『  金の瞳の   ― (2) ―  』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ―  ・・・ いい気持ち ・・・ ふかふかの ・・・ これは羽根布団かしら・・・

 

フランソワーズは夢うつつで 枕に顔を押し付けていた。

ふんわり ・・・ とても懐かしい薫りがひそやかに鼻腔から忍び込む。

 

     ・・・  んんん ・・・ これは ・・・ 

     あ。  ママンのチェストの引き出しの匂い ・・・・

     いつもこの薫りがしていたわ・・・

    

     ・・・ そうよ、ラベンダー ・・・! 

     秋口になると ・・・ ハーヴ売りが来たっけ

     南から ・・・ ロバにいっぱいハーヴを乗せてきていたわ・・・

 

 

母は毎年 その年のハーヴを袋いっぱいに買った。

「 ママン! いい匂い・・・! 今年のラベンダーね。 」

「 そうよ、ファンション。  ほら・・・ これはあなたの分。 下着の引き出しに入れてお置きなさい。 」

手渡してくれたレースで縫った小袋には 紫色の乾燥した花がぎっしりと詰まっていた。

「 わあ ・・・ 可愛い・・・! メルシ、 ママン。 」

カサカサ ・・・ カサリ・・・

小さな音が フランソワーズの手の中から聞こえる。

「 ふう・・・ん ・・・ ねえ ママン? これは ・・・ お日様の匂いもするわね。 

「 あらあら ・・・ファンションは詩人ね。 

 そうね・・・ これは南フランスの太陽と大地の香りかしら。 

 ファンション、パリジェンヌはいつだって下着にお日様の香りを纏っていなければね。 」

「 ママンも ・・・ いつもいい匂い・・・ 」

「 まあ ・・・甘えん坊さん♪ 」

抱きついた母の胸元からは いつだって仄かに甘い香りがしていたっけ・・・

フランソワーズは ぼんやりと母の顔を、声を そして 香りを思い起こしていた。

 

     ああ ・・・ そう ・・・ よ

     あの頃の ・・・ 穏やかな日々に 戻ったみたい・・・

 

幸せな気分で ゆっくりと寝返りをうつ。

手に触れるのは これも懐かしい手触りのリネン ・・・ そう、肌に優しいあの感触・・・

しっとりと包み込み、それでいて纏わりつくことも無くさらり、としていて。

トレード・マークになっている薄紫の小さな花模様も大好きだった。

シャボンの香りが微かにただよう柔らかいリネン ・・・

随分と永い間、この感触から遠のいていたものだ ・・・ 永かった・・・

今 ・・・ あのリネンに包まっているのだ・・・ 

 

 

       ―   え ・・・ ?!?

 

突然 アタマの中がクリアになった。

「 !? こ  ここは ・・・どこ?? 」

がば・・・っと起き上がり周囲を見回す。  ・・・ 普通の、いや、かなり豪華な寝室だった。

「 ・・・ このリネンと 枕 ・・・ 夢じゃなかったんだわ。

 枕の中身は ・・・ 本物のラベンダーだし、リネン類は全部 ボルドー社製ね。 

 でも ・・・ ここは・・・? 」

すぐに <眼> を使ったけれど部屋の中しか 見る ことはできなかった。

「 ・・・ 監禁 ・・・されている??  でも この部屋の中に ・・・ 怪しいモノはないわ。

 ・・・あ! わ わたし・・・? 

フランソワーズは慌てて我が身を確かめたが、ごくシンプルなネグリジェを身につけていた。

「 ・・・ こ これは・・・シルクね?  わたしの服は ・・・ あ あら、こんなところに ・・・ 」

油断なく辺りを窺ったが スキー・ウェアとセーターは ベッドサイドにきちんと畳まれていた。

「 思い出さなくちゃ・・・! ・・・そうよ・・・ゲレンデにいたわ。 誰かを・・・待っていた ・・・ ?

 雪が 降ってたわね ・・・ 初めはチラチラ綺麗だなあ・・・って思っていたけど。

 そのうち 急に激しくなって。 吹雪みたいになってきて・・・寒かった・・・ 

 ・・・ そうよ! <眼> のレンジを最大に切り替えよう、とおもった瞬間に 

 突風に巻き込まれた・・・・  それっきり意識を失っていたんだわ ・・・ 」

 

「  やあ ・・・ Bonjour ? 

 

「 ?! 」

突如 背後から声がかかり ― 彼女は咄嗟にリネンで身を隠し振り返った。

 

   ベッドから少し離れたところに  少年が一人たっていた。

 

「 ・・・ 誰?! 」

音 はしなかった。  ドアが開く音も ベッドへ近づいてくる足音も聞こえなかった。

その少年は 忽然と目の前に現れたのだ。

「 あなたは ・・・ 誰?  ここはどこですか。 

「 Bonjour Mademoiselle?  あ 顔色よくなったね。  このベッド気に入ってくれた? 」

「 ・・・ え ええ・・・ あの・・? 」

「 お姉さんはねえ、雪だまりの中で倒れていたんだ。 

 どうしてあんなブッシュの陰にいたの? スキー客は もっと広いほうにゆくのに。 」

「 あ ・・・ あの わたし。  あそこで 待っているように、って言われて・・・ 」

「 待つ?  あんなところで・・・ 誰を? 

