『 フェアリ−・ テイル (1) 』 − 時空間漂流民編 −
**** 原作 『 時空間漂流民編 Act.1 − メイデイ − 』 のラスト近くから続けて下さい。 ****
その衝撃の凄まじさにサイボ−グの身体でありながらも 眩暈がするほどだった。
肉体的に、そして 精神的に。
異なる世界・次元のせめぎ合い、とあの不思議な男は言っていたけれど、
今までの あらゆる記憶 − それも自分自身のものとは限らず − が
フラッシュ・バックして 映画のように脳内に奔流となって押し寄せ・・・・流れ出てゆく。
過去 ・ 現在 ・ 未来 ・・・・ そして 星々の彼方まで。
精神の旅の速度は加速装置をはるかに超える、と翻弄されつつもジョ−はちら、と思った。
激しい雷鳴と稲妻。
自分たちめがけて 一条の閃光が奔る ・・・
もう だめだ、と目を閉じ、 腕の中の柔らかな身体をさらにしっかりと抱きしめ・・・
再び 視界が戻って来たとき、晩秋のパリの歩道には二人の男女が向き合っていた。
とおくに 街のざわめきがひびく、 おだやかな黄昏。
散り頻る落ち葉は その色も足元でのかすかな音も 数刻まえとすこしも 変わらない。
やがて。
「 ・・・ あの ・・・ あなたは 誰・・? 」
見慣れたはずの蒼い瞳が 不安そうに彼を見詰めている。
そんな彼女の身体に改めて触れて、 ジョ−はさらに驚愕する。
「 きみは・・・! 生身・・?! 」
ついさっきまで 自分が固く擁いていた女性と外見は寸分も変わらない。
波打つ亜麻色の髪、 濃いまつ毛に縁取られた大きな瞳。
身に着けてるものすら 同じだ。
しかし。
ジョ−が触れた華奢な身体は 温かい血の通った紛れもなく本当の人間のもの。
「 ここは・・・パリ、よね? わたし、レッスンから家に帰る途中で・・・いつもの道なのに
急につむじ風みたいに枯れ葉が舞い上がって・・・。 あなたは・・・・ だあれ? 」
「 きみは・・・・ フランソワ−ズ・・? もう一つの世界の・・?? 」
− ぎ ・・・・・
彫刻のついた重厚な扉があいて その古びた館には少し不似合いな若者の姿が現われた。
こぼれる光に目をほそめ その青年は樹々の彼方の空へと視線を飛ばす。
秋たけなわの穏やかな陽光が森全体を やさしい色に染め上げている。
まだ、少年の面影を色濃く残した額に 柔らかな栗色の髪をゆらし
彼は 小さく口笛を吹いた。
彼とちょっと似た毛色の仔犬が さかんに尾をふって駆け寄ってくる。
− クビクロ、やあ お早う・・? いい天気だね。
忠実な小さい従者は若主人と 後になり先になり木立の奥へと消えていったが、 それを
待っていたかのように老婆がひとり、館の裏口を叩いた。
「 ご注文の野菜を持ってきたよ。 」
程なくして扉を開けた巨躯の下僕に老婆は ずい、と籠を押し付けた。
「 ・・・ むう ・・・ ありがとう ・・・ 」
「 若様は お出かけかい。 」
「 ・・・ ああ。 」
「 元気になられたのは結構なこったが ・・・・ 相変わらずかね? 」
「 ・・・ ああ。 」
極端に無口な下僕のそっけない反応に辟易し、肩をすくめると老婆は早々に退散した。
「 じゃあ。 あんたも口が利けないのかと思ってたよ・・・」
そう、あの青年は言葉を失っていたのだ。
突然 降りかかってきた育ての親殺しの容疑。
あの日、紅蓮の劫火は彼の育ってきた古い教会とともにその周囲のすべてを焼き尽くした。
− モノも ヒトも ・・・ 人のこころも。
真犯人が検挙され、 心ある人々の奔走で青年がその身の潔白と自由をやっと取り戻した時、
彼は 声を失った。
精神的過労による 失語症・・・?
診立てた医者は 首をひねりつつそんなあやふやな結論を出しただけだった。
なにもかも失って呆然とするその青年に 弁護士は意外な事を告げた。
育ての親である神父は 彼に小暗い森とその奥にある古びた洋館を遺していたのだ。
いや、特別に<彼>を指名したわけでなく <最後に残った孤児(こども)> が
条件だったという。
以来、 彼は世間からも時の流れからも身を隠し ひっそりと森の奥に引きこもっている。
ワンワンワン・・?
− なに? どうしたのかい?
