『 龍の花嫁 ― (2) ― 』
ザザザ −−−−− ・・・・
水面をながれる風に す ・・・っと 冷たさが含まれてきた。
「 ・・・ あ もうこんな時間か 」
「 え? あら ・・・ 」
池から視線をあげれば 西の空がすこし色を変え始めていた。
「 さっき来たばかりだと思ったけど ・・・ 何時かしら? 」
「 え〜と あ 早く帰らないと〜〜 < 配達 > の
報告もしなくちゃ! 」
「 そう ね。 また来ましょうよ? この池 ・・・ なんだか好きだわ 」
「 うん そうだね。 えっと・・・こっちだね 」
ジョーは空を見上げつつ帰り道の方向を 計った。
「 不思議な池 ・・・ また ね 」
フランソワーズは 振り返り 振り返り 山奥の池をあとにした。
「 さあさ なにもできませんけがな〜〜 たっくさん食べてくださいや 」
沼本博士は相変わらず威勢がいい。
天井も高い洋風のダイニング・ルームで 夕食をとることになった。
なにもない ― どころか 都会から来た三人には自然豊かな晩餐にみえる。
「 おう ・・・ これはすばらしい! 気を使わせてすまんなあ 」
「 いやいや〜〜 この地のモノばかりで お口に合うかなあ
特にお若い向きには 」
「 まあ ステキ! このサラダ ・・ ルバーヴですよね?
わあ〜〜〜〜 これ 日本でいただけるなんて〜〜 おいし♪ 」
「 ああ お国の味ですかな マドモアゼル 」
「 ええ ええ ・・・ 久し振りだわ 感激です 」
フランソワーズは サラダに大喜びだ。
「 ・・・ これ キャビアですか?? これもこの地域で?? 」
ジョーが 不思議な顔で小鉢に箸を伸ばす。
「 ははは ・・・ それは 山のキャビア ですよ 」
「 山の? ・・・ ??? 食感はキャビアみたい だけど・・・? 」
「 おう それはワシも知っておるぞ トンブリ だろう? 」
「 当たり。 ギルモア君 よう知っとるなあ 」
「 ははは ・・・ 天然自然の植物にやたら詳しいのがおってのう
今は故郷に帰っておるが 彼が教えてくれたんじゃ 」
「 ほう〜〜 お ステーキが焼けましたな〜〜
これも この地の特産じゃ 」
じゅ〜〜〜〜 香ばしい香とともに 熱々の料理が運ばれてきた。
どれも素朴な料理だったが 採れたて新鮮、とびきり美味しかった。
会話も弾む中 フランソワーズが少し控え目〜〜に 口を開いた。
「 ・・・ あのう ・・・ 」
「 ほい どうしたね お嬢さん 」
「 はい あの ・・・ 農道の先にある池を見にいったのですが ・・・
祭 って なんですか? 」
「 まつり ? 」
「 はい。 帰り道 土地の方とすれちがったら
そんな風な言葉がちらり、と聞こえたんです 」
「 ・・・ ああ ここいらのヒトたちは迷信深いですからなあ 」
「 迷信 ? 」
「 うむ ・・・ あの池にな 伝わる信仰で ―
五年に一度 池の龍神を讃える祭を行うのが この地域の古くからの
習わしだったそうです。 これも 爺様から聞いたのじゃが 」
「 はあ それで ・・・ 」
「 祭を絶えさせては なんねえ。
祭をやらないから ・・・ 大地が怒ったんだ 」
老人の呟きが フランソワーズの耳の奥に蘇った。
「 ずっと住んでいるご老人らには 大切なことなんですなあ
しかし 実際 祭をやるだけの人数もいませんし ・・・
池の信仰も 今では伝説ですなあ 」
「 過疎とか こちらでも問題なんですね 」
「 ふむ ・・・ 産業もなにもないですからな 」
「 あの ・・・ 大震災の時にもこちらは ? 」
「 揺れましたよ かなり。 まあ 海岸部からは遠いのでそちらの被害は
免れましたが。 地崩れした崖や地われも ・・・ 」
「 大変でしたわね。 」
「 あの震災も過疎に拍車をかけてしまったですよ。
戻ってこない住民も少なくない。
どの地も同じだと思いますがな
」
「 そうなんですか ・・・ あ でもこちらのお屋敷は ? 」