「 ・・・ え ・・・ その ・・・誰だったかしら。  あの・・・とても大切なヒト ・・・

 そう ・・・とっても温かい手をしたヒトだった・・・ はず・・・・ 」

フランソワーズはきゅ・・・っと目を瞑り 懸命に記憶を探った。

雪景色が浮かぶ。  吹雪の音も耳の奥から甦ってきた。 

雪粒が頬に当たって ・・・ 痛い。

  しかし < そのヒト > の顔が どうしても思い出せない・・・!

そのヒトは こちらに向かって笑っているのに。 どうしてもその笑顔が 見えないのだ。

「 ・・・ わからない・・・・ でも わたし、 あそこにいなくちゃ !

 待ってるって約束したの。  起きなくちゃ・・・ あ ・・・  」

ベッドから抜け出そうとしたが 脚に力が入らない。 そのまま枕の上に倒れこんでしまった。

「 ・・・ う ・・・ あ 脚が ・・・ 」

「 あ! ダメだよ、まだ起きちゃ。  凍えて熱が高かったんだ・・・ ほら、寝てなくちゃ。 」

少年はベッドの側に飛んできて 彼女の肩に毛布をかけた。

わずかに触れた指先が 温かい ・・・

「 あの。 教えてください、あなたはどなた?  」

「 あ ごめん・・・ 僕は ノエル。  ここは僕の別荘さ。 」

「 のえる・・・  別荘・・・って。 あの・・・ 温泉の村の中??? 

「 いや。 温泉の村は山の麓の方なんだ。 ここは スキー場のもっと上、

 尾根の中腹だよ。  ここはね、僕のウチの古くからの別荘なんだ。 

 ・・・ お姉さんは? ・・・ フランスのひと、だよね? 」

「 え ・・・ ええ  わたしは ・・・ フランソワーズ・アルヌール ・・・

 パリ生まれよ。  ・・・ あ の ・・・ なぜ あのゲレンデ居たのかしら・・・ わたし・・・ 」

「 あ もう一度ゆっくり休んだほうがいいよ。   少し眠ったら。 

 まだ 熱が残っているみたいだし。  眠れば ・・・ もっと楽になるよ。

 あのね ・・・ そっちのドアはバス・ルームになっているから。 自由に使って。

 ・・・ フランソワーズ  か。 綺麗な名前だね・・・ 」

「 ・・・ ノエル ・・・ ありがとう・・・ 

「 フランソワーズ、今晩はゆっくり休めばいいんだ。 明日の朝、食事、届けるから。 」

「 ・・・  え ええ ・・・ 」

少年は じっとフランソワーズを見つめた。

 

     あ ・・・ このコの瞳 ・・・ 

     ・・・ ああ 綺麗な目 ね。 きらきら輝いていて・・・

     あ ら ・・・?

     この目 ・・・ どこかで出会ったわ・・・?  

     とっても近くで見た ・・・ 気がする・・・

   

     え ・・・ どこ だったかしら ・・・・

     優しい ・・・ 金色の ひとみ 

 

すう・・・っと意識が遠くなり、彼女はそのまま寝入ってしまった。

少年はしばらくベッドサイドに佇んでいたが やがて密やかに部屋から出ていった。

  ― 足音はまったく聞こえなかった。

 

 

 

 

「 島村さま。  今日も尾根の方までいらっしゃるのですか。 

ジョーが宿の玄関に下りてきたとき、主が愛想よく声をかけてきた。

「 ご主人 ・・・はい、尾根滑りもなかなか楽しいので。 

 今日は無理でも明日にはもう少し上までいって見ます。 」

「 そうですか。  どうぞお気をつけて・・・

 いやあ こんなにスキー好きでいらっしゃるとは思いませんでした。

 奥様も ずっといらっしゃれたらよかったですのに。 」

「 あ ・・・ そうですねえ。  じゃ・・・ 」

「 いってらっしゃいませ。 」

主の声を背にすると ジョーの表情がす・・・っと変わった。

スキー好きな・気のいい若者の笑顔は消え、厳しい表情が現れる。

 

     ― フラン・・・!  どこだ、どこに ・・・いる?? 

 

ジョーは口元を真一文字に引き絞ると ロッジに向かった。

 

 

あの日 ―  吹雪の中を陽が落ちるまで探し回った。

ジョーも普通人を越えた視力・聴力を備えているが、全てぎりぎりまでレベルをあげ駆使した。

脳波通信もずっと使いっぱなしだった。

   しかし。 日没時刻を過ぎてもフランソワーズの姿はどこにも見当たらない。

通信にも反応はなかった。 

陽を落ちると どっと冷気が押し寄せてくる。

ゲレンデにはナイター設備などなかったので、 スキーヤーたちはどんどん引き上げてゆく。

無論、ジョーは夜間でも活動は可能だ。  この程度の寒さも問題ではない。

 

      ・・・ 問題は宿だな。 

      ぼく達が戻らなければ大騒ぎなる・・・

      仕方ない・・・!

      夜に出直すにしても 一旦 引き上げるか

 

ジョーは もう一回リフトの出口と例のブッシュのあたりを大きく旋回して滑った。

どんな些細な手掛りでも見落とすまいとしたが 降り続く雪には敵わなかった。

 

      フランソワーズ!    

      必ず ・・・ 必ずさがし出すから! 

 

叩きつける雪を睨みつけぎりぎりとジョーは呻き歯噛みをした。

 

      あの時・・・! なぜ、彼女を置いていった??

      彼女も一緒に降りればよかったじゃないか!

      容易いことだったのに・・・

 

      そうさ。  かっこつけてみせたんだ。 

      ふん、最低だよな、ぼくは ・・・!

      ・・・ 取り返しのつかないことをしてしまった・・・!

