『 金の瞳の ― (1) ― 』
ガタタン ・・・ ガタタン ・・・・ ガタン ・・・・
電車は陽気は音を立て驀進している。
車窓はすっかり曇ってしまい、外の景色はぼんやりとしか見えない。
車内はほどよい温度なので どうやら外はかなり冷え込んでいるに違いなかった。
きゅ ・・・
白い手が くもったガラスを拭う。
「 ・・・う〜ん ・・・・ まだ 普通の景色だわ・・・ 」
「 普通の、って どういう意味さ、フランソワーズ。 」
「 え? 普通のって・・・ 普通の、よ! いつもと同じってこと。 」
「 いつもの? この線に乗ったのは初めてなんだろう? 」
「 ・・・ もう〜〜 ジョーの意地悪! そういう意味じゃありません〜〜 」
くるくるうごく瞳が つん・・・!と気取ってみせた ― つもりらしい。
「 ごめんごめん ・・・ なんだかきみが物凄く熱心だからさ・・・ 」
向かいの席から眺めつつ、ジョーは自然に口元が綻んでしまう。
フランソワーズは ここ1時間くらいずっと窓ガラスに張り付いている。
オデコを押し付けんばかりの体勢で じ〜〜と外の景色ばかり見つめているのだ。
せっかく二人きりの旅行なんだからさ・・・
その ・・・ 向き合ってゆっくり話とか したいんだけどな
ジョーは白く輝く彼女の横顔に見とれつつ・・・すこしばかり残念な気持ちもないわけでもない。
「 なあ そんなに珍しいのかい。 パリだって・・・いや、あの街のほうがずっと北にあるんだから・・
きみは雪なんか見慣れていただろうに・・・ 」
「 ええ そりゃ・・・ 冬にはもううんざりするほど降ったわ。
いつも舗道の脇にカンカチに固まって・・・ 汚れた雪が残っていたもの。
靴は滲みてしまうし、寒いだけで・・・あんまりロマンチックじゃなかったわ。 」
「 それなら なだってそんなに熱心に見ているのさ。 」
「 え・・・ だって。 日本の雪って。 どんな風に積もっているのかな・・・・って。
ウチの、研究所の辺りってちっとも雪が降らないでしょう? 」
「 ああ あの辺りは温暖な地域だからね。 降ってもせいぜい淡雪程度だろ。 」
「 ジョーは? 」
「 は?? 」
「 ジョーは 見たことがあるの? ― この国の・・・ 雪。 」
「 ああ・・・ うん、あるよ。 子供の頃 ・・・ 北国にある同じ系列の施設が招待してくれてね。
皆で行ったことがあるんだ。 」
「 まあ そうなの。 ・・・ ねえ 全然雪なんか見えないわよ? 空は真っ青だし・・・
こんなで スキーとか・・・できるの? 」
「 大丈夫。 え〜と 今・・・ うん、この時間なら・・・ 」
ジョーは腕時計をちらり、と見、足元のバッグから地図を引っ張り出した。
「 ・・・うん ・・・ もうちょっと、だよ。 」
「 そうなの? ・・・ こんなにいいお天気なのに。 あ ・・・トンネルね。 」
ガタタタン ・・・! ガ ・・・ゴ −−−−−!
列車は一際大きな音と共に横揺れすると トンネルの中に入っていった。
そして。
― トンネルを抜けると ゆきぐに だった。
「 まあ たまには二人でゆっくりしておいで 」
博士のそのひと言に ジョーとフランソワーズは思わず顔を見合わせた。
長く困難なミッションが ようやく終わった。
仲間のサイボーグ達は それぞれの故国に帰りジョーとフランソワーズも研究所でほっと一息ついていた。
また ・・・ 静かで穏やかな ― 当たり前の日々 が始まっている。
ジョーは一人暮らしのマンションに戻り、研究所には博士とイワン、そしてフランソワーズが暮らしていた。
「 え・・・ ふ 二人で ですか。 」
「 ああ。 このところお前達ずっと忙しかっただろう? 休暇じゃよ、休暇。
ジョー、近くにはスキー場もあるから・・・ 久々のんびり遊んでこい。
これはな、コズミ君からの招待なんじゃよ。
ほれ、この前のミッションで えらく世話になったで是非、お礼を、と言ってくれてなあ。 」
「 そうですか。 コズミ博士もご無事でなによりですよね。 あちらの研究所も被害は少なかったし。
お礼、なんて別にいいのに・・・ 」
「 ま いいじゃないか。 ありがたく受けて ・・・ お前たち、楽しんでおいで。 」
「 あ・・・あの。 わたし・・・スキーは出来ませんから。 留守番していますわ。 」
フランソワーズがこそ・・・っと口を挟んだ。
「 え・・・ スキー、やったことないのかい、フラン。 」
「 ・・・ ええ。 兄は得意だったけど・・・
スキーやスケートは脚を傷めたら大変だから・・・って。 ダンサーはやらないのよ。 」
「 へえ!? 本当? でもちゃんと習えば怪我なんかしないよ。
うん、それじゃぼくが教える! これでも結構上手いんだぜ。 」
「 え ・・・ いいの? 」
「 ほれほれ・・・ これで決まり、じゃな。
フランソワーズ、 ジョーと楽しんでおいで。 ジョー、頼んだぞ。 」
「 はい、博士。 うん、きみとスキーか。 これは楽しみなだなあ・・・ ね? 」
「 ・・・・・・・ 」
頬を染めてこっくり頷く姿が可愛くて ・ 愛らしくて。
ジョーは抱き締めたい衝動を懸命に堪えていた。
気候温暖なこの地域でも 数日来、冷え込む日々が続いている。
北国は おそらくすでに白銀の世界 ― スキーには絶好の時期である。
そんなわけで。 半ば強引に博士に送りだされ・・・・・
ジョーとフランソワーズは 北国の山間の地方へ向かっていた。
そこは特に有名なリゾート地ではないけれど、古くから拓けた
すこし山間にはいればスキー場もある。
ただ 広く整備されたゲレンデではないので 多くのスキー客が押し寄せる・・・ということはないらしい。
うん ・・・ でもそのほうがいいな。
フランとゆっくりできるし ・・・
・・・ ふふふ ・・・ 博士! お気使い ありがとございます!