「 古来の造りなので 大きな被害はありませんでした。
近郊のヒト達の 避難場所にしてもらいましたよ 」
「 それは ・・・ますます大変でしたね 」
「 まあ それが我が家の務めというか ・・・
ま それはそれとして だだっぴろい家です、
涼しいことだけは保証付きじゃから 自由にすごしてくださいや 」
「 ありがとうございます〜〜 うふふ アンティークなお屋敷って
なんだかぞくぞくしちゃう〜〜 」
「 フラン ・・・ 幽霊屋敷じゃないよ? 」
「 あら そんなこと言ってません〜〜 」
「 ぞくぞく〜〜 ってのは幽霊屋敷だぜ? 」
「 も〜〜〜 意地悪ぅ〜〜 」
二人の口げんかは 老人たちの笑いを誘う。
「 西翼は 昔 役場として使ってたからな〜
いろいろ資料は 残っておるよ
確かに 少々幽霊屋敷めいているかもしれんなあ 」
「
あら 拝見してもいいのですか 」
「 ご自由にどうぞ〜
なにせ100年から前のもん ばかり ですからなあ〜
個人情報っても
み〜んな墓の下ですけ 図書室もある 」
「 ほう? 古い文献など拝見してもよいかな? 」
「 どうぞ どうぞ〜〜 最新鋭の研究にはあまり参考にはならんですが 」
「 いやいや 最近なあ 温故知新 じゃ、と思うことも多くてな 」
「 ・・・ この家を維持してい所以ですよ 」
「 まったく。 このトシになってやっと気づきましたわい 」
「 遅くなんぞないと思うよ、ギルモアクン 」
「 ああ ほんに なあ 」
「 ・・・ フラン おんこちしん って なに? 」
「 ! あなたの国の諺でしょう?? 知らないの? 」
「 ・・・ ウン。 補助脳 沈黙してる ・・・ 」
「 自分で辞書を調べなさい。 わたしだって知っているわよ 」
「 ・・・ ちぇ ・・・ 国語の成績 イマイチだったからさあ 」
「 常識です! あ デザート ! 」
チリン チン ・・・ ガラス器の触れ合う微かな音がして
デザートが運ばれてきた。
「 地元のリンゴのコンポートに 葛切りをあしらいましたよ。
お若いむきにも お口にあうと 」
「「
「 おいし〜〜〜〜〜〜 !!! 」」」
夕食後は 夕涼みを兼ねて 皆、広いテラスに出た。
博士二人は縁台を持ち出し 将棋を指す。
ジョーとフランソワーズは 縁台から少し離れて 線香花火に火をつけた。
あ・・・ 落ちたァ〜
・・・ かわいい ・・・ ステキねえ
闇の中にほう・・・とお互いの顔が浮き上がる。
フランソワーズの金の髪は 線香花火の儚い光をうけ、より妖艶に
彼女の背にまとわりつく。
「 ねえ この花火 ステキねえ 〜〜 火の華だわ 」
「 ・・・・ 」
「 ? ジョー ? どうしたの? 」
「 ・・・ へ?? あ な なに ? 」
「 いやだわ ぼ〜〜っとして〜〜 花火! キレイよね 」
「 あ う うん ・・・ きみの方がずっと ・・・ 」
「 え なあに 」
「 な なんでもないよ〜〜 あ〜涼しいなあ〜〜 夏じゃないみたいだ 」
「 そうね ・・・ わたし、なにか羽織るものを取ってくるわね
ジョーは? 」
「 ぼくは平気さ 一応 これでも ・・・ 009なんだからね 」
ジョーはひそひそ声で言い、フランソワーズはにんまり 笑顔を返した。
「 あ〜〜 負けましたな。 参った参った〜〜〜
沼本くん、相変わらず強いのう〜〜 」
縁台では ギルモア博士が両手を上げている。 どうやら投了のようだ。
「 いやあ〜 この地域にやたら強いご隠居がいてな 鍛えられたんじゃよ。
ギルモアクンもずいぶんと腕を上げたな。 」
「 そうかな? 実は ・・・ やたら囲碁将棋に強いヤツがおっての〜
ワシも鍛えられた。 」
「 あはは 似たようなもんじゃなあ 」
二人は 冷えた番茶を啜り笑い合っている。
「 沼本博士〜〜 教えてください 」
ジョーが口を挟んだ。
「 うん? なんじゃな 」
「 はい あのう・・・失礼かもしれませんが・・・
沼本博士のご専門はなんなのですか?