 

ジョーは自分自身を責め続け従容としてロッジに戻った。

 

「 お帰りなさい!   ああ あなたで最後ですね〜 

 ウチでスキーをお預かりしてる方々はこれで全員お戻りになりました。 」

「 ・・・ !? そ そうですか ・・・ すみませんね、遅くなって。 」

「 いえいえ ・・・ お客さまは上級者ですから心配してませんよ。

 しかし 随分吹雪いてきたなあ・・・こりゃ また積もるぜ。 」

ロッジの管理人は暢気に外を眺めている。

 

      全員・・??  ・・・ ということは ・・・ フラン・・?

 

ジョーは慌ててスキー置き場に入った。

「 ・・・ あ! これは ・・・彼女の・・・  」

見覚えのある白地に赤いラインの入ったスキーが きちんと立てかけてある。

「 それじゃ・・・ フランはもうとっくに戻っている・・ってことか?

 しかし ・・・ 一人であのスロープを降りたのか??  そんなはず・・・! 」

「 お客さ〜ん すいませんねえ、 もう閉めますんで・・・ 」

「 あ ・・・ ぼくこそ遅くなって・・・・すみませんでした。 」

ロッジの亭主に声を掛けられ ジョーは仕方なしにスキー置き場を後にした。

 

  ほんのわずかな期待をもって ジョーは宿に戻った。

雪国の日暮れは早く、 もうすっかり夜の雰囲気になっていた。

「 ただいま・・・・ 」

「 お帰りなさいませ、島村さま。 スキーは如何でしたか。 ご存分に楽しまれたようですね。 」

「 はあ ・・・ 」

宿の主人は相変わらず 温厚な笑みで迎えてくれた。

 

     この様子だと ― <変わったこと> はなかったんだな・・・

     ・・・ もしかしたら ・・・ フランは宿に・・? 

 

「 奥様の乗られた列車は もう駅を出ましたかねえ・・・ 吹雪かなくてよかった。

 おお そうだ。  これ・・・ご伝言です、お預かりしていますよ。  はい・・・ 」

「 ・・・ え・・? 」

主人は 一通の封筒をジョ−に手渡した。

「 いやあ〜〜 お熱いですな。 新婚さんなら無理もないですかね。 どうぞロビーでごゆっくり。 」

「 あ ・・・ ありがとうございます。 」

ジョーは封筒を手にしたまま 静かに頷いた。

    

     伝言だって・・・・?

     ・・・ ちがう な。  003がこんなことはしない。

     と すれば これは ・・・?

 

談笑している他の客を避け ジョーは窓際の肘掛け椅子に座った。

ゆっくりと封筒を開ける。 封はしていない。  指先がほんの少し震えた かもしれない。

 

     ・・・ これは ・・・

 

・・・ごく変哲のない <伝言> だった。

ていねいな筆跡は 彼女のもの・・・と言えなくもない。

実家から連絡が入った ― 先に帰ってごめんなさい。 ゆっくりスキーを楽しんできて・・・

そんな言葉が記さていた。

 

     誰かに読まれてもいいように ・・・ いや ちがうな。

     これは 故意に誰にでも読ませるために書いてある・・・・?

     

     そうさ。 これは・・・ 彼女の手紙 じゃない・・・!

 

ジョーは思わず ぐしゃり、と便箋を握り潰そうとしたが寸でのところで思い留まった。

そして ゆっくりと畳みいかにも大切そうに胸のポケットに収めた。

もし 彼の動作を観察している者がいれば その青年はすこし寂しそうだな、と思うだろう。

彼は ごく普通な様子でロビーを離れると部屋に向かった。

 

「 島村さま ・・・ 明日も晴天のようですよ〜 いい雪質になりそうです。 」

支配人が 彼の後ろ姿に声をかけた。

「 そうですか。 それじゃ存分滑れますね。 ありがとう! 」

青年は手を揚げると口笛すらふきつつ・・・ 引き上げていった。

 

     捜す ・・・絶対に捜しだしてみせる・・・! 

     フランソワーズ ・・・!

 

ジョーは胸にたくし込んできたピンクのマフラーにしっかりと手を当てていた。

 

 

 

 