ジョーは少々照れ臭い気分もあったが 素直に博士の好意を受けることにした。
先般、フランソワーズとの婚約がやっと整った。
ほんの形だけのことだったけれど、ジョーが贈った指輪に彼女は頬を染め涙ぐみ・・・微笑んでくれた。
しかし その直後にミッションに赴くことになり、二人の間は一向に進展していない。
「 ジョー? お前・・・ いい加減にはっきりしろ。 」
「 ・・・ はい? 」
「 はい、じゃないわい。 フランソワーズとのことじゃ。
お前なあ、婚約だけしておいて ・・・ それきりじゃないか。 」
「 え・・・ あ・・・ すみません・・・ そのう・・・ミッションがあったりいろいろ忙しくて時間がなくて・・・ 」
「 ふん、時間はな、作るもんだ。 それともなにか、お前・・・ワシの大切な一人娘が
気にいらん・・・とでも? 」
「 い、いえ!! とんでもない! 彼女は ぼくには過ぎた女性 ( ひと ) ですよ! 」
「 うむ、そうだろうとも。 いいな ・・・ 今度の旅行ではっきりケジメ、つけてこい。 」
「 け ケジメ? 」
「 そうじゃ。 オトコならしゃっきり・・・決めろ。 いいな、わしはあの娘( こ ) をお前に託すからな。 」
「 は はい・・・! 」
出かける前に博士に盛大にハッパをかけられ ジョーは腹を括った。
よし・・・! 改めてはっきりプロポーズするぞ。
長い間 待たせてごめん。
・・・ きっと 幸せにする・・・!って。 うん!
出発の朝、 ジョーはかなり意気込んでフランソワーズを迎えに研究所にやって来た。
「 ジョー! お早うございます。 わあ・・・素敵、よく似合ってるわ!
ふふふ ・・・わたしったら、 昨夜全然眠れなかったの。 」
ジョーの新調のスキー・ジャケットに フランソワーズは可憐な歓声をあげた。
「 お早う、フランソワーズ。 えへ・・・ そうかな、ありがとう!
え。 きみ、準備で眠る時間、なかったのかい。 」
ジョーは心配気に彼女の顔を覗き込む。
― なるほど、寝不足なのかちょっと目が充血していたけれど、頬は薄紅色に染まっている。
「 ううん・・・ 嬉しくて嬉しくて・・・どきどきしちゃって・・・ 眠れなかったの。
可笑しいでしょ・・・ 子供みたいね。 」
「 まだお子ちゃまだからな、 きみは。 」
「 どうせそうですよ〜 でも今朝は怒らない♪
さ 準備はちゃんと出来ていてよ。 博士〜〜 行って来ます〜〜 」
フランソワーズは玄関から荷物を引っ張り出してきた。
ベージュのオーヴァー、そして襟元の白い毛皮が 可愛らしい。
「 おお おお ・・・ 気をつけて行っておいで。 ジョー、頼んだよ。 」
「 はい。 それでは ・・・ 行って参ります。 」
ジョーはフランソワーズの荷物をもって車に積み込んだ。
最寄駅までは愛車でゆく。
「 あ・・・・あの。 ご ごめんなさい。 」
ジョーの車が研究所前の坂道を降り、国道に出たころ、 ぽつん・・・と彼女が言った。
「 え・・・ なにが。 」
「 だって。 せっかくのスキーに ・・・ わたし、邪魔よね・・・ 」
「 ・・・ ばぁか・・・ 」
ジョーは ちょん・・・とフランソワーズのオデコを突くと 彼女の手をしっかり握った。
「 あ ・・・ ジョー・・・ 」
「 一緒に行けて嬉しいよ、フランソワーズ。 」
「 ・・・ ん ・・・ 」
頬を染め こくん・・・と頷く彼女が可愛いくて ― ジョーはますます強く白い手を握る。
「 ・・・ ジョ・・・ 痛い・・・ 」
「 あ! ご ごめん・・・! つい・・・ 」
「 ・・・ ううん ・・・・ 」
フランソワーズは左手でそっと摩りつつ・・・微笑んだ。
「 あれ? きみ ・・・ 指輪は? ああ 置いてきたんだね? 」
「 まさか。 あの指輪とはず〜〜っと一緒よ。 寝る時もお風呂に入るときも。 」
「 え・・・でも ? 」
「 ふふふ ・・・ 旅行中に失くしちゃったら大変でしょ、 だからね ・・・ ここに・・・ 」
フランソワーズは とん・・・とオーヴァーの胸元を押さえた。
「 博士にね 特別製のチェーンを作っていただいて ・・・ 胸に下げているの。
こうすれば 絶対に失くす心配はないでしょ。 」
「 あ・・は そうか。 ・・・ うん 指輪がちょっと・・・羨ましいな。
きみの胸元にいられる、なんてさ・・・ 」
「 ま ・・・ ジョーったら ・・・ そんなこと・・・ 」
ほう・・・っと染まるピンクの頬がたまらなく可愛いくて。 ジョーはすばやくそのピンクにキスをする。
「 あ・・・ もう・・・ヨソの人にみられちゃうわ・・・ 」
「 ははは かまうもんか。 さ 行こう。 駅前でパーキングに預けて・・・っと。
ああ 汽車の旅なんて本当に久し振りだよ。 」
「 わたし ・・・ この国に来てから長い旅行は初めてなの! どきどきするわ。 」
「 あ ・・・ そうだっけ? う〜ん ・・・ そうかあ・・・
それじゃ これからは時間を見つけてあちこち旅行しよう。 二人で、な? 」
「 ええ 嬉しいわ! ・・・ いつか ・・・わたしの生まれた街も 案内したいわ・・・ 」
「 そうだね。 ほら きみのバッグ 持つよ。 さ こっちだ。 」
ジョーは相変わらずスタスタと先に歩いて行ってしまい、フランソワーズは慌てて追いかけた。
ジョー ・・・ 大好きよ。