」
「 ワシかい? まあなあ〜〜 なんでも屋さ 」
「 なんでもや?? 」
「 左様〜 とんだろくでなしさ。 」
「 いやいや とんでもない〜〜 彼は
最新バリバリの 防災学の権威じゃよ 」
ギルモア博士が 真顔で訂正をした。
「 権威なんかじゃないよ 」
「 いやいや 国際的にも有名なんじゃ 特に昨今はなあ 」
「 へ え〜 あ 失礼しました。 すごいですねえ 」
「 加えて 地質学でも 発見をいくつかしておる 。 」
「 へえ〜 あ じゃあ あの震災の ? 」
「 ・・・ ワシは慙愧の念に駆られていて なあ ・・・
ワシの研究や論文は ― あの震災の予防には何も役にたたんかった・・・
ワシの学問は ゴミクズ同然じゃった 」
「 それは間違いじゃぞ、沼本クン。 」
「 あの震災の時 ・・・ 愚かなワシの研究よりこの古めかしい建物の方が
何倍も役にたった ・・・ ここで地域のヒト達はともかく雨露を凌ぎ
しばらく暮らしてもらったんじゃから ・・・ 」
「 それはただの結果論じゃ。 君が 君の家系のヒト達がこの地を護っていたから
大規模な山崩れなどを防げたんじゃないか。 」
「 ・・・ 先祖のチカラってヤツか ・・・
土地の古老は 龍神さんが護ってくれる、と言うがなあ 」
「 りゅうじんさん? それは ・・・ あの池と関係があるのですか?
龍の池 って御年寄が言ってました。 」
「 そう ・・・ あの池はもとは湖くらいの大きさで古くからこの地の
水源でしたな。 今はもう ほとんど枯れてしまって ・・・
どんどん小さくなっていってるようです。
」
「 あの ・・・ 畔に小さな祠があって ・・・
崩れていたので なんとか直してきたんです。 」
ね? と ジョーはフランソワーズを振り返る。
「 はい。 小さいけれど伝統がありそうな祠ですね 」
「 ああ まだありましたか。 あれが龍神様の祠ですよ 」
「 へえ ・・・ 」
「 もう半分沼化してしまってましてなあ ・・・
開発のために埋めよう という声も上がっているんですよ 」
「 あら そんな ・・・ おしいですわ。 とても美しい池なのに ・・・ 」
「 埋めたててゴルフ場にしては ・・・ と再三申し出てくる業者もいますな 」
「 ほう この辺りはほぼ 沼本家の土地なのかな? 」
「 全ッ然価値のない土地ですがな〜〜
しかし まあ やたらと乱開発されても ・・・と思って
今までずっと持ってきたんですがねえ
」
「 そうですよ! ・・・ あ すいません ・・・ 」
ジョーは 意気込んでしまい、 はっと口を押さえた。
「 いやいや ご遠慮なく。 ・・・ そうそう 思い出したよ、
あの池にはなあ むか〜〜しから代々残る伝説があって ・・・
龍神を讃える祭には < 外から来た 髪の長い乙女 > に
剣の舞 を舞ってもらい池の神に奉納していた と・・・ 」
「 まあ 剣の舞 ですか? すご〜い〜〜 」
「 簡単な仕舞みたいなものらしいですが ・・・
その昔は 舞った乙女はそのまま池に贄として沈められた・・
という伝説すら あるんですよ 」
「 へ ・・・え ・・・
」
「 乙女をささげて 龍神を慰め 鎮める というわけさ 」
「 ま あ ・・・ 」
「 祭を絶えさせては なんねえ。
祭をやらないから ・・・ 大地が怒ったんだ 」
ふと 聞いた言葉を フランソワーズは思い出していた。
「 でも それは ・・・ 伝説 ですよね? 大昔のことでしょ? 」
「 どの地にもこの類の言い伝えはありますな。
一番有名なのは ヤマタノオロチ伝説でしょうな 」