「 ・・・ Pardon Mademoiselle? Bonjour! 朝食を持ってきたよ。 」

静かにドアが開いた。

マホガニーのドアの前に 一人の青年が立っていた。

彼は手に大きな銀盆をささげ持っている。

「 ・・・・??  あ  あなたは ・・・どなた? 」

フランソワーズは ドレッサーの前からゆっくりと立ち上がり油断なく構えた。

武器になるものはなにもない。 今 彼女にできることは隙を見せないこと だけなのだ。

「 おや・・・ 室内でスキー・ウェアなど着て・・・  暑くるしくないかな。 」

「 ・・・ わたしの服ですから。 」

「 ああ ごめんごめん。 そっちのクローゼットにあるものは なんでも使って構わない。

 ここは あなたのための部屋なんだから。 マドモアゼル・・・ 」

「 ・・・ あの。 あなたは?  ・・・ ノエル はどうしたのですか。 」

「 ノエル・・・?   あ  ああ ・・・彼は、弟はまだ遊びたいさかりだからね。

 それにアイツには この銀盆を運ぶのは無理さ。 

 さあ ここに置くよ、マドモアゼル。  よ ・・・っと。 」

青年は 少し苦労しつつ部屋の中央にあるテーブルに盆を置いた。

「 あは ・・・ よかった! 零さないですんだ! 」

彼はすこし笑って ― フランソワーズには満面の笑顔を向けた。

「 どうぞ? マドモアゼル。  朝食です。 お好みかと思って熱々のカフェ・オ・レですよ。 」

「 ・・・ まあ ・・・ ありがとうございます。 」

フランソワーズはそろそろとテーブルに近づいてゆく。

青年は向かいの椅子に座り う〜ん・・・と脚を伸ばす。

「 あ・・・ 失礼、マドモアゼル。 さあ どうぞどうぞ。  ウチのシェフ自慢のサラダを是非。

 全部自家菜園で取れたものばかりなんだ。 」

「 ・・・ あの。 フランソワーズ です。 」

「 うん? 」

「 あの、 フランソワーズ  そう呼んでください。 マドモアゼル じゃなくて。 」

「 あ  ああ  ああ! わかったよ、フランソワーズ。 

 これで いいかな? 」

「 はい。 ありがとうございます。 」

「 うん ・・・・ それじゃ こちらで食事をどうぞ? 」

「 はい。  あのう あなたは  ノエル のお兄さん なのですか。 」

「 そうです。 僕は ジョルジュ。 」

「 ジョルジュ・・・ 」

フランソワーズは口の中で小さく呟くとゆっくりとテーブルの前にすわった。

 

      この人 ・・・ ごく普通の人間 ・・・ のようね・・・・

      人工の臓器 や 人工の関節 ・・・ 武器は ・・・ なし。

 

      ・・・ そうねえ・・・ ジャン兄さんくらいの年、かしら。

      まあ プラチナ・ブロンド・・・ ううん 白銀にちかい?  

 

      アルベルトみたいね・・・ 綺麗な髪・・・

 

      あ・・・? あら。

      わたし・・・ フランス語 でしゃべってる・・・

 

「 僕もお茶だけご一緒してもいいかな。 マドモア・・・ じゃなくて フランソワーズ。 」

「 はい どうぞ・・・今 淹れます。 」

「 あ お客さんにやって頂いて・・・ すみませんね。 」

「 ・・・ 客 ? 」

彼女の手が ポットの上で止まる。

「 わたし ・・・ 客 なのですか? 」

「 え? ええ 勿論。  しっかり回復なさるまで気楽に養生してください。

  ・・・ ここは ・・・ 静かすぎる ・・・・ 」

「 本当に 立派なお邸ですのね。 あの・・・ご家族の方は?  」

「 あの弟と二人きりなんだ。 僕たちには ・・・ この邸は 広い 広すぎる・・・ 」

「 ・・・ジョルジュさん ・・・ 」

「 あの。  よかったらここに滞在してくださいませんか? ・・・ フランソワーズ。 」

「 え・・・ 」

「 あなたが いろいろ・・・思い出すまで。 その脚が治るまで。 この邸で暮らしてください。

 これは僕たち兄弟からのお願い、と思って。 」

「 ・・・ ありがとうございます。  それでは ・・・ お言葉に甘えて・・・

 あの そのかわりわたしからもお願いがあります。 」

「 なにかな? 」

「 わたし・・・ あの脚がちゃんと動くようになったらなにかお手伝いさせてください。

 その ・・・ お家のこととか。 」

「 そんなこと心配しないで。  そうだ、元気になったら邸の中を案内するよ。

  南側の斜面に温室があるんだ、 そこなんか女の子は気に入ると思うな。 」

「 ・・・ 楽しみにしていますわ。 」

「 うん、僕も弟も楽しみだ。   あ・・・ごめん、お喋りばかりして・・・

 食事をどうぞ?  口に合うと嬉しいな。 」

「 頂きます。 」

フランソワーズは素直に テーブルの上の朝食を取り始めた。

 

       ・・・ このバゲット・・・! 美味しい・・・・

       ああ 久し振りで美味しいパンを食べたわ・・・

       この国のパンは 柔らかすぎるから・・・

 

       あ・・・ルッコラと ・・・バジルだわ

       ・・・ う〜〜ん  この香り ・・・ 

       春のサラダはミントの葉で美味しく食べたっけ・・・

 

ごく ありきたりの、朝食だった。 焼きたてのバゲットとサラダ、オムレツ。 そしてカフェ・オ・レ

ギルモア邸での朝食にも これとよく似たメニュウのことも多い。

この地でもお馴染みの献立で 彼女自身よく作るし、家族も喜んで食べる。

しかし 今目の前いある朝食は ― ひとつひとつの味が <いつもの>とは違っていた。

なにもかもが 彼女が子供のころ食べ慣れていたものと同じ味なのだ。

 

       ああ ・・・ パリの香りがするわ・・・

       ・・・ こんな朝がいつもいつも ・・・ ずっと続くと信じてた・・・

       あの頃の 香りが ・・・ する・・・

 

「 ・・・ いい笑顔だね、フランソワーズ。 」

「 え・・・? あ ・・・ はい。  とっても美味しいなあ・・・って思って。

 このバゲット、いいですね。 美味しいパンってなかなか見つかりませんわ。 」

「 うん  よかった、気に入ってくれたね。

 その調子で食べれば すぐに元気になるよ。  故郷の味はなによりもいい薬になる。 」

「 はい。  心の栄養・・・かしら。 」

「 ああ いいことを言うね。  ああ 早く君を温室に案内したいな。

 きっと気に入ってくれると思う。 」

青年は カップを置くとにっこりと微笑んだ。

その笑みは じんわり・・・と 彼女の胸に染み透った。

「 温室・・・ このお家はとても大きなお家なんですね。 ずっとこちらで?

