『 花散る里 ― (3) ― 』
ミ・・・ナ ・・・ ッテ ・・・ ダ !
? な んだ・・・?
ジョーは 花の中から起き上がった。
「 ・・・ どう したの ジョー ・・・ 」
隣から 気怠い声が聞こえた。
「 誰かが 呼んでる ・・・ ぼくに語りかけている ・・・ ! 」
「 なにも聞こえないわ。 聞こえるのは ほら・・・ 優しいミツバチの羽音よ
耳に入ってくるのは 花を啄みにきた小鳥の声よ 」
「 ― ぼくには その声は聞こえない 」
「 そう? それなら一緒にここで聞きましょうよ? ね ジョー・・・ 」
するり。 白い腕が彼の髪を弄る。
「 ・・・・ 」
ミンナ 還ッテクルンダ !
「 あ また ・・・ 」
「 それは風のイタズラでしょう? ねえ ここでゆっくり休んで 」
「 いや 風じゃない。 ここには虫も鳥もいないじゃありませんか 」
「 そう? そんなこと べつにいいでしょう ここにいらっしゃいな 」
「 ・・・・・ 」
ジョー ・・・ !! 還って きて ・・・
また別の声が ジョーの心に聞こえてきた。
ふ・・・っと亜麻色の髪が縁取る白い横顔が 心に浮かんだ。
「 あ! こ このヒト・・・この声 ・・・は 。
― ぼくは 行かなくちゃ! 」
サク。 彼は草地から 半ば花に埋もれていた中から立ち上がった。
「 ジョー ・・・ どうしたの? ここにいましょう? 」
「 呼んでいる! あの声 ・・・ あのヒトがぼくを 呼んでいる !
ぼくは 行かなければならないんだ 」
「 ・・・・ ジョー ・・・ どうしても 行ってしまうの? 」
「 ぼくが いるべき場所は ― ここ じゃ ない ・・・! 」
「 あなたの母がいる場所が ジョー アナタの還る場所 でしょう?
さあ ・・・ いらっしゃい、ずっと一緒に 」
するするするり。 その女性 ( ひと ) は いつの間にか彼の隣に立っていた。
「 ねえ ここにずっと 」
ばさ。 彼は 彼女の 手を振り払った。
「 すいません。 ぼくの還る場所は ぼくの愛する人のもと なんです。
アナタは ・・・ ぼくの母かもしれないけど ・・・ 今のぼくの居場所じゃない」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 あなたは ぼくの母ではない。 ぼくの母は ぼくの心の奥に居るんだ きっと 」
「 ぼくの愛する人 ぼくの ・・・ フランっ!!! 」
ト −−−− ン ・・・ !
軽く床を蹴って 彼女は跳んだ。 稽古場の端から端までグラン・ジュッテ!
「 ん 〜〜〜〜 ・・・ 」
ひら ひらひら ・・・
なぜか稽古場の中に花びらにも見紛う切片が浮かんでいる。
ソレと戯れるがごとく、彼女は踊り続ける。
ピケ・アンディオール と シェネ・・・・ で また中央に戻ってくる。
最後に グラン・フェッテ。 32回は軽くクリアできた。
「 ふっ は〜〜〜〜〜 ・・・ ふうう 」
息を整えつつ 髪の乱れを直した。
「 ・・・ うん いい感じ。 いつもとあまり変わりないわね〜〜〜
ちょっとレッスンを休んでしまったけど ・・・ 平気だわ、わたし。 」
トン トン ・・・ ポアントはちょうどいい硬さだ。
「 次のステージも ― え ・・・?
あら?? わたし ・・・ 今 どこで踊っているのだったかしら・・・
バレエ学校は 卒業して オーデイション、受けて ・・・? えっと・・・
パリ? ううん どこか外国のバレエ団から ・・ ああ?? 」
鏡を振り向けば ― いつもの見慣れた自分自身の姿が ある。
「 これ・・・お気に入りのレオタードよね ・・・ 誕生日にお兄さんが
プレゼントしてくれた ・・・ あ ら? いつの誕生日だったかしら 」
じっと見つめる自分の脚。 すんなり伸びた真っ直ぐな人形みたいな脚。
「 ・・・ こんな脚だった? わたし、左脚の脛が少し曲がっているのに
こんな 真っ直ぐな脚 ・・・ だった? 」
なぜか不安が湧きあがり、 彼女は座り込むとポアントを脱いだ。
しゅるん、とした白い足、 細い指がまっすぐにならんでいる。
「 ?? こんな足 だった? ・・・ ちがう わ!
