『 フェアリ−・テイル (3) 』
− 時空間漂流民編 −
「 フランソワ−ズ!! よかった!!無事だったんだね! 」
「 ・・・・ ジョ− ・・・・ その人は ・・・だれ・・・? 」
両手を拡げて走って来るジョ−の前で、フランソワ−ズは思わず2-3歩後退った。
自分と同じ顔、同じ髪型、・・・ 同じコ−トの、女性が
ジョ−の陰から まじまじと見開いた蒼い瞳をのぞかせている。
「 きみの跳ばされた先がなかなか判らなくて。 遅くなってごめん! 」
「 彼女は・・・ だれ? ・・・・ちがう世界の・わたし ・・・? 」
「 え? ああ、そうなんだ、よくわかったね! 彼女、うん、彼女も<フランソワ−ズ>、
ただし、僕達とはちがう世界に生きているフランソワ−ズなんだ。 」
− もうひとりの・・・ちがう・わたし。 ・・・・ああ・・!
かっ・・・・と意外な近さで雷鳴がひびき 明けやらぬ空を稲妻が切り裂いてゆく。
吹きぬける風だけはなく 何かが肌をびりびりと震わせて自分達のまわりに渦巻いている。
「 きみにもわかっただろう? 彼女は・・・生身なんだ。 サイボ−グじゃない。 」
「 やっぱり・・・。 」
「 知っていたのかい? どうやらもう一つの世界で、きみはB.G.とは係わり合いに
ならなかったらしい。 」
そうだね、とジョ−は自分の背によりそっている姿に振り返る。
「 私は ・・・ あ ・・・・ 」
「 あ、 大丈夫かい? 」
ジョ−の傍らから一歩進み出たとき、ぐらり、と彼女の肩がおおきく傾いだ。
「 あなた ・・・・ 脚が ・・・?! 」
「 ・・・・ ええ。 」
姿勢を崩した彼女の、自分と寸分もたがわぬその容姿に フランソワ−ズは思わず息を呑んだ。
なんとか立ってはいるが その脚がまったく働かない状態であるのがすぐに透視(みて)とれた。
咄嗟に支えてくれたジョ−の手に縋ったまま、 彼女はちいさく頷いた。
「 事故で。 以前に、正体不明の黒服の男たちに連れ去られそうになったの。
その時、兄は私を庇って・・・轢き殺されてしまったわ。 私の脚も滅茶苦茶 ・・・。 」
「 そうなの ・・・・。 」
もしかしたら。
ほんの 些細な事柄のかみ合わせが違っていたら。
彼女の運命は 紛れもなく自分自身に振りかかってきていたのだ。
冷たいイヤな汗が つう・・・っと背中を転げ落ちてゆく。
− サイボ−グにされ、それでもジョ−と巡りあった自分と。
生身ではあるけれど 兄を、自由な脚を失った自分と。
好きに選べ、といわれたら果たして自分は どちらを取るだろうか?