 あの・・・ ヨーロッパ系の方ですよね。 」

「 さあ・・・ 祖父の代からずっとここに住んでいるんだけど。 

 あまり外には出ないのでね、よくわからないや。

 ところで食事が終ってからでいいけど、その服 ・・・ 着替えたら? 」

「 え ・・・ この服ではいけませんか。 」

「 いや よく似合ってるよ、しかしやっぱり君には優しいラインの服が似合う。

 そっちの壁・・・ うん、そこはクローゼットになっているから。

 好きな服 選んだらいい・・・ この部屋は君の部屋だと思って。 」

「 いいのですか? ここは もともとはどなたか女性の方のお部屋だったのでしょ?」

「 さあ・・・ どうだったかな。  さ  僕は席を外すから・・・ 自由にやってくれ。 」

「 ・・・ あの! そ ・・・ 外に出ても・・・いいですか。 」

ジョルジュは飲みさしのカップを置くと、ゆっくりと立ち上がった。

「 外? ああ いいけれど。 雪ばかりでなにもないよ。 」

「 ・・・ それでも。 外にでればすこし・・・なにかが思い出せるかもしれません。 」

「 ふうん?それじゃあんまり脚を伸ばすな。 また・・・迷子になるよ。 

 気をつけて ・・・ 」

「 はい、ありがとうございます。 ムッシュ・ジョルジュ。 」

「 ジョルジュ でいいって。  それじゃ・・・ フランソワーズ♪ 」

す・・・っと彼女の手をとり、ジョルジュは軽くキスをして出ていった。

「 ・・・ま あ ・・・ なんだか王子さまみたいなひとね・・・

 でも ・・・ わたしはここに軟禁されている・・・ってわけでもないのね。 」

フランソワーズはもう一度 能力を最大限に引き上げゆっくりと周囲を < 見た > 

「 あ ら・・? さっきは何も見えなかったのに・・・

 ・・・ ここは  本当にごく普通の館だわ。 そう・・・ヨーロッパの旧い館みたい。

 日本のとは違うわね。  ・・・ この廊下の突き当たりに階段が・・・ほら、あった。

 下は広い客間に ・・・ 食堂、でしょ。 あらあら思ったとおりだわ。 」

彼女は油断なく 可能なかぎり邸内を探索したが ― なぜか一人の住人も見つからなかった。

「 ・・・ へんねえ?  使用人とか・・・ いないのかしら。 」

   この邸は 僕たちには広すぎる・・・

ジョルジュは繰り返し そんなことを言っていた。

「 使用人達は別棟にでも詰めているのかもしれないわ。  

 外へ行ってみよう・・・!  ともかく連絡しなくちゃ・・・ でも ・・ 誰 に・・・? 」

フランソワーズはテーブルの前から立ち上がったが 再び腰を落としてしまった。

 

      誰 ・・・だっけ。

      わたしは 誰かに知らせなければならない・・・!

      ここに無事にいること  脱出のチャンスを捜していること  を。

      それが 今、わたしの最優先の仕事。

 

      ― でも。  誰 に・・・?

 

目を閉じればすぐに 一人の男性の姿が浮かぶ ― でもどうしても 顔 がわからない。

「 ・・・ だめ だわ・・・ なぜ・・・?  」

こめかみを押さえ 呻き ・・・  ぽと ぽと ぽと ・・・ テーブルの上に涙が落ちる。

「 ・・・ 負けない・・・!  絶対に 負けない!  」

彼女は再びゆっくりと立ち上がった。   かくん、と右脚の力が抜ける。

「 く ・・・!  大丈夫、大丈夫。  重心をかけないように ・・・ 

 これは・・・多分、膝の筋を傷めたのね。  なんとか・・・しなくちゃ。  

 ゆっくりでも 外 に出る方法を調べておかなくちゃ。 」

あの兄弟には どうやら敵意はなさそうだ ・・・・

フランソワーズは 傷めた脚を庇い少々苦労しつつクローゼットの前に辿り着いた。

 

    ― カタン ・・・

 

ちょっと手をかけると壁にはめ込んだクローゼットへのドアは簡単に開いた。

「  ・・・ あら ・・・ 随分沢山あるのねえ・・・・ 」

ドアの向こうは ウォークイン・クロゼットになっていてかなりの広さがあった。

「 わあ・・・ いろんな服がいっぱい・・・ 」

フローリングの続くクローゼットの中には 優しいラインの服が下がっている。

どの服も どこか・・・ 現代のものとは微妙に違うのだが フランソワーズは気にとめなかった。

「 本当に借りてもいいのかしら・・・  あ このピンクの、可愛い・・・! 」

フランソワーズはだんだん夢中になって行った。

 

 

「 本当に ・・・ だれもいない ・・・ お家ねえ・・・ 」

彼女の声が森閑とした廊下に 響き すぐに吸い込まれてゆく。

聞こえてくるのは彼女自身の足音だけなのだ。

クローゼットの中から 裾の長いスカートとシンプルなブラウス、そしてカーディガンを借りた。

柔らかい革の靴まで揃えてあった。

どれもこれも 彼女のサイズにぴったりと合う。

そして ― 部屋のドアは難なく開きフランソワーズは廊下へと踏み出した。

<目> を < 耳 > を稼働させ慎重に進む。

「 ・・・ 別に ・・・ 妙なモノはなんにもないわね。 」

薄暗い廊下の左右にはところどころにドアがあり、その奥にはごく普通の客間が見えた。

やがて廊下は階段へと続き 突き当たりに窓がある。

「 ・・・ わ  ・・・ 本当に真っ白・・・ 」

そのかなり大きな窓からは ― 雪に埋もれた庭とそれに続く尾根が見えた。

「 ふうん ・・・ お天気はいいのね。  それにしても ・・・ 本当にしずかな家ね・・・ 」

彼女はスカートの端を持ち上げ ゆっくり階段降りる。

階下も天井から古風なシャンデリアがさがり、客間への扉には精巧な彫刻がほどこされていた。

「 ・・・ 外・・・へ・・は?  どこからかしら。 

階段を降りきり、ホールとおぼしき場所で 慎重に周囲を見回した。

 

