『 花散る里 ― (2) ― 』
ひら ひら ひら ・・・
見渡す限り なだらかな丘が続いている。
大地には緑の若草が茂りその間に芝桜が咲き
少し離れたところには桜に似た並木がずっと果てしなく続く。
そして ほんのり花曇りの空には いつも小さな花びらが浮かんでいる。
ふん? これは 桜・・・・なのかな ・・
ジョーは 空を見上げつつその小さな浮遊物に目を凝らしたが
はたして桜なのかどうか 判別することはできなかった。
「 ・・・ ま なんでもいいけど。 ああ のんびりした地なんだなあ
」
彼は 一本の大木のもとまでゆっくりと歩いていった。
さく さく さく ・・・ 彼の黒いブーツが緑の若草を踏んでゆく。
「 ジョー。 散歩してきたの 」
そこには 黒髪の女性が座っており、艶やかな微笑で彼を迎えた。
「 この辺りには ・・・ 建造物はないのですか 」
「 けんぞうぶつ ? 」
「 そうです。 だいたいアナタはどこで生活をしているのですか 」
「 私? わたしは ずっとここで ・・・ ジョー、あなたを待っているだけ よ 」
「 ずっと・・・って どのくらいの期間です? 」
「 さあ・・・ わからないわ。 この腕の中からあなたを失ってからずっと・・・
ええ 必ず私のジョーは戻ってくるって信じていたわ 」
「 ・・・ ここは どこですか 」
「 え? ここ ・・・ さあ・・・待つヒトがいるヒトが待つところ ・・・ 」
「 だからそういうこじゃなくて ですね 」
「 さあ ゆっくりして・・・ ここにお座りなさいな。 」
「 ・・・・ 」
ジョーはむすっとしてその女性とは少し離れて座った。
「 ・・ ずっと待っていたの。 ジョーは必ずワタシの元に帰ってくるって
信じていたわ。 」
「 なぜです? 」
「 え? 」
「 なぜ そんなふうに信じることができるのですか 」
「 まあ 」
目を見張ると 彼女はクスクス・・・笑いだした。
「 ! なぜ 笑うのですか ぼくは真面目に質問しているのですが 」
「 まあ ごめんなさい でもね 当たり前のことをわざわざ聞くから 」
「 当たり前のこと? 」
「 ええ ワタシがジョーのことを信じられる・・・・って当たり前ですもの。 」
「 ですから その根拠はなんなんです 」
「 ふふふ それは ね。 ワタシはアナタの母だから よ 」
ふわり・・・ 白い腕が再びジョーの身体を引き寄せた。
! ああ ・・・ もう これは ・・・
「 ・・・ ・・・ 」
ジョーは急になにもかもがどうでもいい気持ちになり ― その女性に身を任せてしまった。
ひらひら ひらり。 二人の上にも白い花びらが 降り注ぐ・・・
う・・ ん ・・・ ここは どこだ?
褐色の巨躯の持ち主は ゆっくりと身体を起こした。
周囲は緑のにこ草に囲まれ 柔らかな空気が満ちている。
俺は。 ― そうだ! 仲間たちとあの敵を追っていた!
009 小型機で追跡中 002 自分の脚で追跡中
俺たちは ドルフィン号で追跡中 ― あの時 ・・・
どんっ!!! なにかに衝撃がドルフィン号を揺らせた。
敵弾か?? と思ったその瞬間 − 意識が白くなったのだ。
「 そう だ ・・・ そして 俺、 ここに いる? 」
ぎし。 黒いブーツを軋ませ巨人は立ち上がった。
「 ここは − 丘 ・・・? 薄陽が射しているが 遠くが見えん。
山脈があるのか 海がひろがっているのか ・・・
しかし 人影が ない。 ・・・ 静か過ぎる・・・ 」
用心ぶかく周囲を見回し 耳を欹て − さらに彼の独自の感覚で探る。
この地に生きるモノよ 根を張るモノよ
応えてくれ ここは どこ だ?
陽の高さから推察し東西に向かって < 呼びかけ > た。
・・??? 応えてくれ ・・・ だれ か??
「 ・・・・ 」
さらに感覚を研ぎ澄ませるために 彼は再び座り込み目を閉じた。
応えて おくれ。 この地に生きる モノたちよ
この地を 支配する精霊よ ・・・・
「 ! 」
ズサッ !!! 巨人は足元を蹴ってたちあがった。
「 ― なんなんだっ ここは!? 」
ガサ ガサ ガサ ・・・・ !