「 もうね ・・・ 踊るどころか、 普通に歩くこともできないわ。
・・・・ 兄も、 バレエも 何もかもなくして。 あの日はバレエ団に退団の手続きに行った
帰りだったのよ。 」
「 ・・・・ そうなの ・・・・ 」
それ以外の言葉を見つけることが出来ずに、フランソワ−ズは立ち尽くしていた。
「 とにかく、彼女をもとの、本来いるべき世界に帰さなければ・・・
そうしなければ 僕達も自分の世界に戻れなくなってしまう。 あ、 あぶないっ !! 」
ジョ−の言葉が終わらないうちに、 空気がゆらり、振動した。
ばりばり・・・ !! 彼らの背後の大木が落雷を受け、火花を上げて裂け落ちた。
それとともに 不気味な音が、いや、音というより振動が大気をみしみしと揺らせ始めた。
「 空間が不安定なんだ。 二つの世界が、パラレル・ワ−ルドが接触しあってる。
本来なら 同じ空間に同一人物が存在することは許されないんだ。
ふたりのきみが おなじ所に存在するのはあってはならない、不自然な現象だから。 」
「 不自然・・・? 」
「 とにかく! 早くもとの、僕達の本来の世界に戻らなければ。
ぐずぐずしていると 二つの世界がぶつかり合ってしまう。 そうしたら・・・ 」
「 ジョ−! <わたし>だけじゃないの! ここには、この世界には もうひとりの
あなた、島村ジョ−が存在するのよ! 」
「 なんだって・・?! ・・あ、 あぶないっ!! 」
燃え上がる大木の火勢から 彼女を庇おうとジョ−がフランソワ−ズに手を伸ばした時、
「 ・・・・・・ お ・・・・ い ・・・・・ 」
突風にざわざわと鳴る樹々の葉擦れのなかに ちがう音が混じる。
「 ・・・・あ!! 」
ぱっと 振り向いた彼女が見詰める先には。
次第に激しくなってきた風を衝いて ひとりの青年が走って来ていた。
風に茶色の髪を弄られ あわてて羽織ってきたらしいコ−トの裾がばたばたとはためく。
墨を流したような空が それでも微妙な濃淡をみせ、そこを稲妻が切り裂いてゆく。
大気は なお一層のエネルギ−をはらみ、 重苦しく圧迫感となって押し寄せる。
そんな 空間の荒れ模様を他所に 4人の男女はじっと立ち尽くしていた。
見詰め合う 男と男 と 女と女。
− これは だれ。 これは なに。 自分は・・・・ 誰・・・?
不意に絞り出すような重い声が ふくれあがる沈黙を破った。
「 ふ・・・らんそわ−ず・・・! かえって ・・・き・・て・・ 」
「 ジョ−・・・・ あなた、 ことばが・・・戻ってきたのね・・・! 」
「 ぼく の ところ ・・・ に ・・・ 」
ひとこと ひとこと 懸命に青年は言葉を押し出す。
「 よかった・・・! 」
「 フランソワ−ズ!! さあ、はやく一緒にもどろう! 」
息も荒く立ち尽くす青年に駆け寄ろうとしたフランソワ−ズの腕を ジョ−は強く引いた。
「 お願いだ、あの、パリの、晩秋のパリの街を念じてくれ。 きみと僕のこころが
共鳴すれば、 それがもとの世界へ戻るトリガ−になるんだ。 フランソワ−ズ! 」
「 ジョ−・・・・ 」
「 同じ人物が同一空間に 存在するのは許されない。
どちらかが消えなければ、二つの世界はぶつかりあって・・・ 破壊されてしまう! 」
「 わたしの 世界・・・・ 」
みしみしと不気味に軋む空間で 彼らのあらゆる想いを込めた視線が交錯する。
おどろき ・ とまどい ・ あせり ・ しっと ・・・・ そして。
− 哀しみ。 しずかな ふかい 澄んだ かなしみ。
茶色の瞳がおだやかに じっとフランソワ−ズに注がれる。
「 ふらんそわ−ず・・・。 きみ の じょー、なんだ ? 」
「 ・・・・・ 」
「 そう、か。 そうだね。 やっぱり ぼくは。 いらない こども・・・・ 」
「 ・・・ ジョ− ・・・・ 」
「 いらない にんげんは きえたほうが いいんだ。 」
「 ・・・・! なにをするの?! ジョ−! 」
カッ・・・・・! バリバリ ・・・・!!