今まで足元に纏わりついていた愛犬が 突然さっと全身に緊張を走らせ
ぴん・・と耳を立てて 先に走ってゆく。
− あ・・? なにか・・・ 人、か?
散り敷いた落ち葉の間から きら、となにか違う色彩が彼の目を射た。
走りよれば ベ−ジュのコ−トや黒革のブ−ツの脚が目に入ってく.る。
− 人・・? 女の子だ・・・ おい、きみ! どうした、しっかり・・・!
なかば落ち葉に埋もれていたその身体を青年はそうっと抱き起こした。
まつわっていた亜麻色の髪が滑り落ち あらわれた顔は透き通るように白い。
白皙・・・・。 そんな形容がぴったりの容貌に 青年は息を呑む。
− ・・・きれいだ・・・。 何て綺麗な・・・人形みたいな 女の子。 外人か・・
声を かけられないのがつくづく 口惜しい。
− きみ・・! 大丈夫かい、 ねえ、目を開けて・・・ あ・・!
声にならなくても 彼の必死の思いが通じたのだろうか、ようやく腕の中の華奢な身体は
かすかに身じろぎをはじめた。
「 ・・・・う・・・。 ・・・・あ・・・・? ああ・・。 ここは? パリ、なの・・? 」
− やあ、よかった・・。気が付いたようだね、お嬢さん。 大丈夫、怪我は無い?
「 ・・・ あ、あら。 わたしってどうして・・? あ!ジョ−!! よかった、無事だったのね!!」
ようやっと気がついたその少女は 大きな瞳をさらに見開いてまじまじと青年をみつめた。
そして。
満面の笑みを浮かべ 呆然と自分を見詰めていた青年に固く抱きついた。
− わあ・・・ こんな蒼い目って・・・ 初めてだ・・! え、ええ????
「 ・・・? あなた・・・ジョ−、でしょう? ね、そうよね・・・? 」
青年に身を震わせてかじりついていた少女は やがておずおずと顔を上げた。
− うん。 僕はたしかに、島村ジョ−だけど。 きみは だれ?
当惑する青年は 淡い微笑みを浮かべ腕のなかの少女にゆっくりと口を動かしてみせた。
− きみ は だれ ?
「 ジョ−・・・あなた、言葉が、口が・・? わたし、よ! フランソワ−ズよ、
ねえ、わからないの、本当に?? 」
− ふ ・ ら ・ ん ・ そ ・ わ ・ − ・ ず ・・?
一言一言 はっきりと口を動かしてみせる青年に 少女は大きく頷いた。
「 そうよ! フランソワ−ズよ・・・・ ジョ−・・ ・・・えっ・・? 」
再び 青年に抱きついた少女はすぐに自分からぱっと身を離した。
「 ちがう・・・・。 あなた、ジョ−じゃないわ・・・・! 髪も顔も、その瞳も。
みんな ジョ−と同じだけど。 あなた、普通の人間だわ、生身の!! 」
少女の大きな瞳には愕きと悲しみの影がみるみるひろがってゆく。
− なまみ・・? 僕はたしかに島村ジョ−で 普通の人間なんだけど・・・
止め処も無く少女の頬を伝い始めた涙にうろたえ、青年はそっとその背に腕をまわした。
− とにかく。 家へおいで? 暖まらなくちゃ・・、ほらこんなに冷えてる・・・
青年、いや島村ジョ−は 華奢な身体をやさしく抱き上げ歩み出した。
「 きっとね、疲れてしまって・・・声もお休みしてるだけ、よ。 ね?
