『 花散る里 ― (1) ― 』
そこは 常春の国 のように思えた。
「 ・・・ ここは ・・・ ど こだ・・? 」
ぼんやりとした視界には 薄い水色の空がひろがっていた。
「 ・・・ ぼくは どうしたんだ? なんだって こんなトコにいるんだ 」
009 は ゆっくりと瞬きをし ― 自分自身が大地に横たわっていることに
やっと気が付いた。
「 ! 損傷しているのか?? 」
緊急で意識を自分自身の内部回路に向け 自己スキャンを始めた。
「 ・・・ 微細損傷数か所。 しかし重度ではない ・・・ か。
ふうん ・・・ きっと爆風かなんかで吹き飛ばされただけなんだろう。 」
さらに周囲を入念に索敵する。
003の眼力には及ばないが 009にも常人を遥かに超えて視力・聴力が
備わっている。
「 5キロ四方に 敵影 認めず。 エンジン音 感応せず。
よし ・・・! 」
10秒ほど 身じろぎもせず仰臥した後 ― ズサッ !
彼は瞬時に起き上がり 瞬時に一番手近な樹木の影に移動した。
「 ふん ・・・ これは 普通の木だ。 人工物じゃあないな。
それに この ・・・ 大地 」
ぼすん。 足元を踏みしめる。
「 当たり前の土 だ。 ・・・ 関東ローム層 と思われる。
それじゃ・・・ ここは関東地方のどこか・・・ということなのか。
しかし それにしては 建造物がまるで見当たらないぞ ・・・ 」
まったく何事もなく 穏やかな周囲なのだが 009は警戒を緩めてはいない。
「 ・・・ ぼくは ・・・ なにをしていたんだ ・・・? 」
補助脳内を検索し 自己の記憶をリピートしてみる。
「 ・・・ そう だ。 テロ行為と疑われる事件を追ってたんだ・・・
無差別爆破犯を追い詰めた。 複数犯と思われていたけど ― 実は
主犯の一人舞台 ・・・ そうだ! ぼくは超小型機で犯人を追っていたんだ! 」
脳内についさっきまで見ていた光景が広がった。
一人乗りプレーンで 戦闘中、 燃料タンクに被弾した。
まずいな ・・・ 床に燃料が流れてきた・・・ と顔を顰めた瞬間
バホ ・・・・ ッ !!!
燃料庫に火が回りプレーンは爆発、 009は爆風で吹き飛ばされ
同時に意識も吹き飛んだ。
「 ― 爆発が あった ・・・ ぼくの乗っていた機か?
・・・ いや。 直前にもうひとつ なにかの爆発を感じたが
ぼく自身は なんとか命は助かった ってとこだな。 そうか そうだったんだ。
しかし ここは どこなんだ? 注意せよ ! 」
009は油断なく周囲を見回しつつ 自分自身に頷いた。
ふん ・・・ ということは。 どこか想定外の場処まで
吹っ飛んできたってことなんだ
・・・ 当面 危険はない ・・・ と思われるな
彼は次の障害物を見定め 奥歯のスイッチを押した。
シュ。 独特の音を残し009の姿は消え 100m先の樫の大木の影に
移動した。
「 ! 加速装置も異常ナシ か。 よし ・・・ 」
ザ。 009は木陰から踏み出し ゆっくりと歩きだした。
ここは ― どこなんだ ・・・・?
薄い水色の空のもと 微風にその茶髪をそよがせつつ彼は歩んでゆく。
ひら ひら ひら ・・・・ 白く小さなモノが飛んでいる。
「 ・・・? あ ああ 花びら か ・・・ 桜 ? 」
ひら ひらひら ・・・ 花が散る 広がる野に 並び木々の間に花が散る。
そこは 花が散る里だった。
小さな なにか が 宙を突っ切り尋常ではない速度で落下してきた。
予想外の存在に ドルフィン号でさえ呷りを喰らい、機体がわずかだが不規則に揺れた。
― その瞬間 皆の意識もほんの一瞬 ・・・ 飛んだ。
しかし その空白に気付いた者はいなかった。
「 !
消えた! 009の機影が 消えたわっ 」
003の悲鳴に近い声がドルフィン号のコクピットに響いた。
「 マジかよ?