彼は 苛立っていた。
彼にしては珍しく 荒い足取りで緑の下草を踏み歩きまわっている。
「 ・・・ うむ ・・・ 聞こえない 」
ぼすん、 と片脚を大地に突き、太い指で草をつまみあげる。
「 ・・・ 葉も茎も ・・・ 根も ちゃんと ある。
でも 聞こえない ! 」
持ち上げた草に目を近づけ 耳元に運び − 褐色の巨躯の持ち主は首を振る。
「 ホンモノの自然に見えるが ・・・ なにも聞こえない ・・・ 」
ここは ここは どこ なんだ ???
彼は立ち上がり四方を眺め 耳を欹てたが 再びがっくりと座り込んだ。
「 衝撃を受けたのは 覚えている。 一瞬 意識が白くなった ・・・
そして ― 気がついたら ここ にいる 俺は どうしたんだ? 」
ジェロニモ ジュニア は じっと空を見上げていて ふと・・・ 宙に浮遊している
白く小さい切片に目をとめた。
「 ?? なんだ? なにかの花びらか・・・? さくら ? 」
ゆっくりとたちあがると 彼は慎重に空に腕をのばし、掌を広げた。
しばらくそのままにしていると
ひら ・・・ 白い切片が 掌にとまった。
「 ・・・? 」
彼は ソレ をしげしげと見つめ 匂いを嗅ぎ 裏返し陽に透かし。
「 これ は ・・・・ 」
これは ― 我々の < 自然 > とは 違ったモノだ!
彼の表情がさっと険しくなった その時。
「 なあ ジェロニモはん。 この草は お味がせえへんのんや 」
後ろから 聞き覚えのある声がしてまるまっちい身体が目の前に現れた。
「 味 か? 大人 ( たいじん ) はこれを食べたのか 」
「 うんにゃ。 そげなアブナイこと ようせえへん。
まず 色を見て 形 見て。 そっと舐めてみたんや 」
大人のまるまっちい手には 緑の草がある。
春の野によく見る ハコベ とか ヨモギ にも似た形状なのだが ・・・
「 味が ない? 」
「 舌の上にのっけただけや。 けど なんのお味もせえへん。
匂いも せえへん。 これは ・・・ 草 とはちゃうな 」
「 ふん ・・・ この花びらみたいな白いのはどうだ 」
ジェロニモは 掌の中に収めていた切片をみせた。
「 ず〜〜っと ひらひら してまんな。 蝶さんみたいやな 」
「 これは 生き物 か? 」
「 ふうん ちょいと見せてや 」
大人は しばらく掌の上で眺めていたが ふいに無造作に口元に持ち上げた。
「 どれ お味はいかに 」
「 ・・・? 」
カチン。 歯の間に切片を挟む −
「 ! ・・・ 」
ぷっ・・・! 彼は顔をしかめ吐き飛ばす。
「 どうした? 」
「 ! これ ・・・ 生き物 やあらへん! 口に入れてはあかん! 」
「 生き物では ない? 」
「 そうや! これには いのち があらへん! 石やら岩ともちゃうんや。
これは あかん! あかんで! 」
「 そう か・・・ やはり な。 」
「 ジェロニモはんも そう思うか? 」
「 ああ。 これは ここは よくない。 」
「 ここはどこやね? 」
「 わからん。 気が付いたら俺はこの緑の丘に座っていた 」
「 さよか。 ワテも一緒や。 草だらけでええなあ〜〜 おもて
歩いとって・・・ どないなお味やろ?て 一本ちぎってみたんや。
けど − アレは 草やのうて なんや別のものやった 」
「 そう か。 あの花びら は 」
「 アレはあかん。 ワテらが口にしてはあかんもんや。
ワテらの世界の たべもの とちゃう。 ジェロニモはん、どない思うね 」
「 うむ ・・・ これ 植物 とちがう。
ここは ― ちがう! 緑の丘 とはちがう。
最初は なんと穏やかで好ましい世界か と思ったが 俺のマチガイだ。 」
「 マチガイ やて? 」
「 ああ。 マチガイだ。 この世界は 間違っている。
そしてこの切片からは 声が聞こえない 想いが伝わってこない
これは イキモノ では ない 」
「 イキモノとちゃう? ほんなら なんね 」
「 わからん。 完全なツクリモノ とも ちがう 」
「 さよか・・・ なあ ジェロニモはん。 」
「 なにかね 」