ゆっくり休んで、そうね、次の春にはみんな元気になるわ。 ジョ− ・・・さん。 」
− ジョ−、 でいいよ。
ちょっとバツが悪そうな彼女の口調に、ジョ−は苦笑して小さく首をふってっみせる。
ジョ−が森で < 拾って来た > 亜麻色の髪の乙女はそのまま彼の屋敷にいた。
フランソワ−ズ・アルヌ−ル。
彼女はその名前しか告げなかったけれど、ジョ−には別にそれだけでよかった。
− 他に、なにが必要だっていうんだ・・? きみさえよければ ずっとココに居ていいんだ。
お互い、名前以上のことはなにも話さず、しいて聞かず。
はしばみ色の髪の青年と蒼い瞳の乙女は ごく自然に一緒に暮らしはじめた。
彼女は時に放心したように 窓辺から色とりどりの森を眺めていたが
しだいに その頬にはあわい微笑みがもどってきた。
折に触れて そっとジョ−の横顔をみつめて。 ちいさく溜め息をつく・・・
( ほんとうに・・・ わたしの知っているジョ−じゃないんだろうか・・? あんまり似すぎてる・・ )
時の流れの日溜り、そんなこの館での生活は あまりにもひそやかでやさしくて。
あえて 自分からかき回し波風を立てるのは憚られる思いがする・・・。
無口な下僕も 何も言わずに以前にかわらず仕事に精をだしているが
彼の主人とこの不意の来訪者を見守るひとみは穏やかだ。
自然とフランソワ−ズはジョ−の身の回りを整えてゆく 料理に掃除に・・・
「 ねえ? リネン類を持ってきてくださる? こんなにいいお天気なんですもの、お洗濯するわ。 」
− そんなこと、しなくてもいいのに。 きみは・・・僕のお客さん、なんだから。
「 あら、お客さんなの? ・・・ 同居人、に昇格させて・・? 」
− そ、それは・・・ いいけど、きみさえよければ。 その・・
「 じゃあ、決まり! 同居人なら家のコトをやってもいいでしょう? 」
− そうなんだけど・・・
まるっきり彼女のペ−スに巻き込まれ、 どぎまぎしながらそれでもジョ−はどこか
その気分を楽しんでいる自分に気が付く。
家族ってこんなものなのかな・・・ ジョ−はそんな自分の思いにひとり赤面する。
そして またそんな自分にこっそりと微笑んでみたりするのだが・・・
ビンの底で澱んでいた空気は 彼女がやって来た日からすこしづつ動きはじめていた。
それを 長めの前髪で自らを隠していた青年が誰よりもさきに 感じ取っていた。
わんわんわん・・・ ♪
「 ジョ−? お散歩に行かない? ほら、クビクロも誘ってるわ。 」
− いま、 いくよ・・・。
茶色の仔犬は すっかり彼女に懐いてその足元でご満悦である。
二人と一匹は ゆっくりと落ち葉を踏みしめ 森の小道を辿ってゆく。
午後のあわい陽射しが それでも日溜りでは十分に暖かく感じれらる。
いつもの習慣で 何気無く腕を取ろう彼に近寄ると ジョ−はすっと身を離す。
行き場の無い手が 淋しく宙に浮く。
ぎこちなく戻した手は こすり合わせてもいつまでもひんやりとしている。
二人の時は 手を組んで。 時には照れながらも肩を抱いてくれたのに・・・
足元に伸びる影法師までが ちょっと離れて揺れるのが悲しかった。
「 あの、ね・・。 信じてくれなくてもいいの、でも。 わたし、多分違う世界から
来たんだと思うの。 」
− 違う世界 ?
「 ええ。 ココとほとんど、いえまったく変わらないんだけど、でも違うの。
そこには ・・・ あなたも、ジョ−、あなたもいるんだけど。 でも・・・ あなたとは ちがう。 」
− ? どう、違うの?
ちいさな妹のつくり話に耳を傾ける兄、そんな優しい瞳がフランソワ−ズにむけれらた。
「 ちがう、の。 ・・・ それは わけは・・・ 言えないけど。 でも、ちがうのよ・・・ 」
− あれ、なんで泣くの? おかしなヒトだねえ・・・
ぽろん・・・と零れ落ちた宝玉のような涙つぶに思わず手を差し伸べてジョ−は笑う。
− ・・・・帰りたいの? きみの<世界>に・・?
「 ・・・ わからない ・・・。 でも、この涙はホ−ムシックのせいなんかじゃないの。
なにか・・・ 落ち着かないの。 なにか、ざわざわしたカンジがするのよ。 」
不安そうに自分を見詰める蒼い瞳を ジョ−の穏やかな微笑が包み込む。
− きみは、カンがいいんだね。 ほら。 天気が かわりそうだ・・・ それで気持ちが
落ち着かないんじゃないかな。 今晩からは荒れ模様らしいよ。
こんなに いいお天気なのに?と訝しげな彼女に、ジョ−は 森の果ての空に指をむけた。
− ごらん・・・ 雲が湧いてきている・・・
「 あら、ほんとう ・・・。 ちっとも気付かなかったわ。 じゃあ、帰って早めのお茶にしましょ。 」
目尻を擦って フランソワ−ズは明るく微笑んでみせた。
− ああ、やっぱり、きみには笑顔がいちばん似合うよ。
「 ふふふ・・・、ありがと。 さ、帰りましょう? 」
ごく自然に ふわりと差し出された白い手に ジョ−はおずおずと自分の手を重ねる。
それ以上、なにも言わず、何もきかず。
それでも 繋いだ掌に伝わってくる相手のぬくもりは あまりにも心地好くて。
知らず知らずに 肩をよせ合い寄り添って歩んでゆく二人の足元を
仔犬がはしゃいで ずうっと纏わりついていた。
Last
updated: 2,11,2004.
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