「 ああ あれも人身御供になる娘を助ける・・・という話じゃったなあ 」
「 おお ギルモア君 詳しいのう
」
「 これも ほれ 例の精霊を友とするヤツからの知識じゃわい 」
「 ははは ・・・ 楽しいヒトたちに囲まれていていいなあ〜 」
「 まあ なあ 」
「 で その祭は ― しばらくやっていないのですか? 」
「 うむ ・・・ 実はなあ ウチのばあ様の姉さんも
その当時 剣の舞を踊り 池に沈んだ と言い伝えられているのさ。 」
「 え?? 博士のお祖母様のお姉さまって ・・・ 少なくとも
明治時代 ですわよね? 」
フランソワーズが 真剣な顔で問うてきた。
「 そう。 文明開化の時代ですがな〜〜
しかしね それは表向きのハナシで ― その姉上は恋人のオトコと
そのまま駆け落ちして 逃げたらしいですな。 」
「 あら ・・・ 龍神に捧げられたのじゃ ・・・・ 」
「 ですからさ 表向きは。 そうして コトを収めたのでしょうな 」
「 ・・・ なんか ・・・ 面白いですねえ 」
「 ふふふ そうじゃなあ なかなかさばけた御方・・というか
当時のご当主ですかな 」
「 ま そうやってウワサを封じたのでしょうな。
当主とて 可愛いムスメを池になんぞ沈めたりはしたくなかったでしょうし 」
「 それなら よかったですわ。
― 普通の、 龍神祭ができたらいいですわね。
あの池は素敵ですもの 」
「 うん うん その祭で地域起こし とか ね 」
「 お〜〜 お若い方の発想は元気でいいなあ。
この地域も もう少し住民が増えてればいいのじゃがな 」
「 このお屋敷とか ・・・ すご〜〜く魅惑だと思います。
だって ・・・ 乙女の夢の集合体 みたいですもの。
観光客だって 来ると思います。 」
「 そうですかな 」
「 絶対。 お姫サマの夢の一夜 ・・ とかね
美女と野獣 に出てきそう 〜〜 」
「 ぼく 野獣やる! だって最後は美女とはっぴ〜えんど だもん♪ 」
「 あっはっは・・・ ギルモア君〜〜 君の家族は楽しいのう〜 」
「 ふふふ ・・・ 確かにこの邸は魅力的じゃよ うん。 」
さわさわと木々を揺する涼風に 老若四人はのんびり身を委ねていた。
その夜 ― 真夜中に近い頃。
コンコン コン ・・・
「 ? あれ ? なんか 音が ・・・? 」
ひろ〜〜いベッドで輾転反側していたジョーは ぱっと飛び起きた。
「 はい? 開いてます どうぞ? 」
ドアの側まで駆けよれば
コトン。 細めに開いたドアから彼女の声が聞こえてきた。
「 ・・ あの ・・・ ちょっと そのう ・・・ お部屋 広すぎて・・
すこしおしゃべりしても いい? 」
「 もっちろ〜〜ん♪ 」
彼は 大きくドアを開けた。
「 ・・・ すご〜〜い ・・・ 星だらけ ・・ 」
「 ウン。 < 降るような > なんて表現よりずっと すっげ〜 」
「 ホント ・・・ 黒いトコより星の数の方が多いわ 」
「 空中 ・・・ 星だ 」
「 ・・・ ウン ・・・ 」
ジョーとフランソワーズは 羽根布団にくるまってテラスに座っていた。
部屋に来た彼女と星を眺めよう、と出てみたのだったが ―
真夜中を過ぎると 気温はすとん、と落ちてきたようだ。
「 クッシュン ・・・ 」
「 あ 寒い? ぼくの部屋着でよかったら着て・・・ 」
「 ・・・ あのう タオルケット、借りていい? 」
「 いいよ。 あ〜 これの方がいいか 」
ジョーはベッドから 大きな羽根布団を持ち出してきた。