「 お姉さん!  外へ行きたいの?  ・・・ ああ 温室だね! 」

 

「 ・・・え!? 」

また ・・・不意に後ろで甲高い声がした。

ぎく・・・っとして振り向くと あの少年が微笑んでいた。

 

      うそ・・・! このコ ・・・ どこから来たの?

      足音は 聞こえなかった!   

      そうよ、どこかのドアが開く音すら 聞こえなかったわ!

      そう・・・いつも 突然あらわれる不思議な少年 ・・・

 

「 え ・・・ ええ あの。 ちょっと外の空気が吸いたいな・・・って思って。 」

「 そう? 雪は止んだけど・・・ その恰好で出たら、凍えちゃうよ。

 ね、温室に行こうよ。 あそこなら温かいし、 僕たちが育てた薔薇を見せてあげる!  」

「  ノエル・・・ それじゃ 案内してくださる。 」

「 うん♪  こっちだよ、お姉さん。 あ・・・この服、よく似会うね! 

少年の温かい手が きゅ・・・っと彼女の手をつかみ、どんどん引っ張ってゆく。

「 あ ・・・ちょっと 待って? わたし、今あまり早く歩けないのよ・・・ 」

「 ごめんなさい・・・・ 僕たちの温室、早く見せたくて・・・ 

 うん、ゆっくり行くね。  こっちのドアからさ。 」

「 ありがとう・・・  わあ ・・・ すごく積もっているわねえ・・・ 

「 こんなの 普通だよ。   こっち・・・ お姉さん 足元、気をつけて。 」

ノエルに手を引かれ正面のドアから簡単に外へ出ることができた。

外は ・・・ 真っ白だった。

雪はもう降っていなかったけれど、どこもかしこも雪だけ・・・ 道は全くわからない。

 

       これじゃ ・・・ 本当に迷うだけ、ねえ・・・

 

玄関からは 門とおぼしき方向に小路が続いていたがぼんやり見えるその先は雪だけ だ。

「 こっちだよ。  ほら ・・・ 」

門とは直角な方向にどんどんノエルは進んでゆく。

「 南側のね 斜面にあるんだ。 僕たちの自慢なんだ。 」

「 そうなの?  ねえ お兄さん ・・・ ムッシュ・ジョルジュは? 」

「 うん ・・・ お部屋にいる。  ほら ここから入って? 」

「 ありがとう   ・・・   わああ・・・・! 」

ノエルの案内でガラス張りのドアを潜り ―  ほわ・・・・っと温かい空気が取り巻いた。

冷たい冬  が 一気に 花ほころぶ春 に変わった。

 

 

 

「 こっちの畝ではね、苺を作っているんだ。  見て! キレイでしょ。 」

「 あら ・・・ 本当・・・ 宝石みたいね! 」

「 宝石よりず〜っとキレイさ。 ね、ナイショだけど。 摘まんで食べていいよ? 」

「 え・・・ だめよ、叱られるわ。 ここの温室での果物は晩御飯のデザートになるのでしょ。 

 さっき入り口の方にはオレンジの木やブドウの棚が見えたわ。 」

「 あは お姉さんってばよく見てるね。 うん、本当はね、そうなの。勝手に食べるなって言われてる。 

 それじゃさ、籠をもってくるから。 晩御飯用の苺。 一緒に摘んでくれる?

 苺の収穫は僕の仕事なんだけど・・・ 」

「 あら 喜んでお手伝い、するわよ? 」

「 それじゃ 僕、籠をもってくるね。 ちょっとだけ待っていてくれる? 」

少年は 彼女の返事も待たずに駆け出した。

「 ええ いいわ。   まあ 本当に広い温室ね。 苺だけでも随分な面積なのに・・・

 あっちは 花ばかりみたい。  ああ ・・・ 冬薔薇がキレイだこと・・・ 」

フランソワーズは温室の中をそぞろ歩きし始めた。

靴底にはふんわりと土の感触が優しい。

彼女はいつの間にか 脚が普通に動いているのに気がついてはいない。 

苺の棚の奥は 小さな薔薇園になっていた。

「 わあ・・・ 綺麗・・・・!  ふうん・・・ 一重の薔薇とかつる薔薇とかが多いのね。

 そう・・・ パリの公園にもこんな風に薔薇が咲いてたっけ。

 そうそう! パパの鉢植え・・・ とっても大事にしてたわね、パパってば。

 小さいな花だけど いつも5月には鉢一杯に咲いていたわ・・・ 」

アーチに絡んでいる薔薇の下で フランソワーズはぼんやりと佇んでいた。

ひらり   風もないのに花びらがひとひら、彼女の肩に落ちた。

 

     ・・・ 帰りたい ・・・ 帰れるなら ・・・ あの街へ ・・・

     帰りたい!  あの頃に!

