオーディション、 受かるといいわね 

「 ま がんばろ! 」

娘たちは 高声で笑いあうのだった。

「 それじゃ まずはレッスン〜〜 がんばろ 」

「 うん ! 」

軽い足音が 更衣室を出ていった。

 

「 あ ・・・ ドア 開いてるよ? 」

カトリーヌが Cスタジオの前で立ち止まった。

「 え? ホント? 」

フランソワーズも すすす っとドアに張り付いた。

「 見える? 」

「 う〜〜ん  あ 見えるよ 」

「 ちょっと下 行ってよ カトリーヌ。 わたし 上から見るから 

「 わかったよ ・・・ あ あの子だよッ  

「 え?  あ あ〜〜 アヤコ ! 

そう 電気もつけていないスタジオで 一人自習をしていたのは

黒目黒髪のアジア人の女子だったのだ。

「 さっきの子 でしょ? 」

「 そうよ そうよ。 すご〜〜いわねえ この時間に 」

「 うん ・・・ きっとさ、 毎朝 自習してるのかも 」

「 そうね。 あ グラン・フェッテするわ 」

「 うん ・・・  うわ  〜〜〜 ちょっと ・・・ 

 あの軸脚! 全然ズレないじゃん〜〜 」

「 すご ・・・ あ ダブル 入れたわ   ああ また ・・・ 」

薄暗い部屋の中で 音楽も流さず ― その女子はグラン・フェッテの練習をしていた。

 

  トン  トン ・・・ 正確に床を踏むポアントの微かな音

  シュ シュ シュ   フェッテをする脚が空気を切る音

 

その二つの音だけが 部屋の中に響いている。

 

 タン。  32回 きっちり回ると 彼女は正確に四番で着地した。

 

「 ふう 〜〜〜〜   」 

ほんの少し息を乱しているだけなのだ。

バーに掛けたタオルでするり、と顔を拭うと 彼女はまたセンターに歩み出た。

 

「 ひえ ・・・ まだ続ける気? 」

「 すご ・・・・ 」

「 ・・・ 退散しようよ 邪魔しちゃいけない気がしてきたよ 」

「 そうね ・・・ はあ 〜〜 

二人はそう・・・っとCスタジオから離れた。

「 ・・・ すご・・・いね ・・・ 」

「 あんなグラン・フェッテするヒト、 初めてみたわ 」

「 だ ね ・・・ すっごい脚の強さだわさ 」

「 ねえ ・・・ 」

「 ちょっと。 頑張ろうよ?  アタシ達も! 」

「 そ そうよね。 グラン・フェッテだけが バレエじゃないわ 」

「 そういうこと ! 」

フランソワーズと カトリーヌは かなり意気込んで朝のクラスのスタジオに

入っていった。

 

( 注 :  この話は 一応平ゼロ設定なので フランソワーズがもともと

 生きていたのは 1960年代と思われます。

 グラン・フェッテは 現在では小学生でも器用な子ならダブルでぶんぶん回りますが

 以前は稀だったそうです。

 さらに! 32回のグラン・フェッテは グラン・パ・ド・ドウの最後に または

 全幕の最後に 気力・体力 を振り絞って回るからこそ価値があるのです。

 グラン・フェッテだけを 単体でくるくる回れてもあまり意味はありません 

 

 

   ― 数日後。 

 

朝のクラスのあと、掲示板の前にダンサーの卵たちが集まっている。

「 どうして 〜〜〜 

フランソワーズが 声をあげ仏頂面をしていた。 

「 どしたの〜〜 ファンション 」

「 あら なあに? 