よくみろよ フラン! 」
「 見てるわ! ずっとわたしが追っていたのよ! 」
「 ケンカするなって。 003 どうなんだい 」
殺気だった空気の中 冷静な008の声が流れる。
「 ピュンマ ・・・ ええ
見えないのよ! 突然 消えてしまったの! 」
「 消えたって?? 君の < 眼 > からもか? 」
「 そうよっ 50キロ四方 ・・・ 確認できないのっ
どうして??? 」
「 ちょっと待っておくれ。 」
博士がレーダーのコントロール・パネルに身を乗り出してきた。
「 博士?? 」
「 ・・・ ふむ やはりな。 諸君 ごらん。あの輩は消滅したぞ 」
「 え?? 」
「 なんだって? お?? 」
「 待ってください。 」
008が操作し レーダーパネルを拡大した。
「 ん〜〜 博士よ〜〜 消滅って 」
「 ありがとうよ、008。 ほれ どこにも反応がないだろう? 」
「 ええ ・・・ そうですね。 これは?? 」
「 ふん。 俺達よりも上方から落下物があった。 」
コンソール盤の前から004が声をあげた。
「 そうじゃ。 第三の存在か? と思っていたが それも消えた。 」
「 003 どうだ? 」
「 勿論索敵しているわ。 でも アレは・・・敵じゃない。
空から いえ もっと上から落下してきたの。 隕石かしら 」
「 隕石ぃ??? そんなことってあるのか?? 」
「 ふむ。 奇跡的幸運 とでも言うべきかな。
我々が追っていたあの輩は落下物の引いてきた尾に触れて爆発したらしい。 」
「 へっ 親玉がポシャってあとは芋づる式ってことかよ 」
「 ふん。 有象無象どもはコントロールを失って連鎖的に消滅 ということだ。
しかし ― 」
004はぷつり、と言葉を切ってしまった。
そうなのだ、テロ犯は 空からの落下物に巻き込まれ木っ端みじん。
しかし 一番近くにいた009のプレーンも煽りを食ってしまった。
「 けどよっ ジョーはどこに飛ばされたんだよっ ? 」
「 それが ― 見えないのっ どこにも機影さえ 見えないのよっ 」
ドルフィン号のコクピットに 003の悲痛な声だけが聞こえるのだった。
サク サク サク ― 足元で草が柔らかい音をたてる。
「 ― 建造物 が 見えない。 人影はおろか動物の姿も ない 」
009は始めこそ 注意しつつ木陰を伝って歩いていたのが すぐにやめてしまった。
彼が内蔵するレーダーには なにもアヤシイ影が映らないからだ。
「 ふ〜ん? ほんの時たま 鳥が中空を横切るだけ か ・・・ 」
薄い雲がかかったみたいな空を見あげつつ 彼はゆっくり歩いていった。
「 ・・・ ! ヒトがいる・・? 」
前方に広がる野に ぽつん ・・・座っている人影がある。
「 ― ごく普通の人間 かな、 少なくとも外見だけ は ・・・ 」
彼はことさら歩く速度を緩め ぶらぶら歩きにも見える風に装いはじめた。
「 あ〜 あの? すいません ・・? 」
至近距離に来てから 彼はごく普通の口調で尋ねた。
目の前にいる < 人物 > は 緑濃い野の草原に座っている。
「 ・・・・・ 」
その人は ふ・・・っと顔を上げた。
! ・・・ こ このヒトは ・・・?