ほとんど彼らの真上で炸裂した雷鳴は 辺りを真昼よりも鮮烈に照らし 全ての色を奪う。
ほんの一瞬 視界を塞がれた彼らが、 次に目にした光景は。
「 ・・・・・・!! 」
「 いって いいよ。 さあ、 いくんだ、ふらんそわ-ず・・。
かれが きみのたいせつな ひと なんだから。 」
フランソワ−ズと向き合っていた青年は にこっと微笑んで一歩後ずさりをした。
そして。
いつの間に取り出したのか、隠し持っていた銃を素早く自分のこめかみに当てた。
「 さよなら・・・・ やさしい ひと・・・ 」
「 だめっ!!」
悲鳴をあげるフランソワ−ズの脇をつんのめるように掠め 青年の許へと人影が飛び込んだ。
「 私も 行くわ! お願い、連れていって・・・ 」
「 ・・・・ きみは ・・・・ ふらんそわ−ず ・・・? 」
「 そうよ! フランソワ−ズよ! 私も ・・・ いるところが見つからないの、だから・・・」
「 きみも・・・? 」
「 私も いらないヒトなの。 もう なんにも無いんですもの。
あの日、 あのジョ−と初めて会った日、私はセ−ヌに・・・身を投げる・・ つもりだった・・ 」
「 ・・・・ きみも ひとり・・? いらない ・・・ ひと・・・ ? 」
「 でも。 いま、かわかったの。 あなたが私の<大事な人>なの!
そして、 私はあなたの<大事な人>なのよ。 だから・・・付いてゆくわ! 」
「 ふらんそわ−ず ・・・・・・ 」
青年は そっとその少女の身体に腕を廻すと乱れた亜麻色の髪に口付けをした。
「 じゃあ。 いっしょに ゆこうか・・・ 」
「 ええ。 」
「 バカなことは 止めるんだ!! わあッ・・・!!! 」
彼がふたたび取り上げた銃を 奪おうとジョ−が踏み出した、 その時。
カッ・・・・・!!! ばりばりばり ・・・・・!! バシ −−−−−−−−−−ン!!
今までにも増した激しい衝撃が すべてを巻き込み辺りを大きく揺るがせた。
ふわ・・・っと足元が持ち上がった、と感じた次の瞬間、彼らは強大な力に弾き飛ばされた。
− あ ・・・・ ああ ・・・・・
激しい眩暈にも似た光芒が 去ったとき。
ジョ−とフランソワ−ズは ふたたび黄昏どきのパリの歩道に むきあっていた。
「 フランソワ−ズ ・・・・ 」
「 ジョ− ・・・・・ 」
「 ・・・・・ 見た? 」
「 ええ・・・。 あの二人、ううん、ちがう世界のあなたとわたしは・・・・ 」
「 きみと僕は。 翔んでいったね ・・・ 二人で。 」
「 そうね。 二人で、一緒に。 」
目くるめく閃光のなかで、 それでも ジョ−とフランソワ−ズは 二羽の白い鳥が
その翼を交わしつつ 明け初めた空を大きく旋回し飛び去ってゆくのをはっきりと見た。
「 ・・・・ 思いっきり、好きなだけ 舞えるわね ・・・? 誰よりも優雅に 美しく。 」
「 大切な人とめぐり合ったんだ、 一緒にどこまでも 翔んで行くよ、きっと。 」
「 もう、 ひとりじゃないわね。 」
「 ・・・・ そうだね。 」
寄り添って見上げるパリの空は 次第にその色をやさしい夕闇に変えてゆく。
ふたりはそこに 喜々として舞う鳥たちの白い翼を たしかに見た。
「 ずうっと・・・・ 一緒、ね。 」
「 ああ。 ずっと、 いつまでも ・・・・。 」
「 ・・・・・・ ジョ−、 あなたと。 」
「 きみと。 フランソワ−ズ ・・・・ 」
晩秋の歩道に、 擁きあう恋人たちの姿が いろ濃く長くその影を落としていた。
***** Fin. *****
Last updated:
2,13,2004. back / index
**** 後書き by ばちるど ****
別世界のフランソワ−ズがいるなら ジョ−だってもうひとりいるはずだ・・・ってのが
妄想のはじまりでした。 最後の長篇 『 時空間漂流民編 Act.1 −メイデイ− 』。
折角、素適な舞台設定なのに勿体無い!と捏造したのですがあまりらぶらぶには
ならなかったです。 (*_*; 自分としてはかなり毛色の変わったSSになりました。