「 夏だというのに 肌寒いね〜 よ・・っと 」
二人は一枚に羽根布団に一緒に包まった。
「 あ ・・・ あ〜〜 あったかい〜〜〜 」
「 うん ・・・ あの〜 イヤじゃない? 」
「 ううん うふ・・・ あったかい♪ 」
「 ・・・ えへへ ・・・ ぼくも♪ 」
「 ねえ こうやって見てると あの星の世界もあったかいかも〜〜
なんて思えるわ 」
「 あ〜 星の世界からもさ こっち見てるかもしれないよ 」
「 うふ・・・ こんな風にしてる宇宙人もいるかも 」
「 ウン・・・ ぼく達だって宇宙人さ 」
「 そうね 」
羽根布団に包まり星空を眺めつつ ―
ジョーとフランソワーズは寄りかかりあって眠ってしまった。
「 ・・・ あ ら ・・・? 」
目覚めると ― 彼女は天蓋のある豪奢なベッドに寝ていた ・・・ ひとりで。
「 ・・・ ジョー? え あ ・・・? 」
持参したパジャマの胸に メモが止めてあった。
「 ? 」
おはよう。 退散します。 キスしただけです、ご安心を J
見慣れた文字が 笑いかけている。
カサリ。 そっと白いメモを撫でてみる。
「 ・・・ ジョーったら。 ふふ ・・・ キス以上してくれても
よかったのに ・・・ わたし達 フィアンセ なのでしょう? 」
そっとメモを外すと キスをする。
「 おはようのキス ・・・ したかったのに。
今朝はメモで我慢しておくわ。 わたしのフィアンセさん♪ 」
さあ〜〜 新しい一日が始まるわ! 」
彼女は ぽん ・・・っと 豪奢なベッドからすべり出た。
翌日は
朝から生憎の雨となった。
朝食を取った部屋には 暖炉に火が入っていた。
「 ・・
まあ 本当に 寒いくらいねぇ 」
フランソワーズは 長袖のサマー・カーディガンを羽織っている。
「 散歩には行けないわ 池を見たかったんだけど 」
「 うん ― ね 探検
しようか?
」
「 え 探検? 」
「
そ! このお屋敷の西翼を
さ
東翼は沼本博士の研究室や実験室になってるから遠慮しよう
でも 西は ・・・・ 」
「 あ そうね! 資料とか自由に見ていいっておっしゃっていたわ。
お部屋の雰囲気 すご〜く素敵! 」
「 ヨーロッパ風?
」
「 う〜ん ちょっと違うのよ、和風がうまく混じりあっているの。
そこがまた魅惑的なのね〜〜 」
「 じゃ 朝食終わったら 」
「
いいわね〜 行きましょ
わくわくしてきたわ〜 」
ワカモノ達は くすくす笑いあっていた。
キシ −−−− ・・・・
観音開きの扉は 軋みつつ
ゆっくりと開いた
「 わ … あ …
鏡・・? ここ 舞踏室? 」
鏡張りの 天井も高い広間は 社交室 と 墨書きの表札が読める。
「 しゃ こうしつ ・・・?
」
「 あ
お客さんを呼んだんじゃないかな〜 鹿鳴館
とかみたく
」
「 ふうん …
」
「 すっごく豪華だ ・・・ 装飾に金箔がいっぱいだよ? でも・・・
もうずっと使ってないんだね 」
「 そう ね ・・・ もったいないわ 」
かつん。
寄せ木細工の床は まだまだ堅牢だ。
「 昔・・ そう、戦前はさ 都会からの貴賓や避暑客なんかを
もてなしたんだろうね。
ここでパーティ とか やったんじゃないかなあ 」
「 日本にも 社交界があったの? 」
「 むかしは ね。 沼本家はこの地方の名門だし 」
「 そう ・・・ 不思議な雰囲気ねえ 」
フランソワーズは 軽い足取りでその鏡の間を巡ってゆく。
・・・ なんか すご〜〜く 似合ってる ・・・
ジョーは またも彼女にみとれてしまう。
ああ ああ なんて素敵なんだろう ・・・!