長い黒髪が肩から流れ 切れ長に近い瞳も黒々と湿り気を帯びていた。
「 ああ 待っていたの やっと来たのね ジョー 」
「 ! ・・・ 」
瞬間、 彼は跳び下がりスーパーガンを構えた。
「 お前は − 誰なんだ?? 」
「 まあ ジョー どうしたの? ずっと待っていたのよ 」
「 どうしてぼくの名を 知っている? 」
「 まあ 怖い顔をして ・・・ ほらこっちにいらっしゃい 」
ゆらり ・・・ その人物は立ち上がると彼に歩みよってくる。
「 ち 近づくな! 」
「 なにを言っているの? 私のジョー・・・ 」
「 ! 」
じっと彼を見つめると ふわり ・・・ その人物、いや 女性は
躊躇うことなく 彼をその腕に抱いた。
「 ジョー ・・・ 私 よ 」
「 よ よせ! 離れろ! 」
「 私 よ 」
「 誰なんだ! 」
なぜか彼女を突き放すことができない。
ジョー ・・・ 私はアナタの 母 です ・・・
「 な なにを ・・・ ぼくには母はいません。 」
「 まあ なにを言うの? ジョー 私を見て頂戴。 ほら
あなたの母よ。 ずっと ・・・ まっていたの。 」
「 ! いい加減なことを言わないでください。 ぼくの母は ・・・
もうとっくの昔に亡くなっていますから。 」
「 そう? それはアナタの居る世界からいなくなっただけです。
わたしはずっとここで待っていました。 ジョー 」
きゅ ・・・・ 白い腕が赤い防護服姿の009を抱きしめる。
「 ・・・ ぼ ぼくは 母の記憶がないんです。
だから アナタが母だ、と言っても頷くことも否定することもできない ・・・ 」
「 それなら 信じてちょうだい。 ここで一緒に過ごしましょう 」
「 え ? 」
「 ジョー アナタは疲れているわ ゆっくり休んで ・・・
ほら ここでお眠りなさいな 」
「 ・・・ え ・・・ 」
花の中で そこには濃密な空気のクッション状のモノがあった。
「 ほら ・・・ ここで ・・・ アナタ ずっと待っていたのでしょう?
ゆっくりと憩える時を のんびりした温かい時間 ( とき ) を 」
「 ・・・ それは 人間ならだれでも望むことですよ 」
「 そう? アナタは もうニンゲンではなのに? 」
「 !! ぼ ぼく達は! 身体の中に機械が入っているけれど
に 人間です。 機械に支配はされて いない! 」
「 そう ・・・ それなら もっと人間らしくなさいな・・・
若い青年らしく アナタはずっと望んでいたはず ・・・
母に − そして 恋人に こうして抱かれることを 」
「 !! 」
目の前の女性は いつしか亜麻色の髪に碧い瞳の女性になっていた。
「 ジョー ・・・ わたしを抱きたいのでしょう?
ずっと 恋人として求めていたのでしょう? さあ ・・・ いらっしゃい 」
「 ・・・・・ 」
009 いや 島村ジョーはただただ その< オンナ > の前に
立ち尽くすのだった。
ひら ひら ひら ・・・
赤い特殊な服の肩に ひとひら花が 散る。 花散る里に 花が降る ・・・
「 う〜〜〜ん いい気持ちねえ〜〜〜 」
彼女は真っ青な空を見上げ いっぱいに息を吸いこんだ。
「 いい空気 ・・・ これならパリっと気持ちよく乾くわね 」
よいしょ・・・と洗濯モノの籠を持ち上げた。
「 さあ〜〜〜 乾すわよぉ〜〜〜 あ タオルケットや
ブランケットも干したいわね ねえ〜〜〜 ジャン兄さ〜〜〜ん 」
裏庭の洗濯モノ干し場で 彼女は母屋に向かい声を張り上げた。
「 兄さ〜〜〜〜ん!! タオル・ケット もってきてぇ〜〜〜 」
ガタン。 二階の窓が開き赤毛ののっぽが顔をだした。
「 な〜〜 オレのもいいかあ 」
「 あら ジェット。 勿論よ。 ねえ 皆に声をかけてくれる? 」
「 皆って 俺とお前のアニキと博士だけじゃね〜か 」
「 あ・・・ そう ・・・だったっけ ・・・・
ともかく皆の、乾すわ! 集めてきてよ 」
「 へいへい ・・・ったく人使いの荒いヤツだぜ 」
「 なんですって?? 」
「 いや〜〜 なんでも〜〜 」
窓が閉まると ほぼ同時に勝手口のドアが開いた。
「 ・・・ ファン。 庭から大声を上げるの、やめろよ
ほら もってきた。 頼む 」
「 ジャン兄さん ありがと。 いいじゃない、 ご近所なんて3キロ先だもの。
あら 博士のももってきてくれたの。 」
「 あ〜 強引に な 」
「 うふふ〜〜 じゃ あとジェットのを乾せば・・・ 」
ドサ ・・・ ! ブランケットと一緒に赤毛が降ってきた。
「 おら〜〜 もってきたぜ 」
「 ジェット! 窓から飛ばないでよ 」
「 いいじゃね〜か ご近所なんて3キロ先 なんだろ? 」
「 ・・・ 聞いてたの 」
「 聞こえちまっただけさ ほれ たのま 」
「 いいわ。 え〜〜と ・・・・ 」
彼女は慣れた手つきで 広い物干し場にブランケットやらタオルケットを広げていった。
ほどなくして ほんわりした陽射しの下、はたはたと毛布類がはためくのだった。
「 ふう ・・・ ああ でもいい感じ〜〜 今晩はお日様のにおいの中で
眠れるわあ〜〜 」
干物ロープの端が − 空いている。
あ ・・・ら? なにか忘れている・・? わたし・・・
「 ここ・・・ わたしの隣に なにを乾すつもりだったのかしら わたし ・・・ 」
ひゅるん ・・・ 心地よい風が彼女の脇を吹き抜けた。
ひら ひら ひら ・・・ 花が散る。
「 あら 花びら? サクラかしら あれ? サクラ 好きなの 誰だった? 」
あ。 ここに 誰か いる はず? でも 誰 ・・・?