「 ここは − ほんにキレイな景色でほんわかした雰囲気やけど
ここは ほんまオソロシイトコとちゃうやろか 」
「 大人も そう思うか 」
「 はいナ。 ワテ ・・・ ずっとドルフィン号で追跡してた。
ジェロニモはん、アンタの横におったがな。
そろそろ晩御飯やな〜〜 て思ったとき 揺れたんや。 そやったな? 」
「 ああ。 俺もドルフィンが揺れたのを覚えている。 」
「 そやろ? あ・・・ と思たら ふ・・っと気が遠くなったんや。
ほんで − 」
「 次に目を開けたら 草地の中 か? 」
「 そや! 気ィがついたら 柔らか〜〜な草の上に転がっとった。
ええ 気分やな〜〜て ぼ〜〜っと空、見とったで 」
「 ここ ・・・どこだかわかるか
」
「 わからへん。 草やら生えて 花びらがふわふわしとって ・・・・
天国やな〜〜 思うて歩いとったら ジェロニモはん、 あんさんの姿が
見えたんや 」
「 ふむ ・・・ 」
「 ここは − どこはしらへん、けど ケッタイなとこや。
オソロシイとこや。 見かけにハメられたら あかん。 」
豊頬をぐっと引き締め 料理人はキビシイ眼差しを周囲に向けた。
「 ・・ うむ ・・・ 花が散る里に見えるが − 命はどこにも ない ・・・」
褐色の巨人 と まるまっちい料理人は なだらかな丘にたち
呆然と眼前に広がる風景に目を眺めるのだった。
カチャ カチャ カタン・・・
テラスに持ち出したテーブルに ワゴンでティーセットを運んできた。
「 ふんふ〜〜ん ・・・・ ああ 穏やかないい日ね〜〜
午後のお茶はテラスで頂きましょうね〜 」
フランソワ―ズは まず真っ白なテーブル・クロスを広げた。
「 ふんふんふ〜〜ん♪ バナナ・シフォン・ケーキを焼いたの。
ジャン兄さんが好きなのよね〜 あ ジェットも好きだったはずよね 」
彼女はハナウタ混じりに お茶の用意をしてゆく。
カチン。 カチン。 カタン。 ― カップが ひとつ、 多い。
「 あ ら?? これ 誰のカップだったかしら
えっと・・・ 博士と 休暇で来てるジェット。 ジャン兄さんとわたし。
で このカップ ・・・ なんだか見覚えがあるの よ ね ・・・ 」
彼女は 青いカップを手に取った。
「 ・・・ これ わたしが買ってきた ・・・ のよね?
ええ ずいぶん探して ・・・ なんでもいいよ、なんて言うから 余計に
一生懸命探したの。 で とってもウレシイなあ〜 なんて言ってっくれたわ。
・・・あの笑顔 ・・・ 誰だった かしら 」
ほわん。 手の中のカップは彼の笑顔を思い出させ、とても温かい気分にさせるのだ。
「 ? 彼・・・ の笑顔。 彼・・・ ええ そうよ、とても暖かい瞳の ・・・
いつもわたしの側に居て ・・・ 」
ひら ひらひら ・・・ 白い切片が風に漂ってきた。
「 あら。 お茶に入ったら困るわねえ ・・・ こっちには来ないで ・・・ 」
ぱたぱたぱた ・・・ 布巾でソレを追いやった。
ジョー。 突然、そんな名前が浮かんだ。
「 ! そうよ! ― ジョー ! どこ?? 」
フランソワーズは いきなりテーブルの前から立ち上がった。
〜〜〜〜♪♪ ♪♪ ♪ 〜〜〜
ほの白い空の下 流麗な音色が流れてくる。
下草が茂りゆるい風に ひら ひら ひら ・・・・
響く音楽に 花びらにも似た切片が絡まってただよっている。
なぜか 丘の上にピアノ があった。
鍵盤に指を走らせているのは白皙の男性。
ゆるゆると流れる風が 時折彼の銀の髪を揺らす。
不意に音が 止まった。
彼は 鍵盤の上を滑る自分自身の手を、指を じっと見つめる。
「 ? ・・ これは 俺の手 か・・・・ ? 」
ぽ〜〜ん ・・・ 軽く鍵盤に落とせば 澄んだ音が聞こえだす。
「 ふ ・・・ん ・・・ ? 俺の手 ・・・この指 ・・・・
ずっとこんな風に動いていた ・・・ のか? 」
彼は目の前に手を広げ さらに 目の高さより高くあげ陽に透かす。
節の高い、そして長く強靭な腱にささえらえれた、繊細な動きをする指だ。
「 ふん 長年見慣れた指だが。 ・・・ なにか ちがう??