同じクラスの女性たちが振り返る。

「 ・・・ わたし ・・・ ドンキ で希望を出したのにぃ〜〜 」

「 あれ ドンキじゃなかったの? 」

「 ・・・ 『 ジゼル 』 なのぉ〜〜 」

ほら ・・・と 彼女は自分の名前を指す。

「 え? 〜〜 あ ホントだあ〜 」

「 え〜〜 すごいじゃない〜〜 『 ジゼル 』 もらえるなんて 」

背の高い女子が 驚いた顔をした。

「 シシィ、わたし ・・・ 苦手なのよ  」

「 え〜〜 ファンション、テクニシャンじゃないのぉ  

「 テクニック ・・・ よりね あのヒトが苦手なの 

「 あのヒト?  ジゼル のこと? 」

「 そ。 彼女の気持ちがわかんないっていうか ・・・

 ああ どうしよう 〜〜  ねえ カトリーヌ? 」

「 ・・・え? 」

いつも威勢のよいブルネットは 少々ぼんやりしていた。

「 ねえ わたし 『 ジゼル 』 に ・・・ どうかしたの? 」

「 フランソワーズ ・・・  アタシ ・・・ 」

「 気分でも悪いの?? 顔色 ヘンよ 」

「 ウン ・・・ ファンション、 『 ジゼル 』 なの?  がんばって・・・」

カトリーヌの声は妙な一本調子なのだ。

「 大丈夫??  メディカル・ルーム ゆく?  」

ねえ、と彼女の腕をゆすってみた。

「 ・・・あ?  ああ ゴメン ・・・大丈夫 ・・・ と思う。 」

「 どしたのよ、カトリーヌ? 」

「 ・・・ アタシ ・・・  オデットだって 」

「 え?  ・・・ え〜〜〜〜 ??? 」

「 アタシ ・・・ 白鳥、 だって。   どうしよう〜〜〜〜〜〜〜 

「 カトリーヌ ・・・ 」

「 フランソワーズ ・・・ 」

元気モノの同級生は 半ば涙目で立ち尽くしていた。

「 ・・・・・ 」

そんな最上級生たちの騒ぎを 黒目黒髪の少女は廊下の反対側からじっと見つめていた。

 

 

   カッタン カッタン  トン。

 

ながい階段を上りてっぺんで  やれやれ・・・とバッグを下ろした。

  ふう〜〜〜  大きなため息をつき鍵を取りだす。

ガチャリ、と鍵を回し ― 

「 ただいまあ〜〜〜 」

 ガタン。  ドアを開ければ ― 見慣れた古い部屋。

ただよう紫煙で 兄の存在を知った。

「 おう 帰ったか ファン。 」

「 お兄ちゃん。 早いのね  おかえり 」

「 あ〜 珍しく な。 キッシュ、買ってきたぞ 」

「 きゃい♪ ありがと〜〜 お兄ちゃん〜〜〜 じゃ サラダとスープつくって

 晩御飯 どう? 

「 お いいなあ。 キッシュはオーブンの中だ 」

「 わっほ〜〜〜  ああ これで生きてゆけるわあ〜 

「 おい。 どうした? なにかあったのか 」

「 え〜〜? なんで? いつもとおなじよ 

「 いや 違うな。 気がついてないだろうけどな〜〜

 階段上る足音で お前の機嫌はまるわかり だぞ 

「 え そう?  あ〜 そうねえ ちょっと疲れてるかな〜 」

「 疲れ?  脚の疲れ、じゃないだろ 

「 ・・・ お兄ちゃん ・・・ 

「 言いたければしゃべれ。 言いたくないなら黙ってろ。

 しかしな 家の中で理由のない仏頂面はごめんだぞ 」

「 ・・・ わかったわよ。  荷物、置いて着替えてくるね 

 そしたらオイシイ オ・レ、淹れてよ〜〜 

「 わかったよ。 」

「 あ そうだ、リンゴ 買ってきたんだ。  ほら〜〜 」

妹は 紅のカタマリをぽ〜〜ん ・・・と投げた。

「 おっとぉ〜〜  へえ この季節に珍しいな 

「 なんかね〜 雪の中で保存してたんだって。 ちょっと高かったんだけど 」

「 はん? 気晴らしに買っちゃった んだろ? 」

「 えへへ ・・・ そ。 でもおいしそうだよ? 」

「 だ な。  ほら はやく着替えてこい 

「 うん !   えへ ・・・ メルシ、お兄ちゃん 」

「 はいはい  ・・・ 」

兄は 早くゆけ、とぱっぱ・・と手で妹を払った。

  ト ト ト ト 〜〜〜  軽い足音がバスルームに駆けていった。

 

 

「 だ〜から ちょっと ね。 」

一気に喋り終えると 妹はふか〜〜いため息を吐く。

 

 コトン。  兄は カップをゆっくりソーサーに置いた。

 