「 どうした ファン? 」
「 お兄ちゃん ・・・ ねえ ウチにもう一人、だれか いた・・・?
」
「 なに言ってるんだ? この家には俺たちとギルモア博士、あとたまに
あの・・・空飛ぶ赤毛サンが泊まりにくるだけだろうが。
」
「 え ・・・ ええ そう よねえ ・・・・ 」
「 おい しっかりしろよ? お前、買い物にゆくのじゃなかったのか?
駅までクルマ だすぞ? 」
「 あ〜〜〜 待って お兄ちゃん すぐに支度するわ〜〜 」
フランソワーズはぱたぱた・・・勝手口に向かって駆けていった。
そう よね! ここはとても気持ちのいいお家・・・
お兄ちゃんも一緒だし ・・・ 安心よ
ちくん。 なにかが彼女の心の中にひっかかっていた。
わ〜〜〜〜 ぱちぱちぱち〜〜〜〜 ブラヴォ〜〜〜〜
緞帳が降りた途端に 客席は拍手の嵐、となった。
「 すごいっすね! ミスタ・ブリテン〜〜〜 」
「 やったな グレート! 」
「 コングラッチュレイション〜〜〜 !! 」
袖からは 舞台監督だの演出家だのが 駆け寄ってきた。
「 すげ・・・ スタンディング・オベーションの波だぜ〜〜 」
「 もいっかい 幕 あげるか? 」
「 おい グレート?? 」
は ・・ あは ・・ ははは ふふふ
舞台中央で 中年の俳優は大きく息をついている。
「 おい? 」
「 あ ああ 大丈夫 さ。 ちょいと緊張が解けて ・・・な 」
「 そ〜っすよね〜〜〜 しっかし一人芝居での超〜早変わり すげ〜〜 」
「 それも ほとんど演技での早変わりだからな〜 」
「 ホント! ミスタ・ブリテンにしかできないわ ! 」
「 お〜〜い アンコールに応えてくれ〜〜 緞帳 上げるぞぉ〜〜 」
舞台監督が袖から怒鳴っている。
「 ブリテン? 大丈夫か? 」
「 ああ もちろん。 さあ 幕を上げてくれたまえ。
この舞台にかかわってくれた諸君、 全員で拍手を浴びようではないか 」
わあ〜〜〜〜 関係者が次々を駆け寄り − アンコールの幕があがった。
カクテル照明とピンスポット、そして 拍手と歓声、熱気のシャワーを浴びつつ
グレートは至福の瞬間を味わっていた。
まさに花風吹が舞い落ちる中 名優は実に慇懃にそして優雅にレヴェランスを返す。
は ははは ・・・・ やったぞ! やったぞ〜〜〜
メイクや着替えほとんどナシの七変化〜〜〜
吾輩の演技力をもってしても ―
あ??? 吾輩は 変身 できるはずでは??
ちくん。 なにかが彼の心の中で ひっかかった。
Last updated : 04,04,2017.
index / next
********** 途中ですが
短くてすみませぬ〜〜〜〜 <m(__)m>
もうお判りですね、原作あのお話が下敷きですにゃ。
続きます〜〜〜