いや − まったく違う指を操っていた ・・・ 気がするんだが 」
ぽん。 後ろから軽く、肩を叩かれた。
「 ? 」
「 どうしたんだい。 せっかく音楽を楽しんでいたのに
」
「 ・・・ ピュンマ 」
親しい顔が 背後で笑っていた。
「 僕の思索には アルベルト、君の音が必須なんだけどね 」
「 あ ・・・ ああ 悪い。 ちょいとな 俺も < 思索 > していたのさ 」
「 へえ? 芸術家の思索 かい? 」
ピュンマは ピアノの側の草原に腰を下ろす。
「 ピアノ弾きだって考えるぞ? なあ ここは ・・・? 」
「 え? ああ 思索にはいい場所かもしれないね。 」
傍らに置いた本のページを ピュンマはぱらぱらめくる。
「 ふん? なんだってこんな場所で弾いているのか とも思うが・・・ 」
「 僕も 大学のキャンパスを歩いて教授館に戻ろうとしていたら
なぜか君の音が聞こえてきてさ ・・・ その音を辿ってきたら ここに 」
「 いま ここにいるってことか 」
ぽろぽろ〜〜ん ・・・ アルベルトの指が動く。
「 音は考古学を助けるのか? 」
「 え? そうだなあ〜 僕は 考古学には美学がある と信じているな。
ある種 芸術にちかい 」
「 ふん そうかね 」
「 君は ・・・ そのコンチェルトの奥に なにを見るのかい 」
「 俺はピアニストだ。 哲学者じゃあない 」
「 いやいや あまねく芸術家は哲学者でありうる、と僕は思うよ。
哲学の裏付けがない芸術は ― 」
「 ふん ただの大道芸 か? 」
「 ま 大道芸も魅力はあるけどね。 君の歩む道はどこへつながっているんだ? 」
「 俺が弾きたいのは 俺が 目指すのは ・・・
・・・・??? 俺が 目指す世界は ・・・ ? 」
ひらり ひら ひら ・・・ 白い切片が鍵盤に落ちてきた。
「 ? これ は ・・・・? 」
彼は無意識に ソレを摘まもうとしたが。
ガチャ。 無骨な機械が鈍く動き 取り逃した。
「 ?! な なんだ ?? この指! 俺の指っ ・・・・!!! 」
「 どうしたんだい いきなり? 」
ピュンマが驚いて立ち上がった。
「 お 俺の指が !!! 」
「 君の指? ― マシンガンの指がどうかしたのかい? 」
「 ― ま マシンガン ??? 」
「 百発百中 どんな銃よりも正確なのが 004の腕 だろう? 」
「 ・・・ 俺の腕 ・・・ え?? 」
ひら ひら ひらり ・・・ 再び 白い花びらにも似たモノが漂ってきた。
ピアニストの指は器用にそのひとつを捕えた と思った。
「 ! そら 捕まえたぞ !! あ??? 」
ガシャ。 鋼鉄の手の中に白い切片がひしゃげていた。
「 な なんだ??? 俺の指が 俺の手が !! 」
いつも冷静なアルベルトが声を荒げている。
「 君の指は ・・・ どこに行ったんだ?? 」
「 ・・・ 俺の指 ・・・? 」
「 そう 我々を芸術の世界へと誘う君のピアノは その白く長くそして強靭な
指が奏でるんだろう? 」
「 お 俺の 本当の俺の指は どっちなんだ???
ピアノの弾く指 か ・・・ マシンガンの手か ・・・? 」
「 さあ ・・・ 僕にはわからない な。
ふ ん ・・・ ちょいとひと泳ぎしてくらあ 」
「 あ! おい ピュンマ 〜〜 」
黒い肌の青年は はらり、と上着を脱ぎ捨てるを ぽ〜〜〜ん ・・・・ と
緑の草地から 飛び込んだ − そう そこに広がる大きな湖に。
きらり。 彼の銀の鱗が 春の陽に煌めいた
「 ぴゅ ピュンマ ・・・ いや 008! き 君は??? 」
ミンナ 還ッテクルンダ !!!
聞き覚えのある < 声 > が 全員の心に響き渡った。
Last updated : 04,11,2017.
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******** 途中ですが
またまた短くて すみませぬ〜〜〜 <m(__)m>
寝落ちの日々で なかなか長いモノが書けませぬ★