・・・ ちょっとだけ ちょっとだけ わたしのこと・・・振り向いてくれたら・・・
もっと もっと 嬉しいんだけど・・・
チリ・・・ 彼女はそっと胸元の指輪を押さえた。
二人は 海に近い街からまず都心の大きな駅に出、特急に乗り ― さらに在来線に乗換え・・・
そして今 そろそろ夕闇が迫るころになり ・・・
― トンネルの向こうは 白銀の世界だった。
「 うわ ・・・ すごいすごい! すっかり真っ白よ・・・! 」
フランソワーズは ついに窓にべったりと張り付いてしまった。
「 ねえ、ジョー! 見てみて〜 絵葉書みたいな景色・・・! あのひろ〜〜い四角い雪の原はなあに?」
「 え・・・ あ ああ。 田んぼか畑じゃないかな。 」
「 まあ そう!? あんなに雪が積もって・・・大変ねえ・・・
あの下から お米やジャガイモを掘り出すのかしら・・・ 農家の人たちってすごい! 」
「 あ・・ いや、 米や野菜はもう収穫済み、なんだよ。 今は田んぼも畑も休みの時期さ。 」
「 ふうん ・・・ 皆春まで眠っているのね・・・ 雪のお蒲団ね。 」
「 ・・・やあ ・・・ きみらしいなあ・・・ うん、そうだね、雪の蒲団かあ・・・ 」
窓の外が <真っ白> に変わってから、フランソワーズははしゃぎ通しだった。
ふうん ・・・ そんなに珍しいのかな・・・
うん、 もっともっと・・・旅行とか連れていってやりたいなあ・・・
こんなに喜んでくれるなんて ・・・ 可愛い・・・!
ジョーも にこにこ・・・彼女の笑顔を眺めていた。
二人が目的の駅に降り立ったとき、 周囲は霏々とふる白いカーテンに覆われていた。
「 わ・・・・ 前が見えないわ。 」
「 足元、気をつけろよ? え〜と・・・確か迎えのヒトが来てるって聞いたんだけどな。 」
改札を出て、 ジョーはきょろきょろと駅舎の中を見回した。
― なるほどね 古い
駅舎、といってもすこし大きな待合室を兼ねているだけで、引き戸の外は真っ白な世界だった。
一応 ヒーターが設備されているらしいが 隙間風に完全に負けてしまっている。
おそらく昔は 中央にでん・・・と石炭ストーブが鎮座していたのだろう・・・
今 妙に空いた空間が余計に寒々しさを感じさせる。
同じ汽車から降りてきた客たちは皆地元の人々らしく あっと言う間に白い闇の中に消えていった。
「 ・・・ あ ら・・・? ねえ、聞こえない? 」
「 え? なにが。 」
フランソワーズが ジョーの後ろからジャケットの裾を引いた。
「 ほら ・・・ ほら! 外・・・だわ! わたし ちょっと見て来るわね! 」
「 見て来るってなにを・・・あ! ふ、フラン〜〜 ! 」
彼女は ぱっと駆け出すと駅舎の引き戸を開け 外に飛び出していった。
「 わ・・・ すごい雪だな! おい〜〜 待てよ〜 」
外は 白一色の世界 だった。
「 フラン〜〜 どこだ?? おい、返事しろよ。 ・・・ あ・・? 」
・・・・・ ・・・・・ ・・・・!
ジョーの耳にも微かに ・・・ ソレが聞こえてきた。
「 お〜い・・・フラン? ・・・うわ! 」
「 ジョー! ほら・・・見て! 」
白い闇の中から 突然・・・ 雪まみれの乙女が現れた。
「 あ ああ・・・驚いた・・・! 雪女かと思ったよ。 」
「 ゆきおんな? 」
「 いや ・・・ なんでもないよ。 フラン〜〜 どこまで行っちゃったのかと思ったよ。
この雪だ、いくらきみでも知らない土地は危険だぞ。 」
「 ごめんなさい。 ・・・ 聞こえちゃったから・・・ ほら、 このコ・・・ 」
フランソワーズは胸に抱えていたマフラーのカタマリをジョーに差し出した。
その中には。 白銀色の仔猫が 一匹。
「 あ ・・・ やあ・・・ コイツだったのか・・・ 」
「 まあ ジョーにも聞こえたの? 」
「 ああ。 ぼくは外に出てからだけどね。 コイツ、どこにいたのかい。 この駅の飼い猫なのかな。 」
「 あのね ・・・ ほら、あっちの雪溜の中に落っこちていたの。 道に迷ったのかもしれないわ。
すっかり冷え切って・・・ ああ もう大丈夫よ? ね・・・ほら 温かいでしょう? 」
フランソワーズはマフラーでごしごしと仔猫を擦っている。
ぶるぶると震えるだけだった、白い毛皮のカタマリは ようやく落ち着いたらしい。
みゃあ・・・・ みゃお ・・・
やっと猫らしい声が 聞こえてきた。
「 ああ よかったわ・・・! あとはなにか・・・ミルクでもあればいいのだけれど・・・ 」
フランソワーズは仔猫を抱えたまま、きょろきょろと雪の中を見回している。
その間にも 雪は霏々とふり注ぎ、亜麻色の髪はたちまち白いもので覆われていった。
「 フラン! ともかく中に入ろう。 こんなとこにいたら凍えてしまうよ。 」
ジョーは彼女の肩に手をかけ、促した。
「 そう・・・ね。 このコのお家、聞けるかもしれないし。 なにか食べる物、あげなくちゃ。 」
「 うん ・・・うわ・・・! これじゃ完全に吹雪だな! おい、ぼくの後ろにぴったりくっついていろ。 」
「 はい。 ・・・ チビちゃん? 安心してね。 すぐにお家まで連れてゆくから・・・・
あら・・・ あなた、金色の瞳なのね! わあ・・・きれい ・・・・ 」
フランソワーズは 仔猫に夢中だ。
「 綺麗な金色の瞳に 白銀のコートね♪ 素敵・・・! きゃ・・・キスしてくれるの?