「 で。 気が滅入ってるってわけか 」

「 そ!  わたし〜〜〜 『 ジゼル  』 は苦手なの〜〜〜 」

「 前にも コンサートで踊ってたじゃないか 

「 あ〜れは 練習だもん。 卒業コンサートとは違うわ。

 だってカンパニーへのオーディションも兼ねているんだから〜〜 」

「 まあ な。 お前も本気で勝負ってことだろ 」

「 そうなの。 だからね、だからこそ 〜〜  ドンキ で勝負したかったのに 

「 ドンキ って  ・・・ ああ あの赤い衣装のヤツか 」

「 そ! あれなら 進級テストでも最高点もらったし ・・・ 」

「 だったら全然違う踊りでチャレンジしろよ。 テクニックが問題なのか? 」

「 う〜〜 うん  それほどでも・・・ 

 問題はね!  ジゼルの気持ちなのよ ! 」

「 気持ち? 」

「 そ。 ジゼルって娘はねえ ・・・ 」

フランソワーズは 兄に 『 ジゼル 』 のストーリーを説明した。

そして なぜ苦手なのか も。

「 ふ〜〜ん なるほど な 」

「 だからね。  わたし、理解できないヒトを踊れないもん  

「 だったら 白鳥やら妖精はどうなんだよ? ニンゲン以外のモノのココロを

 理解してるのか 」

「 あ〜〜 そういう意味じゃなくて・・・ 

 うん はっきり言えば 裏切られた相手のシアワセと心底祈るって

 それも 死んじゃった後も なんて わたしにはできないってことよ 

「 ファンはそう思うのか 」

「 そうよ! だってね ジゼルは 彼に裏切られてショックで死んじゃったのよ?

 それなのに ・・・ ! 」

「 ふ〜〜ん? もし ファン、お前だったらどうする? 」

「 わたしだったら? そうね〜〜 ミルタの手下になって

 裏切り者たちに 死を! だわ〜〜〜 

「 相手のシアワセを祈るって気持ちには 」

「 なれるわけ ないじゃない。 」

 

 そうか ・・・  と 兄は 一口カフェ・オ・レを飲んだ。

 

「 ファンの気持ちも わからないでもないさ。 」

「 でしょ??  ばっかじゃないッて思うわ 

「 そう かな? 」

「 そうよ! 

兄の声音はいつもと少しも変わらない。

「 心底愛していれば 心から相手のシアワセを願うさ 自分はどうあっても 

「 一緒になれなくても? 」

「 そりゃ 理想は一緒になりたいさ。 

 けど 世の中、常にハッピーエンドじゃない  いろいろあるもんだ。 」

「 そうね ・・・ でもね わたしは ・・・ ジゼルの気持ちには

 なれないわ 」

「 そりゃ お前が本当の恋をしたことがないからさ 」

「 あらあ〜〜 じゃ お兄ちゃんは? 」

「 ・・・・ 」

兄は答えず 黙った微笑んでいた。

「 いつか わかるさ。 ファン お前にも な 」

「 う〜〜〜ん ・・・・ でも 卒業コンサート〜〜〜どうしよう〜〜 」

「 ま それは割り切って頑張るんだな。 同意できないから踊れない ・・・ってのは

 プロフェショナルとしては失格だぞ 

「 え ・・・ 」

「 お前、 プロの踊り手になりたいんだろ  目指しているんだろ? 」

「 うん! 」

「 それじゃ ― それはそれ これはこれ、と割り切れよ。

 名女優は すべて共感できる役を演じているわけじゃないんだ 

「 そ うね  うん ・・・ 」

「 プロになったら 好きな役ばかり踊ればいいわけじゃないだろ 」

「 ええ ええ そうね。 最初はコールド ( 群舞 ) から 

 出発だもん 

「 だったら 目の前のカベのクリアに 全力を尽くせ 

「 ん。  メルシ、お兄ちゃん 

「 それが プロってもんだ 」

「 ふ ・・・ 空飛ぶプロ としての意見? 」

「 正解。 俺は プロの飛行機乗り だ。  

「 メルシ、ムッシュウ! 

フランソワーズは きりっと挙手の礼をした。

「 おう。 」

兄も真面目な表情で礼を返した。

 

   お兄ちゃんに話してよかった ・・・!

 

   よ〜〜し。 『 ジゼル 』 に全力投球よ!

 

妹は兄の意見を聞き < 割り切った > つもり だった ― のだが。

 

 

 

生徒たちの < 事情 > などおよそ無関係に リハーサルはどんどん進行してゆく。

決められた演目が 苦手だの、不得意だの言っている暇はないのだ。

自習用のスタジオは朝から夜まで使用順番待ちがぎっちりだった。

 

 

  〜〜〜♪ ・・・・。

 

音が ぷつり、と止まった。 男性がカセット・デッキの前にいる。

「 ? 」

踊っていた女性が 訝し気に彼をみる。 

「 なぜ 音、とめるの ミシェル 」

「 ・・・ ファンション あのな〜  

「 なに? 」

「 きみのテク すごいと思う  けど。 もっとこう〜〜〜 気持ちを さ 」

「 気持ち??  それ 踊りに必要? 」

「 当然だろ 」

「 そうかしら?? だって全幕踊わけじゃないし 

 今回は試験なのよ? 正確な技術と適性な音楽性を求められるのよ。」

「 そりゃそうだ。 だけどな。 俺たちは芸術家を目指すんだぜ?