・・・ 好き だよ 好きなんだ!
部屋の奥には 低いけれど舞台が設えてあった。
「 あら ― ここで踊りなんかしたのかしら 」
「 うん? ・・・ あ 例の剣の舞かなあ 」
「 剣の舞・・・ あ〜 ここのお祭で乙女が舞う踊りね 」
「 実際は 池の畔、あの祠の側に舞台を特設したらしいけど ・・・
その前にここで練習とかしたんだろうね 」
「 ・・・ 剣の舞 ・・・ どんな踊りかしら 」
「 日本の祭だからな〜 仕舞に近いんだろうなあ
音も邦楽 ・・・ 笛と太鼓とかだろうし 」
「 しまい ・・ 日本舞踊なのね
」
「 ウン。 フラン、きみなら くるくる〜〜 回るよね 」
「 ふふふ どうかしら? こんなかんじ・・・? 」
彼女はスリッパを脱ぎ捨てると その低い舞台の上で ピルエットをしてみせた。
「 うわお〜〜〜 なんかさ〜〜〜 この部屋にぴったり☆ 」
「 そう? ・・・ なんかこのお部屋全部が舞台みたい。
ほら ・・・ 照明はシャンデリアだわ 」
「 わお〜 あ でも ちょこっと和風かもな 」
「 そうね 不思議な魅力があるわね ・・・
こんな舞台で ― 踊りたかった ・・・ な ・・・ 」
フランソワーズは 下手側にさがると ぱ・・・っと中央まで出てきて
― 踊り始めた。
音楽は ない。 照明も もちろん ないし、 床はぼこぼこ。
踊り手は 素足。 でも そこには 踊り があった。
「 ・・・ うわぁ〜〜 ・・・ 鳥 ・・・? 」
彼女は 大きく羽ばたくと ― いや 両腕を上下させ 回転しつつ
舞台を横切っていった。
「 ・・・ ふ ・・・は〜〜 あは ・・・
いきなり踊ったから ・・・ はっ は〜〜〜 」
フランソワ―ズは 大息をついて膝に手を突いている。
「 ・・・ す っご ・・・ ねえ 今の 鳥 だよね? 」
「 え ・・・ ええ ・・・ オデットのヴァリエーション ・・・
ちょこっと端折ったけど ・・・ 」
「 オデット ・・・ 白鳥のお姫サマかあ〜〜
ぼく ・・・ 鳥が見えた ・・・ 窓から飛んでゆくかと 思った
」
「 ・・・ ふ ・・・ あ ありがと ・・・・
はあ〜〜 いきなり踊ったから 足 ・・・ いたた ・・・ 」
「 え? 大丈夫?? 傷めた ・・・? 」
「 ・・・ ううん ちょっと足がびっくりしただけ よ
ここは 不思議な空間ね 」
「 ウン ・・・ なんかさ〜〜 今 こう〜〜 ・・・
後ろに いっぱいヒトがいて皆で観てる ・・・って雰囲気だった 」
「 そう? そうね なにか ヒトの存在感があるわ 」
「 ・・・ 不気味な感じじゃあないんだけど なあ 」
「 ええ ・・・ わたし達 お邪魔虫かも ・・・ 」
「 そうだね ・・・ 退散しようか。 あとで沼本博士に
この部屋のこと 聞いてみようよ 」
「 そうね あ 役場の址とかも見たいわ。
あの祭のこと ― 資料があるかも 」
「 うん 龍神の祭のことだろ。 行ってみよう。 」
「 ええ。 ・・・ どうも失礼しました。 」
去り際 彼女は舞台に向かって優雅にレヴェランス した。
キ ィ −−−− パタン。
ドアが閉まる寸前に 白いキモノ姿が す ・・・・っと鏡を横切った。
二人は見てはいない けれど。
ほんの一瞬 華やいだ広間は また 埃くさい沈黙の中に沈んだ。
ガサ ガサ −−− ゴソ ・・・
「 あ〜〜 こっち! ここだあ
」
「 あ 見つかった? 」
「 うん この棚 ・・・ この辺が うわあ〜〜 」
ドサドサ ドサ 〜〜〜
大量の書類と本が崩れ落ち もうもうと埃があがる。
「 ジョー ・・・ 大丈夫? 」
フランソワーズは埃と古書の山を こわごわ眺めている。