ありがとう〜〜〜 チビちゃん・・・♪ 」
おいおい・・・? 仔猫君?
彼女はぼくの嫁さんなんだから・・・・
そう気安く キス なんかするなよ!?
ちいさな仔猫相手に・・・と我ながら可笑しい、とは思うのだが。
ジョーは少しばかり不機嫌になり、彼女の前をずんずん歩いていった。
駅舎の中は いくらオンボロでも外に比べればそれでもほっこりと温かい。
「 ほら・・・ こっちのヒーターの方においで、 フラン。 」
「 あ・・・ ありがとう、ジョー。 チビちゃん? ほうら・・・温かいでしょ。
え〜と ・・・ なにか温かい飲み物・・・ ? ああ 自販機がある・・・」
「 え、きみが飲みたいのかい。 」
「 ううん ・・・ このコよ。 カフェ・オ・レ ・・・じゃだめよね・・・ お茶・・・は飲まないわねえ・・・ 」
「 フラン、そいつは猫だよ? 熱いモノはだめさ。 」
「 あ・・・!そうだったわね・・・ う〜〜ん ・・・・ あ! そうだわ !
ジョー! ちょっとチビちゃんをお願い! 」
「 え ・・・ あ、ああ。 」
いきなり押し付けられたマフラーのカタマリを ジョーは危なっかしく抱いた。
彼女のマフラーの中に 白い毛皮がちんまり収まっている。
あは ・・・ ほっんとうにチビだなあ・・・
ちょっと力をいれたら押しつぶしてしまいそうだよ。
仔猫は 金色の瞳でジョーのことをじっと見上げている。
「 え〜と・・・・たしか こっちのバッグに入れてはず・・・ あ あった! 」
フランソワーズは引っ張ってきた荷物に中から なにやら布製の袋を取り出した。
「 なんだい? 毛布のかわりかな。 」
「 ううん ・・・ ほら これ。 昨夜 焼いたのよ、オヤツに食べようと思って。
はい ・・・ バターもミルクも入っているから ほら 食べて、チビちゃん? 」
「 あ それ。 きみのお得意なオーツ・ビスケット・・・! 」
「 そうよ。 ・・・ あら 美味しい? 」
カリカリカリ・・・ 仔猫は彼女の手の上で夢中で食べている。
「 ・・・ あ〜〜 いいなア・・・ ぼくも 大好きなんだけどなあ・・・・
ちぇ・・・ 旨そうに喰ってるなあ。 」
「 ふふふ・・・ジョーったら。 大丈夫よ、あなたの分はちゃ〜んと取ってあるから。
・・・ あら もういいの? ミルクはないんだけど・・・ 紅茶でもいいかしら・・・ 」
今度は 小型のボトルからすこしばかり紅茶を掌にあけた。
「 え 猫が紅茶なんか飲むかなあ・・・ 」
「 あ ほら、舐めてくれたわ! きゃ・・・ざらざらね、チビちゃんの舌って・・・ 」
「 ふ〜ん 贅沢なヤツだなあ・・・ きみから食べさせて・飲ませてもらってさ。
おまけに ・・・ 胸に抱いてもらったりして・・・! 」
「 まあ ジョーったら・・・・ 」
もう ・・・ すぐにヤキモチ妬くのよね、ジョーってば・・・
可笑しなひと・・・・
フランソワーズは唇に浮かんでくる笑みを押さえようと苦心していた。
ガラガラ ・・・ !!!
引き戸が勢いよく開き 雪とともにどっと・・冷気が入ってきた。
「 遅くなりまして・・・!!! え〜〜 島村さまですか? 」
雪まみれの人物が 大音声ともに飛び込んできた。
「 あ はい。 島村ですが・・・ 」
「 ああ〜〜 お待たせして申し訳ありまっせん! 湯の元旅館のものです!! 」
そのオトコは 二人の前で深々とアタマを下げた。
「 ・・・ああ、旅館の方ですか! お世話になります。 」
「 はい! ようこそ 湯の元村へ ! ささ ・・・ 車を回します。
え〜〜と お荷物はこれと ・・・これですか 奥様? 」
「 え・・・・! あ ・・・ は はい・・・・ 」
いきなり声をかけられ フランソワーズは真っ赤になり俯いている。
「 あ そうです、 これと ・・・・ こっち。 お願いします。
さ フラン ・・・ 忘れものはないよな。 」
ジョーは彼女の肩に手をかけ、そっと促す。
「 ええ ・・・ あ、マフラー・・・! ・・・ あら? チビちゃん・・? 」
ほんのちょっと前に、駅舎のベンチの置いたマフラー・・・ その中に白い仔猫の姿はなかった。
「 ・・・あらら・・・? へんねえ・・・たった今までここにいたのに・・・ 」
「 うん? あれ あの仔猫、いなくなっちゃったのかい。 」
「 ええ ・・・ 駅の事務室のほうかしら・・・ 」
「 そうだねえ・・・ この駅で飼われているのかもしれないよ? 」
「 ・・・ それなら・・・ いのだけれど・・・ 」
「 島村さま〜〜〜 どうぞ!!! エンジン、かけてますよ〜〜 」
外から 大声が呼んでいる。
「 はい 今行きます! さ・・・ 行こう! 」
「 ええ ・・・ チビちゃん ・・・ さよなら・・・ 」
みゃお ・・・
フランソワーズは 微かに仔猫の声を聞いた・・・と思った。
「 まあまあ・・・・この雪の中、遠いところをようこそお出掛けくださいました。
島村様、いらっしゃいませ・・・ 当湯の元旅館の主でございます。 」
真っ白な闇の中から ぽかり・・・と古風な日本家屋が現れた。
車を降りて冠木門をくぐり 飛び石づたいに玄関に着くと 宿の主人が穏やかに微笑んでいた。
「 こんばんは! お世話になります。 島村です。 」
「 こんばんは ・・・ どうぞよろしくお願いいたします。 」
フランソワーズはジョーの後ろで 日本式に丁寧にお辞儀をした。
「 おお・・・ これはこれは・・・なんとお美しい奥様で・・・ よくおいで下さいました。
ささ ささ・・・ お部屋の方にご案内いたしますよ。 」
二人は ほっこり温かく 飴色の光に満ちた空間に 足を踏み入れた。
「 ・・・ すごいわね ・・・ 」
「 うん・・・? もうなんにも見えないだろう? 」
「 ええ・・・・ 真っ白なのよ、夜なのに。 それがすごい・・・と思って。 」
フランソワーズは 障子を開け相変わらず窓ガラスに張り付いている。
美味しいだけでなく、見た目もすばらしく箸をつけてしまうのが勿体ないみたいな夕食だった。
あれこれジョーに説明をしてもらい フランソワーズはいちいち感歎の声を上げた。
「 ・・・ ほんとうに・・・美味しいわ! あら、なあに。 ジョー。 」
「 え ・・・ あ ごめん。 きみがさ、一口食べては溜息ついているから・・・面白くてさ。 」
「 あら! だって本当に美味しいのですもの!