わたしの足 ・・・ マメやらタコができて指の関節は太くなってて・・
左足は外反母趾になってたはず ・・・ 爪も 変形して ・・・ 」
これ ― わたし じゃない ・・・?
「 きみのステージ 観ていたよ 」
「 !? 誰の 声 … ? 」
「 ずっと応援しているんだ。 きみが その・・・ 今のきみになっても
一生懸命頑張っている姿が 本当に素晴らしいと思うよ ! 」
「 ・・・ 今のわたしは ・・・こんなの、本当のわたしじゃないの。
小さい頃から憧れていたバレリーナになるために ずっとレッスンしてきたわ・・・
身体もちゃんとダンサーになれる風に変化してきていたのに・・
ねえ こんなの、 わたしじゃないの !
」
「 そうかもしれないけど。 でも ぼくは ― 今のきみの踊りが好きだよ
」
「 ・・・ え? 」
「 003 として一緒に闘って それでもちゃんと夢を追って努力しているきみの
踊りが ― きみが すき だ。 」
「 − ジョー ・・・ 」
「 だから ・・・ おいで。 還っておいで 」
「 え ・・・ でも ここになお兄ちゃんもいるし ・・・・ 」
「 きみのいる場所は ・・・ きみの隣には 」
「 ・・・ え ・・・ 」
「 フラン。 お前の望む道をゆけ。 俺はいつだって応援しているよ 」
「 ! お お兄ちゃん ・・・ ! 」
「 俺は お前が微笑んでいてくれれば それがシアワセなんだ。
お行き、フランソワーズ。 俺の妹 ・・・ お前は強い子だ ・・・
どんなことがあっても 望む道を歩けるはずだよ 」
兄は しずかに額にキスをしてくれた。
「 お兄ちゃん ・・・ ! ありがとう ! 」
ミンナ 還ッテクルンダ !
不意に 聞き覚えのある懐かしい声が 心の中から響いてきた。
「 そ う・・・ ちがう。 わたしの隣には − いつもあの優しい瞳が
温かい心が見守っていてくれているわ。 お兄さんに似てるけど ・・・
でも ちょっとちがうの。 そう、ここは ちがうのよ! 」
フランソワーズは す・・・・っと立ち上がった。
「 わたしは 踊るの。 この身体でも踊るの。 踊り続ける。
― だから みんなのところに還るわ! 」
ぱあ〜〜〜ん ・・・ なにかが軽く炸裂する音が聞こえた。
「 戻ろう。 ここは よく ない。 」
「 せやな。 ワテらが口にしてええもんと ちゃう。 」
料理人 は 手にしていた若草に似たモノを放下した。
褐色の巨人は 浮遊していた白いモノを振り払う。
「 むう。 みんなのところに戻ろう。 」
「 はいナ。 ワテらはいつだって一緒でっせ〜〜〜 」
ぽ〜〜〜ん ・・・ ! 不意に音楽が止まった。
「 ― ちがう。 俺の求めている音は こんなんじゃない・・・ !
俺の創り出したい世界は こんな音じゃあないんだ ! 」
銀髪のピアニストは鍵盤の前の我が手を、指を 苛立たし気に睨みつける。
目の前に存在するのは 黒光りするマシンガンの指
そして チカリ、と恐ろしい光をもらす電磁ナイフの手 ・・・・
「 こんな指で こんな手で ピアノを弾けと いうのか ! 」
彼は両手を振り上げ 鍵盤にたたきつけ − ようとした。 その時。
私は ねえ アルベルト。 あなたのこの・・・鋼鉄の指が 好きよ
優しい声が ピアニストの耳に いや 心の中に響いた。
「 ― ヒルダ ・・・ ! ど どこにいる?? 」
「 私は ここいるわ。 いつだって あなたと一緒よ 」
「 どこにいるんだ?? 」
「 あなたの側に。 ピアノを弾くあなたの側に 」
「 こ・・こんな指で弾く音を 聞いてくれるのか ・・・・! 」
「 私のため、でしょう? ・・・ アナタのこの指。 この身体は 」
「 そ そんな 」
「 いいえ。 西に行きたいといった私のために ― あなたはこの身体になった。
そうでしょう? 」
「 ! ヒルダ! ヒルダ! 姿を見せてくれっ 」
「 あら うふふふ・・・ いつだって私のこと、見えるでしょう?
