『 フェアリ−・テイル (2) 』 −
時空間漂流民編 −
その夜、 古い館の住人たちがしっかりと戸をたてこめ眠りにつく頃には、
ジョ−の言葉どおりに 強い雨をともなったきつい風が吹きはじめていた。
遠くに響いていたカミナリはあっという間に稲妻を伴って近付いてきた。
「 ・・・・嵐のせい、よね。 大気が不安定だから、落ち着かないだけよ・・・ 」
自分自身に言い聞かせ フランソワ−ズは一層しっかりと寝室のカ−テンを引いた。
なにも。 何も見たくない・聞きたくない。
いまの自分を不安にさせている<なにか>から 彼女は懸命に気を逸らせようとしていた。
カッ・・・・!! バリバリバリ・・・・・・
厚いカ−テン地をも透して 稲光のはしばしが入り込んでくる。
「 やだ・・・! ジョ−・・・ いつもみたいに、カミナリの夜は一緒にいて・・・ 」
いくら能力をオフにしても 知覚の過敏さは消せるものではない。
こんな夜、雷がなによりも苦手な彼女を ジョ−は、サイボ−グのジョ−は
やさしく抱いてくれたものだ。
子供のように、彼の胸にしがみ付き顔を押し当て、 熱い抱擁に身を委ねて。
身体の内の嵐に二人して溺れて なんとか凌いだ夜は思い出しても数え切れない。
「 ・・・ ジョ−は・・。 わたしの・ジョ−じゃないんだわ。 」
帰りたい・・・ 一人ベッドで毛布を深く被って震える自分を抱きしめる・・・。
なみだで枕をぬらして・・・・ どれくらいの時が過ぎたのだろうか。
「 ・・・・ あ? 」
やっと 眠りに落ちそうになっていたとき、 フランソワ−ズはふと顔を上げた。
雨と風と 葉の梢のざわめきの間から 微かに、違う音が混じって聞こえてくる。
「 ・・なに? クビクロ? ううん、ちがうわ、 これは・・・・ 」
跳ね起きた彼女は 手早くガウンをはおって寝室を飛び出した。
素足に突っかけたスリッパは意外なほどの音をたてる。
「 ジョ−? 起きてる? どうしたの・・・? あ・・・ 」
叩き続ける間もなく 素手には固い扉はすぐに彼女を中に招きいれた。
夢中で飛び込んだ室内は 深夜にもかかわらず煌々と灯がともされていた。
「 ジョ−・・? 起きているの ? 」
お休み、と機嫌よく微笑んで寝室へ引き取った青年は 今は酷く魘されていた。
まくらに ちょっとクセのある栗色の髪を散らばせ 秀でた額は汗にしとどぬれてる。
「 ・・・ ジョ−・・ 大丈夫? ねえ、起きて? 」
躊躇いがちに 彼の肩に手をかけたフランソワ−ズだったが 彼のあまりにも苦悶にも似た
表情に愕き、次第に強くその肩をゆすぶり出した。
「 起きて! ねえ、夢なのよ、ジョ−ってば ! 」
− ・・・・ う ・・・ う、ああ・・・。 あ・・・ 夢、か・・・・
はっきりとは視点を結ばない茶色の瞳が 彼女の上を彷徨っている。
「 どうしたの? ひどく魘されていたわ。 悪い夢でも見た? 」
額に纏わる髪を そっと掻きやってフランソワ−ズは微笑みかける。
「 わたしもね、雷は大の苦手。 夢もヘンなふうに捻じ曲がっちゃうわよね? 」
ふふ・・・っと小さく微笑んで、フランソワ−ズは身を屈めてジョ−の額にキスを落とした。
「 はい、 おまじない。 これで 悪い夢はもう 逃げていったわ。 」
− ・・・は・・。 ・・・・ども、なんだ・・・
「 え? なあに? 」
まだ 寝ぼけているのか、とちょっと微笑ましい気分でフランソワ−ズはずり落ちかけている毛布を
なおし、身を乗り出した。
− いらない子供。 僕はいらないヒトなんだ・・・。
「 ・・え・・? 」
− 母さんも 僕を捨てた。 神父様も・・・誰も・・・僕を置いてゆく・・・
「 ジョ−・・・・。 」
放心したように天上をみつめ、 でもその瞳にはひややかな光を沈めていて。
初めて見るそんな彼の様子に、フランソワ−ズも瞬きもわすれ見入っていたが、
やがて、ゆっくりと手を伸ばしてふわりと彼の頬にふれた。
「 ジョ−。 そんなこと、ない。 いらないヒトなんて 居ないのよ。
誰もが 誰かの、 <大切な人>なの。 」
− きみは? きみの大切な人、は? ・・・・・ 僕・・・?