わたし ・・・ 初めてのものが多いから心配したけど・・・ 皆素敵! 」
「 うん、そうだね。 ぼくだって半分以上、初めて食べるものだよ。 」
「 まあ そうなの? ・・・ 来てよかったわね、ジョー。 」
「 うん。 あとでゆっくり温泉に入ろうな。 」
「 え ・・・ あの ・・・? 」
箸を持つ手が ぴくん、と揺れた。
「 あは、心配するなよ。 ちゃんと男女、別々さ。
広くて大きなお風呂さ、 手脚を伸ばしてゆ〜っくり温まろう。 」
「 あ・・・そうなの? よかった・・・ 本当はねえ、すごく心配していたの。
その・・・ 混浴 ・・・とかだったらどうしよう・・・って。 悩んじゃったわ。
水着、もって行く!って決心したくらいよ。 」
「 ぼくとしては ちょっと残念だけどな。 」
「 まあ、 ジョーったら! 」
「 あはは ・・・ 多分 露天風呂になっているところもあるみたいだし。
温泉に浸かりながら雪景色も見られるはずだよ。 一休みしたら入ってこようよ。 」
「 ええ。 うわ・・・楽しみだわ。 」
・・・ ほっんとうに可愛いなあ・・・
えへ・・・ 新婚旅行ってことにしても・・・
・・・ いいよなあ・・・
二人で注ぎあった地酒のせいもあり、ジョーも滅茶苦茶にいい気分になっていた。
温泉は ― 旅館の名前にもなっているだけあり 非常に素晴しかった。
客も少なかったので ジョーは広々とした浴槽から夜の雪景色を堪能した。
うん ・・・ これはいいな・・・!
フランと一緒に見たかったなあ・・・
・・・ お? 彼女 かな・・・・
カポーーーーン ・・・ 仕切りを隔てた隣から時たま聞こえてくる音に、ジョーは存分に
彼女の白く輝く裸身を思い浮かべ ― 最後には ざばざば水を被るハメにもなった。
「 へへ・・・ ざまァ ないなあ・・・ しかしいい湯だった・・・!
コズミ博士に感謝、感謝だよ・・・ 」
ジョーはかなりのご機嫌で 大浴場から戻ってきた。
「 ああ いい湯加減だった・・・ あれ、きみ もう戻っていたんだ? 」
カラリ、と部屋の引き戸を明けると フランソワーズのスリッパがきちんと隅に寄せてあった。
「 ・・・ ジョー? お帰りなさい。 」
ぱたぱた足音が近づいてきて 襖が開いた。
「 うん どうだったかい、温泉は ・・・ うわ ・・・お♪ 」
彼を迎えてくれたのは。 浴衣に丹前を羽織ったパリジェンヌだった。
「 うわ・・・ いいね! きみ、一人で着付けたのかい。 」
「 あ ううん、 この部屋付きの仲居さんが手伝ってくださったの。 ね ・・可笑しくない? 」
袖を抱えたまま フランソワーズはくるり、と回ってみせた。
ほっそりとした胴に 赤い帯がきりり、と巻かれ ― かえって胸と腰を強調している。
本人はまったく気が付いていないらしいが ジョーはあやうくごくり、と咽喉を鳴らすところだった。
「 可愛いよ、とってもよく似合ってる!! 日本人よりよく似合うよ、フラン。 」
「 そう・・・? 嬉しいわ。 ジョーも ほっぺがいい色よ。 」
「 あは・・・ ちょっと温まりすぎたかな。 きみの方はどうだったかい。
なにか面白いお風呂があったかい。 」
「 ええ・・・ お肌がね つるつるになったの! 髪もしっとり・・・・秘密の温泉ね。 」
すこししんなりした髪が 肩に広がっている。
ピンクに染まった頬が ますます愛らしく ― ジョーはわざと視線を逸らせた。
・・・ ヤバ・・・!