私は 永遠にアルベルト、あなたと共に生きているのよ。
あなたの その鋼鉄の身体と一緒に − 生きてゆくわ
私は 今のあなたが 好きよ 愛しているわ 永遠に。 」
「 ・・・ そ そう か ・・・ そうか ・・・
ヒルダ ・・・ ああ ヒルダ ・・・ ありがとう ・・・
ああ 聞いてくれ、今 この手で奏でる音を 」
アルベルト、 いや 004は鋼鉄の手に普通の手袋をはめると ゆっくりと
鍵盤の上に置いた。
聞いてくれ ! 俺の今のこの音を。
流れる音は 『 革命のエチュード 』
そうだ、俺は。 この鋼鉄の手が 俺自身なんだ。
そして ― 還る。 みんなのところに・・・!
これが 俺の 革命 だ!
鋼鉄の手が情熱に燃える音を奏ではじめた。
「 ちがう ! 」
「 ・・・ ちがう わ。 これ ちがう! 」
「 違う。 ここは 違う 」
仲間たちの声が あちらから こちらから 響いてくる。
「 吾輩の舞台は − ここではない ! 」
「 ・・・ ジョー ・・・・!! ジョーは どこ?? 」
これは なんだ ?? ここに居ては よく ない ・・・
ミンナ 還ッテクルンダ !
ぱあ〜〜〜〜〜〜ん ・・・・・ !!!!
なにかが 弾けた。 それぞれの意識の中で それぞれが漂う意識の中で。
はっ !!! サイボーグ達は 顔をあげた。
「 お ・・・ オレは ・・・? ここは 操縦席?? 」
「 ・・・ わ わたし ・・・ ! ジョー?? ジョーの機はどこ?? 」
「 う わ??? 僕はなにを・・・ いっけね〜〜 !
ジェットぉ〜〜〜 前! 前をみろよぉ〜〜 」
「 ・・・ ぴゅ ぴゅんま??? ! わあ〜〜〜 」
「 むう〜〜 いかん、皆 起きろ 」
「 !! あかん あかん〜〜 あっついこぉひぃ 淹れまっさ! 」
「 う ・・・ ドルフィンの機体に何かが掠ったと思ったが ・・・
あの瞬間から − 俺は意識が飛んでいた の か??? 」
「 そうだよ! あの時 突然ひらひらしたモノがコクピットに飛んだよね?
」
「 そや! 白いモンが飛びよった! 」
「 ・・・ アレ が・・・原因 か?? 」
全員が己の白昼夢から 帰還していた。
彼らがそれぞれの夢に浸っていたのは思えばほんの僅かの ―
一瞬の空白時間に過ぎなかった。
「 002 よ! 機首を上げろ〜 皆 目を覚ましてくれ 」
博士の声がドルフィン号のコクピットに響く。
「 うお??? !!! や やべ〜〜〜〜 」
002は ようやくはっきりと意識を取り戻し瞬時に操縦桿を起こした。
ぐぃ〜〜〜〜〜〜ん ・・・ ドルフィン号は急上昇を始めた。
「 は あ ・・・ よかった ・・・ ああ ほっとしたぞ 」
「 わりぃ・・・ なんか ぼ〜〜っとしちまった。 もうOKだぜ 」
「 ふん。 なんだ、機体の位置は前回チェック時とほとんど変わりないぞ 」
「 ともかく 〜〜〜 ドルフィンは平常。 謎の物体との接触による損傷は
微量。 通常飛行に影響なし だね。 」
ピュンマの報告に ほっとした空気が流れる。
その途端 −
「 !!! ジョーは??? ジョーの小型機は どこ??? 」
003の悲鳴が上がった。
「 そ そうだぜっ ジョーのヤツ、小型機で! 」
「 003 探すんだ! 」
「 眼も耳も! ずっとレンジ最高にしているわっ 〜〜〜〜 !
ああ ・・・ 見つけたっ!! ジョーの機が地上に!! 」
「 オーライ、 座標を流せ。 」
「 送ったわ 」
「 〜〜 おし。 皆〜〜 急降下するぞ、つかまれ! 」
ぎゅう〜〜〜ん ・・・ !!!