 

「 フランソワーズ!  ああ ・・・ ここに居たのかい。 」

「 ・・・ ジョルジュ! 」

青年が 大きな籐の籠を持ち、大股でやってきた。

「 どこに行ってしまったのかと思ったよ。  ノエルが籠を持ってゆけって言うんだ。 

 温室で花やハーヴを摘んでくるのは いつもノエルの役目なんだけど・・・ 」

「 ええ ・・・ あのね、彼とデザート用の苺を一緒に摘む約束をしたの。 」

「 なんだ・・・ それじゃ 僕が代わる。  苺摘み、ご一緒にいかがですか? 」

「 はい、 喜んで。  ・・・ 随分広い温室ですのね。 」

「 そうかな?  これもね 祖父の頃からずっとあるんだ。

 君の国でも 館の南斜面で苺を栽培したりするだろう? 」

「 ええ ・・・ でもそれはとても裕福な人々のこと。 わたし達はせいぜい庭の片隅やら

 テラスの置いた鉢植え程度よ。 」

「 ふうん・・?  さあ ここでお好きな苺をどうぞ?  

 こっちの棚のだったら屈まないですむだろう?  うん、丁度食べごろかな。 いいな〜 」

「 まあ・・・ 綺麗! 摘んでしまうのが勿体無いみたいね。 」

二人は 赤い宝玉が零れる苺棚に歓声を上げた。

「 ジョルジュ? 籠を貸してくださる? 」

「 いや、これは結構重いから。 僕が持つ。  君は好きなのを摘んでいってくれ。 」

「 わかったわ。  まあ まあ・・・ こっちにも ここにも・・・ あら あそこにも・・ 」

青年の持つ籐籠には みるみるうちに赤い実がいっぱいになってゆく。

「 見つけるのが上手だね。 君は眼がいいんだなあ。 

 お ・・・ これなんて芸術品だ。  そうだ ・・・フランソワーズ? 」

「 はい? 」

「 ちょっと・・・ここに来てくれる? 」

「 はい、なにかしら。 」

「 ほら・・・ 春の耳飾、 さ。 」

ジョルジュは深紅に輝く果実をふたつ、彼女の耳の横に揺らした。

「 わあ・・・ 綺麗!  本当にこんな耳飾があったら・・・素敵ね! 

 どんな宝石よりもきれい・・・!  この赤って決して人がつくった色じゃないもの。 」

「 この耳飾も ― 君の笑顔には負けているな。 

 春の女神の微笑みに 勝てるものなどいない・・・ 」

「 まあ ・・・ お上手ね、ジョルジュったら。 」

「 僕はこいつらを羨む・・・! 君の微笑みをいつもいつも間近でながめているなんて・・・・ 」

「 まあまあ・・・詩人ねえ。  さあ、ほら。 ノエルのお仕事をしなくちゃ。

 このザルに一杯、必要なのでしょう? デザート用ならうんと美味しそうなのを摘むわね。」

「 ・・・ え?   あ。 ああ! 」

「 ? どうか したの、ジョルジュ ・・・ 」

「 いや。 なんでも・・・ない。  本当に綺麗だ ― 」

「 ええ そうね。 自然の輝きに優るものなんてないわ。 あ ここにも、ほら・・・ 」

  コトリ ・・・ 苺が並ぶ籠が床に置かれた。

「 あら・・・ もう重くなってしまった? 」

「 重くなったのは ・・・ 僕の心さ。  ― フランソワーズ・・・! 」

「 ・・・ あ ・・? 」

するりと伸びてきた腕が 苺を両手に持っていた彼女を抱き寄せた。

 

「 僕は君が ・・・   あ? 

「 褒めコトバは 苺に上げてくださいな・・・ ね? 」

   二人の唇の間には ― 一粒の深紅の宝玉が挟まっていた。

 

「 ・・・ 負けた ・・・ ああ 君は本当に・・・! 」

「 ほらほら ジョルジュ? 籠を持ってきてください。 朝摘みは鮮度が命、でしょう?

 手早く摘んで キッチンに持って行きましょう。 」

「 ああ  そうだね。  苺に ・・・ 負けたよ。 」

雪の照り返しを燦々と受け 深紅の実と彼女の微笑みが眩しく輝いていた。

 

 

 

 

 

「 ― 博士。  そちらは ・・・ なにも変わったことはないですか。 」

ジョーは受話器をしっかりと握り 彼の聴力を最大にアップする。

電話の向こうの溜息ひとつ、聞き逃すまいと意気込んでいた。

 

夜が明けるのをじりじりする思いで 待った。

やっと昇ってきた朝陽は とても美しく、ジョーはほんの少し慰められた気分だった。

 しかし ・・・

 

      彼女の髪は ・・・ この光より輝くよ・・・

      ・・・ ああ あの空の青より 綺麗な瞳なんだ・・・!

 

たちまち深い溜息に埋もれてしまった。

まだ早すぎるか、と思ったが 我慢も限界でジョーは研究所のNO.を押した。

しばらくコール音が続き ― 博士の長閑な声が出た。

変わったことはない、という。 

 

「 ・・・ そうですか。 」

「 うん。 安心してのんびり休暇を楽しんでおいで。

 ・・・ ああ そうそう・・・その地方でな、冬には珍しく流星雨があったそうじゃが。 

 見えたかの。 コズミ君からの情報なんじゃが。 」

「 流星雨、ですか。 いや・・・昨夜はずっと吹雪いていましたから。 」

「 そうじゃろうなあ。  そこはな、昔からよく流星雨が見られるらしいが。 ま。大方は夏だな。

 なんでもかつて金色の流星雨が流れた、という伝説まであるそうじゃよ。 」

「 こちらでは特に話題にはなっていないようですよ。 」

「 そうか。 うん、 それじゃ・・・まあゆっくりしてこい。 お前の大事な奥方によろしく、な。 」

「 ! 奥方って・・・! 博士 ・・・ ああ ・・・ 切れてる・・・ 」

ジョーは がっかりして電話を置いた。

 

      やっぱり フランは帰ってはいない・・・! 