ああ きみってひとは・・・! なんて魅力的なんだ〜〜
えへん・・と咳払いなんぞをして、彼は辛うじて平静を保つ。
「 うん。 あ、温泉も初めてなんだろう? ひろ〜〜い浴槽、気持ちいいよなあ・・・
女性用のほうからも 外が見えただろ。 」
「 そうね。 ねえ、お部屋からの景色、とっても素敵なの。 見て? 」
「 うん ・・・ あは、そんなに引っ張るなよ・・・ 」
フランソワーズは ジョーの手を引いて部屋を横切り障子を開け ・・・ 窓辺にやってきた。
「 ね・・・? どこもかしこも ・・・ 真っ白、でしょう? 」
「 ああ ・・・ そうだね。 」
ジョーは彼女の後ろに立つと、一緒に窓の外をながめた。
本当にまさに ― 白い闇 ・・・だった。
霏々と音も無く白いものが 際限もなく 天から舞い降りてくる。
それは すべてを覆いつくし色彩を消し輪郭をもまろやかな曲線に変えてゆく・・・
そして 同時にあらゆる音も ・・・ 吸い取ってしまう。
「 ・・・ 静かだね。 」
「 え ええ ・・・・ あの ね。 パリでも こんな風に静かな夜があったわ。
そんな時の雪は とっても綺麗だったの。
・・・ 一度 ジョーに わたしの生まれた街をみせたいわ。 」
「 うん ・・・ いつか、な。 ・・・ 本当に静かだ、 音がしない。 」
「 ・・・ 雪の降る音がするわ ・・ ほら ほら ・・・ 」
「 聞こえないよ ・・・ 」
ジョーの腕がするり、と彼女の身体に巻きつく。 彼の腕の中でフランソワーズはぴくり、と震えた。
「 ・・・ もう 休もうよ。 いつまでもこんなところにいたら冷えてしまう・・・ 」
「 ・・・ え ええ。 」
こそ・・・っと彼はお気に入りの亜麻色の髪に顔を埋めた。 うす紅色の耳朶をさぐりあて そっと噛む。
「 ・・・ ジョ ・・・ ! 」
「 なあ ・・・ いいだろ? ぼくに任せて ― 」
ジョーの手が 彼女の浴衣の襟からす・・・っと差し込まれた。
「 ・・・ ! ジョー・・・・ あの・・・! 」
「 大丈夫 、 優しくするから・・・ 恐がらないでいいよ。 」
「 ジョー・・・ あの、 あの・・・ちがうの。 」
「 ちがう? 」
「 あの。 ご・・・ごめんなさい・・・! あのわたし・・・予定が狂っちゃって・・・さっき急に・・・ 」
「 ・・・・え? 」
フランソワーズは真っ赤になり俯き ― ぽとり、と足元に涙がおちる。
「 急に あの・・・ 女の子の日、に ・・・ せ 生理になっちゃったの。 まだ先のはずなのに・・・
だから あの ・・・ 今晩は・・・ 」
「 ・・・ あ ああ ああ ・・・・! うん ・・・そっか。 そりゃ・・・仕方ないよ。
やだなあ・・・そんな泣くこと、ないだろ。 」
「 ・・・だって ・・・ 」
「 一緒に寝よう。 なんにもしやしないよ。 こうやっていたいだけ・・・さ。 」
「 ジョー ・・・ 」
彼は彼女の身体にゆったりと腕を絡め、抱いた。
「 ・・・温かい ・・・ 温かいね、フランは・・・ 」
「 ジョー・・・あなたもよ ・・・ 温かい・・・ 」
二人は縺れあいつつ 窓辺を離れた。
「 このまま・・・一緒に 休もう。 」
「 ・・・ ええ ・・・ 」
襖の向こうにはこんもりと蒲団が並べて敷いてあり そのまま二人は倒れこむ。
和室に 広い空間には二人の息遣いだけが聞こえる。
「 ・・・ おやすみ フランソワーズ ・・・ 」
「 おやすみなさい ジョー ・・・ 」
音の絶えた夜、 二人はお互いの心臓の音を子守唄にゆったりと寝入っていった。
翌朝 ― 昨夜の雪はふかふかの新雪となって太陽の光を集めていた。
ジョーとフランソワーズは さっそくゲレンデ目指して宿を出た。
「 きゃ・・・ 眩しい・・・! 」
「 おい ゴーグル、忘れるな。 きみの目は デリケートなんだから・・・ 博士の特別製のが必須だよ。 」
「 え ええ・・・。 こんなに強い光だとは思わなかったわ・・・
でも ・・・ きれいねえ・・・! ダイヤモンドの粉が撒いてあるみたい・・・ 」
「 ははは ・・・ これぞ天然のダイヤだな。 さあ ゲレンデまで行くぞ。 」
「 はい! えっと・・・? 」
「 持つよ、 ほら・・・ 」
ジョーはひょい、と彼女のスキー板を受け取ると二人分担いで歩き始めた。
「 ありがと・・・ ジョー。 きゃ・・・すべる〜〜 」
「 一歩づつしっかり踏みしめて! そうそう・・・ 」
真っ白なスキー・ウェアに ピンクのマフラーが揺れる。
あは・・・ こりゃ 白ウサギだね。
可愛いなあ ・・・
ジョーは目を細め 朝っぱらから滅茶苦茶にご機嫌チャンだった ― ゲレンデまで は。
「 きゃ〜〜〜 きゃ〜〜〜 どうして勝手に進んじゃうのォ〜〜 」
「 ・・・ えい! えい! ・・・ ジョー! 動かないんだけど・・・・
え? 内側のえっじ? ・・・ やだ〜〜内足なんてキモチ悪くてできない〜〜 」
「 ・・・ きゃあ〜〜 すべるぅ〜〜!! え? 膝を曲げる? ずっと?
え〜〜 ・・・ そんなの、ハムストリングに余計な力が ・・・ きゃあ! 」
・・・ジョーの前で 彼の白うさぎ は スキー板とじゃれている ・・・ みたいだった。
「 ・・・ フラン。 落ち着いて。 ほら スキーの後ろが重なってるよ。 」
「 ほら そこで力を抜かないで そのまま そのまま ・・・ ああ ・・・ つかまれ。 」
生まれて初めてスキー板を履いた彼女、 短時間でなんとか緩斜面を滑ることができるようになった。
さすが、003・・・とジョーは内心 感心したのだが。
「 ほら そこでキック・ターンして。 向きを変えるんだ。 」
「 え ・・・ あ そうか。 きっく・た〜ん・・・ え〜と どうやるんだっけ・・・?