ドルフィン号は地上に向かって突進して行った。
機が停止するかしないかのうちにハッチが開き サイボーグたちがばらばらと
地上に降りたった。
「 ジョーの機はどこだ?? 」
「 あっちよっ! あ 気をつけて! 側に何か・・・墜落している 」
「 ! 俺達が追っていたヤツはどうした? 」
「 あ アイツは先に吹っ飛んだよ。 ドルフィンに接触したモノに衝突したらしい。」
「 俺達にはラッキーだな 」
「 あ! あの小型機は! 」
ジョー 〜〜〜〜 !!! 全員が小型機に駆け寄った。
009が乗り込んでいた機は 大破こそ免れたがかなりのダメージを受けている。
「 ! 気をつけて! すぐ隣に大きな穴があるわっ 」
「 009!! 大丈夫か?? 」
「 命に別状はないわ でも早く助けだして! 」
「 おう! アルベルト、電磁ナイフでドアを外してくれぇ 」
「 ふん。 みんな 下がってろ! 」
ほどなくして ジョーは救出されドルフィン号に運ばれメンテナンス・ルームに入った。
「 ・・・・ う ん ・・・ 」
「 おお 009 気がついたか! 」
「 ・・・ここ は ・・・? 」
「 安心しろ、ドルフィン号の中じゃ 」
ああ 仲間の声が ぼくを 呼び戻してくれ た ・・・
ジョーは低くつぶやくと ゆっくりと起き上がった。
「 − ジョー 〜〜〜〜 ! 」
フランソワーズが飛び込んできて 彼に抱き付いた。
「 フラン ・・・ ! ああ フラン ・・・ きみの側に 還ってこれた・・・」
ジョーは しっかりと彼女を抱きとめた。
ジョーの小型機の側に墜落していたのは 半分溶解しかけた隕石状のものだった。
ギルモア博士はマジック・ハンドを遠隔操作し慎重に調査した。
隕石状のモノの中には 花びら状のものが ぎっしり詰まっていた。
いや
形状は 地球の桜などの花びらに似てはいるが …
博士は眉を顰め語気を強めた。
「 これは 焼却処分じゃ。 この地上にあってはならないものだ。 」
「 どういうコトですか? ぼくは ・・・ 奇妙な世界、いや 夢? を
見ていた・・・気がするのですが 」
「 俺もだ。 」
「 僕もだよ! 」
サイボーグたちは口々に奇妙な体験をしたことを述べた。
「 ふむ ・・・ コレにはどうも催眠効果 というか ヒトの心の奥底に沈めた思いに
働きかけるチカラがあるらしい 」
「 ・・・・ 」
「 ある意味、洗脳じゃな。 遠くからコントロールする意志があったのかもしれぬ。」
「 うへぇ・・・ 侵略かよ? 」
「 わからん。 しかし ― これはよくない。 」
「 よっしゃあ〜〜〜 ワテに任せてやあ〜〜 」
料理人は腕捲りをし 歩み出てきた。
ゴウ 〜〜〜〜〜 ・・・・・ !!!!
大人の炎を浴び ・・・ ソレは紅蓮の炎の中、華麗に舞っていたが −
ふ・・・っと 姿が消えた。 燃え滓は なかった。
サイボーグたちは黙って見守った ― それぞれの < 白昼夢 > を反芻しつつ。
夢?? そう かもしれないな。 アレは ・・・ 夢?
いや ― 願望 かもしれない
ジョーは 隣に佇む女性 ( ひと ) の白い手をしっかりと握った。
でも。 ぼくには 仲間が、 このヒトが いる。
ひら ひら ひら ・・・ 散り遅れた桜が サイボーグたちの上を舞っていった。
「 あら ・・・ ホンモノの花びらだわ ・・・ きれい ・・・ 」
「 うん。 さあ 帰ろう! ぼく達の家へ! 」
彼らは束の間の 花散る里 を後にした。
人生のすべては みな夢の材料にすぎぬ
***************************** Fin. **************************
Last updated : 04,18,2017.
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********* ひと言 ********
原作・あのお話 を ちょいと変革してみました。
短くてすみませぬ〜〜〜 <m(__)m>