       ・・・ ということは。

      まだ この雪国に居るんだ!

      よし! 絶対に捜しだす。

 

           博士に心配をかけるわけには行かないよ。

      そうさ。  彼女はぼくの  妻  なんだから。

 

< お前の大事な奥方>・・ 博士の言葉がジョーの耳の奥でいつまでも響いていた。

周囲からは ようやく朝のざわめきが聞こえて始めた。 人々が活動を開始する時間になっていた。

彼は密かに拳を握り 雪山をじっと見つめた。

 

 

 

「 あの尾根に、ですか。  ええと・・・ ちょっと待ってくださいね。 」

宿の支配人は ジョーの質問に首を捻り、そのまま奥に飛んでいった。

スキー場の上ある尾根のさらに上の方にも行ってみたい、 地図はあるか、とジョーは熱心なスキーヤーになり 尋ねたのだ。

「 島村さま!  お待たせしました・・・ はい これが地図です。 」

「 あ  ありがとうございます、すみません。 」

「 いえいえ ・・・ 」

「 尾根の上まで おでかけですか。 」

「 ああ ご主人。  お早うございます、 はい、今日は天気もいいし風も穏やかなので・・・

 ちょっと脚を伸ばしてみようかと思って。 」

帳場の奥から 宿の主人が機嫌のよい顔を覗かせた。

「 そうですねえ。 この分なら昼までは安心ですよ。 吹雪きません。 

 あの尾根には 古い山小屋があるんですよ。  いや ・・・ もう崩れてしまったかな。 」

「 へえ・・・山小屋ですか。 」

「 はい。 私どもの父親達が若いころに どこぞの金持ちが趣味に飽かして建てた、と聞いています。

 しかしもう何十年も無人だし、最近はあの辺まで登ってゆく人はいませんから。

 多分 朽ち果てて崩れているでしょう。 土台くらいは残っているかもしれませんが。 」

「 そうなんですか。  ちょっと覗いてみるのも面白いかもしれませんね。 」

「 ま どうぞお気をつけて。  ああ よかったら弁当を用意させますよ。 

 そうそう・・・流晴雨の翌日ですからね。  神隠しにご用心を・・・ 」

「 神隠し??  なんですか、それ。  流星雨となにか関連があるのですか。 」

I いやあ・・・ この田舎に代々伝わるハナシですよ。

 金の星が降ると ・・・ 誰かがいなくなる。  忽然と消えてしまうってね。

 昔のことですから・・・単なるおとぎ話ですが。 まあ 用心に越したことはないでしょう。 」

「 ありがとうございます。  充分 気をつけて行ってみます。」

ジョーはにこやかな会話を交わし 意気揚々と宿を出た。

 

       とりあえず その山小屋跡を目標に登ってみよう。

       うん、 上に行けば人目もないから・・・

       無茶な滑りをしても 大丈夫だろう。

 

宿で作ってもらった弁当を入れたザックを背負って 尾根を目指す。

空は真っ青、 ちょい・・・・と指で弾けば硬質な音まで響いてくる気分だった。

 

 

 

 

さすがのジョーも 少々苦戦した。

リフトの頂上から尾根に向かって登り、さらにまたその上まで脚を伸ばす。

 

      チックショウ〜〜!  スキーなんかやめて加速すればよかったかな・・・

      でも あまり目立つことはできないし。

 

宿で描いてもらった地図を片手に ジョーは登り続けた。

大きな雪崖を迂回すると  ―  正面に石造りの建物が見えた。

 

      え ・・・!  なんだ・・・?!

      あれが  その・・・ 山小屋か? 

 

崩れ果てているかもしれない、と宿の主人は言っていたが

その建物は、堅牢に残っていた。 離れて見ても山小屋、というより別荘にちかい。

ジョーはゆっくりと近づいていった。

「 ・・・ 誰か ・・・いる?  煙突から煙が・・・? 」

ポーチと思しき場所でスキーを外す。  耳を澄ますが中から音は聞こえない。

ジョーは慎重に正面のドアに手をかけた。

 

   ― ガタリ ・・・!

 

太い木材を組み合わせたドアが ゆっくりと開いた。

内部 ( なか ) は 思いのほか、明るい。  

窓からの雪の照り返しだけはない。  ― 暖炉に火が踊っていた。

 

「  ・・・・ 誰?? 

 

「 ?!? 」

目の前に。  ―  若い女性が立っていた。 

 

    え?!  い いったいいつ・・・現れたんだ??

 

「 あなたは どなたですか。 」

さらり、と豊かな黒髪が彼女の肩から背へ すべり落ちた。

金の瞳が まっすぐにジョーを見つめている。

 

 

 

Last updated : 08,03,2010.                back    /     index    /    next

 

 

 

 

*********  またまた途中ですが

す、すみません〜〜 また終わりませんでした (;O;)

この猛暑の中 い〜かげんで真冬から脱出したいのですが・・・・

旧ゼロ設定ですが、 何気に現代舞台で読んでくださいませ。

あまり面白くないかもしれませんが ・・・ 

もし お宜しければあと一回!お付き合いくださると嬉しいです。

どうぞ ご感想〜ひと言でもお願いします・お願いします(<(_ _)>