そうそう・・・5番にするんだったわね。 」
「 ・・・ 5番? 」
「 そうよ。 fifth position ( 第5ポジション ) ! えいっ・・・ 」
「 ・・・ へえ ・・・ 上手だなあ フラン。 」
「 そう? これってわたし達には基本ですもの。 」
「 ?? ?? 」
「 あの、バレエで。 それで・・・向きが・・・ ??あら? 5番からどうやって進むの? 跳ぶの? 」
フランソワーズは 両スキーをそれぞれ反対方向にあわせたまま・・・突っ立っていた。
「 フラン・・・ そのままじゃなくて。 軸足の方の板も向きを変えろ。 」
「 あら 軸脚が変わるの? ふうん ・・・よ・・・っと。 あら〜〜 ねえ ジョー!
あの林の奥に なにかいたわ? うさぎさんかしら? ほらほら あそこ・・・ 」
キック・ターンの最中に彼女は ヨソ見に夢中だ。
「 ジョー!ほら 見て! あ・・・逃げちゃった・・・ 」
「 ・・・ フラン。 脚は下ろしていいんだよ・・・ 」
「 え? あ ・・・あら。 そう。 」
― スタ ・・・・
空中にスキー板も一緒に上がっていた脚が何事もない顔で 雪原に舞い降りた。
・・・ なんだってんだ・・・??
フランってば いったいどういう運動神経なんだ??
ジョーは頭を抱えたくなってきた・・・!
彼は 今 ・・・ 長年の恋人に知られざる顔 を発見したみたいな気分だった。
「 えい・・・・! っと。 これでいいですか せんせい。 」
にっこり・・・白うさぎ がジョーに微笑みかける。
「 あ ・・・・ ああ うん。 さすが・・・ ゼロゼロ・・・いや、バレリーナは運動神経がいいね!
それじゃ・・・ 午後からはもう少し上の斜面にでてみよう。 」
「 わあ・・・ 本当? すごいわ〜〜わたし、やっと滑れるのね! 」
「 う ・・・ あ ま、まあな。 うん、転んでも泣かないこと! 」
「 はい、せんせい! 」
「 おお いい返事だ。 その調子でがんばってくれたまえ。
それじゃ ・・・ そろそろ昼にしようか。 あのロッジに食堂があっただろう? 」
ジョーは今朝 出てきた方向を指した。
「 はい。 ・・・ ねえ、ジョー。 わたし、一人でロッジまで行けるから。
思いっ切り滑ってきたら? あの ・・・ あっちの上から。 」
フランソワーズは 彼の腕を引くと、反対側の尾根の方を見あげた。
そちらは上級者用のコースになっていてリフトが何基か設置されスキーヤーを運んでいる。
「 え ・・・でも、もう昼だし。 」
「 ロッジで待っているわ。 ジョーったらずっとわたしに付き合って全然滑ってないじゃない?
カッコよく だだ〜〜って滑ってきて? 折角のおニュウのウェアがもったいないわ。 」
「 ・・・ 本当に いいのかい? 」
「 ええ。 一緒に行きたいけど ・・・ わたしには全然無理だもの。
わたし、ランチを注文しておくわ? だから ・・ どうぞ。 」
「 そうか・・・! ありがとう! それじゃ・・・ 滑ってくるよ。 」
「 ええ そうして。 博士も仰ったでしょう? うんと楽しんでおいで、って。 」
「 わかった。 メルシ・・・ フランソワーズ。 」
「 ・・・ きゃ! 」
ジョーは すばやく彼女を抱き寄せサクランボの唇を奪った。
「 じゃ ・・・ ちょっとだけ待っててくれよな。 」
「 了解♪ 」
すい・・・っと片手を上げて合図をすると ジョーはリフト乗り場に向かって勢いよく滑っていった。
「 行ってらっしゃい・・・! わあ・・・・ カッコイイ・・・! 」
彼女は ほれぼれと彼の後ろ姿を眺めたが ― 見つめていたのは彼女一人ではなかったのだ。
「 ちょ・・・・! あのカレシ! 超〜〜かっこよくない?? イケメンだしィ〜 」
「 あ、あの黒いウェアの、でしょ! さっきから目 つけてたんだ♪ 」
「 上級者コースに行ったわよ? 」
「 え どこどこ?? それじゃもうすぐ降りてくるわね! 」
「 ・・・ きめ☆ 」
「 あ! アタシが先! 」
「 だ〜め フェアに攻めましょ。 」
「 ふふ〜ん ・・・落としてみせるわ! 」
「 カノジョ・・・いるみたいよね。 あの パツキン美人・・・ 」
「 ふん・・・? それじゃ ・・・ちょっと作戦会議〜〜〜 」
「 なになに・・? え ・・・ ア・・・ な〜る・・・ホド わざと転んで・・・ ふんふん ・・・」
流行のウェア姿達が 派手に騒いでいたけれど。
白うさぎサンにはそんなお喋りにはとんと関心がなく、従って <聞く> 気もなかった。
彼女はそのままロッジにもどり、食堂にいった。
ジョーは約束通り ― 少々遅れたので、ランチのコーヒーは冷めてしまったけれど ― 息を弾ませ戻り、
フランソワーズと ロッジでランチを取った。
「 あれ。 少し雲が出てきたね。 」
再びゲレンデにたち、ジョーは尾根の方を見上げている。
「 そう? ・・・ ああ 上の方ね。 眩しくなくていいわ、わたし。 」
「 そうだね。 ま・・・あのくらいなら天気は崩れないだろう。
それじゃ、行こう! リフトに乗って ・・・ 大丈夫、ぼくが付いてるから。 」
「 は〜い♪ きゃ・・・ なんだかわくわくしてきたわ。 どきどきどき・・・・ 」
「 ははは・・・ ああ、結構空いているね。 」
ジョーに先導で二人はリフト乗り場までやってきた。
「 きゃ♪ これって二人乗りなのね。 」
「 うん ・・・ いいかい、ぼくのタイミングに合わせて。 ほら 回ってきただろ。 」
「 はい。 ・・・ よ・・・っと。 きゃあ〜〜 素敵♪ 」
フランソワーズは 難なく二人掛けのリフトの座席に収まった。
「 へえ・・・ きみ、上手だね。 ゲレンデに来たの、初めてとは思えないよ。 」
「 そう? ジョーと一緒ならなだって上手くできちゃうわ。
あら! うわ〜〜 高いのねえ・・・ あの上までゆくのね? 」
「 うん。 もっと上にも行けるけど ちょっと無理だから。 このリフトに終点から降りよう。
大丈夫・・・ ぼくがしっかりフォローするから。 」
「 ええ、ちっとも心配なんかしていないわ、わたし。 」
「 あ そうだね、 きみ、初心者とは思えないもんなア。 上手いよ〜〜 」
「 ちがうわ。 スキーはヘタっぴだけど。
ジョーと一緒なんですもの。 なんだって平気よ、上手くゆくわ。 」
青い瞳が まっすぐに、なんの迷いもなく ジョーを見つめている。
「 ・・・ フラン ! 」
ああ きみってひとは・・・!