茶色の瞳がくっきりとフランソワ−ズに注がれた。
いつもは穏やかに柔らかい彼の視線が ぎりぎりと彼女の瞳を、こころを射抜いてゆく。
「 ・・・それは・・・ 」
− やっぱり・・・ きみも。 僕はいらないんだ・・・
「 ちがうわ、そうじゃない! あなたは・・・・ あなたは、ジョ−。
わたしの ・・・・ 大事なお友達、よ・・・ あっ! や・・・・めて・・・ 」
言いよどんだ彼女の言葉尻を捉えると、ジョ−はぱっと身を起こし彼女の肩を引き寄せた。
いつもは優しいうす茶の瞳が一瞬燃え上がったようにフランソワ−ズには思えた。
「 なにをするの! やめ・・・て・・ 」
腕を引き込まれ、あっという間にそのまま組み敷かれ。 熱い口付けで言葉は封じられる。
必死でもがきながら、でも、フランソワ−ズの抵抗は次第に緩慢になってゆく。
・・・これは・・・彼はジョ−なのよ、だから・・・・
性急なその動作とは裏腹な しっとりとした口付け、柔らかな舌の動きに彼女は酔わされて。
・・・いつもの雷の夜と同じだと思えば・・・ いい、 それで・・・いいの・・・よ・・・
巧みな舌に翻弄されるうちに 繊細な指先はたちまち彼女の胸元に進入し、
やがてするすると身体に沿ってすべり降りてくる指に 身をよじりながらも
もう自分自身が待ち焦がれているのに気付く。
・・・わすれよう・・・ 忘れさせて・・・ 今だけでいいから ・・・
なにもかも放り出したくて。 フランソワ−ズは彼の前に全てを投げ出す。
・・・ これで、いい・・・・ いいの、いいのよ・・・
必死に言い聞かせる、そんな言葉のリフレインが 頭のなかでひびきわたる・・
あまりの心地よさにぼうっとなりながらも、ふと こころのどこかでちいさな悲鳴があがる。
ちがう・ちがう・ちがう・ちがう・・・!
ジョ−のキスとは違う ジョ−の指の動きとはちがう ジョ−のにおいとはちがう
ジョ−の 愛し方とは・・・ ちがう! 彼は わたしの・ジョ− じゃない!!
「 ・・・ おねがい ・・・・ やめて ・・・・!! 」
わずかに残っていた理性が 身体とともにもがき始めた、 その時。
≪ 聴こえるかい?? フランソワ−ズ!! どこだ、返事しろ! 003!! ≫
≪ ジョ−っ!!! ≫
絶対に絶対に 間違えっこない・懐かしい声が頭の中に直接響いてきた。
「 やめて! あなたは・・・・わたしのジョ−じゃないわ! 」
無抵抗になった彼女に 気を許していた青年の身体を、渾身の力を込めて押し留める。
「 誤解しないでほしいの。 あなたはわたしを助けてくれたし、大切なお友達よ。
でも。 わたしの愛する人ではないの。 わかって・・・・ 」
− ・・・・ きみは ・・・ やっぱり ・・・
「 ちゃんと見極めて。 あなたの本当に愛する人は・・・きっといるわ。
でも、 それは ・・・ わたしじゃないのよ。 本当のことから目を逸らせてはいけないのよ。 」
やっと彼の腕から身体をもぎ離し、フランソワ−ズはボタンの千切れた夜着の前を掻き合わせた。
「 お休みなさい ・・・。 わたし、行くわね。 」
− 行くって・・・・ どこへ?
「 わたしが本来いるべき世界へ。 わたしは 帰らなければいけないわ。
いまさら、こんなこと言えないけど。 ・・・・ ありがとう、ジョ−・・・さん。 」
− 待って!
≪ 003?? 無事なんだね?! ≫
≪ ジョ−! 来てくれたのね! わたしは大丈夫、いまどこにいるの? ≫
大急ぎで着替え、フランソワ−ズは闇のなか、森のあの空き地へと駆け出していった。
すでに 雨は上がっていたけれど、深夜の空には稲妻が奔り時に辺りに閃光を浴びせる。
「 お天気のせいだけじゃないわ・・・ 」
自分のこころを見透かしたように揺れ動く 不安定な大気・・・
言葉ではあらわせない、なにかが彼女をなおさら不安へと駆り立てる。
風になぶられ 纏わりつく髪をはらい、ゆく先の森に目を凝らす。
「 ジョ−!!! 」
駆け寄った、泣きたいほどに懐かしいその姿の横には。
自分が。 もうひとりの自分が 顔を強張らせて寄り添っていた・・・!
Last
updated: 2,12,2004.
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