 技術だけでは踊りは完璧じゃない、と思う。 」

「 なにが必要だっていうの?  気持ち? 」

「 たとえ パ・ド・ドウ だけでも 解釈は必要だよ。 」

「 ミシェルはそういう主義? 」

「 ダンサーとして、さ! バレエは芸術だ、テクニックを競うスポーツとはちがう 」

「 ・・・ わかったわよ  

「 じゃあ ちゃんとジゼルのココロを表現して踊れよ。

 俺も アルブレヒトのも〜〜 どん底の気分を踊る。 」

「 へえ?  恋人と踊れるのにどん底なわけ? 」

「 ! だって! 恋人は死んじまったんだぜ? それも 自分のせいでさ

 そして 一緒にいれらるのは今だけ で もう永遠に会えない ・・・ 」

「 ま〜ね 最低な状況ってわけよね 

「 でも な。 そんな中でも 一瞬でも共に踊る幸せ ・・・を表現するんだ 」

「 ・・・ ともかく 音 出して。 」

「 オッケ〜 」

 

  〜〜〜♪  密やかで そして もの悲しい音楽が流れる

 

< ジゼル > は ものすご〜〜〜く悲しそう〜〜〜な顔で 踊り始めた。

眉間に縦皺を寄せ 半分泣きそうだ。

 脚を高々と揚げ リフトの前の助走は飛び立ちそうだ。

< アルブレヒト > は やはり悲壮な表情だったが ― 徐々に

醒めた顔になっていった。

 

  ・・・♪  ♪♪ 〜〜〜〜

 

次第に引けてゆく音と共に < ジゼル > は す・・・っと引っ込んだ。

< アルブレヒト > は 一応床に打ち伏したけれど すぐに起き上がった。

「 あら なに? どこか音取り、間違えた ? わたし 」

「 あのなあ。 『 じゃあね バイバイ 』 じゃあないんだぜ? 」

「 え? 

「 次のリハまでにさ よ〜〜く考えてみてくれよ。

 俺だって 最高の成績で卒業したいんだから〜〜〜〜  

「 ?  なに  よ ・・・?  

「 おっと 時間だ。  次の サラ達が待ってる 」

「 あ ああ そうね。 」

バイ・・・と手を振っただけで フランソワーズのパートナーは

更衣室に引き上げていった。

「 ! も〜〜〜 なんなのよ〜〜  ちゃんと悲しそうに踊ったのに! 」

「 あ ファンション? いい? 」

ドアから 赤毛の女性が顔をだした。

「 サラ。 次に使うのよね ごめん〜〜 どうぞ 」

「 メルシ〜〜  ・・・ ねえ ケンカしたの?  ミシェルと さ? 」

「 え?  ううん 別に 

「 そう? なんか 彼、不機嫌そう〜〜だったわよ? 」

「 わかんないわよ〜   あ ほら どうぞ 」

「 あ メルシ〜〜  ペーター? 

「 お〜  あ ファンション〜〜  またな〜〜 」

「 バイ〜〜 ペーター。 」

フランソワーズは同級生たちに手を振ってスタジオから出て行った。

「 も〜〜 ミシェルったらなんだっていうのよぉ〜〜 」

 

  カン カン カン ・・・ 足音までちょいと膨れっ面だ。

 

「 あ  あの ・・・ ! 

「 ?  」

声を掛けられ振り返れば  ―  黒髪黒目の娘が立っていた。

「 なにか ・・・? 」

「 あ あの! アナタの踊り、憧れてますっ ! 」

「 まあ ありがとう。 ジャポンからの留学生さんね 」

「 はい!  とてもとても素敵な踊りですね、 憧れです〜〜 」

「 そう?  あなたこそ グラン・フェッテ、凄いわね。 」

「 ・・・ グラン・フェッテだけじゃ 踊れませんもの。 」

「 頑張ってね 」

「 はい! ありがとうございます 〜〜 」

黒髪の娘は とてもとても嬉しそうに笑うとぱっと駆けだしていった。

 

    ―  あ ・・・

 

< グラン・フェッテだけがバレエじゃないわ > 

自分たちの会話が耳の奥に蘇った。

 

「 ―  そっか ・・・。 わたし が ジゼル だったら ・・・?

 う〜〜〜ん ・・・・?  アルブレヒトのシアワセを祈れるかしら・・・? 」

フランソワーズは 額にシワを寄せ考え込んでしまった。

 

 

  卒業コンサートの日  ―  

『 ジゼル 』 を 踊る予定だったダンサーの姿はなかった。

 

  彼女、フランソワ―ズ・アルヌールの行方を知る者は 誰もいない。

 

 

Last updated : 01,30,2018.                    index      /     next

 

 

*****************  途中ですが

タイトルが ちょっと変かも・・・・

今回では ジョー君は まだ出てきません〜 ((+_+))

すいません 〜〜〜 <m(__)m>