うん ・・・ そうか。
ぼくは 彼女の ・・・ この瞳に 支えられてきたんだな
この瞳が ぼくの傍にある限り
ぼくは ・・・ !
ジョーはきゅ・・・っと彼女の手を握った。
「 わ・・・ ! ジョーったら・・・ びっくりしちゃった。 」
「 フランソワーズ。 あの ・・・
ぼくと結婚してください。 きっと一生幸せにする! 」
「 ・・・ ジョー ・・・ 」
「 あ あは・・・ ごめん、いきなり・・・
婚約する時にはっきり 言ってなかったろ。 ずっと・・・ 気になってて。
こ こんなとこでごめんな。 」
「 ・・・・ ううん ううん ・・・ 」
「 え・・・ 返事 ・・・ NO なのかい・・・ 」
「 え?! ううん ううん!! そうじゃないわ! Oui! 千回だってOui よ♪
ジョー ・・・ ありがとう・・・・ 」
「 ぼくこそ! ありがとう、フランソワーズ ! 」
二人は空中で はるかゲレンデの眼下にしつつ 口付けをした。
・・・ 両腕で抱き合えないのが 残念だったが。
ゲレンデの中腹で リフトを降りたとき、 ジョーとフランソワーズは幸せの笑みを交わしていた。
「 フラン ・・・ きみ、本当に大丈夫か。 」
「 ええ、大丈夫。 ちゃんとここで待っていますから。 」
「 そう・・・か。 それじゃ・・・大急ぎで戻ってくるからな! このブッシュの陰にいろ、いいな。
絶対に滑って降りよう、なんて思うなよ。 」
「 はい。 」
≪ 安心して、ジョー。 わたしだって 003 なのよ? ≫
≪ うむ ・・・ それはわかっているさ! だけど この雪だからな・・・ ≫
≪ 平気よ、寒くなんかないし。 それよりもその方を早く医務室へ! ≫
≪ ああ。 ・・・ ったく・・・! ≫
余所目には 二人はじっと見つめあっていただけ、に見えただろう。
ジョーとフランソワーズが滑り出そうとした時 ― 二人の、いや 正確にはジョーの まん前に
若い女性が一人、滑り込んできて 転んだ。
「 きゃあ〜〜♪ 」
「 ・・・ おっと ・・・ フラン、大丈夫かい。 」
「 ええ わたしは別に。 」
「 乱暴な滑り方だな ・・・ さあ 行こう。 」
「 ・・・ あ ・・ イタ! いた〜〜っ!! やだ〜〜 マジで痛いぃ〜〜〜 」
わざわざジョーの目の前で転んでみせた彼女 ― 本当に足を傷めたらしい。
「 ジョー・・・ この方、下まで連れていってあげて? 」
どうやらウソからでたなんとやら・・・ しかし放っておくわけにも行かない。
リフトの終点に係員はいたが、彼は持ち場を離れることはできない。
― 仕方なく ジョーが付き添って下までリフトで降りることになったのだ。
「 すこし風が出てきたな。 ・・・ これ、巻いてろ! 」
ジョーは自分のマフラーを外すとフランソワーズの首に掛けた。
「 ありがと・・・・ジョー。 気をつけてね・・・! 」
「 ああ。 きみも 」
「 大丈夫よ、 ・・・ きゃ・・・ 」
ジョーは彼女を抱き寄せると 熱くキスをした。
「 それじゃ。 さ。 お嬢さん? これに懲りて妙なイタズラは止めた方がいいな。 」
「 ・・・・・・・ 」
ジョーに付き添われ、転んだ女性は仏頂面で下山していった。
― ガスが出てきたな・・・!
怪我人をロッジまで送り届け ジョーはとんぼ返りでゲレンデ中腹に向かった。
すでに リフトの途中で視界が悪くなり始めていた。
≪ フラン!? 寒くないかい。 ・・・ フラン? フランソワーズ?! ≫
リフトの上から 何回か脳波通信を飛ばしたが返事はなかった。
雪が激しくなるとともに ジョーもいてもたってもいられない。
やっと終点に着き、 リフトから飛び降りた。
「 フラン!? フランソワーズ・・・!? 」
ジョーはゲレンデへ滑り出たが。 約束のブッシュの陰には人影はなかった。
「 ! フラン〜〜 !! フランソワーズ どこだ〜〜
・・・ あ ・・・! これは ・・・ 」
ブッシュの下、真っ白な世界に 違う色彩がジョーの目を引いた。
「 ・・・ これは ・・・ フランのマフラー・・・! 」
激しさを増す雪のなかで ピンクのマフラーだけが ジョーを待っていた。
Last
updated : 07,27,2010.
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********* 途中ですが・・・・
すみません、また終わりませんでした〜〜〜 <(_ _)>
はい、 珍しくも 旧ゼロ設定 であります。
ですから やや強引な?オトナっぽいジョー君と 素直な可愛いフランちゃん です♪
そ〜して! またしても ひで〜〜〜季節ハズレ・・・ (^_^;)
ははは・・・納涼祭り?? とでも思ってくださいませ。
あと 一回お付き合いくださると嬉しいです。
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_)>