もちろん これしきのこと、009には蚊が刺したくらいのものだが
なにせ すごいホコリなのだ。
「 う うん う〜〜〜っぷ ・・・ だは〜〜〜 」
がさ がさ。
ホコリの山から ジョーが現れた。
「 ・・・ ちょっと 手と顔 洗ってくる ・・・・う〜っぷ 」
「 その方がいいわ。 あ 着替えもしてきたら どう? 」
「 え? うわ・・・ うん ちょっと部屋にもどるね。
あ これ これ。 これがあの池の祭に関する資料みたいだよ 」
ドサ。 変色した和紙の書類綴じ を置いた。
「 ・・・ すっご ・・・ これ 墨で書いてある の? 」
「 昔の日本は全部 筆と墨さ。
あ よめる? ぼく こ〜ゆ〜字 だめなんだよ 」
「 うん ・・・ ピュンマにね 古文書入門 って本 借りたの。
少しはわかるかも 」
「 一応 公文書 だからぐちゃぐちゃではないと思うよ 」
「 頑張ってみるわ! 」
それは 一応地域の文化遺産を記す − という形を取っていた。
龍神沼には 古からの守護神・龍神が棲む と言われてきていた。
例大祭は その神を讃え慰めるための祭なのだ。
村を上げて神輿を回し、そして 外界から 乙女 が 邪神を切り裂き、
龍神に捧げるべく 剣の舞を舞う。 そうしてこの地域は栄える。
古には その乙女はそのまま池の神にささげられた という。
ばさり。
フランソワーズは埃にまみれた書類を大きなマホガニーの机に置いた。
旧字体に苦心して 行きつ戻りつしたので 短い記述を読み終わると
とても疲れてしまった。
「 ふうん ・・・ 生贄云々は 伝説だったのね。
あ でも 博士のお祖母さまの時代にも ・・・・ ? 」
例大祭には 乙女の剣の舞 が必須。
それも長い髪の < 外界からきた女性 >
どき・・っとする記述だ。
「 剣の舞 は 邪気を祓う意味があるのね きっと。
長い髪に拘るのは よくわからないけれど・・・
外界から来た女性 というのは ― 同じ村からは生贄をだしたく
なかった、ということかしら ・・・・ 」
う〜〜ん ・・・ 彼女は考えこんでしまった。
「 数十年前までは どんな祭をやっていたのかしら
古老の中には 覚えていらっしゃる方もあるかもしれないわね
明日 晴れたら取材しようかしら う〜〜ん でも
ヨソモノには気軽に話てはくれないでしょうねえ ・・・ 」
でも。 なんか気になる ・・・
今でもあの池の底には 乙女が眠っているのかしら
ふう ・・・ 天井の高い部屋に すこし重いため息が漏れる。
「 あら? ジョーは どうしたのかしら。
・・・ 遅いなあ ・・・ ふぁ〜〜〜 」
ため息は欠伸になってしまった。
「 ちょっとだけ ・・・ 」
すとん。
フランソワーズは緞子張りのソファに寄り すう〜っと眠ってしまった。
がやがや がや ・・・
・・・ 逃げなされ。 さあ はやく !
でも。 龍神様が ・・・
耳元で なにか、誰かがひそひそ・・・話している。
え ・・・ だあれ?
ジョ― じゃないし ・・・ 博士でも ないわ
あら こんなにヒトがいたかしら ・・・
ざわざわ ・・・ 多くのヒトの気配が感じられる。
フランソワーズはぼんやりと 話声を聞いていた。
・・・ ジョー ・・・・?
まだ 戻ってこない ・・・ わ ・・・
Last updated : 12,18,2018.
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********** 途中ですが
わ〜〜〜 また終わりませんでした〜〜
話がどんどん広がってしまって☆
あ はっぴ〜えんど ですから
どうぞ ご安心を (^.^) 続きます〜〜